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画像左側は、石川島に建築された大川端リバーシティとよばれる超高層マンション群、右側は近世に造成された佃島である。この場所は、東京が新旧の建築が混在している町であることを端的に示している。(2010年10月6日撮影)

たぶん、2011年は、二つの意味で日本社会のターニングポイントになったと評されることであろう。一つは、2011年3月11日の東日本大震災とそれによる福島第一原発事故である。そして、もう一つは、中国のGDPが日本のそれを追い越し、中国が世界第二の経済大国となったということがあきらかにされたことである。

ここでは、後者のことをみておこう。次に日本経済新聞が2011年1月20日にネット配信した記事を掲載する。

中国GDP、世界2位確実に 日本、42年ぶり転落
10年2ケタ成長
2011/1/20 11:00 (2011/1/20 13:32更新)

 【北京=高橋哲史】中国国家統計局は20日、2010年の国内総生産(GDP)が実質で前年比10.3%増えたと発表した。年間の成長率が2桁になったのは07年以来、3年ぶり。公共投資や輸出がけん引し、世界的な金融危機の後遺症から抜け出せない日米欧とは対照的な高成長を実現した。名目GDPが日本を抜いたのは確実で、日本は42年間にわたり保ってきた世界第2位の経済大国の地位を中国に譲る。

 10年10~12月期のGDPは実質で前年同期比9.8%増だった。

 10年のGDPは国際比較に用いられる名目ベースで39兆7983億元。1~9月はドル換算で中国が日本をわずかに下回ったが、10~12月期を加えた通年では逆転したとみられる。

 大和総研の試算によると、中国の10年の名目GDPはドル換算で5兆8895億ドル。日本が中国と肩を並べるには内閣府が2月14日に発表する10年10~12月期の名目GDPが前期比27%増になる必要があり、「10年の日中逆転は確実」(熊谷亮丸チーフエコノミスト)になった。同社の推計では日本の10年の名目GDPは5兆4778億ドルで、中国を約4000億ドル下回る。

 中国の高成長の原動力となったのは、公共事業を柱とする投資だ。10年の都市部の固定資産投資(設備投資や建設投資の合計)は前年比24.5%増。伸び率は09年の30.4%を下回ったが、引き続き高水準を保った。景気刺激策に伴う公共事業の拡大が生産を刺激し、経済全体を押し上げた。

 10年3月までは成長を押し下げる要因だった外需も、年央から急速に回復している。10年の輸出額は31.3%増の1兆5779億ドルに達し、09年に続きドイツを抜いて世界一になったもよう。低めに抑えられた人民元相場が輸出を後押しし、経済成長を支える構図は大きく変わっていない。

 10年の社会消費品小売総額(小売売上高)は18.4%増。新車販売台数が32.4%増の1806万台と2年連続で世界一になるなど、個人消費は堅調に推移した。ただGDPに占める消費の割合は4割弱にとどまり、7割の米国、5割強の日本に比べなお小さい。中国政府は「投資、外需、消費のバランスの取れた成長」をスローガンに掲げ、消費の拡大を最重要課題と位置付けている。

http://www.nikkei.com/article/DGXNASGM1905R_Q1A120C1000000/

すでに、2010年のGDPにおいて、中国は日本を追い越した。そして、それがあきらかになったのは、2011年1月であり、3.11の直前のことであった。3.11の衝撃によって、一時あまり意識されなくなったが、その時の衝撃は大きかったといえる。

なぜなら、日本が世界第二ーアジアでは第一の経済大国であるということは、東アジアにおける日本の威信の源泉であったからである。すでに、中国史研究者の溝口雄三は、2004年に出版された『中国の衝撃』の中で、「中国の農村問題と日本の空洞化現象は、明らかにリンクしている問題である以上、われわれはこれを一面的な『脅威論』から抜け出して、広い歴史の視野で国際化し、また広い国際的視野で歴史化し、対立と共同という緊張関係に『知』的に対処していかねばならない」と指摘し、近代化過程における西洋中心主義的な先進ー後進図式からの脱却と、中華文明圏ー環中国圏という関係構造の持続に注目しながら、「とくに明治以来、中国を経済的・軍事的に圧迫し刺激しつづけてきた周辺国・日本ー私は敢えて日本を周辺国として位置づけたいーが、今世紀中、早ければ今世紀半ばまでに、これまでの経済面での如意棒の占有権を喪失しようとしており、日本人が明治以来、百数十年にわたって見てきた中国に対する優越の夢が覚めはじめていることに気づくべきである」と主張した。溝口によれば、近代以降、日本は中国に優越していると意識してきたが、経済面での優位の喪失は、そのような意識の現実的基盤が失われることを意味するだろうとしているのである。これは、まったく、予言的な発言であったといわざるをえない。

今、翻って、第二次安倍政権の政策展開を回想してみると、中国の台頭による東アジアでの日本の優位性の喪失への「対抗」としての側面が非常に強いと感じられる。経済的優位の喪失は、経済ではなく政治的・軍事的優位によって代替えしようという志向につながった。尖閣諸島・竹島などの国境線における強硬姿勢、戦前の侵略問題や靖国神社参拝さらに従軍慰安婦問題などの歴史問題における緊張関係の醸成は、中国・韓国などの「介入」を許さないという形で、象徴的に日本の優位性を確保しようという試みにほかならない。そして、日米同盟を強調しつつ(ただ、このこと自体が日米摩擦の原因になっているが)、解釈改憲・明文改憲によって、「平和主義」を放棄し、「積極的平和主義」の名のもとに、自衛隊による軍事介入を進めようとしていることは、まさに軍事的な優位を確保しようという動きといえよう。もちろん、このような動きは、戦後一貫して自由民主党などに存在していた。しかし、この動きが、自由民主党内部ですら戸惑いの声があがるほど加速しているのは、アジアにおいて、経済的優位に変わる政治的・軍事的優位を確保しようする、いわば換言すれば、政治的・軍事的な手段によってアジアにおける「大国」としての地位を維持しようという焦燥感に根ざしているのではなかろうか。

他方で、アベノミクスの名の下に、再び「高度経済成長」が可能であるという「幻想」をふりまきつつ、実際には、生活保護費・年金の削減や消費増税などを行い、資本蓄積の最適化をめざしている。安倍政権や経団連にとって、今や「世界の工場」となっている中国と比較すると、労働者賃金においても、社会福祉を中心とした税負担においても、環境保護対策においても、資本蓄積における日本のコストは高すぎると感じられているのだろう。そして、彼らからすれば、現状においては、日本企業においてもコストの低い中国に生産拠点を移転することが合理的なのであり、もし、日本の「空洞化」を阻止するのであれば、中国なみにコストを下げることが必要なのだと思っているに違いない。もちろん、これも、グローバリゼーション化において、「新自由主義」という形で、日本だけではなく、全世界でみられることである。先進資本主義国から、コストの安い新興国に生産拠点が移され、空洞化した先進資本主義国において、国内における「コスト」削減ー賃金・社会保障・教育など広範囲の分野でーをはかる新自由主義は世界のどころでもみることができる。ただ、この動きが、3.11以降、日本国内で加速していることも事実である。この動きのなかでは、かなり高い経済成長を続けて世界第二位の経済大国となった中国への「対抗」が強く意識されているとみることができる。

第二次安倍政権は、第一次安倍政権も含めた歴代保守政権の政策志向を受け継いでいる。改憲論、平和主義の放棄、歴史修正主義、経済成長推進、社会保障切り捨て、等々。しかし、これらの志向が、既存の国際秩序への軋みも考慮せず、国内での社会的反発も等閑視して進められていくことは、これまでなかったことである。そのような「加速」の背景として、中国が世界第二の経済大国となり、日本がアジアにおける優位性を主張できなくなったことへの焦燥感があると考えられるのである。そして、これは、政権内部だけでなく、日本社会の多くの人びとが意識的もしくは無意識的に共有していることなのではなかろうか。むしろ、このような共通感覚にささえられて、大国主義的な第二次安倍政権が存在しているともいえよう。

4月11日、「原発ゼロ」を転換するものとされるエネルギー基本計画が閣議決定された。

このことについて、朝日新聞・毎日新聞・東京新聞は、社説にて批判の意を表明した。また、地方新聞においても批判的に受け止めている社説が多々見られる。

それでは、原発推進派の人びとはどのようにこのエネルギー基本計画をみているのだろうか。原発推進をあからさまにかかげるメディアはそれほど多くはない。中央の新聞では、読売新聞・産經新聞・日本経済新聞くらいである。

ここでは、読売新聞が4月12日にアップした社説を事例にして、原発推進派の人びとの論理を批判的に検討していきたい。

まずは、読売の社説をかかげておこう。

エネルギー計画 「原発活用」は現実的な戦略だ

◆最適な電源構成の設定を急げ◆

 迷走した日本のエネルギー政策を、正常化する大きな一歩である。電力の安定供給体制の立て直しが求められよう。

 政府がエネルギー政策の指針となるエネルギー基本計画を閣議決定した。

 最大の焦点だった原子力発電所については、昼夜を問わずに発電する「重要なベースロード電源」と位置付けた。安全性を確認した原発の再稼働も明記した。

 民主党政権が掲げた「脱原発路線」に、正式に決別する妥当な内容と言える。

◆公明党の同意がカギに◆

 東京電力福島第一原発の事故を受け、全原発48基の停止という異常事態が続いている。

 政府は当初、今年初めにもエネルギー基本計画を閣議決定する方向だったが、自民、公明両党との調整が長引いた。

 速やかな「原発ゼロ」を選挙公約に掲げた公明党も、最終的に、原発を活用する基本方針に同意した。厳しい電力事情を考えたうえでの現実的な判断だった。

 事故前に全発電量の3割だった原発を火力発電が代替し、比率は9割近くに達している。

 輸入燃料に頼る火力発電への過度な依存は、エネルギー安全保障の観点から極めて危うい。

 火力発電の追加燃料費は年3・6兆円に上り、資源国への巨額な国富流出が続く。家庭の電気料金は事故前より東電で4割、関西電力も3割近く上がり、このままでは追加値上げも不可避だろう。

 問題は、いまだに原発再稼働への道筋が見えないことである。政府は立地自治体の説得を含め、再稼働の実現に向けた取り組みを加速させるべきだ。

◆再生エネ2割は疑問◆

 基本計画のもう一つの焦点は、太陽光など再生可能エネルギーの普及をどう見込むかだった。政府は、2012年度に約1割だった再生エネの比率を、30年度に2割以上にすることを盛り込んだ。

 再生エネを重視する公明党などの主張を受け入れたものだ。再生エネの拡充は必要だが、目指すべき最適な電源構成の全体像をまとめる前に、再生エネだけに数値目標を掲げたのは疑問である。

 2割に引き上げるには、原発10基をフル稼働して作る電力を、再生エネで新たに確保する計算になる。太陽光だけなら東京の山手線内の10倍の用地が、風力では約2万基の風車が要る。現時点では実現性に乏しい目標ではないか。

 日照や風の状況による発電量の急変動など、克服すべき課題も多い。官民が連携して技術開発を加速しないと、活路は開けまい。

 大切なのは、原発を含む電源構成の目標設定と、その達成への工程表を速やかに示すことだ。

 エネルギー政策の方向が不透明なままでは、企業が中長期の経営戦略を立てにくい。安倍政権の経済政策「アベノミクス」の足かせとなる恐れもある。

 経済性や供給安定性、環境負荷など、それぞれ長所と短所のある火力、原子力、再生エネにバランスよく分散させることが肝心だ。温室効果ガスの排出量を抑えた火力発電所の開発・新設など、多角的な対応も求められよう。

 基本計画は原発依存度を「可能な限り低減させる」とする一方、「確保していく規模を見極める」としている。原発の新増設に含みを残しているが、踏み込み不足は否めない。

 原子力技術の維持と人材育成のためにも、原発を新増設する方針を明示すべきだろう。

 原発の安全性に対する国民の不安が根強いのは、福島第一原発の事故収束の遅れも一因だ。政府と東電が緊密に連携し、早急に収束を図ることが重要である。

 原発を活用するうえで、放射性廃棄物の最終処分に道筋をつけることも欠かせない。「国が前面に立って取り組む」としたのは当然だ。処分地選定などで具体的な進展を図ることが急務となる。

◆最終処分に道筋つけよ◆

 核燃料サイクルについて「対応の柔軟性を持たせる」との表現が維持されたのは、懸念が残る。

 一方、高速増殖炉「もんじゅ」が新たに、核廃棄物の減量や有害度低減などの国際的な研究拠点と位置付けられたのは評価できる。核燃サイクルの着実な推進への追い風としたい。

 中国には15基の原発があり、55基の建設が計画されている。重大な原発事故が起きれば、放射性物質は日本にも飛来する。

 安全性能の高い日本の原発を新興国などに輸出することは、国際貢献になると同時に、日本の安全確保にもつながる。

http://www.yomiuri.co.jp/editorial/20140411-OYT1T50161.html?from=yartcl_blist

これが、原発を推進している読売新聞の見方である。読売によれば、原発が稼働している状況が「正常」であり、稼働していない現況が「異常事態」なのである。このエネルギー基本計画は「正常」に戻る第一歩として位置づけられている。原発を「ベースロード電源」とするからには、再生可能エネルギーの比率を増やすなどということに拘泥せず、原発再稼働・新増設に邁進すべきというのが読売新聞の主張なのである。その主要な理由としてあげられているのは、火力発電では輸入燃料に依存するということである。現状では、原発も輸入燃料依存ということになるが、その弊害をさけるためには「核燃料サイクル」もまた必要となるということなのであろう。

そして、その前提となっているのは、「日本の原発は安全」ということなのである。原発を輸出することは、日本の安全にもつながるという論理なのである。

さて、このようにみてみると、福島第一原発事故についてほとんど触れていないことに気が付くであろう。福島第一原発事故については「収束の遅れ」ということだけが問題で、その他のことはまったく無視されている。考えてみると、それは当然である。福島第一原発事故は、日本の原発が安全であるという「安全神話」を破綻させた。原発の安全性についての日本社会の不安は、まさに福島第一原発事故の経験に起因している。しかし、読売新聞社説では、原発が稼働している状況こそ「正常」なのであり、原発再稼働・新増設・輸出はどしどし推進すべきとしている。その前提となっているのは「日本の原発は安全」という「安全神話」であろう。それゆえ、福島第一原発事故については、その経験を無視せざるを得なかったのであるといえよう。

この社説の表題は、「エネルギー計画 「原発活用」は現実的な戦略だ」である。しかし、そもそも、福島第一原発事故の経験という歴史的現実を「修正」した上で、もはや非現実的な「安全神話」に依拠せざるをえずには、この社説の論理は成立しないのだ。読売の社説のいう「現実的な選択」は「神話的な非現実性」をおびているのである。そして、これは、自己の思想によって歴史の「事実」を書き換えるという意味で、もう一つの「歴史修正主義」といえると思う。

昨日(2014年4月3日)、たまたま読売新聞朝刊を見ていると、次の記事が目に飛び込んできた。

次世代原子炉の開発推進…エネ基本計画明記へ
2014年04月03日 04時12分

 政府が中長期的なエネルギー政策の指針となる新たな「エネルギー基本計画」に、次世代型原子炉の有力候補の一つである高温ガス炉の研究開発推進を明記することがわかった。

 高温ガス炉は燃料を耐熱性に優れたセラミックスで覆っているため、炉心溶融を起こしにくいのが特徴だ。国内での原発新増設の見通しは立っていないが、東京電力福島第一原発事故の教訓を踏まえ、安全性の高い技術開発に取り組む姿勢を示す。

 2月に公表した計画案では、原子炉の安全性強化について、「過酷事故対策を含めた軽水炉の安全性向上に資する技術」の開発を進めると明記した。政府・与党内の調整を踏まえ、「固有の安全性を有する高温ガス炉など、安全性の高度化に貢献する原子力技術の研究開発を国際協力の下で推進」との文言を追加することが固まった。国内で主流の軽水炉より安全度の高い原子炉の技術の発展を目指す考えを示したものだ。

http://www.yomiuri.co.jp/science/20140403-OYT1T50005.html

この「エネルギー基本計画」は、原子力発電を「重要なベースロード電源」として位置付け、原発再稼働を押し進めるとともに、核燃料サイクルも維持し、欠陥続きのもんじゅも研究炉として残すというもので、この日の自民・公明の作業チームで基本合意され、両党の党内手続きをへて、近く閣議決定されるとされている。このエネルギー基本計画自体、過半数が原発再稼働に反対している世論動向に反したものである。

この報道によると、エネルギー基本計画に、わざわざ、「次世代型原子炉」としての「高温ガス炉」の技術開発を盛り込むというのである。

まあ、反省がないこととあきれてしまう。琉球新報が4月4日に配信した記事によると、このエネルギー基本計画の案文の「はじめに」書かれていた「「政府および原子力事業者は、いわゆる『安全神話』に陥り」や、過酷事故に対する「深い反省を一時たりとも放念してはならない」」という文言を削除し、自公の作業チームでも一部議員が問題にしたという。反省すら「反省」されて、なくなってしまっているのだ。

一方、「新たな科学技術」の導入を提唱するということは、いかにも安倍政権らしいことだと思っている。福島原発事故をみる通り、現状の原子炉ー軽水炉技術は大きな危険をはらんでおり、そのことが人びとの不安の原因になっている。この不安は、原発の再稼働や新増設ができない理由になっている。この不安に対し、安倍政権は、「未来志向」で「新たな科学技術」への夢を煽ることによって、解消しようとしているのである。

さて、安倍政権は現状の体制の維持を主旨とする保守党の自由民主党を基盤とした政権である。しかし、原発政策については、現状の国土や住民に対するリスクを回避することを第一にしてはいないのだ。むしろ、危険性の有無もはっきりしない新たな科学技術に期待し、それを「未来志向」というのである。保守主義者たちが強調する「未来」とは、こういうものなのであろう。「未来への夢」にはコストがかからない。まるでSFのような非現実的とも思われる「未来への夢」を引き換えに、現状のリスクを承服すべきとしているのである。ここには、たぶんに、石油ショック以前の高度経済成長期への懐古意識があるのだろう。新しい科学技術による産業開発を無条件に崇拝し、公害や環境破壊を考慮することなく、資源やエネルギーを浪費することによって、「鉄腕アトム」の世界のような時代を築きあげることを夢見た時代に回帰したいという志向がそこにはあるといえる。そのような「懐古意識」が、彼らにとっての「未来志向」なのである。

このようなことは、現状の体制自体をかえるべきだとしている日本共産党や社会民主党などが、かえって、現状の国土や住民を保全することを第一義として、反原発を主張していることと大きな対照をなしている。歴史的前提としては、高度経済成長期において、日本共産党や日本社会党など「革新政党」が、公害や環境破壊をまねいた当時の開発政策を批判し、革新自治体を誕生させて、公害対策や環境保護を当時の政府よりも先行して実施したということがある。前回のブログで紹介した、東京都練馬区のカタクリ群生地の環境保護も、革新都政の産物なのだ。ここには、「革新」側が、むしろ、現状を保全する側に立つという逆説が現出しているといえよう。

そして、高温ガス炉などの新世代の原子炉が、現状の日本の科学技術で作ることができるか、ということにも大きな疑問符がつく。アメリカからの技術移転を契機に作られた軽水炉は、とにもかくにも、商業ベースになる程度には日本の科学技術でも運転できてきた。他方、日本が独自に技術開発した核技術は、高速増殖炉もんじゅにせよ、核燃料再処理工場にせよ、ALPS(多核種除去設備)にせよ、どれもが安定的に運転されているとはいいがたい。これは、軍事技術として成立してきた核技術の本来のあり方が反映していると思われる。アメリカにせよ、イギリスにせよ、ロシアにせよ、フランスにせよ、核技術は、核兵器その他の軍事技術であった。その際、資金・物資・人員などのコストについては、商業上では考えられないほどかけられたと思われる。軽水炉(元々は原子力潜水艦の動力源だった)などは、軍事技術を転用して作られたものである。その技術をコピーして商業ベースにのせて運用することは、日本の科学技術でもできた。しかし、独自の技術開発については、他国の軍事技術ほどのコストはかけられない。それゆえ、日本独自の核技術開発は質的に劣っているのではないかと考えられる。

さらに、理化学研究所のSTAP細胞問題が象徴的に示しているように、政府・企業の考える「成果」をあげることを求めて過度に競争を強いている日本の科学技術政策によって、日本全体の科学技術のレベル自体が後退しているように思われる。この中で、どうして、新たな科学技術開発が可能なのだろうか。

このように、日本で次世代原子炉の開発をするということは、なんというか、すべてが「非現実的」に思えるのである。現実的とされる保守主義者たちが、現実を見ないでSF的な未来への夢を語り、現状を変えると主張する(保守主義者たちからいえば「空想的」な)共産党や社会民主党などが、「現実」のリスクを前提に反原発を提唱するという、一種のジレンマが、ここに現れているように思われる。

東京都練馬区大泉町1-6に清水山憩いの森というところがある。ここは、白子川という小さな川に面した傾斜地であり、クヌギ・コナラ・イヌシデ・エゴノキなどの落葉樹の雑木林が保存されている。その林床には多くの野草が自生し、特にカタクリが約30万株も群生している。このカタクリ群生地の環境が歴史的にどのような経過をたどって保護されてきたのかということをみていくことで、私たちは歴史を通じて未来を展望していくことにしたい。

清水山憩いの森の景況

まず、3月下旬の同地の景況を紹介しておこう。まず、全体は、下記の写真のようなところである。傾斜地上に雑木林が生えている。

清水山憩いの森の雑木林(2014年3月31日撮影)

清水山憩いの森の雑木林(2014年3月31日撮影)

この雑木林の中には湧水がある。この湧水は、東京の名湧水57選にも選ばれた。また、地名の「清水山」も、この湧水から名付けられたのであろう。

清水山憩いの森の湧水(2014年3月31日撮影)

清水山憩いの森の湧水(2014年3月31日撮影)

そして、雑木林は白子川に面している。訪れた日は、川岸のサクラが満開であった。

白子川(2014年3月31日撮影)

白子川(2014年3月31日撮影)

前述したように、この林床にカタクリが群生している。この写真ではたまたま、白い花のキクザキイチゲも写っている。この雑木林のすべての部分というわけではないが、かなり広い範囲でカタクリが咲いている。これでも五分咲きということである。

林床のカタクリとキクザキイチゲ(2014年3月31日撮影)

林床のカタクリとキクザキイチゲ(2014年3月31日撮影)

カタクリの花のアップの写真をあげておこう。カタクリは暖かな晴天の朝に開花し、夕方には閉じてしまう。曇天や雨天には開花しない。花びらの中の模様は、ハチなどに蜜の在処を知らせているそうである。

カタクリ(2014年3月31日撮影)

カタクリ(2014年3月31日撮影)

革新都政によるカタクリ群生地保護の開始

続いて、カタクリ群生地がなぜ保護されるにいたったかをみていこう。練馬区発行のパンフレット『清水山憩いの森 カタクリ』では、この地について次のように説明している。

 

憩いの森は、武蔵野の面影をとどめる樹木を残そうと、練馬区が土地所有者から樹林を借り受け、区民に開放しているものです。清水山憩いの森は昭和51年3月に憩いの森の第1号として指定されました。そのきっかけとなったのがカタクリの自生地が確認されたことでした。
 昭和49年6月、区民の方から、白子川流域の斜面林にカタクリが自生しているという情報が練馬区に寄せられ、翌年3月にカタクリがたくさん残っていることが確認されました。この貴重な自然を永く保存するため、この樹林は昭和51年に「清水山憩いの森」として整備され、その後練馬区で管理しています。
 また、その後、区内各地の雑木林・屋敷林などが「憩いの森」として整備され保全されています。

要約すれば、1974年(昭和49)に区民からカタクリが自生しているという情報が寄せられ、翌年確認し、1976年(昭和51)に憩いの森として指定したということである。私有地を区が借り上げて管理しているということになっている。

まず、このカタクリ群生地が保護されることが決定した時期に着目したい。この時期は、美濃部亮吉が東京都知事に就任していた時期である(1967〜1979年)。1950〜1960年代の高度経済成長期、公害や乱開発などの社会問題は激化していた。東京などの大都市周辺では、田畑や山林はスプロール的に住宅地や工場に乱開発され、河川や空気は著しく汚染されていた。このような状況を前提にして誕生した美濃部革新都政は、同時期に多く出現したその他の革新自治体と同様に、環境問題にも積極的に取り組んだ。また、この当時の練馬区長田畑健介は、もともと東京都職員であり、1973年に美濃部知事によって練馬区長に選任された人で、1974年に区長公選制となって翌1975年に区長選が行われた際には、社会党、共産党、民社党、公明党の4党の推薦、支持を受け、自民党推薦の無所属候補を破って公選区長となり、1986年まで勤めた。この時期においては、広い意味で革新陣営の側にいた人といえよう。このような、革新自治体の気運を前提として、カタクリ群生地の環境保護がなされるようになったといえよう。

*田畑健介については、Wikipediaの記述とともに、次のサイトにある、井田正道「1987年練馬区長選挙」(『明治大学大学院紀要 政治経済学篇』 25、1988年)の抄録を参考にした。

http://altmetrics.ceek.jp/article/jtitle/%E6%98%8E%E6%B2%BB%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E9%99%A2%E7%B4%80%E8%A6%81%20%E6%94%BF%E6%B2%BB%E7%B5%8C%E6%B8%88%E5%AD%A6%E7%AF%87

その後の保護状況については、たまたま毎日新聞朝刊1986年8月24日付の連載記事「がんばれ生きもの36」に植物写真家安原修次が「練馬に自生 ”女王”カタクリ」という文章を寄せ、次のように伝えている。

 

しかし、住宅地に囲まれた都内で毎年カタクリの花が見られるのは、保存するために努力する人がいるからだ。ここは民有地だが、昭和五十年に無償で借り上げた練馬区が管理しており、二月から五月まで常時二人の臨時職員が現地に派遣されている。そのひとり七十五歳の郷土史家、森田和好さん(七五)はもう十一年間もカタクリを守っている。参観者がサクから入って写真を撮ったり掘り採ろうとすると、
「そこに入ってはだめ」と、だれかれかまわず大声でどなりつける。でも見に来た人へは親切に接し、カタクリについて丁寧に説明してくれる。また周りの住民によって「カタクリを保存する会」(沢開茂宣会長)という団体も作られ、花の時期は夜中も交代で巡視しているそうである。

現在は、「清水山憩いの森を管理する区民ボランティアを中心に、カタクリ群生を守り育てるなどさらに見事なものにつくりあげていく」(練馬区サイト)と、ボランティアが中心として管理しているようである。私が行った時は、管理するための小屋が設置され、「カタクリガイド」といわれる人が二、三人いて、参観者に説明などを行っていた。すでにあげた写真をみればわかるように、林床では笹などの背の高い下草は除去され、カタクリなどの低い野草に日の光りがあたるようになっている。また、説明パネルによると、定期的に高木類を交代して伐採し、雑木林の更新がはかられているということである。革新都政の時代に始まったカタクリ群生地の環境保護が、今の時代にも受け継がれているのである。

「即身入仏」が行われた「聖なる土地」としての清水山

清水山憩いの森には、もう一つの顔がある。伝説によれば、禅海法師という僧侶がこの地で即身入仏したとされている。次の2つの写真は、禅海法師の入定塚とその説明パネルである。

禅海法師の入定塚(2014年3月31日撮影)

禅海法師の入定塚(2014年3月31日撮影)

禅海法師の入定塚説明パネル(2014年3月31日撮影)

禅海法師の入定塚説明パネル(2014年3月31日撮影)

説明パネルの内容を紹介しておこう。

   

禅海法師の入定塚
 別荘橋の南側、清水山憩いの森一帯は旧小榑村の飛び地で、東の稲荷山までの北斜面はカタクリの群生地と湧水地帯であった。
 毎年3月下旬から四月上旬を中心にたくさんの可憐なカタクリの花が咲き乱れ、区内外から訪れる見学者も多い。
 この一隅に小さな祠がある。明暦三年(一六五七)八月、禅海という一人の僧が洞窟の中で、念仏の鐘の音が消えた時が今生の別れであると言い残して入定したという伝説の行人塚である。供養の碑が一基建っている。
                      (「練馬の伝説)所収」)。

  禅海法師と入定塚
 明暦年間、村の樋沼家に旅装を解いた禅海法師は、背負仏の薬師如来像を開帳して村人の信仰を集めた。約一年を過ぎた後、即身入仏という一大悲願を達成の為、清水ほとりの洞窟で入定、成仏された禅海法師を村人は、ねんごろに葬りその冥福を祈った。自らが用意した墓石と後に淀橋柏木施主 栗原ぎん(昭和七年十二月八日と刻された)花立石が据えられている。因みに禅海法師の過去帳は大泉の教学院に保存されているという。

 禅海法師が見守ってくれていたお陰で今年も又、たくさんの早春の妖精たちの美しい花が見られると感謝しています。カタクリ はかな草たちよ。
                            合掌

即身入仏とは、仏教の修行の一環として、僧侶が土中の穴などに入って瞑想状態のまま絶命しミイラ化することをさしている。この説明パネルでは、ここで即身入仏した禅海法師が見守っているからカタクリなどが見られると述べているのである。

これは、あまりにも、文学的もしくは宗教的すぎる表現と思われるかもしれない。私も最初、そう考えた。しかし、ある意味では一理あるとも思うようになった。

なぜならば、ここが禅海法師の即身入仏した地として伝承される(そのことの真偽は問わない)ことで、この地の「聖性」が強められ、結果的に開発を抑止する一因になったのではないかと考えられるからである。

まず、たぶん、この清水山は、東京57選にも数えられる湧水があることで、もともと「聖なる土地」だったのではなかろうか。柳田国男監修・民俗学研究所編『民俗学辞典』(東京堂、1951年)の「泉」の項目においては、次のようにいわれている。

清い泉のかたわらには例外なしに、神の社または仏堂が建っている。水の恩徳を仰ぐことの深かった素朴な住民は、泉の出現を神仏の御利益に結びつけて考えようとした。霊泉発見の功績を弘法台紙に帰する伝説は国の隅々に行き渡っている〔弘法清水〕。

つまり、民俗では、そもそも泉ー湧水の出現自体が神仏に関連したものとして認識されているのである。特に、弘法大師=空海に結び付けられていることが多々みられる。そして、ここの引用にある「弘法清水」について、『民俗学辞典』は、次のように指摘している。

旅の高僧に対して親切にもてなした結果、望ましいところに湧泉を得、逆に不親切にしたもののところの泉がとめられてしまったという類型の伝説をいう。ほとんど全国的にみられ、その旅僧は大体弘法大師というように伝えられている。

『民俗学辞典』では、「弘法清水」伝説の類型を紹介しながら、「弘法清水」の泉は神聖なもので日常の使用を忌むこと、とめられてしまった場合は掘り返すと罰があたると伝えてその地がタブー視されることも付記している。つまり、「弘法清水」の地は、タブー視される「聖なる土地」になるということになる。

さて、今度は、即身入仏についてみておこう。弘法大師ー空海は、死去の際、即身仏になったと伝承されている。そうなると、禅海法師の即身入仏は、弘法大師のそれを模倣し、その生き方を再現しようとした行為としても認識されていたと考えられる。この清水山の地は、もともと「泉」として「聖なる土地」であったと考えられる(もしかすると、すでに「弘法清水」の伝説もあったかもしれない)。この地で禅海法師が即身入仏したと伝承されることは、ある意味で弘法大師の修行をこの地で再現したことになるだろう。そして、この地にも「弘法大師」の聖性が付加されていくことになったと思われる。

弘法大師の聖性をもった「弘法清水」の地は、日常的使用が避けられたり、掘り返すこともできないタブーの地であったりするような「聖なる土地」なのである。この地が、近世から現代にかけて、どのような変遷をたどったか、今は不明である。ただ、仮説的にいえば、「泉」があること、そして弘法大師の修行を再現した「即身入仏」がなされたと伝承されることによって、この地は「聖なる土地」となり、開発がタブー視され、その結果、開発されずにカタクリが群生する雑木林が残されたとみることができるのではなかろうか。その意味で、この地で即身入仏したとされている禅海法師が見守ることで、カタクリなどの花が咲いているということは一ついえると思うのである。

おわりに
さて、ここでまとめておこう。カタクリが群生する環境が保護される前提には、前近代において「泉」であり「即身入仏」が行われた「聖なる土地」として地域住民に認識されることが必要であったといえる。そのように「聖なる土地」として認識されることで、タブー視され、開発が抑止されたといえるのではなかろうか。
そして、環境保護が強く意識された革新都政の時代になって、この地は、公共的に保護されるようになった。いわば、前近代の「聖なる土地」が、現代の環境保護の前提となっているのである。そのことの意味を私たちは問わなくてはならない。前近代と現代、この二つの時代の論理はもちろん違う。しかし、いわば人間を越えたものを尊重しなくてはならないと考えたところに両者の共通点があるのではなかろうか。そして、前近代からの課題を現代において再検討するという営為によって、私たちは多少なりともオルタナティブな未来を展望できるのだと思う。

本日、2014年4月1日は、エイプリルフールである。その日にふさわしい話題が報道された。

NHK会長「1人の行為で信頼全て崩壊」 入局式で訓示
2014年4月1日20時23分

 就任会見での政治的中立性を疑われる発言が問題になっているNHKの籾井勝人会長は1日、新入局員の入局式での講話で、「(就任)初日に記者会見を行った際、質問に答えて個人的な意見を言い、大きく報道されました。入局前の皆さんには、ご心配をかけたことと思います。たいへん申し訳ありません」と話し、謝罪した。

 その後、NHKが受信料によって成り立っていることに触れ、「職員全員が信頼や期待を積み重ねていったとしても、たった1人の行為がNHKに対する信頼のすべてを崩壊させることもあります。自らの行為の、NHKや日本の社会に与える影響や責任の重さは、昨日までとは全く違うことを、しっかりと自覚していただきたいと思います」と話した。
(朝日新聞)

http://www.asahi.com/articles/ASG416FF4G41UCVL034.html

これは、残念ながら実話である。朝日新聞以外の多くの新聞や通信社も同様の報道を行っている(NHK自体は報道していないようだが)。

入社式や入庁式などで、そのトップが「1人の行為で信頼全て崩壊」することを警告する訓示を行うことは、よく見られることである。しかし、籾井の発言自体が「1人の行為で信頼全て崩壊」させるものではなかっただろうか。入局式でこのような訓示を行っても、「よくできたエイプリルフール」としか受け取ることができないのである。

籾井については、もはや「笑う」しかない。しかし、この「笑い」は、籾井が組織の代表として発言する資格を失ったことを示している。これ以上、籾井は嘲笑される立場にしがみつづけるつもりなのだろうか。安倍晋三は、新入局員にも劣る会長を今後とも擁護しつづけるのであろうか。そして、そんなことを許せば、NHK受信料を払っている私たちが「四月馬鹿」にされたということになろう。

福島第一原発周辺においては、2つの基準が存在している。まず、居住制限区域と避難指示解除準備区域は年間20mSvが境界となっており、線量20mSv以下で、インフラの整備が完了すれば、帰還を認めることになっている。

しかし、除染の基準は年間1mSv以上であり、それ以下をめざして除染を行うことになっている。だが、除染事業の現状は、年間1mSv未満に線量を下げることは困難であることが判明している。

そこで、次のようなことが行われた。しんぶん赤旗が2013年11月13日に配信した次の記事をみてほしい。

帰還後「個人線量が基本」

規制委方針 「空間線量」から変更

 原子力規制委員会は20日の定例会合で、東京電力福島第1原発事故で避難している住民の帰還に向けた防護措置のあり方などについて、「基本的考え方」をほぼ了承しました。これまで専門家による検討会合が4回開かれ、11日に案がまとめられていたもの。

 「考え方」は、帰還後の被ばく線量管理について、個人線量計による測定を基本とすることなどが明記されました。個人線量計などを用いた個人線量は、ヘリコプターなどによる空間線量率から推定される被ばく線量と比べて低くなる傾向が指摘されています。
(後略)

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik13/2013-11-21/2013112115_01_1.html

つまり、今までの空間線量から推定される被ばく線量より低く測定される傾向がある個人線量計に切り替えることにしたのである。朝日新聞が2013年11月21日にネット配信した記事によると、次のように、約半分程度になるということである。

福島県伊達市は21日、全住民を対象に1年間実施した個人線量計(ガラスバッジ)による放射線被曝(ひばく)量の測定結果を発表した。国の推計方式で年1ミリシーベルトの被曝量があるとされた二つの地域で、住民の被曝量の平均が、いずれも0・5ミリ台だったという。

http://www.asahi.com/articles/TKY201311210369.html

しかし、年間線量1mSvという除染基準は、低線量被ばくの影響について確定したことがいえない中、20mSvなどなるべく高い線量を基準にしたいとする当時の政権と、少しでもゼロをめざして低くしたいという民意との間の中で決まった「社会的基準」というべきものである。空間放射線量は変わらないまま、約半分の測定値となる個人線量計の測定値に切り替えるということは、実質的には、今までの倍に基準を緩和するということにほかならない。

しかし、個人線量計に切り替えて測定していても、年間1mSvにならないところが出現していた。そのことについて、毎日新聞が2013年3月25日に次のようにネット記事を配信している。

<福島原発事故>被ばく線量を公表せず 想定外の高い数値で
毎日新聞 3月25日(火)7時0分配信
 ◇内閣府のチーム、福島の3カ所

 東京電力福島第1原発事故に伴う避難指示の解除予定地域で昨年実施された個人線量計による被ばく線量調査について、内閣府原子力被災者生活支援チームが当初予定していた結果の公表を見送っていたことが24日、分かった。関係者によると、当初の想定より高い数値が出たため、住民の帰還を妨げかねないとの意見が強まったという。調査結果は、住民が通常屋外にいる時間を短く見積もることなどで線量を低く推計し直され、近く福島県の関係自治体に示す見込み。調査結果を隠したうえ、操作した疑いがあり、住民帰還を強引に促す手法が批判を集めそうだ。

 毎日新聞は支援チームが昨年11月に作成した公表用資料(現在も未公表)などを入手した。これらによると、新型の個人線量計による測定調査は、支援チームの要請を受けた日本原子力研究開発機構(原子力機構)と放射線医学総合研究所(放医研)が昨年9月、田村市都路(みやこじ)地区▽川内村▽飯舘村の3カ所(いずれも福島県内)で実施した。

 それぞれ数日間にわたって、学校や民家など建物の内外のほか、農地や山林などでアクリル板の箱に個人線量計を設置するなどして線量を測定。データは昨年10月半ば、支援チームに提出された。一般的に被ばく線量は航空機モニタリングで測定する空間線量からの推計値が使われており、支援チームはこれと比較するため、生活パターンを屋外8時間・屋内16時間とするなどの条件を合わせ、農業や林業など職業別に年間被ばく線量を推計した。

 関係者によると、支援チームは当初、福島県内の自治体が住民に配布した従来型の個人線量計の数値が、航空機モニタリングに比べて大幅に低かったことに着目。

 関係省庁の担当者のほか、有識者や福島の地元関係者らが参加する原子力規制委員会の「帰還に向けた安全・安心対策に関する検討チーム」が昨年9~11月に開いた会合で調査結果を公表し、被ばく線量の低さを強調する方針だった。

 しかし、特に大半が1ミリシーベルト台になると想定していた川内村の推計値が2.6~6.6ミリシーベルトと高かったため、関係者間で「インパクトが大きい」「自治体への十分な説明が必要」などの意見が交わされ、検討チームでの公表を見送ったという。

 その後、原子力機構と放医研は支援チームの再要請を受けて、屋外8時間・屋内16時間の条件を変え、NHKの「2010年国民生活時間調査」に基づいて屋外時間を農業や林業なら1日約6時間に短縮するなどして推計をやり直し、被ばく推計値を低く抑えた最終報告書を作成、支援チームに今月提出した。支援チームは近く3市村に示す予定だという。

 支援チームの田村厚雄・担当参事官は、検討チームで公表するための文書を作成したことや、推計をやり直したことを認めた上で、「推計値が高かったから公表しなかったのではなく、生活パターンの条件が実態に合っているか精査が必要だったからだ」と調査結果隠しを否定している。

 これに対し、独協医科大の木村真三准教授(放射線衛生学)は「屋外8時間・屋内16時間の条件は一般的なもので、それを変えること自体がおかしい。自分たちの都合に合わせた数字いじりとしか思えない」と指摘する。

 田村市都路地区や川内村東部は避難指示解除準備区域で、政府は4月1日に田村市都路地区の避難指示を解除する。また川内村東部も来年度中の解除が見込まれている。【日野行介】

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140325-00000008-mai-soci

つまり、避難指示解除準備区域で、避難指示解除が予定されている地域で予備的に個人線量計で内閣府の支援チームが測定したのだが、そのうち、大半が1mSv以下になると推定していた川内村の推計線量が、個人線量計でも2.6〜6.6mSvになってしまった。内閣府の支援チームは、この結果を公表せずに隠蔽した。そして、現在、農業・林業従事者の生活時間パターンを「屋外8時間、屋内16時間」から「屋内6時間、屋外18時間」などにかえ、より推計値が低くなるように計算しなおしているというのである。つまりは、測定値が高いから、より推計値が低くなるように数字を操作しているということになるのである。

測定方法を空間線量から個人線量計に変更するだけでも、約2倍に基準線量を緩和していることになる。それでも高いとなれば、推計の計算式をかえて、まだ下げようとしている。空間線量は全く変わらず、いわゆる「線量推計値」だけが下げられたのである。

福島第一原発事故後、東北・関東の諸地域は広範に放射性物質によって汚染された。そこで、空間線量からの推計で年間1mSvを基準として除染された。もちろん、現実には、除染作業を行っても1mSv以下にならなかった地域も多い。それでも、とりあえず、除染作業は実施されたのである。

ところが、避難指示解除準備区域においては、測定方法が空間線量から個人線量に切り替えられ、さらには推定値の計算式が変更されることになっている。そのために、従来の空間線量では1mSv以上と認定されて除染の対象になった線量のある地域が、除染の対象にならなくなるケースが出現することが想定されるのである。

現時点の除染基準1mSvとは「社会的」基準である。そして、この基準は、すでに他地域では適用されている。このように「科学」の名をかりて、実質的に緩和された基準を福島第一原発周辺地域に押しつけるという不公平なことが、平然となされているのである。

    STAP細胞問題の社会的バックグラウンド

現在、理化学研究所所属の研究員で早稲田大学で博士号を取得した小保方晴子を中心として発表したSTAP細胞ー刺激惹起性多能性獲得細胞問題が大きな議論を巻き起こしている。1月29日、小保方らは、イギリスの科学誌『Nature』に、STAP細胞についての論文掲載が決定したことを記者会見で発表した。再生医療などへの利用が見込まれる多能性獲得細胞としては、すでにiPS細胞ー人工多能性幹細胞があり、その開発者である山中伸弥京都大学教授はノーベル賞を受賞している。そのような期待とともに、中心的な研究者である小保方晴子がまだ若い30歳の女性であることとあいまって、発表当時は、大きな好意的反響をよんだ。

しかし、その後、他機関でのSTAP細胞再現実験が成功しない中で、小保方個人の研究者としての資質、さらに小保方らの研究成果自体への疑惑がインターネットなどで深まっていった。

大きくいえば、2つのことが指摘されている。まず、小保方晴子は2011年3月に早稲田大学で博士(工学)号を取得したが、その博士論文「三胚葉由来組織に共通した万能性体性幹細胞の探索」において、既存の文章を引用と明記せず、そのまま載せているということである。具体的にいえば、冒頭部分の約20ページ分の文章が、アメリカ国立衛生研究所のサイト「Stem Cell Basics」からの文章をそのままコピーアンドペーストしているとされ、参考文献紹介も他者のそれを使い回しているという。また、その中で使われている画像も別の企業が出したものをそのまま使っているのではないかという疑惑がもたれている。早稲田大学は、小保方晴子の博士号取得について検証をすすめる意向を示した。

他方で、今回の小保方などが発表した『Nature』掲載論文自体にも疑問符がつけられている。この論文の中でも、実験の手順を記した部分の一部が過去の研究のコピーアンドペーストであるのではないかと疑われている。また、実験の成果として出されている画像の一部が切り貼りなどで加工されており、さらには、別のテーマを扱っている博士論文の画像が使い回されていることも指摘されている。画像の加工については、小保方自身が「やってはいけないことという認識がなかった」と話しているそうである。そして、現在(3月27日)、共同研究者若山照彦山梨大学教授がSTAP細胞作成のためマウスの細胞を提供したが、そこから発生させたのではない細胞をSTAP細胞として提供した疑惑も浮上している。理化学研究所は論文の不備を認め、3月14日に小保方を含む論文執筆者全員に論文撤回をよびかけた。

この問題は、小保方晴子個人や、それに直接関わった研究者や教育研究機関(早稲田大学・理化学研究所・ハーバート大学など)固有の問題と考えられがちである。もちろん、直接に関わった個人や機関が直接の責任を負わなくてはならないのは当然である。そして、対処療法としては、個別の問題への対応が中心になるだろう。しかし、この問題について、個別の議論を離れてみてみると、現時点での日本の学術研究政策の失敗が、如実に現れていると思われる。

    研究者養成の博士号取得者倍増政策の失敗

まず、研究者小保方晴子の養成について、近年の博士号取得者倍増政策の観点からみておこう。現在、ハーバード大学にて食事や遺伝子と病気に関する基礎研究に従事している医学博士の大西睦子は、3月17日、国際情報サイト「フォーサイト」において、STAP細胞問題について一通り紹介したうえで、次のように述べている。

■博士号を“乱発”してきた日本

 そもそも、米国と日本では、博士号の品質が大きく異なります。2011年4月20日付 の『Nature』誌に、日本を始め中国、シンガポール、米国、ドイツ、インド、など世界各国の博士号の問題点が論じられています。

【The PhD factory,Nature,April.20.2011】

 その中で、日本の博士号のシステムは危機に陥っていて、すべての国の中で、日本は間違いなく最悪の国のひとつだと書かれています。1990年代に、日本政府が、ポスドク(博士号を取得した後、常勤研究職になる前の研究者のポジション)の数を3倍の1万人に増やすという政策を設定しました。その目標を達成するために、博士課程の募集を強化したのです。なぜなら、日本の科学のレベルを一刻も早く 欧米と対等にしたかったからです。その政策で確かに 人数だけ は増えましたが、大学などのアカデミアでは、地位につける人数に制限がありますし、企業の就職には年齢の制限があるため、逆に、 ポスドクの最終的な職場がみつからないという状況に陥りました。さらに、博士号を取得する研究者 の質も低下しました。

 日本の場合、ほとんどの学生が、修士号取得後のわずか 3、4年で博士号を取得して卒業します。いわば、博士号の“安売り”とも言える状況です。

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20140317-00010000-fsight-soci

このように、1990年代以降、日本は政策的に博士を3倍にする政策に乗り出したのである。しかし、博士の就職先は確保しなかった。博士課程在籍者は増えたのであるが、大学教員の増員など研究指導体制の強化ははかられなかったのである。そのため、一般的に、それぞれの博士課程在籍者への研究指導は弱体化し、博士号取得者の研究者としての質が低下することになった。他方、数としては増えた博士号取得者の就職難は、それ以前より競争によって激化することになったのである。

もちろん、この問題については、小保方個人やそれに関わった教育者、さらには、在籍した早稲田大学や留学先のハーバート大学の固有の問題も大きく影響しているだろう。また、理系と文系との違いもあるだろう。しかし、いくらなんでも、公開論文において、引用を明記せずに記載すれば、「盗用」の指摘は免れえない。そして、研究指導というものは、学部段階、修士段階、博士段階を通じて、そのような論文の作法を学んでいくものでもあるのだ。このことは、教育研究の失敗である。そして、その背景として、博士課程入学者を倍増したにもかかわらず、大学教員などの教育研究スタッフを増員しなかった政策自体を問題にしなくてはならないのである。

    大学・研究機関における「競争主義」の高唱と学術研究体制の弱体化

他方で、幸運にも大学や研究機関に入ることができた研究者たちには、「成果」を競争しあうことが強制されている。鈴鹿医療科学大学学長であり、前国立大学財務・経営センター理事長、元三重大学学長であった豊田長康は、自身のブログの中で、主に国立大学を対象としながら、次のように述べている。

2004年から実施された国立大学法人化は、わが国における第二次世界大戦後の大学改革以来の大きな制度改革であるとされている。各大学には文部科学大臣が定めた中期目標を達成するための中期計画・年度計画の策定が求められ、その達成度が評価されることになった。予算面については中期目標期間(6年間)内については年度を超えた繰り越しが認められ、運営費交付金の学内配分が各大学の裁量で可能となった。また、ガバナンスの面では、学長と役員会の権限が強化されるとともに、経営協議会が設けられて外部委員が参画することとなり、監事制度も導入された。会計面では、民間の会計制度を参考にした国立大学法人会計制度が導入された。

ただし、運営費交付金については効率化係数がかけられ、総体としては年約1%程度の率で削減されることとなった。なお、法人化と交付金の削減は、制度上は必ずしも連動するものではないと説明されているが、現在までのところ国立大学法人の運営費交付金は削減され続けている。また、附属病院建設に伴う債務償還の補てんという意味合いを持つ“附属病院運営費交付金”については、法人化第1期において経営改善係数により急速に削減された。なお、法人化第2期には“附属病院運営費交付金”という区分は無くなった。

また、運営費交付金の種別については、主として職員の人件費や経常的な運営費等に使われる基盤的な運営費交付金が削減される一方で、国の定めるプロジェクトを競争的に獲得する運営費交付金が確保され、また、高等教育予算の中に国公私立大学が競争的に獲得する教育研究資金が確保された。

法人化によって、目標設定と評価によるマネジメント、競争原理の導入、ある程度の現場への裁量権の付与と民間的経営手法の導入、学長の権限強化と監視機構の導入等といった制度改革がなされ、それに伴い、各大学において様々な教学および経営面での改善・改革がなされ、今日に至っている。

法人化の大きな目的の一つは、国立大学の機能強化を図ることであると考えられるが、一方、経営の効率化も同時に求められている。基盤的な運営費交付金の削減は、この効率化に対応する政策であると考えられる。

しかし、運営費交付金の削減が、各大学の経営効率化の努力によってカバーできる範囲であれば大学の機能は低下しないが、その範囲を超えると機能が低下する。現在、少なくとも国立大学の研究機能については、運営費交付金の削減が、法人化によって期待される効率化を超えて“機能低下”を招いている状況であると推測される。

国立大学は、わが国の学術論文数の生産において大きな割合を占めているセグメントであり、その機能低下がわが国全体の学術論文数の停滞~低下を招き、その結果、世界の主要国が学術論文数を増やしている中で、わが国の研究面での国際競争力の急速な低下を招いているものと推測される。http://blog.goo.ne.jp/toyodang/e/2be2f339579a29b5f6bff219c24c45f5

豊田の主張は、国立大学法人化の中で、運営費交付金が減額されていくことで、学術研究体制が弱体化していっているということである。そして、その中で、競争的に獲得される教育研究資金が導入されていくことになるが、結局、そのように競争を強いても、学術研究体制の弱体化は免れないのである。結果として豊田は次のように指摘している。

また、主要15か国の比較では、日本以外の先進国が軒並み増加を示し、また、中国を初めとする新興国が急速に学術論文数を増加させているのとは対照的に、唯一日本だけが停滞~減少を示している。論文数については2001~04年にかけて、日本はアメリカ合衆国に次いで2番目の多さであったが、それ以後、イギリス、ドイツ、中国に追い抜かれ現在5番目となっている。
(中略)
これらのデータは、日本の学術論文数減少が、政治状況に大きな問題のある国以外には見られない、日本だけに起こった世界的に見て極めて特異な現象であることを示すものと考えられる。
(後略)

http://blog.goo.ne.jp/toyodang/e/3941ddc676f2625ee80c977d6740b448

以上より、日本は論文の数ばかりではなく、注目度(質)についても国際競争力が低下しており、特にイノベーションの潜在力を反映すると考えられる高注目度論文数(質×量)の国際順位が下がっていることは、今後の日本経済の国際競争力にも暗雲を投げかけるものと考える。

http://blog.goo.ne.jp/toyodang/e/f74e2e58c6531dc71ee8c19e772f4821

このような観点から、科学技術指標2013のデータにもとづき人口当りのTop10%補正論文数を計算し、その国際比較を示した。日本は科学技術指標2013にあげられている主要国の中では台湾、韓国に次いで21番目となっている。欧米諸国は日本の約2~10倍産生しており、台湾は日本の1.9倍、韓国は日本の1.4倍産生している。現在、日本の論文産生が停滞~減少していることから、この格差は今後さらに拡大すると想定される。
(中略)
このように、日本は先進国として、人口あるいはGDPに見合った論文数を産生しておらず、新興国と同じレベルになっている。今後、学術論文産生の停滞~減少状況が続けば、日本の順位はさらに低下し、イノベーションの「質×量」で他国を上回らなければ資源を購入できない国家としては、10~20年先の将来が危ぶまれる状況であると思われる。

http://blog.goo.ne.jp/toyodang/e/fd1b54eb1b8c903b2ff01b38a229ee77

数字や立論の検証については、上記ブログをみてほしい。豊田は、現時点において、日本の学術論文が数的にも停滞もしくは減少しており、注目度も下がっていると主張しているのである。「競争主義」が高唱される中で、日本の学術研究体制自体が、世界に比較して弱体化していることは、単に、国立大学だけでなく、日本全体に通底する問題であるといえよう。

    競争を強いられた理化学研究所とSTAP細胞問題

このような競争主義は、独立行政法人である理化学研究所も同じである。例えば、毎日新聞は、次のような報道をしている。

特集ワイド:巨額研究費、理研が落ちた「わな」 予算の9割が税金 iPS細胞に対抗、再生医療ムラの覇権争い
毎日新聞 2014年03月19日 東京夕刊

 「科学者の楽園」と呼ばれる理化学研究所(理研)は税金で運営される独立行政法人だ。新たな万能細胞「STAP細胞(刺激惹起(じゃっき)性多能性獲得細胞)」の研究不正疑惑が理研を激しく揺さぶっている。カネの使われ方から問題の背景を読み解く。【浦松丈二】

 寺田寅彦、湯川秀樹、朝永振一郎……。日本を代表する科学者が在籍した理研は日本唯一の自然科学の総合研究所だ。全国に8主要拠点を持ち職員約3400人。2013年度の当初予算844億円は人口20万人程度の都市の財政規模に匹敵、その90%以上が税金で賄われている。

 予算の3分の2を占めるのが、理研の裁量で比較的自由に使える「運営費交付金」。STAP細胞の研究拠点である神戸市の理研発生・再生科学総合研究センター(CDB)には年間30億円が配分される。研究不正の疑いがもたれている小保方(おぼかた)晴子・研究ユニットリーダーは5年契約で、給与とは別に総額1億円の研究予算が与えられている。

 英科学誌「ネイチャー」に掲載されたSTAP細胞論文の共著者、笹井芳樹CDB副センター長は、疑惑が大きく報じられる前の毎日新聞のインタビューで「日本の独自性を示すには、才能を見抜く目利きと、若手が勝負できる自由度の高い研究環境が必要」と語り、この10年で半減されたものの運営費交付金がSTAP細胞研究に「役立った」としている。理研関係者によると、小保方さんに「自由度の高い」研究室を持たせ、大がかりな成果発表を主導したのは笹井さんだった。

 「万能細胞を使った再生医療分野には巨額の政府予算が投下されている。そのカネを牛耳る“再生医療ムラ”内には激しい予算獲得競争、覇権争いがある」と指摘するのは近畿大学講師の榎木英介医師だ。学閥など医療界の裏を暴いた「医者ムラの真実」の著書がある。失われた人間の器官や組織を再生することでドナー不足や合併症などの解消が期待される再生医療分野に対し、政府は13年度から10年間で1100億円を支援することを決めている。

 榎木さんは言う。「現在、政府予算の大半がiPS細胞(人工多能性幹細胞)の研究に回されています。顕微鏡1台が数百万円、マウス1匹でも数千円から特殊なものでは万単位になる。予算が獲得できなければ研究でも後れを取ってしまう。追いかける側の理研の発表では、山中伸弥京都大教授が生み出したiPS細胞に対するSTAP細胞の優位性が強調され、ピンク色に壁を塗った小保方さんのユニークな研究室内をメディアに公開するなど、主導権を取り戻そうとする理研の並々ならぬ意欲を感じた」

 笹井さんはマウスのES細胞(胚性幹細胞)から網膜全体を作ることに成功した再生医療分野の著名な研究者。榎木さんは「山中教授がiPS細胞を開発するまでは、笹井氏が間違いなくスター研究者だった」と言う。だが、iPS細胞が実用化に近づいたことで、笹井さんら“非iPS系”研究者の間では「埋没してしまうのでは」との危機感が高まっていたといわれる。

 「こうした競争意識が理研の“勇み足”を招いたのではないか」(榎木さん)

 霞が関でも研究予算を巡ってのせめぎ合いが繰り広げられている。「民主党政権時代がそうだったが、本来の『国立研究所』は不必要だ、第1級(の研究レベル)でなくても2級3級でいいというのであればそれまでだ。しかし、必要だというなら現在の独立行政法人制度では全く不十分だ。手をこまねいていては欧米の一流研究所を超えることはなく、躍進する中国の国営研究所に一挙に追い抜かれるだろう」。昨年10月23日、中央合同庁舎4号館の会議室でノーベル化学賞受賞者の野依良治・理研理事長が熱弁をふるった。世界に肩を並べる研究開発法人創設についての有識者懇談会で意見を求められたのだ。トップレベルの研究者に高額の報酬を支払えるようにしたい、それには法律で給与などを細かく定められた独立行政法人の枠組みから出なければ−−との訴えだ。

 実際、米ハーバード大学など一流大学の教授年収は約2000万円。世界トップレベルの研究者で5000万円を超えることは珍しくない。一方、理研の常勤研究者の平均年収は約940万円。これでは優秀な頭脳が海外に流出したとしても責められまい。

 「科学者に科学者の管理ができるのか」。財務省関係者からはそう不安視する声が聞かれたが、理研関連の来年度予算編成が大詰めを迎えた1月末、理研はSTAP細胞論文を発表。政府は早速、理研を「特定国立研究開発法人」の指定候補にすることを発表し、野依理事長の訴えは実りかけた。ところが、論文に画像の使い回しや他論文からの無断転載が相次いで見つかり、政府は閣議決定するまでの間、理研の対応を見極める方針だ。指定の「追い風」として期待されたSTAP細胞は逆に足かせになってしまったのだ。

 有識者懇談会委員の角南(すなみ)篤・政策研究大学院大学准教授は「チェック体制は制度改革の論点の一つで、そこがクリアできないなら理研の新法人指定は簡単ではない」と言う。「研究不正疑惑はいつでもどこでも起き得る問題だが、この時期に新制度の旗振り役である理研で起きてしまったことが、科学技術振興を成長戦略の柱と位置付ける政権の推進力に悪影響を及ぼさないことを願いたい」
 (後略) 

http://mainichi.jp/shimen/news/20140319dde012040002000c.html

まず、理化学研究所も、一般の国立大学同様、運営費交付金が減額されていることに注目しておきたい。理化学研究所のサイトに掲載されている年度計画の各年度予算によると、2005年度に運営費交付金が711億200万円であったが、それ以降次第に減額されて、2013年度は553億3000万円となっている。しかし、予算総額は2005年度が867億6900万円から2013年度には905億3900万円となっている。このように、一般的経費にあてられる運営費交付金が減額される中で、それまでの研究費を確保するためには、競争的資金を導入せざるをえなくなっているのである。そして、再生医療の分野において、理化学研究所側は、京都大学教授山中伸弥のiPS細胞開発に遅れをとっていた。そこで、注目されたのが、小保方晴子の提唱していたSTAP細胞だったといえるのだ。理化学研究所は、小保方晴子を採用し、多額の研究費を与えたのは、そのような意図であったと思われる。

しかし、結局のところ、小保方の研究においては、研究成果の「証拠」である画像そのものに疑惑がもたれることになった。これが意図的であるかどうかははっきりしない。そもそも「画像の加工」自体に「やっていけないことという認識がなかった」という小保方に、どれほどの責任意識があるのかとも思う。だが、小保方は、いうなれば理化学研究所の期待に応えようとしていたともいえるのだ。競争主義にさらされ、「成果」をあげることが一般的に強制されており、その中で、「成果」をデコレーションしようという誘惑にかられることは研究者個人としてあり得るだろう。短期間に「成果」をあげないと研究者自身が職を失うことになるのである。

他方で、「成果」をあげたとする研究について、競争状態に置かれている理化学研究所側も、短期に発表し、特許などの優先権を確保し、予算を獲得したいという意識がはたらき、研究をチェックしようという意識が減退していくことも容易に想像できる。少々問題があっても、追試に成功すればよいということになるのだ。これは、理化学研究所の問題であるが、競争を強いられている日本全体の大学・研究機関のどこでも起こりうることなのである。競争主義の高唱がもたらす日本の学術研究体制の弱体化の象徴といえるだろう。

    安倍政権の新成長戦略に打撃を与えたSTAP細胞問題

さて、前述の毎日新聞の記事は、政府の新成長戦略の一環としての科学技術振興政策に、今回の問題が打撃を与える可能性を指摘している。より、直接的に産経新聞が下記のように報道している。

STAP論文 中間報告 出はなくじかれた新成長戦略
産経新聞 3月15日(土)7時55分配信

 政府は、「STAP細胞」の論文を発表した小保方晴子・研究ユニットリーダーが所属する理化学研究所の改革を、安倍晋三政権が重視する6月の新成長戦略の一環と位置付けていた。だが、今回の事態を受けて、理研を軸に描いていた技術立国構想は出はなをくじかれる形となり、第3の矢の成長戦略にも影を落としそうだ。

 政府の総合科学技術会議(議長・安倍首相)は12日、世界最高水準の研究を目指す新設の「特定国立研究開発法人」(仮称)の対象候補を、理研と産業技術総合研究所に決めた。だが、正式な決定は見送られた。政府関係者によると、論文の疑惑が浮上する前は、同日の会議で正式決定の運びだったという。

 小保方氏がSTAP細胞の存在を発表すると、政府は世界的なニュースとして歓喜した。首相は1月31日の衆院予算委員会で「若き研究者の小保方さんが柔軟な発想で世界を驚かせる万能細胞を作り出した」と称賛。下村博文文部科学相は同日の記者会見で「将来的に革新的な再生医療の実現につながりうる」と述べ、理研をはじめ基礎研究分野への予算配分強化の方針を打ち出した。

 14日、菅義偉(すが・よしひで)官房長官は記者会見で「理研は国民に一日も早く結果を示す必要がある」と述べるにとどめ、理研の対応を見守る方針だ。山本一太科学技術担当相は記者会見で「関心を払わずにはいられない。しっかり意見も言っていかなければいけない」と指摘した。

 政府としては、新成長戦略の当てが外れることになりかねないばかりか、論文に故意の不正があったと判断されれば、組織体制をただすなど理研に厳しい対応を取らざるを得ない場面も想定される。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140315-00000093-san-soci

いうなれば、安倍政権は、新成長戦略の柱の一つに科学技術の振興をあげ、そのため、「特定国立研究開発法人」に理化学研究所を指定しようとしていた。つまりは、「競争主義」において「成果」を出したものたちを、これまで以上に優遇しようとしていたのである。しかし、その「成果」とは何だったのだろうか。STAP細胞問題は、安倍政権の新成長戦略の柱も揺るがすことになったのである。

だが、結局、それは必然的であったのだと思う。博士号取得者の倍増、競争的資金の導入、「成果」至上主義は、競争こそが進歩であるという新自由主義的な思い込みから出発したといえる。もちろん、ある程度、成果を出す競争にさらされるほうが効率的な研究分野もあるだろう。しかし、学術研究とは、単に「有効性」を早期に成果として出すだけのものではない。そもそも、文系・理系を問わず、学術研究とは、自らの主体を含めた「世界」とはどのようなものであり、どのような仕組みで成り立っているのかを問うでもあるのだ。そして、学術研究の「有効性」も、上記のような問いに支えられているのである。近視眼に「成果」を求めて競争させることを至上にした、近年の学術研究政策の失敗を象徴するものがSTAP細胞問題であったと考えられるのである。このように失敗した学術研究政策に立脚したのが、安倍政権の新成長戦略の一環としての科学技術振興であったといえよう。

追記:小保方晴子個人やSTAP細胞の概略については、Wikipediaの当該記事を参考とした。

 

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