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画像左側は、石川島に建築された大川端リバーシティとよばれる超高層マンション群、右側は近世に造成された佃島である。この場所は、東京が新旧の建築が混在している町であることを端的に示している。(2010年10月6日撮影)

福島第一原発は、もはや問題のない時がない状態で、あまりにトラブルが多いので、逆にそれらを追跡することが難しい状態である。しかし、この報道には驚いた。次の、東京新聞のネット配信記事でみてみよう。

氷5トン超 毎日投入 福島第一 難航する凍結止水作業

2014年7月24日

 東京電力福島第一原発の地下トンネルにたまる高濃度汚染水の抜き取り作業が難航している問題で、東電は二十八日から、トンネルに毎日五トン超の氷やドライアイスを投入する。汚染水の温度を下げ、2号機タービン建屋とトンネルの接続部に氷の壁ができやすくする狙い。
 タービン建屋との水の行き来をなくしてトンネル内の汚染水を抜かないと、再び重大な海洋汚染を引き起こす危険が残る。これまでの計画では、トンネル内に粘土などを詰めた袋をいくつも置き、凍結液を循環させて袋や周辺の水を凍らせて止水し、汚染水を抜いてトンネルをセメントで埋める予定だった。
 ところが四月末に凍結作業が始まって以降、一部しか凍らなかったり、凍った部分が溶けたりと不安定な状態が続いている。全体が壁のように凍らないと止水できないため、原子力規制委員会が代替策の検討を指示していた。
 二十三日に開かれた規制委の専門家会合で、東電は現状の汚染水の水温(一五度)を五度まで下げられれば、全体が凍るとの試算を示した。
 トンネル上部の穴から氷を一日五・四トン、ドライアイスも一トンを投入することで水温が十分に下がり、凍結液を循環させる管も四本増やすことで達成できそうだとする。
 それでも凍結しない場合は、袋同士が密着していない部分にセメントなどを流し込んで隙間を埋める作業を、八月下旬から実施。ただセメントが固まれば元に戻せなくなるため、東電はあくまでも最終手段にしたい考えだ。
 検討会で規制委の更田(ふけた)豊志委員は東電側に「氷の投入という極めて原始的な方法だが、やれることは何でもすぐにやってほしい。お盆のころには結果が分かると思うので、朗報を聞きたい」と話した。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/feature/nucerror/list/CK2014072402000130.html

要するに、凍土壁建設の準備もかねて、福島第一原発海側の地下トンネルにたまっている高濃度汚染水を取り除くため、地下トンネルとタービン建屋の接続部にある水を凍結液を循環させることで凍らせて「止水」する作業をしていたが、十分凍らないため、氷やドライアイスを上部から投入することで凍らせて「止水」するという作業を東電がするというのである。

原子力規制委員会側は、あきれ顔である。この記事のなかでも更田委員は「氷の投入という極めて原始的な方法だが、やれることは何でもすぐにやってほしい。お盆のころには結果が分かると思うので、朗報を聞きたい」といっている始末である。さらに、産経新聞が7月23日にネット配信した記事にでは「検討会のメンバーの橘高義典・首都大学東京大学院教授(建築材料)は「これでは凍結しないと思う。コンクリートを流し込んでトレンチの充填をすべきだ」と、東電の対策を疑問視した」と報道されている。

そして、現実に、東電は試験してみたそうである。水温が7.8度まで下がる効果があったとして、毎日、氷を15トン、二週間で180トン投入していくことを東電は決めたのである。福島民報の次のネット配信記事をみてほしい。

トレンチに氷本格投入 第一原発 1日当たり15トン凍結を促進

 東京電力福島第一原発のトレンチ(電源ケーブルなどが通る地下道)にたまった汚染水を抜き取るための凍結工事が難航している問題で、東電は30日からタービン建屋とトレンチの接続部への氷の投入を本格化させた。
 1日当たり約15トン、2週間で計約150トンを投入し、凍結を促進させる。
 24日に、試験的に氷約2トンを投入したところ、水温が12度から7・8度まで下がり、効果を確認できたため、本格投入を開始した。
 東電の計画では、建屋とトレンチの接続部分に挿入した凍結管で氷の壁を作り、水流を遮断してトレンチ内の汚染水を抜く。
( 2014/07/31 08:59 カテゴリー:主要 )

http://www.minpo.jp/news/detail/2014073117191

まあ、なんというか、言葉もない。そもそも、なんでこんなに杜撰なのかと思う。また、今のところ、水温が下がっただけであり、実際に凍るかどうかは不明なのである。そして、7−8月という、日本全体がもっとも高温の時期に、なんでこんなことをしているのだろうと思う。よしんば、この「極めて原始的な方法」で凍結したとしても、すごくつまらないコストをかけているだけだといえよう。

結局、東電も原子力規制委員会も、福島第一原発について責任意識を欠いた証左である。東電はそのばしのぎの対策をたて、規制委員会は批判はするが「指導」はせず、東電はさらに場当たり的な対応をくりかえしていく。さらにいえば、日本の科学技術というものの限界を如実にみせつけているといえる。予測不可能なことにはついては場当たり的な対応しかとれないのである。

もし、「凍らせる」ということを考えるのであれば、もっとも暑いこの時期はさけたであろう。自然の中に人間も福島第一原発もある。そのことを無視して「水を凍らせる」ことがいかに難しいか、それを理解できないのである。自然の摂理を無視した日本の原発政策の根本がここで露呈しているといえよう。

福島第一原発事故による放射性物質汚染の影響については、政権も福島県庁もマスコミも可能な限り小さくみせようとしている。例えば、日本テレビは次のような記事をネット配信している。

安倍首相、福島県産野菜の安全性をアピール

 安倍首相は24日、東日本大震災の風評被害対策の一環として福島県産の野菜を試食し、安全性をアピールした。

 安倍首相が試食したのは、福島県産のキュウリやトマトで、風評被害対策のキャンペーンの一環として首相官邸を訪れた福島県の佐藤知事らから贈られたもの。

 安倍首相「(福島の野菜は)安全安心でおいしい。良い値段で売れるように、風評被害をみんなで吹き飛ばす。みなさん頑張って。応援します」

 また、この後、経団連の夏季フォーラムに出席した安倍首相は、福島県産の食品ついて、「やっと店頭では買っていただけるようになったが、贈呈品としてはちゅうちょする方が多い。お歳暮にはぜひ福島県産品を」と呼びかけた。

http://news24.jp/articles/2014/07/24/04255827.html

こういう「福島は安全」キャンペーンの背後には、いろいろな思惑があるだろう。官邸は原発再稼働を目論み、福島県庁は住民の「早期帰還」をめざし、農業者たちは生産物の購買忌避を解消しようとしている。

他方で、福島の危機を主張する人びとについては、全力をふるって攻撃する。少し前にあった「美味しんぼ」をめぐる騒動がそうだった。このことについては、よくも悪くも周知のことであろうが、確認のため、NHKがネット配信した福島県知事のコメントを紹介しておこう。

2014年05月12日 (月)
美味しんぼ 福島県知事が「残念」と不快感

12日発売の雑誌に連載されている漫画「美味しんぼ」の今週号の中で、登場人物が「福島県内には住むな」などと発言する場面があり、福島県の佐藤雄平知事が、「復興に向かって県民が一丸となっているときに風評を助長するような内容で、極めて残念だ」と不快感を示しました。

「美味しんぼ」は、小学館の漫画雑誌「週刊ビッグコミックスピリッツ」で昭和58年から連載されている雁屋哲さん原作で、花咲アキラさんが描く漫画です。
12日発売の今週号の中で、福島県双葉町の前町長や、福島大学の准教授が実名で登場し、「福島県内には住むな」とか、「人が住めるようにすることはできない」などと発言する場面が描かれています。
これに対し12日、さいたま市内で福島の復興支援を訴える講演を行った福島県の佐藤雄平知事が、講演のあとで報道各社の取材に応じました。
この中で佐藤知事は、「全国の皆さんが復興を支援してくださって、福島県民も一丸となって復興を目指しているときに、全体の印象として風評を助長するような内容で、極めて残念だ」と述べ、不快感を示しました。
そのうえで、今後の対応については、状況を見ながら検討すると答えました。
「美味しんぼ」を巡っては、先月発売された号でも、主人公が福島第一原発を取材したあとに鼻血を流し、双葉町の前町長が「福島では同じ症状の人が大勢いますよ」と語る場面が描かれ、双葉町が「そのような事実はなく、福島県民への差別を助長させることになる」として小学館に抗議しています。

http://www9.nhk.or.jp/kabun-blog/700/187648.html

また、「在日特権を許さない市民の会」などのヘイトスピーチを行っている人びとも、反原発デモなどを「反日」として槍玉にあげている。現時点でも世論調査では日本社会の半分程度の人びとは、原発再稼働について反対であり、原発については不安を感じている。しかし、原発への不安が具現化した福島第一原発事故の影響については「否認」し、それを主張する人びとについて攻撃することが、一つの規範となっているようなのである。

さて、私の考える問題は、福島県における放射性物質汚染の影響を否認し、影響を主張する人びとを攻撃する認識論的根拠がどこにあるのかということである。このことについて、ドイツの社会学者ウルリッヒ・ベックの『危険社会』(法政大学出版局、1998年)を手がかりに考えてみよう。

以前、何度か、本書の内容を紹介した。本書は、自然破壊による「危険」を現代社会の最大の問題としてとらえたもので、チェルノブイリ事故直後の1986年に原著がドイツで出版され、大きな反響を読んだ。いま、本書を読み返しているが、私としても違和感のあるところもある。しかし、まだまだ教えられることも多い。

ベックは、本書の中の「スケープゴート社会」という項目で次のようにいっている。

危険に曝されても、必ずしも危険の意識が成立するとは限らない。その反対に、不安にかられて危険を否定することになるかもしれない。危険に曝されているという意識自体を排除しようとするかもしれない。これが富の分配に対して危険の分配が異なる点である。飢えを否定解釈してもそれによって胃袋を満たすことはできない。しかし、危険は(現実化していないかぎり)いつでも、ないものと否定解釈することできる。物質的な困窮の場合は、事実上の被害と主観的な体験や被害とが解きがたく一つになっている。危険の場合はそうではない。逆に、危険について特徴的なのは、まさに被害そのものが、危険を意識しない状態を引き起こす可能性があることである。危険の規模が大きくなるにつれて危険が否定され、過小評価される可能性が大きくなるのである。

これは、重要な指摘である。危険に曝されていればいるほど、かえって危険を否認する可能性があるというのである。それはなぜなのだろうか。ベックは次のように論じている。

危険は知識の中で成立するのだから、知識の中で小さくしたり大きくしたり、あるいは意識から簡単に排除したりすることができる。飢えにとってはそれを満たす食物にあたるものは、危機意識にとって、危険を排除することであり、あるいは危険がないと解釈することである。危険の排除が(個人のレベルでは)不可能な分だけ、危険を否定する解釈が重要性を増す。

ベックは本書の各所で述べているが、放射性物質その他有害物質などによる自然破壊における「危険」は、人間の感覚では通常感知されるものではなく、科学的な観測によって得られる数値を通じて認識される。例えば、シーベルトで表現される放射線量、ベクレルで表現される放射能は、急性症状が出るほどのものでない限り、人間の感覚で認識されるものではない。それは、その他の有害物質でもそうである。水俣病の発生の原因となった有機水銀で汚染された魚は、人間にせよ猫にせよ、食べてそのことが認識できるものではなかった。しかしながら、そのような目に見えない危険に曝された結果は、致命的なものと推測されている。よく、「言語論的転回」がさけばれた近年の歴史学で「表象」ということばが使われているが、まさに放射性物質などの有害物質による「危険」は「表象」なのである。

そして、このような「危険」は、スケープゴートを見つけ出すことによって解消されることが可能である。ベックは、さらに、このように指摘している。

飢えや困窮の場合と違って、危険の場合は、不確実性や不安感がかきたてられても、それを解釈によって遠ざけてしまうことも多い。生じる不安を現場で処理する必要はない。こちらへあちらへと引きずり回して、いつかその不安を克服する象徴的な場所や事物や人を捜して見つけられればよいのである。したがって、危険意識においては別の思考や行動にすりかえたり、別の社会的対立にすりかえたりすることが頻繁に起こりやすい。またすりかえることが必要とされる。そのかぎりで、政治的な無為無策とそれに伴う危険の増大が示すように、危険社会は「スケープゴート社会」への内在的な傾向を含んでいる。危険そのものではなくて、危険を指摘する者が世間の動揺を突然引き起こすのである。目に見える富によって目に見えない危険の存在が隠されてしまっているのではなかろうか。すべては知的な空想の産物ではなかろうか。知的な怖がらせ屋や、危険の脚色家のでっち上げではないのだろうか。本当は東ドイツのスパイや共産主義者、ユダヤ人、アラブ人、トルコ人、難民が結局のところ、裏で糸を引いているのではないか。まさに危険が理解しがたいもので、その脅威の中で頼るものもないため、危険が増大すると、過激で狂信的な反応や政治思潮が広がる。こうした反応や政治動向によって、世間のなんでもない普通の人々を「避雷針」にして、直接に処理することが不可能な目に見えない危険を処理することが行われてしまう。

私たちが直面しているのは、こういう事態なのではないか。放射性物質汚染の「危険」による「不安」を、それを指摘する人びとへの攻撃によって解消する。さらに、すべては「知的な空想の産物」で「知的な反日左翼のでっちあげ」であり、「本当は中国のスパイや共産主義者、朝鮮人、韓国人、在日が結局のところ、裏で糸を引いているのではないか」と思い込む。福島の放射性物質汚染は、個人どころか国家のレベルでも現時点では解消不可能だと思う。しかし、解消不可能であるがために、放射性物質汚染の危険性を過小評価し、その不安を「スケープゴート」をみつけることに解消しようとしているのである。このような論理は、ドイツのベックが、チェルノブイリ事件直前に考えていたことだが、2014年の日本社会でも残念ながら該当しているといえよう。

 

前回、拙著『戦後史のなかの福島原発 ー開発政策と地域社会』(大月書店、2500円+税)が近日中に出版されることをこのブログに投稿した。自己宣伝かたがた、本書の全体のコンセプトについて紹介しておこう。

本書のテーマは、なぜ、福島に原発が立地がなされ、その後も10基も集中する事態となったのかということである。そのことを、本書では、実際に原発建設を受容したり拒否したりする地域住民に焦点をあてつつ、「リスクとリターンのバーター」として説明している。原発事故などのリスクがある原発建設を引き受けることで、福島などの立地社会は開発・雇用・補助金・固定資産税などのリターンの獲得を期待し、それが原発建設を促進していったと私は考えている。

まず、リスクから考えてみよう。原子力についてのリスク認識は、1945年の広島・長崎への原爆投下と1954年のビキニ環礁における第五福竜丸の被曝を経験した日本社会について一般化されていた。1954-1955年における原子力開発体制の形成においては平和利用が強調され安全は問題視されなかったが、1955年における日本原子力研究所の東海村立地においては、放射能汚染のリスクはそれなりに考慮され、大都市から離れた沿海部に原研の研究用原子炉が建設されることになった。その後も、国は、公では原子炉ー原発を「安全」と宣言しつつ、原発事故の際に甚大な被害が出ることを予測し、1964年の原子炉立地審査指針では、原子炉の周囲に「非居住区域」「低人口地帯」を設け、人口密集地域から離すことにされていたのである。

他方で、1957-1961年の関西研究用原子炉建設問題において、関西の大都市周辺地域住民は、自らの地域に研究用原子炉が建設されることをリスクと認識し、激しい反対運動を展開した。しかし、「原子力の平和利用は必要である」という国家や社会党なども含めた「政治」からの要請を否定しきることはなかった。結局、「代替地」に建設せよということになったのである。そして、関西研究原子炉は、原子炉建設というリスクを甘受することで地域開発というリターンを獲得を希求することになった大阪府熊取町に建設されることになった。このように、国家も大都市周辺地域住民も、原発のリスクをそれなりに認識して、巨大原子炉(小規模の研究用原子炉は大都市周辺に建設される場合もあった)ー原発を影響が甚大な大都市周辺に建設せず、人口が少なく、影響が小さいと想定された「過疎地域」に押し出そうとしたのである。

他方で、実際に原発が建設された福島ではどうだっただろうか。福島県議会では、1958年に自民党県議が最初に原発誘致を提起するが、その際、放射能汚染のリスクはすでに語られていた。むしろ、海側に汚染物を流せる沿海部は原発の適地であるとされていた。その上で、常磐地域などの地域工業化に資するというリターンが獲得できるとしていたのである。福島県は、単に過疎地域というだけでなく、戦前以来の水力発電所集中立地地帯でもあったが、それらの電力は、結局、首都圏もしくは仙台で多くが使われていた。原発誘致に際しては、より立地地域の開発に資することが要請されていた。その上で、福島第一原発が建設されていくのである。しかし、福島第一原発の立地地域の人びとは、組織だって反対運動は起こしていなかったが、やはり内心では、原発についてのリスクは感じていた。それをおさえるのが「原発と原爆は違う」などの東電側が流す安全神話であったのである。

さて、現実に福島第一原発が稼働してみると、トラブル続きで「安全」どころのものではなかった。また、1960-1970年代には、反公害運動が展開し、原発もその一連のものとして認識された。さらに、原発について地域社会側が期待していたリターンは、現実にはさほど大きなものではなかった。すでに述べて来たように、原発の立地は、事故や汚染のリスクを配慮して人口密集地域をさけるべきとしており、大規模開発などが行われるべき地域ではなかった。このような要因が重なり、福島第二原発、浪江・小高原発(東北電力、現在にいたるまで未着工)の建設計画発表(1968年)を契機に反対運動が起きた。これらの運動は、敷地予定地の地権者(農民)や漁業権をもっている漁民たちによる、共同体的慣行に依拠した運動と、労働者・教員・一般市民を中心とした、住民運動・社会運動の側面が強い運動に大別できる。この運動は、決して一枚岩のものではなく、内部分裂も抱えていたが、少なくとも、福島第一原発建設時よりははっきりとした異議申し立てを行った。そして、それまで、社会党系も含めて原発誘致論しか議論されてこなかった福島県議会でも、社会党・共産党の議員を中心に、原発批判が提起されるようになった。この状況を代表する人物が、地域で原発建設反対運動を担いつつ、社会党所属の福島県議として、議会で原発反対を主張した岩本忠夫であった。そして、福島第二原発は建設されるが、浪江・小高原発の建設は阻止されてきたのである。

この状況への対策として、電源三法が1974年に制定されたのである。この電源三法によって、工業集積度が高い地域や大都市部には施行されないとしつつ、税金によって発電所立地地域において道路・施設整備などの事業を行う仕組みがつくられた。同時に立地地帯における固定資産税も立地地域に有利な形に変更された。大規模開発によって原発立地地域が過疎地帯から脱却することは避けられながらも、地域における反対運動を抑制する体制が形成された。その後、電源三法事業・固定資産税・原発雇用など、原発モノカルチャー的な構造が立地地域社会で形成された。このことを体現している人物が、さきほどの岩本忠夫であった。彼は、双葉町長に転身して、原発推進を地域で強力に押し進めた。例えば、2002年に福島第一・第二原発の検査記録改ざんが発覚するが、岩本は、そのこと自体は批判しつつも、原発と地域社会は共存共栄なのだと主張し、さらに、国と東電は最終的に安全は確保するだろうとしながら、「避難」名目で周辺道路の整備を要求した。「リスク」をより引き受けることで「リターン」の拡大をはかっていたといえよう。岩本忠夫は議会に福島第一原発増設誘致決議をあげさせ、後任の井戸川克隆もその路線を受け継ぐことになった。

3.11は、原発のリスクを顕然化した。立地地域の多くの住民が生活の場である「地域」自体を奪われた。他方で、原発のリスクは、過疎地にリスクを押しつけたはずの大都市にも影響を及ぼすようになった。この3.11の状況の中で、岩本忠夫は避難先で「東電、何やってんだ」「町民のみんなに『ご苦労さん』と声をかけてやりたい」と言いつつ、認知症となって死んでいった。そして、後任の井戸川克隆は、電源三法などで原発からリターンを得てきたことは認めつつ、そのリターンはすべて置いてこざるをえず、借金ばかりが残っているとし、さらに「それ以外に失ったのはって、膨大ですね。先祖伝来のあの地域、土地を失って、すべてを失って」と述べた。

原発からのリターンは、原発というリスクがあってはじめて獲得できたものである。しかし、原発のリスクが顕然化してしまうと、それは全く引き合わないものになってしまう。そのことを糊塗していたのが「安全神話」ということになるが、3.11は「安全神話」が文字通りの「神話」でしかなかったことを露呈させたのである。

この原発をめぐるリスクとリターンの関係において、福島の多くの人びとは、主体性を発揮しつつも、翻弄された。そして、このことは、福島外の私たちの問題でもある。

7月22日、拙著『戦後史のなかの福島原発 ー開発政策と地域社会』(大月書店、2500円+税)が出版されることになった。大月書店のサイトから、目次と内容紹介をここであげておく。

戦後史のなかの福島原発 これから出る本

目次
第一章 原子力開発の開始と原子力関連施設の大都市圏からの排除
第一節 原子力開発の開始
第二節 日本原子力研究所東海村立地とリスク認識
第三節 「反原発運動」の源流としての関西研究用原子炉設置反対運動
第四節 原子炉立地審査指針の確定

第二章 地域開発としての福島第一原発の建設(一九六〇-一九六七)
第一節 福島県による原発誘致活動
第二節 福島第一原発立地と地域社会
第三節 福島第一原発の建設

第三章 福島県における原発建設反対運動の展開(一九六八-一九七三)
第一節 原発建設予定地における地権者の反対運動
第二節 一般住民による原発建設反対運動
第三節 福島県議会における反対意見の噴出

第四章 電源交付金制度と原発建設システムの確立(一九七四-一九七九)
第一節 電源交付金制度の成立
第二節 原発依存社会の行方
第三節 「日常の風景」を切り裂いた三・一一

内容説明
「平和利用」と「安全」を信じ、町の繁栄を願って立地を決めた地域。他方、放射能汚染を恐れ立地を阻んだ地域。実験炉導入前後から現在まで、地域社会における原発の受容~変容過程をリスクとリターンの交換という視点から描く。

 

http://www.otsukishoten.co.jp/book/b181018.html

 

本書の源流はこのブログにある。このブログに掲載した文章をもとにいくつかの論考を発表し、さらに、それらをまとめ直して本書になった。本書の執筆・校正の過程で、資料・文献を再度照合しており、より正確な記述になったと思う。出版していただいた大月書店と、細部にわたって的確な意見をいただいた担当編集者の角田三佳さんには感謝の念を申し述べておきたい。

また、このブログを読んでいただいたり、ご意見を頂いたりした皆さまの力があってこそ、本書の出版にこぎ着けられたといえる。そのことにも感謝しておきたい。

しかし、本書が出版されても、福島の原発周辺地域の人びとが苦難していることにはかわりがない。さらに、原発再稼働・原発輸出の動きもやむことはない。安倍政権の動きをみていると、「国民を守る」という大義名分のもとに核兵器保有すらしかねないとさえ思う。そういうことを見直す一助に本書がなることを私は祈念する。

毎日新聞の2014年06月25日付け東京夕刊に、「特集ワイド:集団的自衛権、どこか人ごと!? なぜ議論が盛り上がらないのか」という記事が掲載された。まず、その一部をここで紹介したい。

(前略)
別の日、今度は慶応大湘南藤沢キャンパスへ。3人の総合政策学部生に話を聞いた。行使容認にも解釈改憲にも賛成。「護憲派の上の世代の理想主義って既得権を守ろうとする人と同じにおいがする」という。

 3年生(20)は「このままじゃ自衛隊の人に申し訳ない。法整備のないまま手足を縛られて」と嘆く。少子化の日本ではいずれ徴兵制が必要になるかも、と話を向けると「こういう大学に通う僕が戦場に駆り出される可能性はないと思う。この国で徴兵制は無理。若者は竹やりより弱い。専門性の高い軍隊に国を守ってほしいから、戦闘員が足りないなら移民を。そのために相当のカネを投入し、法整備も必要」。

 それって雇い兵ってこと? 何だろう、この「誰かに守ってもらいたい」的な当事者ではない感じ……。

 思わず「身内の戦争体験を聞いたことは?」と尋ねると、「全然ないですね」。

 別れ際、彼らは言った。「正直、僕らの世代で行使容認に反対の人、ほとんどいないと思いますよ。W杯の時期で愛国心、すごいですから」。本当にそうなんだろうか。
(後略)

つまり、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスで総合政策学部の学生たちに解釈改憲による集団的自衛権行使容認についてインタビューしたら、「賛成」するという答えがかえってきたというのである(なお、この記事では、このキャンパスの別の学生に質問して「反対」という答えがかえってきたことも書かれている)。

この答えで気になったことがある。この学生たちは、集団的自衛権行使を認めた場合でも、自分たちのような「学生」は戦地に行くことはないと考えていることである。それゆえ、これを認めて、自衛隊(たぶん「国防軍」という名称に変わるだろうが)が世界各地の戦闘に介入しても、自分たちには影響しないと意識しているようなのだ。

この話を聞いて、私の両親のことを思い出した。私の両親は、それぞれ違った意味であるが、先の大戦で人生が狂わされたと語っていた。両方とも、戦地には行っていないにもかかわらず、なのだが。

私の父の家は、戦前は東京の郊外で、手広く借家業を営んでいた。それなりの有産者であったらしく、私の父は、慶應義塾の中等部に入学した。ボート部にいたようであるが、肺結核を患い、慶應義塾大学は中途退学し、上智大学を卒業することになった。しかし、その後も結核は完治せず、戦中戦後を通じて働くことはできなかった。もちろん、徴兵もされていない。もともと大学生には徴兵が免除されるという特権があったが、戦争末期には「学徒出陣」といって、大学生も徴兵された。しかし、病人であった父が戦地に行くことはなかった。

このように戦地に行くことはなかった父だが、戦争は父の人生に多大な影響を与えた。働くことのできなかった父がたよるものは、家が保有していた借家からの家賃収入であった。しかし、戦争遂行を目的として成立した国家総動員法に基づいて1939年に発令された地代家賃統制令によって、賃料額は凍結された。戦中戦後を通じて激しいインフレーションになったが、家賃収入は1938年のままだったのである。そのため、実質的に収入減となった。

さらに、いわゆる建物疎開によって、自分の家がとり壊され、それも打撃となった。戦時期、空襲被害の拡大を懸念して防火地帯が指定され、そこにあった家屋が「疎開」させられたのである。空襲も受けないで、自分の家がなくなってしまったのだ。

このことは、病人であった父には大きなショックとなったようである。戦後、建物疎開にも空襲にもあわず、戦前の建物がそのまま残っていた地区が近所にあったのだが、父は悔しくてそこに足を向けようとしなかったという。

他方、母は、福井県の小さな港町で生れた。そこは空襲もうけなかった。母自身は高等女学校に通学しており、そこでピアノや読書・映画などの文化に接することになったという。しかし、今はあまり話したがらないが、「軍国少女」でもあったようだ。修学旅行などで舞鶴の軍港に行き、そこで艦船を見学したり、カレーを振る舞われたりしたことを楽しそうに語っていた。母は「病院船」という映画をみた影響で「従軍看護婦」になりたいと思ったこともあったという。本当に「従軍看護婦」になっていれば、「戦地」にもいったであろう。

結局、「従軍看護婦」になって戦地に行くこともなく、福井県で戦時期に小学校の代用教員となるのだが、その時、試験もしくは面接で、「必勝の信念を持っていますか」と聞かれたという。それに対して、どのように答えたかは語っていない。しかし、たぶん「イエス」と答えたに違いない。そうでなければ教員にはなれなかったであろう。

少なくとも、戦時期には「軍隊」に対して母は憧れをもっていたと思うが、その「憧れ」が打ち砕かれたのが戦争直後であった。戦争直後、アメリカを中心とした連合国軍が日本全国を占領することになるが、その際、母などの若い女性は、アメリカ軍が進駐する前に避難することが勧められた。「なぜ」と母が尋ねると、そこにいた軍隊経験者たちが、日本軍が戦地・占領地で行った婦人暴行などの残虐行為を話したという。それ以来、母は軍隊について否定的な思いをもつことになったようだ。

そして、戦時期に男子たちが多く戦死したため、結婚するのに苦労した母は語っていた。結局、福井県を出て東京にいき、父と結婚することになったのだが、父は病気であり、そのことには不満をもっていた。「戦争があったから、病気の人としか結婚できなかった」とよく語っていた。

それぞれ、全く意味が違うのだが、戦地に行ったわけでもなく、空襲にあったわけでもなかった私の両親はともに戦争によって人生が狂わされたと感じていたのである。

さて、これは、第二次世界大戦時の特有の出来事だといえるのだろうか。ここで「学徒出陣」のことにもふれたが、兵員不足になれば、戦争に行くはずがなかった大学生も戦争にいかされることになるのである。そして、実際に戦地に行かなくても、大規模な戦争になれば、私の両親のように、多大な影響をうけることになるのである。

現代について考えてみよう。例えば2001年9月11日のアメリカ同時多発テロは、それまでのアメリカが行ってきた軍事介入の結果として引き起こされたといえる。戦争に直接関わらない場合でも、戦争によって個人が影響を受けないとはいえないのである。

いわば、これは「戦地に行かなかった人たちの戦争体験」とでもいえるのかもしれない。戦地へ従軍したり、空襲や艦砲射撃を受けたり、沖縄などで陸上戦闘に巻き込まれた人たちは数多くいるが、それらの人たちだけが戦争で人生を狂わされたわけではない。戦地に行かない(それ自身が不確かなことだが)としても、戦争で傷つかないとはいえないのである。そのことを想起していてほしいと思う。

福島県浪江町津島に居住し、3.11以後福島市に避難していた、ある農民が84歳でなくなった。名を三瓶明雄氏という。そのことを伝える福島民報2014年6月8日付につき、写真とテクストで以下にしめしておく(なお、本記事は東京の早稲田大学所蔵の福島民報からとった。いろいろネットなどをみていると、福島県ではすでに6月7日付福島民報で報じられていたらしい)。

福島民報2014年6月8日(6版)21面

福島民報2014年6月8日(6版)21面

 

「 DASH村」出演

三瓶明雄氏(さんぺい・あきお=「DASH」村出演者)6日午前8時50分、急性骨髄性白血病のため伊達市の病院で死去、84歳。自宅は福島市新浜町2の38。通夜は9日午後6時から、告別式は10日正午からともに福島市泉のさがみ福島ホールで。喪主は美智子(みちこ)さん。
 日本テレビ系の番組「ザ!鉄腕!DASH!!」に出演。人気グループTOKIOのメンバーと浪江町津島の山村「DASH村」で農作業などに当たった。東京電力福島第一原発事故により浪江町が避難区域となり、福島市に避難していた。

この三瓶明雄氏は、日本テレビ系の番組「ザ!鉄腕!DASH!!」に出演し、福島県外でも知られた人だったようである。そこで、東京の各新聞も、三瓶明雄氏の氏を報じた。下記に、拙宅(東京)に配達された朝日新聞における死亡記事をあげておく。

朝日新聞2014年6月7日朝刊(14版)38面

朝日新聞2014年6月7日朝刊(14版)38面

 

三瓶明雄さん(さんぺい・あきお=農業)6日、福島県伊達市内の病院で死去、84歳。通夜は9日午後6時から、葬儀は10日正午から福島市泉下鎌15の1のさがみ福島ホールで。
 日本テレビ系のバラエティー番組「ザ!鉄腕!DASH!!」で、アイドルグループTOKIOが同県浪江町で農作業などをする人気企画「DASH村」に出演。メンバーに農作業の指導をしていた。

福島民報より簡略になっているが、記事内容に大きな違いはない。しかし、一点違いがある。福島民報では死因が「急性骨髄性白血病のため」となっている。しかし、朝日新聞の記事は死因の記述はない。ネットでみる限り、読売新聞・毎日新聞なども死因の記載はないのである。スポニチアネックスによると「死因は不明」とされている。
(スポニチアネックスはhttp://news.livedoor.com/article/detail/8911823/より引用。)

そして、日本テレビの『ザ!鉄腕!DASH!!』では6月8日の放送で、番組レギュラーの TOKIOが三瓶明雄氏を追悼するメッセージが流された。感動的なものであったが、三瓶氏が「急性骨髄性白血病」でなくなったことには一言もふれていないのである。ここでは、メッセージの動画と、それを報道した朝日新聞のネット配信記事をあげておこう。

TOKIO、三瓶明雄さん追悼「見守ってね」
2014年6月8日

 日本テレビ系『ザ!鉄腕!DASH!!』(毎週日曜 後7:00)が8日放送され、看板コーナー「DASH村」で農作業を指導し、今月6日に他界した三瓶明雄(さんぺい・あきお)さんをTOKIOのメンバーが偲んだ。番組の最後、これまでの思い出を振り返るVTRが流され、ナレーションで優しく語りかけるように感謝を伝えた。

     ◇

 明雄さん、僕達は正直、まだ心の整理がつかずにいます。

 本当はまた今年の米を一緒に収穫したかった。

 もう会えないなんて、今は信じることができません。

 明雄さん、僕たちは明雄さんに教えてもらった、自分の手で作り、育てることの素晴らしさや大切さをずっと忘れずにやっていきます。

 だから僕達がしっかりやれているか見守っていてね。

 そして天国で少しはゆっくり休んで下さい。

 TOKIO

 三瓶さんは企画開始時からTOKIOのメンバーに農作業や山仕事のいろはを教え、訃報に際しネット上では「6人目のTOKIO」とその功績や人柄が讃えられている。

http://www.asahi.com/and_w/interest/entertainment/CORI2038375.html?iref=comtop_list_andw_f01

がんや白血病は、放射線被曝で発生することもあると一般的に想定されている病気である。福島県でも、児童の甲状腺がん患者が発生していると報道され、このブログでも紹介している。ただ、福島県では、放射線被曝との関連性を認めていない。

そのようなことから類推するならば、三瓶明雄氏の死因が「急性骨髄性白血病」であったとしても、原因を放射線被曝であるということは否定できるはずだといえる。にもかかわらず、福島県外のメディアは、おしなべて三瓶明雄氏の死因を隠蔽した。

この隠蔽によって、逆説的に次のことがいえるだろう。福島県外のメディアは、福島県内のがんや白血病の罹患は放射線被曝の影響かもしれないと考えている。しかし、彼らは、そのことを報道することをタブーとしているといえるだろう。ある意味で「美味しんぼ」批判がきいている。「急性骨髄性白血病」の罹患が、放射線被曝によるものであるかないか、これはだれにも確定的には答えられない。ただ、福島県の関係者のように、「この程度の被曝線量では白血病は発症しえない」と言い切ることは可能であろう(そのことが妥当であるかどうか、これこそ歴史の審判が必要だろうが)。しかし、福島県外のメディアは、そうする自信もなく、死因を報道しないことを選択している。その際、放射線が現実に影響するかどうかではなく、「福島県に居住し続けている人びとの思いを慮って」というだろう。

まことに「優しい」ことである。ただ、この「優しさ」とは、がん患者にがんに罹患していることを伝えない「優しさ」に似ていると思う。私個人がどう判断するかということではない。この「隠蔽」と「優しさ」は、福島県外のマスコミが「急性骨髄性白血病」という病名への意識と、それを報道することへのリアクションを、問わず語りに語っているといえるのだ。

そして、この「優しい隠蔽」の背後で、以下の福島県のサイトをみるように、 TOKIOを起用した、福島県の野菜販売促進キャンペーンは続いていっているのである。

http://www.new-fukushima.jp/tvcm_vege

本ブログでは、雁屋哲作・花咲アキラ画「美味しんぼ」において鼻血など福島の人びとの健康状況をとりあげたことに対して閣僚や福島県知事などが批判したことについて、もともと、鼻血の有無も含めて、避難区域など除外した福島県民全体に対して十分健康診査をしていないことを述べた。

さて、5月19日に、福島の人びとの健康状況をとりあげた「美味しんぼ」の「福島の真実」編のクライマックスである第604話(『週刊ビックコミックスピリッツ』2014年6月2日号所載)の販売が開始された。そのことを伝える NHKのネット配信記事をまずみてほしい。

健康影響描写が議論「美味しんぼ」最新号
5月19日 16時36分

東京電力福島第一原子力発電所の事故による健康影響の描写が議論を呼んだ漫画「美味しんぼ」を連載する雑誌の最新号が19日に発売され、地元福島県では「不安に追い打ちをかけられた」と批判的な意見がある一方で、「原発事故の問題が風化してきているなかで発信することは大事だ」と理解を示す声も聞かれました。

「美味しんぼ」は、小学館の雑誌「週刊ビッグコミックスピリッツ」に連載されている人気漫画です。
先月28日の連載で、主人公が福島第一原子力発電所を取材したあとで鼻血を出し、実名で登場する福島県双葉町の前町長が「福島では同じ症状の人が大勢いますよ」と語る場面などが描かれ、福島県や双葉町が「風評被害を助長する」などと批判していました。
最新号では、自治体からの批判や、有識者13人の賛否両論を載せた特集記事が組まれ、最後に「編集部の見解」が掲載されています。
この中で編集部は、一連の表現について「残留放射性物質や低線量被ばくの影響について、改めて問題提起したいという思いもあった」と説明したうえで、「さまざまなご意見が、私たちの未来を見定めるための穏当な議論へつながる一助となることをせつに願います」と締めくくっています。
これについて、福島県ではさまざまな意見が聞かれました。
このうち、福島県中島村の64歳の女性は「放射線量が下がってきて、食品もいろんな検査を通して落ち着いて生活できるようになってきたのに、3年目にして不安に追い打ちをかけられた気持ちです」と話していました。
本宮市に住む30歳の女性は「全体的に原発事故の問題が風化してきているので、このように発信することは大事だと思う。福島がこれから立ち上がっていこうとしているところをほかの人にも知ってほしいし、この問題を取り上げるのは勇気のいることではないか」と理解を示していました。

前双葉町長「住民と議論尽くすべき」
漫画「美味しんぼ」に実名で登場した福島県双葉町の前の町長の井戸川克隆氏は19日、NHKの取材に応じました。
このなかで井戸川前町長は、血が付いた紙を見せながら、みずからもいま毎日のように鼻血がでるとしたうえで、「鼻血が出ることについて、風評ということばで片付けられようとしているが、福島でどのように皆が苦しんでいるか、鼻血がどれくらい出ているか、実態を調べていない人が『ない』と言っている感じがする」と話しました。
そのうえで、「『安全だ』と言う人と『危険だ』と言う人の両方の意見を聞くべきだが、そうしたプロセスが取られずに、安全だとか、安心だという宣伝ばかりが先行しており、危険だという人の意見を小さくしている。避難にあたっての放射線の基準などについて、政府は一方的に考えを押しつけるのではなく、さまざまな考えを持つ住民と議論を尽くすべきだ」と述べました。

被ばく検査の医師「国民全体が放射線の知識を」
東京電力福島第一原子力発電所の事故による健康影響の描写が議論を呼んだ漫画「美味しんぼ」について、福島県南相馬市を拠点に住民の被ばく検査を行っている東京大学医科学研究所の坪倉正治医師は、放射線の影響を正しく判断できるよう、国民全体が放射線の知識を身につけることが重要だと訴えました。
坪倉医師は被ばくと鼻血の関連性について、「現在のさまざまな放射線量の測定では、被ばくが鼻血を引き起こすような高いレベルではない。被ばくによる鼻血は血小板の減少で出血するので、鼻血が少し出るという程度ではすまない」と指摘しました。
また、福島には住めないという表現について、「汚染が起きたことは確かだが、3年以上計測してきた住民の被ばく線量では、現在、人が住んでいる地域は安全性が担保される被ばく量に収まることが分かっている」と述べました。
そのうえで、「今回の件で福島の子どもたちが将来、差別を受けるきっかけを作ってしまったことは残念だ。差別や臆測に対して行われている放射線の検査や被ばく線量などを、福島の住民1人1人が自分のことばで説明できるようになってほしい。福島県外の人たちも福島の現状を正しく理解し、放射線を安全か危険かという二元論ではなく、どういうものかを小中学校できちんと議論して理解する機会を増やすべきだ」と訴えました。

「正しい情報提供を積極的に」
メディア論に詳しい学習院大学の遠藤薫教授は「放射能を不安に思っている人に対して『根拠がない。風評だ』とだけ言っても、実はもっと怖いことが隠されていると思ってしまい、事態が悪化する。不安に対していろいろな形で答えていくのが重要で、これまでの研究でも正しい情報を積極的に提供していくことで、根拠のないデマに惑わされなくなるというのがセオリーだ。委縮して声を出しにくい状況をつくるのではなく、いろいろな情報を出して議論する場をつくっていかなければいけない」と話しています。

被ばく医療専門家「血管だけ障害考えられない」
被ばく医療が専門の放射線医学総合研究所の明石真言理事は「全身に被ばくして骨髄に障害が起きて血小板が減り鼻血が出ることはありえるが、今回の事故では住民に骨髄に障害が起きるような被ばく線量になっていない。鼻の周辺に強い放射線が当たるような場合でも周辺の粘膜や皮膚組織にも障害が出るはずで、血管だけが障害を受けるということは考えられない。鼻血の症状を訴える頻度が増えているとしたら放射線以外のことを考えるべきで、さまざまな原因があり人によって違うと思う」と話しています。
そのうえで今回の問題については「人々の間に放射線への不安が完全には消えていないことと、専門家の話を心の底から信頼できていないことが大きいと思う。『また福島でこんなことが起きているの』と福島県外の人に思わせてしまったことは大きなマイナスで、こういうときにどうすべきかみんなで考えていくべきだと思う」と話しています。

「国は疑問解決のための調査を」
「美味しんぼ」の問題について、科学技術と社会の関係を研究している大阪大学コミュニケーションデザイン・センターの平川秀幸教授は、「放射能の影響を一面的に描くことで誤った情報が広まるおそれがあり、当然配慮が必要だったと言える。しかしこの一方で、多くの人が被ばくについて心配するなか、住民の不安な思いなどがかき消され、伝えられなくなるのは大きな問題だ」と指摘しています。
そのうえで、「国などは住民が放射能の影響について何を問題とし不安に思っているかきちんと向き合い、疑問を解決するための調査などを進めていく姿勢が求められる」と話しています。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140519/k10014553891000.html

この記事は「美味しんぼ」における福島の人びとの健康状況の描写の是非について述べているが、「美味しんぼ」漫画全体では、何をメッセージとして訴えているのかについては全くふれていない。この「描写」についても、「メッセージ」と表裏一体の関係にあるはずだが、それは全く考慮されていないのである。

私自身は、19日に、この「美味しんぼ」が掲載されている『週刊ビックコミックスピリッツ』2014年6月2日号を入手した。漫画自体をコピペしたり、あらすじを詳細に述べてネタバレすることはさけつつ、『美味しんぼ』が発したメッセージをここで紹介しておこう。

一応、簡単に設定を紹介しておくと、この「美味しんぼ」第604話は、料理批評のライバルであり親子でもある山岡士郎と海原雄山が、取材チームをひきつれて、福島県内外において、福島第一原発事故による福島の人びとへの影響を2013年4月に取材するというものである。この取材過程で、主に山岡と海原がメッセージを述べているのである。

まず、この漫画の前のほうで、前号などにとりあげた井戸川克隆前双葉町長と荒木田岳福島大学准教授について触れながら、海原と山岡は、次のような対話をしている。

海原雄山:井戸川前双葉町長と福島大学の荒木田先生は、福島には住めないとおっしゃる…。
だが、放射能に対する認識、郷土愛、経済的な問題など、千差万別の事情で福島を離れられない人も大勢いる。
今の福島に住み続けて良いのか、われわれは外部の人間だが、自分たちの意見を言わねばなるまい。
山岡士郎:自分たちの意見を言わないことには、東電と国の無責任な対応で苦しんでいる福島の人たちに嘘をつくことになる。
海原:偽善は言えない。
山岡:真実を語るしかない。

ここで、「美味しんぼ」のメッセージのテーマが明確に提起されている。それは、福島に住みつづけることの是非について、外部の人間から「自分の意見」を言うことなのだ。これを言わないことについて、山岡と海原は「福島の人たちに嘘をつくこと」であり、「偽善」というのである。そして、山岡は「真実を語るしかない」という。

そして、この漫画の後のほうで、このテーマに対する答えが述べられている。まず、山岡は「原発事故は日本という国がいかに大事なものか思い知らせてくれた。福島を守ることは日本を守ることだ」といっている。その部分を紹介しておこう。

山岡:僕の根っこが福島だという父さんの言葉についてだけど、原発の事故がこのまま収まらず、拡大したら福島県は駄目になる。
それは福島にとどまらず日本全体を破壊する。
福島の未来は日本の未来だ。これからの日本を考えるのに、まず福島が前提になる。
海原:なるほど。だから福島は日本の一部ではなく、日本が福島の一部と前に言ったのだな。
山岡:世界のどこにいようと僕の根っこは日本だ。
原発事故は日本という国がいかに大事なものか思い知らせてくれた。
福島を守ることは日本を守ることだ。であれば、僕の根っこは福島だ。
海原:うむ。私の問いに対する答えとして、それでよかろう。

私自身の個人的な感覚では「福島を守ることは日本を守ることだ」というフレーズに違和感を感じなくもない。福島第一原発事故は、単に「日本」だけの問題ではなく、「世界」全体の問題になっていると考えているからである。ただ、いずれにせよ、福島を守るということは、福島以外を守るということでもあるということは確かなことだ。その意味で、福島の外部にいる者も「福島」の運命に結び付けられているのである。それを「美味しんぼ」はこの部分で確認している。

その上で、「美味しんぼ」では、福島県に住みつづけることの是非について、このように結論づける。

山岡:父さんは、福島の問題で、偽善は言えないと言ったね。
海原:福島に住んでいる人たちの心を傷つけるから、住むことの危険性については、言葉を控えることが良識とされている。
だが、それは偽善だろう。
医者は低線量の放射能の影響に対する知見はないと言うが、知見がないと、とはわからないということだ。
私は一人の人間として、福島の人たちに、危ないところから逃げる勇気をもってほしいと言いたいのだ。
特に子供たちの行く末を考えてほしい。
福島の復興は土地の復興ではなく、人間の復興だと思うからだ。
山岡ゆう子:人間の復興…それが一番大事だわ。
飛沢周一(別人かもしれない):では、われわれにできることは。
山岡:福島を出たいという人たちに対して、全力を挙げて協力することだ。
海原:住居、仕事、医療などすべての面で、個人では不可能なことを補償するように国に働きかけることだ。
岡星良三(別人かもしれない):そう働きかけることはわれわれの義務だ。

「美味しんぼ」は、福島の人たちへは「危ないところから逃げる勇気をもってほしい」とよびかけた。他方、福島の外部にいる「われわれ」に対しては「福島を出たいという人たちに対して、全力を挙げて協力することだ」「住居、仕事、医療などすべての面で、個人では不可能なことを補償するように国に働きかけることだ」と課題を提起し、それを「われわれの義務」とした。

「美味しんぼ」は、「医者は低線量の放射能の影響に対する知見はないと言うが、知見がないと、とはわからないということだ」と指摘している。これは、全く、その通りである。「美味しんぼ」について、非科学的などという批判が浴びせられた。しかし、他方で、だれも「低線量の放射能」が健康に影響しないと言い切ることはできない。そのような調査すらやっていないのである。

その上で指摘された「福島の復興は土地の復興ではなく、人間の復興だ」とする言葉は重い。復興の目的が「人間の復興」であるならば、健康に影響に影響があることが懸念される土地に住みつづけるということは、ありえないことなのである。結局、一般的に言われている「復興」とは「土地の復興」であって「人間の復興」ではないということなのである。別に放射線のことがなくても、国や地方自治体が進めていることは、所詮「土地の復興」であり「人間の復興」ではないのである。

このメッセージは、非常に勇気のあるものだ。個々の漫画叙述についてひっかかる人も、安倍政権の閣僚や福島県知事ではなくてもいるだろう。それでも、「美味しんぼ」のこのメッセージをうけとってほしいと思う。

もちろん、福島県に住み続けなくてならない人びともたくさんいる。その人びとにとって、このメッセージは意にそぐわないこともあるだろう。このメッセージは「理想」論であり、現実には実現できないという人もいるだろう。しかし、こう考えて欲しい。「現実」を多少とも我慢できるものとしていくためにも「理想」は必要なのであると。

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