Feeds:
投稿
コメント

画像左側は、石川島に建築された大川端リバーシティとよばれる超高層マンション群、右側は近世に造成された佃島である。この場所は、東京が新旧の建築が混在している町であることを端的に示している。(2010年10月6日撮影)

このブログで、12月2日に福島県相馬市の相馬漁港で行った衆院選第一声で、安倍晋三首相は、福島第一原発の廃炉作業、汚染水対策、補償問題、避難指示解除問題などに触れないまま、雇用確保や中小企業対策、復興公営住宅建設、常磐道早期開通などの「福島」復興事業を提唱した。この第一声は、単に全国にむけてメッセージを発するというだけでなく、この相馬市や南相馬市・飯舘村・伊達市・福島市などが包含されている福島一区の自由民主党候補者亀岡偉民への応援演説でもあった。

とりわけ、この相馬漁港でとれた水産物を主な事例として、「風評被害」を打破して福島県産の農水産物を日本中に、いや世界中に売り広めることを安倍首相はこの第一声で強調している。重複になるが、その部分を抜き出しておこう。

昨年10月、この港にやってきて、おいしいシラスや、毛ガニや水たこやイカをごちそうになりました。本当においしい、このおいしい水産物をもっともっと多くの皆さんに食べてもらいたいな、風評被害を払拭しなきゃいけない。頑張ってまいりました。
(中略)
3月の1日に常磐道全線が皆さん、開通するんです。これを皆さん、これを皆さん、しっかりとこの東北の復興の起爆剤に活用させようではありませんか。常磐道を通って、日本中からこの地にやってきて、この漁港であのおいしいシラスやなんかを食べていただけるんではないかなと思います。試験操業についても魚種、そしてエリアを今、着実に拡大をしているところであります。
(中略)
そして、私たちは地方の良さを生かして、地方創生を進めていきたいと思います。地方創生、地方の良さ、この漁港で採れる、素晴らしい、おいしい水産物もありますし、福島県にはいろんな農産物もありますね。漢方未来米。体にもいいし、健康にもいいという付加価値の付いたお米があります。そして、またおいしい牛もあります。「あかつき」っていう桃もありますね。まだ亀岡さんからもらったことありませんが。
 今度は当選したらもらえるんではないのかな。このふうに思います。この輸出、なかなかまったく言われなき輸出規制が海外にあった。私は世界中回って、必ず首脳に直接おかしいと、私、毎日食べてんですよと言って、この輸出規制に対して撤廃、緩和をするように呼びかけてきました。シンガポールをはじめ多くの国々でやっと、撤廃緩和がスタートしまいした。今、このチャンスを生かして、福島の素晴らしい農産物を日本中に、水産物を世界中に、どんどん送り出していこうではありませんか。

http://thepage.jp/detail/20141202-00000013-wordleaf?page=1

この第一声の後、相馬双葉漁協の女性から安倍首相に塩焼きしたマガレイ一箱が贈呈された。そのメッセージで、相馬双葉漁協の女性は、普段であれば、「おとうさんたち」のとってきた魚を選別して市場に売っていたのだが、それができないのは残念であるとまず述べた。そして、「おとうさんたち」は「試験操業」で前向きに過ごしているが、「本操業」になって魚が売れるかどうかは心配でならないとして、安倍首相には放射能対策に対する取り組みをしっかりやってもらって、福島でとれる魚が安全・安心で食べられることをPRしてほしいとし、相馬で穫れたマガレイを用意したので、ぜひ食べて欲しいと発言した。

この「塩焼きカレイ」一箱(数匹は入っていたが)を受け取った安倍首相は、この塩焼きカレイの箱を観衆に披露した後、カレイの箱を片手に抱えつつ、カレイ1匹の尾を片手でつかみ、尾に近い側を口で直に齧る(たぶん背鰭か臀鰭も含んで)というパフォーマンスを行ったのである。この演説やパフォーマンスの一部始終は自由民主党のサイトがあげている次の動画で見ることができる。なお、カレイを手づかみで食べるというパフォーマンスは、この動画の終わりのほうである。

安倍晋三は、自身のツイッターで、次のような感想をもらしている。

さて、このパフォーマンスは、いろんな意味を含んでいる。私は自著『戦後史のなかの福島原発』(大月書店、2014年)において、原発建設の過程で原発のリスクと原発建設にともなう開発利益や交付金などのリターンがバーターされていたと論じた。このパフォーマンスも、この論理のなかで理解すべきであろう。福島第一原発事故がもたらしたリスクーここでは福島県産の水産物への「風評被害」という形で現出されているーを、首相自らが福島県の水産物の「安全・安心」をPRする広告を行うーこれを「放射能対策」を講じるということにされているのだがーという「リターン」とバーターすることがはかられているのである。そして、このことは、その前段の演説の中で「私は世界中回って、必ず首脳に直接おかしいと、私、毎日食べてんですよと言って、この輸出規制に対して撤廃、緩和をするように呼びかけてきました」と安倍首相自身が強調していたことでもあった。もちろん、福島県産の魚が売れて欲しいという要望は切実なものである。そして、その切実さを前提にこのパフォーマンスがなされたのである。いわそして、このようなパフォーマンスは支持基盤の強化につながると安倍陣営などは考えていたであろう。

考えてみると、これは、日本国全体の統治責任者である首相という立場であるからできることでもある。民主党の海江田万里代表がやっても意味はないし、たぶんやらない。言わば、現状の「放射能対策」は万全であり、それゆえに首相が食べて問題ないのだという意味をこめたパフォーマンスなのであろう。

とはいえ、このパフォーマンスは、福島県産の水産物を売り広めることにつながるのであろうか。汚染水対策も廃炉作業も除染も十分進展していない。これらのことは、究極的に福島県水産物への忌避感を継続させている。そして、今でもまた放射能100bq以上の魚が福島県沖でときどきとれている。もちろん、多くの水産物は「検出限界」以下であるとされている。こういう状況で確定的なことはいえないが、このようなパフォーマンスより、根拠を示して理性的に説得するほうが、まだ「風評被害」対策になりうるとも思えるのだ。そして、それは、せいぜいが「美味しい」としか言えない安倍首相(手づかみで鰭も含めて齧りついた魚が美味しいかどうかすら疑問なのだが)よりも、より理知的に説明できる専門家のほうが買い控えする消費者たちを納得させられると思う。しかし、そういう対策がとられているかどうか不明であり、安倍首相の演説を聞いていると、そういう体制をとることの必要性すら認識していないのではないかと思う。

時事通信は、安倍首相の第一声を聞いた相馬市の人びとの感想を次のように伝えている。

復興推進訴えも「上っ面」=首相演説に住民冷ややか-福島・相馬【14衆院選】

 安倍晋三首相が第一声の候補地として選んだのは、東京電力福島第1原発の汚染水問題を受け中止していた試験操業が昨年9月に再開した福島県相馬市の相馬原釜漁港。「この選挙を勝ち抜き、復興を進めていく」と訴えた。
 首相は白いコート姿で、強い寒風が吹き荒れる中、集まった支持者らを前に交通インフラの復旧や企業立地など原発事故からの復興の成果を強調。「経済が成長し、みなさんの生活が豊かになる。これがアベノミクスだ」と力説した。
 しかし、住民の反応は冷ややか。同県浪江町から南相馬市に避難し、漁業再開に向け準備している漁師高野武さん(64)は「上っ面だけきれいごとを並べている。具体的な話は何一つ出てこない」と批判した。
 相馬市で釣具店を経営する斎藤基次さん(73)も「復興の実感が湧かない中、成果だけ強調されてもアリバイ作りにしか聞こえなかった。期待外れだ」と漏らした。(2014/12/02-12:14)

http://www.jiji.com/jc/zc?k=201412/2014120200741

福島第一原発事故のリスクを、安倍首相が福島県産のカレイを手づかみして食べるというパフォーマンスにより安全・安心を広告するというリターンとバーターするという論理。前述してきたように、これは、福島原発建設時にもみられた構造であった。そのような論理に期待をもつ人びとが多くいる。しかし、その論理の有効性自身が、福島第一原発事故の中で問われているのである。

さて、安倍晋三首相の衆院選の第一声で、福島にいながら全く言及しなかった、福島第一原発の現状はどうなっているのだろう。実は11月に重大な発表があった。このブログでも触れたが、東電は、原子炉と海側トレンチ(地下道)の間の水の流れを遮断するため、トレンチとタービン建屋の接続部を凍らせて止水しようとしていた。止水が完了すればトレンチの中の汚染水を汲み上げ、それを前提に凍土遮水壁を設置し、原子炉から地下水を通じて海に流出する汚染水の流れを食い止めようというのである。しかし、その止水は難航した。十分凍らない上に、追加投入した止水材も効力を発揮しないのである。結局、11月21日の原子力規制委員会の会合で、東電は止水を断念し、新たな工法をとることを提案した。下記の共同通信のネット配信記事をみてほしい。

福島第1原発の現状】(2014年11月24日) 汚染水流出、新たな懸念 「氷の壁」止められず

 東京電力は、福島第1原発2号機の海側トレンチ(電源ケーブルなどが通る地下道)で、タービン建屋との接続部に設けた「氷の壁」や、追加投入した止水材でも水の流れが止まらなかったと明らかにした。 完全な止水を断念し 今後は、トレンチ内の汚染水を徐々にくみ上げながらセメントで埋める対策に移るが、汚染水の流出や残留など新たな懸念が生じている。
 2号機のトレンチには、2011年の事故直後から約5千トンの高濃度汚染水がたまっている。当初はトレンチと建屋の接続部を「氷の壁」で凍らせて水を止めた上で、トレンチ側の汚染水を全て抜き取り、トンネル部分を埋める計画だった。
 だが、4月の凍結開始後も壁は十分に凍らず、7月からは氷やドライアイスを投入。10月からはコンクリートなどの止水材で隙間を埋めることを試みていた。
 11月21日に開かれた原子力規制委員会の会合で、東電は止水材を入れた後も水の流れが完全に止まっていないと説明。当初の計画を断念し、汚染水を少しずつ抜き取りながら、特殊なセメントを段階的に投入して埋める新たな方法を提案し、規制委も了承した。
 ただ会合では、セメントによる穴埋めが十分にできないと、水の通り道が残り、建屋からトレンチへの汚染水の流出が続いてしまうとの懸念も相次いだ。
 また最近の調査で、トレンチの底に津波で運ばれた砂がたまっていることも新たに判明。投入されたセメントが砂の上で固まると、砂が汚染水を含んだまま閉じ込められ、汚染水が残ってしまう可能性が高いことも明らかになった。
 2号機のトレンチでは近く新たな対策が始まるが、約6千トンの汚染水がある3号機トレンチは手付かずの状態。トレンチを埋めないと、汚染水抑制の抜本対策とされる「凍土遮水壁」の工事も進められず、目標とする来年3月末の凍結開始に間に合うか、不透明だ。
(共同通信)
2014/11/24 13:33

http://www.47news.jp/47topics/e/259645.php

まあ、簡単にいえば、トレンチ(地下道)全体を特殊なセメントで埋め立ててしまおうということなのである。しかし、そもそも、接続部の止水すらできないのに、そういうことが可能なのだろうか。共同通信もこの記事の中で「セメントによる穴埋めが十分にできないと、水の通り道が残り、建屋からトレンチへの汚染水の流出が続いてしまうとの」懸念の声があったことを伝えている。そして、セメントを流し込めば、そこに汚染水が閉じ込められ、汚染が残ってしまう可能性も指摘されている。

毎日新聞が11月21日にネット配信した記事によると「一方、トンネル部分は約60メートルあり、東電は「これだけ長距離を埋めた経験はない。慎重に進める」と説明した」とのことであり、そのような大きな空間全体をセメントで埋めて、水の通り道となる空隙ができないという保証はないのではなかろうか。そして、この水の通り道を塞がないと、トレンチ内の汚染水を汲み上げても、原子炉から汚染水が再び流入してくるだけで、意味はないのである。しかし、結局、原子力規制委員会は工法を認め、今、この工事が進められている。

とにかく、なんとかして、トレンチ内の汚染水を汲み上げなくてはならないということは理解できる。もしかすると、多少は事態が改善するのかもしれない。しかし、まずはタービン建屋とトレンチの接続部を凍結させて止水しようとし、それが失敗して止水材を投入し、それもまた失敗してトレンチ全体をセメントで埋め立てるという方策を、それこそ矢継ぎ早に実施しているのである。それぞれの方策にあった問題点を反省する時間があったようにも思えない。来年3月の凍土遮水壁の運用開始に間に合わせることしか念頭にないように思われる。

衆院選の第一声で、安倍首相は、次のように述べている。

復興を加速化させていくために、例えば常磐道、私たちは来年のゴールデンウイーク、この常磐道を使ってたくさんの観光客がこの地にやってくるように、ゴールデンウイークまでに全線を開通する、そうお約束をしました。さらに私はハッパを掛けました。そして、2カ月間、思い切ってさらに前倒しをします。3月の1日に常磐道全線が皆さん、開通するんです。

http://thepage.jp/detail/20141202-00000013-wordleaf?page=3

ハッパをかければ、あるいは常磐道開通などは早めることができるかもしれない。しかし、汚染水処理一つとっても、未知のことばかりである福島第一原発対策がスケジュール通りにうまくいくとは限らない。そして、それぞれの失敗点を反省することも必要であろう。福島第一原発事故は、少なくとも日本で同様の事故はなかったのである。これまでにない事態に直面しているのであり、そのことに恐れ戦きつつも、なんとか対策をとっていかねばならないのだ。理性的に思考することも必要なはずである。しかし、そういうことも考慮されないまま、東電や政権の都合に合せようとして、福島第一原発事故対策は進められているといえよう。

さて、本日(2014年12月2日)、衆議院選挙が告示され、選挙戦が始まった。自由民主党総裁である安倍晋三首相が、衆院選第一声を発する地として選んだのは、自民党衆院選候補者亀岡偉民の選挙区である福島県相馬市の漁港であった。

この相馬市は福島第一区である。この区には、福島市、相馬市、南相馬市、伊達市、伊達郡桑折町、伊達郡国見町、伊達郡川俣町、相馬郡新地町、相馬郡飯舘村(http://senkyo.yahoo.co.jp/kouho/s/?b=07より)が属している。重要なことは、この区には、今でも帰宅困難区域や居住制限区域をかかえている飯館村、南相馬市、川俣町を包含しているということだ。飯舘村は基本的にはまだ全村避難のままである。また、福島市や伊達市も決して放射線量が低かったわけではなかった。

そのような状況を踏まえつつ、「THE PAGE」というサイトで全文起されている安倍首相の第一声をみていくことにしたい。安倍首相の第一声は、このように始められている。

安倍:皆さま、おはようございます。安倍晋三でございます。今日は寒い中、風の強い中、亀岡偉民頑張れというお気持ちでこの相馬港にお集まりをいただいたこと、厚く御礼を申し上げます。いよいよ選挙戦がスタートしました。一昨年の総選挙、やはり選挙戦の第一声、福島市から、福島県からスタートしました。そして、今年はこの相馬市からスタートさせていただきます。昨年10月、この港にやってきて、おいしいシラスや、毛ガニや水たこやイカをごちそうになりました。本当においしい、このおいしい水産物をもっともっと多くの皆さんに食べてもらいたいな、風評被害を払拭しなきゃいけない。頑張ってまいりました。今、ごあいさつをさせていただいた亀岡偉民さん、本当に頑張ってきてくれたと思います。ちょうどあの大震災が発災したとき、彼らは政権を失っていた。あの大災害、なんでこうなるんだ、皆さんも天を仰いだことだと思います。亀岡さんにとっても、なんで自分が議席を持っていないときに、こんな思いだったと思います。

http://thepage.jp/detail/20141202-00000013-wordleaf?page=1

最初から、脱力してしまいそうな話し振りである。確かに、相馬漁港は福島県の代表的な漁港の一つで、いわゆる「風評被害」が深刻であることは事実であろう。しかし、「昨年10月、この港にやってきて、おいしいシラスや、毛ガニや水たこやイカをごちそうになりました。本当においしい、このおいしい水産物をもっともっと多くの皆さんに食べてもらいたいな、風評被害を払拭しなきゃいけない」ということで済むようなことなのだろうか。

その後、亀岡偉民が津波被災者の捜索活動を3.11直後行い、政権復帰以後は復興庁の政務官としてがんばって、相馬港の施設も沖の防波堤以外完成したと述べている。そして、復興庁も組織改革して、復興総局を福島に設置して窓口を一本化し東京に行かなくても交渉できるようにしたとし、さらに復興予算も19兆円から25兆円に増やしたと主張した。加えて、現状の低米価にも対策をとると述べた。

特に強調しているのが、雇用創出・中小企業保護と復興公営住宅建設である。次のように安倍首相は演説している。

また、われわれはやっぱり仕事を創らなければいけない。この考え方の下に、約400の工場の新増設を、財政支援を行って行いました。そして、5,000名の新たな雇用を生み出すことが福島県でできたのです。そして、グループ補助金を使って、3,000の中小・小規模事業者の皆さんを応援をしてきました。やっとこのように、この地域にも仕事ができてきました。また住まいについても400戸の災害公営住宅、今年度中に全て完成することになります。私たちが政権を取った段階では、復興公営住宅、計画すら実はまったくなかったわけであります。また、この相馬市以外ではありますが、原発被災者の方々、大変つらい思いをされています。ご選考については、用地についてはすでに空きをちゃんと付けて、選定が終わりました。ちょっと時間がかかるんですが、28年度中に全戸入居できるようにしていくことをお約束を申し上げる次第であります。

ここで、ようやく「原発被災者」について言及されている。しかし、安倍首相は、わざわざ「相馬市以外」としている。そもそも、彼が語る「復興」の中心に原発被災者はいないのである。そして、原発被災者対策については「住宅建設」だけなのである。彼の念頭には、福島第一原発廃炉処理も、除染事業も、避難ー帰還問題も、補償問題もないのである。そして、非常に象徴的なことだが、かなり長い安倍首相のこの演説の中で、「原発」と言っている個所は、ここしかないのである。

さらに、安倍首相は、このように話を続ける。

住まいにおいても、仕事なりわいにおいても、間違いなく進んでいます。ただ、まだまだ12万人の方々がこの福島県では不便な生活をしておられる。道半ばではありますが、私たちはしっかりと、しっかりと復興を加速化させていくことをお誓い申し上げる次第であります。復興を加速化させていくために、例えば常磐道、私たちは来年のゴールデンウイーク、この常磐道を使ってたくさんの観光客がこの地にやってくるように、ゴールデンウイークまでに全線を開通する、そうお約束をしました。さらに私はハッパを掛けました。そして、2カ月間、思い切ってさらに前倒しをします。3月の1日に常磐道全線が皆さん、開通するんです。これを皆さん、これを皆さん、しっかりとこの東北の復興の起爆剤に活用させようではありませんか。常磐道を通って、日本中からこの地にやってきて、この漁港であのおいしいシラスやなんかを食べていただけるんではないかなと思います。試験操業についても魚種、そしてエリアを今、着実に拡大をしているところであります。

安倍首相によると、常磐道が開通すれば、日本中の人が相馬漁港のおいしい魚を食べにくるというのである。

この後、安倍首相は、「アベノミクス」や「消費増税」についての自分の政策の正当性を主張している。その部分については割愛することにする。しかし、再度、安倍は、福島について、次のように言及した。

そして、私たちは地方の良さを生かして、地方創生を進めていきたいと思います。地方創生、地方の良さ、この漁港で採れる、素晴らしい、おいしい水産物もありますし、福島県にはいろんな農産物もありますね。漢方未来米。体にもいいし、健康にもいいという付加価値の付いたお米があります。そして、またおいしい牛もあります。「あかつき」っていう桃もありますね。まだ亀岡さんからもらったことありませんが。

 今度は当選したらもらえるんではないのかな。このふうに思います。この輸出、なかなかまったく言われなき輸出規制が海外にあった。私は世界中回って、必ず首脳に直接おかしいと、私、毎日食べてんですよと言って、この輸出規制に対して撤廃、緩和をするように呼びかけてきました。シンガポールをはじめ多くの国々でやっと、撤廃緩和がスタートしまいした。今、このチャンスを生かして、福島の素晴らしい農産物を日本中に、水産物を世界中に、どんどん送り出していこうではありませんか。

福島の、おいしく、物によっては「体にもいいし、健康にもいい」農水産物を、日本中に、世界中に送り出していくべきだと、安倍首相は主張するのである。

要するに、安倍首相は、復興予算によって港を復興し、公営住宅を建設し、常磐道などのインフラ整備をし、雇用を確保し、中小企業対策をして、福島の「おいしく」「体にもよい」農水産物を日本中に世界中に売り出し、観光開発を行うことによって「復興を進めていく」と言いたいのであろう。

確かに、3.11以前ならば、こういうことが「地方振興」のメニューたりえたであろう。それが、真に「地方振興」たりえるかは別として。しかし、福島第一原発事故によって多くの人びとが避難を余儀なくされ、福島第一原発の廃炉処理も除染も進んでいない現状に対し、こういう「地方振興」はどういう意味があるのだろうか。住むこともできず、もし住んだとしても健康上の懸念をもたざるをえない「地方」の振興はどうすればよいのだろうか。そのような地で生産される農水産物を売り広めるということはどういう意味をもつのか。その地を「観光開発」するとはどういうことになるのだろうか。

原発事故をなかったことにはできないし、それを見据えなくては、本当の意味で復興などできはしない。しかしながら、日本社会の多くの人びとは、福島第一原発事故から目を背け、従来の認識枠組で今後もやっていけると思い込もうとしているようにみえる。そして、安倍晋三首相は、よくも悪くも、そういう人びとの代表なのである。

本年2014年、富岡製糸場が世界遺産に登録された。それを伝える朝日新聞のネット配信記事をまずみておこう。

富岡製糸場、世界遺産に決定 国内18件目
長屋護=ドーハ、藤井裕介2014年6月21日17時13分

カタールのドーハで開かれているユネスコ(国連教育科学文化機関)の世界遺産委員会は21日、「富岡製糸場と絹産業遺産群」(群馬県)を世界文化遺産に登録することを決めた。日本からの文化遺産への登録は昨年の「富士山」(山梨、静岡両県)に続く14件目。自然遺産と合わせた国内の世界遺産は18件となった。国内で近代以降につくられた産業施設の登録は初めて。

特集:富岡製糸場
「富岡製糸場と絹産業遺産群」は、1872年に殖産興業を担う官営工場として設立された「富岡製糸場」(富岡市)のほか、蚕の卵の品種改良や農家への養蚕指導の拠点となった「田島弥平旧宅」(伊勢崎市)と「高山社跡」(藤岡市)、自然の冷気を利用した卵の貯蔵施設「荒船風穴」(下仁田町)の4資産で構成。富岡製糸場を中心に、海外から導入した技術を改良して良質な繭を生産し、かつては春に1回だった養蚕を夏や秋にも可能として生糸の増産につなげた。政府は、世界の絹産業発展させた象徴的な施設として推薦した。

今年4月、ユネスコの諮問機関の国際記念物遺跡会議(イコモス)が「日本が近代工業化世界に仲間入りする鍵となった」と高く評価し、ユネスコに登録を勧告していた。

登録決定を会場で見届けた群馬県の大沢正明知事は、採決後に英語でスピーチし、「今後はこの喜びを忘れることなく、この遺産を保全し、将来の世代に伝えていくために最善を尽くします」と語った。(長屋護=ドーハ、藤井裕介)http://www.asahi.com/articles/ASG6M5Q0TG6MUCLV00F.html

そして、イコモスによる世界遺産への登録勧告がなされた4月以降、富岡製糸場への見学者が激増するようになった。例えば、8月15日のJ-CASTテレビウオッチは、次のように伝えている。

世界遺産に登録後初めてのお盆休みとなった富岡製糸場(群馬県富岡市)は、きのう14日(2014年8月)の入場者数が8576人と過去最高となった。入場待ちの行列がオープンしてすぐ200メートルを超え、待ち時間は約1時間30分。正午前の気温を木内亨・取材ディレクターが測ると31・4度と酷暑ではないが、湿度は84%もある。製糸場はうちわを配ったり、ミスト扇風機を設置したりと対応に追われた。

http://www.j-cast.com/tv/2014/08/15213176.html

11月23日(日)、私は別の用事で群馬県で訪れたが、そのついでに富岡製糸場にむかった。やや遠くだが無料駐車場などもあり、車をとめることには苦労しなかった。しかし、町並みを抜けて、富岡製糸場の前にきて驚いた。下記の写真をみてほしい。

富岡製糸場前

富岡製糸場前

富岡製糸場前は、それこそ黒山のような人だかりであった。入場を待っている人々の列は、100−200メートルぐらいになっていた。たぶん、先の記事のように、待ち時間は1時間半ぐらいになっていただろう。製糸場内もかなり混雑しているだろうと予測できた。結局、入場をあきらめざるを得なかった。

まあ、世界遺産になれば、当然ながらそれまでよりも入場者は増えることになるだろう。東京からも比較的近くてアクセスも容易である。また、そもそも観光地として開発されたものではないから、施設のキャパシティも限定されるだろう。人ごみもまた仕方なかろう。

とはいえ、これほどまでに近代化遺産としての「富岡製糸場」の人気が高いとは想定していなかった。それは、一つに「近代化」の時代についての郷愁があると思えるのである。そして、それは、日本を「先進」とし、中国・朝鮮などの東アジア諸国を「後進」とするものでもあった。その意味で、「近代化」とは、日本のナショナリズムの大きな源泉でもあったのである

現在、中国・韓国の成長の前で、「先進」日本というアイデンティティは脅かされているといえる。中韓両国に対する過剰な対抗意識の表出はその一つの現れであろう。他方で、「近代化」時代への「郷愁」を生むことになったのではないか。まさに、近代化の「先進」国であった時代に回帰したいという思いへと。そして、それは、脅かされたアイデンティティを一時的でもナショナリズム的に「癒す」ものともいえよう。それが、近代化遺産である富岡製糸場への人気につながっていったのではなかろうか。

しかし、それは、一面的なものである。製糸業が日本の近代化に寄与したのは事実だが、実際にその労働を担った女工たちの待遇は、「ああ野麦峠」に書かれているように、一般的に劣悪だった。官営模範工場であった富岡製糸場はそれほど劣悪ではなかったらしいが、民営化されて待遇が悪化したようである。ハフィトンポストは「富岡製糸場はブラック企業だったのか? 世界遺産に登録される理由とは」(2014年4月28日)次のように伝えている。

しかし、各種報道によると実際には富岡製糸場は、少なくとも設立当初の官営時代は1日8時間労働で夏冬の長期休暇があるなど、明治期の労働環境としては世界でも異例なほど恵まれていた。日本の民営工場の模範になることを目指した官営施設だったため、採算を度外視して福利厚生にも力を入れていたようだ。
(中略)
ただし、富岡製糸場が官営工場だった時代は、115年の歴史のうちのごく一部だ。創業19年後の1891年には、三井家に払い下げられ民間工場となった。その後、1902年に原合名会社、1939年に片倉製糸紡績会社(現片倉工業)と経営母体は変わっていった。民営化されたことで、繁忙期には1日あたりの勤務時間が約12時間になるなど、労働環境は厳しくなったようだ。

http://www.huffingtonpost.jp/2014/04/27/tomioka-silk-mill_n_5224176.html

ハフィトンポストは、「日本の近代化に大きな貢献を果たした富岡製糸場。世界遺産指定でその正と負の両方の面が問われることになりそうだ」と問いかけている。今や「近代化」の功罪こそが検討されなくてはならない。しかし、たぶん、多くの見学者にそのような認識はなかろう。日本が「先進国化」した「近代化の時代」への回帰という幻想的な郷愁、それが富岡製糸場に人を向かわせているのではなかろうか。そして、このような「幻想的な郷愁」は、現代日本社会の随所で見出だせるのである。

さて、やや旧聞になるが、『中央公論』2014年5月号に宮家邦彦(元外交官、現キャノングローバル戦略研究所研究主幹)・加茂具樹(慶應義塾大学准教授、現代中国政治学専攻)の「対談ー中国共産党崩壊のシナリオはありうるか」という記事が掲載された。特に、宮家の発言には、現在の「外交実務家」たちの中国をめぐる意識が露呈されているように思える。宮家は『語られざる中国の結末』(未見)という本を出しているそうであるが、この対談の中でその中身が紹介されている。それによると、宮家は、中国の今後を、中国が統一を保つか分裂するか、民主化するか独裁化するなど7つのケースに分けてシュミレーションしている。しかし、対談相手の加茂は「すべてのシュミレーションの前提として、米中の衝突を想定されていますね」と指摘した。それに対して、宮家は、このように答えている。

宮家 中国に民主化、あるいは崩壊の可能性があるとするなら、そのきっかけは現時点では外的要因しか考えられなかったからです。
 格差が広がったといっても、つい最近まで「10億総貧乏」だった国ですから、それによって人々が本気で怒りだして政権が崩壊するほどの暴動が起きるとは思えない。また、あれだけの国家ですから、局所的な暴動なら簡単に抑え込める。そして、少々の外圧なら耳を貸さなければいい。それで、米中の武力衝突を前提にしました。

加茂は、さらに「共産党政権が米国への挑戦を選択する理由は何ですか…共産党政権は、実際に、国際社会における影響力の拡大を一貫して追求していますが、どうやって米国と対話し、調整して共存していくかもずっと模索しています」と指摘した。宮家は、次のように応答している。

宮家 それは分かります。だからといって、米中衝突が「絶対ない」とは言えない。1930年代の日本をとっても、米国と武力衝突することでどれほどの利益があったのか。冷静に考えてみれば分かりそうなものですが、当時の日本人は戦争を選択してしまう。
 当時の日本もいまの中国もコントロールできないのはナショナリズムです。ただ、中国経済はまさに対外関係で持っているので、下手に動けば制裁される。そうなると資源がない分、ロシアより深刻です。そう考えれば米中の武力衝突の可能性は相当低い。とはいえ、ロシアは経済的なメリットがほとんどないにもかかわらずクリミア半島を軍に制圧させた。いつの時代もナショナリズムは判断を曇らせる厄介なもので、損得勘定を度外視させる危険がある。

宮家は、いわばナショナリズムの暴発によって利害をこえて中国がアメリカと衝突する可能性があるというのである。しかし、加茂は「僕は、中国における政治的な社会的な変化の重要な契機は、中国共産党内のエリート間の利害対立の先鋭化にある」と発言し、「宮家さんのシュミレーションに話を戻すと、それぞれ可能性を論じてみて、最終的には、当面、このまま変わらない蓋然性が高い」と指摘した。宮家も「このマトリックスをやってよかったと思っているのは、真面目に議論すればするほど、いまの中国のシステムがいかに強靭であるかということを再認識させられたことなんです」と述べている。

その上で、宮家は、次のように発言している。

宮家 ところで、日本にとって真に最悪のシナリオは、中国が民主化されて超優良大国になることだと思います。そうするとまず、日本の存在価値が低くなる。そして、いずれ米国はアジアから軍を引き揚げることになるでしょう。しかし、超優良大国になっても国内のナショナリズムがなくなるわけではありませんから、引き続き日本は中国に叩かれる。それなのに両国間の緊張が高まったときに、もうアジアに米国はいない、となったら悪夢です。日本はすべての国防政策を見直さなければなりません。それはバッドニュースです。ただ、グッドニュースは、縷々見てきたとおり、中国がそう簡単には民主化される可能性がないこと。(笑)

宮家の議論には、中国に対する大きなコンプレックスが見て取れる。彼からみれば、中国共産党政権は、内部抗争でも「少々の外圧」でも変わらないー「民主化」にせよ「崩壊」にせよーのである。つまりは日本側の作為でも変えることはできないのだ。そして、この「変わらない中国」の「ナショナリズム」によって日本は叩かれ続けるという。それを交渉によって変えようということは問題にもされていない。「強大な中国」と「卑小な日本」とでもいうべきイメージが垣間見えている。この中国に対抗するためには、アメリカに依存するしかないと宮家は考える。このように、中国に対するコンプッレクスは、アメリカへの依存を強めていくことに結果していくのである。そして、ここでも、「強大なアメリカ」と「卑小な日本」というイメージが表出されている。

そして、最終的には、次にような逆説に行きつく。中国に対抗するためには、東アジアにアメリカ軍がいてもらわなくてはならない。中国が「民主化」すれば、アメリカ軍が東アジアにいる必要がなくなる。ゆえに日本にとって「中国の民主化」は「最悪のシナリオ」なのだと宮家は主張するのである。他方で、宮家は、米中の衝突によって「中国が変わる」ことを「シュミレーション」という形で夢想するのである。

宮家は、現在のところ、外務省などの公職についていない。ただ日米安全保障条約課長や中国公使なども勤めており、安倍外交を現在担っているいわゆる外交実務家とかなり意識を共有しているだろうと考えられる。特定秘密保護法制定、憲法解釈の変更による集団的自衛権行使、普天間基地の辺野古移転強行などにより、「日米同盟強化」をめざす。その一方で、靖国参拝など中国のナショナリズムを刺激することで、米中関係を緊張させる。これらのことにより、政治・経済面で台頭していると意識されている中国に対して、アメリカに依存して対抗していこうとするのである。

それは「中国の民主化」をめざしてのことではない。あくまでも、彼らの考える日本の「国益」なるものが中心となっている。アメリカ政府の「民主化」要求は、もちろん、一種の大国主義的であり、欧米中心主義的なものではあるが、建前では「普遍主義的価値観」に基づいてもいるだろう。日本の元外交官である宮家は、そのような普遍主義的価値観を共有していない。むしろ、「中国の民主化」が挫折したほうが、日本にとって「グッドニュース」だというのである。この論理は、アメリカに依存して中国に対抗しようとしながら、アメリカの価値観とは共有しない自国中心主義なものといえよう。宮家が表明しているこの論理は、安倍外交の基調をなしているようにみえるのである。

10月12日、ニューヨークタイムズは、安倍政権の教育政策を批判する記事を掲載した。その一部を下記に紹介しておこう。

日本の教育現場では国際感覚に優れた人材の育成が求められる一方で、同時に国家主義的教育の実施も要求され、教育政策の立案現場には困惑が生じています。
日本では『愛国的教育』の実践への圧力が強まる中、教科書の内容を書き換える作業が進められ、近隣諸国の不興を買っています。
しかし日本では同時に、大学の国際競争力を高めるためその国際化と広く門戸を開く取り組みが行われています(後略)
(マイケル・フィッツパトリック「安倍政権の教育現場への介入が生む混乱と困惑」 / ニューヨークタイムズ 2014年10月12日、日本語訳はhttp://kobajun.chips.jp/?p=20395より)。

この記事の主眼は、安倍政権においては、いわゆる教育の「国際化」をしているにもかかわらず、それとは矛盾した形で、教科書の書き換えなどの教育の愛国化が進められているということにある。本記事では、「アジアの近隣諸国は、新たな『愛国主義的教育』が日本を平和主義から国家主義体制へと変貌させ、戦争時の残虐行為については曖昧にしてしまう事を恐れています。そして戦後の日本で長く否定されてきた軍国主義について、その価値感を復活させたとして安倍首相を批難しています」とし、さらに「日本の新しい教科書検定基準と記述内容は、アメリカ合衆国を始めとする同盟国においてさえ、幻滅を呼んでいます」と指摘した。

このニューヨークタイムズの記事に対し、10月31日、下村博文文科相は文科省のサイトで反論した。下村は、反論の冒頭で、次のように述べた。

平成26年(2014年)10月12日のインターナショナル・ニューヨークタイムズ紙において、日本の教育戦略が分裂しているとの批判記事が掲載されました。記事では、「日本はナショナリズムとコスモポリタニズムを同時に信奉しており、教育政策立案者たちの不明瞭な姿勢を助長している。彼らは、彼ら自身が『愛国的』と呼ぶ主義にのっとって教科書を改訂し、その過程でアジアの近隣諸国を遠ざけている」としていますが、それは全く事実と異なっています。

我が国は、ナショナリズムを助長するのではなく、グローバル社会に適応するための人材の教育に大きく舵(かじ)を切って取り組んでいます。その改革のポイントは次の3つです。すなわち、英語教育、大学の国際化、そして日本人としてのアイデンティティの確立のための伝統、文化及び歴史の教育です。(下村博文文科相「平成26年(2014年)10月12日付 インターナショナル・ニューヨークタイムズ紙の記事について」、2014年10月31日)(http://www.mext.go.jp/b_menu/daijin/detail/1353247.htm)

これに続いて、いかに日本の教育が国際化に努力しているかを縷々述べている。このことについては省略する。

そして、「日本人としてのアイデンティティの確立のための伝統、文化及び歴史の教育」についてこのように述べている。

その際に、日本の学生は海外で日本のことを語れないとの経験者の声が沢山出ていますが、真のグローバル人材として活躍するためには、日本人としてのアイデンティティである日本の伝統、文化、歴史を学ばなければ、世界の中で議論もできませんし、日本人としてのアイデンディディも確立できません。残念ながら、日本の若者はこのような状況に遭遇することが多くなっています。

これは、日本の個々の学生の問題ではなく、日本の教育において、日本の伝統、文化、歴史をしっかりと教えてこなかった日本の学校教育の問題であるととらえています。各国・各民族には、当然相違があります。しかし、多様な価値観を持つ国際社会の中で、それらを認めながら生きていくためには、日本の価値観をしっかりと教えることで、他国の価値観を尊重する姿勢を持たせなければなりません。そうでなければ、伝統、歴史、文化の違いを語れません。

インターナショナル・ニューヨークタイムズ紙では、「ナショナリズム」との言葉を使って批判していますが、日本の伝統、文化、歴史を教えることは、「ナショナリズム」との言葉に当てはまらないと考えます。なぜなら、日本のアイデンティティを教えることは他国、特に近隣諸国を侮蔑、蔑視する教育ではないからです。日本古来の価値観としては、世界に先駆けて7世紀に聖徳太子が17条憲法を制定していましたが、その根本は「和の精神」です。

2011年の東日本大震災の被災者のその後の行動が象徴するように、日本人の精神の根底には、「絆(きずな)」、「思いやり」、「和の精神」があることは世界の人達にも認識していただいていると考えています。

つまり、日本の伝統、文化、歴史を学校教育で教えることは、「ナショナリズム」との表現に当てはまらないものです。我が国が古来の伝統、文化、歴史を大切にすることと、国際社会で共生することは、相矛盾せず、逆に、日本への理解を深める教育をすることがグローバル化した世界で日本人が活躍するために重要であると認識しています。

21世紀の国際社会において日本及び日本人が果たすべき役割は、日本古来から培ってきた「和の精神」、「おもてなしの精神」です。2020年の東京オリンピック・パラリンピックでは、是非、それを世界の人達に見てもらう、そのような教育をすることによって、より広く、日本の教育の方向性が世界の人達に共有性をもってもらえる改革を進めていきたいと考えています。

この文章では、日本人が国際化するために日本の価値観を学ばせており、他国ー近隣諸国を蔑視するものではないから「ナショナリズム」教育ではないとしている。「『愛国的教育』の実践への圧力が強まる中、教科書の内容を書き換える作業が進められ」ているというニューヨークタイムズの批判には全く答えていない。偏狭であるかどうかは別として、「日本の伝統、文化、歴史を教える」こと自体、ナショナリズムではないということはいえないと思う。

といっても、私が最も驚いたのは「日本古来の価値観としては、世界に先駆けて7世紀に聖徳太子が17条憲法を制定していましたが、その根本は『和の精神』です」というところであった。確かに「十七条憲法」の冒頭に、「一曰、以和爲貴、無忤爲宗(一に曰く、和(やわらぎ)を以て貴しと為し、忤(さか)ふること無きを宗とせよ)」(Wikipediaより)とかかげられている。「十七条憲法」については、聖徳太子が604年に作ったと720年に成立した国史である『日本書紀』に記述されているが、記述自体にさまざまな疑問が投げかけられている。ただ、聖徳太子が作ったどうかは別として、この時代の朝廷において、統治の重要な原則として「和を以て貴しと為す」が意識されていたとはいえよう。

しかし、これは、「日本古来の価値観」のものなのだろうか。儒家の祖である孔子(紀元前552-479年)とその門弟たちの言行を記録した「論語」には「有子曰。禮之用。和爲貴(有子曰く、礼の用は和を貴しと為す)」(http://kanbun.info/keibu/rongo0112.htmlより)とある。ここで、「和為貴」といっているのは、孔子の門弟である有子(有若)である。つまり、7-8世紀に「十七条憲法」が作られるはるか昔から、中国の儒家たちはいうなれば「和の精神」を主張していたのであった。それを取り入れて「十七条憲法」が作られたということになる。たぶん、全く意識していなかったであろうが、下村は「十七条憲法」を引き合いに出して「和の精神」を「日本古来の価値観」とすることによって、日本古来の価値観の淵源は「論語」にあると主張したことになるのだ。

これは、直接には下村もしくは文科省の「無知」に起因するといえる。しかし、そればかりではない。儒教的な倫理を日本古来のものと誤認している人々は日本社会に多く存在している。圧倒的な中華文明の影響のもとに成立してきた日本社会において、その文化的アイデンティティなるものを追求していくと、実際には中国起源のものになってしまうという逆説がそこにはある。そして、もし「和の精神」なるものが「世界の人達に共有性」をもってもらえるものならば、それは、日本古来の価値観であるからなどではない。中国においても日本においても通用していたという「普遍性」を有していたからといえよう。

付記:Wikipediaの「十七条憲法」の記述でも、その第一条で「論語」を引用していると指摘されている。

さて、話を続けよう。長谷川三千子の『神やぶれたまはずー昭和20年8月15日正午』(中央公論新社、2013年)では、折口信夫・橋川文三・桶谷秀昭・伊東静雄・吉本隆明・三島由紀夫などの思想を読み解きながら、「家族や祖国のために死ぬという理由だけではどうしても不満がまといつくのですが、天ちゃん(天皇…引用者注)のためには死ねるというのが精一杯つめて考えた実感なんです」(吉本隆明、本書p134より引用)という精神が日本国民の間にあったとしている。他方で、昭和天皇には「爆撃にたふれゆく民の上をおもひ、いくさとめけり身はいかならむとも」(本書p272)という心情があったという。長谷川によれば「かくして、大東亜戦争の末期、わが国の天皇は国民を救ふために命を投げ出す覚悟をかため、国民は戦ひ抜く覚悟をかためてゐた。すなわち天皇は一刻も早い降伏を望まれ、国民の立場からは、降伏はありえない選択であつた。これは美しいジレンマである。と同時に、絶望的な怖ろしいジレンマでもある」(本書p247)であった。その解決のために「国体護持」を条件とする無条件降伏が決断されたと長谷川は述べている。しかし、あくまでも天皇のために戦おうという意識は国民にはあり、他方で「国体護持」といっても、天皇自身が連合国に処断されない保証はなかった(なお、ここまでの叙述は長谷川の主張を短くまとめただけで、私自身はそのように考えていない)。それらの可能性を前提として、8.15に次のような場面を長谷川は夢想するのである。

…ただ真夏の太陽が明るく照りつけるのみである。丘の上には、一億の国民と将兵が自らの命をたきぎの上に置いて、その時を待つてゐる。「日常世界は一変し、わたしたち日本人のいのちを、永遠に燃えあがらせる焦土と化すであろう」、その時を待つてゐる。
ところが、「その時」は訪れない。奇蹟はつひに起こるらなかつた。神風は吹かず、神は人々を見捨てたまふたーさう思はれたその瞬間、よく見ると、たきぎの上に、一億の国民、将兵の命のかたはらに、静かに神の命が置かれてゐた…ただ、蝉の音のふりしきる真夏の太陽のもとに、神と人とが、互ひに自らの死を差し出し合ふ、沈黙の瞬間が或るのみである(本書pp277-278) 。

これは、いわば、天皇と国民の「集団自決」とでもいえるであろう。もちろん、実際にはこんなことは起きなかった。ただ、もし、これに近いことが起きれば、それは「悲劇」として意識されるであろう。しかし、長谷川はそうではないのだ。続く文章を見てみよう。

しかし、このやうな稀有の「神人対晤」の瞬間を前にしては、すべての「奇蹟」がちやらなおとぎ話になつてしまふであらう。橋川氏がいみじくも語つてゐた「イエスの死の意味に当たるもの」を大東亜戦争とその敗北の事実に求められないか、といふ課題は、ここにはたされてゐると言ふべきであらう。
「イエスの死の意味」とは(単にイエスが起してみせた数々の「奇蹟」とは違つて)まさにキリストが自らの命を差し出すことによつて、神と人との直結する関係を作り出した、といふことであつた(後略)。(本書p278)

長谷川は、神である天皇と人である日本国民が互いに命を捧げあうことによって、両者が直結する関係を作り出すことになるのだと、キリストになぞらえて説明している。悲劇ではなく、いわば「至高」な場面であるのだ。そして、長谷川は、このように言っている。

折口信夫は、「神 やぶれたまふ」と言つた。しかし、イエスの死によつてキリスト教の神が敗れたわけではないとすれば、われわれの神も、決して敗れはしなかつた。大東亜戦争敗北の瞬間において、われわれは本当の意味で、われわれの神を得たのである(本書p282)。

このように考えると、野村秋介の拳銃自殺の意味について、長谷川三千子が考えていることもわかるであろう。野村は天皇のために自らの命を犠牲にすることで、天皇を再び「現御神」にしたと長谷川は夢想しているのである。

長谷川の言っていることは、もちろん「夢想」である。しかし、「夢想」にしても、国民の「死」(野村秋介を含めて)を代償に天皇を現御神にし、そして現御神である天皇も国民のために死ぬという集団自決ともいうべき情景自体が死の影が色濃い陰惨なものにしかみえないのだ。長谷川が「夢想」する「栄光ある死」しか与えられない「日本」…。そのような「日本像」は保守的な意味でも「称揚」されるべきものなのだろうかと思うのである。

フォロー

新しい投稿をメールで受信しましょう。

現在37人フォロワーがいます。