Feeds:
投稿
コメント

Posts Tagged ‘ディビッド・ハ―ヴェイ’

繰り返すあやまちの そのたび ひとは

ただ青い空の 青さを知る

(中略)

生きている不思議 死んでいく不思議

花も風も街も みんなおなじ

(中略)

海の彼方には もう探さない

輝くものは いつもここに

わたしのなかに 見つけられたから

(覚和歌子・木村弓「いつも何度でも」)

 

さて、これまで、新型コロナウィルス肺炎感染対策としての都市封鎖ーロックダウンが、皮肉なことに地球環境の改善の一時的ではあれ寄与してきた現象をみてきた。ここでは、それが世界史的にみてどういう意義を有しているかを、経済地理学者で、現代の新自由主義を批判しているディビッド・ハーヴェイが2020年3月に発表し、『世界』(岩波書店)の2020年6月号に訳出された「COVID-19時代の反キャピタリズム運動」を手がかりにしてみていこう。

ハーヴェイは、自身がさまざまなニュースを解釈し分析する資本主義の枠組みとして2つのモデルを用いているという。一つは資本の流通・蓄積の内的矛盾を描くことである。もう一つは、ハーヴェイの言葉によれば「世帯や共同体での社会的再生産というより広範な文脈、自然(ここには都市化と建造環境という「第二の自然」も含まれている)との物質的代謝関係のーつねに進化を付随させたー進行、そして時間と空間を超えて人間諸集団がきまって創造するような実にさまざまな文化的、科学(知識基盤)的、宗教的、状況依存的社会構成体」である。ハーヴェイは、「自然」を文化・経済・日常生活から切り離す通常の見方を拒否し、「自然との物質代謝関係という、より弁証法的な関係的見地」をとっているとする。彼は、「資本は、それ自体の再生産のための環境的諸条件を部分的に変容させるが、そうするさいには意図せざる結果(気候変動など)と絡み合うことになり、しかもその裏では、自律的で独立した進化の諸力が環境的諸条件を永続的に作り変えている」と述べている。

では、ハーヴェイは、今回の新型コロナウィルス肺炎のパンデミックをどうみているのだろうか。ハ―ヴェイは、ウィルスの突然変異が生命に脅かす条件として、①生息環境の急速な変容や多湿の亜熱帯地域(長江以南の中国や東南アジアなど)での自然依存型もしくは小農型の食料調達システムというウィルスの突然変異の確立を高める環境、②人口集中、密接な人々の相互交流や移動、衛生習慣の違いなど、急速な宿主間感染を高める環境が存在したことをあげ、それらのことから、中国武漢が新型コロナウィルス肺炎感染症の最初の発見地になったことに驚きはないと述べている。そして、武漢が重要な生産拠点であるがために世界規模での経済的影響を与えることになった。大きな問題として、ハ―ヴェイは「グローバリゼーションの昂進の否定的側面の一つは、新しい感染症の急速な国際的拡散を止められないこと」をあげている。拡大したグローバリゼーションの流れにのって、武漢地方で発見された新型コロナウィルス肺炎は世界的に拡大したのである。

とはいっても、イタリア・アメリカなどの欧米諸国での感染は爆発的であった(ハ―ヴェイ執筆時は3月。現時点ー5月ーではブラジルやロシアでの感染も拡大している)。その要因として、中国などの感染拡大を「対岸の火事」として認識したがゆえに初期対応が遅れたこともあげながら、、新自由主義下で「公衆衛生対策に適用されたビジネスモデルによって削減されたのは、非常時に必要な対処のための余力であった」ことを中心的にあげている。ハ―ヴェイは、ある場合には権威主義的な人権侵害の域に達しているとしつつも、「おそらく象徴的なのは、新自由主義化の程度の小さい国々ー中国、韓国、台湾、シンガポールーが、これまでのところイタリアよりも良好なかたちで世界的大流行を切り抜けたことである」と述べている。

そして、ハーヴェイは次のように指摘している。

擬人的な隠喩を用いるとするなら、新型コロナウィルスとは、規制なき暴力的な新自由主義的略奪採取様式の手で40年にわたり徹底的に虐待されてきた自然からの復讐だと結論づけられるであろう。

このパンデミックは、どのような経済的影響を与えるのだろうか。ハーヴェイは、まずはサプライチェーンの途絶や人工知能型生産システムへの傾斜により、労働者の失業をうみ、それが最終需要を減退させることで軽微な景気後退をもたらす可能性を指摘している。しかし、もっとも大きな影響として、「2007〜08年以後に急拡大した消費様式が崩壊し、壊滅的な結果がもたらされた」ことをあげている。これらの消費様式は「消費の回転期間を可能な限りゼロに近づけることに」もとづいており、その象徴として「国際観光業」をあげている。ハーヴェイは「このような瞬間的な「体験型」消費形態にともなって、空港、航空会社、ホテル、レストラン、テーマパーク、そして文化イベントなどへの大規模なインフラ投資が必要とされた。資本蓄積のこうした現場は今では暗礁に乗り上げている」と指摘している。ハーヴェイは、「現代の資本主義経済の七割あるいは八割方でさえも牽引しているのは消費である」にもかかわらず、「現代資本主義の最先端モデルの消費様式は、その多くが現状では機能できない」という。その結果が、これだ。

 

新型コロナウィルス感染症を根底にして、大波乱どころか、大崩壊が、最富裕国において優勢な消費形態の核心で起きている。終わりなき資本蓄積という螺旋形態は内に向かって倒壊し、しかもそれは世界の一部地域から他のあらゆる地域へと広がっている。

 

この新型コロナウィルス肺炎のパンデミックは、「新しい労働者階級」を顕在化させる。ハーヴェイを含めた「有給職員(サラリーマン)は在宅で勤務し、以前と同じ給与を得る」。そして「CEO(最高経営責任者)たちは自家用ジェット機やヘリコプターで飛びまわっている」。しかし、確実に、「供給上の主要機能(食料品店など)の継続や介護の名において感染を被るか、何の手当(たとえば適切な医療)もなく失業するか、そのいずれか」を迫られる「新しい労働者階級」ー特に民族・性別で差別されている人々ーが顕在化したと、ハーヴェイはいうのである。

ハーヴェイは「現代型消費様式は過剰なものに転化していたが、それによってこの消費様式は、マルクスの述べた「過剰消費、狂乱消費」に近づいていたのであり、「これは奇矯・奇怪なものになり果てることで」体制全体の「没落を示」していた」という。その大きな現れが「環境劣化」なのである。このブログと同様に、ハーヴェイもまた、都市封鎖ーロックダウンによって大気汚染などが改善したことを評価し、「見境なく無意味な過剰消費嗜好が抑え込まれることによって、長期的な恩恵ももたらされうる」としている。

他方で、ハーヴェイは、現状の経済危機を克服するためには「経済的にも政治的にも有効になりうる政策は、バーニー・サンダースの提案以上にはるかに社会主義的であり、しかもこれらの救済計画がドナルド・トランプの庇護のもとでーおそらく「アメリカを再び偉大にする」との仮面のもとでー着手されなければならない」と主張している。これは、ポストコロナ世界の危機と可能性をともに示しているといえる。ハーヴェイは「実行しうる唯一の政策が社会主義的であるとするなら、支配的寡頭制は間違いなくこの政策を、民衆のための社会主義ではなく、国家社会主義に変えようと行動を起こす。反資本本主義運動の任務は、その行動を阻むことにある」と結論づけている。

新型ウィルス肺炎のパンデミックへのハ―ヴェイの見方は、新自由主義的に編成された世界資本主義への「自然」からの「復讐」としてとらえているといえる。それゆえ、この危機からの脱却は、単に、それまでのー2020年以前のー世界に復帰することとして考えてはいない。むしろ、この新型ウィルス肺炎のパンデミックがそれまでの新自由主義的な世界資本主義をなんらかの意味で変えていくことを想定している。環境悪化に結果する消費様式の見直しや、社会主義的な政策の必要性などがそれに該当しよう。

このような見方は、同じ雑誌(『世界』6月号)に掲載された哲学者スラヴォイ・ジジェクの「人間の顔をした野蛮がわたしたちの宿命なのかーコロナ下の世界」でも共有されている。ジジェクは、都市封鎖ーロックダウンに反対するジョルジョ・アガンベンに抗して、都市封鎖ーロックダウンをある程度評価したが、その際、環境改善や社会主義など「ラディカルな社会変化」が必要であることも論拠にあげていた。

次回以降は、都市封鎖ーロックダウンの是非をめぐって行われた、アガンベンとジジェクを中心とする論争をみていこう。

 

 

 

 

 

 

Read Full Post »