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Archive for 2012年6月

最近、毎週金曜日には、大飯原発再稼働に反対する首相官邸前抗議行動が行われている。本ブログでも、12000人が参加した6月15日の抗議行動について紹介した。周知のように、6月16日には野田首相が大飯原発再稼働を決定した。その後に行われた6月22日の抗議行動には、約45000人が参加したといわれている。そして、さらに、6月29日に行われた抗議行動においては、主催者発表で15〜20万人が参加したと報じられている。

本ブログでは、6月15日の抗議行動について紹介している。6月22日の抗議行動について、ここで簡単に規模だけ紹介しておこう。首相官邸前正面には、国会議事堂の南側を通る六車線道路がある。抗議行動は、大体、国会記者会館側の歩道上で行われてきた。それは、6月15日の際も変わらない。一部車道にはみだした箇所もあったが、大体歩道上で行われていた。

しかし、すでに6月22日の抗議行動は、その規模ではすまなかった。開始時間の午後6時過ぎには、最後尾は、首相官邸前大通りに交差する六本木通りまで及んでいた。たぶん、その時点で、15日の抗議行動の際の参加人数12000人はこえていたと思われる。そして、最終的には、国会記者会館側の車道も、1車線を除いて片側2車線が解放された。もはや、あまりにも人が多く、車道に抗議行動が及ぶことを忌避した警察も、車道の過半を解放せざるをえなかったのである。

次の写真は、片側2車線を抗議行動で占拠した際の写真である。反対側に警察車両がとまっている。その車線は未解放である。これで45000人というのは妥当であろう。

首相官邸前抗議行動(2012年6月22日)

首相官邸前抗議行動(2012年6月22日)

6月29日は、さらに多くの人が参加した。私は最後尾がどこかなのかをみたかったので、後ろのほうに歩いた。すでに午後5時半過ぎには、抗議行動の隊列は、六本木通りにまで及んでいた。そこからじりじりと前進した。そして、22日と同様に、午後7時頃には、片側2車線の解放が行われたが、そこも抗議行動の隊列で埋め尽くされていた。

首相官邸前抗議行動・うずめつくされた車道(2012年6月29日)

首相官邸前抗議行動・うずめつくされた車道(2012年6月29日)

首相官邸前大通りには入れる状態ではなかった。警察などは、国会議事堂側に隊列を誘導した。結局、抗議行動の隊列は、結果的に国会議事堂をとりまく形になった。

国会議事堂前を移動する抗議行動の隊列(2012年6月29日)

国会議事堂前を移動する抗議行動の隊列(2012年6月29日)

そして、首相官邸前大通りは、すでに埋まっていた国会記者会館側だけでなく、その反対側の国会議事堂側からも人が車道にあふれるようになった。そして、しだいに、首相官邸前大通りの六車線すべてが、人で埋め尽くされ、解放された。その瞬間、拍手がわいた。

全面解放された道路(2012年6月29日)

全面解放された道路(2012年6月29日)

そこに入っていた車は、ほうほうの体で出て行き、警察は、車線確保をあきらめ、入線してきた車をUターンさせるしかなくなった。そして、たぶん警察官などを輸送するのだろう警察車両も、この道路から撤退した。

Uターンさせられるタクシー(2012年6月29日)

Uターンさせられるタクシー(2012年6月29日)

撤退する警察車両(2012年6月29日)

撤退する警察車両(2012年6月29日)

なお、私自身は、六本木通りに近い側にいたが、首相官邸前から同じ頃撮影したと思われる動画があるので、ここで紹介しておこう。

車道が全面解放されたので、私もどんどん国会議事堂側から首相官邸前にむかった。警官が、なにやら、反対方向の国会議事堂正門に向かうように指示していたようだが「再稼働反対」という声でほとんどきこえはしない。

私は、六本木通り、国会議事堂前と二つの最後尾にいたのだが、するすると、ほとんど最前列の首相官邸前に到着した。この最前列に前いた人びとは、後から聞くと自然発生的に首相官邸をめざすようになったらしい。主催者側で「警備」をしていた人が鎮静化に苦労したといっていた。

次に紹介する動画の後半のほうでみられるように、撤退していた警察車両は、首相官邸前に集結し、官邸を死守する構えを示した。そして、主催者側も、午後8時の終了時間前に抗議行動を打ち切ることにして、警察車両のマイクで、その旨をよびかけた。

私は、六本木通りから、国会議事堂正門にまわり、そこから首相官邸前に向かうルートをとった。後で聞くと、全く方向違いの衆議院第一議員会館や外務省前にもいた人もあったようである。6月22日は、首相官邸前大通りの片側2車線のみに人がいたが、6月29日には、首相官邸前大通り6車線すべてが解放され、それ以外にも人びとはいた。22日の参加者が45000人だとすると、その2〜3倍はいたと思われる。参加者数15万人程度は想定できる範囲かと思われる。

道路全面解放後は、まるで解放区のようだった。人びとは「再稼働反対」を口々に叫んでいた。

解放区となった首相官邸前(2012年6月29日)

解放区となった首相官邸前(2012年6月29日)

人だかりの多い箇所があった。よく脱原発デモで、路上にて演奏している、「イルコモンズ」の面々である。

たぶん、警察が車線規制した残骸であろうと思われる、三角コーンなどが残されていた。抗議行動の参加者がそれらを整理していた。警察権力が撤退し解放区となっても、無秩序にはなっていなかった。よく権力主義者たちのいう、権力が存在しないと無秩序になるという言説は、それこそ妄想なのだと実感した。

警察が置いていった三角コーン(2012年6月29日)

警察が置いていった三角コーン(2012年6月29日)

1960年の安保闘争では、主催者発表で33万人参加したといわれている。主催者発表で15〜20万人という規模は、それには及ばない。しかし、少なくとも10万人以上の参加者がいる抗議行動・デモを、実体的な暴力行使をしない限り、権力側は完全にコントロールすることはできない。そして、もし、実弾使用などの暴力行使を行うならば、形式的でも民主主義体制のもとでは、それこそが政権の命取りとなる。

そのような、あやうい均衡の上にたって、一時的にせよ、解放区が成立し、権力が撤退しても、自らで社会を運営していく経験をすることになる。この抗議行動は、「大飯原発再稼働反対」の一語によって成立しているのだが、今や「紫陽花革命」の名も冠しているのは、そういった意味合いなのだといえる。

このような見方は、政権や警察だけでなく、マスコミもまた、理解できず、忌避するものでしかない。人びとの自主性に基づいた抗議行動やデモをろくに報道せず、よくも悪くも野田佳彦や小沢一郎などの権力者の動向ばかりを注視しているのは、彼らが、権力者の営為でしか社会が運営できないと思い込んでいるといえる。そして、彼らもその一員なのだ。

そして、民衆の動向を無視すればするほど、政権やマスコミは無力になり、完全に権力が放棄されることはないにせよ、大幅な譲歩が迫られてくるであろう。しかし、それは、いまだ将来のことであることも忘れてはならない。

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さて、前回のブログで、2012年6月20日、原子力規制委員会設置法の付則というかたちで、原子力基本法も法改正され、原子力三原則に「前項の安全の確保については、確立された国際的な基準を踏まえ、国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資することを目的として、行うものとする。」という文言が追加されたことを、原子力三原則の歴史的経緯からみてきた。簡単にいえば、被爆国ということを前提にした「原子力の平和利用」に限定するための方針である原子力三原則の精神に相反する改変であるといえる。

では、具体的には、どのような経緯で、原子力基本法は改変されたのか。ここでは、その経過をみていこう。

まず、どのような形になったのか。改正された原子力基本法の冒頭部分の改変個所を確認しておくことにしよう。「 」のところが改変された部分である。なお、原子力基本法は原子力安全委員会のことなども規定しており、そのようなことも、原子力規制委員会設置法で定められている。

(目的)
第一条
 この法律は、原子力の研究、開発及び利用(「以下『原子力利用』という」と付け加えられる)を推進することによつて、将来におけるエネルギー資源を確保し、学術の進歩と産業の振興とを図り、もつて人類社会の福祉と国民生活の水準向上とに寄与することを目的とする。
(基本方針)
第二条
 「原子力利用」(「原子力の研究、開発及び利用」を修正)は、平和の目的に限り、安全の確保を旨として、民主的な運営の下に、自主的にこれを行うものとし、その成果を公開し、進んで国際協力に資するものとする。
「2 前項の安全の確保については、確立された国際的な基準を踏まえ、国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資することを目的として、行うものとする。」

民主党内閣は、「原子力の安全の確保に関する組織及び制度を改革するための環境省設置法等の一部を改正する法律案」及び「原子力安全調査委員会設置法案」を国会に提出することを2012年1月31日に閣議決定したが、その中には、「安全保障に資する」などの規定はない。この2法案は、内閣府にある原子力安全委員会や経産省にある原子力安全・保安院などを、今回設置する環境省の外局としての原子力規制庁に一元化し、規制庁内部に「原子力安全調査委員会」に置くなど、原子力の安全性を保障する体制を確立することをめざしたものである。そこには「原子炉原則40年廃炉」という方針も設けられた。しかし、原子力基本法に対する姿勢は、今回の法改正とは全く違うものである。

具体的には、「原子力の安全の確保に関する組織及び制度を改革するための環境省設置法等の一部を改正する法律案」の第三条には、このような改正を規定している。

第三条 原子力基本法(昭和三十年法律第百八十六号)の一部を次のように改正する。
  第一条中「利用」の下に「(以下「原子力利用」という。)」を加える。
  第二条中「原子力の研究、開発及び利用」を「原子力利用」に改め、同条に次の一項を加える。
 2 前項の安全の確保については、これに関する国際的動向を踏まえつつ、原子力利用に起因する放射線による有害な影響から人の健康及び環境を保護することを目的として、行うものとする。
(後略)
http://www.shugiin.go.jp/index.nsf/html/index_gian.htm

現在の改定部分は、政府原案では、「前項の安全の確保については、これに関する国際的動向を踏まえつつ、原子力利用に起因する放射線による有害な影響から人の健康及び環境を保護することを目的として、行うものとする」とされていたのである。いわば、原子力基本法の「安全」規定を、「放射線による有害な影響」から健康や環境を保護することと、より詳細に決めている。これ自体も、原子力三原則の改変であるが、原子力三原則の精神に相反するものではないといえる。

しかし、この政府案に対抗して出された、自民党・公明党の「原子力規制委員会設置法案」は、全く相反した原子力基本法改変の提案を行っている。自公案は、政府案において首相が緊急時の対応において「原子力災害対策本部」より原子炉関係の指示することを嫌って、独立した形で「原子力規制委員会」を設置し、平時も緊急時もその委員会から安全対策を行うとするものである。政府案と自公案の考え方の違いは、福島第一原発事故への対応において、どこが問題になったかということへの見方の違いに起因している。政府案は、原子力安全・保安院や東電が十分な対応できず、政府側が指揮権を発動せざるをえないというところから構想している。他方、自民党側は、政府側が現場をーといっても東電や原子力安全・保安院ということになるがー振り回したことが事故の原因であるとし、ゆえに、政府から独立している「原子力規制委員会」に、緊急時の最終的指揮権を与えることを意図したものである。どちらもどちらであるが、政府案であれば、選挙の結果成立したまともな政府ー民主党政権ではないがーのもとであれば、より適切な事故対応が行われる可能性があるが、自公案であれば、専門家ーいわば「原子力ムラ」の人びとーから構成される「原子力規制委員会」にまかさざるをえないということになるだろう。

この自公案の「原子力規制委員会設置法案」では、第三条において、次のように規定している。

第三条 原子力規制委員会は、国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資するため、原子力利用における安全の確保を図ることを任務とする。
http://www.shugiin.go.jp/index.nsf/html/index_gian.htm

ここで、「安全保障」という文言が出ているのである。そして、付則第十一条において、このように規定しているのである。

(原子力基本法の一部改正)
第十一条 原子力基本法(昭和三十年法律第百八十六号)の一部を次のように改正する。
  第一条中「利用」の下に「(以下「原子力利用」という。)」を加える。
  第二条中「原子力の研究、開発及び利用」を「原子力利用」に改め、同条に次の一項を加える。
 2 前項の安全の確保については、確立された国際的な基準を踏まえ、国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資することを目的として、行うものとする。
(後略)
http://www.shugiin.go.jp/index.nsf/html/index_gian.htm

このように、あきらかに原子力規制委員会設置法案に引きずられた形で、原子力基本法を改変することがめざされているのである。そして、この原子力基本法の改定案は、実際に、この形で改変されたのである。

ある意味では、政府案と自公案は、原子力基本法の改変においても、全く違う姿勢をとっていた。それが、自公案をもとに改変されることになった。このことは、民主党・自民党・公明党の三党合意によるものといえる。次にかかげる毎日新聞のネット記事のように、6月14日、原子力規制委員会設置法案に関しての三党合意が成立した。ここでは、あまり強調されていないが、原子力規制委員会が原子力安全対策の要になることなど、民主党政権が、自公案にすりよったものといえる。そして、ほとんど報道されていないが、この中で、原子力三原則の改変も盛り込まれたのである。

<原子力>規制組織、3党最終合意…「原子力防災会議」新設
毎日新聞 6月14日(木)13時11分配信
 民主、自民、公明3党は14日午前、原子力の安全規制を担う新組織の設置法案の修正内容で最終合意した。首相をトップに全閣僚で構成する常設の「原子力防災会議」を新設。専門家らの「原子力規制委員会」が策定する原子力防災指針に基づき、原発敷地外での平時の防災計画や訓練などを推進し、関係各省庁、自治体との調整などの実務を行う。

 同会議は議長を首相が務め、副議長に官房長官と規制委員長、環境相を充てる。事務局は内閣府に置き、環境相を事務局長とする。3党は原子力基本法を改正し、同会議の設置を盛り込む方針だ。

 13日の3党実務者の修正協議で、原発敷地外の規制委、国、自治体の連携のあり方が最後の論点として持ち越されていた。

 14日午前に国会内で民主党の仙谷由人政調会長代行、自民党の林芳正政調会長代理、公明党の斉藤鉄夫幹事長代行が協議し、新法案の全容が固まった。新法案は今国会で成立する見通しだ。【岡崎大輔】
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120614-00000037-mai-pol

しかし、この後の経過はひどいものである。6月15日に、政府案・自公案はともに撤回され、環境委員長名で「原子力規制委員会設置法案」が提案され、即日環境委員会での審議を終えることを強要された。法案の趣旨説明もされたが、そこでは、原子力基本法の改正には言及されていなかった。共産党所属の吉井英勝衆議院議員の環境委員会における発言を、ここでは紹介しておく。

吉井議員 質疑時間の中で意見も表明してくれという話なんで、今から意見を申し上げておきたいと思います。

 昨年の三・一一福島第一原発事故は、全電源喪失によるメルトダウンとその後の水素爆発によって大量の放射性物質を大気中に飛散させ、汚染水を海洋に流出させるなど、チェルノブイリに並ぶ史上最悪の原発事故となりました。

 あれだけ大きな被害を受け、今も約十六万人の人々が避難生活を強いられているときに、事故の深い原因究明と責任、教訓を明らかにして、本来、特別委員会を設置して各党が十分な議論を尽くしてよい法律をつくるべきであるのに、環境委員会という一つの常任委員会での審議で、しかも、三党修正協議がきょう出てきていきなり質疑、採決というやり方は、議会制民主主義に反する暴挙であり、民主、自民、公明三党修正協議と法案審議のあり方そのものについて、まず強く抗議をしておきたいと思います。

 その上で私は、原子力規制委員会設置法案に対し、反対の意見を述べます。

 このような事態を招いた政府と東京電力の責任は極めて重大です。事故を完全に収束させ、放射能汚染の被害から国民の生命と暮らしを守り、二度とこのような事故を起こすことのないように事故原因の徹底究明が不可欠であり、本法案の大前提となるものです。

 ところが、政府や国会の事故調の事故原因の究明が途上であるにもかかわらず、加害者である東京電力は、想定外の津波が原因で、人災でないと責任回避を続けております。野田政権もまた、津波、浸水が事故原因で、地震の影響はなかったという驚くべき断定を行いました。

 これは、再び新しい安全神話を復活させ、大飯三、四号機を初め、原発再稼働に進み、原発輸出戦略の条件づくりであり、断じて容認できません。

 この点でまた、事故の被害を拡大した当時の官邸の混乱のみを菅リスクと過大に問題にすることは、事態を一面的に描くものです。

 これと同時に、三・一一以前の歴代自民党政権の原子力行政のゆがみを徹底的に検証しなければなりません。

 反対理由の第一は、昨年の三・一一福島第一原発の事故原因と教訓を全面的に踏まえた法案となっていないからであります。

 特に、原子炉等規制法で根拠も実証試験もなく、老朽原発の四十年、例外六十年制限としたところ、本法案ではさらに事実上青天井とし、半永久的稼働を容認したことは、政府案を一層改悪するものであり、認められません。

 第二に、原子力規制組織をいわゆる三条委員会としていますが、推進と規制の分離、独立性を確保すべき原子力委員会を環境省のもとに置くとしていることは容認できません。

 環境省は、歴史的にも基本政策の上でも原発推進の一翼を担ってきた官庁であり、今国会に提出している地球温暖化対策基本法案で、温室効果ガスの排出抑制のため原発推進を条文上も明記したままです。これの削除と根本的な反省なしに真の独立は担保されません。当然、電促税を財源とする財源面でも問題であります。

 第三に、原子力基本法を改め、原子力利用の目的について「我が国の安全保障に資する」としたことは、いわゆる原子力平和利用三原則にも抵触するものです。

 また、国際的動向を踏まえた放射線対策と称して、内外の批判の強いICRP、国際放射線防護委員会の線量基準などを持ち込もうとしていることも認められません。

 最後に、我が国の原発政策の根幹をなす日米原子力協定と電源三法のもとで、原発安全神話をつくり上げ、地域住民の反対を押し切って原発を推進してきた歴代自民党政権の、政財官学の癒着した一体構造そのものにメスを入れる必要があります。

 地域独占体制と総括原価方式に守られた、電力会社を中心とする、原発メーカー、鉄鋼、セメント、ゼネコン、銀行など財界中枢で構成する原発利益共同体ともいうべき利益構造を解体することと、そして、再生可能エネルギーの爆発的普及とその仕事を地域経済の再生に結びつけ、エネルギーでも地域経済でも原発に依存しない日本社会への発展の道こそ、政治的決断をするべきものであります。

 以上申し述べて、私の発言を終わります。
http://www.shugiin.go.jp/index.nsf/html/index_kaigiroku.htm

また、6月15日の衆議院議院運営委員会でも、共産党の佐々木憲昭議員が、次のような抗議を行っている。

○佐々木(憲)委員 原子力規制委員会設置法案に対して、意見表明をいたします。

 この法案は、民主、自民、公明の三党によって緊急上程されようとしておりますが、断固反対です。

 法案は、昨夜十九時の時点で、でき上がっていなかったのであります。示されたのは、A4の紙一枚の、未定稿の要綱のみであります。きょうになって法案が示され、それを、まともな審議もせず、どうして採択できるでしょうか。しかも、本会議での討論も行わないなど、到底認められません。

 もともと、法案は、環境省の所管を超える広範な領域を含む原子力行政全般にかかわるものであり、全ての政党が参加し、充実した審議を行うにふさわしい委員会に付託すべきでありました。本会議では、重要広範議案として扱われ、総理も出席して質疑が行われたのであります。

 ところが、三党は、特定の範囲しか扱わない環境委員会に原子力規制委員会設置法案を付託するという暴挙を行ったのであります。

 私たちが抗議すると、与党は、議運理事会で、環境委員会に付託するかわり、審議には日本共産党、社民党、みんなの党などを常時出席させて審議を行わせ、理事会にも出席させるという言明がありました。

 しかし、審議時間は極めて短く、きょうを入れてわずか二回しか行われず、連合審査は一回だけでありました。理事会では、陪席さえ許されず、単なる傍聴扱いでありました。委員会での総理出席の審議も行われておりません。なぜ、これほど拙速な形で法案を通さなければならないのでしょうか。

 この法案には重大な問題が含まれております。

 第一は、昨年の三月十一日福島第一原発の事故原因と教訓を全面的に踏まえた法案となっていないのであります。

 特に、原子炉等規制法で、根拠も実証試験もなく、老朽原発の四十年、例外六十年制限としていたところ、本法案で、さらに、事実上、青天井とし、半永久的稼働を容認したことは、政府案を一層改悪するものであります。

 第二は、原子力規制組織について、推進と規制の分離、独立性を確保すべき規制委員会を環境省のもとに置くこととしていることであります。

 環境省は、歴史的にも、基本政策の上でも、原発推進の一翼を担ってきた官庁であり、今国会に提案している地球温暖化対策基本法案で、温室効果ガスの排出抑制のため、原発推進を条文上も明記したままであります。この削除と抜本的反省なしに、真の独立性は担保されません。

 第三に、原子力基本法を改め、原子力利用の目的について、「我が国の安全保障に資する」としたことは、いわゆる原子力平和利用三原則にも抵触するものであります。

 最後に、我が国の原発政策の根幹をなす日米原子力協定と電源三法のもとで、安全神話をつくり上げ、地域住民の反対を押し切って原発を推進してきた歴代政権の政財官学の構造そのものにメスを入れることが必要であります。原発再稼働など論外であります。

 このことを指摘し、意見表明といたします。
http://www.shugiin.go.jp/index.nsf/html/index_kaigiroku.htm

しかし、同法案は、衆議院本会議におくられ、そのまま可決されてしまったのである。

参議院においては、いまだ会議録が公開されておらず、確定した情報はない。ただ、この法案には4日間しか審議期間がなかったことは報じられている。15日は金曜日であるから、たぶん、17・18・19・20日の4日間であろう。民主党議員も含めて、それなりの議論はあり、環境委員会での付帯決議も可決されたと伝えられている。そして、最終的に、20日の参議院本会議で、同法案は可決され、原子力三原則の改変がなされてしまったのである。

原子力三原則の影響については、また別個に記しておきたい。ただ、いえることは、この原子力規制委員会設置法による原子力三原則の改変は、16日に民・自・公が合意した消費増税法案の成立過程と平行して行われており、それと同様の問題をはらんでいるということだ。消費増税案と同様に、原子力規制委員会設置法案でも、ほとんど自公案の骨子を民主党が受け入れる形で民・自・公の合意が成立した。この合意は、公開の場である国会審議を無視した形で行われ、人びとの目にふれない形で、このようなことがなされてしまったのである。民・自・公という大政党が「合意」すれば、公開の原則すら蹂躙される。

他方、民主党議員でも、このような改変には疑問をもった人びとはおり、参議院環境委員会でも議論はあったようである。しかしながら、参議院本会議での採決結果をみると、ほとんど民主党議員は同法案に賛成しているのである。消費増税法案と同様に党議拘束がかかっているのである。ある意味で、一部議員個人の意識すら相反した形で、この改変はなされたのである。

ある意味で、衆議院・参議院ともに多数を獲得するという意味でおこなわれた、民・自・公合意の危険性が、消費増税だけではなく、原子力三原則の改変過程でも表出されたといえる。

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大飯原発再稼働決定、それに対する反対運動、消費増税法案をめぐる国会内の折衝など、いわば、現在、日本の政治は慌ただしくなっている。

この中で、重要な決定が、ひっそりと目立たない形で行われた。2012年6月20日、原子力規制委員会設置法が参院で可決され、成立したが、その付則で、より上位にある原子力基本法が改変されたのだ。しかも、それは、原子力基本法の基本原則である「民主」「自主」「公開」の原子力三原則の部分である。その部分に「わが国の安全保障に資する」という文言が書き加えられたのだ。

そのことを詳細に伝えているのが、東京新聞朝刊6月21日号である。

「原子力の憲法」こっそり変更

2012年6月21日 朝刊

 二十日に成立した原子力規制委員会設置法の付則で、「原子力の憲法」ともいわれる原子力基本法の基本方針が変更された。基本方針の変更は三十四年ぶり。法案は衆院を通過するまで国会のホームページに掲載されておらず、国民の目に触れない形で、ほとんど議論もなく重大な変更が行われていた。 
 設置法案は、民主党と自民、公明両党の修正協議を経て今月十五日、衆院環境委員長名で提出された。
 基本法の変更は、末尾にある付則の一二条に盛り込まれた。原子力の研究や利用を「平和の目的に限り、安全の確保を旨として、民主的な運営の下に」とした基本法二条に一項を追加。原子力利用の「安全確保」は「国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資することを目的として」行うとした。
 追加された「安全保障に資する」の部分は閣議決定された政府の法案にはなかったが、修正協議で自民党が入れるように主張。民主党が受け入れた。各党関係者によると、異論はなかったという。
 修正協議前に衆院に提出された自公案にも同様の表現があり、先月末の本会議で公明の江田康幸議員は「原子炉等規制法には、輸送時の核物質の防護に関する規定がある。核燃料の技術は軍事転用が可能で、(国際原子力機関=IAEAの)保障措置(査察)に関する規定もある。これらはわが国の安全保障にかかわるものなので、究極の目的として(基本法に)明記した」と答弁。あくまでも核防護の観点から追加したと説明している。
 一方、自公案作成の中心となった塩崎恭久衆院議員は「核の技術を持っているという安全保障上の意味はある」と指摘。「日本を守るため、原子力の技術を安全保障からも理解しないといけない。(反対は)見たくないものを見ない人たちの議論だ」と話した。
 日本初のノーベル賞受賞者となった湯川秀樹らが創設した知識人の集まり「世界平和アピール七人委員会」は十九日、「実質的な軍事利用に道を開く可能性を否定できない」「国益を損ない、禍根を残す」とする緊急アピールを発表した。
◆手続きやり直しを
 原子力規制委員会設置法の付則で原子力基本法が変更されたことは、二つの点で大きな問題がある。
 一つは手続きの問題だ。平和主義や「公開・民主・自主」の三原則を定めた基本法二条は、原子力開発の指針となる重要な条項だ。もし正面から改めることになれば、二〇〇六年に教育基本法が改定された時のように、国民の間で議論が起きることは間違いない。
 ましてや福島原発事故の後である。
 ところが、設置法の付則という形で、より上位にある基本法があっさりと変更されてしまった。設置法案の概要や要綱のどこを読んでも、基本法の変更は記されていない。
 法案は衆院通過後の今月十八日の時点でも国会のホームページに掲載されなかった。これでは国民はチェックのしようがない。
 もう一つの問題は、「安全確保」は「安全保障に資する」ことを目的とするという文言を挿入したことだ。
 ここで言う「安全保障」は、定義について明確な説明がなく、核の軍事利用につながる懸念がぬぐえない。
 この日は改正宇宙航空研究開発機構法も成立した。「平和目的」に限定された条項が変更され、防衛利用への参加を可能にした。
 これでは、どさくさに紛れ、政府が核や宇宙の軍事利用を進めようとしていると疑念を持たれるのも当然だ。
 今回のような手法は公正さに欠け、許されるべきではない。政府は付則を早急に撤廃し、手続きをやり直すべきだ。(加古陽治、宮尾幹成)
<原子力基本法> 原子力の研究と開発、利用の基本方針を掲げた法律。中曽根康弘元首相らが中心となって法案を作成し、1955(昭和30)年12月、自民、社会両党の共同提案で成立した。科学者の国会といわれる日本学術会議が主張した「公開・民主・自主」の3原則が盛り込まれている。原子力船むつの放射線漏れ事故(74年)を受け、原子力安全委員会を創設した78年の改正で、基本方針に「安全の確保を旨として」の文言が追加された。

この原子力基本法における原子力三原則とは、日本の原子力開発の黎明期にさかのぼるものである。1954年、いわば科学者たちを出し抜いた形で中曽根康弘ら改進党が原子力研究予算を要求し実現させたが、このことを憂慮した日本学術会議が同年4月23日に「原子力の研究と利用に関し、公開、民主、自主の原則を要求する声明」を可決した。そして、翌1955年、中曽根らが中心として、原子力基本法が議員立法で制定されたが、その第二条に、この原子力三原則が取り入れられた。原子力基本法の最初の部分は、次のようなものである。

第一章 総則
(目的)
第一条  この法律は、原子力の研究、開発及び利用を推進することによつて、将来におけるエネルギー資源を確保し、学術の進歩と産業の振興とを図り、もつて人類社会の福祉と国民生活の水準向上とに寄与することを目的とする。
(基本方針)
第二条  原子力の研究、開発及び利用は、平和の目的に限り、民主的な運営の下に、自主的にこれを行うものとし、その成果を公開し、進んで国際協力に資するものとする。

いわゆる、原子力基本法に規定された原子力三原則とは、原子力の利用を「平和目的」に限定し、そのために「民主・自主・公開」という三原則を守ることを規定したものである。具体的には、原子力技術を軍事転用させないことを眼目とし、そのために、権力的な秘密研究をさせないこと(民主・公開)、さらにアメリカの核兵器戦略に依拠しないこと(自主)としたのである。

このように、原子力三原則は、原子力研究・開発・利用は「平和利用」に限ることを意図したものである。原子力の研究・開発・利用は、軍事利用が先行して行われており、原発のような「平和利用」といえども、軍事利用は可能である。そもそも中曽根らは、本格的な再軍備を主張しており、核兵器配備・開発も視野に入れていたと考えられる。しかしながら、日本は広島・長崎において原爆に被爆しており、特に1954年においては、ビキニ環礁におけるアメリカの水爆実験で第五福竜丸などが被曝し、原水爆禁止運動が始まっていた。この状況において、原子力開発を開始するためには、「平和利用」を強調するしかなかったであろう。その意味で、第二次世界大戦と冷戦を前提とした、日本における「戦後の初心」の一つといえる。

この原子力三原則が、非民主的な原子力推進に対する一定の歯止めになっていたとはいえるだろう。少なくとも、現在まで、おおっぴらに、非核三原則もあいまって、日本の原子力技術が軍事転用されたことはなかったといえる。そして、この原子力三原則が、各地の原発建設反対運動においても、根拠にされてきた。例えば、1974年5月30日、日本社会党所属の福島県議であり相双地方原発反対同盟議長であった岩本忠夫は、参議院商工委員会によばれ、次のように述べて、当時審議されていた電源三法に反対している。

私は、そのような危険な原子力発電所を、電源開発促進税法などというもので、あめをもって反対住民を押しつける、なだめる、こういう意図的な法案には私は反対であります。いまこそ私は、原子力基本法にある自主、民主、公開という、その平和三原則を守りつつ、原子力発電所の安全性をさらに大きく見直していく必要があるだろうというふうに考えます。

他方、原子力三原則は、両刃の刃でもある。「平和利用」に限るという歯止めがつけられたのだが、そのことは、逆にいえば、「平和利用」における問題点が見過ごされることになった。一番大きな問題は「安全」である。この「安全」は、後述するように、1978年まで原子力基本法において規定されてこなかった。その意味で、原子力開発の黎明期において、それを正当化するイデオロギーの一つとして機能していたとはいえる。

「安全」については、ようやく1978年に原子力基本法が改正され、「安全の確保を旨として」という文言が書き加えられた。この経過については、別個に検討してみたいと考えている。しかし、この「安全」は、原子力安全委員会が設置されるために付け加えられたものだ。原子力安全委員会による「安全」とはいかなるものか。それは福島第一原発事故の経過をみても了解できることであろう。形骸化された「安全」でしかなかったといえる。

第二条
 原子力の研究、開発及び利用は、平和の目的に限り、安全の確保を旨として、民主的な運営の下に、自主的にこれを行うものとし、その成果を公開し、進んで国際協力に資するものとする。

他方、日本政府は、暗黙の形であるが、原子力技術をいわゆる「安全保障に資すること」にするよう意図してきた。以前、本ブログで吉岡斉氏の『新版・原子力の社会史』(2011年)の見解を紹介したが、ここでも再度、掲載しておこう。

こうした原子力民事利用の包括的拡大路線への日本の強いコミットメントの背景に、核武装の潜在力を不断に高めたいという関係者の思惑があったことは、明確であると思われる。たとえば1960年代末から70年代前半にかけての時代には、 NPT署名・批准問題をめぐって、日本の国内で反米ナショナリズムが噴出した。NPT条約が核兵器保有国に一方的に有利な不平等条約であり、それにより日本は核武装へのフリーハンドが失われるばかりでなく、原子力民事利用にも重大な制約が課せられる危険性があるという反対論が、大きな影響力を獲得したのである。とくに自由民主党内の一部には、核兵器へのフリーハンドを奪われることに反発を示す意見が少なくなかったという。こうした反対論噴出のおかげで日本のNPT署名は70年2月、国会での批准はじつに6年後の76年6月にずれ込んだのである。(吉岡前掲書p175)

そして、吉岡氏は、「日本は自国の核武装の技術的潜在力を、非常に高い水準にまで高めてきた」(吉岡前掲書p119)と指摘している。例えば、原爆の材料になるプルトニウムを生産し使用する核燃料再処理工場、高速増殖炉もんじゅ、プルサーマル計画などがそれにあたるだろう。これらの経済的にはひきわない諸事業が存続した一つの要因としては、「核武装の技術的潜在力」を保持するという意図があったと考えられる。その意味で、政府内部においては、「原子力の平和利用」について、「安全保障」的意味も含意していたといえる。

このような背景を前提として、今回の原子力基本法における原子力三原則改変をみていこう。まず、どのように、その部分が変わったか。次に示す。「 」の部分が今回改変された部分である。

(目的)
第一条
 この法律は、原子力の研究、開発及び利用(「以下『原子力利用』という」と付け加えられる)を推進することによつて、将来におけるエネルギー資源を確保し、学術の進歩と産業の振興とを図り、もつて人類社会の福祉と国民生活の水準向上とに寄与することを目的とする。
(基本方針)
第二条
 「原子力利用」(「原子力の研究、開発及び利用」を修正)は、平和の目的に限り、安全の確保を旨として、民主的な運営の下に、自主的にこれを行うものとし、その成果を公開し、進んで国際協力に資するものとする。
「2 前項の安全の確保については、確立された国際的な基準を踏まえ、国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資することを目的として、行うものとする。」

一番大きな修正項目は「前項の安全の確保については、確立された国際的な基準を踏まえ、国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資することを目的として、行うものとする。」という項目が入ったことである。いうなれば、「安全確保」をより詳細に定義したといえる。しかし、そこに「我が国の安全保障に資する」という文言が入っていること、それが大きな「改変」項目といえるのである。

この「改変」の経過、そして考えられる「安全保障」の意味については、追々述べていくつもりである。しかし、ここでは、次のことを確認しておこう。原子力三原則は「平和利用」に原子力開発の目的を限定としたものであり、「安全保障」という文言が付け加えられることは、原子力三原則の精神と相反するといえる。例えば、戦争の放棄を規定した日本国憲法第9条に「安全保障」という文言を付け加えるようなものである。原子力三原則は両刃の刃であり、問題点をはらんでいるが、それも含めて、日本国憲法と同様の「戦後の初心」であった。その意味で東京新聞が原子力基本法を「原子力の憲法」と表現していることは、正しい比喩といえる。それが、「原子力規制委員会設置法」の付則という形で、それ自身が国会においても社会においても十分な議論なしで改変されてしまった。まず、このことを「記憶」しておかねばならない。

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2012年6月22日、読売新聞は次の記事をネット配信した。

関電 クラゲ大量発生で火力発電所運転を抑制
 関西電力は22日、火力発電所の取水口付近にクラゲが大量発生したため、出力を落として運転すると発表した。姫路第二火力発電所(兵庫県姫路市)など2か所で、最大90万キロ・ワット(午前10時時点)の供給力が失われる。

 22日の電力需給は、最大需要2030万キロ・ワット(午後2時~3時)に対し、供給力は2420万キロ・ワット確保できる見通しで、使用率は83%と安定した状況になる見通しだ。クラゲは、例年7月中旬頃までには減少するといい、関電は、節電要請期間(7月2日~9月7日)の需給には大きな影響は出ないと見ている。

 関電によると、今月15日頃からミズクラゲが大量発生し、出力を調整しながら運転している。クラゲの被害を受けているのは、姫路第2火力4号機(出力45万キロ・ワット)、5号機(出力55万キロ・ワット)で抑制分は計20万キロ・ワット、南港火力発電所(大阪市住之江区)2、3号機(ともに出力60万キロ・ワット)が計70万キロ・ワットという。

 クラゲは、冷却水として使う海水の取水口付近に押し寄せており、十分に取水できなくなると発電用タービンを回した蒸気を冷却できなくなる。

(2012年6月22日 読売新聞)
http://osaka.yomiuri.co.jp/e-news/20120622-OYO1T00600.htm?from=main2

つまり、クラゲが襲来して火力発電所が出力低下し、最大90万キロワットの電力が抑制されたという。90万キロワットとはかなり大きな電力である。大飯原発が1基分で117.5万キロワットであり、ほぼ、原発1基分に相当するといってよい。

しかし、関西電力は、7月中旬までにはクラゲの影響はなくなるとして、7月2日〜9月7日の節電要請期間には電力需給に大きな影響はないとしている。少なくとも7月2日においては、大飯原発は再稼働できないはずで、その電力合計235万キロワットはまだ供給されていないと考えられる。その上、90もしくは70万キロワットの電力が供給されていない。最大限325万キロワットの電力不足のはずなのである。

大飯原発が稼働されない場合、関西電力管内では、14.9%電力不足になると試算されていた。次の日本経済新聞のネット配信記事はそれを示している。

節電頼みの夏、関電なお14.9%不足 強制措置は不可避
2012/5/8 0:08

 政府は7日、関西電力管内の電力が猛暑の場合、8月のピーク時に14.9%不足するとの試算を示した。節電効果の上積みなどでこれまでの16.3%より改善したが、需給安定には遠い。大飯原子力発電所3、4号機(福井県おおい町)の再稼働の時期が見通せない中、節電頼みでは夏場の電力に不安が残る。政府は週内に需給見直しをまとめるが、強制的な節電策の実施が現実味を帯びてきた。

 電力各社の今夏の需給見通しを検証する需給検証委員会(委員長・石田勝之内閣府副大臣)で、原発の稼働ゼロを前提とした試算を示した。最大需要に対する供給の不足度合いは、北海道電力も3.1%から1.9%へ、九州電力も3.7%から2.2%へ改善した。東京電力など供給余力が3%を上回る4社の見通しは見直さなかった。

 電力不足が突出する関電。大飯原発の再稼働を織り込めない中で、検証委が目を付けたのが、節電効果の積み増しだ。

 「なぜ関電の節電効果は少ないのか」(松村敏弘東大教授)。関電が4月23日に見通した節電効果は102万キロワット。節電要請が出た昨夏(190万キロワット)の5割強にすぎず、7割を見込んだ東電や、昨年実績と同程度を見込んだ九電に比べ、見劣りしていた。

 ただ節電を継続する家庭を9割と見込んでも、ひねり出せるのは15万キロワット。電力会社が企業と個別に契約し、電力の不足時に使用を控えてもらう制度や、夜間電力を使って水をくみ上げて昼間発電する揚水発電の上積みも盛り込んだ。しかし3000万キロワット超に及ぶ8月の最大電力需要に対して、需給改善は50万キロワットにとどまった。

 検証委では関電に限らず「さらなる需給改善は厳しい」との見方が大勢を占めつつある。7月から固定価格での買い取りが始まる再生可能エネルギーのうち、風力はピーク需要に合わせた発電が難しく、供給力に盛り込まなかった。他の電力会社からの融通分も、夏が近づかないと気温などを正確に把握できず、融通の増加は難しい。

 大飯原発が再稼働すれば「不足率が5%以下になる可能性がある」。4日の大阪府市エネルギー戦略会議で、関電の岩根茂樹副社長はこう指摘したが、政府は再稼働への道筋を描けていない。

 検証委は週内に今夏の電力需給見通しをまとめる方針。関電管内を中心に、計画停電や電力使用制限令など強制的な需要抑制策が避けられない情勢。藤村修官房長官は7日午後の記者会見で、「節電がそれなりに必要であることは明らかだ。閣僚会合で詰めていきたい」と述べ、来週にも関係閣僚会議で企業や家庭向けに節電要請などの対策を決める考えを示した。
http://www.nikkei.com/article/DGXNASDC0700E_X00C12A5NN8000/

しかし、実際には5%程度の不足ではないかという試算も出されていた。共同通信が2012年5月15日ネット配信した記事は、それを示している。

関電、電力不足5%に低下も 他社の融通など前提で 

 関西電力は15日、大阪府と大阪市の府市エネルギー戦略会議で、他の電力会社の節電を踏まえた融通などを前提に最大300万キロワット程度の需給改善を見込むことができるとの試算を明らかにした。政府の需給検証委員会は、原発が再稼働しなければ管内でピーク時の需要に対し14・9%(445万キロワット)不足すると予測したが、試算で示した改善が実現すれば、不足は5%程度まで低下する。

 大阪市で開かれた戦略会議に出席した、関電の岩根茂樹副社長らが明らかにした。ただ他の電力4社からの融通分は減少する可能性もあり、岩根副社長は「今の段階で確実に見込める数値ではない」と強調。
http://www.47news.jp/CN/201205/CN2012051501001525.html

関西電力における電力需要はピーク時で3000万キロワット超とされている。大飯原発が再稼働されない場合、不足分が14.5%であれば445万キロワット不足するのだが、300万キロワット程度電力を他社から融通を受ければ、不足分は5%程度になるとするのである。計算すると145万キロワットである。

大飯原発が再稼働せず、火力発電所が出力抑制している7月2日時点について考えてみよう。原発が稼働しないで445万キロワットー14.9%の電力不足とするならば、クラゲの襲来で火力発電所が90万キロワット出力低下せざるをえないとすると、535万キロワット不足ということになる。ピーク時の電力需要を3000万キロワットとするならば、約17.8%の電力不足である。大飯原発3号機が本格的に再稼働する予定の7月8日までは15%の節電が要請されているが(なお、7月4日から3号機は稼働されるようだが)、さらに上乗せして節電するとなると、火力発電所の出力抑制が電力需給に影響しないわけはない。

もし、原発が再稼働しなくても、145万キロワットー5%しか電力不足にならないとしてみよう。火発が90万キロワット出力抑制しても、235万キロワット、7.8%の電力不足にとどまる。大飯原発3号機が本格的に再稼働するまでは15%の節電が要請されており、その意味では「需給に影響がない」はずだ。

関西電力の対応は、後者の想定に従っているといえよう。つまりは、大飯原発が再稼働しない場合でも、5%程度しか電力不足にならないという想定が内部的にあり、15%の節電要請があれば、需給に影響がないと考えられるのである。たぶん、よりランニングコストが高い火発の運転をしたくないという気持ちもあろう。

しかし、いずれにせよ、関西電力の電力不足は過大に発表されていたといえる。こういう話をあげていればきりがないのだが、このことが、大飯原発再稼働の理由になったのである。火力発電所へのクラゲの襲来が、このような欺瞞をあばいたといえよう。

付記:このブログは、今でも東日本大震災によって引き起こされた物事、そして平行して存在しつつ東日本大震災に影響された物事を主たる対象としている。それ自身は変わらない。この記事もまたそうである。しかし、直接には東日本大震災を対象としていないことを扱うこともあり、その場合は、従来副題としていた「東日本大震災の歴史的位置」を外すことにした。

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2012年6月16日、福井県の大飯原発3・4号機の再稼働の政治判断が下された。今後も、現状の問題に注目していくだろうが、この問題の歴史的源流をさぐることも重要だと思う。しばらく、福井県の原発がどのように建設されたかを、随時みていきたい。

さて、前々回のブログで、1960年3月に福井県遠敷郡上中町が関西研究用原子炉誘致に立候補したことを紹介した。このことは、福井新聞朝刊1960年3月18日号によって報道されたが、その直後の福井新聞朝刊3月19日号に、次の記事が掲載された。この記事では、福井県坂井郡川西町(現福井市)も関西研究用原子炉誘致に立候補したこと、そして、福井県の原子力誘致機関である福井県原子力懇談会では、川西町も含め、複数の地点を候補地として、関西研究用原子炉誘致をはかっていこうとする意向があったことが報道されている。

原子炉の誘致運動 川西町も名乗りあげる

鷹巣か三里浜に 北会長(県原子力懇談会)に申し入れ

関西研究用原子炉を誘致しようと上中町では積極的に運動を起こしているが、川西町でも同町鷹巣地区か三里浜砂丘地に誘致するよう働きかけてくれと、十八日同町の小林助役が非公式に県原子力懇談会長の北知事へ申し入れた。

県懇談会 現地調査始む

一方北会長は最近県内へ原子炉を誘致しようとする運動が起こっているので、十七日長谷川福井大学長と会い、学術上の意見を聞いた。この結果「たとえ誘致しても付近の人畜に与える危険はない」との見解を得たので同懇談会では県内候補地の現地調査にとりかかった。川西町の候補地へは十八日、県原子力懇談会事務局の係員が山田町長、長谷川産業課長らの案内で下検分し、資料を持ち帰った。

同候補地は海岸沿いの鷹巣地区糸崎台地区、石橋、白方の三ヵ所。糸崎では糸崎山付近を中心に約三十二万平方メートルの敷地があげられる。海岸線まで約五百メートル離れており、糸崎山から流れる水を十分使用できる。付近には松蔭、蓑浦、糸崎、和布の四区があるが原子炉の中心から三百メートル以上も離れているのでまず危険性がないといわれる。一方三里浜海岸の白方、石橋は必要な水源地確保問題に難色があり糸崎よりは条件が悪い。同町では今後、地元との土地買収に力を入れるが、地元ではいまところ深い関心を示していない。山田同町長は「今後地元との話し合いを進め、ぜひ同町に原子炉を誘致したい。半農半漁地帯なので、設置されれば、地元の繁栄はもちろん本県の文化向上にも大いに役立つので、県に近く正式に陳情書を提出して本格的な誘致運動をしたい」といっている。
このほか候補地として北潟湖の近くの国有地(芦原ゴルフ場付近)もあげられているので、懇談会では政府や原子炉を建設する京都大の意向を聞いて、もし本県に設置してもよいということになれば、県、県会、有識者などの代表で用地選定委員会をつくりたいようである。

そして、福井新聞朝刊3月26日号では、川西町における最有力候補地の糸崎地区の周辺の、松蔭、蓑、糸崎、和布の四区長が建設に同意したことを伝えている。

この地域は、どのようなところか。次のグーグルの地図をみておこう。

ここは、糸崎地区の地図である。この地区は、山が海に迫っている。第二、第三の候補地である石橋や白方は、北方の三里浜砂丘地にある。どちらにせよ、福井市市街地の北西に位置している。また、3月19日号の記事に出てくる「北潟湖」は、福井市からみて北方の、石川県との県境沿いに位置している。上中町は、原発が現在集中している福井県嶺南地方にあったが、関西研究用原子炉誘致にあたっては、福井県の中心部といえる福井県嶺北地方に建設することも構想されたのである。そして、これは追々述べていくことだが、1962年において福井県で最初の原発建設が構想された時、最初の候補地は嶺北である川西町であった。

関西研究用原子炉建設が進まなかったのは、原子炉のリスクを懸念した大都市周辺の宇治市その他の候補地住民の反対運動のためであった。福井県に関西研究用原子炉を誘致するということは、当然ながら、関西の大都市圏の人びとがリスクがあると忌避したものを引き受けるという論理があるといえる。そもそも、関西の大都市圏の人びとが原子炉建設を忌避しなければ、わざわざ遠方で研究に不便な福井県に研究用原子炉を建設するという発想自体が生まれなかったであろう。これは、現在、福井県嶺南地方に関西電力の原発が多数建設されていることと通底しているといえる。

他方で、原子炉のリスクは、関西の大都市圏よりも強く隠蔽された。福井新聞において川西町長は「地元ではいまのところ深い関心を示していない」と発言している。いわば、そもそも原子炉に対する地域住民の関心は薄かったといえる。それを前提として、福井大学長が「たとえ誘致しても付近の人畜に与える危険性はない」という見解を示し、福井新聞記事も近隣の集落が「原子炉の中心から三百メートル以上も離れているのでまず危険性がない」と述べ、原子炉の安全性を地域住民に植え付け、そのリスクを隠蔽しようとしているとみることができる。

さらに、関西研究用原子炉誘致について、川西町長は、「半農半漁地帯なので、設置されれば、地元の繁栄はもちろん本県の文化向上にも大いに役立つ」と、未開発地域におけるリターンを強調している。経済的な繁栄だけでなく「文化向上」までそのメリットに数えられているのである。

このように、福井県の「原子力利用・開発」は、そもそも研究用原子炉という、原発と比較してはるかに小規模のものを誘致する時ですら、今の原発立地と通底する論理をはらんでいたといえる。

しかし、研究用原子炉誘致は、全く県内で反対されないわけではなかった。次回以降、そのことをみていきたいと思う。

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2012年6月16日の朝日新聞朝刊に、次のような小さい記事がのった。

「決定前夜」首相官邸前の抗議に1万人 主催者発表

 関西電力大飯原発(福井県)の再稼働に反対する市民らが15日夜、首相官邸前で野田政権への抗議行動をした。野田政権が16日に再稼働を正式決定する前夜とあって、主催者側によると、これまでで最大規模となる1万人を超える人たちが集まったという。

 「再稼働に断固反対」などと書かれたプラカードを手に約2時間、参加者が交互にマイクを握り、「経済より命が大事だ」「今すぐ辞任すべきだ」と批判の声をあげた。賛同する国会議員や俳優の山本太郎さんらも参加した。

この記事自体は、別に間違いではない。しかし、あの場にいた私としては、非常に違和感のある記事である。この抗議活動全体の規模が、これでは伝えられていないのである。

この抗議行動の全体を把握するには、次の動画をみるのが一番いいだろう。以下に紹介する。

この、抗議行動の最前列から最後尾までをとった動画が、何よりもまして、抗議行動の状況を伝えてくれる。この抗議行動が行われたのは、首相官邸前にある国会記者会館脇の歩道であった。歩道といっても、一般的な歩道で、それほど幅は広くない。そこに1万人もの人が押し寄せたのである。以下の地図が該当場所である。ここは、国会議事堂敷地の南の1片にあたるが、この動画をみていると、ほぼ、その一片が埋め尽くされた。3.11に、国会を人間の鎖で囲むということがなされたが、その時も約1万2千人であった。たぶん、国会議事堂を「人間の鎖」で囲むことが可能なくらいの人がいただろうと思う

抗議行動の最前列はアピールの場であった。3分をメドとして、かわるがわる、一般参加者や国会議員がアピールを行った。その一部が、次の動画に出ている。

しかし、参加者が多く、スピーカーが間に合わなくなった。私のいたところは、比較的前のほうだったが、そこでも、アピールの内容を聞き取ることは難しかった。先のアピールも、聴くには聴いたが、内容を把握したのは、この動画をみてのことである。つまり、主催者(呼びかけ人:首都圏反原発連合有志)も、これほど集まってくることを予想していなかったのである。

そして、動画をみていくと、最後尾の方では、ほとんどアピールが聞こえていなかったことがわかる。人びとは、それぞれ、「再稼働反対」などと唱えているばかりであった。

他方、この動画をみていると、参加者が車道にまではみだしていることがわかる。これは、かなり驚くべきことである。今まで、歩道において抗議行動を行う際、警察は、歩行者の通行を保障するとして、歩道幅の約半分までしか利用を認めなかった。しかし、ここでは、車道まで参加者がおり、警察は車道にはみ出た参加者を「保護」しているのである。

最後尾のほうでは、警察が「前に進んでください」「歩行者の妨げにならないようにしてください」と「指導」していた。たぶん、列が長くなることを嫌ったと思われる。警察も、これほど参加するとは思っていなかったのであろう。これは、参加者の多さによってもたらされた「ささやかな勝利」といえる。

残念ながら、大飯原発再稼働は、6月16日に決まった。しかし、これからも、局面における「勝ち負け」は続いていくだろう。

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さて、ここから、大飯原発を含む福井県の原子力施設群がどのようにしてできあがっていたかをみていくことにしよう。美浜町の『美浜町行政史』(1970年)によると、福井県では1957年に「原子力の開発及び平和利用を目的とした福井県原子力懇談会(会長福井県知事)を設立し、誘致活動を開始したとされている。1957年は、関西研究用原子炉建設計画が具体化した時期であり、かなり早期から、誘致活動に乗り出したといえる。

そして、実際の誘致対象も、関西研究用原子炉であった。関西研究用原子炉は、京都府宇治市、大阪府高槻市、大阪府交野町、大阪府四條畷町などが次々と候補にあがったが、そのたびに住民の反対運動にあって建設計画が挫折していた。そこで、福井県遠敷郡上中町長(現若狭町)が、1960年3月に関西研究用原子炉誘致を当時の中曽根康弘科学技術庁長官に、原発誘致を陳情した。そのことを詳細に伝えている福井新聞朝刊1960年3月18日号の記事をここで紹介しておく。

研究用原子炉 上中町(膳部)に誘致を 玉井町長がすでに政府と折衝 全町あげて促進 中曽根長官も熱意示す

玉井上中町長はさきに上京して首相官邸で中曽根科学技術庁長官に会い、研究用原子炉を同町新道地区膳部に誘致する話し合いを行なった。科学技術庁ではいま関西に研究用原子炉の設置を計画、大阪、京都府下に候補地を選定している。しかし各地区で土地買収がうまくゆかず最終候補地である大阪府北河内郡四条畷は地元民の反対にあい難航をきわめている。最近では淡路島九州方面に土地を求めて誘致する気配もみえている。このような情勢から上中町では関西に地の利を得た膳部を選定、中曽根長官に申し入れたもの。

膳部は上中町中心部から約五キロの地点で滋賀県と県境にあり、国道二十七号線と同京都ー小浜線との中間にはさまれている。ともに約二時間で京都、敦賀に出ることができる。候補地は四方を山で囲まれた盆地で清水がわき出ている。昔は若狭藩主酒井侯の隠し田といわれ、総面積五十万平方メートル、研究用原子炉敷設の条件といわれる、三十二万平方メートルの平たん地、水利の二点では申し分なく、しかも関西に近いという地理的条件にも合致している。中曽根長官は膳部の建設に非常な熱意を示したといわれ、四条畷に建設が不可能な場合、本格的な調査を行うことを伝えた。すでに上中町会でも誘致を了承、また地元膳部では署名で玉井町長あてに誘致促進方を陳情する動きも出ており、今のところ全町あげての熱意を示している。なお同町長は中曽根長官と会見後東海村の原子力研究所の立地条件を視察した。

玉井町長の話 中曽根長官は関西原子力研究所を九州に誘致しなければならないと心配していたところなので大変喜んでくれた。条件としては申し分ないといっていた。今後は県原子力懇談会と同調してぜひ誘致を実現したい。

この上中町膳部というところはどういうところか。現在上中町は若狭町となり、膳部という地名も見当たらない。ただ、新聞に掲載された図を参考にしてみると、次のようなところらしい。

この地図の中に「安賀里局」というところがあるが、大体、その東側らしい。現在若狭ゴルフ場や嶺南牧場という施設があるところではないかと思われる。そうなると、丘の上ということになる。他方、交通手段としては、小浜線と若狭街道がある。小浜からみれば東方であり、県境近くの山間部である。しかし、この地は、京都に塩鯖を運んだ若狭街道が通っており、往古は小浜よりも京都に近い地として意識されていたようだ。研究用原子炉については、研究者が多く居住する大都市近郊がベターであるという認識があり、それにも合致していると考えられる。

しかし、『福井県史』通史編6(1996年)によると「上中町は住民の合意が得られず誘致運動は進展しなかった」とされている。他方、この上中町の誘致方針と競争するように、福井県北部の坂井郡川西町(現福井市)が関西研究用原子炉誘致の名乗りをあげた。そして、川西町の誘致運動が、福井県初の商業炉ー原発の誘致運動へと継続していく。これらのことは、次回以降のブログで紹介したい。

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これまで、このブログでは、原発災害のリスクについては、一般的には「安全神話」という形で糊塗しつつ、立地地域において雇用や電源交付金というリターンとバーターすることがはかられてきたと述べてきた。

福島第一原発事故は、結局、原発災害のリスクに見合う、リターンなど存在しないことを示した。そして、原発災害の被災地はリターンが得られた立地地域をこえ、さらに、電力供給がされた電力会社管内すらこえて、近隣諸国にまで及んでいる。

その意味で、これまでのような原発立地を正当化する論理は通用しなくなっているといえる。滋賀県の嘉田知事が、立地自治体・立地県のみが原発稼働に対する発言権を有する現状の枠組みを批判し、「被害地元」という考えを示したことは一つの現れであるといえる。

どのように正当化の論理を再構築するか、そのことが、政府・電力会社・学界・立地自治体などの、いわゆる「原子力ムラ」において課題となっていた。2012年6月8日の大飯原発再稼働問題に対する野田首相の記者会見は、論理的には自己矛盾をきたしているものの、「原子力ムラ」がどのように原発を正当化する方向性を示したものといえる。前回・前々回のブログでみてきたが、もう一度、原発の正当化する方向性はどのようなものなのかをみておこう。

まず、記者会見の中で、野田は「国民生活を守る。それがこの国論を二分している問題に対して、私がよって立つ、唯一絶対の判断の基軸であります。それは国として果たさなければならない最大の責務であると信じています。」と述べる。「国民生活を守る」ということを基準にしていることに注目してみよう。つまりは、国民生活を脅かすリスクから守るということが、彼の判断基準なのだと主張しているのである。つまり、ここでは、リターンなど問題ではない。「リスク」だけが問題なのである。

その上で、国民生活の安全を守る上での第一の問題として、原発の安全性を提起している。そして、野田は、福島第一原発事故による知見はいかされており、同等の地震・津波が襲来しても、炉心損傷は起きないことが確認されているという。つまり、現状において原発は安全であるとしているのである。これは、ある意味で「安全神話」を引き継ぐものということができる。過去の「安全神話」とは、別に安全対策が完備したから安全というではなく、設置側が「安全」を宣言したというにすぎなかった。それを継承することがまずなされている。

しかし、それならば、新たに原子力規制庁を立ち上げ、安全基準を作り直す必要はない。そこで、野田は、「こうした意味では、実質的に安全は確保されているものの、政府の安全判断の基準は暫定的なものであり、新たな体制が発足した時点で安全規制を見直していくこととなります。」としている。現状の「安全」は暫定的なものでしかないのである。いくら野田でも、「原発の安全性」を絶対的に保障はできないのである。

それを、より明確に主張しているのが、西川福井県知事である。6月5日、次の記事を読売新聞がネット配信している

「福井に安全神話ない」…西川知事、原発相らに

 関西電力大飯原子力発電所の再稼働を巡り、細野原発相が4日、福井県に地元同意を要請したが、西川一誠知事は首を縦に振らなかった。夏の電力不足が迫る中、地元同意に向けた手続きはいつ動き出すのか。カギは西川知事が握る。

 「福井に安全神話はないんです」。西川知事は4日、会談で細野原発相らに語りかけた。全国最多の14基を抱える原発立地県としてリスクを負ってきたとの思いがにじむ。

 旧自治省官僚から副知事に就任した1995年、同県敦賀市の高速増殖炉「もんじゅ」のナトリウム漏れ事故が発生。知事当選翌年の2004年には同県美浜町の美浜原発事故で5人が死亡した。今回、再稼働への手続きに位置付けられた県原子力安全専門委員会は、西川知事が設置したものだ。

 会談では、消費電力の半分を福井に頼る関西への不満も口にした。関西広域連合が5月30日に出した「再稼働容認」声明に対し、「そもそも、消費地である関西は『容認』とおっしゃる立場にはない」と、厳しい口調で言い切った。

 電源三法に基づき、国が同県や県内の原発立地自治体などに投じた交付金は1974~2010年度までに計約3461億円。地域の経済、雇用は原発に依存する。県内の企業経営者は「福井と原発は切り離して考えられない」と話す。

 会談で西川知事は、「日本経済のために原発が重要で、再稼働が必要だということを、首相が直接、国民に訴える対応がなされれば、(再稼働同意に向けた)解決を進めたい」と述べ、再稼働に向けた条件を示した。「40年後の原発依存度ゼロに向けて動いている」(枝野経済産業相)との脱原発論がくすぶる政権に覚悟を迫った格好だ。

 会談後の記者会見で、西川知事は語調を強めた。

 「(ボールは)国にあります」

(2012年6月5日 読売新聞)
http://osaka.yomiuri.co.jp/e-news/20120605-OYO1T00222.htm

これは、重要な発言である。西川知事は「安全神話」を否定する形で、原発のリスクを指摘したことになる。その意味で、原発は、西川にとっても「安全」なものではない。野田首相が「暫定的な安全」というあいまいな言い方をしたのと比べると、より明解である。

それでは、どのように原発の正当性を主張するのか。また、野田首相の記者会見にもどってみよう。野田は、こういうのだ。

国民生活を守ることの第2の意味、それは計画停電や電力料金の大幅な高騰といった日常生活への悪影響をできるだけ避けるということであります。豊かで人間らしい暮らしを送るために、安価で安定した電気の存在は欠かせません。これまで、全体の約3割の電力供給を担ってきた原子力発電を今、止めてしまっては、あるいは止めたままであっては、日本の社会は立ち行きません。

確かに、日本社会は原発からの電力供給というリターンに依存してきたといえる。このことを逆手にとって、このリターンが絶たれることが、「国民生活を守る」上でのリスクだと野田はいうのである。原発供給電力というリターンを、リスクとして、この場所では表現しているのだ。このリスクは、夏期の計画停電に始まる人命・雇用・需要の喪失にはじまり、長期的にいえば、電力価格高騰における家計・企業経営への悪影響、さらに石油資源を中東に依存することへのエネルギー安全保障上の問題にまで及ぶ。これらを「国民生活を守る」上でのリスクとしてとらえているのである。

原発災害へのリスクに電力供給危機へのリスクを対置する、そのことによって、原発災害リスクへの懸念の増大を電力供給危機への危機に置き換える、そのような戦略が目指されているといえる。

そして、原発災害のリスクを甘受しつつ、電力危機のリスクに立ち向かう立地地域の人びとは、野田においては賞賛されるのである。

そして、私たちは大都市における豊かで人間らしい暮らしを電力供給地に頼って実現をしてまいりました。関西を支えてきたのが福井県であり、おおい町であります。これら立地自治体はこれまで40年以上にわたり原子力発電と向き合い、電力消費地に電力の供給を続けてこられました。私たちは立地自治体への敬意と感謝の念を新たにしなければなりません。

「大都市における豊かで人間らしい暮らし」とは、大都市住民でもない人びと、大都市でも豊かな生活をしていない人びとにとっては、絵空ごとであるが、しかし、野田の国民とは、そのような人びとを排除している。いわば、既得権を得ている人びとでしかなかろう。この既得権ーつまりはリターンーを得ている人びとを守るために、原発リスクを甘受している人びとこそが「敬意と感謝」の対象となるのである。

このような意識は、より立地地域の首長によって強く語られる。おおい町長は、4日に「住民の間からも、今までにない不満が出ている。立地自治体として40年間、大きなリスクを抱えながら今日に至っているのに、何の理解もない」(産經新聞5日ネット配信)と述べている。

最終的に野田は、このように述べる。

再起動させないことによって、生活の安心が脅かされることがあってはならないと思います。国民の生活を守るための今回の判断に、何とぞ御理解をいただきますようにお願いを申し上げます。

再稼働させないことは、国民の生活の安心を脅かすということなのである。つまりは、再稼働反対派は、国民の生活の安心を脅かす存在なのである。

そのことを露骨に語っているのが、原発をかかえている美浜町議会である。やや前のことになるが、美浜町議会の動向について、産經新聞は次の記事を5月22日にネット配信している。

計画停電の検討、関電に要望 美浜町議会原特委 福井
2012.5.22 02:08
 
■電気のありがたさ知らせる

 関西電力美浜原子力発電所(美浜町)の再稼働について、美浜町議会原子力特別委員会は21日、経済産業省原子力安全・保安院と関西電力から、安全基準と緊急安全対策について説明を受けた。

 関電は昨年12月、美浜原発3号機のストレステスト(耐性検査)1次評価を提出し、保安院の審査待ち。同2号機は昨年7月、高経年化技術評価を提出し、今年7月には運転40年を迎える。同1、2号機は改正規制法案の制定待ちとなっている。

 この日の原特委では、山口治太郎町長や議員10人が出席。関電の説明後、議員が「今年の夏を乗り越えれば、原子力発電所がなくてもやっていけると思われがちだ」と指摘。「大阪など関西は電気があって当たり前だと思っている。関西に電気のありがたさを知らせるため、計画停電を最重要課題にすべきだ」と要請。

 関電美浜発電所の片岡秀郎所長は「供給の努力を怠ってはいけないが、化石燃料の増強が電気料金の値上げに繋がることなどを理解してもらわなければならない」と応えた。
http://sankei.jp.msn.com/region/news/120522/fki12052202080002-n1.htm

再稼働に反対する関西の人びとに電気のありがたさを知らせるため、計画停電を率先して行えと関西電力に要請したというのだ。野田の発言は、計画停電をさけるために再稼働せよというものだが、ここでは、反対派がいるような地域には電力供給しないことによって反省を促せと主張されているのだ。

野田の記者会見は、福井県側が求めたものである。それゆえ、たぶん従来から主張された安全神話の提起と、福井県などが主張する電力供給危機の問題が整合性がとれていない部分があり、野田の発言全体の自己矛盾の一因となっているといえる。しかし、福井県側においても、再稼働への同意の条件として、このようなことを国側が表明することになっていた。結局、原発のリスクを認めると、これまでのようにリターンを与えることによって同意を調達することは主軸にならないのである。国が「国民生活を守る」上でのリスクとして、原発よりの電力供給危機に対応することをあげ、それこそが「国策」だと措定することによって、「原発の安全性」というリスクを第二義的なものとし、無効化する。もちろん、電力供給上の危機といっても、一般的にも電力供給というリターンを失うということにすぎないし、現実には、電力会社・立地自治体などのリターンが失われることでしかない。しかし、それを、それこそ、「国民国家」的な「国民の生活」を守るための利益だと拡大し、現実的なリターンなしに、原発のリスクを甘受することが国家から訓示される。原発のリスクを甘受しつつ、国民の生活を守るために電力供給に協力した福井県の人びとは賞賛され、再稼働をさせないように主張した人びとは、国民の生活の安心を脅かすものとされるのだ。その意味で、原発災害のリスクが、電力供給上のリスク(実質は原発からのリターンが失われるということにほかならないが)によってバーターされることによって、原発が正当化されるといえるのである。

このことは、例えば、1974年の電源交付金制度設置においては、原発の安全性を主張しつつ、とりあえずリターンを与えることによって、原発の正当性を担保させるというやり方とは大きく異なるといえる。原発からの電力供給というリターンが絶たれるというリスクを強調される。原発は、電力会社や立地自治体に限らず、現存秩序の中で既得権を得ている人びとにとって、特別なリターンなしに喪失からのリスクから守らなくてはならないものの象徴となり、さらに「国民生活の安全」全体にとっても守るべきものなっていく。そして、それは、国家がー現実には野田首相がー、それこそが、原発の安全性をこえて守るべき国策として措定し、その国策に従うものを賞賛し、反対する者を国民生活を脅かす者とレッテル張りをすることになる。

このような形で、原発が正当化されていくことがめざされていると考えられる。このことによって、現実には、美浜二号機のような、老朽でよりリスクのある原発が再稼働されることになるだろう。つまり、安全性は二の次であり、電力供給を守ることが国策なのだから。他方で、国民生活上の危機なるものを原発に限らずあおり立て、何らのリターンもなしに、「国策」に従うことが強制されていくということが横行していくだろう。消費増税正当化の論理も、その一つであろう。そして、この状況こそが民主主義の危機である。

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本日(2012年6月8日)、福井県知事から「国民に原発の必要性を主張してほしい」という要請に答えて、野田首相が大飯原発再稼働の正当性を訴える記者会見を行った。

この内容については、すでにマスコミ各社が伝えているが、その要約では、野田首相の論理を正確に伝えているとは言い難い。前から、どのような論理で、野田首相は原発再稼働の正当性を主張するのだろうと考えていた。首相官邸のサイトにアップされた、野田首相の記者会見のテクストにおける論理展開をみながら、どのように野田首相が原発再稼働を正当化づけるのかをみていきたい。

まず、冒頭で、野田首相は、次のように提起する。

 

本日は大飯発電所3、4号機の再起動の問題につきまして、国民の皆様に私自身の考えを直接お話をさせていただきたいと思います。

 4月から私を含む4大臣で議論を続け、関係自治体の御理解を得るべく取り組んでまいりました。夏場の電力需要のピークが近づき、結論を出さなければならない時期が迫りつつあります。国民生活を守る。それがこの国論を二分している問題に対して、私がよって立つ、唯一絶対の判断の基軸であります。それは国として果たさなければならない最大の責務であると信じています。
http://www.kantei.go.jp/jp/noda/statement/2012/0608.html

野田は、この問題が「国論を二分する問題」であることを認めた上で、彼自身は「国民生活を守る」ということが、自分の絶対的判断基準であり、国の最大の責務であるとしている。

では、「国民生活を守る」ということはどういうことなのか。野田は、このことを二つにわけている。第一は「原発の安全性」ということである。

 

その具体的に意味するところは2つあります。国民生活を守ることの第1の意味は、次代を担う子どもたちのためにも、福島のような事故は決して起こさないということであります。福島を襲ったような地震・津波が起こっても、事故を防止できる対策と体制は整っています。これまでに得られた知見を最大限に生かし、もし万が一すべての電源が失われるような事態においても、炉心損傷に至らないことが確認をされています。

 これまで1年以上の時間をかけ、IAEAや原子力安全委員会を含め、専門家による40回以上にわたる公開の議論を通じて得られた知見を慎重には慎重を重ねて積み上げ、安全性を確認した結果であります。勿論、安全基準にこれで絶対というものはございません。最新の知見に照らして、常に見直していかなければならないというのが東京電力福島原発事故の大きな教訓の一つでございました。そのため、最新の知見に基づく30項目の対策を新たな規制機関の下での法制化を先取りして、期限を区切って実施するよう、電力会社に求めています。

福島のような事故を起こさないことがまず第一であるというのである。つまり原発の安全性が第一の問題である。そのことについて、野田は、全電源喪失しても炉心損傷は起きないことは確認した、新たな知見については、今後の法制化を先取りして、実施することを電力会社に求めたとしている。

この安全であるかいなかということが、基本的に大きな問題であり、例えば大飯原発のストレステストについては、班目原子力安全委員長すら、再度の検討が必要であると発言している。また、免震重要棟建設の必要性など、福島第一原発事故で得られた「知見」についても、多くの実施は「先送り」となっている。野田のいう、国論が二分しているという所は、再稼働される原発の安全性なのである。それについて、彼は「安全である」と断言しているといってよいだろう。しかし、野田は、このようにいう。

 

その上で、原子力安全への国民の信頼回復のためには、新たな体制を一刻も早く発足させ、規制を刷新しなければなりません。速やかに関連法案の成案を得て、実施に移せるよう、国会での議論が進展することを強く期待をしています。

 こうした意味では、実質的に安全は確保されているものの、政府の安全判断の基準は暫定的なものであり、新たな体制が発足した時点で安全規制を見直していくこととなります。その間、専門職員を要する福井県にも御協力を仰ぎ、国の一元的な責任の下で、特別な監視体制を構築いたします。これにより、さきの事故で問題となった指揮命令系統を明確化し、万が一の際にも私自身の指揮の下、政府と関西電力双方が現場で的確な判断ができる責任者を配置いたします。

 なお、大飯発電所3、4号機以外の再起動については、大飯同様に引き続き丁寧に個別に安全性を判断してまいります。

 実は、これは、大飯原発が安全であるとする野田の断言を自ら裏切っているといえる。新たな規制機関はまだ作られておらず、その上での新たな安全基準もない。もし、新たな安全基準に照らして、大飯原発の安全性に疑問をもたれたら、どうするのだろうか。その場合、運転停止にできるのだろうか。とりあえず、疑問だらけなのだが、それは後述する。ただ、確認できるのは、野田は、とりあえず大飯原発は安全であるという点に立脚しているということである。

そして、次に、野田は国民生活を守る第二の意味として、電力供給面からの日常生活への悪影響を避けるということをあげている。まずは、いわゆる夏場の電力不足問題をあげている。
 

国民生活を守ることの第2の意味、それは計画停電や電力料金の大幅な高騰といった日常生活への悪影響をできるだけ避けるということであります。豊かで人間らしい暮らしを送るために、安価で安定した電気の存在は欠かせません。これまで、全体の約3割の電力供給を担ってきた原子力発電を今、止めてしまっては、あるいは止めたままであっては、日本の社会は立ち行きません。

 数%程度の節電であれば、みんなの努力で何とかできるかもしれません。しかし、関西での15%もの需給ギャップは、昨年の東日本でも体験しなかった水準であり、現実的には極めて厳しいハードルだと思います。

 仮に計画停電を余儀なくされ、突発的な停電が起これば、命の危険にさらされる人も出ます。仕事が成り立たなくなってしまう人もいます。働く場がなくなってしまう人もいます。東日本の方々は震災直後の日々を鮮明に覚えておられると思います。計画停電がなされ得るという事態になれば、それが実際に行われるか否かにかかわらず、日常生活や経済活動は大きく混乱をしてしまいます。

確かに、関東や東北などでは、昨年は計画停電や夏場の節電などで、苦労をしたことは否めない。しかし、「命の危険にさらされる」というほどのものではない。さらにいえば、そのことで「仕事が成り立たなくなってしまう人もいます。働く場がなくなってしまう人もいます。」というならば、それは現在の就職難の主要因ではないと答えることができる。2008年のリーマンショックの時、もちろん、電力供給に支障などなかったが、多くの人が失業した。今でもそうだ。しかし、そんなことは、野田の念頭にはない。

さらに、野田は、このように主張する。

 

そうした事態を回避するために最善を尽くさなければなりません。夏場の短期的な電力需給の問題だけではありません。化石燃料への依存を増やして、電力価格が高騰すれば、ぎりぎりの経営を行っている小売店や中小企業、そして、家庭にも影響が及びます。空洞化を加速して雇用の場が失われてしまいます。そのため、夏場限定の再稼働では、国民の生活は守れません。更に我が国は石油資源の7割を中東に頼っています。仮に中東からの輸入に支障が生じる事態が起これば、かつての石油ショックのような痛みも覚悟しなければなりません。国の重要課題であるエネルギー安全保障という視点からも、原発は重要な電源であります。

単に夏場だけでなく、電力価格の高騰をさけ、雇用を確保するために、原発からの電力供給は恒常的に必要であり、そうでなければ「国民の生活」を守れないと主張するのである。この論理でいけば、原発は半永久的に維持しなくてはならなくなるだろう。しかし、そうなると、新たな安全基準で大飯原発の安全性に疑問がもたれた場合、どうするのだろうか。暫定的な安全基準によって、原発再稼働するということは、実は「電力の安定供給」という野田の命題そのものを裏切ることになるのである。つまり、「安全」が確保されないと「電力の安定供給」→「国民生活を守る」という論理が危うくなっていくのである。

さらに、野田は、このように述べる。

 

そして、私たちは大都市における豊かで人間らしい暮らしを電力供給地に頼って実現をしてまいりました。関西を支えてきたのが福井県であり、おおい町であります。これら立地自治体はこれまで40年以上にわたり原子力発電と向き合い、電力消費地に電力の供給を続けてこられました。私たちは立地自治体への敬意と感謝の念を新たにしなければなりません。

まず、「大都市における豊かで人間らしい暮らしを電力供給地に頼って実現をしてまいりました」というところをみておこう。これは、二重の意味で問題をはらんでいる。「大都市」でなければ「豊かで人間らしい暮らし」ができないのか。つまり、地域格差がここでは前提となっているのである。また、「大都市」であっても全ての人が「豊かで人間らしい暮らし」をしているのか。階級格差もここでは前提となっているのである。電力供給がなされても「豊かで人間らしい暮らし」など保障されない。しいていえば、その一部にすぎない。そして、電力供給難のみが「大都市における豊かで人間らしい暮らし」をおくることの支障になるというならば、地域格差も階級格差も関係ない人を対象にしているといえる。その意味で、野田の「国民」とは「大都市における豊かで人間らしい暮らし」を享受している人をさすことになるだろう。その点、電力供給とは関係なく「豊かで人間らしい生活をおくれない人」のことなど眼中にはない。電力価格高騰で、家庭や中小企業が困窮するといっているが、最近の報道では、東電の利益の9割が家庭向けから得ていると聞く。そんなものなのである。

後段の「関西を支えてきたのが福井県であり、おおい町であります。これら立地自治体はこれまで40年以上にわたり原子力発電と向き合い、電力消費地に電力の供給を続けてこられました。私たちは立地自治体への敬意と感謝の念を新たにしなければなりません。」という発言は、全く理解できない。野田は原発の安全性を最初のところで主張している。立地自治体は別に電力生産者でもなく、原発が安全ならば、原発によって苦労を強いられることはないだろう。原発のリスクがあるから苦労するのだ。強いて言えば、電力供給によって「国民の生活を守る」という国策に従ってきたことへの敬意と感謝なのだが、その言外には、原発のリスクを甘受せざるをえないという犠牲をねぎらうということが含意されている。その意味で、野田は、自分の最初にいった発言を裏切っているのだ。

そして、野田は、大飯原発の再稼働を宣言するのである。

 

以上を申し上げた上で、私の考えを総括的に申し上げたいと思います。国民の生活を守るために、大飯発電所3、4号機を再起動すべきというのが私の判断であります。その上で、特に立地自治体の御理解を改めてお願いを申し上げたいと思います。御理解をいただいたところで再起動のプロセスを進めてまいりたいと思います。

 福島で避難を余儀なくされている皆さん、福島に生きる子どもたち。そして、不安を感じる母親の皆さん。東電福島原発の事故の記憶が残る中で、多くの皆さんが原発の再起動に複雑な気持ちを持たれていることは、よく、よく理解できます。しかし、私は国政を預かるものとして、人々の日常の暮らしを守るという責務を放棄することはできません。

「国民の日常生活」を守ることが、野田の至上命題になっている。ある意味で、彼にとっては、福島のことは「非日常」なのであり(それ自身はそうだが)、「日常」を守る上では考慮されない。もし、敬意と感謝を述べるならば、それはいまだ原発リスクを完全には体験していない福井県の人びとではなく、そのリスクを身をもって体験した福島県の人びとであると思うが、もはや「原発再稼働」というカードをもたない福島県の人びとは対象外なのである。

しかし、彼は、長期的には原発への依存度を下げるのだという。

 

一方、直面している現実の再起動の問題とは別に、3月11日の原発事故を受け、政権として、中長期のエネルギー政策について、原発への依存度を可能な限り減らす方向で検討を行ってまいりました。この間、再生可能エネルギーの拡大や省エネの普及にも全力を挙げてまいりました。

 これは国の行く末を左右する大きな課題であります。社会の安全・安心の確保、エネルギー安全保障、産業や雇用への影響、地球温暖化問題への対応、経済成長の促進といった視点を持って、政府として選択肢を示し、国民の皆様との議論の中で、8月をめどに決めていきたいと考えております。国論を二分している状況で1つの結論を出す。これはまさに私の責任であります。

これは、「国民生活を守る」ために原発は必要だとする彼自身の前述した論理を裏切っている。もし、そういうのならば、原発への依存度を下げてはいけないはずである。このような自己矛盾している野田に「国論を二分している状況で1つの結論を出す。これはまさに私の責任であります」ことが可能なのだろうか。

最後に彼は、このようにいう。

再起動させないことによって、生活の安心が脅かされることがあってはならないと思います。国民の生活を守るための今回の判断に、何とぞ御理解をいただきますようにお願いを申し上げます。

 また、原子力に関する安全性を確保し、それを更に高めていく努力をどこまでも不断に追及していくことは、重ねてお約束を申し上げたいと思います。

 私からは以上でございます。(記者との応答は省略)

再稼働させないことは「生活の安心を脅かす」というのである。つまり、再稼働反対派は、「国民の生活」を脅かすということになる。ある意味では「非国民」ということになろう。

しかし、これは、再稼働反対派・慎重派からいわせれば、全く逆であろう。原発の安全性が担保されないまま、再稼働されることこそ、「生活の安心を脅かす」ことになる。

さて、全体でいえば、この野田の主張は、自己矛盾の塊といってよい。いくら野田でも「安全性」が最優先されることはふまえて「安全」といっているが、しかし、原発のリスクが立地自治体におよぶことを言外に認めざるをえない。今後、規制庁ができたら新たな安全基準で審査する必要性があるとするのだが、もし、そうなれば、原発を停止する可能性があり、電力の安定供給ということに反するであろう。さらに、原発に依存しなくては日本社会が成り立たないといいながら、長期的には脱原発依存を主張する。ある意味で、再稼働反対派・慎重派の原発から「国民の生活を守る」という論理を小器用に転換して、電力供給の危機から「国民の生活を守る」という論理で当面は糊塗しているといえるが、内容は矛盾だらけである。

しかし、この中で、ある種、「国民の生活を守る」という国民国家的名目で、国家主義を押し付ける論理が顕在化してきていることに注意しなくてはならない。その中で、電力供給という、「大都市で豊かで人間らしい生活」をおくる人びとの利益が国民全体のものとされてくる。そして、その仕組みに犠牲を払って従う人びとは、賞賛される。他方、反対派の意見は「国民生活を守る」点から排除される。もはや、原発の安全神話が崩壊し、原発のリスクに見合うリターンなど存在しなくなった時、浮上してきたのは、一面的に「国民生活を守る」ことの内容を国家の首脳が定義し、犠牲を払いつつ従う人たちを組織し、別種の「国民の生活を守る」という論理を排除する、ある種の国家主義なのであるといえる。しかも、それが、おおい町長や福井県知事の要請に答えてー形式的には下からの要請に答えて、出現したということにも着目しておかねばならない。

単に、原発再稼働ということをこえて、私たちは歴史的な試練を迎えているという感が否めないのである。

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さて、福井県大飯原発再稼働問題について、もう少しみておこう。細かな経過は省略するが、大飯原発再稼働については、その安全性をめぐって、福井県外の人びとから不安の声があがっている。そして、滋賀県知事・京都府知事・大阪市長などの関西圏の首長は、一層の安全対策が要求したが、電力不足を指摘する財界の声におされて、「限定的」「暫定的」ならば現状の安全対策でも原発稼働は仕方がないと表明するにいたっている。

このような、関西圏の首長たちに対し、原発が立地している福井県の首長たちは反発した。例えば、産經新聞は、6月4日に次の記事をネット配信し、福井県知事とおおい町長の反発を伝えている。

期間限定「スーパーの安売りではない」 西川・福井県知事、怒り露わ 
2012.6.4 21:55 (1/2ページ)[westピックアップ]
 「期間限定など、スーパーの安売りではない」-。4日夕行われた関西電力大飯原発3、4号機(福井県おおい町)の再稼働をめぐる細野豪志原発事故担当相らと福井県の西川一誠知事の会談。大阪市の橋下徹市長ら関西の一部の首長が主張する夏期限定の再稼働には、かねて不快感を漏らしていた西川知事は、この日も皮肉交じりの口調で憤りをあらわにした。

 今回の会談で、再稼働に強い反発を示していた関西の理解を得たとする政府側の主張に対し、西川知事は「関西が再稼働を容認したから、すぐに動かせといわれるが、消費地である関西は、再稼働を容認するという立場ではない」と不満を口にし、「夏場だけの稼働、大飯だけに限定するのではない、と示していただきたい」と強く迫った。

 4月14日の枝野幸男経済産業相による再稼働要請以降、西川知事は関西の動向について、具体的な発言をしてこなかった。その態度が一変したのは、5月24日の定例会見。「電気が必要でないというのであれば、無理して動かす必要はない」と明言し、周囲を驚かせた。さらに、期間限定での再稼働を「勝手で話にならない」と一蹴。原子力の役割や、機能を踏まえた国全体での議論を訴えた。

 また、4日に会見したおおい町の時岡忍町長も、橋下市長らの夏期限定稼働の主張について「住民の間からも、今までにない不満が出ている。立地自治体として40年間、大きなリスクを抱えながら今日に至っているのに、何の理解もない」と西川知事に同調した。

大飯原発の地元を代表する2人の異例の発言は、電力消費地の関西の都合によって振り回されることへの不満と警戒感だ。県議の一人は「声の大きな方だけを向いて発言してきた政府を、牽(けん)制(せい)する意味があるのではないか」と推測する。

 4日の会談後、国が関西と福井の双方に対して“いい顔”をしているとの記者団の指摘に対し、西川知事は「だからこそ、総理がしっかりとした原発の意義付け、再稼働に向けたメッセージを国民に向けて、意見表明が重要になる」と野田佳彦首相が明確な姿勢を示すことを改めて求めた。

 計画停電が現実味を帯びる中で、国と電力消費地に振り回される供給地の福井県。原子力政策をめぐる政府の姿勢にはぶれが目立ち、西川知事は再稼働後、政府にはしごを外されるとの懸念が拭えないようだ
http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/120604/waf12060422030028-n1.htm

加えて、敦賀市長も、このように発言していることを、産經新聞はネット配信している。

消費地の「ご都合主義」 敦賀市長が批判
2012.6.4 20:57 [節電・原発]
 福井県敦賀市の河瀬一治市長は4日の記者会見で、関西広域連合が関西電力大飯原発3、4号機の限定的再稼働を事実上、容認する声明を発表したことについて「原発は国の基幹電源で、動かしたり止めたりするものではない。ご都合主義と言わざるを得ず、関西の理解はまだ十分でない」と批判した。

 河瀬氏は「『再稼働が夏場だけ、大飯だけ』というのは理屈が通らない。関西圏は感情的になっている」とも述べた。敦賀市には、日本原子力発電敦賀原発や高速増殖炉原型炉もんじゅが立地。河瀬氏は、全国原子力発電所所在市町村協議会の会長。
http://sankei.jp.msn.com/west/west_economy/news/120604/wec12060421070006-n1.htm

福島第一原発事故は、メルトダウンなどのシビアアクシデントのリスクは計り知れないほど大きいこと、そして、そのリスクは、県境(いや国境も)をこえて広がることを示した。現状では、雇用・電源交付金・固定資産税・核燃料税などのなんらかのリターンが得られる立地自治体・立地県のみが原発稼働に同意する権限を有している。しかし、例えば、福島県飯館村や福島市・郡山市などのように、直接的リターンがあまりない地域にも、原発災害のリスクは及ぶのである。最終的には腰砕けになったものの、滋賀県の嘉田知事は「被害地元」という形で、そのような考え方から、原発再稼働について発言したのである。

このような考え方に対し、福井県知事や敦賀市長らは、国策として原発を維持することの必要性を国が主張せよと訴えている。彼らからすれば、国が原発の必要性を訴えることによって、腰砕けになったとしても、安全性の観点から、原発再稼働について「限定的」「暫定的」という制限をかけようとする関西圏の首長たちの主張を封じたいというのであろう。

しかし、これは、たぶん、現在の民主主義的諸制度の根幹を揺るがしかねないといえる。立地自治体や立地県の本来の権限は、住民の生存・生活を守るという観点から、原発が安全であるかいなかを検証することであるはずだと思う。しかし、これらの首長たちは、「安全」であるかいなかを度外視して、国策だから原発稼働に同意せよと、国がその意志を表明することを主張しているといえる。いってしまえば、住民の生存・生活は、国策遂行の前には犠牲にしてかまわないものといっていることになるのだ。

まるで、国策が「戦争」から「原発」にかわっただけで、戦時期の日本のようである。つまり、国策遂行の目標からみるならば、民衆の生存・生活を保障することは、この言い方では度外視されているのだ。現在の民主主義的諸制度は、戦前のこのような考えに対する反省の上にたっている。国は、国策遂行という名目のもとに、民衆の生存・生活を犠牲にしないということが、戦後の初心だったといえる。福井県知事や敦賀市長の発言は戦後の初心を否定するものといえる。

おおい町長の「住民の間からも、今までにない不満が出ている。立地自治体として40年間、大きなリスクを抱えながら今日に至っているのに、何の理解もない」という発言は、より問題である。おおい町長は、原発がリスクがあることを認めてしまっている。歴代の首長は、リスクがあることを承知で原発を受け入れてきたということになる。その上で、町民がリスクを甘受してきたことを理解せよという。彼の目標は原発再稼働にあるので、リスクを受け入れてきた町民たちの犠牲の上にたって、他地域の住民は再稼働を認めよということになるだろう。

この論理は、満州事変などにおいて、日清・日露戦争以降犠牲になった日本兵の血で購った地域を失ってはならないという論理に重なってみえる。この論理に従って日本は戦争を続け、日清・日露戦争とは比べものにならない犠牲を出すに至ったのである。

このように、福井県の首長たちの発言は、原発再稼働の是非だけでなく、戦後民主主義の基盤を揺るがすものになっている。ある意味では、これまでは、「安全神話」によるリスクの隠蔽のもとに、雇用・財源などのリターンの分配により、自発的に「同意」を調達し、戦後民主主義の外観を保ってきたといえる。しかし、原発災害という、あまりにも大きいリスクに見合うリターンは存在しない。形式的でも「合意」を調達する戦後民主主義ではなく、住民の生存・生活を犠牲にして国策への忠誠を強調するある種の国家主義がここでは表明されているといえるのだ。
 

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