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Archive for 2012年7月

3.11以後、いつも頭から離れない話がある。それが、トルストイの創作民話「人にはどれほどの土地がいるか」(1886年発表。『トルストイ民話集 イワンのばか 他八編』<岩波文庫>所収)である。

    <「人にはどれほどの土地がいるか」のあらまし>

この話は、ロシアの農民の話である。主人公のパホームは、小作農民であり、商人などより安定した生活をしていることに満足していた。しかし、パホームは「ただひとつ弱るのは、地面の足りないことだ! これで、地面さえ自由になったら、わしにはだれだってこわいものはないー悪魔だってこわかないよ!」と呟いた。それに対して、悪魔は、「ひとつおまえと勝負してやろう。おれがおまえに地面をどっさりやろう。ー地面でおまえをとりこにしてやろう」と考えたのである。この物語は、小作農民パホームが、土地を獲得することによって破滅したことをテーマにしている。

といっても、パホームは、少なくとも最初は、土地に対して過大な欲望を抱いてわけではない。最初は、近隣の地主が商人に土地を売却するという話を聞きつけて、それに対抗するために一部の土地(15デシャティーナ。1デシャティーナは1092ヘクタール)を買っただけであった。しかし、土地を購入した以降、家畜などの無断立ち入りなどで、近隣住民と際限のない争いを惹起してしまった。トルストイは「こうしてパホームは、土地は広く持ったけれども、世間を狭く暮らすようになってしまった」と叙述している。

そのうち、ある百姓が「ヴォルガのむこう」では移住すればより広く豊穣な土地を分け与えられると話しており、その話をききつけて、パホームは移住した。パホームはそれまでからみると一人当たり3倍の土地(50デシャティーナ)を獲得した。しかし、パホームは「だんだん住み馴れるにつれて、この土地でもまた狭苦しいような気がしてきた」という。パホームは、小麦生産の拡大をはかったが、そのためには、自分の土地だけでは足りず、他人の土地を借りざるを得なかった。そのような土地の借用をめぐって、またも近隣住民と競争しあうことになった。

そこで、パホームは、より広い土地を購入するように物色をはじめた。500デシャティーナの土地を1500ルーブリで買い取ることになったのだが、その折、ある商人が1000ルーブリで5000デシャティーナの土地をパシキール人から買い取ったという話をパホームにした。

この話を聞いて、パホームは、パシキール人の土地に旅立ち、同地に到着した。パシキール人は遊牧民であり、土地を耕作してはいなかった。パホームは、贈物をおくるなどして、彼らに気に入られることにつとめた。パシキール人はパホームを気に入り、パホームの贈物に返礼したいと言い出した。そこで、パホームは、土地が欲しいと言い出したのである。

パシキール人の村長は、欲しいだけ土地をやるといい、その価格は均一で「一日分千ルーブル」としていると述べた。一人が一日歩き回ったところを1000ルーブルで売るというのである。ただし、条件が一つある。それは、日没までに出発点に戻らなければならないというのである。

こういう条件を出されれば、ロシア農民どころか現代日本人でも有頂天となるだろう。トルストイは、このように書いている。

<どうでもひとつ、できるだけ大きなパレスタイン(約束の土地)をとらなくちゃ>と彼は考えるのだった。一日かかったら、五十露里はまわるだろう。それに今は一ばん日の長い時だ。そこで、まわり五十露里の地面といえば、いったいどれくらいになるだろう! そのうち悪いところは売るか、百姓たちに貸すかすればいい。そしていいところだけとって、そこにすわりこむこととしよう。二頭の牝牛にひかせる犂をつくり、作男をふたりやとって、五十デシャティーナくらいを耕し、残りの地面で牧畜をやることにしよう。

ところが、その夜、パホームは夢をみた。パシキール人の村長、パシキール人の話をしていた商人、「ヴォルガの向こう」の話をしていた百姓が次々と夢の中に出てきた。

が、さらに見ると、それは例の百姓でもなく、角と蹄のある悪魔自身で、そいつがすわったまま腹を抱えて笑っているのだった。そしてその前には、シャツとずぼん下だけのはだしの男がひとりころがっている。パホームはなおそばへ寄って、じっと見たーその男はいったい何者だろう? ところが、男はもう死んでいて、しかも彼自身である。パホームはぎょっとして、はっと目をさました。目がさめるとー<何だ、夢か、つまらない!>こう考えた。

夢から覚めると、もう朝で、パホームは、一日分の土地を計るために出発した。丘の上にある出発地点には、村長の帽子が置かれ、日没までにそこに戻ってこなければならなかった。「いかにも地面がいいので、思いきるのは惜しいわい。おまけに、行けば行くほどよくなんだからたまらない。」ということで、とにかく大きな地面をとろうと必死にパホームは歩いた。途中で疲労し、眠気が襲ってきても、パホームは「一時間の辛抱が一生のとくになるんだ」といって歩き続けた。

しかし、さすがに日没が近づいてくるとパホームはあせり、出発地点に戻るために走り出した。

<ああ>と彼は考えた。<おれはあんまり欲をかきすぎた、ーもう万事おしまいだー日の入りまでには行き着けそうもない>…すると、なお悪いことに、こう思う恐れから、いっそう呼吸がきれてきた。パホームはただ走った。(中略)パホームは無気味になっては考えたー<あんまり夢中になって、死んでしまいはしないだろうか>
 死ぬのはこわいけれども、立ちどまることはできなかった。
 <あんなに駈けまわりながら、いまになって立ちどまったら、ーそれこそばか呼ばわりされるだろう>こんなことを考えた。

ほぼ日没直前に、パホームは、出発地点にようやく近づいた。出発地点ではパシキール人たちが彼をせきたて、村長が両手で腹を抱えていた。それをみて、パホームは、このように考えた。

と、パホームには夢が思いだされた。<土地はたくさんとったが>こう彼は考えた。<神さまがその上に住ませて下さるだろうか? おお、おれは自分を滅ぼした! とても走れまい>…

一度はあきらめかけたパホームであるが、なんとか、日没時までには出発地点まで戻ってきた。しかし、結末は、こういうありさまであった。

パホームは、勇を鼓して丘へ駆けあがった。丘の上はまだ明るかった。パホームは駈けつけると同時に帽子を見た。帽子の前には村長がすわり、両手で腹を抱えて、あはあはと笑っている。パホームは夢を思いだし、あっと叫んだ。足がすくんでしまったので、彼は前のめりに倒れたが、倒れながらも両手で帽子をつかんだ。
 「やあ、えらい!」と村長は叫んだ。「土地をしっかりおとんなすった!」
 パホームの下男が駈けつけて、彼を抱き起こそうとしたが、彼の口からはたらたらと血が流れた。彼は死んで倒れていたのだった。
 下男は土掘りをとりあげて、ー頭から足まではいるようにーきかっり三アルシンだけ、パホームのために墓穴を掘った。そして、彼をそこに埋めた。

最終的に、パホームは、土地のために破滅したのだった。彼に最後に残された土地は、彼の身長分しかない墓穴だけだったのである。

    <3.11以後、「人にはどれほどの土地がいるか」を読み返して>

この話のテーマは、人の生存手段である土地を追い求めた結果、逆にその生存自身を失ってしまったというところにある。「<土地はたくさんとったが>こう彼は考えた。<神さまがその上に住ませて下さるだろうか? おお、おれは自分を滅ぼした! とても走れまい>」ーこれがこの話の眼目といえるだろう。

そして、人の生存手段というのは、何も土地だけにかぎらない。経済成長・雇用・補助金・税源・購買力・資本ー、ここには、一般的な「富」全体が入るだろう。この話は、ロシアの小作農民の話となっているが、むしろ、無制限な資本蓄積を行っている現代資本主義のほうが、より該当する話である。といっても、複雑な現代資本主義においては、寓話としてもこのように明瞭な話は成立しないだろう。この話では、ときどき「村組合」という言葉が出てくる。パホームは「村組合」に代表される村落共同体から出発し、互いに対抗、競争しあう資本主義の世界に入っていったといえる。逆に、それゆえに、等身大の共同体的世界観(トルストイの立場からいえば宗教的という観点も入るだろう)から資本主義の構造を読み解いているといえるのである。

そして、パホームが最後に土地を獲得しようとしたところは「パシキール人の土地」であった。この話においても、パシキール人は土地を耕作しない遊牧民として描かれている。パシキール人は、ロシアの東方に居住しており、その土地に侵攻することで、当時のロシア帝国は発展したのだ。その土地を、いわば法外の値段で買い取ろうとしたのであった。パシキール人からの土地収奪といえるだろう。当時のロシア帝国主義の発展を戯画的に描いているということができる。まさに、無制限な資本蓄積の源流は、資本主義的な意味での「中心」と「周縁」との不等価交換に基づいているのだ。

しかし、この話の中心は、土地を収奪されたパシキール人ではなく、ロシア帝国主義による土地収奪の尖兵ともいうべきロシア農民であるパホームに何が起こったかを中心に書かれている。パホームは最終的に5000デシャティーナ以上の地主になることを望んだが、実際に彼自身の経営可能な農地は50デシャティーナ程度であった。それ以上の土地は、売るか貸すかしかなかった。生存に必要な範囲をはるかにこえた土地を獲得しようとしたがゆえに、彼は命を落とすことになった。無制限な資本蓄積が身を滅ぼしたのである。

しかし、無制限な資本蓄積が肯定されている現代資本主義にとっては、このような話は、単なる倫理的・宗教的空想にしか聞こえないだろう。ケインズ以来の修正資本主義すらかなぐり捨てて、無制限な資本蓄積をより一層推進する新自由主義の下では、とりわけそうだ。そして、このような無制限な資本蓄積を肯定するメンタリティは、その枠組みの中で生きる人びとすべてに影響を与えている。例え、資本主義的蓄積を批判的にみたとしても、生活自体がその枠組みを前提として成立している以上、現実には、資本主義的蓄積のみが現実的なもので、それを否定するものは空想的にしかみえないといえる。私自身、「人にはどれほどの土地がいるか」は、前から知っていた。しかし、無気味ではあるものの、自分たちとは無関係なものと思っていた。

原発というものは、無制限な資本蓄積の象徴といえる。高速増殖炉もんじゅなどは、「燃やせば燃やすほど燃料が増える」ということをキャッチフレーズにしていた。一般的な原発も、その経済性を売り物にしていた。今思えば、この経済性とは、一方で政府が立地対策や使用済み核燃料再処理サイクル確立などを行うことで補助し、他方ではウラン採掘現場から放射性廃棄物処理まで全ての段階で惹起される被曝を無視し、そのリスクを労働者や地域社会に押しつけて成立したものだったといえる。しかし、無制限な資本蓄積が前提で私たちの生活が成り立っている限り、原発に対しても一般的には否定できない雰囲気があったといえる。原発に無関心であるということは、意識的ではないにせよ、その存在を否定できなかったということができるのだ。そして、原発に多少問題があるにせよ、技術的制御によりカタストロフィーまでにはならず、私たちの生存・生活を侵すことはないだろうと信じられていたのである。そして、原発を廃絶することは、「空想的」と考えられていたといえる。

3.11における福島第一原発事故は、この状況を覆し、原発事故は人びとの生存・生活を根本的に脅かすものであるということを示すことになった。本来は原発というものは、人びとの生存・生活を発展させるために存立する手段だったはずのものだった。しかし、福島第一原発事故は、生存・生活の手段だった原発が、事故を契機として、人びとの生存・生活自体を脅かし、さらには覆すものになったことを明示したものとなった。多くの人が放射能汚染によって避難を余儀なくされた福島県の状況がこのことをよく物語っている。

福島県の地域社会は、全体としては、地域住民の生存のために原発を受け入れていたといえる。しかし、今度は、その原発によって、生存それ自体が脅かされ、生活していた地域から避難をせざるをえなくなったのである。生存の手段が、逆に生存自体を脅かすものになったのである。

こういう状況を目にして、私は「人にはどれほどの土地がいるか」を想起したのである。「<土地はたくさんとったが>こう彼は考えた。<神さまがその上に住ませて下さるだろうか? おお、おれは自分を滅ぼした! とても走れまい>」。土地とは、生存・生活の手段である。しかし、それが人の破滅の種になった。福島の話で考えれば、地域住民としては生存・生活の手段として原発は受け入れたのだが、逆にそれが地域における住民生活を不可能にしたといえる。もちろん、福島の人びとがパホームほど欲望の虜になったとは思えない。しかし、パホームだって、最初は安定した生活を望んだにすぎない。そして、福島の人びとについていえば、より安定した生活を望んだだけで、その土地から追い出されたことになる。原発とは無制限な資本蓄積の具であるが、それこそ「安全性」すら「無制限」に資本蓄積を行ったあげく、この状況となったのである。

この状況が「反原発」の機運を生んだことは周知のことであろう。放射能汚染への恐怖は、原発が立地する福島だけの問題ではなく、日本全国やさらに近隣諸国ー世界全体の問題になった。

これに対して、関電などの電力会社(社員を含めて)、経団連などの財界、野田政権は、むしろ態度を硬化させ、原発の安全性を実質的に無視した上で、原発は日本の経済成長と雇用を維持し「国民生活」のために必要だと主張したのである。ここにおいて、「人にはどれほどの土地がいるか」のたとえは、より正鵠を射るようになったといえる。福島の状況は、私たちみなの抱えている問題になった。最早、原発だけでなく、それが象徴している経済成長ー無制限な資本蓄積総体が疑問とされるようになった。人びとの生存・生活の手段だったはずのものが、今やそれ自体が目的として追求され、人びとの生存・生活が犠牲に供されるようになった。パホームは、無制限な資本蓄積の枠組みの中で生きる私たち自身であり、その結末は、パホームと同じになるのではなかろうか。もはや、「空想」のほうが、より「現実的」になったのである。「人にはどれほどの土地がいるか」は、3.11以後、ますます、私たちの状況を照射するものになっていっていると考えられるのである。

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2012年7月21日付朝日新聞朝刊で、福島第一原発事故の復旧工事において、下請け会社役員が作業員に線量計に鉛のカバーをかぶせ、被曝線量を少なく見せかける偽装工作を行ったことが報道された。まず、その記事の最初の部分をみてほしい。

線量計に鉛板、東電下請けが指示 原発作業で被曝偽装

 東京電力が発注した福島第一原発の復旧工事で、下請け会社の役員が昨年12月、厚さ数ミリの鉛のカバーで放射線の線量計を覆うよう作業員に指示していたことがわかった。法令で上限が決まっている作業員の被曝(ひばく)線量を少なく見せかける偽装工作とみられる。朝日新聞の取材に、複数の作業員が鉛カバーを装着して作業したことを認めた。役員は指示したことも装着したことも否定している。厚生労働省は、労働安全衛生法に違反する疑いがあるとして調査を始めた。 

このことは、作業員の安全を侵害するもので、法令違反であることは間違いがない。しかし、私が関心をもったのは、どのような論理で、作業員に、このことを強制したかといことであった。朝日新聞の報道をさらに紹介したい。

 

朝日新聞は、福島県の中堅建設会社である下請け会社「ビルドアップ」(同社本社は浪江町に所在…引用者注)の役員(54)が偽装工作したことを示す録音記録を入手した。昨年12月2日夜、作業員の宿舎だった福島県いわき市の旅館で、役員とのやりとりを作業員が携帯電話で録音していた。

 役員はその前日、作業チーム約10人に対し、胸ポケットに入るほどの大きさの線量計「APD」を鉛カバーで覆うよう指示した。だが3人が拒んだため、2日夜に会社側3人と話し合いがもたれた。役員は録音内容を否定するが、この場にいた複数の作業員が事実関係を認めている。

 役員が口火を切った。

 「年間50ミリシーベルトまでいいというのは、原発(で仕事を)やっている人はみんな知っている。いっぱい線量浴びちゃうと、年間なんてもたない。3カ月、4カ月でなくなる。自分で自分の線量守んないと1年間原発で生活していけない。原発の仕事ができなかったらどっかで働くというわけにはいかねえ」

 作業員の被曝限度は「年間50ミリシーベルト」などと法令で定められている。被曝限度を超えれば、原発では当面働けない。

 役員は続けた。

 「線量がなくなったら生活していけるわけがねえんだ。わかる? 50ミリがどんどん目減りしていくわけがだから」

 今回も工事は、東電がグループ会社「東京エネシス」に発注し、ビルド社が一部を下請けした。ビルド社員や、業者の紹介で各地から集まった人ら約10人の混成チームで、汚染水処理システムのホースを保温材で巻く。現場は、福島第一原発1〜4号機の間近だ。

 鉛カバーで記録上の線量が下がることは、放射線にかかわる人には常識だ。作業員の一人が「俺はやっていけないことを……」と言うと、役員は遮った。

 「やってはいけないってのは百も承知。やりたくない人は無理にやらなくたっていいんだよ。」

 別の作業員が「これって犯罪に近いと思う」と言うと、役員はこう反論した。

 「私、無理押しした? 自分のために納得してやってもらえるだったらやってください、ということなの。俺は、自分の線量を守りたいからやるよ」

 この役員は、実質的な現場責任者も兼ねていた。各地の原発で工事を仕切るため、「あそこ(福島第一)で全部(線量を)使い果たすわけにはいかねえ」とも語った。

 同じ現場で鉛カバーを着ける人と着けない人がいたら、線量の記録がばらついて不正が見つかる。役員は自分の線量を少なく見せるため、全員に鉛カバーの装着を求めているのだろうー。作業員たちは納得できず、「なぜ鉛で隠すのか」と重ねて反論した。

 「鉛で隠さないと、線量なくなったら仕事にならないんだ」

 この論理は、驚くべきことである。労働者においては、自身が生命を維持して生活することを目的として、雇用契約を結び、賃金を得ることが通常のあり方といえる。しかし、この役員の論理が逆転している。長期雇用を確保するために、いわば、自らの身の安全を犠牲に供することを求めている。生命・生活は、雇用によって賃金を得るための目的であり、雇用以前に守るべきものであるはずだが、ここでは、雇用を確保するために、犠牲にされていくのである。

さらに、この対話の続きを、朝日新聞の記事からみていこう。

 

現場を下見した際に「被曝隠し」を決断したー。作業員らがビルド社役員の発言をそう受け止めた場面がある。

 鉛カバーの装着を拒んだ作業員らとの話し合いが行われた12月2日夜のことだ。やりとりの録音によると、いわき市の旅館の一室で、役員はビルド社のチームが1〜4号機付近の作業現場を下見した11月下旬の出来事を話し出した。爆発で飛び散ったがれきがまだ残る中、APD(線量計…引用者注)の警報が「ピピピ」と鳴った。

 「こりゃあ(線量が)高いなっていうのは、すぐわかった。あのエリアやるときはこうしようと、私なりの判断で決めた」。役員の発言を聞いた作業員らは、「こうしよう」が被曝隠しのことを指すと確信したという。

 さらに、役員は「自分の線量は自分で守るため、今までそうやったことがある」とも語り、それ以前にも「被曝隠し」をした経験があることをほのめかした。

 作業員たちは納得しなかった。役員は次第に説得をあきらめ、口調を強めた。

 「原発は向いていないかもしんない。地元に帰って別な仕事やりな」

 「線量の高いときはそれなりにいろいろやってきてんの。それがさ、あんたの生き方間違っているって、俺は言われたくねえんだ」

 1時間に及んだ話し合いは折り合わなかった。作業員らは仕事を離れ、翌日にはそれぞれの地元へ帰った。

放射線量が高く、より危険であることを承知しながら、安全対策を講じず、むしろ、偽装被曝しか考えていない。そして、このようなことは、以前からなされていたことがここで示されている。さらに、法令に即した線量計の扱いを主張した労働者を結局解雇した。不当労働行為としかいえないであろう。

本ブログでは、あまり原発労働について取り上げてこなかった。この出来事は、原発労働の本質をついているといえる。放射線量の高いところでは、労働者は長期間作業することはできない。しかしながら、下請け企業においては熟練労働力を確保するという点から、労働者においては少しでも安定雇用を維持するという点から、被爆線量を偽装によって少なくさせることによって、長期間の作業を可能にしようとする。その論理構造が全く分からないというわけではない。だが、その帰結は、雇用のために、労働者一人一人の生命・生活が犠牲にされるということなのである。

これは、単に、原発労働だけではない。福島原発が立地している地域社会総体にみられることである。雇用にせよ、補助金にせよ、税収にせよ、購買力にせよ、原発によって得られる金銭とは、地域社会にとって、地域住民が生命を維持し、生活を発展させていくために使われるべきものであった。福島原発近傍で、一般住民は生存しえなくなった。その際、例えば、雇用が、どのような意味をもつのか。そして、このようなことは、他の原発が立地する地域社会でも出現する可能性を有しているのだ。

このことは、原発労働や原発立地の地域社会だけのことではない。私は、このようなことを「驚くべき」ことといったが、「驚いてはいない」。このような、労働者の生命や生活を犠牲にする労働状況は、いまや一般に蔓延している。このようなことは、今や、国家の方針でもある。大飯原発再稼働を主張した2012年6月8日の野田演説では、事実上原発の安全性向上を無視した上で、

夏場の短期的な電力需給の問題だけではありません。化石燃料への依存を増やして、電力価格が高騰すれば、ぎりぎりの経営を行っている小売店や中小企業、そして、家庭にも影響が及びます。空洞化を加速して雇用の場が失われてしまいます。そのため、夏場限定の再稼働では、国民の生活は守れません。

と述べた。野田は「雇用」を強調して、事実上「安全性向上」を無視したということになるが、これは、いわば、人びとの「生命」「生活」を「雇用」のために犠牲にしたということができる。その意味で、今回の線量偽装事件の論理に相通じているといえよう。

 

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本ブログでも紹介したが、福島第一原発の地元である双葉町の中心部には、「原子力明るい未来のエネルギー」という標語がかかれた門が存在している。この門につき、最近、東京新聞は、次の記事をネット配信した。

26年目の訂正 「原発はいらない」 双葉町の標語考えた少年後悔
2012年7月18日 07時14分

 「原子力明るい未来のエネルギー」。福島県双葉町の中心街の入り口に掲げられた看板の標語だ。二十五年前、当時小学六年の大沼勇治さん(36)が町のコンクールに応募し、選ばれた。大沼さんは、一年四カ月の避難生活で「脱原発」を確信した思いを伝えたいと、今月十五日、一時帰宅した際、自ら標語を「訂正」した。
 大沼さんは東京電力福島第一原発の事故後、身重の妻せりなさん(37)と地元を離れ、現在は愛知県安城市で避難生活を送る。町が原子力標語を公募したのは一九八七年。原発が町の未来をつくると信じた言葉が入選。第一原発から約四キロの自宅近くに鉄製の看板が電源立地交付金で建てられ、誇らしかった。
 大学を出て就職などし、二十九歳で帰郷。不動産会社に勤める傍ら、看板の横にある土地にオール電化のアパートを建てて、東電社員にも貸していた。ずっと町の発展が原発とともにある「安全神話」を疑わなかった。
 しかし事故後、町は警戒区域となり、全町民が避難。「平穏な暮らしが町ごと奪われた現実」にさいなまれ、テレビで標語が紹介されるたびに胸を痛めた。自らを責め悔いる日々から「原発の現実を話す権利はある」と考えた。脱原発を行動で示し、その姿を長男勇誠ちゃん(1つ)に将来伝えたいと思った。
 夫婦が一時帰宅した今月十五日、記者も同行した。防護服姿の大沼さんはまず、標語にレッドカードを突き付け「退場」と叫んだ。その後、看板の手前で持参した画用紙を高く掲げた。すると、そこに書かれた「破滅」の二文字が「明るい」に重なり新しい標語が読み取れた。「原子力破滅未来のエネルギー」。二十六年目の訂正の瞬間だった。
 大沼さんは「原発事故で故郷を奪われることが二度とあってはならない。日本に原発はいらない」と話した。 (野呂法夫、写真も)
(東京新聞)
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2012071890071406.html

たぶん、著作権が問題になると考えて、写真そのものは、ここでは紹介しなかった。ネットでみてほしい。簡単に写真を説明すると、「原子力明るい未来のエネルギー」の「明るい」という部分にかかるように「破滅」と書かれた画用紙を大沼氏がかかげ、全体では「原子力破滅未来のエネルギー」とよめるようになっている。

この報道の中身について、詳細な説明は要しないだろう。この出来事は、3.11がこの地域にとってなんであったかを、雄弁に物語っている。

3.11以前であったら、大沼氏は、こんなことは思いつきもしなかったであろう。報道には、「町が原子力標語を公募したのは一九八七年。原発が町の未来をつくると信じた言葉が入選。第一原発から約四キロの自宅近くに鉄製の看板が電源立地交付金で建てられ、誇らしかった。大学を出て就職などし、二十九歳で帰郷。不動産会社に勤める傍ら、看板の横にある土地にオール電化のアパートを建てて、東電社員にも貸していた。ずっと町の発展が原発とともにある「安全神話」を疑わなかった。」とある。大沼氏は、彼自身も東電が福島第一原発をこの地に立地することによって、利益を得ていたのである。

このような、「3.11」以前の世界を、独自な視点で紹介しているのが、本ブログでも紹介した、開沼博氏の『「フクシマ」論』(2011年)である。開沼氏は、この門を掲載写真でとりあげながら、同書でこのように物語っている。

直接的に原発・関連施設がイメージされるか否かという点に関わらず、原子力ムラ(開沼氏の用法では原発が立地している地域社会をさす…引用者注)には、これらのように原子力を身近なものとし、原子力自体やそれに媒介された文化が成立する。これらの例からは、原子力を持つことと引き換えに、あるいは原子力を通して、原子力ムラが自らを肯定する文化を歴史的に作り上げてきているということが言えるだろう。本節の冒頭で示した「原子力ムラは何を包摂するか」という問いに答えるならば、原子力ムラは原子力によってムラにもたらされたアイデンティティや中央の文化を、決して他者によって設計され無理やり押し付けられたというわけではなく、自ら取り込みながら包摂していったということができるだろう。
(中略)
この見方は、原子力ムラにとっても重要なものとなるだろう。原子力ムラは、例え、外部の者がそこにスティグマ(ネガティブなイメージ)を与えていたとしても、原子力は自ら「包摂」するなかでその日常を営んでいるのだ。
(同書p116〜118)

3.11以後は、「原子力」があるがゆえに営むべき「日常」が奪われたといえる。東京新聞の報道では「しかし事故後、町は警戒区域となり、全町民が避難。「平穏な暮らしが町ごと奪われた現実」にさいなまれ、テレビで標語が紹介されるたびに胸を痛めた。自らを責め悔いる日々から「原発の現実を話す権利はある」と考えた。脱原発を行動で示し、その姿を長男勇誠ちゃん(1つ)に将来伝えたいと思った。」とされている。これが、3.11とは何であったということを雄弁に物語っているといえるのだ。3.11以前、原子力を積極的に受け入れる意識が地域社会でヘゲモニーをもっていたとはいえる。しかし、それは、地域社会の「日常生活」が保たれていればこそのことであった。福島第一原発事故以後、この地域社会の「日常生活」は根こそぎ失われた。まさしく双葉町の「門」において、標語の作者自身が「原子力明るい未来のエネルギー」から「原子力破滅未来のエネルギー」へ言い換えたことは、そのことを象徴的に示しているといえるのである。そして、これが、この地域における「東日本大震災の歴史的位置」を示す出来事なのである。

加えていえば、単に福島第一原発が立地する地域社会だけではなく、他の原発が所在する地域社会を含めた日本全体、さらに世界全体にとっても「原子力明るい未来のエネルギー」から「原子力破滅未来のエネルギー」と意識転換していかねばならないだろう。これは、すでに、1986年のチェルノブイリ事故で示されていたことであった。東日本大震災を契機とした福島第一原発事故は、再度、このことを示したものでもあったのだ。

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2012年7月18日、中日新聞は「関電、大飯再稼働なくても電力供給に余力」という記事をネット配信した。まず、ここで紹介したい。

関電、大飯再稼働なくても電力供給に余力 
2012年7月18日 09時49分

 政府の節電要請から16日までの2週間の関西電力管内の電力需給で、最大需要は2301万キロワットにとどまり、出力118万キロワットの大飯原発3号機(福井県おおい町)が再稼働しなくても、供給力を9%下回っていたことが分かった。猛暑となり17日の最大需要はこの夏一番の2540万キロワットに達したが、10%以上の供給余力があった。政府は夏場の電力不足を理由に強引に大飯原発の再稼働に踏み切ったが、節電効果など需要の見通しの甘さが浮き彫りになった。
 関電は5月にまとめた試算で、原発ゼロのままなら7月前半は8・2%の供給力不足が生じるとし、再稼働の必要性を強調した。政府は大飯の再稼働を決めた上で、関電管内に猛暑だった2010年夏比で15%の節電を求め、3号機のフル稼働後も節電目標を10%に設定している。
 政府は2日に節電要請を開始。関電の資料などによると、16日までの2週間の最大需要は10年同時期と比べて平均で12%低下。最大需要の2301万キロワットを記録した瞬間は供給力を344万キロワット下回り、大飯3号機の118万キロワットを差し引いても余裕があった。需給が最も逼迫(ひっぱく)した時間帯でもさらに209万キロワットの供給が可能だった。
 一方、関電に平均36万キロワットを融通している中部電力も2週間の最大需要は2139万キロワットで、供給力を9%下回った。中電管内の節電目標は当初は5%で、現在、4%に設定されているが、安定した供給体制を確保している。
 関電広報室の担当者は「雨や曇りの日が多く供給が安定したが、今後は気温が平年より高くなるとの予報がある。大飯原発4号機が稼働しても需給の見通しは厳しい」とコメント。中電広報部の担当者も「火力発電所のトラブルリスクなどがあり、電力供給は厳しい」と話した。
 千葉商科大の三橋規宏名誉教授(環境経済学)は「政府や電力会社が、原発を再稼働させるため、電力需要を恣意(しい)的に過大に見積もった結果だ。今後、猛暑になっても電力は足りると思うが、脱原発の機運を高めるため、引き続き企業と家庭で節電の努力が必要」と話した。
(中日新聞)
http://www.chunichi.co.jp/s/article/2012071890094758.html

以前、本ブログでも、原発再稼働がなくても関西電力の需要をまかなえたのではないかと指摘した。個人的に、根拠が薄いのではないかと意見がよせられたこともあるのだが、中日新聞の報道が本ブログの記事を裏打ちした格好となった。一日の需要のピークが2540万kwであり、10%の供給能力があったというのである。

ただ、これでも、多少わかりにくいので、関西電力の「でんき予報」に掲載されている7月18日の使用電力状況から、もう一度検討しておきたい。7月18日の最高気温は33.4度で、かなり高い。ピーク時供給力は2902万kwで、実際の最大使用電力は2555万kw(16時台)、347万kwの余力があり、使用率は88%である。関西電力管内では10%の節電目標がかかげられており、もし、全く節電されないならば、電力最大需要は約2810万kwとなることになる。大飯原発3号機の発生電力は118万kw。原発による揚水発電増加分が不明なので概算にとどまるが、大飯原発3号機発生電力118万kwをさしひくならば、原発がない場合のピーク時供給力は2784万kwとなる。原発がない場合。全く節電しなかったら不足することになるが、余裕をみて10%の余剰電力を見込むならば、需要電力は2529万kwに節電すればいいのである。これは、実際の電力需要とほぼ一致しているといえよう。

5月19日に関電が発表した電力需給予想によると、7月後半から8月中の最大電力需要は2987万kwであり、実際の需要とは432万kwも多いのである。この最大電力需要は、猛暑といわれた2010年を基準にしており、ある意味では過大になるようになっているといえる。他方、8月の想定供給力は2542万kwとされており、現在のピーク時供給力とは360万kwも少なく見積もられている。そのうち大飯原発3号機118万kwを除外しても242万kwも少ないのである。現実の需給とはほぼ逆転していたといえよう

このように、関西電力の電力需給予想においては、電力需要は過大に、電力供給は過小にみつもられていたといえよう。そして、大飯原発3号機の再稼働がなくても、節電努力があれば電力は賄えたと考えられる。まして、大飯原発4号機の再稼働は必要ないといえよう。結局は、コストの高い火力発電所の稼働をおさえたいととする関電の経営問題でしかなかったといえるだろう。そのことを、繰り返して確認していかねばならないと思う。

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今、現在、政府は、「エネルギー・環境会議」を設置して、その審議より、2030年の電力における原子力発電の比率を0%、15%、20〜25%の三つの選択肢が選ぶこととし、この三つのシナリオについて、意見聴取をする意見聴取会を全国11都市で開催している。この意見聴取会は、この三つのシナリオを支持する人をそれぞれ3人づつ、都合9人を公募・抽選によって選出し、意見を述べさせるというものである。

7月18日現在、さいたま市(14日)、仙台市(15日)、名古屋市(16日)と開催されてきた。その内、仙台市では東北電力幹部が、名古屋市では中部電力社員が出席して、原発推進の議論を展開し、批判をあびている。

ここでは、16日の中部電力社員が意見聴取会で述べた内容を紹介しておきたい。これは、電力会社など、いわゆる原発建設を推進してきた原子力ムラの人びとが、どのように福島第一原発事故をみたうえで、原発推進の正当性を求めているのかを示す、一つのケーススタディになるといえる。なお、典拠はhttp://www.ustream.tv/recorded/24030483の動画であり、この動画から、私自身が聞き取ったものである。聞き間違いもあるかもしれないし、また、ある程度、要約してしまったところもある。さらに、表現も、現物は「です、ます」調だが、ここでは、簡潔にするために「だ、である」調に直した。気になる方は、典拠の動画をみてほしい。中部電力社員は3番目で、話す時間も10分しかない。

まず、彼は、自身が「中部電力に勤める会社員」であると自己紹介しつつ、個人として20〜25%シナリオを選択する意見を申し述べると述べた。そして、このようにいう。

今回のように、原子力発電の必要性の議論になると、大抵、安全か経済かの二項対立になることが多い。具体的には経済成長よりも安全、命のほうが大事だという論調になる。しかし、私はこの二つを全く別のものとは考えていない。世界では貧困でなくなっている方が多数いる。薬や医療技術があってもお金がないから救えないということがたくさんある。以前、おにぎりが食べたいといって、なくなった方がいらしゃった。これも経済が回っていて福祉にお金が行き届いていれば、救えた命ではないかと私は思う。

まあ、安全や命も経済次第であるということになる。そして、経済が回っていたら、貧困によって命が失われることがなくなるということになるだろう。

そして、これは、福島第一原発事故以後の福島県にもあてはまることだと、彼はいう。

昨年の福島事故でもそうだったと私は思う。放射能の直接影響でなくなった方は一人もいらっしゃらない。それは、5年10年たっても、この状況は変わらないと私は考えている。…疫学のデータからみたら、これは紛れもない事実だ。それは、5年10年たてばわかる。
…実質的な福島事故の被害とは何だろうか。これは、警戒区域等を設置することによって家とか仕事をうしなってしまったり、あるいは風評被害とか過剰な食品規制値の設置によって、せっかく作り出した作物が売れなくなってしまうことによって、先行きを悲観した人が自ら命をたたれたりするとか、体調をくずしてしまったりするとか、生活がたちゆかないということが発生している。これは、まさに、経済的な影響が安全や命をおかしてしまった例と私は考えている。

彼は、福島第一原発事故がもたらした福島県ーいや、少なくとも東日本全域におよんでいるがーの窮境は、放射能汚染によって生み出されたものとしてはみていない。放射能汚染ではだれも死んでいないし、長期的にみてもそうだという。むしろ、この窮境は、警戒区域等設置、風評被害、食品規制値設定など、いわば放射能汚染対策によって引き起こされた経済的な影響によるものだといっている。この論理でいうならば、福島第一原発事故において経済的に悪影響を及ぼす放射能汚染対策はすべきではなかったし、そのことが安全や命をおかすことになったということになる。

そして、彼は、このように主張する。

私は経済的なリスクが、命や環境の安全リスクにつながることとしてとらえられていないということを懸念している。経済が冷え込んで、消費が衰退して、企業の国際競争力が低下してしまえば、福島事故と同じこと、あるいはそれ以上のことが日本全体でおこると考えている。そういう視点で私たちは各シナリオがどれだけ共有されているかということを問いたいと思う。放射能の影響に対する過剰反応で、脱原発の論調が席捲している。しかしながら、報道されている内容にかたよりがないか。私は各シナリオのリスクを理解・覚悟した上で、国民がそのシナリオを選択するならば、それはしかたがないと考えている。でも、それで、本当にやっていけるか。私は無理だと思う。

経済的衰退は、彼にとって、福島第一原発事故以上のカタストロフィーなのである。彼にとって、脱原発の論調は「放射能の影響に対する過剰反応」によって引き起こされたものとしてみている。そして、原発を減らすような選択は「無理」なのである。

ここから、原子力の代替エネルギーが、どれほどリスクをおっているかを、事細かに彼は主張している。先にみた議論よりは常識的でわかりやすいが、その主張の是非云々を議論する気はないので、ここで簡単に概括しておこう。太陽光・風力・地熱発電などの再生可能なエネルギーは、設置費用もかかるし、耐用年数も短く、設置場所にも限界がある。水力発電も拡張の余地はない。ゆえに、再生可能なエネルギーによって電力供給を35%賄おうとすることは、最初から破綻している。結局、火力発電に頼らざるをえないのだが、火力発電の場合は、多額の燃料費が海外に流出するということになる。火力発電コストの大半は燃料費であり、人件費を削っても限界がある。さらに、お金では解決できないこととして、火力発電の燃料は中東に多く依存しており、その政情不安(例えばイランとアメリカの紛争によりホルムズ海峡が封鎖されるなど)によって、エネルギー供給がたたれることになりかねないことをあげている。

最後に、彼は、このように概括している。

最後に、公平のために、私は20から25%シナリオにもリスクがあることを申し述べて話を終わりたい。ただし、それは原子力のリスクではない。再生可能エネルギーを20から25%シナリオでも引き上げるという前提が入っているというリスクがある。これは15%シナリオでもそうだが、程度の差こそあれ、財政負担とか、スケジュールが困難であるとか、用地の買収が不可能であるとか、かかえている問題は0%シナリオと同じである。つまり、このシナリオ(20〜25%シナリオー引用者注)も破綻したシナリオである。結局、最後は、中東の情勢が不安なことにひやひやして、高い電気料金を払い続けるという結末は変わらない。私は35%シナリオがあれば35%、45%シナリオがあれば45%を選択した。その方が安全だろうからである。提示されたシナリオは、原子力のリスクを過大に評価したと思う。このままでは、日本は衰退の一途をたどると思う。国民の皆様の冷静な判断を望む。

まあ、全体は、こういう話なのである。この中部電力社員の発言については、全体が報道されていない。そのため、往々として、避難や放射能汚染規制のためなどで自殺者が出ていることを無視しているなどという批判がされていることがある。彼は無視はしていない。むしろ、たぶん、放射能の影響に対する過剰反応による警戒区域設置や食品規制値設定などの規制によって経済的に悪影響が及んだ結果としてみているといえよう。そして、福島第一原発事故は、このような放射能への過剰反応による経済的悪影響の前例としてとらえられているといえる。

今まで、原子力ムラの人びとが原発廃炉において電力供給上のリスクをもちだしてくる論理は、私なりに理解可能であった。しかし、福島第一原発事故をとらえ、それをどのように認識しているかは私もよくわからなかった。あれほどの事故があっても、実質的な安全対策をなぜとらないか、疑問であった。ようやく氷解した。福島第一原発事故は、放射能汚染で直接人が死んでいない。むしろ、このことで、過剰な対策をとったことが経済的な悪影響となった。今後、原発の安全性を考慮して原発を廃炉していくことは、経済上の悪影響を惹起し、日本全体が福島以上の窮境に落ち込むことになることになる。それを福島は示している。そういう論理なのだろう。

こういうふうに考えているーこの論理は経団連なども同様らしいがー人びとと対峙しているのだということを、この中部電力社員の発言は示してくれているといえる。政府は、さすがに事業者である電力会社社員が意見聴取会で発言することは公平ではないとして、以後、電力会社社員の発言はとりやめるそうである(しかし、前年の九電やらせメール事件で、このような問題が惹起されることは予想できたと思うのだが)。といいつつ、むしろ、このような意見を電力会社社員が公言することによって、彼らの意図とは逆に、社会一般に、その考え方の危険性を理解させていくということになっていっているのだと思う。

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たぶん、このブログを読んでいる皆さんはご存じだと思うが、自由民主党所属の衆議院議員河野太郎は、熱心に脱原発を主張している。この前、「現代ビジネス」というサイト(『週刊現代』などの記事が転載されている)に「核心対談 河野太郎(衆議院議員)×小熊英二(慶応大学教授)『この国のかたちを考える』」という記事が6月29日に掲載されており、興味深く読んだ。

この対談の冒頭で、河野は、このように、野田首相による大飯原発再稼働決定を批判している。

河野 大飯原発がとうとう再稼働することになりましたね。福島の過酷事故でこの国の原子力行政がいかにデタラメだったかが明白になり、国民の信頼が地に堕ちたにもかかわらず、野田佳彦総理は一貫して再稼働に前のめりだった。

 では、その安全性を誰が判断したかというと、総理を含めた4大臣だというわけです。科学的知見など持ち合わせていない素人の政治家に原発の安全性などわかるはずがないのに・・・。本来、政治が決めるべきことと政治で決めてはいけないことを完全に混同していますよ。

小熊 おっしゃるとおりだと思います。

河野 車と同じだという理屈を持ち出したりもしますよね。事故も起こすけど、便利だから使っているじゃないか、と。でも、自動車には酔っぱらっているときは運転しちゃいけないというルールがある。それと同じで、原発だって安全基準が確立されていない場合は、稼働しちゃいけないんですよ。

 しかも、関西の電力が足りなくなるから再稼働するという。でも、その理由も怪しいんですよ。だって、関西電力の需給調整契約を見ると、去年3月末には260件あったのに、今年3月末にはわずか24件。需給調整契約とは、企業との間で、電力が不足する場合は節電に協力する代わりに料金を割り引く契約です。

 つまり、今年の夏に電力不足になることは去年からわかっていたんですから、需給調整契約を増やしておくべきだったのに、逆に減っている。これは「再稼働しないと大変な事態になる」とアピールするための瀬戸際作戦じゃないかと思う。

 関西電力も、経産省もわざと手を打たなかったんです。こんなことを許しちゃいけない。これでは原子力行政の信頼性がさらに失墜するだけです。ひょっとしたら、原発から撤退したくてこんなことしてるんですかと皮肉を言いたくなるくらい、酷い仕事ぶりですよ。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/32875(以下引用同じ)

そして、やはり、脱原発を主張している小熊英二とともに、原発の安全基準、原発輸出、原発のコスト、核燃料サイクルなどについて、批判を加えていっている。これらについては、このサイトを一読することをすすめておきたい。

しかし、私が興味を覚えたのは、どのように脱原発をすすめていくかについて、河野が後半で述べているところである。河野は、このように主張している。

河野 原発事故で多くの国民に政治参加の意識が出てきたのは事実だと思うんです。実際、たくさんの人から「わたしたちは何をすればいいの?」というメールももらいました。そうした人のなかには、確かにデモに参加した人もいる。しかし、彼らの話を聞くと、デモに行っただけで終わっているんですね。脱原発は国政マターですから、政治家に働きかけをしなければいけないのに、そこには思いが至らない。

「デモに行くのもいいけど、地元の政治家事務所に行ってあなたの考えを伝えてください。そうしないと何も変わりませんよ」と言ったんです。ブログにも「日本はシリアとは違うから、乗り込んでいっても銃で撃たれることはありませんよ」と書いたら、「本当にそんなことをしてもいいんですか」というメールが大量に来た。

小熊 それは逆にいえば、日本はシリア並みに政治家が市民から遠い国だ、ということですね。

河野 私にしてみれば、政治家のところに行かないでどうするんだと思うんです。だって、東京電力は事故の後、しかるべき立場の人が議員会館を回って、「東電が潰れれば停電が起きます」とか「東電が破綻したら日本の金融市場が崩壊します」と言って歩いた。そうやって政治を動かし、破綻処理を回避したんです。それに対抗しなきゃいけないのに、「日曜日にデモに行って風船持って歩いてきました」では、なにも変えられない。

それに対して、小熊は、デモの重要性を指摘し、河野も、とりあえず同意した。

小熊 おっしゃることはよくわかります。政治家に圧力をかけなきゃいけないのも確かでしょうし、一方で国民の側に「そんなことをやってもいいのか」という自主規制があって、なかなか行動に移せないのも現実です。ただ、デモに参加することの意味は決して小さくないと思う。

 政治的影響力という点では直接的ではないかもしれませんが、デモを体験することで政治的行動に慣れ、その後の行動を広げていくきっかけになるという効果は馬鹿になりません。そういう人のなかから議員に働きかける行動も起こってくると思う。

 デモは古い、ロビイングしたりNPOを作ったりしなければ意味がない、という意見もあるでしょうが、デモが起きないような国に、ロビイング活動やNPOが生まれるでしょうか?

河野 それは、その通りだ。デモが盛んになれば、その次の段階に進む人も増えるでしょうしね。

小熊 ロビイングも大切でしょうが、デモに行くとそれなりに面白い。参加した人が元気になる。その効果は、侮れないと思いますよ。

しかし、やはり、河野は、脱原発運動の進め方について、やはり、いわゆる狭義の政治活動の枠組みを重視している。河野は、原発住民投票運動の意義を疑問としながら、このように述べている。

河野 私は原発問題が国政マターである以上、やはり総選挙で1票投じることが実質的な住民投票ではないかと思うんですね。そして、次の選挙は、もちろん消費税も重要問題ですけど、まず日本のエネルギーをどうするのかが一番の争点にならないといけない。

このように、河野は、脱原発運動において、公選制議員たちへの陳情や、公選制議員たちを選ぶ選挙を重視している。公選で選ばれた代表である議員たちを選出したり働きかけを行ったりすることが、脱原発を実現する道としての王道なのである。その意味で、議会制民主主義の教科書通りの発言であるといえるであろう。

このような進め方が、ある意味で効力があることは否定できない。特に、今まで原発に全面的に依拠してきた官僚・電力会社・原子炉メーカー・立地地域などに対して、部分的・段階的であってもなんらかの進展を求めていこうとするならば、公選制議会における交渉が必要となるだろう。現状において、すべての人びとが直接に統治を行う直接民主主義ではなく、公選代表を通じて統治が行われる間接民主主義が政治運営の原理となっているのである。

といって、では、公選された代表ー議員たちが真に人びとを「代表」するシステムなのかといえば、大いに疑問を抱かざるをえない。確かに、間接民主主義が、人びとの選挙による審判を前提としている以上、例えば封建制のような、家柄によって統治者になるようなシステムよりは、より「民主的」ではあるだろう。しかし、それでも、やはり少数者による寡頭制的統治であることにはかわらない。いわば、「選挙」によって付託された寡頭制的な政治システムが、間接民主主義といえる。

それは、少なくとも国政の場合、やはり、資金・地盤・組織などを有する有力者が有利になるシステムである。そして、消費増税法案における民主党のマニュフェスト違反問題に象徴的に現れているように、選挙の際の民意は無視されても制度的には問題にならないシステムでもある。いわば、選挙による代表ー議員選出は、彼らに白紙委任状を与える行為なのだ。その意味で、人びとの要求は、本来彼らの代理人であったはずの議員たちに「お願い」しなくてはならないことになる。河野を批判してもしかたがないが、間接民主主義とは、そのような矛盾を抱えているシステムなのである。

その意味で、何らかの形で、議会とは別の形で、人びとの主張を直接あげていく直接行動が必要となるだろう。その手段の一つが、いわゆるデモということになる。デモは、人びとの主張を直接あげていく営為である。それは、基本的には二つの対象に向けられることになるだろう。一つは、今デモに参加している人びとよりも多くの人びとに向けての主張であり、彼らに賛同を求めるものである。もう一つは、首相・国会・経産省・電力会社などにむけてのものであり、彼らの行為に抗議し、翻意を促すものである。いずれにせよ、いわば、間接民主主義にあって、その矛盾を、とりあえず埋めていくものとして、デモを位置づけることができよう。そして、このようなデモがあればこそ、国会内で少数派であった河野などが、より活動しやすくなってきているともいえるのだ。

そして、このようなデモは、遠い将来において、間接民主主義という矛盾のあるシステムを「より民主化」し、直接民主主義へ向かっていく方向性の兆しともいえるのだ。

河野を批判するわけではない。彼は、良心的な政治家であろう。しかし、やはり、まさに「職業的」な見地において、限界を有しているといえる。人びとの声を社会の運営に反映させることが最大の課題であり、選挙も陳情もその手段にすぎないのだと私は思う。

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さてはて、原発が稼働しないと、供給電力が不足するという、関西電力の主張は、本当に真だったのか、大飯原発が再稼働した、今(2012年7月13日)の時点で、検証してみよう。

もう一度、関西電力の当初の主張をみておこう。2012年5月19日に発表した「今夏の需給見通しと節電のお願いについて」によると、関西電力は、7月の前半の最大電力需要を2757万kw、7月後半から8月全体のそれを2987万kw、9月1週目を2902万kw、2週目を2755万kwと想定した。そして、8月の供給予定電力を、水力203万kw、火力1472万kw、他社(自家発電等買取分)・融通(他電力会社分)644万kw、揚水223万kw、計2542万kwとして、445万kw(約14.9%)不足するとしたのである。

さて、大飯原発3号機(118万kw)が本格的に電力供給を開始した7月9日後の状況をみてみよう。関西電力が7月13日に発表した「今週の需給実績と来週以降の需給見通しについて」をみてみると、7月12日の電力供給が2564万kwであるが、最大需要は2234万kwであったとしている。もし、大飯原発が稼働しないとすると、2446万kwの供給にとどまるが、それでも需要に対して212万kw供給が上回っていることになる。もちろん、原発の稼働につれて、その余剰電力を使う揚水発電所の稼働率もあがるので、単純にはいえないが、それでも、電力不足ということはないだろう。

そして、7月第4週(7月23〜27日)の需給見通しによると、需要は2420万kwとされている。5月19日においては2987万kwと算定されており、それより567万kw(約18.9%)も少ない。他方、電力供給は、原子力が118万kw、火力が1470万kw、一般水力が281万kw、揚水が432万kw、他社・融通が633万kwで、総計で2935万kwとされている。5月19日時点では2517万kwと算出されており、417万kwも多い。原子力分をのぞいても、2817万kwも電力供給力はあることになっている。いかに原発稼働が揚水発電の稼働に関連するといっても、原発発生電力以上に寄与するとは思えない。それゆえ、節電をしなくても、電力には不足していないということになる。

つまり、そもそも、需要見込みが過大であったといえる。関西電力では、猛暑であった2010年度の最大需要3095万kwをもとに、節電効果なども考慮にいれて2987万kwとしたというが、結局、7月後半の需要見込みすら2420万kwである。たぶん、供給力も、大飯原発が稼働しない状況でも、揚水発電分は300万kwはあり、それを223万kwしか見込んでいないなど、過小評価しているように思える。

そして、電力余剰が生まれたことで、関西電力は、8基の火力発電所(384万kw)を停止するとした。7月7日に配信した読売新聞のネット記事は次のように伝えている。

関電、来週85~88%…でんき予報
 関西電力は6日、節電要請期間2週目となる、来週の「週間でんき予報」(9~13日)を発表した。大飯原子力発電所3号機(福井県おおい町、出力118万キロ・ワット)の再稼働で供給力が増強されることから、電気使用率は85~88%の「安定」で推移する見通しだ。

 日本気象協会によると、大阪市内の最高気温は30~31度と平年並みの見通し。予想気温や直近の需要を基に、需要は2080万~2170万キロ・ワットにとどまると見込んだ。

 供給力は、大飯原発3号機が9日未明にもフル稼働に達することで、2421万~2466万キロ・ワットを確保できるとし、最大8基の火力発電所(計384万キロ・ワット)の運転を停止する計画だ。

 また、経済産業省が6日発表した9~13日の電力需給見通しによると、各電力会社の最大電力使用率の中で高いのは、北海道電力の91%(10日)、四国電力の85%(11、12日)、九州電力の84%(10日)、北陸電力の83%(9日)。

(2012年7月7日 読売新聞)
http://osaka.yomiuri.co.jp/e-news/20120707-OYO1T00340.htm?from=main1

384万kwといえば、大飯原発3・4号機がともに稼働して236万kwであり、揚水発電の増加分もそれ以上ということはないだろう。この夏が終わればはっきりするが、関西電力は、現時点でも384万kwの供給をカットしても支障がないと見込んでいることになる。結局、電力不足というのは、ある意味で欺瞞であったことを、関西電力自身が認めてしまっているといえるのだ。

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