ちょっと過去になるが、2013年6月15日付朝日新聞朝刊に次のような記事が掲載された。
政府、再除染認めない方針 自治体に非公式伝達
【青木美希、鬼原民幸】福島第一原発事故後の除染について、政府が自治体に対し、今年度の計画達成は難しいことや、作業しても放射線量が下がらない場所の再除染を認めない考えを非公式に伝えていたことが分かった。「除染を加速させる」という公式見解と矛盾しており、明確な説明がないまま政策転換に動き出した。
政府は被曝(ひばく)線量を年1ミリシーベルト以下にする目標を掲げ、今年度までに1・5兆円を投入。福島県の11市町村の避難区域内を年度内に終える計画を公表し、安倍晋三首相も3月に「除染と復興の加速化」を表明した。一方、廃棄物の保管場所が確保できず、5市町では今も除染に着手していない。他も飯舘村で住宅除染の進捗(しんちょく)率が3月時点で1%など大幅に遅れている。
こうした中、11市町村中5市町村の担当者が環境省から4月以降に「今年度中の計画達成は難しい」と言われたと証言した。富岡町は「少なくとも来年度までかかる」と住民に説明し始め、担当者は「国は遅れを正式に認め、計画を早く見直してほしい」と話す。
線量が下がらない場所の再除染について、環境省が5月27日に県内7市町村が参加した意見交換会で「今のところ認めていない」と伝え、事実上拒否していたことも分かった。除染ガイドラインの関連資料で、「財政措置の対象になり得る」としている従来の方針と食い違うものだ。県内25市町村が「除染後も1ミリまで下がらない例がある」と取材に回答しており、自治体に反発が広がっている。
環境省は取材に対し、除染計画について「今年度内を目途に実施する方針に変更はない」と回答。一度も除染していない地区を優先する考えを示した。環境省幹部は「7月の参院選が終わるまでは大幅な見直しは表明できない」と語る。
この記事は、簡単に要約すれば、環境省は福島県内の避難区域をかかえる11市町村に対して、①今年度中に除染するという方針の達成は困難である、②除染しても年間1mSvに下がらない地区の再除染は認めない、という2点を非公式に伝えたということである。
もちろん、①も問題だが、長期的にいえば、②が重要である。つまり、環境省は、年間1mSvまでさげるという除染目標を事実上放棄したということになるのである。しかも、現状のところ「非公式」であり、参院選対策でおおっぴらにはされていないというのだ。参院選で現政権が勝利すれば、この方針変換はより明確に示されるであろう。
さすがに、朝日新聞も、同日朝刊の多田敏男による解説記事で次のように論評した。
(前略)
進捗率がまとまった3月には遅れが明白になったのに、石原伸晃環境相は5月の国会で「計画に変更はない」と語った。表向き「加速する」と言い、水面下で逆の姿勢を見せるのは政治の責任を放棄する行為だ。政府は現実的な除染政策を世に問い、合意形成に努めなければならない。参院選への影響を恐れ、なし崩し的に「アナウンスなき政策転換」を進めるのは論外だ。
そして、この日の朝日新聞の紙面には、避難区域ではないが、福島県湯川村、福島県中島村、福島市、郡山市、須賀川市、千葉県松戸市、茨城県日立市において、環境省が再除染費用の支出を拒んだ例が掲載されている。さらに、伊達市において高線量地域を対象として独自に年間5mSvという基準を採用したことも伝えている。
では、年間1mSv以下に下がらない地域ではどのように住民は生活するのか。そのことを2013年6月29日付朝日新聞朝刊では次のように報じている。
政府、被曝量の自己管理を提案 「除染完了」説明会で
【青木美希】政府が福島県田村市の除染作業完了後に開いた住民説明会で、空気中の放射線量を毎時0・23マイクロシーベルト(年1ミリシーベルト)以下にする目標を達成できなくても、一人ひとりが線量計を身につけ、実際に浴びる「個人線量」が年1ミリを超えないように自己管理しながら自宅で暮らす提案をしていたことが分かった。
「その気なら増産してもらう」
田村市都路(みやこじ)地区は避難指示解除準備区域に指定され、自宅に住めない。政府が計画した除染作業は一通り終わったが、住宅地は平均毎時0・32~0・54マイクロにとどまり、大半の地点で目標に届かなかった。政府は今月23日に住民説明会を一部非公開で開いた。朝日新聞が入手した録音記録によると、住民から「目標値まで国が除染すると言っていた」として再除染の要望が相次いだが、政府側は現時点で再除染に応じず、目標値について「1日外に8時間いた場合に年1ミリを超えないという前提で算出され、個人差がある」と説明。「0・23マイクロと、実際に個人が生活して浴びる線量は結びつけるべきではない」としたうえで「新型の優れた線量計を希望者に渡すので自分で確認してほしい」と述べ、今夏のお盆前にも自宅で生活できるようにすると伝えた。
説明会を主催した復興庁の責任者の秀田智彦統括官付参事官は取材に「無尽蔵に予算があれば納得してもらうまで除染できるが、とてもやりきれない。希望者には線量計で一人ひとり判断してもらうという提案が(政府側から)あった」と述べた。除染で線量を下げて住民が帰る環境を整える従来の方針から、目標に届かなくても自宅へ帰り被曝(ひばく)線量を自己管理して暮らすことを促す方向へ、政策転換が進む可能性がある。
環境省は取材に対して説明会での同省の発言を否定した。録音記録があり、多くの住民も証言していると伝えたが、明確な回答はなかった。
http://www.asahi.com/politics/update/0629/TKY201306280625.html
このような提案は、避難指示解除準備区域に指定された福島県田村市都路地区で6月23日に開催された住民説明会でなされたとされている。都路地区の除染では、住宅地においても毎時0.23μSvー年間1mSv以下に下がらなかった。しかし、政府関係者は再除染には応ぜず、線量計を渡して自己管理して生活すべきであると提案したのである。そして、今夏のお盆前から自宅で生活できるようにすると伝えたということである。
同日付の朝日新聞に掲載されている「説明会の主なやりとり」では、より露骨に、この方針が表明されている。
内閣府職員「線量計、その気なら僕が増産してもらう」
説明会の主なやりとり福島県田村市都路地区の住民向けに政府が23日開いた説明会の主なやりとりは次の通り。
住民「除染しても目標値より高い所がある。目標値まで国がやると言っていたので、しっかり再除染して頂きたい」
環境省「再除染については0.23と年1ミリ、実際に個人が生活して浴びる線量は結びつけられるべきものではない。避難基準の20ミリは大幅に下回っている」
住民「目標値にするということで除染が始まったのにおかしい。私たちが納得して初めて完了だ」
環境省「できる限りやらせて頂いた。調査はしていくし、対策を考えることもあるかもしれない」
内閣府「具体的にどのような形で避難指示を解除するか進めていきたい。帰還準備のため解除前から(自宅に)泊まってもらえる制度を作ろうと考えている」
内閣府「個人線量のはかり方がある。今日は最新型の線量計を持ってきた。皆さん、その気なら僕が増産してもらう。国の負担でやらせて頂く。やってみたほうが僕だったら安心する」
住民「うちは0.36マイクロ。住んで大丈夫か」
内閣府「私は大丈夫だと思う。20ミリ以下が一つの考え方。より安心して頂いたほうがいいということで除染をやっている。
住民「被曝線量の上限値は女性は低く、妊婦はもっと低い。一番弱い人にあわせて一生懸命、除染するのがあるべき姿だ」
内閣府「おっしゃる通りだ。20ミリをスタートとして下げる形でやっている。その一つが除染だ」
住民「子供はどれぐらいの線量で住めるのか」
内閣府「個別の線量計のデータを見て判断して頂くしかない」
解説するのもいやになるが…。結局、政府関係者の見解は、避難指示解除準備区域の線量基準であった年間20mSv以下なら「安全」であるとして、除染も「より安心頂いたほうがいい」ということでしかないのである。そして、線量計を「国の負担」で配布するとして、その線量計を使って「自己管理」せよというのである。
つまりは、年間20mSv以下ならば「安全」なのであり、「安心」したいのならば「線量計」を使って「自己管理せよいうことで、放射性管理区域のように生活せよということになろう。放射性管理区域で労働する際には、建前では専門家によって管理され、積算線量が限度を越えれば否応もなくその現場から離れざるをえない。しかし、都路地区の場合、住民生活を直接的に管理する専門家はいない。積算線量が限度をこえても生活の場を離れることはできないし、その保障もない。つまり、政府は全く責任を放棄し、住民は「自己管理」の名のもとに棄民されることになるのである。
同日付の朝日新聞は、青木美希の解説記事で、このように論評している。
(前略)
23日の説明会では、除染目標に届かなくても帰還をなし崩し的に進める政府の本音がにじんだ。国費で開発した小型線量計を自宅に戻る希望者に無償配布した被曝量を抑える生活を工夫してもらい、帰宅者を増やして避難区域解除の環境を整える狙いが垣間見えた。解除後には賠償が打ち切られる。 自宅に戻らず暮らしていけるのかという不安も広がる。除染に責任を持つと言いつつ、再除染を拒んだまま住民に責任を転嫁する形で帰還を進めるのは、国の責任の放棄だ。
朝日新聞の報道には、残念ながら首を傾けることもある。しかし、この報道とそれに対する論評には賛意を示しておきたい。