前回は、柏市で4月初め時点で0.50μSv/h程度の比較的高い放射線量が計測されたにもかかわらず、柏市に所在する国立の専門機関である東京大学と国立がん研究センターが身体に直ちに影響がないなどのコメントを出していたことを述べた。そして、柏市もそのコメントに当初従うしかなかった。
それが変わってくる契機となったのは、2011年5月27日に文部科学省が学校における子どもの被ばく線量につき年間1mSv以下にすることを目標とすると発表したことであったといえよう。周知のように、文部科学省は4月19日に子どもの被ばく許容線量を年間20mSv以下とすることを発表した。かなり後のものであるが、文部科学省の考え方がわかるものとして、次のサイトの記事をここであげておこう。
「福島県内の学校等の校舎・校庭等の利用判断における暫定的考え方」等に関するQ&A
1.「福島県内の学校の校舎・校庭等の利用判断における暫定的考え方について」とは、どのような内容なのでしょうか。
「福島県内の学校の校舎・校庭等の利用判断における暫定的考え方について」(以下「暫定的考え方」という。)は、福島県や文部科学省が、福島県内の学校等で行った放射線モニタリングの結果を踏まえ、学校等の校舎・校庭の利用判断に関する目安を示したもので、4月19日に政府の原子力災害対策本部が原子力安全委員会の助言を得てまとめたものです。
具体的には、年間1から20ミリシーベルトを学校の校舎・校庭等の利用判断における暫定的目安とし、今後できる限り、児童生徒等が受ける線量を減らしていくことが適切であるとしています。
また、毎時3.8マイクロシーベルト(1年間365日毎日8時間校庭に立ち、残りの16時間は同じ校庭の上の木造家屋で過ごす、という現実的にはあり得ない安全側に立った仮説に基づいた場合に、年間20ミリシーベルトに相当)の空間線量率を校舎・校庭等の利用判断における暫定的な目安とし、校庭等の空間線量率がこれ以上の学校等では、校庭等での活動を1日当たり1時間程度にするなど、学校の内外での屋外活動をなるべく制限することを求めています。4月19日時点でこれに該当する学校は13校ありましたが、現在では、この目安以上の学校はありません。
さらに、文部科学省は、児童生徒等の受ける線量が実際に継続的に低く抑えられているかを確認するため、原子力安全委員会の助言を踏まえ、
学校等における継続的なモニタリングを実施し、その結果を原子力安全委員会に報告する
学校等に積算線量計を配布して、教職員に携帯して頂き、実際の被ばく状況を確認する
こととしています。
また、今回の「暫定的考え方」は、モニタリングの結果等を踏まえ、おおむね8月下旬を目途に見直します。
「暫定的考え方」は学校の校舎、校庭の利用の判断基準となる考え方であり、「年間20ミリシーベルトまで放射線を受けてよい」という基準ではありません。
2.「暫定的考え方」の毎時3.8マイクロシーベルトというのは、どの程度の放射線量だと考えればいいのでしょうか。
放射線防護の国際的権威である国際放射線防護委員会(ICRP)は、緊急時や事故収束後等の状況に応じて、放射線防護対策を行う場合の目安として「参考レベル」という考え方を勧告しています。緊急時は年間20~100ミリシーベルト、そして、事故収束後の復旧時は年間1~20ミリシーベルトの幅で対策を取るべきとしています。
「暫定的考え方」では、いまだ福島第一原子力発電所の事態が収束していない状況ではありますが、児童生徒等を学校に通わせるという状況に適用するため、緊急時の参考レベルではなく、復旧時の参考レベルである年間1から20ミリシーベルトを暫定的な目安とし、これをもとに、毎時3.8マイクロシーベルトという校舎・校庭の利用判断の目安を導いたものです。
具体的には、児童生徒が放射線の強さが毎時3.8マイクロシーベルトの校庭に1年365日毎日8時間立ち、残りの16時間は同じ校庭の上の木造家屋で過ごす、という現実的にはあり得ない安全側に立った仮説に基づいた場合に、年間20ミリシーベルトになることになります。
実際には、放射性物質は時間の経過とともに減衰します。実際にその後放射線レベルが下がっていることが確認されています。仮に3月10日以前の生活パターン(校舎内5時間、校庭2時間、通学1時間、屋外3時間、屋内(木造)13時間。3月11日以降はより屋内中心の生活となっていると想定される。)に基づく、より現実的な児童生徒の生活パターンに当てはめて試算すると、児童生徒が受ける線量は4月14日時点の校庭で毎時3.8マイクロシーベルトの学校の場合でも、多くてもICRPの参考レベルの上限である年間20ミリシーベルトの半分以下であると見込まれます。(後略)
http://www.mext.go.jp/a_menu/saigaijohou/syousai/1307458.htm
細かな試算については、上記の文部科学省のサイトをみてほしい。文部科学省は、福島県の学校を対象として、児童・生徒の被ばく線量を年間20mSv以下におさえることとし、それ以上になる場合は校舎・校庭の使用を制限するとしたのである。具体的には3.8μSv/hを基準としいていた。文科省としては、3.8μSv/hでも年間20mSvにはならないとしている。この基準では、最高0.74μSv/h程度が計測されていた柏市の放射能汚染は問題にならなかったといえる。
しかし、この年間20mSvという基準は、5月27日に文科省によって事実上見直され、1mSvを目標とすることになった。これは、福島県内の学校や保護者の声など世論の力が大きかったといえる。朝日新聞朝刊2011年5月28日号は、このように伝えている。
子どもの被曝量年1ミリ以下目標 文科省
放射能の子どもたちへの影響が不安視されるなか、対応を迫られた文部科学省は、学校での児童・生徒の年間被曝量を1ミリシーベルト以下に抑えることを目指す方針を打ち出した。校庭の土壌処理の費用を支援するほか、専門家の意見を参考に被曝量の低減に向けた方策を探るという。
文科省は、校庭利用の制限を巡る年間20ミリシーベルトの基準はひとまず変えない考えだ。しかし、福島県内の学校や保護者から「基準値が高すぎる」「子どもの健康に影響があるのではないか」との声はやまず、文科省として放射線量の低減に積極的に取り組む姿勢を示した。
毎時1マイクロシーベルト以上の学校の土壌処理の費用について、国がほぼ全額を負担。今月末からは放射線防護や学校保健の専門家を対象にヒアリングを重ね、学校や家庭生活でさらに被曝量を下げることが可能かどうか検討するという。
また、ここで、前述の文科省のサイトから、5月27日の方針変更について述べているところをみておこう。文科省は、年間20mSvという基準はかえないが、年間1mSvを目標とし、除染などを実施するとしている。文科省としては、この期に及んでも年間20mSvを基準とすることにこだわっていたといえる。
7.5月27日「福島県内における児童生徒等が学校等において受ける線量低減に向けた当面の対応について」は、どのような内容なのでしょうか。
福島県内における学校等の校庭等の土壌対策に関しては、5月17日に、原子力災害対策本部において「原子力被災者への対応に関する当面の取組方針」を策定し、教育施設における土壌等の取扱いについて、早急に対応していくこととされました。
また、第1次補正予算により、福島県内の全幼稚園、小中高等学校、高等専修学校等に、携帯できる積算線量計を配布することとし、5月27日に配布しました。これにより、各学校等における、年間の積算線量の測定が可能となりました。
これを機に、「暫定的考え方」で示した、今後できるかぎり、児童生徒等の受ける線量を減らしていくという基本に立ち、今年度、学校において児童生徒等が受ける線量について、当面、年間1ミリシーベルト以下を目指すこととしました。具体的施策として、文部科学省または福島県による調査結果に基づき空間線量率が毎時1.0マイクロシーベルト以上の学校等を対象として、校庭等の土壌に関して児童生徒等の受ける線量を低減する取組に対して、学校施設の災害復旧事業の枠組みで財政的支援を行うこととしました。
7-1.5月27日に基準を20ミリシーベルトから1ミリシーベルトに引き下げたと聞きましたが、従来の「暫定的考え方」を変更したのでしょうか。
4月19日に示した「暫定的考え方」は、児童生徒等が学校内外で受ける放射線量について、年間1から20ミリシーベルトを暫定的目安とし、今後できる限り減らしていくことが適切であるとしています。
5月27日に示した「当面の対応について」は、この「暫定的考え方」を実現するため、その方針に沿って、今年度、学校内における線量低減の目標を掲げるとともに、目標実現のための方策を示したものです。
具体的には、今年度、学校内において受ける線量について、当面、年間1ミリシーベルト以下を目指すとともに、土壌に関する線量を下げる取組に対し、国として財政的な支援を行うこととしました。
今回の措置における年間1ミリシーベルト以下というのは、「暫定的考え方」に替えて屋外活動を制限する新たな目安を示すものではなく、文部科学省として、今後、まずは学校内において、できる限り児童生徒等が受ける線量を減らしていく取組を進めるにあたり、目指していく目標です。
したがって、年間1ミリシーベルト以下を目指すことによって、学校での屋外活動を制限する目安を毎時3.8マイクロシーベルトからその20分の1である毎時0.19マイクロシーベルトに変更するものではありません。
http://www.mext.go.jp/a_menu/saigaijohou/syousai/1307458.htm
この学校における子どもの被曝量を年間1mSv以下とするという方針が、その後の除染基準となっていく。その意味で、この方針の意味は大きい。しかし、この方針が、いわば福島県の人びとを中心とした世論の力で文科省に押しつけていったことは注目しなくてはならないといえる。
そして、本来、子どもの被曝量問題は、放射能汚染が顕著な福島県の問題であった。もちろん、首都圏でも、柏市に限らず放射線量は平常値よりも高く、健康に対する不安を訴えていた人が多数存在し、避難していた人びともいた。しかし、それまで、文科省などの政府側が年間20mSvを基準としており、公的な問題にすることは難しかったといえる。ここで、文科省がしぶしぶながらも福島県の子どもたちの被曝量を年1mSvを目標とする方針を打ち出したことにより、首都圏でも放射能汚染問題を公的に問題にすることが可能になったといえよう。
実際、その効果はかなりすぐ現れてきた。2011年6月6日、柏市のサイトに「放射線量に関する市長・秋山浩保から市民の皆様へのメッセージ」が発表された。その中では、
そのような状況の中で、「他より数字が高いから、とにかく不安」、「皆が不安になっていると、自分も同じ気持ちになる」という不安の連鎖が広がっており、今までのように、東大等のメッセージを引用しているだけでは、その不安を解消することが難しいという認識を持ちました。
そこで、より専門性の高い機能を持ち、今回のような広域的な課題に対処すべき千葉県に、測定およびその結果と考え方の提示を、5月17日に東葛6市で要請しました。また、複数の専門家による指導のもと、6市でも専門業者による測定を行っていく準備を進めています。http://www.city.kashiwa.lg.jp/soshiki/020300/p008483.html
とされている。
また、6月13日には、「東京大学環境放射線情報を問う東大教員有志」が、健康に支障がないなどとする東京大学のサイト「東京大学環境放射線情報」に対する申し入れを行っている。
次回以降、より詳しく、この二つの動きと、それらに対する東大の対応をみていくことにしたい。
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