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Posts Tagged ‘小児甲状腺がん’

福島県浪江町津島に居住し、3.11以後福島市に避難していた、ある農民が84歳でなくなった。名を三瓶明雄氏という。そのことを伝える福島民報2014年6月8日付につき、写真とテクストで以下にしめしておく(なお、本記事は東京の早稲田大学所蔵の福島民報からとった。いろいろネットなどをみていると、福島県ではすでに6月7日付福島民報で報じられていたらしい)。

福島民報2014年6月8日(6版)21面

福島民報2014年6月8日(6版)21面

 

「 DASH村」出演

三瓶明雄氏(さんぺい・あきお=「DASH」村出演者)6日午前8時50分、急性骨髄性白血病のため伊達市の病院で死去、84歳。自宅は福島市新浜町2の38。通夜は9日午後6時から、告別式は10日正午からともに福島市泉のさがみ福島ホールで。喪主は美智子(みちこ)さん。
 日本テレビ系の番組「ザ!鉄腕!DASH!!」に出演。人気グループTOKIOのメンバーと浪江町津島の山村「DASH村」で農作業などに当たった。東京電力福島第一原発事故により浪江町が避難区域となり、福島市に避難していた。

この三瓶明雄氏は、日本テレビ系の番組「ザ!鉄腕!DASH!!」に出演し、福島県外でも知られた人だったようである。そこで、東京の各新聞も、三瓶明雄氏の氏を報じた。下記に、拙宅(東京)に配達された朝日新聞における死亡記事をあげておく。

朝日新聞2014年6月7日朝刊(14版)38面

朝日新聞2014年6月7日朝刊(14版)38面

 

三瓶明雄さん(さんぺい・あきお=農業)6日、福島県伊達市内の病院で死去、84歳。通夜は9日午後6時から、葬儀は10日正午から福島市泉下鎌15の1のさがみ福島ホールで。
 日本テレビ系のバラエティー番組「ザ!鉄腕!DASH!!」で、アイドルグループTOKIOが同県浪江町で農作業などをする人気企画「DASH村」に出演。メンバーに農作業の指導をしていた。

福島民報より簡略になっているが、記事内容に大きな違いはない。しかし、一点違いがある。福島民報では死因が「急性骨髄性白血病のため」となっている。しかし、朝日新聞の記事は死因の記述はない。ネットでみる限り、読売新聞・毎日新聞なども死因の記載はないのである。スポニチアネックスによると「死因は不明」とされている。
(スポニチアネックスはhttp://news.livedoor.com/article/detail/8911823/より引用。)

そして、日本テレビの『ザ!鉄腕!DASH!!』では6月8日の放送で、番組レギュラーの TOKIOが三瓶明雄氏を追悼するメッセージが流された。感動的なものであったが、三瓶氏が「急性骨髄性白血病」でなくなったことには一言もふれていないのである。ここでは、メッセージの動画と、それを報道した朝日新聞のネット配信記事をあげておこう。

TOKIO、三瓶明雄さん追悼「見守ってね」
2014年6月8日

 日本テレビ系『ザ!鉄腕!DASH!!』(毎週日曜 後7:00)が8日放送され、看板コーナー「DASH村」で農作業を指導し、今月6日に他界した三瓶明雄(さんぺい・あきお)さんをTOKIOのメンバーが偲んだ。番組の最後、これまでの思い出を振り返るVTRが流され、ナレーションで優しく語りかけるように感謝を伝えた。

     ◇

 明雄さん、僕達は正直、まだ心の整理がつかずにいます。

 本当はまた今年の米を一緒に収穫したかった。

 もう会えないなんて、今は信じることができません。

 明雄さん、僕たちは明雄さんに教えてもらった、自分の手で作り、育てることの素晴らしさや大切さをずっと忘れずにやっていきます。

 だから僕達がしっかりやれているか見守っていてね。

 そして天国で少しはゆっくり休んで下さい。

 TOKIO

 三瓶さんは企画開始時からTOKIOのメンバーに農作業や山仕事のいろはを教え、訃報に際しネット上では「6人目のTOKIO」とその功績や人柄が讃えられている。
http://www.asahi.com/and_w/interest/entertainment/CORI2038375.html?iref=comtop_list_andw_f01

がんや白血病は、放射線被曝で発生することもあると一般的に想定されている病気である。福島県でも、児童の甲状腺がん患者が発生していると報道され、このブログでも紹介している。ただ、福島県では、放射線被曝との関連性を認めていない。

そのようなことから類推するならば、三瓶明雄氏の死因が「急性骨髄性白血病」であったとしても、原因を放射線被曝であるということは否定できるはずだといえる。にもかかわらず、福島県外のメディアは、おしなべて三瓶明雄氏の死因を隠蔽した。

この隠蔽によって、逆説的に次のことがいえるだろう。福島県外のメディアは、福島県内のがんや白血病の罹患は放射線被曝の影響かもしれないと考えている。しかし、彼らは、そのことを報道することをタブーとしているといえるだろう。ある意味で「美味しんぼ」批判がきいている。「急性骨髄性白血病」の罹患が、放射線被曝によるものであるかないか、これはだれにも確定的には答えられない。ただ、福島県の関係者のように、「この程度の被曝線量では白血病は発症しえない」と言い切ることは可能であろう(そのことが妥当であるかどうか、これこそ歴史の審判が必要だろうが)。しかし、福島県外のメディアは、そうする自信もなく、死因を報道しないことを選択している。その際、放射線が現実に影響するかどうかではなく、「福島県に居住し続けている人びとの思いを慮って」というだろう。

まことに「優しい」ことである。ただ、この「優しさ」とは、がん患者にがんに罹患していることを伝えない「優しさ」に似ていると思う。私個人がどう判断するかということではない。この「隠蔽」と「優しさ」は、福島県外のマスコミが「急性骨髄性白血病」という病名への意識と、それを報道することへのリアクションを、問わず語りに語っているといえるのだ。

そして、この「優しい隠蔽」の背後で、以下の福島県のサイトをみるように、 TOKIOを起用した、福島県の野菜販売促進キャンペーンは続いていっているのである。

http://www.new-fukushima.jp/tvcm_vege

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さて、東日本大震災と福島第一原発事故に対して、科学者は何ができるのだろうか。もちろん、義援金を送る、ボランティアに行くなどの直接的支援も個人としては可能である。また、例えば、脱原発デモに行くなど市民としての政治的意思表示もできるだろう。しかし、科学者の職能を生かしたこととして、どのようなことができるのか。

これは、広い意味で、「研究」(自然科学・社会科学・人文科学)に携わっている者すべての問題である。しかし、ここでは、自然科学者である児玉龍彦氏が『内部被曝の真実』(幻冬舎新書 2011年)で提示した考え方に即して検討していくことにする。

児玉龍彦氏は、東京大学医学部出身で、現在、東京大学先端科学技術研究センター教授・東京大学アイソトープ総合センター長である。福島第一原発事故後、児玉氏の言によれば法律違反を犯してまで南相馬市の放射線の測定と除染を行ってきた。そして、7月27日に衆議院の厚生労働委員会に参考人として出席し、放射線の測定や除染についての国の無策を「私は満身の怒りを表明します」と批判し、国策として、福島第一原発周辺における放射線の測定と除染を行うことを提唱した。

ここでは、児玉氏の行動の背後にある思想に注目してみたい。児玉氏は、1986年のチェルノブイリ事故の際多くみられた小児甲状腺がんについて、このように指摘する。

 

性質が特徴的である小児の甲状腺がんといっても、ウシとヒトの2段階の生物学的濃縮と、2段階の遺伝子変化を経て発症までには長い時間がかかっている。こうした場合に数万人集めて検診を行なっても、なかなか因果関係を証明できない。エビデンスが得られるのは20年経って全経過を観測できてからである。これでは患者の役には立たない(本書p83)。

今や周知である、チェルノブイリ事故による小児甲状腺がんの増加について、統計的に因果関係を証明するというエビデンスを得るのに20年もかかったというのである。そして「これでは患者の役には立たない」と児玉氏は主張するのである。

エビデンスがないということは問題がないということではない。本書の中で、児玉氏は、長崎大学名誉教授長瀧重信氏の次のような主張を引用している。

国際機関で“因果関係があると結論するにはデータが不十分である”という表現は、科学的には放射線に起因するとは認められないということである。ただし、科学的に認められないということは、あくまで認められないということで、起因しないと結論しているわけではない。(長瀧重信「私の視点 被爆者援護法 科学の限界ふまえ改正せよ」 朝日新聞2009年8月2日号 本書p84より引用)

その上で、児玉氏は、このような形で問題を把握することを主張した。

それでは、病気が実際に起こっている段階で、医療従事者はどのように健康被害を発見したらいいのか。ここで、普通で起こりえない、「肺転移を伴った甲状腺がんが小児に次から次へとみられた」という極端な、いわば終末型の変化を実感することが極めて重要になってくる。軽微な変化を多数みるのではなく、極端な現象に注意するということが警報として最も大事であろう(本書p83~84)

ここでは、上から俯瞰的に見るのではなく、現場にたち、そこでの重要な問題を考えていくことが「警報として最も大事」としている。ある意味で、場に即した「臨床」の知といえるだろう。

児玉氏は、津波被災予測問題をとりあげ「専門家とは、歴史と世界を知り、本当の危機が顕在化する前にそれを防ぐ知恵を教える人でなければならない」(本書p114~115)という。他方で、「福島にとどまって住まざるをえない人々がいる以上、その人たちのためにどのような対応を急ぐべきかが重要だ。危険だ、危険だとばかり言っていてもしかたがないのではないか。」(本書p59)という質問に対して、このように答えている。

 

危険なことがあったら、これは本当に危険だから、苦労があっても何でもやっていこうと国民に伝えるのが専門家です。みんなが専門家に聞きたいのは、何も政治家みたいに折り合いをつけることじゃない。危険を危険だとはっきり言うのが専門家なのです。
 今までの原子力学会や原子力政策のすべての失敗は、専門家が専門家の矜持を捨てたことにあります。国民に本当のことを言う前に政治家になってしまった。経済人になってしまった。これの反省なくしては、われわれ東京大学も再生はありえないし、日本の科学者の再生もありえないと思っています。(本書p61)

危険を最大限防ぐために警告するーそれこそが専門家に求められていることと児玉氏はいう。そして、そのような専門家の矜持を捨てたことが、原子力学会・原子力政策の失敗の原因であると児玉氏は指摘するのである。

そして、児玉氏は、政治・行政については、国会でこのように要望している。

 

私が一番申し上げたいのはですね、住民が戻る気になるのは、行政なり何なりが一生懸命測定して、除染している地域です。測定も除染もなければ、「安全だ」「不安だ」と言われても、信頼できるところがありません。ですから、「この数値が安全」「この数値がどう」ということではなしに、行政が仕組みを作って一生懸命測定をして、その測定に最新鋭の機械を投じて、除染に最新鋭の技術をもって、全力でやっている自治体が、一番戻るのに安心だと思います(本書p35)。

といいつつも、児玉氏にもためらいがないわけではない。7月27日に国会で話す前に、児玉氏はこのように感じていたという。

 

だが、放射線被害と、その予防について、1週間でまとめて、国会で話せる自信はなかった。間違ったことを言ってご迷惑をかけるかもしれない。専門家としての自分の評価に傷がつくかもしれない。
 ためらいがあった。(本書p115)

児玉氏は、実はかなりの葛藤を抱いていたと考えることができる。科学者としては、「間違ったこと」はいいたくない。それは「専門家としての自分の評価」ということにもかかわるのだ。例えば、チェルノブイリ事故の際の小児甲状腺がんの発生については、「エビデンス」にこだわって、放射線起源であることを科学者としてもなかなか認めなかったのは、単に、IAEAやソ連の当局者に影響されたとばかりみることはできない。実証性を重んずる科学者の特性でもある。

しかし、それは、それこそ、IAEAなどが原発事故の影響を過小評価することにも結び付いてしまうといえよう。それこそ、20年もかかって小児甲状腺がんと事故との因果関係が立証されるしかないならば、それまでの期間は原発事故の人体の影響は考慮されない。そして、それは、対策の遅れにもつながっていく。今苦しんでいる人たちにはどのような医療を施したらよいのか。このことにはだれが責任をもち、費用負担はどうするのか。因果関係が立証されるまで何もしないということは、今、目の前で苦しんでいる人たちを救わず、責任者たちの責任回避を助けることになる。

その意味で、児玉氏は、「専門家とは、歴史と世界を知り、本当の危機が顕在化する前にそれを防ぐ知恵を教える人でなければならない」というのである。とにかく、今、起ころうとする危機を直視し、それが顕在化するまでに、対処できる知識を手渡していなねばならない。それこそが「専門家」だということになる。

もちろん、例え20年かかっても、学術的に因果関係を実証することを児玉氏は忘れているわけではない。本書では、何年かかっても実証してきた人びとに対する敬意の念があふれている。臨床の場で状況を把握し対処しつつ、やはりエビデンスを求めていくということ、そのような往復関係として、児玉氏の「科学」はとらえるべきなのではなかろうか。

このような児玉氏の姿勢は、自然科学だけでなく、社会科学・人文科学においても尊重すべきものと思う。

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