さて、昨2011年12月16日の野田首相による福島第一原発事故「収束宣言」を受けて、福島第一原発周辺地域の警戒区域(立入制限)、計画的避難区域(居住等制限)が見直されることになった。官邸の原子力災害本部が12月26日に発表した「ステップ2の完了を受けた警戒区域及び避難指示区域の見直しに関する基本的考え方及び今後の検討課題について」では、このように説明している。
現在、東京電力福島第一原子力発電所の半径20km に設定されている警戒区域は、引き続き同原子力発電所の状況が不安定な中にあって、再び事態が深刻化し住民が一度に大量の放射線を被ばくするリスクを回避することを目的に設定されたものである。
ステップ2の完了により、原子力発電所の安全性が確認され、今後、同原子力発電所から大量の放射性物質が放出され、住民の生命又は身体が緊急かつ重大な危険にさらされるおそれはなくなったものと判断されることから、警戒区域は、基本的には解除の手続きに入ることが妥当である。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/genshiryoku/dai23/23_06_gensai.pdf
つまり、警戒区域は、すでに拡散された放射性物質によってもたらされた放射線量ではなく、さらなる福島第一原発の過酷事故により、住民が大量に被ばくするリスクを回避することを目的として設けられたので、「収束宣言」以後は不必要なものとしているのである。なお、計画的避難区域は「既に環境中に放出された放射性物質からの住民の被ばくを低減するため、事故発生から1年の期間内に累積線量が20ミリシーベルトに達するおそれのある地域」であり、年間20mSvを基準として設定されたとしている。
その上で、年間20mSvを基準として「避難指示解除準備区域」を設けることにしたとしている。他方、20〜50mSvの区域を居住を制限する「居住制限区域」、50mSv以上を立入を制限する「帰還困難区域」とした。「避難指示解除準備区域」を設けた正当性をこのように説明している。
① 住民の帰還を進めるに当たり、まずは地震・津波に起因するインフラ被害による住民への危険を回避する必要があることは言うまでもないことである。
このため、道路や防災施設などについて最低限の応急復旧を急ぎ、必要な防災・防犯対策を講じた上で、区域特有の課題に取り組むこととする。
② さらに、放射性物質による汚染に対するおそれを絶えず抱えている住民の心情をかんがみれば、こうした物理的なリスクの排除のみならず、放射性物質による影響に関する住民の安全・安心の確保は帰還に当たっての大変重要な課題であると考えられる。
③ 原子力安全委員会は、本年8月4日に示した解除に関する考え方において、解除日以降年間20ミリシーベルト以下となることが確実であることを、避難指示を解除するための必須の要件であるとの考えを示した。
④ この度の区域見直しの検討に当たっては、年間20ミリシーベルトの被ばくリスクについては様々な議論があったことから、内閣官房に設置されている放射性物質汚染対策顧問会議の下に「低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループ」を設け、オープンな形で国内外の幅広い有識者に意見を表明していただくとともに、低線量被ばくに関する国内外の科学的知見や評価の整理、現場からの課題抽出などを行った。
その結果、事故による被ばくリスクを自発的に選択できる他のリスク要因と単純に比較することは必ずしも適切でないものの、リスクの程度を理解する一助として評価すると、年間20ミリシーベルト以下については、健康リスクは喫煙や飲酒、肥満、野菜不足など他の発ガン要因によるリスクと比較して十分に低いものである。年間20ミリシーベルトは、除染や食品の安全管理の継続的な実施など適切な放射線防護措置を講ずることにより十分リスクを回避出来る水準であることから、今後より一層の線量低減を目指すに当たってのスタートとして用いることが適当であるとの評価が得られた。
⑤ こうした議論も経て、政府は、今回の区域の見直しに当たっても、年間20ミリシーベルト基準を用いることが適当であるとの結論に達した。
⑥ しかしながら、放射性物質による汚染に対する強い不安感を有している住民がいることも事実であり、これを払拭するための積極的な施策が必要である。
このため、健康管理の着実な実施への支援に加え、国は、放射性物質の健康影響に関する住民の正しい理解の浸透と対策の実施のために、県や市町村と連携して、政府関係者や多方面の専門家がコミュニティレベルで住民と継続的に対話を行う体制の整備や地域に密着した専門家の育成、透明性の確保及び住民参加の観点から地域への放射線測定器の配備を行うこととする。
この区域を設定する上に当って一番重視したことは地震・津波によって破壊されたインフラの復旧であることとしている。これは注目すべきことである。放射線による区域内での被ばくは二義的なもので、「さらに、放射性物質による汚染に対するおそれを絶えず抱えている住民の心情をかんがみれば、こうした物理的なリスクの排除のみならず、放射性物質による影響に関する住民の安全・安心の確保は帰還に当たっての大変重要な課題であると考えられる」としているように、心情的な問題としているのである。
その上で、この区域における放射線量の上限基準を20mSvとしている。これは、国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告によるものである。サイト「原子力百科事典」(高度情報科学技術研究機構運営、略称ATOMICA)により、少し検討しておこう。この勧告については、このように概括されている。
ICRP勧告(1990年)による個人の線量限度の考え (09-04-01-08)
<概要>
ICRP(国際放射線防護委員会)による線量限度は、個人が様々な線源から受ける実効線量を総量で制限するための基準として設定されている。線量限度の具体的数値は、確定的影響を防止するとともに、確率的影響を合理的に達成できる限り小さくするという考え方に沿って設定されている。水晶体、皮膚等の特定の組織については、確定的影響の防止の観点から、それぞれのしきい値を基準にして線量限度が決められている。がん、遺伝的疾患の誘発等の確率的影響に関しては、放射線作業者の場合、容認できないリスクレベルの下限値に相当する線量限度と年あたり20mSv(生涯線量1Sv)と見積もっている。公衆に関しては、低線量生涯被ばくによる年齢別死亡リスクの推定結果、並びにラドン被ばくを除く自然放射線による年間の被ばく線量1mSvを考慮し、実効線量1mSv/年を線量限度として勧告している。
http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_No=09-04-01-08
公衆の限度線量は1mSv以下であり、20mSvは放射線作業者の限度線量なのである。ただし、これは、平常時のものである。緊急時の公衆の限度線量は、ATOMICAではこのように定義されている。
緊急時被ばく状況(事故などの非常事態での職業被ばくと公衆被ばく)と現存被ばく状況(非常事態からの回復、復興期を含めて既に被ばくが存在する事態)においては、表5に示すように、計画被ばく状況とは異なる防護体系が適用される。非常事態では線量限度や線量拘束値を用いずに状況に応じて適切な参考レベルを選定して、防護活動を実施する。なお、参考レベルとはそれ以上の被ばくが生じることを計画すべきでない線量またはリスクレベルをいう。
1990年勧告の後、約10年間に様々な状況に対する30に及ぶ制限値が勧告された。例えば、緊急時の公衆被ばくに関しては、5件の項目に対して介入レベルが勧告されている(表6)。しかし、この防護体系は複雑過ぎるため、2007年勧告では1mSv以下、1~20mSv、20~100mSvの3つの枠を定義し、状況に応じてそれぞれの枠内で適切な線量拘束値または参考レベルを設定し、防護活動を行うことを勧告している。緊急時の公衆被ばくの参考レベルとしては、表6に示すように、20~100mSvの枠内で状況に応じて選定することとしている。
2011年3月の福島第一原発事故においては、周辺住民の被ばく限度として、国は20~100mSvの枠のうち最小の値である20mSv/年を選定した。ICRPは、この枠内で参考レベルを選定する場合、放射線のリスクと線量低減活動について住民に説明し、個人の線量評価を実施することを勧告している。
結局、年間20mSvは、緊急時の公衆の限度線量なのである。こうやってみてみると、「収束宣言」自身がいかなる意味があったのかわからなくなってくる。なお、がん・白血病・遺伝的障害などについては、このように説明されている。
細胞レベルの損傷は、極低線量(あるいは低線量率)の被ばくによって引き起こされるため、障害が発生する確率は、被ばく線量(あるいは線量率)に比例して増加することになる。実質的にほとんど障害が発生しない線量は存在するが、障害発生の確立がゼロとなるしきい線量は存在しないと考えられる。したがって確率的影響は、被ばく線量を合理的に達成できる限り低く制限することによって、その発生確率を容認できるレベルまで制限することになる。
そして、ATOMICAでは、年間被ばく線量の多寡による年死亡確率を表として示している。例えば、75歳時の100万人あたりの年死亡者数では、年間20mSvならば1900人、5mSvならば470人、1mSvならば95人とされている。年間20mSvにおいても0.19%死亡者数が増加するだけだが、もし首都圏のように1000万人の人口規模ならば、約2万人死亡者が増加するということになる。そして、確かに低い確率であるが、低放射線量でも死亡者は増加するのである。
年齢別条件付き年死亡確率
ということで、年間20mSvは緊急時の(それこそ、福島第一原発事故直後のような時期)の基準でしかないといえる。なお、この
ATOMICAは文科省の事業であり、別に原発反対派のサイトではないことを付記しておこう。
そして、前述の原子力災害本部の「ステップ2の完了を受けた警戒区域及び避難指示区域の見直しに関する基本的考え方及び今後の検討課題について」では、「避難指示解除準備区域」について、このような方針で望むことにしたと説明している。
① 避難指示解除準備区域
(基本的考え方)
(i) 現在の避難指示区域のうち、年間積算線量20ミリシーベルト以下となることが確実であることが確認された地域を「避難指示解除準備区域」に設定する。
同区域は、当面の間は、引き続き避難指示が継続されることとなるが、除染、インフラ復旧、雇用対策など復旧・復興のための支援策を迅速に実施し、住民の一日でも早い帰還を目指す区域である。
(ii) 電気、ガス、上下水道、主要交通網、通信など日常生活に必須なインフラや医療・介護・郵便などの生活関連サービスがおおむね復旧し、子どもの生活環境を中心とする除染作業が十分に進捗した段階で、県、市町村、住民との十分な協議を踏まえ、避難指示を解除する。
解除に当たっては、地域の実情を十分に考慮する必要があることから、一律の取扱いとはせずに、関係するそれぞれの市町村が最も適当と考える時期に、また、同一市町村であっても段階的に解除することも可能とする。
(立入規制など区域の運用)
(ⅰ) 同区域の汚染レベルは、年間積算線量20ミリシーベルトを下回っていることが確認されており、現存被ばく状況に移行したものと見なされる。
このため、主要道路における通過交通、住民の一時帰宅(ただし、宿泊は禁止)、公益目的の立入りなどを柔軟に認める方向で検討する。
(ii) 加えて、事業所の再開、営農の再開について、公共インフラの復旧状況や防災・防犯対策などに関する市町村との協議を踏まえ、柔軟に認めることを検討する。
なお、これらの立入りの際には、スクリーニングや線量管理など放射線リスクに由来する防護措置を原則不要とすることも検討する。
(除染及びインフラ復旧の迅速な実施)
(i) 国は、特別地域内除染実施計画に基づき迅速に除染を実施する。実施に当たっては、子どもの生活環境や公共施設など優先度の高い施設を中心に、地域ごとの実情を踏まえた取組を進めることを検討する。
(ii) インフラ復旧・整備については、まずは早急に状況を把握し、住民の帰還のために必要なインフラの復旧を行うなど、生活環境の整備を迅速に実施することを検討する。
(局所的に線量の高い地点の扱い)
(i) 避難指示解除準備区域が設定される地域においても、局所的に線量の高い地点が存在し得る。
こうした地点については、避難指示が継続されている地域内に存在する地点であることにかんがみ、居住制限区域(後述)や特定避難勧奨地点を設定することはせずに、優先して除染を実施することにより早期の線量低減を図ることを検討する。
(ii) なお、避難指示区域外において現在設定されている特定避難勧奨地点についても、その解除に向けた検討を開始する。
つまり、避難指示準備解除区域においては、現時点での居住は許さないが、①インフラ復旧、②子どもの生活環境地点や特別に線量が高い地点などを中心とした部分的な除染を前提にして避難指示を解除するということになっている。全面的な除染は避難指示解除の条件とはなっていないのである。結局のところ、東京圏(年間1mSv、ICRPの平常時公衆の被ばく限度)の約20倍の年間20mSvが現状では基準となっている。
前回のブログでは、福島県の自治体では、現状では年間5mSと東京圏の約5倍となっていることを述べた。ここでは、さらに東京圏の20倍が、事実上の被ばく限度とされ、それを前提にして「復興」が進められているのである。
今のところ、「避難指示解除準備区域」で、「避難指示」が解除され、居住が許可されたところはない。ただ、福島民報は、8月10日に「避難指示解除準備区域」に再編された楢葉町では、町内の除染作業者などの「避難指示解除準備区域」の宿泊を認めるように要望していることを伝えている。年間20mSvを居住の基準とすることへの布石といえよう。
町内宿泊を国に要望 除染作業員や防犯関係者に対して楢葉町
今月10日に警戒区域が避難指示解除準備区域に再編された福島県楢葉町が、除染作業員や防犯関係者らに限り町内に宿泊できるよう国に要望していることが30日までに分かった。
再編後は町内への出入りは自由だが宿泊は禁止されている。国は例外的に宿泊を認めるか調整しており、近く方針を公表するとみられる。一方で避難指示解除準備区域を持つ他の一部の自治体は慎重な姿勢を見せており、国が宿泊を認めるかは不透明だ。
町によると9月から国直轄で本格的な除染作業が始まる。多い日で1500人を超す作業員が出入りするという。
町は宿泊が認められれば作業員らの通勤時間が大幅に短縮されるとともに作業時間を確保できると期待する。さらに再編に関して多くの町民が不安に感じていた24時間態勢の防犯対策を強化できるとしている。町は再編後、町民の立ち入りを午前9時から午後4時までにするよう協力を呼び掛けている。
( 2012/08/31 09:47 カテゴリー:主要 )
http://www.minpo.jp/news/detail/201208313395
前回のブログで、東京圏の除染基準は1mSvであるのに、福島県内の自治体では、現状では年間5mSvであり、ダブルスタンダートであると指摘した。実は、現在「避難指示解除準備区域」という名のもとに、原発周辺町村では東京圏の20倍の基準が設定されようとしているのである。そして、年間1mSvという基準は、国ー環境省の基準であり、ICRP の平常時公衆の被ばく限度線量でもある。ICRPの勧告でも20mSvは緊急時の公衆の基準であるが、それが固定化されようとしているのである。人びとの安全性を保障するかの基準は、同一国内にあっても同じではない。もはや、東京圏ー福島県ー原発周辺町村は、ダブルならぬトリプルスタンダートということになっている。
先ほど、例として、年間20mSvならば、100万人ならば75歳時に1900人死亡者が増加するとし、1000万人ならば約2万人増加する計算であるとした。他方、10万人ならば190人ということになる。これは、人口の少ない地域に原発が建設された理由の一端であるといえる。いくら確率が低いといっても、被ばく人口が多ければ、社会的影響も大きくなり、がん増加などの原発の危険性がくっきりと浮かび上がることになる。人口が少ないということは、被ばく人口も少ない。その分、社会的影響も小さく、がん増加などはその他の原因の中に埋もれてしまう。といっても、その地域に居住し、がん発病などのリスクを背負ってしまった人びとの苦悩には変わらないのであるといえるのだ。
付記:死亡確率については、例としてあげた。ここでは、①放射線量と死亡確率は比例し、しきい値はない、②被ばく人口が多ければ、死亡者数も増えるということを理解しておいてほしい。
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