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昨年、本ブログでも紹介した、国連人権理事会の特別報告者アナンド・グローバー氏による福島第一原発事故被ばく問題に関する特別報告が5月24日に公表された。まず、それを伝える毎日新聞のネット配信記事をみておこう。

福島第1原発事故:国連報告書「福島県健康調査は不十分」
毎日新聞 2013年05月24日 15時00分(最終更新 05月24日 16時59分)

 東京電力福島第1原発事故による被ばく問題を調査していた国連人権理事会の特別報告者、アナンド・グローバー氏の報告書が24日明らかになった。福島県が実施する県民健康管理調査は不十分として、内部被ばく検査を拡大するよう勧告。被ばく線量が年間1ミリシーベルトを上回る地域は福島以外でも政府が主体になって健康調査をするよう求めるなど、政府や福島県に厳しい内容になっている。近く人権理事会に報告される。

 報告書は、県民健康管理調査で子供の甲状腺検査以外に内部被ばく検査をしていない点を問題視。白血病などの発症も想定して尿検査や血液検査を実施するよう求めた。甲状腺検査についても、画像データやリポートを保護者に渡さず、煩雑な情報開示請求を要求している現状を改めるよう求めている。

 また、一般住民の被ばく基準について、現在の法令が定める年間1ミリシーベルトの限度を守り、それ以上の被ばくをする可能性がある地域では住民の健康調査をするよう政府に要求。国が年間20ミリシーベルトを避難基準としている点に触れ、「人権に基づき1ミリシーベルト以下に抑えるべきだ」と指摘した。

 このほか、事故で避難した子供たちの健康や生活を支援する「子ども・被災者生活支援法」が昨年6月に成立したにもかかわらず、いまだに支援の中身や対象地域などが決まっていない現状を懸念。「年間1ミリシーベルトを超える地域について、避難に伴う住居や教育、医療などを支援すべきだ」と求めている。【日野行介】

 ◇グローバー氏の勧告の骨子

 <健康調査について>
・年間1ミリシーベルトを超える全地域を対象に
・尿や血液など内部被ばく検査の拡大
・検査データの当事者への開示
・原発労働者の調査と医療提供

<被ばく規制について>
・年間1ミリシーベルトの限度を順守
・特に子供の危険性に関する情報提供

<その他>
・「子ども・被災者生活支援法」の施策策定
・健康管理などの政策決定に関する住民参加
http://mainichi.jp/select/news/20130524k0000e040260000c.html

この報告書については、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウが暫定的に仮訳し、サイトで公開している。結論的部分の「勧告」というところをここで紹介しておこう。なお、公開されている仮訳は、報告書の原文も提示した対訳になっているが、ここでは、仮訳部分のみしめしておく。

勧告

76. 国連特別報告者は、日本政府に対し、原発事故の緊急対応システムの策定と実施について、以下の勧告を実施するよう要請する。

(a) 指揮命令系統を明確に定め、避難区域・避難所を明示し、社会的弱者を救助するガイドラインを規定した、原発事故の緊急対応計画を確立し、不断に見直すこと。
(b) 原発事故の影響を受ける危険性のある地域の住民と、事故発生時の対応や避難基準を含む災害対応計画について協議すること。
(c) 原発事故発生後、可及的速やかに、関連する情報を公開すること。
(d) 原発事故発生前、又は事故発生後可及的速やかに、ヨウ素剤を配布すること。
(e) 原発事故の影響を受ける地域に関する情報を集め、広めるために、「緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム」(SPEEDI)のような技術の、迅速かつ効果的な利用を提供すること。

77. 原発事故の影響を受けた人々に対する健康管理調査について、国連特別報告者は日本政府に対し、以下の勧告を実施するよう要請する。

(a) 長期間の、全般的・包括的な健康管理調査を通じ、原発事故の影響を受けた人々の、健康に関する放射能による影響を、継続的に監視すること。 また、必要な場合、適切な治療を行うこと。
(b) 健康管理調査は、年間被ばく線量 1mSv 以上の全ての地域に居住する人々に対し実施されるべきである。
(c) すべての健康管理調査を、より多くの人が受け、調査の回答率をより高めるようにすること。
(d)「健康基本調査」には、個人の健康状態に関する情報と、放射能による健康へ悪影響を与えるその他の要素を含めて調査がされるようにすること。
(e) 子どもの健康管理調査は、甲状腺検査に限定せず、血液・尿検査を含む、全ての健康影響に関する調査に拡大すること。
(f) 甲状腺検査の追跡調査と二次検査を、親や子が希望する全てのケースで利用できるようにすること。
(g) 個人情報を保護しつつも、検査結果に関わる情報への子どもと親のアクセスを、容易なものにすること。
(h) ホールボディカウンターによる内部被ばくの検査対象を限定することなく、地域住民、避難者、福島県外の人々等、影響を受ける全ての人々に対して実施すること。
(i) 全ての避難者、及び地域住民、とりわけ高齢者、子ども、妊婦等の社会的弱者に対して、メンタルヘルスの施設、必要品、及びサービスが利用できるようにすること。
(j) 原発労働者に対し、被ばくによる健康影響調査を実施し、必要な治療を実施すること。

78. 国連特別報告者は、日本政府に対し、放射線量に関連する政策・情報提供に関し、以下の勧告を実施するよう要請する。

(a) 避難区域、及び放射線被ばく線量の限界に関する国家の計画を、科学的な証拠に基づき、リスク対経済効果の立場ではなく人権を基礎において策定し、かつ、年間被ばく線量を1mSv 以下に低減すること。
(b) 放射線の危険性と、子どもは被ばくに対して特に脆弱であるという事実について、学校教材等で正確な情報を提供すること。
(c) 放射線量の監視においては、住民による独自の測定結果を含めた、独立した有効性の高いデータを取り入れること。

79. 除染について、国連特別報告者は、日本政府に対し、以下の勧告を採用するよう要請する。

(a) 年間被ばく線量が 1mSv 以下の放射線レベルに下げるための、時間目標を明確に定めた計画を、早急に策定すること。
(b) 放射能汚染土壌等の貯蔵場所を、標識等で明確にすること。
(c) 安全で適切な中間・最終保管場所の設置を、住民参加の議論により決定すること。

80. 国連特別報告者は、規制の枠組みの中で、透明性と説明責任の確保について、日本政府に対し、以下の勧告を実施するよう要請する。

(a) 原子力規制行政、及び原子力発電所の運営において、国際的に合意された基準や、ガイドラインを遵守するよう求めること。
(b) 原子力規制委員会の委員と、原子力産業の関連に関する情報を公開すること。原子力規制庁の委員と原子力産業の関連に関する情報を公開すること。
(c) 原子力規制委員会が集めた、国内、及び国際的な安全基準・ガイドラインに基づく規制と、原発事業者による遵守に関する情報は、独立した監視が出来るよう公開すること。
(d) 原発事故による損害について、東京電力等が責任をとることを確実にし、かつその賠償・復興関わる法的責任のつけを、納税者が支払うことがないようにすること。

81.賠償や救済措置について、国連特別報告者は、日本政府に対し、以下の勧告を実施するよう要請する。

(a)「原子力事故 子ども・被災者支援法」の基本計画を、影響を受けた住民の参加を確保して策定すること。
(b) 復興と、人々の生活再建のための費用を、救済措置に含めること。
(c) 原発事故と被ばくにより生じた可能性のある健康影響について、無料の健康診断と治療を提供すること。
(d) さらなる遅延が生ずることなく、東京電力に対する損害賠償請求が解決するようにすること。

82. 国連特別報告者は、原発の稼動、避難区域の指定、放射線量の限界、健康管理調査、賠償を含む原子力エネルギー政策と原子力規制の枠組みに関する全ての側面の意思決定プロセスに、住民が、特に社会的弱者が、効果的に参加できることを確実にするよう、日本政府に要請する。
以上
http://hrn.or.jp/activity/%E3%82%B0%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%90%E3%83%BC%E5%A0%B1%E5%91%8A%E6%9B%B8%20%E6%9A%AB%E5%AE%9A%E4%BB%AE%E8%A8%B3130614%E6%94%B9%E8%A8%82%E7%89%88.pdf

まず、確認しておきたいのは、この報告書は、「原発事故の緊急対応システムの策定と実施」(76)、「原発事故の影響を受けた人々に対する健康管理調査」(77)、「放射線量に関連する政策・情報提供」(78)、「除染」(79)、「原子力規制の枠組みの中で、透明性と説明責任の確保」(80)、「賠償や救済措置」(81)、「原子力エネルギー政策と原子力規制の枠組みに関する全ての側面の意思決定プロセスに対する住民(とりわけ社会的弱者)の効果的参加」となっており、毎日新聞報道よりもはるかに広汎なものになっているということである。特に、「原発事故の緊急対応システムの策定と実施」「原子力規制の枠組みの中で、透明性と説明責任の確保」原子力エネルギー政策と原子力規制の枠組みに関する全ての側面の意思決定プロセスに対する住民(とりわけ社会的弱者)の効果的参加」は、これまでの日本政府による原子力規制のありかた自体を批判しているといえるだろう。

その上で、まず、注目されるのは、「避難区域、及び放射線被ばく線量の限界に関する国家の計画を、科学的な証拠に基づき、リスク対経済効果の立場ではなく人権を基礎において策定し、かつ、年間被ばく線量を1mSv 以下に低減すること。」としていることである。この報告書の前の方で、まず、低線量被ばくについて、このように述べている。

9. チェルノブイリ、スリーマイル島、及び福島での原発事故の類似性から、チェルノブイリ、及びスリーマイル島の教訓が、福島において対策を考案する際にも用いられたことは理解できる。しかしながら、国連特別報告者は、チェルノブイリの原発事故に関する重要かつ完全な情報は、1990 年まで公表されなかったことを強調する。したがって、チェルノブイリに関する研究は、放射能汚染及び被ばくの影響を十分に認識していない可能性がある。こうしたことから、チェルノブイリの原発事故後の、甲状腺癌の疾病率の増加のみが、福島の原発事故に対して認められ、かつ適用されることを懸念する。チェルノブイリの原発事故後の被ばく量の健康への影響に関する報告書は、他の健康異常の証拠を不確定なものとしている。遺憾なことに、この報告書は、本来監視されるべき、子どもや成人の疾病率を増加させる染色体異常、機能障害、及び白血病のような、被ばくによる健康に対する他の影響を無視している。

10. 日本政府は、汚染地域への帰還のための基準として、年間被ばく量 1mSv から 20mSvを参照レベルとしている。これは、国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告に依拠している。しかしながら、広島及び長崎に落とされた原爆の生存者に関する疫学研究は、長期的な低線量被ばくと、発がんの危険との因果関係を示している。国連特別報告者は、これらの研究結果を無視することによって、低線量被ばくに対する理解が損なわれ、健康への悪影響が増加することを懸念する。

つまり、チェルノブイリに関する情報は1990年まで公表されておらず、そのことにより被ばく量の健康への影響が十分調査されていないとし、広島・長崎では長期的低線量被ばくと発がんの危険が因果関係があるとされているにもかかわらず、低線量被ばくの影響を無視する懸念があるとしているのである。

そして、この報告書では、このように低線量被ばくの影響について論じている。

46. 電離放射線障害防止規則(3 条)は、3 ヶ月間の被ばく線量が 1.3mSv を超える区域を管理23 区域とするよう規定している。一般に、推奨されている放射線被ばく限度は年間 1mSv である。ウクライナでは、「チェルノブイリの原発事故の結果悪影響を被った市民の地位と社会的保護に関する」1991 年法が、年間被ばく線量 1mSv 以下を、何の制限もなく生活し働くための被ばく限度とした。

47. 年間被ばく限度 20mSv 以下は、原発事故以降、日本政府によって適用されている基準である。日本政府は、この基準が、原発事故以後の居住不可能地域を決定する際の、年間被ばく線量の基準として 1mSv~20mSv を推奨している ICRP から発行された文書に依拠したものだとしている。ICRP の勧告は、日本政府の全ての行動が、損失に比べて便益が最大化するよう行われるべきであるという最適化と正当化の原則に基づいている。このようなリスク 対 経済効果の観点は、個人の権利よりも集団的利益を優先するため、健康に対する権利の枠組みに合致しない。健康に対する権利の下で、全ての個人の権利が保護され必要がある。さらに、人々の身体的及び精神的健康に長期的に影響を及ぼすこのような決定は、人々の自発的、直接的及び実効的な参加とともに行われるべきである。

48. 日本政府は、国連特別報告者に対して、年間被ばく線量 100mSv 以下では発がんに関して過度の危険がないため、年間被ばく線量 20mSv 以下の居住不可能地域は安全であると保証した。しかしながら、ICRP もまた、発がん又は遺伝的疾患の発生が、約 100mSV 以下の被ばく線量の増加に正比例するという科学的可能性を認めている。さらに、低線量放射線による長期被ばくの健康影響を調査する疫学研究は、白血病のような非固形癌に関する過度の被ばくリスクについて下限はないと結論付けている。固形癌に関する付加的な被ばくリスクは、線形用量反応関係で、一生を通し増加し続ける。

49. 日本政府によって導入される健康政策は、科学的証拠に基づいているべきである。健康政策は、健康に対する権利の享受への干渉を、最小化するように策定されるべきである。被ばく線量限度を設定するにあたって、健康に対する権利は、特に影響を受けやすい妊婦、及び子どもついて考慮し、人々の健康に対する権利に対する影響を最小にするよう要請する。健康への悪影響の可能性は、低被ばく線量でも存在しており、年間被ばく線量が 1mSv 以下で可能な限り低くなった時のみ、避難者は帰還を推奨されるべきである。その間にも、日本政府は、全ての避難者が、帰還か又避難続けるか、自発的に決定できるようするために、全ての避難者に対して金銭的な援助、及び給付金を提供し続けるべきである。

この報告書では、年間100mSv以下の低線量被ばくでもがんもしくは遺伝性疾患発生の可能性が線量に比例して増加するとして、年間1mSvを「何の制限もなく生活し働くための被ばく限度」としている。その上で、ICRPのリスクーベネフィットの原則を「このようなリスク 対 経済効果の観点は、個人の権利よりも集団的利益を優先するため、健康に対する権利の枠組みに合致しない。健康に対する権利の下で、全ての個人の権利が保護され必要がある」と批判しているのである。

その上で、具体的には、「健康への悪影響の可能性は、低被ばく線量でも存在しており、年間被ばく線量が 1mSv 以下で可能な限り低くなった時のみ、避難者は帰還を推奨されるべきである。その間にも、日本政府は、全ての避難者が、帰還か又避難続けるか、自発的に決定できるようするために、全ての避難者に対して金銭的な援助、及び給付金を提供し続けるべきである。」としており、年間1mSv以下を限度として、それ以下になった時、避難者の帰還をすすめるべきで、それまでは、避難者全てに援助を続けるべきとしているのである。

この年間1mSvという限度は、この報告書における、避難基準だけでなく、除染の基準でもあり、健康調査の基準でもある。そして、また、「原子力事故 子ども・被災者支援法」の支援基準にすることも求めているのである。

現在、日本政府は避難が義務付けられた警戒区域や計画的管理区域において「避難指示解除準備区域」として放射線量年間1〜20mSvの地域を指定し、住民の帰還を促進しようとしている。除染も現在のところは年間1mSv未満にするようにされているが、除染困難ということで、年間1mSvという原則を放棄することが検討されているようである。加えて、昨年成立した「原子力事故 子ども・被災者支援法」は、成立してからほぼ1年たつが、いまだ実施の基本方針すら定められていないという状態である。

それに対し、国連人権理事会のこの特別報告は、日本の被ばく対策が、すでに人権侵害という観点から検討されなくてはならないことを示しているのである。そして、このような状態をどのようにかえていくのかということは、日本の人びと全体の問題なのである。

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前回のブログで、国連人権理事会で福島住民の健康問題が人権問題として提起され、特別助言者アナンド・グローバー氏が調査し、11月26日に記者会見して、そのことについて、朝日新聞は27日付朝刊で「福島の健康調査「不十分」 国連人権理事会の助言者が指摘」という見出しで報じたことを伝えた。

ある方の紹介で、グローバー氏の記者会見の「プレス・ステートメント」が国際連合広報センターに掲載されていることを知った。http://unic.or.jp/unic/press_release/2869/がそれである。

また、自分自身でもサイトを検索して、日本記者クラブで26日付で行ったグローバー氏の記者会見の動画を発見した。参考のために、動画をこのブログでもここでアップしておく。1時間以上もある長い動画だが、最後の記者との質疑以外は、ほとんど「プレス・ステートメント」と同じである。ここで、特に断らない限り、引用は「プレス・ステートメント」から行う。

内容についていえば、「福島の健康調査「不十分」」というようなレベルではない。鄭重な言い回しのため、誤解される場合もあるかもしれないが、現時点で日本政府が福島で行っている住民対策の包括的かつ全面的批判なのである。

まず、グローバー氏は、調査に協力した日本政府・東電・住民などに感謝するとしながら、彼の目的を「達成可能な最高水準の心身の健康を享受する権利(「健康を享受する権利」)に関する国連人権理事会特別報告者としてのミッション」であり、「対話と協力の精神を胸に、日本がいかに健康を享受する権利を実行しようと努めているか把握し、それを首尾よく実現させるための方策並びに立ちはだかる障害について理解することです」と説明している。福島第一原発事故後、「健康を享受する権利」について日本がどのようなことを行っており、どのような障害をもっているかを理解することなのだとしている。つまり、声高に批判することはグローバー氏の目的ではないことを強調しているといえよう。

しかし、その内容は、日本政府が福島の住民に行っている対策総体を批判するものなのだ。朝日新聞には全く報道されていないが、グローバー氏は、福島第一原発事故以前の状態から言及している。

原子力発電所で事故が発生した場合の災害管理計画について近隣住民が把握していなかったのは残念なことです。実際、福島県双葉町の住民の方々は、1991 年に締結された安全協定により、東京電力の原子力発電所は安全であり、原発事故が発生するはずなどないと信じてきたのです。

独立した立場からの原子力発電所の調査、モニタリングの実施を目指し、原子力規制委員会を設立した日本政府は賞賛に値します。これにより、従来の規制枠組みに見られた「断層」、すなわち、原子力発電所の独立性と効果的なモニタリング体制の欠如ならびに、規制当局の透明性と説明責任の欠如への対応を図ることが可能になります。こうしたプロセスは強く望まれるものであり、国会の東京電力福島原子力発電所事故調査委員会の報告でも提言されています。従って、原子力規制委員会の委員長や委員は、独立性を保つだけでなく、独立性を保っていると見られることも重要です。この点については、現委員の利害の対立を開示するという方策が定着しています。日本政府に対して、こうした手順を出来るだけ早急に導入することを要請いたします。それにより、精査プロセスの独立性に関する信頼性を構築しやすくなるでしょう。

つまり、そもそも、原発事故などないと住民に信じ込ませてきたことが間違いなのだといっている。後半では原子力規制委員会設置を評価しているのだが、「従来の規制枠組みに見られた「断層」、すなわち、原子力発電所の独立性と効果的なモニタリング体制の欠如ならびに、規制当局の透明性と説明責任の欠如への対応を図ることが可能になります。」という、従来の対応を批判した上での評価であるといえる。しかも「従って、原子力規制委員会の委員長や委員は、独立性を保つだけでなく、独立性を保っていると見られることも重要です。この点については、現委員の利害の対立を開示するという方策が定着しています。日本政府に対して、こうした手順を出来るだけ早急に導入することを要請いたします。」といっている。つまり、現状の原子力規制委員会の議事公開が十分ではないので、その是正をはかることを婉曲な形で要請しているといえるのだ。

そして、原発事故においてヨウ素剤を配布しなかったこと、SPEEDIなどの情報が公開されなかったことに言及する。これは、さんざん日本国内でも言われてきたことであるが、国際的な観点でも批判されるべきことであることが確認できたといえよう。

原発事故の直後には、放射性ヨウ素の取り込みを防止して甲状腺ガンのリスクを低減するために、被ばくした近隣住民の方々に安定ヨウ素剤を配布するというのが常套手段です。私は、日本政府が被害にあわれた住民の方々に安定ヨウ素剤に関する指示を出さず、配布もしなかったことを残念に思います。にもかかわらず、一部の市町村は独自にケースバイケースで安定ヨウ素剤を配布しました。

災害、なかでも原発事故のような人災が発生した場合、政府の信頼性が問われます。従って、政府が正確な情報を提供して、住民を汚染地域から避難させることが極めて重要です。しかし、残念ながらSPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)による放射線量の情報および放射性プルームの動きが直ちに公表されることはありませんでした。さらに避難対象区域は、実際の放射線量ではなく、災害現場からの距離および放射性プルームの到達範囲に基づいて設定されました。従って、当初の避難区域はホットスポットを無視したものでした。

さらに、避難区域の基準が年間20mSvとされたことを強く批判している。

これに加えて、日本政府は、避難区域の指定に年間20 mSv という基準値を使用しました。これは、年間20 mSv までの実効線量は安全であるという形で伝えられました。また、学校で配布された副読本などの様々な政府刊行物において、年間100 mSv 以下の放射線被ばくが、がんに直接的につながるリスクであることを示す明確な証拠はない、と発表することで状況はさらに悪化したのです。

年間20 mSv という基準値は、1972 年に定められた原子力業界安全規制の数字と大きな差があります。原子力発電所の作業従事者の被ばく限度(管理区域内)は年間20 mSv(年間50 mSv/年を超えてはならない)、5 年間で累計100mSv、と法律に定められています。3 ヶ月間で放射線量が1.3 mSv に達する管理区域への一般市民の立ち入りは禁じられており、作業員は当該地域での飲食、睡眠も禁止されています。また、被ばく線量が年間2mSv を超える管理区域への妊婦の立ち入りも禁じられています。

ここで思い出していただきたいのは、チェルノブイリ事故の際、強制移住の基準値は、土壌汚染レベルとは別に、年間5 mSv 以上であったという点です。また、多くの疫学研究において、年間100 mSv を下回る低線量放射線でもガンその他の疾患が発生する可能性がある、という指摘がなされています。研究によれば、疾患の発症に下限となる放射線基準値はないのです。

残念ながら、政府が定めた現行の限界値と、国内の業界安全規制で定められた限界値、チェルノブイリ事故時に用いられた放射線量の限界値、そして、疫学研究の知見との間には一貫性がありません。これが多くの地元住民の間に混乱を招き、政府発表のデータや方針に対する疑念が高まることにつながっているのです。

もう一度、確認しておこう。年間20mSvという基準は、そこに就労することで賃金を得られる原発労働者の基準であり、何の利益もない一般住民の基準ではない。3ヶ月で1.3mSv放射線を被曝する場所に一般市民の立入りは禁じられている。妊婦の場合は、年間2mSvをこえる場所には立ち入れない。年間20mSvというのは、一般市民の基準ではないのである。そして、グローバー氏は、チェルノブイリの避難基準でも年間5mSvであったことを指摘している。

その上で、グローバー氏は、年間100mSv以下では衛生上問題ないとする政府の宣伝を「多くの疫学研究において、年間100 mSv を下回る低線量放射線でもガンその他の疾患が発生する可能性がある、という指摘がなされています。研究によれば、疾患の発症に下限となる放射線基準値はないのです。」として批判している。

これらの点も、すでに国内で強く主張されてきたことであった。グローバー氏の指摘は、それらの主張を追認するものである。

加えて、グローバー氏は、福島県内の放射線調査、健康調査が不十分であること指摘する。

これに輪をかけて、放射線モニタリングステーションが、監視区域に近接する区域の様々な放射線量レベルを反映していないという事実が挙げられます。その結果、地元住民の方々は、近隣地域の放射線量のモニタリングを自ら行なっているのです。訪問中、私はそうした差異を示す多くのデータを見せてもらいました。こうした状況において、私は日本政府に対して、住民が測定したものも含め、全ての有効な独立データを取り入れ、公にすることを要請いたします。

健康を享受する権利に照らして、日本政府は、全体的かつ包括的なスクリーニングを通じて、放射線汚染区域における、放射線による健康への影響をモニタリングし、適切な処置をとるべきです。この点に関しては、日本政府はすでに健康管理調査を実施しています。これはよいのですが、同調査の対象は、福島県民および災害発生時に福島県を訪れていた人々に限られています。そこで私は、日本政府に対して、健康調査を放射線汚染区域全体において実施することを要請いたします。これに関連して、福島県の健康管理調査の質問回答率は、わずか23%あまりと、大変低い数値でした。また、健康管理調査は、子どもを対象とした甲状腺検査、全体的な健康診査、メンタル面や生活習慣に関する調査、妊産婦に関する調査に限られています。残念ながら、調査範囲が狭いのです。これは、チェルノブイリ事故から限られた教訓しか活用しておらず、また、低線量放射線地域、例えば、年間100 mSv を下回る地域でさえも、ガンその他の疾患の可能性があることを指摘する疫学研究を無視しているためです。健康を享受する権利の枠組みに従い、日本政府に対して、慎重に慎重を重ねた対応をとること、また、包括的な調査を実施し、長時間かけて内部被ばくの調査とモニタリングを行うよう推奨いたします。

放射線モニタリングステーションの数値がいかに実態とかけ離れているか、そして、住民自身が放射線測定に乗り出さなくてはならないことか、このこともさんざん国内で伝えられてきている。

そして、健康調査が、ほぼ福島県民に限られ、質問会回答率も23%と低く、質問項目も限定されていることを批判している。結局、それは、チェルノブイリ事故の教訓を取り入れず、低線量被ばくによる健康障害の可能性を考慮しないためだとしているのである。

特に、グローバー氏は、次の点を強調している。

自分の子どもが甲状腺検査を受け、基準値を下回る程度の大きさの嚢胞(のうほう)や結節の疑いがある、という診断を受けた住民からの報告に、私は懸念を抱いています。検査後、ご両親は二次検査を受けることもできず、要求しても診断書も受け取れませんでした。事実上、自分たちの医療記録にアクセスする権利を否定されたのです。残念なことに、これらの文書を入手するために煩雑な情報開示請求の手続きが必要なのです。

これは、すでに福島県の児童を対象とした甲状腺検査において40%以上の甲状腺異常の児童が発見されたことを前提にしていると考えられる。基準以下の甲状腺異常の児童においては、二次検査も受けられず、診断書でさえ情報公開請求しなければ受取れないのである。グローバー氏は「事実上、自分たちの医療記録にアクセスする権利を否定されたのです」と指摘しているのである。

グローバー氏は、原発労働者の多くが下請けで短期雇用のため、健康調査を受けられないことを指摘している。これも、すでに、日本国内で指摘されていることだ。

政府は、原子力発電所作業員の放射線による影響のモニタリングについても、特に注意を払う必要があります。一部の作業員は、極めて高濃度の放射線に被ばくしました。何重もの下請け会社を介在して、大量の派遣作業員を雇用しているということを知り、心が痛みました。その多くが短期雇用で、雇用契約終了後に長期的な健康モニタリングが行われることはありません。日本政府に対して、この点に目を背けることなく、放射線に被ばくした作業員全員に対してモニタリングや治療を施すよう要請いたします。

グローバー氏の批判は、狭義の放射線対策だけにとどまらない。避難所の不十分さについても、このように指摘している。

日本政府は、避難者の方々に対して、一時避難施設あるいは補助金支給住宅施設を用意しています。これはよいのですが、 住民の方々によれば、緊急避難センターは、障がい者向けにバリアフリー環境が整っておらず、また、女性や小さな子どもが利用することに配慮したものでもありませんでした。悲しいことに、原発事故発生後に住民の方々が避難した際、家族が別々にならなければならず、夫と母子、およびお年寄りが離れ離れになってしまう事態につながりました。これが、互いの不調和、不和を招き、離婚に至るケースすらありました。苦しみや、精神面での不安につながったのです。日本政府は、これらの重要な課題を早急に解決しなければなりません。

さらに、食品の安全規制や除染のあり方についても、グローバー氏はこのように指摘している。

食品の放射線汚染は、長期的な問題です。日本政府が食品安全基準値を1kgあたり500 Bq から100 Bq に引き下げたことは称賛に値します。しかし、各5県ではこれよりも低い水準値を設定しています。さらに、住民はこの基準の導入について不安を募らせています。日本政府は、早急に食品安全の施行を強化すべきです。

また、日本政府は、土壌汚染への対応を進めています。長期的目標として汚染レベルが年間20 mSv 未満の地域の放射線レベルは1mSv まで引き下げる、また、年間20~50 mSv の地域については、2013 年末までに年間20 mSv 未満に引き下げる、という具体的政策目標を掲げています。ただ、ここでも残念なのは、現在の放射線レベルが年間20 mSv 未満の地域で年間1mSv まで引き下げるという目標について、具体的なスケジュールが決まっていないという点です。更に、他の地域については、汚染除去レベル目標は、年間1 mSv を大きく上回る数値に設定されています。住民は、安全で健康的な環境で暮らす権利があります。従って、日本政府に対して、他の地域について放射線レベルを年間1mSv に引き下げる、明確なスケジュール、指標、ベンチマークを定めた汚染除去活動計画を導入することを要請いたします。汚染除去の実施に際しては、専用の作業員を雇用し、作業員の手で実施される予定であることを知り、結構なことであると思いました。しかし、一部の汚染除去作業が、住人自身の手で、しかも適切な設備や放射線被ばくに伴う悪影響に関する情報も無く行われているのは残念なことです。

除染については、20mSv以上の放射線量レベルの土地は20mSv未満に下げるとしか決まっておらず、現状年間20mSv未満の土地では年間1mSvに下げるスケジュールが決まっていないと指摘し、特に、十分な準備もなく一部の住民が除染作業をしていることについて警告を発している。

その上で、グローバー氏は、経済的支援を前提にした上で、避難か帰宅か、避難者が自分の意志で判断すべきとした。

また、日本政府は、全ての避難者に対して、経済的支援や補助金を継続または復活させ、避難するのか、それとも自宅に戻るのか、どちらを希望するか、避難者が自分の意志で判断できるようにするべきです。これは、日本政府の計画に対する避難者の信頼構築にもつながります。

グローバー氏は、東電の賠償において国税が使われる可能性があるのに、東電は説明責任をはたしていないことも述べている。

訪問中、多くの人々が、東京電力は、原発事故の責任に対する説明義務を果たしていないことへの懸念を示しました。日本政府が東京電力株式の大多数を所有していること、これは突き詰めれば、納税者がつけを払わされる可能性があるということでもあります。健康を享受する権利の枠組みにおいては、訴訟にもつながる誤った行為に関わる責任者の説明責任を定めています。従って、日本政府は、東京電力も説明責任があることを明確にし、納税者が最終的な責任を負わされることのないようにしなければなりません。

そして、最後に、福島第一原発事故の被災者、特にその中の社会的弱者自身を、健康調査・避難所設計・除染実施などを中心にした意思決定・実行・モニタリング・説明責任プロセスに参加させることを求めている。これは、日本国内で明示的にはあまり主張されてこなかったことといえる。現実には、ここでも述べられているように、住民自らの手で放射線測定などがなされている。しかし、一度、行政側が「住民参加」というと、町内会を通じての除染活動のように、一方的に負担が押しつけられることになりやすい。そういうことではなく、グローバー氏は、被災者住民自身がそういったことの意志決定プロセスに参加する必要性を強調している。

訪問中、被害にあわれた住民の方々、特に、障がい者、若い母親、妊婦、子ども、お年寄りなどの方々から、自分たちに影響がおよぶ決定に対して発言権がない、という言葉を耳にしました。健康を享受する権利の枠組みにおいては、地域に影響がおよぶ決定に際して、そうした影響がおよぶすべての地域が決定プロセスに参加するよう、国に求めています。つまり、今回被害にあわれた人々は、意思決定プロセス、さらには実行、モニタリング、説明責任プロセスにも参加する必要があるということです。こうした参加を通じて、決定事項が全体に伝わるだけではなく、被害にあった地域の政府に対する信頼強化にもつながるのです。これは、効率的に災害からの復興を成し遂げるためにも必要であると思われます。

日本政府に対して、被害に合われた人々、特に社会的弱者を、すべての意思決定プロセスに十分に参加してもらうよう要請いたします。こうしたプロセスには、健康管理調査の策定、避難所の設計、汚染除去の実施等に関する参加などが挙げられるでしょう。

この点について、「東京電力原子力事故により被災した子どもをはじめとする住民等の生活を守り支えるための被災者の生活支援等に関する施策の推進に関する法律」が2012 年6 月に制定されたことを歓迎します。この法律は、原子力事故により影響を受けた人々の支援およびケアに関する枠組みを定めたものです。同法はまだ施行されておらず、私は日本政府に対して、同法を早急に施行する方策を講じることを要請いたします。これは日本政府にとって、社会低弱者を含む、被害を受けた地域が十分に参加する形で基本方針や関連規制の枠組みを定める、よい機会になるでしょう。

そして、記者会見における質疑の中で、グローバー氏は、「専門家の人たちだけなく地域社会の人がかかわってすべてのことをしなくては駄目だ。他の国でもよくあることで、意図してのことではないが、政府は専門家だけで決めようとしがちである。しかし、それでは十分ではない。専門家というのは一部のある事象しかわかっているにすぎず、コミュニティ全体がかかわっていくことでよりよい結果が得られる」と述べ、このことを日本政府側に伝えたとした(なお、この質疑内容は記者会見の動画からおこしたものであり、原文そのままではない)。そして、低線量被ばくの影響については否定する見方と肯定する見方があるが、政府はどちらが正しいとすべきではなく、用心深い立場で何事も排他せず包括的に物事を進めるべきとした。最後に、チェルノブイリ事故では3年間情報が秘匿されておりよい例ではないとしながら「民主的な国である日本で起ったからこそ、すべての調査、すべてのプロセスに地域社会をかみあわせていかねばならない。それがあってこそ、徹底的で、オープンで、包括的で、科学的な調査が行われるべきものであろう」と述べた。

非常に鄭重で、日本政府の立場を傷つけないようにとする配慮に満ち満ちていたが、グローバー氏の主張は、福島第一原発事故における住民対策総体を、事故以前にまでさかのぼって包括的に批判しているものといえよう。グローバー氏の批判点は、日本国内でも批判されているものが多いが、それら日本国内での批判が、国際的な立場からも正当化されるものであることを示した点は重要であるといえる。特に、グローバー氏が強調していることは、福島原発事故後の健康対策が、100mSv未満は健康に影響がないとする一部の専門家に依拠して行われ、住民の主体性を排除していることである。その上で、グローバー氏は、経済的援助を前提に避難か帰宅かを選択する権利が住民に認められるべきであるとし、さらに、健康調査・避難所設計・除染などのすべての意思決定プロセスに、社会的弱者を含んだ被災者住民が参加することを主張したのである。このことは、今すぐ取り入れなくてはならない「提案」といえるのである。

グローバー氏の記者会見の最後で、「民主的な国である日本で起ったからこそ、すべての調査、すべてのプロセスに地域社会をかみあわせていかねばならない。それがあってこそ、徹底的で、オープンで、包括的で、科学的な調査が行われるべきものであろう」と「希望」したくだりを聞いた時、恥ずかしくてたまらなかった。彼は、国連側の人間であり、日本政府を批判するためにきたわけではないので、当然そのような言い回しをするだろう。しかし、本当に可能なのか。今、暗澹として、日本の現状をかえりみざるをえない。しかし、逆にいえば、グローバー氏のいうような調査・医療が被災地で行われることこそ、日本が真に民主主義の下にある証になるだろうといえる。

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