1950年代、米ソの核兵器開発競争が激化する中、大気中における原水爆実験が繰り返された。1954年3月1日、マーシャル諸島内のビキニ環礁における水爆実験により、マグロ漁船第五福竜丸が被曝し、乗組員の久保山愛吉が被曝によって死去することになったが、それは、原水爆実験による被害の一部でしかなかった。この時期、マーシャル諸島の住民やこの海域で操業していた多くの漁船は被曝した。これらの被曝漁船は、被曝したマグロなどの漁獲物を持ち帰っており、最終的には、放射能検査の末、被曝した漁獲物は廃棄された。そして、3月1日の水爆実験は、この時期繰り返された原水爆実験の一つでしかなく、これらの原水爆実験によってフォールアウトされた放射性降下物=死の灰は、大気・海洋を汚染した。
「世界は恐怖するー死の灰の正体」は、この「死の灰」に対する日本社会における危機意識を表現しようとしたものといえる。監督は、偶然だと思うが福島第一原発事故の被災地の一つである現南相馬市で生まれ、「反戦的」とされ上映禁止となった「戦ふ兵隊」(1939年)などを監督した亀井文夫である。この時期、亀井文夫は砂川闘争を撮影した「砂川の人々」(二部作、1955年)「流血の記録・砂川」(1956年)、広島・長崎の被爆者を描いた「生きていてよかった」(1956年)など、社会的な関心の強い映画を撮影していた。この「世界は恐怖するー死の灰の正体」もその一つといえよう。この映画は1956年に制作され、1957年に配給された。制作・配給は三映社である。ナレーションは徳川夢声。協力者として、三宅泰雄、猿橋勝子、山崎文男、草野信男、武谷三男などが登場しており、タイトルクレジットなどには丸木位里・俊夫妻が描いた「原爆の図」がモンタージュして使われている。
この映画は、2012年11月9日に東京外国語大学で開催された上映会で初めてみた。その際、いろいろと丁寧な解説があり、自身も障害者であり長年優生保護法に取り組んできた米津知子氏より「原発にNO!を 『障害=不幸』にもNO!を」という問題提起があった。
しかし、私が最初見た時は、この映画自体に嫌悪感を感じてしまい、米津氏の問題提起を咀嚼するどころの話ではなかった。だが、多少、時間がたち、冷静にみると、この映画は、1950年代の、いまここにある危機としての放射能への恐怖を知るための格好の資料ではなかったかと思うようになってきた。もちろん、後述するように、この映画は、今の観点からみれば、多くの問題をはらんでいる。それでも、1950年代の日本の人びとがもった放射能への恐怖をある意味では赤裸々に表現しているといえよう。まずあらすじを紹介しよう。なお、現在、この映画は以下のサイトで見ることができる。
この映画の冒頭は、熱帯魚ブルーグラーミーの繁殖の場面から始まっている。それを写した後、生物の種族繁栄の営みが、今危機を迎えていると述べられている。
次の場面で、放射線実験装置の中に入れられたジュウシマツのつがいに、コバルト60による放射線が照射されるところが映し出されている。ジュウシマツは12分後、もがき苦しみながら死ぬ。そして、ここで、「これが放射能です」というナレーションが入る。ある意味では、目に見えない放射能への恐怖を可視化したものであり、優れた演出とも解釈することができる(私個人は、この場面でこの映画に嫌悪感をもったのだが)。
この放射能は、すでに東京の大気に蔓延している。ここで、立教大学の屋上に設置された集塵機からプルトニウム237が、オリエンタル写真工場の空気清浄機の濾紙からプルトニウム239が検出されていることを、測定・実験現場の映像とともに示している。
特に放射能は雨に含まれており、1954年の第五福竜丸直後の降雨にすでにストロンチウム90が検出されていた。そして、この映画では、放射能測定の現場を映し出しながら、昨年までは実験があった後に検出されていたが、撮影当時になると実験がなくても多くのストロンチウム90が検出されるようになったことが指摘されている。その原因として、近年の核実験が規模が大きく、高空で行われるため、死の灰が成層圏にとどまり、いつまでも降下してくると説明されている。
放射能雨などで降下した放射性物質は土壌を汚染する。この映画では土壌から放射能が検出されたところが映し出されていた。土壌を汚染した放射能は、作物を汚染する。この映画では、セシウム137を稲に摂取させる実験を行った後、実際に普通の田んぼからとれた米にも放射性物質が検出され、年々増えていることが映し出されている。さらに、放射性物質で汚染された牧草を食べた牛の乳から放射能が出ているのは当然であるとしつつ、粉ミルクからも放射能が検出され、増加傾向にあることが示される。そしてナレーションでは、放射能では、どんな量でも遺伝障害を引き起こすと述べ、一人一日、ストロンチウム90を0.3pCi(なお、映画ではマイクロマイクロキュリーと言われているが煩雑さをさけるためpCiと表記した)、セシウム137を51pCi食事から摂取していると指摘するのである。
ここで、ハツカネズミにストロンチウム90の入った溶液を飲ませ、体にどれほど吸収されるかという実験の光景が映し出される。ネズミが溶液を飲ませる場面には乳児がミルクを飲ませる映像が付け加えられている。結局、ネズミは解剖されるのだが、その場面は麻酔の時点から開始されており、生々しい。他でも動物実験がさかんに行われるのだが、その際、このような生々しい場面が多く挿入される。ナレーションでは、「人工放射線が人間をおびかしているから、ネズミもとんだとばっちりです」と語られている。
結局、ネズミの場合、24時間後には70%、48時間後にはさらに5%が排出されるが、それ以上は排出されないということであった。ストロンチウム90はカルシウムににており、骨に吸収されるのである。その証拠として、ネズミの骨格を置いて感光した印画紙が示された。
続いて、放射能が肺から人体に吸収されることを調べることを目的としたウサギによる実験が示される。ネズミの実験と大同小異なので、ここでは詳細を省こう。同じく「生々しい」実験の光景で「まことにウサギも災難ですがやむを得ません」というナレーションが入っている。
そして、この二つの実験から、胃腸からも肺からも放射能は定着すると結論づけた。さらに、人間の骨から放射能を検出する検査が次の場面で行われている。死体の手なども映し出されており、これも生々しい。そして、日本人の骨からもストロンチウム90が検出されていること、しかも幼児の骨からより多く検出されたとしている。
次の場面では、ネズミにストロンチウム90の溶液を注射し、がんを発生する実験が映し出されている。その結果、首のリンパ腺にがんができたネズミが登場し、「不幸な生き物」とよばれている。しかし、これはネズミだけではないとし、広島で被曝し首のケロイドにがんを発症した女性が映し出されている。手の施しようがなく、奇跡をまつばかりだそうである。
さらに、次の場面では、ショウジョウバエに放射線を照射し、突然変異を起こさせ、どのように遺伝するかという実験が映し出されている。放射線照射で致死因子ができており、それが遺伝されていくことを警告しているのである。
続く場面は、金魚の受精卵に放射線をあてる実験である。それによって、頭が二つあるような奇形が生まれ、そこに「原爆の図」の画像が挿入され、「百鬼夜行」と表現されている。その後に、広島・長崎の原爆の後生まれた、双頭や無脳児、単眼児などの「奇形」児たちが映し出される。さらに、広島の原爆慰霊碑が映し出され、「やすらかにねむってください、あやまちはくりかえしませぬから」とナレーションされる。
その後の場面では、被爆者の女性から生まれた小頭症の二人の女児が紹介されている。このあたりは、放射能が受精後に深刻な影響を与えることを示そうとしているといえよう。
そして、東京の「宮城前」が写され、そこで生殖の「営み」(といっても、デートしているだけだが)をしている男女が映し出される。しかし、その宮城前の土壌から、1kgあたりストロンチウム90が190pCi、セシウム137が240pCi検出されたことを指摘している。ここでは、これらの放射性物質から出た放射線が性細胞を直撃し遺伝問題になると警告している。
続く場面では、採血される若い女性と、血液を使って実験することが映し出され、人間の血液からもセシウム137が検出されたことが指摘されている。そこで、空気、大地、三度の食事も死の灰が含まれ、われわれの体にも死の灰がたまっていく、今後どうなるのかとナレーションされている。
さらに、気球や飛行機を使って大気上層の放射能を測定する試みや、奈良の若草山で毎年切り取られるシカの角から放射能の年次変化を測定する試みが紹介されている。
最後に、東京の地面には、すでにビキニ環礁実験時の1954年と比べて20倍のストロンチウム90が蓄積されていること、そして、この時点で核実験を中止しても、この10年間は増える一方で現在の3倍となり、現在程度に減衰するのは70年後になること、実験を中止しなければ60年後には今の40倍以上となり、危険水準をはるかにこえることを指摘した。
さらに、ネズミが放射線を照射されて苦悶しながら死んでいく映像が挿入された後、最後に次のような「作者の言葉」が提示された。
死の灰の恐怖は、人間が作り出したものであって、地震や 台風のような天災とは根本的にちがいます。だから人間がその気にさえなれば、必ず解消できるはずの問題であることを、ここに付記します。
これが、「世界は恐怖する」のあらすじである。とにかく、あまり気持のいい映像ではない。米津知子氏は「でも私は、途中で見るのをやめたくなりました。原爆のために奇形になった胎児、障害をもった女の子の映像のところです。放射性物質とともに、恐怖の対象にされて拒まれていると感じたからです」(米津前掲書)と語っている。私自身もそう思った。さらに、ここで出てくる動物たちにもそういう感じをもった。今の時点からすれば、数々の問題点が出てくる映画ではある。
ただ、一方で、亀井文夫や、映画に協力した科学者たちが恐怖した死の灰による危機意識をみるにはいい資料であるとも感じている。核実験実施が頻発した1950年代において、放射能の恐怖は、広島・長崎の原爆のように過去のものでも、全面核戦争のように未来のシナリオでもなかった。それは、その当時の日本社会が直面していた危機であった。この映画では、まず目に見えない放射能が小鳥を致死させることをみせつけ、「目に見えない恐怖」を実感させる。そして、核実験による放射能は、成層圏を含む大気中にたまり、放射能雨という形をとって降下してくる。降下した放射能は、人間の呼吸する空気を直接汚染するとともに、土壌を汚染し、最終的には米や牛乳などの食品を汚染させる。ここで扱われている動物実験は、肺や胃腸を通じて人体に摂取された放射能が人体に蓄積され、直接にはがんや白血病などを引き起こすとともに、遺伝障害や「奇形」を生み出すことを実感させている。そして、さらに、その実例として被爆者におけるがん発症や奇形児・障害児出産が挙げられている。そして、現時点でも人体に放射能が蓄積され続けていること、さらに核実験を中止した場合でも放射能は増え続けることになり、核実験をやめない場合はもっと増え、危険水準を突破するだろうと指摘している。このように、核実験による目に見えない放射能の恐怖は、当時の人びとの生存に直結するとともに、遺伝や障害という形で、彼らの子孫の生存にも左右するものとしてうけとられていたのである。そして、この恐怖の多くが、直接放射線を照射されることではなく、空気や食物による内部被曝であること、がん、白血病発症や、遺伝・障害などの長期的影響であることは特筆されるべきことだと思う。そして、このような恐怖が、当時の原水爆禁止運動の基盤となり、各地の原発建設反対運動におけるエネルギーの源泉にもなったといえるのである。
さらに、このような放射能の恐怖は、3.11以後、日本社会で感じられた恐怖の源流になったといえる。あの時も(また現在でも)、放射性物質は大気中をただよい、放射能雨によって降下し、土壌を汚染する。土壌汚染の結果、放射性物質によって食品も汚染され、人体にも蓄積され、内部被曝を引き起こし、がんや白血病が起き、さらには遺伝などの形で子孫にまで影響を及ぼすことになる。このような恐怖のあり方の原型は、まさに「世界は恐怖する」で示されたような死の灰への恐怖であるといえる。
これは、もちろん、政府の公式発表「健康に直ちに影響がない」を信じ込むことよりははるかに健全な対応であるといえよう。しかしながら、映画において恐怖の対象として障害者が排除されると同様な形で、福島県民が排除されることにもつながってしまっているようにもみえるのである。
さて、皮肉なことに、現状は、この映画で警告している状況よりも悪化しているのである。この映画で、「宮城前」の土壌1kgよりストロンチウム90が190pCi、セシウム137が240pCi検出されたと指摘されている。これをベクレルに換算すると、それぞれ7bq、8.9bqとなる。今や、セシウム137の食品規制値が1kgあたり100bqであり、8.9bqであると食品ですら規制されない量なのである。千代田区のサイトによると、千代田区の各公園の砂場を対象とした2011年の測定では「放射性ヨウ素と放射性セシウム134、137で、これらの物質の合計値は土壌1kgあたり50.7~557ベクレル(平均208ベクレル)でした。」となっている。この合計値の約半分がセシウム137ということになるが、少ない場合でも約25bq、多い場合は250bqを超えており、平均値でも約100bqとなる。1950年代に「恐怖の対象」であった放射能汚染の3倍から20倍もの放射能汚染の中で、今の東京の生活は営まれているのである。福島であればより状況は悪化している。放射線管理区域基準以上のところにすら、福島県では住まなくてはならないのである。「世界は恐怖する」以上の恐怖に、今や直面しているといえよう。
参考文献:公益法人第五福竜丸平和協会「亀井文夫と映画『世界は恐怖する』、米津知子「原発にNO!を 『障害=不幸』にもNO!を」(共に2012年11月9日の映写会で配布された資料)
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