ここまで、風評被害の問題から出発して、食品における放射性セシウムの暫定基準の問題、そして食品の検査体制の問題をみてきた。低線量被曝については、さまざまな説があり、暫定基準が安全であるのかどうか、議論が分かれている。
しかし、たぶん、問題なのは、暫定基準が適切かいなかということだけでなく、むしろ、実際の消費行動において、放射性セシウムの検出ということがどのように影響するかということである。
毎日新聞は、筑波大学が、福島第一原発周辺で収穫された米について、どの程度放射能セシウムが検出されたら買わないか、買った場合はいくらで購入するかについて、関東・関西でアンケート調査を行ったことを、9月3日にインターネットで配信した。
放射性物質:コメ風評被害深刻 筑波大の既婚女性アンケート
東京電力福島第1原発に近い産地の今年の新米について、「放射性物質が検出されなくても買わない」という都市部の女性が関東で3割、関西では4割に上ることが専門家の調査で分かった。セシウム汚染拡大による主食への風評被害の深刻さが浮かび、専門家は「生産者の経済的被害を軽減するため、消費者意識を踏まえた対策を急ぐ必要がある」と提言している。
筑波大大学院の氏家清和助教(食料消費分析)が8月上旬、東京、大阪とその周辺で20~69歳の既婚女性を抽出してアンケートを実施し、2089人から回答を得た。
質問は、5キロ2000円の汚染の恐れがないコメ(A)と、福島第1原発に比較的近い産地のコメ(B)の2種類が売られていた場合、Bがいくらならば買うかを尋ねた。Bについては放射性物質の検出値を(1)不検出(2)国の暫定規制値(1キロあたり500ベクレル)の100分の1以下(3)同10分の1(4)同2分の1(5)規制値以下--の5パターンに分けた。
その結果、価格にかかわらず「不検出でも買わない」という人の割合は関東で34.9%、関西では44.7%。規制値の10分の1では「買わない」が関東で52.9%、関西では60.4%に上った。
一方、関東では「不検出ならAと同額以上でも買う」が28.9%おり、規制値の500ベクレルに近い値が検出されたとしても「Aより安ければ買う」も31.3%いた。
氏家助教は「国の暫定規制値が安全かどうかはともかく、消費者を安心させる指標にはなっておらず、特に被災地から遠い関西の風評被害が厳しい」と指摘。それでも検出値が低ければ買う人の割合が増えていくことに注目し、「適正な検査を行い結果を明記すれば、より高い価格で売れる可能性がある。当面は消費者に汚染の程度を細かく伝えることが、経済的被害の軽減につながる」と提言している。【井上英介】
毎日新聞 2011年9月3日 15時01分(最終更新 9月3日 16時50分)
http://mainichi.jp/select/science/news/20110903k0000e040049000c.html
この結果は、かなり厳しいものである。まず不検出でも買わないとする人が、関東で34.9%、関西で44.7%存在している。福島第一原発事故の影響を直接的にはそれほど受けていないと考えられている関西のほうが割合が高いことにも注目しなければならない。「不検出」でも買わないとなれば、まさに「差別」としてしかいえないであろう。この問題は、福島県民などへの差別の問題にもつながっていくといえる。
ただ、一方で、不検出なら購入するという人が、関東では約65%、関西でも約55%いるということになる。関東都市部の調査結果からみると、その場合、極端に値下げしてもあまり効果はみられないようだ。値段はそれほどの問題ではないのである。むしろ、他の米よりも高く買うという人が28.9%存在する。たぶん、「応援」の意味がこめられているのであろう。
ただ、これが、暫定基準値の10分の1、つまり50Bq/kgであると、関東では52.9%、関西では60.4%が買わないと答えている。最早、半分以上が買わないとしているのである。
関東都市部の調査結果からみると、暫定基準値の100分の1、つまり5Bq/kgでは、47,9%が買わないと答えている。ごく微量でも買わない人の比率は高くなるのだ。一方で、暫定基準値(500Bq/kg)ならば買わないという人は55.4%ととなる。放射性セシウムの検出値が高く設定されるにつれ、不買者の比率は高くなるのだが、50Bq/kgとそれほど変わらないといえる。逆に言えば、暫定基準値程度でも、45%程度の人は購入するのである。
ここから、三つの消費パターンがあるといえる。①福島第一原発周辺で収穫された米は、たとえ放射性セシウムが不検出でも買わない、②放射性セシウムが不検出ならば、場合によっては高くなっても買う、③放射性セシウムが暫定基準値以下であれば、検出値の高低によって差はあるが、購入していく、この三つである。
①の場合は、もはや、食品の放射性物質検査の問題だけではなくなっているといえる。これについては、別途検討しなくてはならないだろう。この場合は、現実的なものだけでなく、仮想的なレベルまで、放射性物質の影響を一切排除しようとしているのである。
②の場合は、放射性セシウムがごく微量でも検出されたら買わないということになる。しかし、不検出ならば、高くても買うというのだ。その意味で、不検出であれば、検査結果を公表したほうが、このグループは購入していくといえる。この場合は、現実的なレベルに限ってではあるが、放射性物質の影響を排除しているのである。
③の場合、放射性セシウムの検出値が低ければ購入者が増えるといえるが、ただ、ドラスチックに変わるというものではない。ただ、それでも、5Bq/kgでは購入するという人びとが約52%いるということになるので、かなり低い場合は、検査結果の公表は意味があるといえる。この場合は、それぞれが受忍できる値はあるが、健康に支障がないならば、ある程度放射性セシウムが検出されることを許容するということになる。
①②と、現実の購入行動は違うのだが、メンタリティは近いだろう。①は仮想的レベル、それこそ「福島第一原発事故」を想起されるもの一切を含めて放射性物質の影響を排除しようとしているのだが、②は現実的なレベルに限っているといえる。しかし、②も放射性物質の影響を排除しようということには変わりがない。「不検出」という証拠がなければ、①と同様に一切購入しないということはありえるのである。
③の場合であるが、例えば商品のレベルに放射性セシウムの検出値として「5Bq/kg」「20Bq/kg」「200Bq/kg」などと書かれていた場合、それぞれの数値に応じてではあるが、購入しなくなる可能性がある。アンケート調査では、暫定基準値程度でもそれほど極端には不買者が多くならなかったことも考えなくてはならない。この場合であると、数値よりも、むしろ、政府・都道府県が検査し、極端に検出値が高く害のある食品は排除しているという「安心」が問題になっているのではないだろうか。
低線量の放射性被曝の影響については、どの程度が影響するのか、定説はない。その状況の中で、どの規制値ならば影響がないのかは、一般的には不明である。そうなると、、現実的もしくは仮想的レベルも含めて放射性物質の影響を排除しようという志向と、数値によって違いがあるものの、ある程度の放射性セシウムの含有を認めるという志向に、消費行動は分裂していくことになる。
まあ、大きくいえば、食品から放射性セシウムが検出されないことが多くの消費者の希望であるといえる。しかし、実際の消費行動は分裂しており、検査体制・暫定基準値…大きく言えば「風評被害」全体を考えるに際して複雑な問題を提起しているといえる。