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さて、単に、検査体制や精度の問題とは別の次元で、政府や福島県の検査体制が信用できるのかということを、8月に発覚した福島県浪江町産のセシウム汚染牛肉問題を事例に考えてみよう。7月に表面化したセシウム汚染牛肉問題は、セシウム汚染問題の深刻さを日本社会全体に再認識させた「事件」であったといえる。暫定基準値の高下というレベルではなく、そもそも政府・県の放射性物質対策総体への不信を募らせた事件であった。そして、今でも、インターネット上で検索してみると、関連報道であふれかえっている。今なお進行中の事件なのである。

この問題については、一度全体を通してみてみたいと思うが、ここでは、7月から開始された福島県の肉牛出荷停止を8月に解除しようとした際に直面した浪江町産の汚染牛肉問題をみておこう。

8月18日、毎日新聞は、次のような記事をネット配信した。

福島・宮城:肉牛の出荷停止解除へ 政府、19日にも指示

 政府は18日、福島県と宮城県で飼育されている肉牛の出荷停止を両県全域で解除する方向で検討に入った。早ければ19日にも両県知事に解除を指示する。肉牛から国の暫定規制値(1キロあたり500ベクレル)を超える放射性セシウムが検出され、政府は7月19日~8月2日、福島、宮城、岩手、栃木の4県に出荷停止を指示したが、解除すれば初めてとなる。

 農林水産省と厚生労働省、福島、宮城両県は、汚染された稲わらの管理や解体後の牛の放射性物質検査の体制などを協議してきた。その結果、汚染稲わらを他の飼料と明確に区分してシートで覆ったり、地中に埋めて餌として使用できない状態であることが確認され、食肉処理後のセシウム検査で暫定規制値以下であれば、出荷を認める方向。

 政府は岩手、栃木両県についても同様の条件が整い次第、出荷停止を解除する方針。

 出荷再開の条件として、厚労省は畜産農家に保管されている汚染稲わらを農家の敷地外に移すよう求めていた。一方、農水省や福島、宮城両県は、保管場所の確保が難しいことを理由に農家の敷地内で牛と隔離した場所に置く方法を主張していた。【佐々木洋】

毎日新聞 2011年8月18日 22時19分(最終更新 8月18日 23時15分)
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20110819k0000m040119000c.html

牛肉のセシウム汚染の原因として、宮城県などで福島第一原発事故の際、野外にあった稲わらを牛に与えたためと農水省などは判断し、その対策を講じることで、検査値が暫定基準値以内であれば出荷停止を解除するという方針を打ち出したといえる。

しかし、19日、宮城県の肉牛の出荷停止は解除されたが、福島県の出荷停止解除は延期された。8月20日に毎日新聞がネット配信した記事がその景況を伝えている。

 ◇福島汚染牛、追跡調査を強化

 一方、解除方針が一転して延期となった福島県幹部は「また福島のマイナスイメージが広がってしまった」と苦渋の色を浮かべた。

 新たに汚染が確認されたのは、浪江町の計画的避難区域から出荷された4頭分。同区域は4月22日に指定され、肉牛の出荷・避難時にはスクリーニング検査が課されたが、その前に出荷されていた。4月7、19日に食肉処理され、東京都内の食肉業者が川崎市の冷凍倉庫で保管していた。

 同市や厚生労働省によると、業者が今月自主検査し、最大で国の暫定規制値の2倍に当たる1キロ当たり1000ベクレルの放射性セシウムを検出。同省が19日に検査し、最大で同997ベクレルを検出した。

 出荷した畜産農家は、浪江町と隣接している葛尾村、田村市の畜舎で約4000頭を肥育していた。原発事故後に県外へ避難し、現在は廃業した。「汚染稲わらは与えていない」と説明しているという。福島からの肉牛出荷解除のためには、汚染原因の確認が急務で、国と県は畜舎の状況や与えられていた水や飼料の調査を始めた。冷凍保存の牛肉は2年くらい保管するケースもあるといい、追跡調査も強化する。

 福島県は解除後に備え、全頭検査する体制を整えており、「今後は問題のある牛肉は市場に出ない」(鈴木義仁農林水産部長)として理解を求めている。JA全農福島畜産部の担当者は「出荷しても価格が原発事故以前に戻らないと畜産農家の生計は成り立たない。国と東京電力には風評被害の払拭に全力を尽くしてもらいたい」と怒りをにじませた。【浅野翔太郎、種市房子、高橋克哉、倉岡一樹】

毎日新聞 2011年8月20日 東京朝刊
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20110820ddm041040098000c.html

つまり、4月22日に計画的避難区域に指定された浪江町の農場から、それ以前に出荷された肉牛から暫定基準値のほぼ2倍の1000ベクレル程度の放射性セシウムが検出され、そのため福島県産の牛肉の出荷停止解除が延期されたのである。

この記事を読んでみると、実は暫定規制値など以前の問題で、政府・県が何の対策もとっていなかったことがわかる。高放射線値を検出し、後に計画的避難区域に指定された浪江町からの肉牛は、その時点では何も検査されずに流通していたのだ。そして、この汚染発覚も、業者の自主検査を契機にしているのである。宮城県産の稲わら汚染などより、承知しやすい汚染だったと思うのだが、その時点では何もしていなかったのである。

そして、この記事では、「汚染稲わらは与えていない」としていることに注目されたい。8月21日の毎日新聞は、次のように報じている。

セシウム汚染:浪江町の牛のふんから高濃度検出

 福島県浪江町の農場が4月に出荷した肉牛から国の暫定規制値(1キロあたり500ベクレル)を超える放射性セシウムが検出された問題で、県は21日、農場への立ち入り調査の結果を発表した。えさの干し草は残っていなかったが、牛のふんを調べたところ、同じ干し草を与えた別の農場では浪江の10分の1以下しかセシウムが検出されなかった。県は「えさの汚染による可能性は低い。大気中のセシウムが牛舎に入り込み、吸い込んだことが原因かもしれない」としている。

 この農家は計画的避難区域などに指定されている葛尾村と浪江町、田村市で計約4000頭を飼育。いずれも葛尾の農場に保管していた輸入干し草を与えていたが、規制値超えが判明しているのは浪江から出荷した牛だけ。県は各農場に残っていた乾燥したふんを分析、浪江で1キロあたり9500ベクレルと高かったのに対し、葛尾、田村は同610ベクレル、同620ベクレルにとどまった。【関雄輔】

毎日新聞 2011年8月21日 22時05分(最終更新 8月21日 22時08分)
http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110822k0000m040092000c.html

このように、この農家では、葛尾村に保管していた輸入干し草を、葛尾村・浪江町・田村市で飼育していた肉牛に与えていたが、暫定規制値を超えたのは浪江町で飼われていた牛だけであったという。ふんもとりわけ高いのは浪江町だけであった。この時点では干し草は残っていない。そして、福島県では、えさが原因ではなく、大気中のセシウムを牛が吸い込んだためではないかとの推測を述べている。

しかし、翌22日の産経新聞は、次のような記事をネット配信している。

側壁のない牛舎で干し草が汚染 福島県が原因公表

2011.8.22 22:38
 福島県浪江町の農場が出荷した12頭の牛の肉から暫定基準値を超える放射性セシウムが検出された問題で、同県は22日、開放型の牛舎で保管中に汚染された餌を牛に与えたのが原因とする調査結果を公表した。県は結果を国に報告し、この問題で先延ばしになった肉用牛の出荷停止解除を強く求めていく。

 福島県によると、生産者は東京電力福島第1原発事故後、避難で農場を約1週間離れる際、同県葛尾村の農場から大量の輸入干し草を運び込み、牛舎内のえさ箱や通路に置いていた。

 牛舎は側壁がなく、放射性物質を含む外気が干し草を汚染したとした。県によると、4月11日時点の周辺の放射線量は、毎時平均24.7マイクロシーベルトに達していた。

 県畜産課の大谷秀聖課長は「稲わら汚染と同じ状況に陥った。当時の国の通達は餌の屋内保管などだけだった」としている。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110822/dst11082222400027-n1.htm

一日で、福島県は「干し草」が原因と、180度違ったことを公表したのである。すでにみてきたように、証拠としての「干し草」は残っていない。にもかかわらず、外気に触れるところで「干し草」を保管し、そこで放射性セシウムが蓄積されたためであるとしたのである。

もちろん、そのようなことが蓋然性を持たないということはない。しかし、一日で見解を覆すには根拠不十分といえるであろう。大気を通じて汚染されたと考えても不思議はない。あれほどの高放射線地域である。今、この地域に一時避難した人びとの内部被ばくが問題となっている。牛でも同じであろう。汚染されたのは「干し草」だけではない。大気も水も汚染されていたのだ。

そして、結局、「干し草による汚染」というストーリーが維持されたことで、福島県の肉牛出荷停止は解除された。朝日新聞は、8月25日にネットで次のような記事を配信した。

福島、岩手、栃木の3県、肉牛の出荷停止解除

 福島、岩手、栃木県全域の肉牛について、菅政権は25日、えさが汚染しない管理や牛の検査体制が確立したとして、出荷停止の指示を解除した。福島県の牛は、国の基準を超える放射性物質が肉から見つかり、原因がわからないため、19日の解除が見送られていた。これで牛の出荷停止地域はなくなった。

 福島県は7月19日の出荷停止から5週間あまりで解除となった。原因不明だった牛肉の汚染は、その後の調査で、壁のない牛舎に置かれていた飼料に放射性物質が降り注いで汚染した可能性が高いと判明。菅政権は、えさの管理の徹底と、放射性物質に高濃度に汚染された地域の牛は全頭検査にする福島県の計画で対応できると判断した。

 福島、岩手、栃木3県のの計画は、19日に解除された宮城県とほぼ同様だ。汚染稲わらなどをえさとして利用した農家の牛は、全頭検査で国の基準を下回れば出荷できる。それ以外の農家は、最初の出荷の際に1頭以上を検査し、基準を大幅に下回っていれば、ほかの牛は一定期間、検査なしで出荷できる。(沢伸也)
http://www.asahi.com/national/update/0825/TKY201108250374.html

農水省などは、稲わらなどのえさの対策を中心に考えていた。しかし、ここでえさ以外の要因があると、別個の対策が必要となる。そのための遅延を嫌った福島県が、強引に政治的な形で「結論」を決めたというようにおもえてならないのである。8月31日の検査ではとりあえず暫定規制値は下回ったとのことである。

このように、政府・福島県においては、単に無策というのではなく、十分検証もせず、政治的に有利ということに着目して、浪江町のセシウム汚染牛肉について強引に結論を下しているようにみえるのである。特に、福島県にとっては、選挙民であり納税者である畜産農家の要望に応えるということを重視するのはよくわかる。しかし、そのあまりに、検査結果の分析について、拙速で根拠のうすい結論を下すのは問題であろう。私自身は、福島県では放射性物質の検査・公表にそれなりに力をつくしているとは思うし、数値自体を大々的に改竄したとも思ってはいない。しかし、このような調査結果の解釈においては、より条理をつくしておかないと、信用されないであろう。いろんなことを想定しなくてはならないのではないか。「稲わら」というのもその一つだ。しかし、今や「稲わら」が唯一無二の汚染源と理解されてしまっている。それが大半であることに異議があるわけではない。他の可能性を少しでも想定しておかないと、「稲わら」と同様な見落としをするということである。

放射性物質の汚染は、稲わらや干し草に限るものではない。空気・土地・水すべてが汚染されていると考えるべきである。特に浪江町においては。そして、このことは、牛ばかりの問題ではない。むしろ、人びとの被ばくこそ、より重要な問題なのではなかろうか。その意味で、汚染は総合的に考えるべきである。しかるに、根拠薄弱に「干し草」のみを原因にし、それ以外はみないメンタリティこそが重要である。

そして、いわゆる「風評被害」も、根本的には、大地・水・空気総体に対する放射性物質の汚染に対応していないということが原因であるといえる。このブログでも、福島県の浜通りや中通りなどで、チェルノブイリ事故での自主避難区域や、放射線管理区域に相応するような汚染を示す地域がひろがっていることを指摘した。そのような地域で人びとが生活すること自体が問題となっている。そこでの食品生産が現状において問題にならないわけはないのである。耕地を除染すること、水を除染すること…そのような取り組みこそが最も必要な課題といえるであろう。

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