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ウルリヒ・ベック「すなわち、近代に伴う危険にあっては遅かれ早かれ、それを創り出すものも、それによって利益をうけるものも危険に曝されるのである。危険は階級の図式を破壊するブーメラン効果を内包している。富める者も、権力を有する者も、危険の前に安全ではありえない。」(『危険社会』)

日本列島に住んでいる人びとで、この福島第一原発事故直後の事故処理を指揮した吉田昌郎元所長を知らない人は少ないと思う。この人が、本日ー2013年7月9日ーに亡くなった。その一報を伝えるNHKのネット配信記事(2013年7月9日付)をまず紹介しておこう。

東京電力福島第一原子力発電所の事故で現場で指揮を執った吉田昌郎元所長が、9日午前、東京都内の病院で食道がんのため亡くなりました。
58歳でした。

吉田元所長は、3年前の6月に福島第一原子力発電所の所長に就任し、おととし3月11日の事故発生から現場のトップとして事故対応の指揮を執りました。
すべての電源が失われる中で、吉田元所長は、福島第一原発の複数の原子炉で同時に起きた事故の対応に当たりましたが、結果として1号機から3号機でメルトダウンが起きて被害を防ぐことはできませんでした。
吉田元所長は、その後、病気療養のため交代するおととしの11月末までおよそ9か月間にわたって福島第一原発の所長を務め、事故の収束作業にも当たりました。
おととし12月に食道がんと診断されて所長を退任しその後、去年7月には脳出血の緊急手術を受け療養生活を続けていました。(後略)
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130709/k10015922331000.html

吉田元所長の死については哀悼の意を示しておきたい。ただ、吉田元所長自体については、功罪あるといえる。そのことを指摘しているのは、時事通信のネット配信記事(2013年7月9日)付である。ただ、他のマスコミは、吉田元所長の「功」の方を強調しているといえる。

(前略)
11年3月11日の事故発生後は、同原発の免震重要棟で陣頭指揮に当たった。首相官邸の意向を気にした東電幹部から、原子炉冷却のため行っていた海水注入の中止を命じられた際には、独断で続行を指示。行動は一部で高く評価された。
 一方、事故直後の対応では、政府の事故調査・検証委員会などが判断ミスを指摘。原発の津波対策などを担当する原子力設備管理部長時代に、十分な事故防止策を行わなかったことも判明した。(2013/07/09-18:17)
http://www.jiji.com/jc/eqa?g=eqa&k=2013070900691

吉田元所長の評価は、福島第一原発事故の原因、そして、事故処理のあり方が解明されることによって、歴史的に定まってくるといえる。

ここで問題にしたいのは、吉田元所長の死亡原因のことである。報道によれば、吉田元所長は食道がんで死去したということである。それに対して、吉田元所長を雇用していた東京電力関係者は次のように説明したと、上記のNHKのネット配信記事は報道している。

東京電力によりますと、事故発生から退任までに吉田元所長が浴びた放射線量はおよそ70ミリシーベルトで、東京電力はこれまで、「被ばくが原因で食道がんを発症するまでには少なくとも5年かかるので、事故による被ばくが影響した可能性は極めて低い」と説明しています。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130709/k10015922331000.html

「被ばくから5年以上たたないとがん発症との因果関係は認めない」というのは、東電その他「原子力ムラ」の人びとの常套句である。現在、福島県内の子どもたちにおいて、平常よりも多く甲状腺がんが発症しているが、同様の論理で、被ばくとの因果関係は認めていないのである。死去した吉田元所長もあるいは自分のがん発症と福島第一原発事故との因果関係を認めなかったかもしれない。

しかし、「事故発生から退任までに吉田元所長が浴びた放射線量はおよそ70ミリシーベルト」ということ自体がすでに問題なのである。事故発生(2011年3月)から退任(2011年11月)まで、9ヵ月になる。この70mSvという線量が、すでに一般人の限度の70倍ということになる。さらに、この線量は、本来、放射線業務従事者の通常時における被ばく線量限度年間50mSvをもこえているのである。

1972年に制定された電離放射線障害防止規則は次のように定めている。

第四条  事業者は、管理区域内において放射線業務に従事する労働者(以下「放射線業務従事者」という。)の受ける実効線量が五年間につき百ミリシーベルトを超えず、かつ、一年間につき五十ミリシーベルトを超えないようにしなければならない。
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S47/S47F04101000041.html

ただ、この規則では、今回の事故における緊急時の対応に従事する労働者については、年間100mSvまで被ばく線量限度を引上げている。そして、2011年3月14日から2011年12月16日までは、さらに年間250mSvまで被ばく線量限度を引上げていたのである。

つまり、吉田元所長の「9ヵ月で70mSv」という線量は、通常では浴びることのない線量なのである。緊急時という状況下でのみ、許容されているにすぎないものでしかない。

Wikipediaの「被曝」の項によると、50mSvですでに染色体異常が出始めるとしている。そして、81mSvについては、「広島における爆心地から2km地点での被曝量。爆発後2週間以内に爆心地から2km以内に立ち入った入市被爆者(2号)と認定されると、原爆手帳が与えられる。」と説明している。

もちろん、短期に高線量を浴びることになる原爆と、長期間にわたって低線量にさらされる原発事故とは違いがある。その意味で一概にはいえないのだが、吉田元所長のあびた線量は、原爆被災者なみであったということになろう。

吉田元所長の食道がん発症の契機は、福島第一原発事故であったのかどうか、これは、もちろん、不明であるとしかいいようがない。東電を含む「原子力ムラ」の人びとは、必死に因果関係を否定するだろう。前述したように、吉田元所長自身もそう考えていたのかもしれない。しかし、それでも、放射線被ばくという問題について、福島第一原発に職業としてかかわって給与を得つつ、この事故を引き起こした責任者である人たちにもまぬがれないものであることを示す、一つの象徴としての意義を吉田元所長の死はもっているといえよう。

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さて、このブログで、河北新報記事に依拠して、福島県児童36万人を対象とした甲状腺検査で、すでに1名のがん患者が発生しており、さらに甲状腺異常が約42.1%、二次検査が必要な児童が0.5%発見されたことを伝えた。

このことを打ち消すかのごとく、2012年11月25日付朝日新聞朝刊は、一面トップで次のような記事をのせた。まず、ネット配信した分をみてみよう。

福島のがんリスク、明らかな増加見えず WHO予測報告

 【大岩ゆり】東京電力福島第一原発事故の被曝(ひばく)による住民の健康影響について、世界保健機関(WHO)が報告書をまとめた。がんなどの発生について、全体的には「(統計学的に)有意に増える可能性は低いとみられる」と結論づけた。ただし、福島県の一部地域の乳児では、事故後15年間で甲状腺がんや白血病が増える可能性があると予測した。報告書は近く公表される。

 福島第一原発事故による健康影響評価は初めて。100ミリシーベルト以下の低線量被曝の影響には不確かな要素があるため、原爆やチェルノブイリ原発事故などの知見を参考に、大まかな傾向を分析、予測した。

 WHOはまず、福島県内外の住民の事故による被曝線量を、事故当時1歳と10歳、20歳の男女で甲状腺と乳腺、大腸、骨髄について、生涯分と事故後15年間分を推計した。その線量から甲状腺がんと乳がん、大腸がんなどの固形がん、白血病になるリスクを生涯と事故後15年間で予測した。

 成人で生涯リスクが最も高かったのは福島県浪江町の20歳男女。甲状腺がんの発生率は被曝がない場合、女性が0.76%、男性は0.21%だが、被曝の影響により、それぞれ0.85%、0.23%へ1割程度増えると予測された。他のがんは1~3%の増加率だった。
http://www.asahi.com/special/energy/TKY201211240631.html

これだけみると、リスクが低いようにみえるだろう。しかし、これは、成人の場合に限られる。さらに、成人の場合でも、甲状腺がんの増加傾向は認めざるをえないのである。成人の場合については、朝日新聞本紙に掲載されたこの記事の続きで「福島県のほかの地区の成人の増加率は甲状腺以外はおおむね1%以下で、全体的には統計的有意に増加する可能性は低いとの結論になった。」としている。

しかし、浪江町だけ、それなりに影響を認めているのはなぜだろう。この予測に使った被曝線量について、朝日新聞はこのように報道している。

 

予測に使った被曝線量
 福島の原発事故による被曝線量推計の報告書(WHOが5月に公表)などをもとに、性別、年齢ごとに臓器別の線量を被爆後15年間と生涯で地域ごとに計算した。この結果、1歳児の甲状腺の生涯の被曝線量は、浪江町が122ミリシーベルト、飯舘村で74、葛尾村が49、南相馬市が48、福島市や伊達市、川俣町、楢葉町などは43などと推計された。
 国連によると、チェルノブイリ原発事故の避難民の甲状腺被曝は平均490ミリシーベルト。子どもを中心に約6千人が甲状腺がんになった。ただし、甲状腺がんの治療成績は良く、死亡は十数人にとどまる。

なんのことはない。浪江町の被曝線量は生涯で122mSvで、健康に影響があるとされる年間100mSvに近くなるのだ。「通説」に従った結果なのである。

そして、児童については、甲状腺がん・甲状腺異常が増加する傾向を認めざるを得なくなっているのである。朝日新聞は、このように伝えている。

 

一方、被曝の影響を受けやすい子どもでは地域によって増加率が高くなった。浪江町の1歳女児が16歳までに甲状腺がんになる可能性は0.004%から、被曝の影響で0.037%へと9.1倍になった。飯館村では5.9倍、福島市などで3.7倍に増えると予測された。浪江町の1歳男児の白血病は0.03%が1.8倍になるとされた。
 胎児のリスクは1歳児と同じ。県外の住民は全年齢で健康リスクは「無視できる」と評価された。
 また、低線量でも若い時期に甲状腺に被曝すると良性のしこりや嚢胞(液状の袋)ができる可能性が高まるとも指摘。「がん化の可能性は低いが、注意深く見守っていくことが重要」と指摘した。

これは、どういうことなのだろうか。浪江町女児1歳の場合、いくら元来甲状腺がんの発がんリスクは高くないとしても、それが9倍になるということは、放射線の影響がないとはいえないのではないか。また、放射線被曝によって児童の場合は、甲状腺異常が発生する可能性も増えているとしている。しかも、これは「予測」なのである。

もちろん、この WHOの予測自体が、低線量被曝は人体への影響が少ないという「通説」に依拠するものだと考えられる。それでも、さすがに、チェルノブイリ事故による小児甲状腺がんの多発により、甲状腺がんはそれなりにデータが得られており、低線量被曝でもがんリスクが増加することを認めざるを得ないというのが、この報告書なのだと考えられる。

しかし、朝日新聞では「がんリスク 福島原発事故の影響、明らかな増加見えず」と、少なくとも児童においてはあてはまらない見出しをつけている。

そして、三面の解説記事では、このように説明している。

 

世界保健機関(WHO)は、福島第一原発事故の被曝による健康影響について、全体的には、がんが「有意に増える可能性は低い」とした。
 これは、被曝でがんが発生がないという意味ではない。日本人の2人に1人は一生のうちにがんが見つかっており、福島県民約200万人のほぼ半数はもともとがんになる可能性がある。このため、仮に被曝で千人にがんが発生しても増加率が小さく、統計学的に探知できないということだ。
 一方で、小児の甲状腺がんのように患者数が少ないと、わずかな増加も目立つ。福島県浪江町の1歳女児が16歳までに甲状腺がんになる可能性は、0.004%が0.037%へ、約9倍に増えるとされた。これは、仮に浪江町に1歳女児が1万人いたら、甲状腺がんになるのは0.4人から3.7人に増える可能性があるということだ。

予測において統計的に有意の結果は出しにくいというのは事実だろう。しかし、人口の半数が被曝しなくてもがんになるから、放射線被曝の影響によるがん発生率がわからないというならば、調査しなくても同じになる。記者が書いているように、それこそ1000人が被曝によってがんになっても、統計的にはわからないということになる。もし、人口の50%ががんになるにせよ、それが、放射線被曝によって50.001%になるかいなかを調べることが必要とされているのではないか。

そして、小児甲状腺がんにおいては、予測ですらも、低線量被ばくでがん発生率は9〜3.7倍になっている。元来、小児甲状腺がんの発生率が低いとしても、それは大きな増加なのではなかろうか。

そして、このブログでも伝えているように、福島県の児童36万人を対象とした甲状腺検査で、甲状腺異常が約42.1%、二次検査の必要な児童が0.5%発見されている。もちろん、二次検査が必要な児童全員ががんになるわけではない。しかし、放射線被曝がない場合の甲状腺がんの発生率が0.004%というならば、最悪、その100倍が甲状腺がんとなったということになる。9倍などというものではないのである。

WHOなどが予測すること自体はよいだろう。そして、予測が、それまでの通説に基づいてたてるしかないことは了解できる。しかし、福島県の児童を対象とした甲状腺検査結果からみるならば、予測は「過小評価」でしないと考えて比較すべきなのだと思う。その上で、早急に対策をたてるべきなのだ。どうせ人口の半分はがんになるなどとして、何の対策もたてないということは、福島県民を棄民することであり、朝日新聞が「福島のがんリスク、明らかな増加見えず」などと報道することは、それに加担することなのだと思う。

追記:http://www.pref.fukushima.jp/imu/kenkoukanri/240911siryou2.pdfによって福島県の現時点における調査結果を確認した。いまだ、約9万6000人しか調査していないのだが、その調査での甲状腺異常は18119人(43.1%)、二次検査が必要な者が239人(0.6%)である。なお、この調査結果ではがん患者発生は認めていない。つまり、実際に甲状腺がんを発症していても、福島第一原発事故関係ではないと「判断」されてはじかれてしまっているのである。なお、誤解を招いてはいけないので、36万人を基準に検討した人数についての言及は削除させていただくことにした。

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