さて、今回は、女川町北部の漁村地帯である北浦地区(桐ケ崎・竹浦・尾浦・御前・指ケ浜)を対象に5月22日に開催された女川町復興計画公聴会の景況をみておこう。前回みた南部の五部浦地区はその日の午前中に行われたが、北浦地区では午後に開かれた。
なお、もう一度、ここの地域の移転計画をみておこう。指ケ浜と御前浜は、御前浜の現在地よりやや北側であるが御前浜内の高台に移転することになっている。桐ケ崎、竹浦、尾浦は、尾浦と竹浦の中間点の高台に移ることになっている。
まず、女川町長(安住宣孝)は、次のように高台移転・漁港集約化について提案した。
皆さんが長く苦しい避難生活を送っている。今回の被害規模は非常に大きく、町内住宅の約7割、会社は8割が流出している。
国・県の動向と町の状況を勘案し、今回、案を示させていただいた。町民の方々にどの程度ご理解をいただけるのか。多くのご意見を伺いたい。
太平洋側のほとんどの地域、漁港が地盤沈下しており、現状復帰では駄目な状況である。護岸の必要の高さを調査し、嵩上げを行う必要がある。
宮城県でも復興計画が進んでおり、県と協力し復興を推進するため、宮城県土木部の次長が女川町復興計画策定委員のメンバーに入っている。従来の陳情形式だけでは頼りなく、国会議員にも実際に現地を見てもらい、町も早く計画を出すことで予算も付けてもらえると思う。
すべてを津波から守るのは困難であるが、命を守るために居住地を高台に移転することとしている。公共施設(役場・消防・病院など)も高台に置くよう整理していく方向で皆さんにご理解を求めたい。半島部も同様に高台に、宅地は造成するので、できれば2つを1つにとか予算を集中しやすいように集約したい。漁港も集中的に早期整備し、できるものからやっていくという提案が今日の議論の中心である。町全体が津波を意識した姿を作りたいと考えており、8月のお盆前には復興計画を策定したい。
漁業、居住地は皆さんの問題である。これからの漁業、地区の集約等を充分考え、議論していただきたい。漁業者数、世帯数が減少すれば、その分それぞれの力が弱くなる。また、集約すれば福祉、医療等の行政サービスもプラスになってくる。
五部浦地区の公聴会よりも、国・県の動向を考慮したことを強調しているといえる。
このような、町長の提案に対して、地域住民の反応はさまざまであった。
(御前浜と指ケ浜の中間で、小さな川が流れていて、道が大きく湾曲する地点が移転予定地点である)
例えば、自己の部落内に住宅地が建設される御前浜の住民は、このように述べた。つまりは、原則賛成なのである。
(御前浜)
ラジオで聞いたが、今回の地震と違う場所で、また地震が起きる可能性があるという。今回の案では、指ケ浜と御前浜が一緒になると思う。それには賛成だがもっと良い場所もある。
一方で、御前浜に吸収合併される形になる指ケ浜住民は、このように述べた。
(指ケ浜)
この災害により残っている多くの者が漁民である。5つの地区をまとめる案のようだが、少し手をかければ使えるところもある。指ケ浜の漁港を捨てて御前に行かねばならないのか? 指ケ浜の山も切れば良い高台となる。
このように、反対なのである。さらに、指ケ浜住民からは、部落内の漁業者の協同も協同ではないのかという発言があった。
(指ケ浜)
これまで指ケ浜では24人の漁業者がいたが、この災害で10数名になる。すべて漁業者だ。100%本気で漁業をやる者ばかりであり、その者が協力することは協同ではないか?(後略)
一方で、町長は「漁業者の熱意が協同ではなく、実際に何をどのような仕組みで協同するのかを考えて欲しい」と述べている。熱意だけでは協同にならないというのである。
(竹浦北側で尾浦との中間点周辺が移転予定地点である)
一方、どの部落からも離れた高台に移転することになっている、尾浦・竹浦・桐ヶ崎の地域住民の意見も多様であった。
竹浦の住民は、このように語っている。
(竹浦)
今、秋田仙北市に二次避難しているが、故郷である竹浦地区に住みたい。コスト、時間がかかることも分かるが海の見える故郷に住み、この傷を癒したい。この浜の瓦礫撤去作業をした際にも自分の浜だからこそ、瓦礫を取り除く手に力が入る。みんなにも自分の浜の復興だからと声を掛け作業してきた。私たちのこの気持ちを国にも伝えて欲しい。
しかし、桐ケ崎の住民は、このように述べている。
(桐ケ崎)
北浦地区の漁港を、例えば石浜に集約してはどうなのか? より安全な場所で大きな漁港にしてほしい。
石浜とは、女川町中心部の市街地に接している地域であり、実際のところは、中心部の女川漁港の一部である。この発言は、女川町北部の漁港全体を女川町中心部に統合すべきという意見であり、女川町の提案よりも過激なものであった。
さすがに、町長は、
(町長)
5つの漁港の隻数を考えたときに、石浜では困難である。1人3隻ほど普段であれば所有していたはず。その辺も検討していく。
と答えていた。
このように、五部浦地区と違って、すべてが漁村・漁港の集約化に反対しているという状況ではなかった。集落ごとに意見は違っている。自身の集落・漁港に依拠して復興すべきという者もあり、女川町の提案以上に、北部の漁港をすべて女川漁港に統合するという意見すらあった。前に見た『朝日新聞』では五部浦地区の状況を報道しているが、北浦地区は違っているのである。
それ以外、切実な要望が出された。高台移転の場合の所有地の補償、自力では自宅を再建できない高齢者のために北浦地区での町営住宅の建設、独自での高台移転、仮設住宅の入居期間の延長、市街化区域の建築制限、被災しなかった住宅を集約化するかいなか…等々。
そして、指ケ浜の住民は、「今年の秋にも漁業の仕事が出てくる。漁港の部分的な嵩上げはできないのか?」と問いかけた。それに対して、水産農林課長は「12ケ所の漁港すべてが地盤沈下している状況である。被害の大小があるが、優先順位を付け整備する。県の水産漁港部で調査して判断されることになる」と答えた。結局のところ、県の動向が漁港整備を左右しているのである。
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