最近、私自身も含めて、被災地の問題について考える機会が少なくなっている。しかし、2012年11月11日の永田町・霞ヶ関の反原発抗議行動の中で、文部科学省前に原爆やビキニ水爆実験で被ばく死した久保山愛吉などの遺影が安置され、「子どもを守れ」「福島の子供達を避難させて!」というプラカードが掲げられたことを本ブログで書いた。その時の写真を、もう一度再掲する。
さて、その後、福島県で実施されている18歳以下の児童(36万人)を対象にした甲状腺検査において、甲状腺がんの疑いのある児童が一人発見されたということが報道された。2012年11月19日、河北新報は、次のような記事をネット配信している。
甲状腺がん疑い 即時要2次検査は16~18歳の女子
福島第1原発事故後に福島県が県内の18歳以下36万人を対象に実施している甲状腺検査で、甲状腺がんの疑いがあるとして即時2次検査が必要な「C判定」を受けた子どもが1人いた問題で、県の県民健康管理調査検討委員会は18日、判定を受けたのは16~18歳の女子だったことを明らかにした。
検査を担当している福島県立医大によると、女子は甲状腺に結節が発見され現在、2次検査を受けている。福島市で18日あった委員会後の記者会見で、医大の鈴木真一教授は「原発事故による被ばく線量は低く因果関係は考えにくい」と話した。
委員会をめぐり9月の前回会合後、議論の誘導が疑われる議事進行表を委員に事前送付するなど県の不適切な運営が発覚した。菅野裕之県保健福祉部長は18日の会合で「県民の皆さまに疑念を抱かせ、申し訳ない」と陳謝。(1)菅野部長が委員を辞任(2)新たに外部委員2人が参加(3)速やかな議事録作成-などの改善策を説明した。
会合では2012年度分の9月までの甲状腺検査結果も公表。結節や嚢胞(のうほう)がない「A1」判定が57.3%、小さな結節などがある「A2」が42.1%、一定以上の大きさの結節などがあって2次検査が必要な「B」が0.5%だった。
2012年11月19日月曜日
http://www.kahoku.co.jp/news/2012/11/20121119t63011.htm
この報道自体が衝撃的である。しかし、それにもまして問題なことは、検査を実施した福島県立医大の鈴木真一教授のコメントである。1986年のチェルノブイリ事故においても児童の甲状腺がんが多発した。そのようなことをふまえて、福島第一原発事故後、福島県の児童に対して甲状腺検査が実施されている。つまり、そもそも福島第一原発事故による放射線被ばくがなんらかの形で児童の甲状腺がん多発につながることが懸念されているから甲状腺検査が実施されている。しかし、鈴木は「原発事故による被ばく線量は低く因果関係は考えにくい」と述べている。これでは、甲状腺検査をする意味はない。
鈴木のコメントは、結局、年間100mSv以下の「低線量」被ばくでは人体に影響をもたらさないという、日本の「原子力ムラ」で流通している「通説」の方を優先しているのである。この論理でいけば、どれほど甲状腺がん患者が出ていても、「低線量」しか被ばくしていないとして、結局、すべて福島第一原発事故の影響ではないということになる。実際には、「低線量」被ばくでも甲状腺がんは発生するという「実証」ともいえるものを、「低線量」被ばくであれば人体に影響がないという「通説」によって否認しているのである。
これは、もちろん、国や東京電力や福島県などによる「低線量」被ばくの影響を否認しようという政策が背景になっているといえる。このような論理は、水俣病において有機水銀が原因であることを認めなかった当時の対応とも共通しているといえる。しかし、より「科学」として考えなくてはならないことは、一般的に流通する「通説」によって「実証」を否認しているということである。これは、コペルニクスの「地動説」をそれまでの「通説」であったプトレマイオスの「天動説」で否認していることと同じだ。
さらに、「会合では2012年度分の9月までの甲状腺検査結果も公表。結節や嚢胞(のうほう)がない「A1」判定が57.3%、小さな結節などがある「A2」が42.1%、一定以上の大きさの結節などがあって2次検査が必要な「B」が0.5%だった。」としている。「小さな結節」が「致命的」であるかいなかは別として、福島の児童たちの約57%しか甲状腺の状態が正常ではない、42%以上の児童たちが甲状腺異常を抱えているということになる。これは、どうみても、異常事態であろう。甲状腺がん患者の疑いのある児童が1人発見されたというだけでなく、これ自体が大問題のはずである。
しかも、このことは、すでに9月の時点で報道されていた。河北新報のコルネット会員サービスを利用して検索してみると、「子ども1人、甲状腺がん 事故の影響否定 福島県検査」という記事が9月12日にネット配信されている。この記事でも、「福島第1原発事故後に福島県が県内の18歳以下の子どもを対象に実施している甲状腺検査で、甲状腺がんを発病しているケースが1例確認されたことが11日、分かった。甲状腺がんの発症例が確認されたのは初めて。」と、甲状腺がん発病者が1人いたことが伝えられている。この発病者が、11月19日の報道による患者と同一かいなかは明らかではない。ただ、もし他にいれば「2人」などと報道されると考えられるので、同一人物と思われる。
そして、この報道でも「検査担当の鈴木真一福島県立医大教授は「原発事故による被ばく線量は内部、外部被ばくとも低い。チェルノブイリ原発事故の例からも、事故による甲状腺がんが4年以内に発症することはないと考えている」と説明している。」としている。何があっても、コメントは同じなのである。
重要なことは、次のことである。
委員会では2012年度分の8月までの検査の結果も報告された。結節や嚢胞(のうほう)がない「A1」判定が56.3%(11年度は64.2%)、小さな結節などがある「A2」が43.1%(35.3%)、一定以上の大きさの結節などがあって2次検査が必要な「B」が0.6%(0.5%)だった。
つまり、2011年度と2012年度を比較すると、甲状腺が正常な児童の比率が64.2%から56.3%に減少し、甲状腺に小さな異常のある児童が 35.3%から43.1%に増加したことになる。11月の発表ではやや数字が違っているが、大枠は変わらない。つまり、福島県の児童の甲状腺異常は時間の経過につれて増えているのである。
このように、福島県の児童は異常事態の中にいる。一般的にみて甲状腺異常が見られる児童が福島県では40%以上存在しており、そのうち、約0.6%は甲状腺がんの疑いがあるのである。
そして、このことに対策をしたくない政府は、次のようなことを提起した。共同通信は2012年11月20日に次のような記事をネット配信した。
長崎でも子供の甲状腺検査 環境省、福島の結果と比較
長浜博行環境相は20日、東京電力福島第1原発事故による福島県内の子どもの甲状腺への影響を確かめるため、比較材料として長崎県内の18歳以下の甲状腺検査を今月7日に始めたことを明らかにした。閣議後の記者会見で答えた。環境省によると、青森、山梨両県でも年内に調査を始める方向で調整している。
子どもの甲状腺を大規模に調べる疫学的調査の前例がなく、原発事故の影響の有無を確かめる必要があるため、原発から離れた地域でも検査し福島県の結果と比較する。
福島県は、事故発生時に18歳以下だった約36万人を対象に甲状腺検査を進めている。
2012/11/20 13:02 【共同通信】
http://www.47news.jp/CN/201211/CN2012112001001429.html
もちろん、このような比較調査が全く意義がないということではない。そのような比較を行わなければ「疫学的知見」は得られない。しかし、これは、明らかに福島の児童に甲状腺異常が多く発生しているということを否認したい、少なくとも、実質的な対策を先送りしたいという意識から発しているといえる。
今、必要なことは、福島県の児童については、放射線被ばくによると仮説的に推定される甲状腺異常・甲状腺がんが多く発生しているということを認め、その線にそって避難や医療などの対策を進めることだといえるのではないか。そして、それが、原爆やビキニ水爆実験で被ばく死した人びとの思いにもこたえることになるのではなかろうかと思う。
追記:http://www.pref.fukushima.jp/imu/kenkoukanri/240911siryou2.pdfによって福島県の現時点における調査結果を確認した。いまだ、約9万6000人しか調査していないのだが、その調査での甲状腺異常は18119人(43.1%)、二次検査が必要な者が239人(0.6%)である。なお、この調査結果ではがん患者発生は認めていない。つまり、実際に甲状腺がんを発症していても、福島第一原発事故関係ではないと「判断」されてはじかれてしまっているのである。なお、誤解を招いてはいけないので、36万人を基準に検討した人数についての言及は削除・訂正させていただくことにした。
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