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さて、今回は、2011年9〜10月にかけて、首都圏のホットスポットになってしまった柏市などの千葉県北西部地域における放射性物質による汚染の深刻さが露呈されていく過程をみていこう。このブログでもみたように、すでに、2011年5月頃までに柏市などの汚染状況については認識され、市民の声につきあげられながら、柏市・松戸市・野田市・流山市・我孫子市・鎌ヶ谷市の東葛六市は、千葉県と連携しつつ、独自の放射線量測定や、除染作業を行うようになっていた。

しかし、2011年9〜10月においては、柏市などの放射性物質による汚染の深刻さは、よりあきらかになった。文科省は、9月29日に、埼玉県・千葉県を対象にして9月8〜12日に実施された航空機(ヘリコプター)モニタリングの測定結果を公表した。ここで、千葉県の分を紹介しておこう。

まず、放射線量からみてみたい。千葉県の放射線量は、次のようなものである。

千葉県の放射線量

千葉県の放射線量

千葉県の多くの領域の放射線量は毎時0.2μSv以下で、年間1mSvに達するところは少ない。しかし、千葉県の北西部である、野田市・鎌ヶ谷市・松戸市・柏市・我孫子市・流山市の東葛六市は、野田市と鎌ヶ谷市を除くと、ほぼ全域が、毎時0.2〜0.5μSvの線量を示している。毎時0.23μSv未満でないと年間1mSvはクリアできない。これらの地域の多くが、年間1mSvをこえていると推定できる。福島県でいえば、だいたいいわき市と同程度の線量といえる。なお、浪江町や飯館村はもちろん、福島市・伊達市・二本松市・郡山市などでも、これより放射線量が高い地域が多い。

次に、放射性セシウム(セシウム134・セシウム137)の沈着量をみておこう。

千葉県における放射性セシウムの沈着量

千葉県における放射性セシウムの沈着量

これも、千葉県全体でいえば、放射性セシウムの沈着量はそれほど多くはない。しかし、千葉県北西部の東葛六市では、野田市を除けば、ほぼ全域が3万bq/㎡をこえている。特に、柏市・我孫子市・流山市の沈着量は高く、6万〜10万bq/㎡になっているのである。

チェルノブイリ事故の対応などを勘案して、この線量についてみておこう。柏市などの場合、航空機モニタリングの結果では、チェルノブイリ事故の際の強制避難や希望移住の対象になるほどの汚染ではないといえる。しかし、ほとんどが3万bq/㎡以上である。3万7千Bq/㎡以上であると、通常ならば放射線管理区域とされ、必要のない人の立ち入りは許されず、飲食も許されない。柏市などは、多くの地域が放射線管理区域並みの汚染になってしまったのである。

参考:チェルノブイリの区分

148万Bq/㎡~     (第1) 強制避難区域   直ちに強制避難、立ち入り禁止
55万Bq/㎡~     (第2) 一時移住区域   義務的移住区域
18万5千Bq/㎡~   (第3) 希望移住区域   移住の権利が認められる
3万7千Bq/㎡~    (第4) 放射線管理区域  不必要な被ばくを防止するために設けられる区域

このように、9月に公表された文科省の航空機モニタリングによる測定結果の公表は、柏市などの地域における深刻な汚染状況をあきらかにしたのである。

さらに、10月になると、福島県の警戒区域・計画的避難区域に匹敵するような高線量の汚染度を示す地域が柏市で発見された。朝日新聞朝刊2011年10月22日号の次の記事をみておこう。

柏の空き地、57.5マイクロシーベルト
 
 千葉県柏市は21日、同市根戸の空き地で、地面を30〜40センチ掘った地中で毎時57.5マイクロシーベルトの放射線量が測定されたと発表した。市は線量の高い範囲が局所的なことから、「福島第一原発事故の影響とは考えられない」としている。
 空き地は工業団地と住宅街に挟まれた市有地。半径1メートルの範囲で高い線量が測定された。10メートル離れた場所では、毎時0.3マイクロシーベルト以下だった。千葉県環境財団が採取した土などを分析して原因を調べる。
 線量が高いらしいとの話が住民の間で広まり、自治会の情報を受けて市が調査を始めた。
 市は現場を川砂などで覆い、半径3メートル以内を立ち入り禁止とした。

毎時57.5μSvとは、かなり高い線量である。これほどの高い線量は、福島県でもさほどなく、福島第一原発が所在している大熊町などで同程度の空間線量が記録されている。

そして、これが、市民が独自に測定した情報に基づいていることにも注目しておきたい。柏市の行政サイドが発見したわけではないのである。その上、最初、柏市は福島第一原発の影響であることを否定したことも忘れてはならない。

しかし、とにかく、柏市の行政サイドが調査、対策に乗り出した。また、文科省も専門家を派遣することになった。朝日新聞朝刊2011年10月23日号は、次のように伝えている

土から高濃度セシウム 柏の高線量地点 原発由来? 特徴類似

 千葉県柏市の市有地で毎時57.5マイクロシーベルトの高い空間放射線量が測定された問題で、市は22日、現場の地下30センチの土壌から27万6千ベクレルの放射性セシウムを検出したと発表した。濃度の高さを重くみた文部科学省は、23日に現地に専門家らを派遣し、土壌の状態や周囲の状況、他にも高い線量の場所があるかどうかなどを調べる。
 文科省によると、今回採取された土壌中のセシウム134と137の比率は東京電力福島第一原発事故で汚染された土壌と似ているという。ただ、原発から大気中に放出されたセシウムが自然に降り積もったと考えるには濃度が高すぎることなどから、汚染土壌が外部から持ち込まれた可能性もあるとみている。
 市は21日、高い放射線量が確認された半径1メートル付近の地表部分と地表から30センチ下の2ヵ所の計3ヵ所から土を採取。30センチ下の土から27万6千ベクレルと19万2千ベクレル、地表の土から15万5300ベクレルを検出したという。
 市によると、現場は空き地で、十数年前まで市営住宅が立っていた。現在は、ときおり町内会がゲートボールなどのレクリエーションで利用しているという。
 柏市を含む千葉県北西部では放射線量が局所的に高いホットスポットが見つかっている。文科省の航空機調査では、柏市にはセシウム134と137の合計で1平方メートルあたり6万〜10万ベクレルの高い蓄積量の地域があることがわかっているが、今回検出された土壌は単純計算で、これより100倍以上高いという。
 市は現場を約50センチの厚さの土で覆い、防水シートをかぶせている。10メートル離れたところでは周辺地域とほぼ同じ毎時0.3マイクロシーベルトまで空間放射線量は下がっているという。

放射性セシウムが土壌1kgあたり27万6千bqあったというが、これは、非常に高い数値である。ほぼ、福島県では、大熊町や飯館村の土壌に匹敵する数値である。この量に65をかけると1㎡あたりの量がでるが、そうすると1794万bqとなる。航空機モニタリング調査では高くても10万bq以下とされているので、100倍どころの話ではないのである。チェルノブイリ事故の強制避難区域は148万bq以上とされているが、その数値すらも10倍以上こえているのである。

しかも、そういうところで、居住していたわけでないにせよ、町内会のゲートボールなども行われていた。今、この記事を読んでみるとかなり衝撃を受ける。ほとんど福島の警戒区域や計画的避難区域に匹敵するような高線量の場所が首都圏にも存在し、しかも、何の警告も受けないまま、人びとは生活していたのである

そして、文科省は、23日に調査し、「近くの破損した側溝から雨水が地中に浸透しているとみられる」「東京電力福島第一原発事故によって汚染された可能性が高い」(朝日新聞朝刊2011年10月24日号)と発表した。文科省によると、側溝がこわれ、そこから雨水が漏れ出し、半年以上かけて土壌中にセシウムが蓄積されたとしているのである。

たぶん、この説明は正しいのであろう。しかし、このような形で雨水が漏れ出し、放射性セシウムが蓄積しやすいところは、他にもあるかもしれないのである。

この、高濃度地点の発見は、行政サイドではなく、市民側の自主的な測定による通報の結果であった。私たちは、行政に依拠せず、自らを守らなくてはならないのである。もちろん、正確な測定や大規模な除染は、行政でなくてはできない。しかし、行政に対して、自己主張しなければ、行政自体は動かない。この、高濃度地点の発見は、その一例であるといえる。次回以降、機会をみて、自主的に放射能対策を実施した、この地域の常総生活協同組合の営為をみていきたいと思う。

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今回は、柏市行政において、年間被曝線量を1mSvにする除染基準が確立した経過について、まとめておこう。柏市民の、放射線量低減を求める声に後押しされた形で、2011年8月頃より柏市行政の放射線対策は本格化していく。8月19日に、柏市は放射線対策室を設置し、その頃より、各学校での除染作業も開始された。

しかし、柏市行政の方針は、当初不十分なものであった。柏市などの東葛六市は、2011年7月8日の第1回東葛地区放射線量対策協議会において被曝線量限度を年間1mSvとすることをめざすとした。しかし、柏市の場合、実際の学校などの除染対象の基準は、文科省が補助するとした毎時1μSvとなっていた。だが、すでに始まった学校の除染作業において、実際に作業を担当した教職員や住民は、毎時0.3μSvでも高すぎると考え、市の基準よりも低い放射線量の場所も除染作業対象としていた。自発的に、年間1mSv未満をめざす動きが地域社会に定着していったといえよう。

そして、同時期には、年間1mSv未満に被曝線量をおさえることをめざした除染作業を行う自治体もあらわれてきた。朝日新聞夕刊2011年9月3日号では、東京都足立区で小学校・幼稚園・砂場などにおいて被曝線量毎時0.25μSv以上の場所を対象とする除染作業が8月10日より開始され、葛飾区でも同じ基準で除染することにしていると報道されている。そして、同記事には、千葉県北西部に隣接し、放射線量も比較的高い、茨城県守谷市で、次のような動きがあったことを伝えている。

 

茨城県守谷市は8月22日から、市内の公立小学校や保育所11カ所でグラウンドの土を入れ替えた。文部科学省が主に福島県内の学校向けに示した除染基準の毎時1マイクロシーベルトを超える地点はなく、当初、本格的な除染はしてこなかった。
 しかし6月、市民ら1千人余から文科省基準より低い放射線量でも対応できるよう、「子供の被曝を年間1ミリシーベルトに近づける」ことを求める請願が出され、市議会が採択した。
 橋本孝夫副市長は「少しでも放射線量を下げてほしいと思う親たちが安心してくれるのであればと考え、方針転換した」。土の入れ替えの費用は私立幼稚園などへの補助も含め約6千万円かかったという。

このように、住民たちの請願という形で示された要望に依拠して、守谷市は、年間1mSvを被曝線量限度にすることをめざした除染作業を自治体独自で行うことになったのである。

他方、政府においても、8月には除染推進方針が定められた。8月26日に開催された政府の原子力災害対策本部は、「除染推進に向けた基本的考え方」を決定した。その中では、次のように規定されている。

東京電力株式会社福島第一原子力発電所の事故から 5 ヶ月が経過しましたが、発電所の事故を原因として発生した放射性物質による汚染によって、今なお、多くの方々は、不便な避難生活、不安な日常生活を強いられています。
この放射能による不安を一日でも早く解消するため、国際放射線防護委員会(ICRP)の考え方にのっとり、国は、県、市町村、地域住民と連携し、以下の方針に基づいて、迅速かつ着実な除染の推進に責任を持って取り組み、住民の被ばく線量の低減を実現することを基本とします。

① 推定年間被ばく線量が20ミリシーベルトを超えている地域を中心に、国が直接的に除染を推進することで、推定年間被ばく線量が20ミリシーベルトを下回ることを目指します。
② 推定年間被ばく線量が20ミリシーベルトを下回っている地域においても、市町村、住民の協力を得つつ、効果的な除染を実施し、推定年間被ばく線量が1ミリシーベルトに近づくことを目指します。
③ とりわけ、子どもの生活圏(学校、公園等)の徹底的な除染を優先し、子どもの推定年間被ばく線量が一日も早く1ミリシーベルトに近づき、さらにそれを下回ることを目指します。

上記の方針を基本としつつ、この度決定する「除染に関する緊急実施基本方針」は、今後2年間に目指すべき当面の目標、作業方針について取りまとめるものです。
今後、国は、当面の対応として、「緊急実施基本方針」にのっとり、県、市町村、住民と連携しつつ、迅速かつ効果的な除染を推進してまいります。http://www.kantei.go.jp/jp/singi/genshiryoku/dai19/19_03_gensai.pdf

この日は、菅直人首相の辞意表明報道と重なり、あまり、この内容は報道されていないが、少なくとも除染基準線量を定めた点で画期的なものであった。特に②が重要である。ここで、年間20mSv未満の被曝線量地域でも、年間1mSvをめざして除染を推進することが決められたのである。すでにみてきたように、いわゆる「専門家」の多くは、年間1mSv未満を被曝線量限度とした除染作業の必要性を認めようとはしなかった。しかし、柏市などの地域住民は、せめて年間1mSvにすることを要望していた。この中で、地域住民サイドにそって、除染の基準(実際の除染作業は、当初住民のボランティアにたよるなど不十分なものであったが)が定められたのである。

そして、9月1日には、それまで毎時1μSvを除染作業の基準としていたが、ここで、年間1mSvを除染作業の基準とする方針を柏市行政は決めた。現在の基準であると毎時0.23μSvになる。そのことは、前述した朝日新聞夕刊2011年9月3日号の記事の中で、次のように報道されている。

 

政府の原子力災害対策本部は8月26日、除染の方針を示した。福島の避難対象地区以外でも「推定年間被曝線量が1ミリシーベルトに近づくことをめざす」とした。市町村の除染は国が支援するとしているが、福島県外のどこが対象になるのかは、はっきりしていない。
 局所的に放射線量が高くなる「ホットスポット」現象が起きた千葉県北西部。柏市はこれまで、近隣の5市と歩調を合わせ、文科省基準の毎時1マイクロシーベルトで側溝や雨どいなどの局所的な除染を進めてきた。
 だが、原子力災害対策本部の方針を受け、9月1日に年1ミリシーベルトに基準を引き下げて、表土を削るなど本格的な除染を進めることに決めた。
 同市放射線対策室の松澤元・担当リーダーは「安全の基準を探すのに注力してきたが、100%の安全は証明できず、多くの市民が不安に思っている」。今後、国の補助が受けられるかどうかを確認し、学校や公園など市全域を対象にした除染計画を作るとしている。

このように、2011年8〜9月、柏市行政において被曝線量年間1mSvという除染基準が確立されていったのである。しかし、対照的に、2011年9〜10月、柏市内において高い放射線量を示す地域が発見され、柏市行政は対応におわれていくのである。

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さて、また、首都圏のホットスポットとなった千葉県の状況を、柏市の動向を中心にみていくことにする。以前、本ブログで前述したが、学校施設の除染基準を年間20mSvから1mSvに事実上かえた文科省の措置、市民からの不安の声、東京大学内部での批判により、2011年5〜6月より、柏市、我孫子市、野田市、松戸市、鎌ヶ谷市、流山市の東葛6市は、独自に空間放射線量を測定するなど、独自の放射性物質対策を実施しはじめた。しかし、いまだ、「専門家」たちは、この地域の首長たちが開催した7月8日の「東葛地区放射線量対策協議会」で放射性物質対策は必要はない、測定もこまめに行う必要がないと主張し続けた。

しかし、首長たちは納得せず、同日、今後とも放射線量測定などの独自の対策を講じること、費用対効果を考慮しつつも、学校施設については、年間1mSv以下にすることをめざすことなどが決められたのである。

柏市で月2回発行されている柏市民新聞2011年7月22日号によると、柏市としては、次のような対策を講じることになっていた。

 

また、6市のうち松戸市と野田市と野田市を除く4市では、今後の対策として、積算可能な測定機を購入し、全小学校と保育園、幼稚園に各1機を配備する方針を決めた。8月中に揃え、9月から現場の線量を年間通じて測っていく予定。2市については検討中だという。
 また、柏市では、夏休み中に市内の各小学校で細かい測定を行う。学校ごとに線量を図面に落とし、高い数値の場所については、教職員らで清掃する。限られた時間で、きめ細かく清掃するため、保護者らの協力を仰ぎたいとしている。
 ごみ処理場の基準値を超える放射性セシウムについては、秋山浩保市長が15日、環境省に早期対応の緊急要望を提出したが、21日の時点で国の回答はなく、進展はみられていない。

つまり、学校・保育園・幼稚園ごとに測定機を備え付けるともに、小学校では夏休み中にきめ細かく線量を測定し、高い場所では教職員らで「清掃」ー除染することになっていたのである。そして、小学校の測定・除染については、保護者らの協力を仰ぎたいとしている。教職員・保護者らの、いわばボランティアによる線量測定、除染が提起されたといえる。

しかし、すでに、放射性物質の問題は、学校施設の問題に限定されるものではなくなっていた。先の記事の中にも述べられているが、柏市の二つある清掃工場の焼却灰などより、環境省の基準である1kgあたり8000bqをこえる放射線量が検出されたのである。基準をこえる焼却灰などは、最終処分場に埋め立てて一時保管することになっているが、その準備が整うまで工場に仮保管されることになっており、基準以下の場合は、通常通り最終処分場で埋め立てることになっていた。しかし、柏市民新聞が「いずれの措置にしても、工場付近の住民の理解は得難く」といっており、柏市長としては、環境省に早期対策を要望した。結局、第一清掃工場は操業停止となり、第二は稼働を継続したが、もし国・県の対策が遅れた場合、1〜2月程度で双方とも保管限度をこえて操業停止となるという状態だったのである。なお、この問題は、現在もこの地域に重くのしかかっているのである。

さらに、柏市は、7月28日から市内農産物の放射性物質調査を開始した。柏市民新聞2011年8月12日号には、その目的として、「柏市産の安全性を確認し、風評被害を防ぐこと」としている。農産物の放射性物質調査は千葉県が実施していたが、柏市の調査は簡易調査と位置づけられており、この市の検査で200bqをこえた場合、厚労省の登録検査機関に送って、暫定基準値を超えていた場合は、出荷停止となるというシステムになっている。柏市民新聞2011年8月12日号によると、ブルーベリーにおいて、セシウム134が40.9bq、セシウム137が44.6bq検出された事例があったが、いずれにしても暫定基準値をこえたものがないとしている。なお、千葉県も、柏市産を含めた千葉県産の早場米の検査を8月から開始している。

加えて、1kgあたり500bqという暫定基準値をこえた牛肉が発見されたことから、8月より学校給食の食材に対する放射線セシウムの検査を開始することを決めた。

このように、柏市では、2011年7〜8月から放射性物質対策がとられてようになってきたが、市民の目からみれば、まだまだ不十分なものであった。朝日新聞朝刊2011年8月11日号には、次のような記事が掲載されている。

千葉の幼稚園 独自に土除去
 福島第一原発から約200キロ離れている千葉県の柏市や松戸市などは市の発表で毎時0.3〜0.4マイクロシーベルト前後になる場所がある。福島県発表のいわき市(同0.2マイクロ程度)を上回る。千葉県が発表する市原市の同約0.04マイクロに比べ1桁高い。放射性物質が他よりも多く降り注いだ「ホットスポット」と呼ばれる場所だ。
 千葉県柏市の私立みくに幼稚園で8日、杉山智園長らが花壇の表土をはがして古い浄化槽の中に埋める作業をした。花壇は毎時約0.4マイクロシーベルトだった。
 園庭の放射線量は0.1マイクロシーベルト。これは5月の測定で0.4〜0.5マイクロシーベルトだったので表土の入れ替えをしたためだ。杉山園長は「子どものために実行可能なことはやらざるを得ない」という。
 柏市など6市は対策協議会を開き「低減策が国の財政支援の対象になる毎時1マイクロシーベルトを上回る地点は確認されなかった」などとの中間報告を7月にまとめた。柏市は小中学校などで線量を細かく測定し、線量の高い場所は清掃や草の除去をするというが、校庭の表土の入れ替えなど大規模な工事の計画はない。
 子どもの被曝を心配する親らが約1万人の署名を集め校庭や公園で土砂の入れ替えなどを求める要望書を6月に柏市に出した。その一人、主婦の大作ゆきさん(33)は「市の動き方は鈍い」と批判する。大作さん自身は10日、1歳と3歳の2人の子どもとともに大分県に一時避難した。(編集委員・浅井文和)

このように、市立の小中学校においても大規模な除染を行うことは想定されておらず、「市の動き方は鈍い」と批判される状況であったのである。そして、私立幼稚園としては、独自に除染作業を開始したのであった。

しかし、朝日新聞の報道後、柏市の放射性物質対策はやや進展をみせる。8月19日には、職員4人の「放射線対策室」が環境部内に設置された。柏市のサイトでは、このように設置目的が説明されている。

福島第一原子力発電所の事故に伴い、市民の皆さんから放射線に対する不安の声が多く寄せられていました。現在、空間放射線量の低減対策については、子どもを対象とした部署を中心に関係各課が行っているところです。今後は、今まで以上に子どもに関連する部署間の連携を強化するとともに、それ以外の部署(通学路や農作物、給食食材関連など)との連携も必要となってくることから、次のとおり環境部内に新たに「放射線対策室」を設置することとしました。
http://www.city.kashiwa.lg.jp/soshiki/080500/p009165.html

そして、8月には、多少とも、小中学校の除染活動も進んだようである。柏市民新聞2011年8月26日号では、次のような記事が掲載されている。

地域住民 学校で除染作業 放射線量低減に安堵の声

 市内の幼稚園と小中学校で放射線の除染作業がはじまった。夏休み期間を利用し、敷地内で1マイクロシーベルトを超える地点や側溝などの高い数値が予想されるポイントを対象としている。教職員のほか、保護者らも参加して実施。一部の校(園)庭では、表土を削るなどの低減策もとられている。その効果は、毎時0.3マイクロシーベルトを測定した校庭が同0.2未満になるほどで、参加者からは喜びと安堵の声が挙がっていた。
 20日には、富勢小学校と松葉第二小学校などで作業が行われた。松葉第二小では、教職員のほか、保護者や地域住民など126人が作業に参加。校庭の大半の表土を削った。大勢の参加者が集まったため、開始時刻を早めてスタート。それでも、前日から降った雨が地中にしみ込んだため、その重量に参加者は悪戦苦闘。用意した土嚢袋の半分程度の量で成人男性がやっと持ち上げるほどの重みに。当初の土嚢袋800袋では不足し、さらに、800袋を追加。表土をわずか2センチ程度削っただけにもかかわらず、校舎からもっとも離れた校庭隅に土嚢の山が築かれた。
 当日は午後4時前から開始。気温は真夏日を下回ったが、マスクと軍手、長袖長ズボンの参加者は汗でぐっしょり。それでも「子どもに安心して運動会をしてほしい」との思いから作業に集中。学校職員が配備された測定機で測り「0.3マイクロシーベルトだったところが、0.2を切りました」と報告すると、喜びの声が挙がった。職員によると、松葉第二小は、6月以降、毎時0.3マイクロシーベルトの地点が非常に多く、今回の除染結果には笑顔が溢れた。参加者からも「子どもたちが安心して校庭で遊べる日がくるなら、がんばろう」との声が挙がり、多くの参加者が希望を持った作業結果となった。
 現在、市内の学校施設(幼稚園など含む)の放射線量測定は、全校で終了。私立園とも連携を図っており、放射線対策室によると、今後各学校が地域と連携し、2回目を含めた除染作業を行っていくとしている。 

この記事は、非常に興味深い。まず、指摘すべきことは、すでに述べているように、柏市などは年間1mSv以下とするとしているにもかかわらず、結局毎時1μSv以上の地点しか除染作業の目標としていなかったことである。年間1mSv未満とするならば、現在の基準では毎時0.23μSv未満にすべきなのだが、そのような地点は本来は対象としていなかったのである。これは、実質的には「専門家」の意見に引きずられていたといえるのである。「市の動き方は鈍い」と批判されるのも無理はないだろう。

しかし、この基準は、市民の求める基準ではなかった。ここで扱っている松葉第二小学校では、毎時0.3μSvでは高すぎるという意識があり、校庭の大半の表土を削り取るという大規模な除染が行われた。そして、この作業が、「教職員のほか、保護者や地域住民など126人が作業に参加。」とあり、いわば地域のボランティアを動員して行われたとみられることに注目しておきたい。この校庭の表土を削り取るという作業が、どのような形で意志決定されたかは不明だが、市の方針としては一部の高線量地点のみ除染ということであったから、それをこえた除染作業の実施は教職員も含めて自発的な形で決められたのではないかと想定される。そして、その究極の目的は「子どもに安心して運動会をしてほしい」「子どもたちが安心して校庭で遊べる日がくるなら、がんばろう」ということであった。真夏日ではなかったようだが、それにしても、夏の日にこのような重労働を地域の人びとは自発的に行ったのである。こういう活動を通して、年間1mSvにするという柏市のかかげた目標は、柏市当局の意図を超えて、定着していったのである。これは、住民自治ともいえるであろう。

しかし、他方で、このような除染活動の実施は、そもそも、このような事態を引き起こした東電なり国なりが行うべきことであることも指摘しておかなくてはならない。そして、この除染活動によって、市民自身がいわば無用の被曝を強いられることにもなったといえる。このような矛盾は、福島県郡山市の除染活動で、より深刻な形で露呈されているのである。

そして、また、2011年9月以降、柏市の放射線物質汚染状況がより明らかになってくるにつれ、市行政自体がより責任をもった放射能対策の必要性が提起されるのである。

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これまで、柏市や松戸市などの高放射線量地区ーホットスポットになってしまった地域において、「専門家」のご託宣にもかかわらず、市民や東京大学内部の批判によって、各自治体が放射線対策に乗り出した契機をみてきた。2011年6月、千葉県西北部の野田市、我孫子市、柏市、松戸市、鎌ヶ谷市、流山市の六市は、市ごとに独自に放射線量の測定をはじめるとともに、2011年6月8日、これらの自治体で東葛地区放射線量対策協議会(会長柏市長秋山浩保、副会長流山市長井崎義治、事務局柏市)を設置し、この協議会全体でも放射線の測定を行なった。さらに、千葉県には、この協議会に参加することをよびかけ(千葉県も参加)、政府に対しても「福島県以外の学校・幼稚園・保育所等における放射線量の安全基準値を早急に策定し公表すること、安全基準値を超えた場合の対応策を示すとともに、その対策に要した費用については、国が全額負担すること。」(柏市のサイトより)という要望書を6月29日に提出した。

東葛地区放射線量対策協議会の行なった放射線量の測定結果(第1回、6月14〜16日実施)は、今からみれば、かなり深刻なものであった。流山市では0.38〜0.58μSv/h、我孫子市0.26〜0.60、鎌ヶ谷市0.12〜0.29、松戸市0.21〜0.39、柏市0.42〜0.47、野田市0.08〜0.27という値を示した。鎌ヶ谷市と野田市だけが比較的低いが、それでも0.23μSv/hを超えている地点が出ていたし、他の市では、ほとんどの地点が0.23μSv/hを超えていた。5月29日・6月1日に千葉県が行なった測定や、6月前半に柏市が独自に小中学校、高等学校や、幼稚園・保育園を対象とした測定でも同様の結果が出ている。6月27〜29日には第2回の測定が行なわれたが、その測定結果でも0.23μSv/hを超えている地点が続出した。

そして、柏市では、6月23日に、このような見解を出した。福島第一原発事故の影響で放射線量が上昇しており、その後も東葛地区放射線量対策協議会を中心に測定していくとしたのである。ここでは柏市だけをあげたが、他市も同様の対応をしたと思われる。

柏市を含めた関東一円の放射能被曝は、福島第一原発において3月13日から15日に発生した一連の水素爆発が原因で、風により放射性物質が広がり、3月21日から22日に降った雨により地表に付着したものと考えられます。
現在の放射線量は、その地表に付着した放射性物質の影響によるものであり、雨などで地表面が洗われることで、少しずつ減少しています。
このことは、市原市モニタリングポストと東京大学柏キャンパスから推測できます。(右図参照)
このことから、福島第一原発において、今後、水素爆発等の事故が発生しなければ、柏市においてはこれ以上の放射線量の上昇はないものと考えています。
ただし、東葛地区の空間放射線量が比較的高めであることから、その影響に関する不安の声や自治体での測定及び評価を実施するよう要望があがってきており、市としても現状を把握し対策を講じる必要があると考え、検討を重ねてきました。
しかし、放射線に対する基準等が明確でないことを受け、専門家の指導・助言を踏まえながら空間放射線対策を広域的に行う必要があると考え、東葛6市(松戸市、野田市、柏市、流山市、我孫子市、鎌ケ谷市)で結束して協議会を立ち上げました(6月8日に正式発足)。市としては、この東葛地区放射線量対策協議会を軸に対応していきますが、必要に応じて独自調査などを行う予定です。
同協議会では、6~8月にかけて専門機関に委託して放射線量の測定を行い、数値は随時ホームページなどで公表します。測定結果の評価についても、専門家の指導・助言を得て7月上旬ごろに公表する予定です。
市としても、これらに基づき、今後の対応を検討していきます。
http://www.city.kashiwa.lg.jp/soshiki/080500/p008644.html

しかし、もちろん、柏市を始めとした各自治体には、放射線量の専門家はいない。そこで、東北大学名誉教授中村尚司(前文部科学省放射線審議会会長)、東京大学准教授飯本武志(環境安全本部)、国立がんセンター東病院機能診断開発部長藤井博史(臨床開発センター)を専門家として参加させたのである。

そして、2011年7月8日、この3人の専門家と6市の市長たちにより、「第1回・第2回東葛地区放射線量測定結果等について」を議題として、第1回東葛地区放射線量対策協議会が我孫子市役所で開催された。まず、事務局より「測定結果は、毎時0.65~0.08マイクロシーベルトであった。文部科学省がICRPの参考レベルを基準化した毎時3.8マイクロシーベルト時、線量低減策の基準である毎時1.0マイクロシーベルトを下回っていた。」という見解が示された。まず、文部科学省が提示した3.8μSv/hという基準には達していないというのである。この時期、すでに文部科学省でも年間1mSv以下をめざすことを余儀なくされていたが、そうではなく、年間20mSvを基準とした3.8μSv/hもまだ基準となっていた。さらに、文部科学省が校庭などの除染費用を出すとしている1μSv/hも基準としている。この基準は年間で5mSvにあたる。いずれにせよ、東葛地区の測定値は基準を下回っているとしているのである。

そして、三人の専門家は、このように意見を提示した。

飯本准教授
今回の数値は絶対的なものではなく、様々な要因で変動する事実の理解も重要である。また、放射線計測上の15~20%程度の測定誤差は避けられず、例えば少数第2位の数値をもとに細かい議論をすることは得策でない。
2平方キロメートルメッシュの測定を優先し、線量分布の全体像を早期に整備することが必要。
市民向けの情報交換会を頻繁に開催し、市民の懸念に耳を傾け、リスクコミュニケーションを広げることが大切。多勢に向けたシンポジウムよりも小規模で双方向的な勉強会が望ましい。
藤井氏
東葛地区の空間線量では、外部被ばくによる発がんの有意な増加は考えられない。
東葛地区で体内に摂取される放射性核種の量は、既に体内に内在している放射性核種の量に比較して、有意に大量ではない。
東葛地区の放射線汚染の現状が住民の生命を直ちに脅かすものではないが、住民の被ばく線量を低減させるための努力を続けるべきである。
中村教授
通常のバックグラウンドに比べて高いが、数値は毎時1マイクロシーベルトより低く心配ない。2回の測定結果で数値がほとんど変化していないので今後は測定をもっと減らし、測定地点も少なくして構わない。
国内法令では、5ミリシーベルトは通常時でも、一般公衆に対する線量限度として、特別な場合は許容されている。また、日本人の内部被ばくを含めた年間の積算線量は約2.2ミリシーベルトあるといわれている。多大な人員と費用をかけて年1ミリシーベルト以下とすることは、ICRPが掲げているALARA(合理的に達成できる限り低くする)の精神に反する。
文部科学省が示した校庭の除染費用を出す目安である毎時1マイクロシーベルトは妥当な値である。屋外8時間、屋内16時間の計算式にあてはめると1年間の線量は約5ミリシーベルトになり、平常時の法令に照らしても問題ない。
http://www.city.kashiwa.lg.jp/soshiki/080500/p009027.html

飯本の議論も仔細によめば、自然の宇宙放射線や建材などに元々含まれている放射線物質の影響について言及しているのだが、とりあえず、線量分布の全体像を把握する必要性は指摘しているとはいえる。

他方で藤井は「東葛地区の空間線量では、外部被ばくによる発がんの有意な増加は考えられない」と述べている。藤井は国立がん研究センターの職員であり、この程度では、がんにならないというお墨付きを専門家が出しているといえるだろう。

中村にいたっては、「多大な人員と費用をかけて年1ミリシーベルト以下とすることは、ICRPが掲げているALARA(合理的に達成できる限り低くする)の精神に反する。文部科学省が示した校庭の除染費用を出す目安である毎時1マイクロシーベルトは妥当な値である。屋外8時間、屋内16時間の計算式にあてはめると1年間の線量は約5ミリシーベルトになり、平常時の法令に照らしても問題ない」とまで主張している。そして、測定もなるべくしないように述べている。中村は、文部科学省の放射線審議会の前会長であり、「専門家」中の「専門家」である。別に、自治体の首長たちのように、財政的な考慮を行なう必要はないはずである。

そして、このような議論は、質疑の中でも続くことになる。松戸市長本郷谷健次は、次のように質問し、藤井・中村は、次のように答えている。

本郷谷市長
放射線発がんの生涯リスクは被ばく時の年齢が影響するとされていたが、問題ないとされている年間5ミリシーベルトという値は、子ども・乳幼児にとっても問題ないと考えていいか。
中村教授
放射線に対する感受性は(子どもの方が)高いが、子どもががんになるのではない。
藤井氏
ICRPの出されている(確率的影響の発生頻度の)数値は年齢も考慮して算出されているが、年齢ごとの数値は出されていない。
広島・長崎の原爆の調査結果からは、10歳以下の子どもの場合、成人に比べてがんのリスクが2~3倍増える可能性はある。年間1ミリシーベルトでの発がん率は10万人あたり5人とされているが、この数字が2~3倍になったとしても(実際にはこの数が2~3倍になるわけではない)大きな数値にはならないといえる。
若いうちに被ばくしても、実際にがんが発生するのはある程度の年齢になってからであり、子どもの被ばくを大人と比べて神経質にとらえることはないと思う。
本郷谷市長
保護者はがん年齢になったときの影響を心配している。その点をどのように説明できるか。
中村教授
被ばくした線量による。この程度の線量で、発がん率が有意にあがるとは思えない。100ミリシーベルトを超える値であれば、大人と子供で明らかに差が出てくると思うが、今の状況で影響が出ることは考えられない。
飯本准教授
ある線量以下の数値はリスクマネジメントの領域になってくる。放射線のリスクをどの程度まで容認するかという点がひとによって感覚が異なり、論点になる。リスクマネジメントの考え方を上手に伝えて、数値のもつ意味を伝えることも重要である。
例えば1ベクレルのセシウムによる内部被ばくの影響は、年齢別の感受性の違いも考慮して、線量換算係数を用いてシーベルトに換算することができる。小さな子供の場合は、同じ量のセシウムを体内に入れても、大人の場合よりもシーベルトの数値が大きくなるような計算の仕組みができている。
今回は、地上1mと50cmの高さの放射線量を測定しており、外部被ばくについての子どもと大人の線量の差を明確化している。
このようにシーベルトの算出の過程に、感受性の高い子どもの数値が大人よりも高く評価されるような仕組みを持っており、リスクマネジメントのある段階までは計算でなされていることに留意すべき。
http://www.city.kashiwa.lg.jp/soshiki/080500/p009027.html

藤井は、広島・長崎の調査結果から、10歳以下の子どもが被曝した場合、がん発生リスクが2〜3倍になることは認めつつも、「若いうちに被ばくしても、実際にがんが発生するのはある程度の年齢になってから」としている。そして、本郷谷市長に「保護者はがん年齢になったときの影響を心配している。その点をどのように説明できるか。」と批判されている。さらに、中村にいたっては「この程度の線量で、発がん率が有意にあがるとは思えない」と発言している。

特に問題になったのは、年間1mSvという基準についてである。各市長たちは、住民の世論では年間1mSvが安全基準となっており、年間5mSvを基準にすることは納得されないと主張している。例えば、野田市長は、「市民の頭には、年間1ミリシーベルトという目標値がすでに入っている」と発言し、「少なくとも文部科学省は年間20ミリシーベルトから毎時3.8マイクロシーベルトを算出しており、その計算式を適用すれば、年間1ミリシーベルトは毎時0.19マイクロシーベルトになってしまう。これから時間をかけて説明する必要があると思うが、現時点でそのような説明をしても納得してもらえない」と述べている(なお、私も年間1mSvを前提として0.23μSv/hという基準を使っているが、それに対して疑義がないわけではない)。それに対して、主に中村が「現行の法律でも特別の場合は年間5ミリシーベルトという線量限度の数値は規定されている。今回の事故に関して、文部科学大臣は、回復時には年間1ミリシーベルトを目指すと発言しただけである」「現状では数値が先行していて、それを超えたら何かしなければならないとなっている。そのようなことをしていたら莫大な費用が掛かってしまう」と述べ、反論している。中村は、ここでも、「費用」というコストを最大の検討材料としているのである。

本郷谷市長
年間1ミリシーベルトという値が独り歩きしており、これが安全基準になっている。この値をどのように説明すればいいか。
中村教授
原発の施設設計・管理の基準であり、安全か危険かの基準ではない。
飯本准教授
平時や計画時のルールと事故時や復旧時のルールは考え方が異なる。事故時や復旧時に平時のルールは使えない。そのために1~20、20~100ミリシーベルトといった幅をもったバンドによる数値表現がICRPによって提唱されている。復旧時には相当するバンドの中で、ある目標値に向かって線量を合理的に下げる努力をしていくことになる。ICRPやIAEAは、事故直後の暫定的なルールを示しているが、その後の復旧時における新しいルールを作る場合には、検討の透明性を高めて、ルール決定に至るプロセスを記録に残しておくべきとしている。数値基準を定めるときを特にこの点に注意すべきである。
根本市長(崇 野田市長)
文部科学省が学校において年間1ミリシーベルトという目標値を示しているが、これと比べて中村先生がお示しした毎時1マイクロシーベルトで年間5ミリシーベルトまで問題ないとする見解はどのように解釈すればよいか。
中村教授
現行の法律でも特別の場合は年間5ミリシーベルトという線量限度の数値は規定されている。今回の事故に関して、文部科学大臣は、回復時には年間1ミリシーベルトを目指すと発言しただけである。
根本市長
市民の頭には、年間1ミリシーベルトという目標値がすでに入っている。年間5ミリシーベルトという数値を市民に説明する際に、どのようにすればいいのか。
飯本准教授
最終的には1ミリシーベルトを目指すとしているが、達成が不可能なケースも、もしかしたら出てくるかもしれない。
代表的な線量を見ながらどのような対策をすべきかという議論は必要だと思うが、今の段階でどれくらいの数値が出たらこの対策をしなければならないということを安易に決めるのは、プロセスとして間違っている。なんらかの数値基準を決めるならば、情報をきちんと整え、関係者で話し合う手続きを踏むことが大切だと考えている。その意味で、私が提言したように小さいお子さんをお持ちの方との情報交換の場を設定することは、プロセスとして重要であると考えている。
やれることをやれる範囲で低い線量を目指すという姿勢はきわめて重要。また一回線量低減対策を実行すればそれでいいというものでもない。常に、最適化をしていくということが大事。
まずは急いで、データをきちんとそろえることが重要である。
中村教授
ICRPでもALARA(合理的に達成できる限り低くする)ということをいっている。その対策をしてどれだけ意味があるのかを考えていかなければならない。
本郷谷市長
市民の立場からみれば移動の自由がある。ある地域は他と比べて数値が高いとなると市民は別の場所に引っ越しできるし、他から人が来ないということになる。この数値ならば問題ないということを市民が納得してくれればいいが、いろいろ議論がある中で説明に苦慮している。
飯本准教授
どの線量がいいかは、ひとそれぞれリスクに対する考え方の違いがあり決められない。いろいろな考え方がある中で、合議をしながら最終的な対応を決めていくという手続きを踏むことが重要である。
清水市長(聖士 鎌ヶ谷市長)
数値的な答えとしては中村先生がおっしゃっている毎時1マイクロシーベルトが妥当ということでよろしいか。
中村教授
私はそのように思うが、気になるようであれば特に高いところの線量低減をしてもいいのではないか。
清水市長
新聞などでは年間1ミリシーベルトであれば、毎時0.19マイクロシーベルトであると書いている。0.19を基準とされると東葛6市ではほとんど基準を超えてしまう。
飯本准教授
年間1ミリシーベルト=毎時0.19マイクロシーベルトの単純換算は誤り。1年間の基準では、一時的に少々高い値が示されたとしても許されるが、時間単位にするとそれが許されなくなる。現実からかけ離れた机上の計算を基準に議論するのは賛成できない。
根本市長
少なくとも文部科学省は年間20ミリシーベルトから毎時3.8マイクロシーベルトを算出しており、その計算式を適用すれば、年間1ミリシーベルトは毎時0.19マイクロシーベルトになってしまう。これから時間をかけて説明する必要があると思うが、現時点でそのような説明をしても納得してもらえない。
飯本准教授
年間20ミリシーベルト程度のところであれば、自然放射線を含めて考えてもいいが、年間1ミリシーベルト程度のところを議論するなら自然放射線を除外して考えなければいけない。誤解が多いため、ICRPも注意深く書いている部分。
中村教授:現状では数値が先行していて、それを超えたら何かしなければならないとなっている。そのようなことをしていたら莫大な費用が掛かってしまう。
飯本准教授
数値基準は安全と危険の境界線ではない。数値基準だけを前面に出すことは、リスクに関するメッセージ性を考えても間違っている。放射線は身のまわりに存在するさまざまなリスクの一部であり、ことさら放射線リスクだけに着目するのは、バランスとしてよくない。ICRPの提唱するALARA、最適化をまさに実践するとき。藤井先生ご指摘のように、もっと別のリスクにも、バランス良く目を向け、対応を判断する必要があるのではないか。
星野市長(順一郎 我孫子市長)
市民の方は、国の年間1ミリシーベルトという基準値から逆算した毎時0.19マイクロシーベルトという数値が頭に入っていて、国の基準値を超えていると考えている。実際はそうではないが、ある程度低い数値を基準値として示さない限り、納得してもらえない。
飯本准教授
市民の方は非常によく勉強されている。一方、情報が氾濫しており、その中でも興味や関心を強く引くような特定の情報に傾倒してしまうケースもあるよう。しかし、落ち着いて、真摯に情報交換をすれば冷静に耳を傾けてくださる方も多いと感じている。地に足をつけたしっかりしたリスクコミュニケーションを進めるのが重要。
早急に新たな線量基準だけを作るというのは、ICRPの提唱する手順からいっても間違っている。
星野市長
国に対して基準値と低減策を示すように要望しているが、国の対応はにぶいようである。市町村としては対応に苦慮している。
一つの方法として、野田市が行ったように学校・保育園等で職員に積算線量計を携帯させて積算線量を測定し、公表する。実際の積算線量がわかれば、安心感につながるのではないか。
http://www.city.kashiwa.lg.jp/soshiki/080500/p009027.html

重要なのは、松戸市長が「市民の立場からみれば移動の自由がある。ある地域は他と比べて数値が高いとなると市民は別の場所に引っ越しできるし、他から人が来ないということになる。この数値ならば問題ないということを市民が納得してくれればいいが、いろいろ議論がある中で説明に苦慮している。」と発言していることである。移動の自由がある限り、世論から離れた安全基準で対策を行なうと、住民が減ってしまうのである。これは、この地域で現実におきていることである。この地域は、首都圏のベットタウンであり、職場だけでいえば、他地域へ移動することは容易である。なお、さらに、職場すらもかえて、関東地方外に移動する人びとすらいるのである。ゆえに、この地域では、住民減少を少しでも食い止めるために、放射線量低減対策に自治体としても積極的に行なわざるをえないということになるといえる。

そして、このような「移動の自由」は、被災地の福島県では、実質的に保障されていないといえる。高線量地域をさけることは本来自由であり、その自由のため住民が減少するというならば、各自治体は放射線対策に本気で取り組まなくてはならないはずである。首都圏のホットスポットと比較すると、その点が福島県は違うといえるのである。

最終的に、柏市長より「6市の基本的認識と今後の方針については、「東葛6市の空間放射線量に関する中間報告及び今後の方針」のとおり決定させていただく。」という発言があり、この協議会は終了した。この「今後の方針」について、結論部分のみ引用しておこう。

第3章 基本的認識と今後の方針
以上の結果より、現状において東葛地域の空間放射線量は、直ちに対策が必要となる状況にはないと考えられた。しかしながら、同時に国際放射線防護委員会勧告においては、合理的に達成出来る限り放射線量を低減すべきとしている。また、地域住民から引き続き不安の声が寄せられていることを鑑み、安全よりむしろ安心に資する取り組みが必要であるとの認識に立ち、更なる措置として、今後は、以下のとおり、取り組みを行うこととした。

 引き続き空間放射線量調査は実施し、実態把握を進める。
 測定結果と生活実態調査の結果に基づき、個々の施設において年間の被ばく量を算定するなど、管理を徹底する。
 管理の基準は、国際放射線防護委員会勧告に示された目安を尊重し、学校保育園,幼稚園等の施設において年間1ミリシーベルト(自然界からを除く)を目標とする。
 相対的に空間放射線量の高い区画の把握及びその区画における空間線量低減方策を検討する。
 各自治体が各施設等の実情に応じ、優先順位を定め、費用対効果を勘案して具体的取り組みを順次進める。

1.放射線量の低減策について
具体的な放射線量の低減対策実施にあたっては、優先順位を決め、低減効果の実証実験等を行うなど、費用対効果を勘案し検討することとした。
2.今後の調査方針
各市域2kmメッシュ内の代表施設について、早期に測定値を把握することを優先する。また、きめ細かな測定を迅速に行うため、東葛6市で比較校正を済ませた簡易測定器を複数台入手する。

3.国や東京電力(株)に対する要望活動
(1)実態に即した被ばく線量の推計、評価方法の確立を国に求めて行く。
(2)放射線量低減を図るために行った費用負担を国及び東京電力(株)に求めていく。

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ある意味では玉虫色の見解だが、重要なことは、年間1mSvをめざすということが、これらの6市の方針として明記されたことである。この方針策定については、事前に中村らの意見も聞いていたはずと思われるが、結局、中村のいう1μSv/h(年間5mSv)は採用されなかったのである。これは、世論の反映ということができる。首長たちは、住民の世論を、「専門家」の主張よりも重視せざるを得なかったのである。そのかわり、中村の持論と思われる「費用対効果」が明記されることになったと考えることができる。

そして、住民の世論を無視して主張する「専門家」のこのようなあり方こそ、福島第一原発事故で問われたものの一つということができよう。このような「専門家」の主張に抗しつつ、住民の世論が自治体の首長たちを動かすことによって、「年間1mSv」という基準は意味あるものとされていったということができよう。

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さて、前回は、柏市などの首都圏のホットスポットになった地域で、2011年5月頃より地域住民のあげた声によって、柏市などの自治体が放射線測定など自主的な放射線対策を始めてきたことを概観した。

他方で、それまで、自治体が自主的な対応を取らない根拠としてきた、東京大学などによる「柏市の放射線量は健康に影響がない」という主張について、東京大学内部からもこの時期より批判されるようになった。

本ブログの「https://tokyopastpresent.wordpress.com/2012/10/06/柏市の放射線量は健康に影響がないと主張してい/ 」で一部とりあげたことであるが、ここでは、多少、その記事にさかのぼりながら、この問題をみていこう。柏市には国立がん研究センターや東京大学柏キャンパスという専門機関があり、放射線の測定を行なっていた。しかし、この両機関は、平常より高い放射線量が測定されたことを公表しながらも、「柏市の放射線量は健康に影響がない」と主張し続けた。例えば、国立がん研究センターは、このように主張している。

このように、今回の福島第一原発事故で、直近の地域以外で報告されている放射線量は、少なくとも俄に人体に悪影響を及ぼす値ではなく、また、いくつかの事実はこのような低い放射線量を持続的に被ばくしたとしても、悪影響を及ぼす可能性はとても低いことを示しています。
http://www.city.kashiwa.lg.jp/soshiki/080500/p008644_d/fil/rikai1.pdf

柏キャンパスを設置している東京大学も、「東京大学環境放射線情報」というサイトにある「環境放射線情報に関するQ&A」で次のように述べている。

Q:本郷や駒場と比較すると、柏の値が高いように見えますが、なぜですか?

A:測定点近傍にある天然石や地質などの影響で、平時でも放射線量率が若干高めになっているところがあります。現在、私たちが公表している柏のデータ(東大柏キャンパス内に設けられた測定点です)は、確かに、他に比べて少々高めの線量の傾向を示しています。これは平時の線量が若干高めであることと、加えて、福島の原子力発電所に関連した放射性物質が気流に乗って運ばれ、雨などで地面に沈着したこと、のふたつが主たる原因であると考えています。気流等で運ばれてきた物質がどの場所に多く存在するか、沈着したかは、気流や雨の状況、周辺の建物の状況や地形などで決まります。結論としては、少々高めの線量率であることは事実ですが、人体に影響を与えるレベルではなく、健康にはなんら問題はないと考えています。
(http://megalodon.jp/2011-0521-2238-09/www2.u-tokyo.ac.jp/erc/QA.htmlより一部転載。後日変更されたため)

専門機関である東京大学・国立がん研究センターが健康に影響がないと宣言しており、柏市としても当初は追随するしかなったのである。2011年5月18日の柏市のサイトには、次のような文章がアップされていた。

東京大学・国立がん研究センターにおいて、定期的、継続的調査が実施されており、この測定結果に対し「少々高めの線量率だが、人体に影響を与えるレベルではなく、健康に問題はありません」とのコメントが出されています。
(https://sites.google.com/site/utokyoradiation/home/municipalitiesより転載。柏市のサイトからは削除されているので、ここから転載した。)

しかし、この「東京大学環境放射線情報」が、東京大学の教官有志から問題にされたのである。彼らは、2011年6月13日、東京大学総長に対して、次のような要請を行なった。かなり、長文だが、重要なものなので、全文引用しておく。

[要請の概要]
1、放射線のリスク評価に関して、少なくとも、低線量でもそれに比例したリスクは存在するという標準的なICRPモデルに基づいた記述とし、「健康に影響はない」と言う断定は避けること。
2、柏の放射線量が高い理由について、原発由来の放射性物質が主因であると明記すること。
3、測定中断をしている本郷1と柏1の計測を(頻度を下げても良いので)再開継続すること。

なお、Webページの記述については、私どもによる説明案の例を添付致します。

[以下、本文]

3月11日の東日本大震災に引き続いて起こった福島第1原子力発電所の事故により、地域住民に多大な被害が及び、なお収束までかなりの時間がかかると懸念されていることはまことに残念なことです。放射能による健康被害が懸念され、福島県のみならず東北から関東、さらにはそれ以外の地域の住民にも不安が広がっています。

これに関わり、本学の標記Webページについて、まず有用なデータを測定し公表していただいていることについて、関係者各位のご尽力に感謝いたします。とりわけ本学の柏キャンパス地域では事故後放射線量の増加が多く、住民の懸念が高まっておりますので、参考になる資料のご提示は意義あることです。

しかしながら、観測された放射線量についての標記Webページでの記述については、いくつかの問題があるものと私たちは考えます。本学の社会に対する責任という観点からも、これらは見逃せないものです。実際に、本学のWebページでの記述がいくつかの自治体によって引用され、放射線対策を取らない理由として用いられてきました。

本学のWebページの記述は、社会・市民からの本学に対する信頼が揺らぐ理由にもなり得るものと私たちは懸念しています。以下で問題を具体的に議論しますが、一刻も早い内容の再検討と修正をお願いいたします。なお、ご参考までに、私どもによる説明の案を例として添付致します。

I. 放射線の健康への影響について

「環境放射線情報に関するQ&A」のページで、「少々高めの線量率であることは事実ですが、人体に影響を与えるレベルではなく、健康にはなんら問題はないと考えています。」との記述がありますが、その根拠はまったく示されていません。

実際、私達はこの記述は学問的に不適当なものと考えます。放射線の健康への影響についてはさまざまな説があり、完全なコンセンサスは専門家の間でも得られていないものと承知しています。しかし、世界的にも標準的な考え方は、放射線による発がんリスクには放射線量にしきい値はなく、放射線量に比例してリスクが増加する、と言うもの(LNT仮説: Linear Non-Threshold=しきい値なし直線仮説)です。

このLNT仮説にも(楽観的・悲観的両方の立場から)批判はありますが、たとえば全米アカデミー全米研究評議会National Research Council of the National Academies 、BEIRVII報告書 http://www.nap.edu/openbook.php?isbn=030909156X でも各種学説を検討した結果、LNT仮説を支持する結論となっています。放射線防護に関する国際機構ICRPの勧告も、LNT仮説をベースにしたものです。LNT仮説によれば「これ以下であれば無害」といえる線量は存在しないので、ICRPも被曝線量はALARA(As Low As Reasonably Achievable=合理的に達成可能な限り低く)原則に従ってなるべく下げるべきという立場を取っています。http://hps.org/publicinformation/ate/q435.html

日本政府の施策も(少なくとも今回の原発事故までは)このような立場に基づいたものでした。たとえば、平成18年4月21日 原子力安全・保安院資料「我が国の原子力発電所における従事者の被ばく低減について」 http://www.meti.go.jp/committee/materials/downloadfiles/g60501a05j.pdf では、原発従事者の年間被曝が平均1mSv程度に抑えられている(現在の柏で屋外で過ごすと仮定した場合の被曝線量よりも低い)こと、しかしALARA原則に従ってさらに低下を目指すべきことが示唆されています。

平成22年7月23日 経産省原子力安全技術課「集団線量の低減に関する今後の検討について(案)」 http://www.meti.go.jp/committee/materials2/downloadfiles/g100723e07j.pdf でも「法令上の要求は十分に満足していることを前提として、被ばく量を合理的に達成可能な限り低く保つという「ALARA の原則」を踏まえた取組を行うことが適当である」と同様の方針を述べています。

原発従事者でもそうなのですから、特に本学を含めた地域社会の学生・生徒、乳幼児、妊婦などについては更に被曝線量の低下に向けた努力が求められるのではないでしょうか。もちろん、「十分低い線量」であれば、「リスクは十分に低いので無視できる」という判断はあり得ます。しかし、この判断は最終的には主権者である国民一人一人が行うものであり、リスクの開示なく東京大学が「無視できる」と判断するべきものではありません。一つの目安として、ICRP勧告による平時の一般公衆被曝限度 1mSv/年未満であれば無視できるといっても差し支えないかもしれませんが、少なくとも柏キャンパスの放射線強度は(自然バックグラウンドを差し引いても)これを上回るものです。

さまざまな説がある場合、子どもをもつ親のように安全サイドに立たざるをえない人の立場を考えれば、悲観的なリスク評価を排除するのは適切ではありません。とくに、「健康にはなんら問題がない」のような強い断定を行おうとするのであれば、悲観的な学説をなぜ排除したかの説明が必要でしょう。上記のLNT仮説やICRP勧告でも楽観的すぎるとする説もいくつもあります。仮にそのような説は考慮しないにしても、最低限、標準的なリスク評価であるLNT仮説やICRP勧告に基づいた記述をしてほしいものです。そのような基準に照らしても、標記Webページの記述は不適切なものと考えます。

福島県の住民をはじめとして放射能の健康への影響については、広い範囲の国民が強い関心を抱いています。放射線量が高い地域の住民の中には、子どもたちの将来を思い、日々悩んでいる方々も少なくありません。国民の期待を担う学問の府として、正確な情報を提示すべく、記述の修正をお願いいたします。

II. 柏の放射線量が高い理由

「東京大学環境放射線情報」のトップページに「測定地点の近くに天然石材や敷石などがある場合には、0.3μSv/時に近い値を示す場合もあります。」とのコメントがあります。また「環境放射線情報に関するQ&A」のページの「Q1:本郷や駒場と比較すると、柏の値が高いように見えますが、なぜですか? 」に対し、まず、「測定点近傍にある天然石や地質などの影響で、平時でも放射線量率が若干高めになっている所があります」との記述があります。そして、柏の線量の高さの原因として、「平時の線量が若干高めであることと、加えて、福島の原子力発電所に関連した放射性物質が気流に乗って運ばれ、雨などで地面に沈着したこと、のふたつが主たる原因であると考えています。」と結論しています。

私達は、この記述にはいくつかの点で問題があるものと考えます。

まず、東大柏(1)の測定データでも、3/18〜3/20の計測データの平均は0.12μSv/時程度です。これにも原発事故の影響がないとは言い切れませんが、平時の値は高々この程度のはずです。関東地方の典型的な平時の値を0.05μSv/時とすると、差は0.07μSv/時に過ぎません。一方で、現時点で柏(1)の最終測定値となっている5/13の値は0.35〜0.37μSv/時(5/12はもっと高く、0.38〜0.39μSv/時)です。従って、原発事故の影響による増分は(控え目に見ても)0.23μSv/時、すなわち平時の差を 0.07μSv/時 としてその3倍以上です。

ある量が大きい原因の 1/4程度に過ぎないものを強調し、3/4を占める要因をおまけ程度に扱うというのは科学的に誠実な態度とは考えられません。この増加の健康への影響の議論は別にして、柏キャンパスの放射線量が高いのは、時間変化からも明らかに原発事故の影響が主因です。

また、柏(1)の測定点の近くに天然石があるとのことですが、その影響による放射線量の増加については定量的な根拠をもとに論じられているのでしょうか。柏市やその周辺地域で放射線量が高いのは本学の測定に限らず一般的な事実であり、天然石や地質の影響とは考えられません。まず、近隣の国立がん研究センター東病院の測定 http://www.ncc.go.jp/jp/information/sokutei_ncce.html でも病院敷地境界で6/2になっても0.35μSv/時 が観測されています。また、最近の千葉県による測定 http://www.pref.chiba.lg.jp/taiki/press/2011/230602-toukatsu.html でも柏市内および周辺地域で高い線量が観測されています。その他、市民有志による測定でも地点によって差はあるものの、柏市周辺では有意に高い放射線量が観測されています。これらがすべて「天然石」の影響であるとは考えられません。

また、私達のうちの一人は個人で所有している線量計で柏キャンパス内の放射線量を計測していますが、天然石の近くでなくても高い値を観測しています。(たとえば、5/21キャンパス中央付近コンクリートタイル上約1mで0.39μSv/時) なお、日本地質学会による「日本の自然放射線量」 http://www.geosociety.jp/hazard/content0058.html によると、柏市周辺で期待される自然放射線量は0.036μSv/時以下で日本の中でもむしろ低い部類に入るようです。したがって、本学の標記Webページでの記述は科学的に不適当であると言えます。

国民から高い科学的倫理が期待されている東京大学としては、事実をもとにして、柏で計測されている高い線量値の主因は原発事故であることを明らかにする記述をするべきものと考えます。

また、柏(1)の「平常時の値」が0.1〜0.2となっていますが、前述したように3/18〜3/20の3日間の計測データの平均が 0.12μSv/時であり最大でも 0.14μSv/時であったこと、またこの期間においても原発事故の影響があった可能性も考えると、平常値の値は0.12μSv/時またはそれ未満であると考えられます。「平常値の値」0.1〜0.2μSv/時とは、2011年3月11日以前の実測データに基づくものなのでしょうか。推定の根拠を明らかにするようにお願いいたします。震災以前の同地点での実測値が存在しないのであれば、高めに見積もっても 0.12〜0.14μSv/時とするべきではないでしょうか。

以上、柏キャンパスの放射線量をどう評価するかという問題について述べてきました。これは柏地域の住民にとって関心が高い事柄ですが、放射線量の上昇は東北、関東の諸地域で起こっていますので、東大キャンパス周辺の1地域の問題にとどまらぬ影響をもちうるものです。早急な再検討とWebページの記述内容の修正をお願いいたします。

また、本郷(1)、柏(1)の測定が中断されていますが、原発事故後の時間変化を追跡するという意味で、同一地点での計測の継続はたいへん貴重なデータとなります。以前より頻度を低下させても良いかもしれませんが、是非計測の継続とその結果の公表をお願いいたします。

平成23年6月13日
東京大学教員有志 
(氏名別添)
https://sites.google.com/site/utokyoradiation/home/request

ここで、重要な論点として、東京大学の有志教員たちは、放射線被曝による発がんリスクの上昇は、閾値などなく被曝線量に比例していること、そして、少なくとも柏市の状況は、ICRP勧告の一般公衆被曝限度の年間1mSvをこえていることを指摘していることをあげておきたい。さらに、柏市の放射線量の高さについて、「天然石」からの影響をあげていることにも疑義を示しているのである。そして、東京大学の主張が、各自治体の放射線対策を取らない理由となっていることも批判しているのである。

これに対して、結局、東京大学も、サイトについて変更することを余儀なくされた。朝日新聞2011年6月18日付夕刊は、次のように報道している。

「健康に問題なし」は問題 東大サイト 指摘うけ削除 放射線測定結果

 学内の放射線を計測して公式サイトで公表している東京大学が、測定結果に「健康にはなんら問題はない」と付記してきた一文を、全面的に削除して書き換えた。市民からの問い合わせが相次ぎ、「より厳密な記述に改めた」という。学内教員有志からも「安易に断定するべきではない」と批判が寄せられていた。測定値は東京・本郷と駒場、千葉県柏市の各キャンパスの、1時間ごとの値を掲載している。柏キャンパスは現在、毎時0.25マイクロシーベルト前後だが、平時は0.05〜0.10程度。サイトでは「(原発の)事故前より少々高めの線量率であることは事実ですが、人体に影響を与えるレベルではなく、健康にはなんら問題はないと考えています」とのコメントを載せていた。
 これに対し、学内の教員有志45人が今月13日、記載を改めるよう浜田純一総長に要請書を提出した。ごく微量でも放射線量に比例して発がんリスクがあるというのが世界的に標準的な考え方だと指摘。「(安全だと)強い断定をするなら、悲観的学説をなぜ排除したか説明が必要だ」と主張した。
 大学側は翌14日、当該コメント部分を削除し、100ミリシーベルト(1回または年あたり)以下の被曝による人体へのリスクは明確ではない、との研究成果を紹介。国際放射線防護委員会(ICRP)が「長期的には放射線レベルを年1ミリシーベルトに」「事故の収束後は年1〜20ミリシーベルトの範囲」と提言した事実などを列記した。
 東大広報課は、「当初は一般からの問い合わせに答えるため端的な記述が求められていると判断したが、双方向のやりとりがないウェブサイトでは、リスク情報を発信する難しさを感じた」と話している。
(吉田晋)

具体的には、このようにサイトは変わった。なお、東大教官有志は、これでは不十分として7月1日に第二回の要請を行なっている。

東大環境放射線情報ページの変化
私たちが2011年6月13日に要請文を提出後、6月14日付で東京大学「環境放射線情報に関するQ&A」の内容に重要な変更が行われました。
本サイトに掲載されている要請文は、変更前の内容に基づいて書かれていたものなので、変更前の上記ページの内容と、6月14日付の変更の内容について記しておきます。

上記ページは少しずつ改訂されていましたが、2011/5/21時点でのページが、こちらに保存されています。
(要請書提出の6/13時点では更なる改訂によって内容は変化していましたが、重要な点での見解は同じでした。)
私たちが主に問題にした箇所を以下に抜粋して引用しておきます。

Q:本郷や駒場と比較すると、柏の値が高いように見えますが、なぜですか?

A:測定点近傍にある天然石や地質などの影響で、平時でも放射線量率が若干高めになっているところがあります。現在、私たちが公表している柏のデータ(東大柏キャンパス内に設けられた測定点です)は、確かに、他に比べて少々高めの線量の傾向を示しています。これは平時の線量が若干高めであることと、加えて、福島の原子力発電所に関連した放射性物質が気流に乗って運ばれ、雨などで地面に沈着したこと、のふたつが主たる原因であると考えています。気流等で運ばれてきた物質がどの場所に多く存在するか、沈着したかは、気流や雨の状況、周辺の建物の状況や地形などで決まります。結論としては、少々高めの線量率であることは事実ですが、人体に影響を与えるレベルではなく、健康にはなんら問題はないと考えています。

2011/6/16時点でのページの記録は、こちらになります。この時点での、上記に対応する箇所を以下に引用します。
最も重要な変更として、「人体に影響を与えるレベルではなく、健康にはなんら問題はない」という記述が消滅しました。

Q2:本郷や駒場と比較すると、柏の値が高いように見えますが、なぜですか?

A2:現在、私たちが公表している柏のデータ(東大柏キャンパス内に設けられた測定点)は、確かに他に比べて高めの線量を示しています。測定点近傍にある天然石や地質などの影響で、平時でも空間線量率が若干高めになっている所があります。また、福島の原子力発電所に関連した放射性物質が気流に乗って運ばれ、雨などで地面に沈着したことが原因であると考えています。気流等で運ばれてきた物質がどの場所に多く存在するか、沈着したかは、気流や雨の状況、周辺の建物の状況や地形などで決まります。

Q3:キャンパス内で測定されている放射線量(空間線量率)は人体への影響はありますか?

A3:事故前より高い空間線量率が測定されています。従来の疫学的研究では、100mSv(1回または年あたり)以下の被ばく線量の場合、がん等の人体への確率的影響のリスクは明確ではありません(自然被ばく線量は世界平均で1年間に2.4 mSvです)。ICRP(国際放射線防護委員会)は、2007年勧告を踏まえ、本年3月21日に改めて、「長期間の後には放射線レベルを1mSv/年へ低減するとして、これまでの勧告から変更することなしに現時点での参考レベル1mSv/年~20mSv/年の範囲で設定すること」(日本学術会議訳)とする内容の声明を出しています。

※ICRP声明 3月21日 http://www.icrp.org/news.asp

Q9:柏キャンパスにおける空間線量率のバックグランド(表中では「平時の値」と記載)は、どのように評価されたものですか?

A9:柏(1)のバックグランドは、福島第1、第2原子力発電所の事故以前に、放射線管理の専門家によって、まさにその地点で実際に測定されていた値を基にしています。0.08~0.16μSv/時程度ですので、平時の値としては、まるめて0.1~0.2μSv/時としました。柏(2)は柏(1)のすぐ近傍(約10m離れた地点)にあります。原子力発電所からの事故による飛来物の量は柏(1)と柏(2)でほぼ同じと推定されますので、柏(2)の自動測定を開始したころの相互の測定値を比較して、柏(2)の平時の値を0.05~0.1μSv/hと評価しました。この値は、柏(2)における過去のバックグランド測定値(0.07~0.10μSv/時)とよく整合しています。

測定された値から、平時の値を差し引いた値が、主に原子力発電所の事故由来の放射性物質による影響と考えています。
https://sites.google.com/site/utokyoradiation/home/developments

このように、東大の「健康に影響がない」という主張は、東大内部の有志教官らの運動で、不十分ながらも改変されたのである。朝日新聞が伝えているように、この背後には、東大の主張に対する市民からの批判があったといえる。ただ、それでも、東大の教官有志という「科学者」の集団が、「科学」で武装した東大の「健康に影響がない」という主張を批判し、変えさせたということは大きいといえる。これは、権力に献身してきた「科学」を、その内部からも一部なりとも変えていく可能性を提示したといえる。

しかし、その後も、「専門家」たちは、あきれるくらい「健康に影響がない」と主張し続けた。これは柏市などの千葉県東葛地域だけはない。もっとも激しく主張しているのは、より放射能汚染が深刻な福島県である。次回以降、柏市などにしぼったかたちで、この「専門家」たちの言動をみておこう。

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2012年10月10日、首都圏における放射性セシウムのホットスポットとなってしまった千葉県柏市をとりあげ、「世論におされて子どもの被ばく線量を年間20mSvから1mSvに変更した文部科学省ー公共の場における柏市放射線量問題の提起の前提として」という記事をここでアップした。

だいぶ、長らく、続きを書くことができなかったが、最近、やはりホットスポットになってしまった近隣の茨城県取手市を取り上げることになったので、ここで再開することにした。

3.11直後、柏市は、最高0.74μSv/h(2011年3月24日)を計測するなど、今の0.23μSv/hという基準からみれば、かなり高線量の放射線にさらされた地域であった。しかし、柏市に所在し、空間線量を計測していた国立がん研究センターと東京大学は、この程度の線量ならば健康に支障がないと言い張り、柏市役所も追随するしかなかったのである。その意味で、柏市の高線量は問題とされなかったのである。

先のブログでは、柏市の高線量が問題化されたのは、福島などの人びとの声を受け入れざるをえなくなって、文部科学省が2011年5月27日において学校における子どもの被曝量を年間20mSvから1mSvに事実上引き下げたことを契機としているとした。年間20mSvを基準とする場合、1時間あたりでは3.8μSvになるとされていた。その20分の1は、0.19μSvである。現在、一般的公衆の被曝限度は年間1mSv、0.23μSv/hが基準となっているが、その源流といってよいだろう。

大きくいえば、この文科省の年間1mSvへの基準強化が原因になっているとはいえる。しかし、それ以前からも、この地域の住民から、放射線を測定し、対策を求める声は存在していた。2011年6月17日付朝日新聞朝刊は、次のように報道している。

放射線 首都圏も敏感 変わる日常 「3.11」後を生きる 柏・松戸地域 母親ら「ホットスポットでは…」

 東京電力・福島第一原発の事故以来、首都圏でも、千葉県柏市や松戸市など、周辺と比べて高い放射線量が観測されている地域がある。放射性物質が局所的に集中する「ホットスポット」なのではないかと不安を抱いた市民らが自治体に独自の測定を要請。当初は慎重だった自治体も、住民の声に背中を押されている。

 一帯の放射線量が注目されるようになったきっかけは、東京大学柏キャンパスの測定値だった。事故直後の3月21日に毎時0.8マイクロシーベルトとなったのを最高に、6月17日になっても毎時約0.25マイクロシーベルト前後を記録。同大が一緒に公表している本郷(東京都文京区)、駒場(同目黒区)の値と比べ、一貫して高くなっている。
 さらに、柏市内の女性の母乳や、松戸市の県営浄水場から放射性ヨウ素が検出された。しかし、千葉県が放射線を測定しているのは、約40キロ離れた市原市の1カ所だけ。このため、一般の人が放射線量を測定する動きが出てきた。
 柏市の主婦、美土路優子さん(33)も5月の連休明けに線量計を購入し、自宅周辺の測定を始めた。
 3歳の長男は事故以来、島根県の夫の実家に預けたままだ。行政にもきちんと対応して欲しいとの思いが募り、「ママ友」と一緒に、市に対して独自測定を求めようと決心した。ネットで賛同を呼びかけたところ、2週間ほどで1万人以上の署名が集まった。
 今月初め、市役所に署名提出に行くと、70人以上が集まった。大半は子を持つ年代の女性だったが、ほとんどが初対面だったという。「ふつうの主婦で知識も行動力もないけど、一致団結できたら大きな力になる」。美土路さんは不安が解消されるまで、声をあげ続けるつもりだ。

このように、柏市では、2011年5月から、自ら自宅周辺の測定をするとともに、行政にもきちんと対応してほしいと声をあげる人たちが出現してきたのである。

この朝日新聞で氏名があげられている美土路優子は、ネットで検索してみると、「柏の子どもたちを放射能汚染から守る会」を結成し、6月2日に要望書と署名を柏市に提出している。その要望書の内容は、この会のサイトでみると、以下のようなものであった。

【要望書内容】
柏市長 秋山浩保 様
原発事故による放射能汚染のニュースが毎日ながれ、子どもたちの将来にとても不安を感じています。

インターネットで公開されている東大柏の葉キャンパスやがんセンター東病院の放射線量は千葉県環境研究センターの数値の約10倍で、いわき市や水戸市よりも高くなっています。

柏市が未来をになう子どもたちの命と健康を守るため、早急に以下のことに取り組んでくださるよう、強く要望いたします。

1、柏市が独自に、保育園・幼稚園・小中高等学校・公園など、子どもたちに関わるすべての施設の「屋内、屋外地上1m、地表」の放射線量を測定し、情報を公開すること
2、放射線を出すものを取り除くこと(グラウンドの土や、公園の砂などの入れ替え)
http://kashiwamoms.wordpress.com/

このサイトでは、この要望書と署名が渡された時の状況についても、以下のように述べられている。

「柏の子どもたちを放射能汚染から守る会」の署名ご協力ありがとうございました。 お陰様でオンラインと紙署名合わせて目標であった1万を超え 10,439名分の署名が集まりました。
6月2日、柏市役所にて皆様から頂いた署名を浅羽副市長にお渡ししました。小学校などの測定資料と市原との比較資料、柏の放射線が確実に高いのを踏まえ行政が先立って教育の現場に放射線の危険性を伝えて回避に努めて欲しいこと 、年間1ミリで除染をしてほしいことなど皆で伝えました。
これから市がどう対策を打つのか注視していきたいと思います。 署名提出は締め切ってはいませんので引き続き市の動きを見ながら集めて行きたいと思います。
代表 大作ゆき、美土路優子
http://kashiwamoms.wordpress.com/

口頭では、明確に年間1mSvを基準に除染してほしいと要望しているのである。

このように、地域住民が放射線への不安の中で、放射線量の測定と対策を求めている中で、東京大学の「専門家」たちは、いまだに「健康に影響はない」と繰り返していた。先に挙げた、2011年6月17日付朝日新聞朝刊の記事では、東京大学の中川恵一の「普通に生活していい」という談話を紹介している。

普通に生活していい

 中川恵一・東京大准教授(放射線医学)の話 東大柏キャンパスのように放射線量が高い地点が生じているのは、気流に乗って福島第一原発から運ばれてきた放射性物質が雨などで地面に落ち、地中に染みこんだことが理由と考えられる。ただ、同地点の放射線量は今、国際基準からみても健康に影響がないとされるレベルだ。大気中に放射性物質がまだ残っているわけでもなく、子どもたちが吸い込むことはほとんど考えにくいため、外で遊ばせないなど過剰に反応する必要はない。マスクをつけさせたり長袖を着させたりする必要もない。その半面、心配する親の気持ちもわかる。自治体が放射線量を測定することで親が安心するのならば、意味があると思う。

結局、板ばさみとなったのは、この地域ー柏市、松戸市、我孫子市、野田市、流山市、鎌ヶ谷市で東葛6市といわれるがーの首長たちだった。柏市のサイトによると、5月17日に、この東葛6市の市長たちは連名で千葉県に、大気中および土壌の放射線量などを測定・公表することを要望している。しかし、市民の要求は日増しに増えてきた。市側も紆余曲折しながら、独自測定をしなくてはならなくなった。2011年6月17日付朝日新聞朝刊の記事では、その過程が叙述されている。

 

独自測定へ市も動く

 柏市にはこれまで、放射線の影響について、電話やメールで6千件近い問い合わせが寄せられた。松戸市や流山市など、県北西部の自治体にも相次いでいる。
 ただ、庁内に放射線の専門家がいるわけでもない。柏市の担当者は「なぜ東大の数値は高いのか、という質問が多いが、市では答えられない」と打ち明ける。
 周辺6市で最初に独自測定に向けて動き出したのは松戸市だ。5月22日に公園や保育園で測定を始めた。
 だが、共同で測定する計画を立てていた残りの5市は「測定方法やデータの評価法を統一しなければ混乱を招く」と反発。松戸市内部でも「対応策が決まっていないのに、データだけ公表すれば不安をあおる」との意見が市教委から出て、小中学校と高校の測定開始は6月6日にずれこんだ。
 松戸市が先行するなか、他の市には「なぜ測定をしないのか」という意見が次々寄せられ、我孫子市は5月27日、柏・流山両市は6月6日に測定を開始。さらに野田市、鎌ヶ谷市を含む6市の要望を受けた千葉県は周辺地域の18カ所で測定を開始した。被曝量を年間換算したところ、文部科学省が暫定上限値としている20ミリシーベルトは下回ったが、15地点は目標の1ミリシーベルトを超えた。
 もっとも、年間1ミリシーベルト換算の放射線は、県内の他の場所でも観測されている。柏市周辺で局所的汚染が起きているかどうかは、はっきりしない。
 6市の対策協議会は13日から、県や各市の独自測定とは別に、精度が高い機器を使って学校や公園など36カ所で測定を開始した。1回目の結果は、17日午後に公表する予定だ。
 「ホットスポットの可能性」は他の地域でも指摘され、詳細に放射線量測定をする自治体は首都圏全体に広がり始めている。
(小松重則、園田二郎)

東大などの「専門家」が「健康に支障がない」という中で、住民の要求におされ、ようやく、この地域の首長たちも独自に放射線を測定することをはじめたといえる。「専門家」ではなく、住民の声が、それぞれの市で放射線対策を実施する原動力となったといえよう。そして、このように、放射線対策を行なっている中で、このホットスポットの汚染状況の深刻さがあきらかにされてくるのである。
 

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このブログで前述したように、2012年12月25日、市民団体の調査によって、茨城県取手市の小学1年生、中学2年生の間で、心臓疾患のおそれがある児童・生徒が増加していることが発表された。

この茨城県取手市というところは、茨城県南部に所在し、福島第一原発からかなり離れたところにある。しかしながら、福島第一原発事故当時、多くの放射性物質が降下し、高い放射線量を示したところであった。

ここで、文部科学省が2011年8月31日に修正発表した、「文部科学省及び茨城県による 航空機モニタリングの測定結果」をみてみよう。まず、放射性セシウム(セシウム134、セシウム137の合計)沈着量をみておこう。

茨城県における放射性セシウム沈着量

茨城県における放射性セシウム沈着量


http://radioactivity.mext.go.jp/ja/contents/5000/4933/24/1940_0831.pdfより

みてわかるように、福島県境にある北茨城市、大子町に放射性セシウムが大量に沈着した地域があるが、県南部の、霞ヶ浦と利根川にはさまれたはるかに広大な地域において放射性セシウムが大量に沈着しているのである。その中心は阿見町、牛久市であり、その地域では、放射性セシウムの沈着量が10〜6万bq/㎡となっている。そして、そのまわりの、かすみがうら市、土浦市、つくば市、つくばみらい市、守谷市、龍ケ崎市、利根町、稲敷市、美浦村には、6〜3万bq/㎡の地帯が広がっている。

取手市は、この県南部の一角にある。ほぼ全域が、6〜3万bq/㎡の放射性セシウムが沈着している。しかも、取手市内部には放射性セシウム沈着量が10〜6万bq/㎡のところも存在しているのである。以前、ここで、千葉県柏市の放射線量を紹介したことがあったが、取手市の対岸にある、利根川南岸の千葉県我孫子市、柏市、流山市も同様の放射性セシウム沈着量を示している。取手市もまた、首都圏のホットスポットの一つなのである。

実は、放射性管理区域の基準は3万7000bq/㎡ということになっている。その基準でいくならば、ここであげた地域のかなりの部分は放射性管理区域になってしまうのである。

取手市を含む、茨城県南部の空間線量も同様に高い。下図をみてみよう。

茨城県の空間線量

茨城県の空間線量


http://radioactivity.mext.go.jp/ja/contents/5000/4933/24/1940_0831.pdfより

現在の基準である年間1mSv未満に被曝量を抑えるためには、空間線量は毎時0.23μSv以下でなくてはならないとされている。もちろん、両基準とも信用できるかどうかはわからないが、一応の目安にはなるだろう。その基準でみても、取手市内の多くの地域が毎時0.2μSv以上となっていて、多くの地点で基準以上の空間線量を示しているといえよう。

取手市のみの空間線量マップをみておこう。それもまた、同じ傾向を示しているのである。ざっとみて、市内の半分くらいが、毎時0.23μSvを超えた空間線量を示しているといえる。

取手市の空間線量

取手市の空間線量


http://www.city.toride.ibaraki.jp/index.cfm/8,15622,c,html/15622/20121206-162655.pdfより

取手市では、2011年5月13日から、小中学校、保育所、幼稚園の放射線量測定を始めたが、かなり高いところが続出した。毎時0.23μSvをこえるところはかなり多い。一番高いところは、0.449μSv(高さ1m)であった。2011年7月13日よりは市内の緑地・公園でも放射線量の測定を行なっているが、一番高いところでは毎時0.48μSv(高さ1m)であった(取手市のサイトより)。取手市の空間線量マップでも一番高いところが0.4μSvなので、大体一致している。

もちろん、現在(2012年12月)は、除染などの効果もあって、小中学校や保育所などの空間放射線量は毎時0.23μSv以下になっている。公園・緑地などでもおおむね毎時0.23μSv以下になっているが、いまだ0.39μSv(1m)などの高い線量を示すところも部分的にはあるようである(取手市のサイトより)。

このように、現在はかなり下がったようであるが、福島第一原発事故直後、隣接する茨城県南部や千葉県西北部と同様に、取手市でも放射性セシウムが多く降下し、この地域は首都圏におけるホットスポットの一つとなった。ゆえに、この地域の住民はかなり高い空間線量にさらされたのである。その意味でも、取手市の小中学生に健康被害が増加している可能性があるというニュースは懸念すべきものなのである。

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前回は、柏市で4月初め時点で0.50μSv/h程度の比較的高い放射線量が計測されたにもかかわらず、柏市に所在する国立の専門機関である東京大学と国立がん研究センターが身体に直ちに影響がないなどのコメントを出していたことを述べた。そして、柏市もそのコメントに当初従うしかなかった。

それが変わってくる契機となったのは、2011年5月27日に文部科学省が学校における子どもの被ばく線量につき年間1mSv以下にすることを目標とすると発表したことであったといえよう。周知のように、文部科学省は4月19日に子どもの被ばく許容線量を年間20mSv以下とすることを発表した。かなり後のものであるが、文部科学省の考え方がわかるものとして、次のサイトの記事をここであげておこう。

「福島県内の学校等の校舎・校庭等の利用判断における暫定的考え方」等に関するQ&A

1.「福島県内の学校の校舎・校庭等の利用判断における暫定的考え方について」とは、どのような内容なのでしょうか。

「福島県内の学校の校舎・校庭等の利用判断における暫定的考え方について」(以下「暫定的考え方」という。)は、福島県や文部科学省が、福島県内の学校等で行った放射線モニタリングの結果を踏まえ、学校等の校舎・校庭の利用判断に関する目安を示したもので、4月19日に政府の原子力災害対策本部が原子力安全委員会の助言を得てまとめたものです。
具体的には、年間1から20ミリシーベルトを学校の校舎・校庭等の利用判断における暫定的目安とし、今後できる限り、児童生徒等が受ける線量を減らしていくことが適切であるとしています。
また、毎時3.8マイクロシーベルト(1年間365日毎日8時間校庭に立ち、残りの16時間は同じ校庭の上の木造家屋で過ごす、という現実的にはあり得ない安全側に立った仮説に基づいた場合に、年間20ミリシーベルトに相当)の空間線量率を校舎・校庭等の利用判断における暫定的な目安とし、校庭等の空間線量率がこれ以上の学校等では、校庭等での活動を1日当たり1時間程度にするなど、学校の内外での屋外活動をなるべく制限することを求めています。4月19日時点でこれに該当する学校は13校ありましたが、現在では、この目安以上の学校はありません。
さらに、文部科学省は、児童生徒等の受ける線量が実際に継続的に低く抑えられているかを確認するため、原子力安全委員会の助言を踏まえ、

学校等における継続的なモニタリングを実施し、その結果を原子力安全委員会に報告する
学校等に積算線量計を配布して、教職員に携帯して頂き、実際の被ばく状況を確認する
こととしています。

また、今回の「暫定的考え方」は、モニタリングの結果等を踏まえ、おおむね8月下旬を目途に見直します。
「暫定的考え方」は学校の校舎、校庭の利用の判断基準となる考え方であり、「年間20ミリシーベルトまで放射線を受けてよい」という基準ではありません。

2.「暫定的考え方」の毎時3.8マイクロシーベルトというのは、どの程度の放射線量だと考えればいいのでしょうか。

放射線防護の国際的権威である国際放射線防護委員会(ICRP)は、緊急時や事故収束後等の状況に応じて、放射線防護対策を行う場合の目安として「参考レベル」という考え方を勧告しています。緊急時は年間20~100ミリシーベルト、そして、事故収束後の復旧時は年間1~20ミリシーベルトの幅で対策を取るべきとしています。
「暫定的考え方」では、いまだ福島第一原子力発電所の事態が収束していない状況ではありますが、児童生徒等を学校に通わせるという状況に適用するため、緊急時の参考レベルではなく、復旧時の参考レベルである年間1から20ミリシーベルトを暫定的な目安とし、これをもとに、毎時3.8マイクロシーベルトという校舎・校庭の利用判断の目安を導いたものです。
具体的には、児童生徒が放射線の強さが毎時3.8マイクロシーベルトの校庭に1年365日毎日8時間立ち、残りの16時間は同じ校庭の上の木造家屋で過ごす、という現実的にはあり得ない安全側に立った仮説に基づいた場合に、年間20ミリシーベルトになることになります。
実際には、放射性物質は時間の経過とともに減衰します。実際にその後放射線レベルが下がっていることが確認されています。仮に3月10日以前の生活パターン(校舎内5時間、校庭2時間、通学1時間、屋外3時間、屋内(木造)13時間。3月11日以降はより屋内中心の生活となっていると想定される。)に基づく、より現実的な児童生徒の生活パターンに当てはめて試算すると、児童生徒が受ける線量は4月14日時点の校庭で毎時3.8マイクロシーベルトの学校の場合でも、多くてもICRPの参考レベルの上限である年間20ミリシーベルトの半分以下であると見込まれます。(後略)
http://www.mext.go.jp/a_menu/saigaijohou/syousai/1307458.htm

細かな試算については、上記の文部科学省のサイトをみてほしい。文部科学省は、福島県の学校を対象として、児童・生徒の被ばく線量を年間20mSv以下におさえることとし、それ以上になる場合は校舎・校庭の使用を制限するとしたのである。具体的には3.8μSv/hを基準としいていた。文科省としては、3.8μSv/hでも年間20mSvにはならないとしている。この基準では、最高0.74μSv/h程度が計測されていた柏市の放射能汚染は問題にならなかったといえる。

しかし、この年間20mSvという基準は、5月27日に文科省によって事実上見直され、1mSvを目標とすることになった。これは、福島県内の学校や保護者の声など世論の力が大きかったといえる。朝日新聞朝刊2011年5月28日号は、このように伝えている。

子どもの被曝量年1ミリ以下目標 文科省

 放射能の子どもたちへの影響が不安視されるなか、対応を迫られた文部科学省は、学校での児童・生徒の年間被曝量を1ミリシーベルト以下に抑えることを目指す方針を打ち出した。校庭の土壌処理の費用を支援するほか、専門家の意見を参考に被曝量の低減に向けた方策を探るという。
 文科省は、校庭利用の制限を巡る年間20ミリシーベルトの基準はひとまず変えない考えだ。しかし、福島県内の学校や保護者から「基準値が高すぎる」「子どもの健康に影響があるのではないか」との声はやまず、文科省として放射線量の低減に積極的に取り組む姿勢を示した。
 毎時1マイクロシーベルト以上の学校の土壌処理の費用について、国がほぼ全額を負担。今月末からは放射線防護や学校保健の専門家を対象にヒアリングを重ね、学校や家庭生活でさらに被曝量を下げることが可能かどうか検討するという。

また、ここで、前述の文科省のサイトから、5月27日の方針変更について述べているところをみておこう。文科省は、年間20mSvという基準はかえないが、年間1mSvを目標とし、除染などを実施するとしている。文科省としては、この期に及んでも年間20mSvを基準とすることにこだわっていたといえる。

7.5月27日「福島県内における児童生徒等が学校等において受ける線量低減に向けた当面の対応について」は、どのような内容なのでしょうか。

福島県内における学校等の校庭等の土壌対策に関しては、5月17日に、原子力災害対策本部において「原子力被災者への対応に関する当面の取組方針」を策定し、教育施設における土壌等の取扱いについて、早急に対応していくこととされました。
また、第1次補正予算により、福島県内の全幼稚園、小中高等学校、高等専修学校等に、携帯できる積算線量計を配布することとし、5月27日に配布しました。これにより、各学校等における、年間の積算線量の測定が可能となりました。
これを機に、「暫定的考え方」で示した、今後できるかぎり、児童生徒等の受ける線量を減らしていくという基本に立ち、今年度、学校において児童生徒等が受ける線量について、当面、年間1ミリシーベルト以下を目指すこととしました。具体的施策として、文部科学省または福島県による調査結果に基づき空間線量率が毎時1.0マイクロシーベルト以上の学校等を対象として、校庭等の土壌に関して児童生徒等の受ける線量を低減する取組に対して、学校施設の災害復旧事業の枠組みで財政的支援を行うこととしました。

7-1.5月27日に基準を20ミリシーベルトから1ミリシーベルトに引き下げたと聞きましたが、従来の「暫定的考え方」を変更したのでしょうか。

4月19日に示した「暫定的考え方」は、児童生徒等が学校内外で受ける放射線量について、年間1から20ミリシーベルトを暫定的目安とし、今後できる限り減らしていくことが適切であるとしています。
5月27日に示した「当面の対応について」は、この「暫定的考え方」を実現するため、その方針に沿って、今年度、学校内における線量低減の目標を掲げるとともに、目標実現のための方策を示したものです。
具体的には、今年度、学校内において受ける線量について、当面、年間1ミリシーベルト以下を目指すとともに、土壌に関する線量を下げる取組に対し、国として財政的な支援を行うこととしました。
今回の措置における年間1ミリシーベルト以下というのは、「暫定的考え方」に替えて屋外活動を制限する新たな目安を示すものではなく、文部科学省として、今後、まずは学校内において、できる限り児童生徒等が受ける線量を減らしていく取組を進めるにあたり、目指していく目標です。
したがって、年間1ミリシーベルト以下を目指すことによって、学校での屋外活動を制限する目安を毎時3.8マイクロシーベルトからその20分の1である毎時0.19マイクロシーベルトに変更するものではありません。
http://www.mext.go.jp/a_menu/saigaijohou/syousai/1307458.htm

この学校における子どもの被曝量を年間1mSv以下とするという方針が、その後の除染基準となっていく。その意味で、この方針の意味は大きい。しかし、この方針が、いわば福島県の人びとを中心とした世論の力で文科省に押しつけていったことは注目しなくてはならないといえる。

そして、本来、子どもの被曝量問題は、放射能汚染が顕著な福島県の問題であった。もちろん、首都圏でも、柏市に限らず放射線量は平常値よりも高く、健康に対する不安を訴えていた人が多数存在し、避難していた人びともいた。しかし、それまで、文科省などの政府側が年間20mSvを基準としており、公的な問題にすることは難しかったといえる。ここで、文科省がしぶしぶながらも福島県の子どもたちの被曝量を年1mSvを目標とする方針を打ち出したことにより、首都圏でも放射能汚染問題を公的に問題にすることが可能になったといえよう。

実際、その効果はかなりすぐ現れてきた。2011年6月6日、柏市のサイトに「放射線量に関する市長・秋山浩保から市民の皆様へのメッセージ」が発表された。その中では、

そのような状況の中で、「他より数字が高いから、とにかく不安」、「皆が不安になっていると、自分も同じ気持ちになる」という不安の連鎖が広がっており、今までのように、東大等のメッセージを引用しているだけでは、その不安を解消することが難しいという認識を持ちました。
 そこで、より専門性の高い機能を持ち、今回のような広域的な課題に対処すべき千葉県に、測定およびその結果と考え方の提示を、5月17日に東葛6市で要請しました。また、複数の専門家による指導のもと、6市でも専門業者による測定を行っていく準備を進めています。http://www.city.kashiwa.lg.jp/soshiki/020300/p008483.html

とされている。

また、6月13日には、「東京大学環境放射線情報を問う東大教員有志」が、健康に支障がないなどとする東京大学のサイト「東京大学環境放射線情報」に対する申し入れを行っている。

次回以降、より詳しく、この二つの動きと、それらに対する東大の対応をみていくことにしたい。

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さて、前回は、3.11以後の柏市の放射線量についてみてきた。比較的高い放射線量であり、ようやく福島第一原発事故から1年以上すぎた2012年春頃より、環境省が除染の基準としている0.23μSv /h(年間1mSv)未満になってきたといえる。しかし、それでも首都圏では高い放射線量と感じられており、人口流出があとをたたず、柏市としては環境省の基準未満でも除染事業を行うことを要請している。

この柏市の放射線量について、柏市所在の専門機関であり、放射線の測定もしていた国立がん研究センターや東京大学柏キャンパスはどのような対応していたのであろうか。

まず、国立がん研究センターは、4月と思われる時点で『(放射線被ばくについての科学的な理解1)「福島第一原発事故による放射性物質放出による低線量被ばく」』という文書を公表している。その中では、「しかし、このような低い線量による長期の放射線被ばくが人体にどのように影響するかについては、明らかにされていません。このため、判明しているいくつかの事実から、その影響を予測せざるを得ないのが現状です。」としながらも、自然に放射線をあびていることを指摘し、さらには高い放射線量をあびて腫瘍が発生することが低放射線量被ばくにあてはまるわけではないと述べた上で、次のようにいっている。

このように、今回の福島第一原発事故で、直近の地域以外で報告されている放射線量は、少なくとも俄に人体に悪影響を及ぼす値ではなく、また、いくつかの事実はこのような低い放射線量を持続的に被ばくしたとしても、悪影響を及ぼす可能性はとても低いことを示しています。
http://www.city.kashiwa.lg.jp/soshiki/080500/p008644_d/fil/rikai1.pdf

今考えると、この時期は0.50μSv /h程度の放射線量を示していた時期であり、現状の基準ならば除染対策が必要になるであろう放射線量である。しかし、専門機関である国立がん研究センターは、「俄に人体に悪影響を及ぼす値」ではないと主張したのである。

この国立がん研究センターに隣接して、東京大学柏キャンパスがある。このキャンパスには、大学院新領域創成科学研究科があり、核融合・宇宙科学・生命科学・環境学などが研究されている。宇宙線研究所もあり、まさに専門機関である。ここでも国立がん研究センターと同様に放射線量の測定を行い、東京大学環境放射線情報というサイトで公開していた。隣接しているから当たり前だが、国立がん研究センターの測定値と同様に高い放射線量が計測されていた。このことに対して、東京大学では「環境放射線情報に関するQ&A」で次のように述べている。

Q:本郷や駒場と比較すると、柏の値が高いように見えますが、なぜですか?

A:測定点近傍にある天然石や地質などの影響で、平時でも放射線量率が若干高めになっているところがあります。現在、私たちが公表している柏のデータ(東大柏キャンパス内に設けられた測定点です)は、確かに、他に比べて少々高めの線量の傾向を示しています。これは平時の線量が若干高めであることと、加えて、福島の原子力発電所に関連した放射性物質が気流に乗って運ばれ、雨などで地面に沈着したこと、のふたつが主たる原因であると考えています。気流等で運ばれてきた物質がどの場所に多く存在するか、沈着したかは、気流や雨の状況、周辺の建物の状況や地形などで決まります。結論としては、少々高めの線量率であることは事実ですが、人体に影響を与えるレベルではなく、健康にはなんら問題はないと考えています。
(http://megalodon.jp/2011-0521-2238-09/www2.u-tokyo.ac.jp/erc/QA.htmlより一部転載。後日変更されたため)

このように、東京大学も「人体に影響を与えるレベルではなく、健康にはなんら問題はないと考えています」と主張したのであった。

専門機関である東京大学・国立がん研究センターが健康に影響がないと宣言しており、柏市としても当初は追随するしかなったのである。2011年5月18日の柏市のサイトには、次のような文章がアップされていた。

東京大学・国立がん研究センターにおいて、定期的、継続的調査が実施されており、この測定結果に対し「少々高めの線量率だが、人体に影響を与えるレベルではなく、健康に問題はありません」とのコメントが出されています。
(https://sites.google.com/site/utokyoradiation/home/municipalitiesより転載。柏市のサイトからは削除されているので、ここから転載した。)

政府見解が「直ちに健康に影響がない」ということになっていたから、専門機関である国立がん研究センターも東大柏キャンパスも追随するしかないともいえる。ただ、東大柏キャンパスは、除染基準が0.23μSv /h(年間1mSv)になった今でも、併設されている院生・職員のための保育園以外本格的な除染を行った形跡がないので、ここの専門家自体が「無害」であると信じ込んでいるのかもしれない。

しかしながら、この両機関の動向は、高い放射線量に怯えていた柏市民の意向に反していたといえる。その中で、この状況がおかしいということは、柏市という自治体の中でも、東大の中でも、しだいに自覚されていくようになった。次回以降、紹介したい。

(付記:https://sites.google.com/site/utokyoradiation/home/developmentsを参照した。)

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2011年、福島第一原発事故で、首都圏でも相対的に高い空間放射線量を計測した地域として、千葉県西北部の柏市地域をあげることができる。まず、2011年3月時の放射線量をみてみよう。測定場所は、柏市の柏の葉地域にある国立がんセンター東病院である。

柏市における空間放射線量の推移(2011年3月)

柏市における空間放射線量の推移(2011年3月)


「国立がん研究センター東病院(千葉県柏市)敷地内における放射線の測定結果」(同所サイト)より
測定場所は病院敷地境界

測定は、3月16日から開始されている。すでに、その時点で、0.10μSv /hになっている。千葉県市原市における3.11以前の最大値が0.044μSv /hとされているので、すでに平常値の2倍以上である。この表では省略したが、屋内では0.06μSv /h、施設屋上では0.07μSv /hであった。

さらに、3月22日には、0.72μSv /hとなった。3月21・22日には降雨があり、そのために多くの放射性物質が降下したと思われる。屋内では、精々0.07μSv /hにあがったくらいで、その後もほとんど変化がないが、屋上では22日、0.32μSv /hにあがった。その後も3月中の測定値は0.50μSv /h以上であった。よく、3月21・22日の降雨により、柏市地域が放射線量が比較的高いホットスポットとなったというが、この測定結果もそれを裏付けている。もちろん、これ以上の放射線量を示す地域があることが報道されているが、ここでは、長期的比較のため、この測定結果を前提に考えていきたい。

さて、その後はどうなったか。毎月上旬(具体的には各月の第一月曜日)の放射線量の推移をみておこう。

柏市における空間放射線量の推移(2011年4月〜2012年10月)

柏市における空間放射線量の推移(2011年4月〜2012年10月)


「国立がん研究センター東病院(千葉県柏市)敷地内における放射線の測定結果」(同所サイト)より
測定場所は病院敷地境界
測定日時は各月第一月曜日(2012年1月のみ第一水曜日)

このように、空間放射線量は徐々に下がってはきている。2011年6月には0.32μSv /hに下がったが、その後はそれほど劇的には下がらず、2011年12月時点でも0.24μSv /hと、年間1mSvを維持できるとされている0.23μSv /hを超過している。2012年4月でも0.26μSv /hであった。

2011年後半の状況は、この国立がん研究センター東病院に隣接する東京大学柏キャンパスでも同様であった。2011年10〜11月に柏キャンパス内の空間放射線量が全面的に計測された。その結果をみると、ほとんどキャンパス全域が、0.20μSv /hをこえているのである。

東大柏キャンパスの地表面1m高さの空間線量率

東大柏キャンパスの地表面1m高さの空間線量率


http://www.kashiwa.u-tokyo.ac.jp/kankyo/ks2011_11/

そして、ようやく2012年5月以降、恒常的に0.23μSv /h未満となり、2012年6月以降は0.19〜0.17μSv /hとなった。2011年12月に成立した特別措置法によって、柏市は汚染状況重点調査地域に指定された。学校だけでなく市内全域を、年間1mSv(0.23μSv /h)未満にするとされている。ただ、放射線量の低下は、半減期が約2年のセシウム134の減少に起因することも大きいと考えられる。市内全域でも、市広報によると、年間1mSv以下にさがっているとのことである。

このように、目安である年間1mSv(0.23μSv /h)未満に放射線量を下げるという基準は柏市でも達成しつつある。しかし、現実には、放射性物質汚染の影響はいまだ深刻である。10月1日、NHKは次のような報道を行った。

原子力発電所の事故のあと、周辺地域より比較的高い濃度の放射線量が計測された柏市が、首都圏の住民を対象に意識調査を行った結果、およそ3分の1の人が柏市は周辺より放射線量が高い地域と認識していて、およそ70%の人がこうした地域では子育てや生活をすることはためらうと考えていることがわかりました。千葉県柏市は、原発事故のあと周辺よりも比較的高い濃度の放射線量が計測され、市内全域が国の支援を受けて除染を行う「汚染状況重点調査地域」に指定され、いまも除染作業が続けられています。これまでに幼稚園や学校など、子どもが集まる施設の除染はほぼ終了しましたが、市によりますと人口の減少傾向が続いているということです。こうした中、市は先月、民間の調査会社に依頼し、東京、埼玉、神奈川に住む20代から40代の既婚の男女2000人を対象に、意識調査を行いました。その結果、首都圏の36の市と区の中で周辺より放射線量が高いと思う地域として33%の人が柏市と答え、もっとも多くなっていました。さらにこうした地域の印象について聞いたところ、「小さな子どもを育てるのにふさわしくない」が「かなりそう思う」と「どちらかといえばそう思う」をあわせておよそ73%、「住むにはためらってしまう」がおよそ70%と、およそ70%の人がこうした地域で子育てや生活をすることはためらうと考えていることがわかりました。一方、放射能に関する情報の送り手の信頼度を尋ねたところ、「政府の発信」を「まったく信頼していない」、「どちらかと言えば信頼していない」と回答した人があわせておよそ50%ありました。こうした結果から柏市は、放射能の健康への影響について国の情報が必ずしも信頼されていない側面があるとして、子どもが集まる施設などは1時間あたりの放射線量が0.23マイクロシーベルトを下回る場所についても、国が費用を負担して除染を行うなどして信頼の回復に努めるよう要望していくことになりました。柏市の秋山浩保市長は「子どもが集まる場所の除染はほぼ終わったにもかかわらず、非常に厳しい見方が続いていると痛感した。このままでは市の対策が進んでも不安が残るため、国にさらなる支援を求めたい」と話しています。
http://www.nhk.or.jp/chiba-news/20121001192345_01.html

これは、柏市が実施した意識調査の結果を報道するものであるが、換言すれば、柏市地域はいまだ周辺よりも放射線量が高いと意識され、保育園・学校などの除染が進んでいても、子どもを育てたり生活をしたりする場所としては不適切と考えられ、そのために人口流失がとまらないというのである。他方、放射能情報についての「政府の発信」については、約半数の人びとが信用していないとしている。そのことからみて、たぶん、国が除染の目安とした年間1mSv(0.23μSv/h)未満という基準も信用されていないのであろう。

そこで、柏市としては、0.23μSv/h以下の地域も国の費用によって除染することを求めている。国の基準ではなく、可能な限り除染を進めることが、地域住民の課題として提起されているのである。

(なお、柏市の除染については、http://www.city.kashiwa.lg.jp/soshiki/080800/p010793_d/fil/kouen01_net.pdfが参考となる)

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