福島県の健康問題は、すでに国連の人権問題になっている。朝日新聞では、2012年11月3日に次のような記事をネット配信している。
「福島住民の健康の権利守れ」 国連人権理事会が勧告
【ジュネーブ=前川浩之】日本の人権政策について、各国が質問や勧告(提案)ができる国連人権理事会の日本審査が終わり、2日、各国による計174の勧告をまとめた報告書が採択された。福島第一原発事故について、住民の健康の権利を擁護するよう求める勧告が盛り込まれた。
普遍的定期審査(UPR)と呼ばれ、加盟国すべてに回る。日本は2008年以来2回目で、討論には79カ国が参加。法的拘束力はないが、日本は来年3月までに勧告を受け入れるかどうかを報告するよう求められる。
福島事故をめぐり、オーストリアだけが「福島の住民を放射能の危険から守るためのすべての方策をとる」よう求めた。日本は、11月中に健康の権利に関する国連の特別報告者の調査を受け入れると表明した。
http://www.asahi.com/international/update/1103/TKY201211030340.html
その結果、国連人権理事会の助言者グローバー氏が来日した。そして、朝日新聞は、27日付朝刊で「福島の健康調査「不十分」 国連人権理事会の助言者が指摘」という記事を掲載した。この記事の担当者は大岩ゆりである。まず、この記事をみてほしい。
福島の健康調査「不十分」
国連人権理事会の助言者が指摘東京電力福島第一原発事故の影響を調べるため、来日した国連人権理事会の助言者、アナンド・グローバー氏が26日、都内で記者会見した。福島県民への健康調査について「不十分」と指摘。さらに「除染のあり方などを決める場に住民が参加していないのは問題」と述べた。
インド人弁護士のグローバー氏は、福島県民らの「健康を享受する権利」が守られているか調べるため、政府や東電関係者、県民らから事情を聞いた。この結果は来年6月の国連人権理事会(前身・人権委員会)に報告され、日本政府に勧告すべきか議論される。
福島県などが行っている子どもの甲状腺検査や一般的な健康診断、アンケートについて「内容が不足している。チェルノブイリの教訓や、100ミリシーベルト以下でもがんなどの健康影響があるとする疫学研究を無視したものだ」と批判した。具体的な提案、改善策にはふれなかった。
また、甲状腺検査を受けた子どもの保護者が検査記録を入手するには、県の複雑な情報公開請求手続きが必要なことについても言及。「別の専門家を聞いたり、検査を受けたりできる権利が守られていない」と懸念を示した。
さらに、健康調査だけでなく、避難区域の解除や除染の枠組み決定のプロセスについて、グローバー氏は「住民が参加していない。健康に影響が及ぶ意思決定やモニタリングなど、すべての過程に住民が参加すべきだ」と指摘した。(大岩ゆり)
つまり、国連人権理事会の助言者グローバー氏は、福島県の健康診断について、チェルノブイリ事故の教訓や低線量被曝の影響などを考慮しない不十分なものであること、子どもに対する検査結果の保護者への開示が不十分で他の検査を受けたり専門家の意見を聞けないものであること、除染方法の決定過程に住民が参加できないことなどをあげて、国連人権理事会に報告する意向であると記者会見で述べたのである。
これは、福島県の健康調査や除染のあり方が、最早、国連人権理事会において勧告されるレベルの人権問題を惹起するにいたっていること示しているといえる。私自身は福島に住んでいるわけではないので詳しくは知らないが、時折伝えられる福島の状況からみても、そうだと思われる。
そして、不十分と指摘された福島県の児童を対象とした甲状腺検査でも、このブログでも伝えたように、甲状腺異常が約42.1%、二次検査の必要な児童が0.5%、がん患者1人が発見されている。最早、「低線量被ばくは人体に影響ない」という通説に依拠して放置できる状態ではないと考えられるのである。この放置もまた、人権問題にほかならない。
それにしても、この数日における福島県の健康問題に対する朝日新聞とその記者(大岩ゆり)の姿勢は大きな問題をはらんでいると思う。朝日新聞では、11月20日付朝刊で次のような記事を掲載している。ここでは、ネット配信した分のみを紹介したい。
甲状腺検査、長崎でも 環境省、福島の子どもと比較
【大岩ゆり】環境省は19日までに、長崎県の子どもを対象に甲状腺検査を始めた。東京電力福島第一原発事故による健康影響調査として福島県が実施する、同県内の子どもの甲状腺検査の結果と比較し、被曝(ひばく)の影響の有無をみるのが目的。同県では4割の子どもの甲状腺にしこり(結節)などが見つかっている。
チェルノブイリ原発事故では子どもの甲状腺がんが増えたため、福島県は事故当時18歳以下の子ども36万人を対象に甲状腺検査を生涯続ける計画だ。これまでに検査結果が出た約9万6千人の40%に結節や液体の入った袋(嚢胞=のうほう)が見つかり、1人が甲状腺がんと診断された。
保護者からは被曝の影響を心配する声が出ているが、子どもの甲状腺をこれだけ高性能の超音波検査機で網羅的に調べた例はなく、「4割」の頻度が高いかどうか判断がつかない。
http://www.asahi.com/special/10005/intro/TKY201211190881.html
この記事では、その後、長崎での調査のあり方などが記載されているが、ここでは、省略する。問題なのは、大岩ゆり自体も甲状腺異常の児童が約40%発見されたことを認めているということなのだ。しかし、大岩ゆりは「「4割」の頻度が高いかどうか判断がつかない。」としている。
そして、朝日新聞11月25日付朝刊の1面トップで大々的に「福島のがんリスク、明らかな増加見えず WHO予測報告」と報道している。この担当者も大岩ゆりなのだ。その中で、彼女は「日本人の2人に1人は一生のうちにがんが見つかっており、福島県民約200万人のほぼ半数はもともとがんになる可能性がある。このため、仮に被曝で千人にがんが発生しても増加率が小さく、統計学的に探知できないということだ。」としている。しかし、記事本文をよく読むと、「予測」においてすら小児甲状腺がんが増加することが指摘されている。こういう「明らかな増加見えず」という判断自体に問題があるのだ。
そして、今回の「福島の健康調査「不十分」 国連人権理事会の助言者が指摘」という記事が27日付朝刊に出される。その担当者も大岩ゆりなのだ。このように一貫性のない報道では、私も含めた読者が混乱することになる。
そのことについて、第一には、それぞれの場所で発表されることを、前後の一貫性もなく、ただ新聞に垂れ流しているのであろうと指摘できる。こういう記事の速報性は必要だが、その前後の脈絡も含めて提供すべきだろう。それこそ、3.11直後のマスコミ報道において問われたことであった。しかし、それが、いまになっても生かされていないのである。
第二にいえば、福島県の放射線の影響を少なく見積もった記事が大々的に取り上げられているということである。すでに、福島の健康問題が国連人権理事会で取り上げられるほどの人権問題になっていることは、報道されても小さく扱われている。そのように、当局や推進派学者の都合のよいことを大々的にとりあげるということも、3.11直後のマスコミ報道で問題となったことであった。その反省がないのである。
このような意味で、朝日新聞の姿勢が、記者も含めて問われねばならないと思う。
追記:現在、福島県における児童の甲状腺検査は、36万人を対象としているが、9万6000人しか終了していない。その意味で、甲状腺異常や二次検査の人数について確定的に述べることは適当ではない。過去の本ブログで人数についても言及しているが、9万6000人を対象とした調査結果を36万人のものとしてみた場合の推測値でしかないので、削除・訂正することにした。
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