豊田正敏は、東電の原子力技術者の先駆者の一人で、福島第二原発建設事務所長をつとめ、その後東電副社長・日本原燃サービス社長(六ヶ所村再処理施設経営)までなった人である。その彼が、樅の木会・東電原子力会編『福島第一原子力発電所1号機運転開始30周年記念文集』(2002年3月)の中で、福島第一原発1号機について述べている。
豊田だけではないが、総じて東電の技術者たちは、福島第一原発1号機の運転にはてこずっていたことを述べている。豊田は、アメリカでの経験を活かして改善が計られ、商業プラントの域に達している筈であると考えていたが、「予想外に次から次にトラブルが発生したのは驚きであった」と述べている。
豊田が、基本設計にかかわり、対処に長期間を要するものとして「燃料チャンネル・ボックスの損傷、原子炉給水ノズルの熱疲労割れ、制御棒駆動戻り水ノズルのひび割れ、燃料破損及び1次冷却配管の応力腐食割れなど」をあげている。専門外なので、よくわからないが、次のように、私が読んでも重大なトラブルがあったようだ。
この中、燃料破損は、放射能の高い核分裂生成物が、原子炉水中に漏れ出て原子炉まわりの保守点検作業時に被曝が大きく、作業が困難となり、短時間で作業員の交替が必要となった。また、原子炉水に放出される放射性希ガスが原子炉1次系及びタービン系の弁などから漏れ出し、建屋内の放射性レベルが突如として高くなる現象が見られ、その漏れの場所を調べるため、ビニール・カーテンで間仕切りしたり、テープで密封するなどして、順次測定箇所を絞り込む方法を採るなど大変な苦労があった。
引用していて、背筋が寒くなるような記述である。
最も問題だったのは、1次冷却配管の「応力腐食割れ」であった。「応力腐食割れ」については、「引張応力が作用する状態で腐食性の環境に金属材料が曝される時に生じる割れ現象である」(http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_Key=02-07-02-15)と定義されている。一次冷却配管の応力腐食割れは高温高圧の水があることで引き起こされたとされている。冷却水の溶存酸素濃度が高い沸騰水型軽水炉(BWR)でより多く起こり、福島第一原発だけでなく、多くのBWRで頻発した。福島第一原発の状況を、豊田は次のように回想している。
…原子力発電所の停止期間が大幅に長期化し、一時は福島1号機から3号機まですべて停止するという最悪の事態となり、稼働率は最低19%という事態に立ち至った。
社内のトップ層からは、「一体何時になったら原子力発電は信頼できるものになるのか。ダメならダメといってくれ。石油燃料を余分に手当てするなど対策を講ずるから。」といわれ、社内外から四面楚歌の状態で肩身の狭い思いをさせられ、また、現場の士気も著しく低下した。
原子力発電所の経済性をよくいわれるが、トラブル続きで稼働率が下がるならば、石油火力のほうがましと社内ではいわれていたのである。
この「応力腐食割れ」を、豊田は、10インチ以下の配管を全部とりかえる、10インチ以上の配管は高周波加熱によって配管内面に圧縮応力を発生させるなどの対策をたてた。これは数百億円かかり、社内・GE社・役所筋も懸念を示したが、豊田は経営トップ層を説得して、実施し、成功を収めたとしている。
このような経験を踏まえて、豊田は、原子力発電の未来に警鐘をならしている。
信頼性についてもう一つ重要なことは、一般国民特に、地元民の信頼の確保である。このためには、わかりやすくかつ、都合の悪い点も包み隠さず正直に説明することが必要である。いやしくも、虚偽の説明、改竄、捏造などはもっての外である。地元民との親密な接触を行い信頼を得ることが是非必要であるが、最近トラブルも減ってきており、地元民との接触が薄らいで来ているのではないかと懸念される。
次に経済性については、安全性を大前提に、設計の贅肉を落とし、系統の単純化及びプラントのコンパクト化により、経済性の向上を図ってきた。特にA-BWRでは、従来のプラントに比べて建設費を二割削減することができた。さらに、設備利用率の向上、燃料燃焼度の向上、廃棄物発生量の軽減及び減容化が図られた。近年、コンパインド・サイクル火力発電の登場により、原子力発電の経済性をさらに高めることが急務になっているので、関係者の更なる努力を期待したい。いくら二酸化炭素の排出量がなく、環境に優しいと主張しても、安全性について国民の信頼が得られず、火力発電に比べ割高であれば、原子力発電の将来は暗いといわざるを得ない。
豊田は、次代の技術者の奮起を促しているのであろうが、この文章では、原子力発電は、火力発電より割高であり、安全性への国民の信頼もなく、ゆえにいくらエコといっても、その将来は暗いとしているのである。パイオニアすら、すでに原子力技術については楽観視していなかったのである。
「豊田正敏」をネットで検索してみると、彼は「高速増殖炉」や「六ヶ所村再処理施設」についての批判的言動をしているようである。ある意味で、原子力技術のありかたがその内部からも問われる時代にすでになっていたのではなかろうか。