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Archive for 2011年12月

さて、よく原発立地自治体において、原発存続の必要性について、雇用確保や地域経済振興の観点から主張されることがある。例えば、このブログで紹介した開沼博さんの『フクシマ論ー原子力ムラはなぜ生まれたのか』(2011年)には、原発が立地している地域の人びとの声をこのように紹介している。

「中越沖地震で新潟の原発とまったときは、みんな仕事探す人がこっちさ(福島に)来て、こっちの人も仕事なくなってみんな困ったんだから。早く動かしてもらわないと困るって。」
「そりゃー原発で働けるのが一番だ。地元の高校で一番優秀な子から東電とか上のほうの会社に就職できるんだから。」
そこにあるのは、外から見ている限り決してつかみきれない原発を半世紀近くにわたって抱擁し続けてきた「幸福感」だった。

こういうことが実際にないとはいわない。原発立地自治体の多くは過疎地域にあり、原発も相対的には大きな雇用先となっていることはいえる。また、原発が立地することによって固定資産税収入が増額され、それぞれの自治体財政が豊かになったことは否定できない。

しかし、原発が立地することにより発生する地域経済発展は、立地自治体がそれのみで満足できるものであったのだろうか。それならば、なぜ、原発立地自治体に巨額な電源三法交付金が支給されているのであろうか。

1950年代から1960年代中葉にかけて、福島県知事や県議たちは、原発立地を契機とした双葉郡の地域開発構想を福島県議会で物語っていた。しかし、実際に原発が建設され稼働するようになった1960年代末から1970年代中葉にかけては、福島第二原発や小高・浪江原発建設反対運動が地元でも展開され、今まで沈黙していた日本社会党の県議たちもしきりに原発建設反対を県議会で表明するようになった。このような原発反対の世論形成がなぜ行われたのかは、今検討している最中である。さまざまな要因があると思うが、一つに原発建設により地域経済が目に見えて発展していかなかったということもあげられるであろう。

このように、1960年代末から1970年代中葉にかけて、いろいろな意味で原発建設反対運動が各地に展開されるようになった。そのような原発建設反対運動への政府の対応として創出されたのが、1974年に制定された電源三法交付金制度なのである。

電源三法とは、電源開発促進税法、旧電源開発促進対策特別会計法(現在は特別会計に関する法律に一括されている)、発電用施設周辺地域整備法の三法をさす。この三法は、田中角栄政権期の1974年6月6日に成立した。実際には、ほぼ1年前の7月に政府より提案されていたが、継続審議となり、翌年の国会で成立したのである。

電源三法のしくみを簡単にいえば、電力料金に上乗せして電源開発促進税を徴収し、電源開発促進対策特別会計に繰り入れ、その資金を火力発電所以外の原子力発電所、水力発電所、地熱発電所が立地する自治体に対し、主に公共用施設建設を目的に交付するというものである(現在はやや使用目的が拡大しているが)。

この電源三法交付金制度制定のねらいにつき、主管である中曽根康弘通産相ーまたしても、中曽根が原子力行政に関わるのだーは、1973年7月11日の衆議院商工委員会で、得々と語っている。具体的には発電用施設周辺地域整備法案の提案理由であるが、電源三法交付金制度全体について語っているといえるであろう。

○中曽根国務大臣 発電用施設周辺地域整備法案につきまして、その提案理由及び要旨を御説明申し上げます。
 わが国の電力需要は、国民生活の向上と国民経済の発展に伴い、今後とも毎年一〇%程度の伸びが予想されています。
 他方、ここ数年電力会社が発電所の立地を計画しても、地元の同意が得られないため、国の電源開発計画に組み入れることのできないものが増加しており、また、これに組み入れた後においても地元住民の反対にあって建設に着工できない例も多々生ずるに至っております。このままの状態が続けば、数年後には電力不足がきわめて深刻な問題となることが懸念されるところであります。
 このような住民の反対の根底には、一つには環境保全の問題があることは御承知のとおりであり、発電所設置による公害を防止し環境を保全するため、今後とも最大限の努力を払うことは言うまでもないところでありますが、立地難のもう一つの理由として、発電所等の立地による雇用機会の増加等による地元の振興に対する寄与が他産業に比べて少ないということが大きな問題としてあげられようと存じます。事実、発電所等の立地が予定されている地点の地方公共団体は、住民福祉の向上に資する各種の公共用施設の整備事業の推進声強く要望しております。
 本法案は、このような状況を踏まえて、発電所等の立地を円滑化し、電気の安定供給の確保に資するため、発電所等の周辺地域において住民福祉の向上に必要な公共用施設の整備事業を推進するための措置を講じようとするものであります。
 次に本法案の概要について御説明いたします。
 第一は、国は、火力発電施設、原子力発電施設等の発電用施設の設置が確実である地点のうち、その設置の円滑化をはかる上で、公共用施設を整備することが必要であると認められる地点を指定し、公示することとしていることであります。これについては、当該地点が工業再配置促進法の移転促進地域をはじめ一定要件に該当する地域に属するときは指定しないこととしております。
 第二は、この指定された地点の属する都道府直の知事は、当該地点が属する市町村の区域とこわに隣接する市町村の区域において行なおうとする道路、港湾、漁港、水道、都市公園等の公共用施設の整備計画を作成し、国の承認を求めることにしております。この計画には、公共用施設の整備に関する事業の概要と経費の概算について定めるもので、他の法律の規定による地域の整備等に関する計画との調和及び地域の環境の保全について適切な配慮が払われるようにしております。
 第三は、整備計画に基づく事業の実施に要する経費の一部を発電用施設を設置する者に負担させることができることとしております。これは、発電用施設を設置する者が地域社会に対する協力という観点から行なうもので、整備計画に基づくを設置する者と協議して、地方公共団体の負担する金額の一部を負担させることができることとしています。なお、国は、この経費の負担について関係者の申し出があればあっせんに当たることししています。
 第四は、国が承認した整備計画に基づいて地方公共団体が実施する事業のうち、特定の施設の整備事業については通常の補助率を特別に引き上げて適用することとする等事業の円滑な実施をはかることとしています。この特定の施設は、道路、港湾、漁港、水道及び都市公園のうちから政令で定めることとなっておりますが、たとえば市町村道路は、通常三分の二とされているのを四分の三に、漁港は十分の五を十分の六に引き上げることができることにしております。このほか、国は地方債の起債について配慮する等財政上、金融上の援助措置を講ずることといたしております。
 以上が、この法律案の提案理由及びその要旨であります。
 何とぞ慎重御審議の上、御賛同くださいますようお願い申し上げます。
http://kokkai.ndl.go.jp/cgi-bin/KENSAKU/swk_dispdoc.cgi?SESSION=3240&SAVED_RID=2&PAGE=0&POS=0&TOTAL=0&SRV_ID=4&DOC_ID=14868&DPAGE=2&DTOTAL=51&DPOS=39&SORT_DIR=1&SORT_TYPE=0&MODE=1&DMY=4824

当時、石油ショックのさなかで、石油を使う火力発電所から、原子力発電所などへの転換がさけばれていた。この法律の正当性はその点に求められていた。しかし、中曽根は、より露骨に、反対運動に対処するために必要であると言い切っているのである。

その上で、中曽根は、これもまた露骨に、「立地難のもう一つの理由として、発電所等の立地による雇用機会の増加等による地元の振興に対する寄与が他産業に比べて少ないということが大きな問題としてあげられようと存じます。事実、発電所等の立地が予定されている地点の地方公共団体は、住民福祉の向上に資する各種の公共用施設の整備事業の推進声強く要望しております。」と断言している。発電所建設は思ったほど地元の発展に寄与していないことは、政府の主管者である通産相中曽根康弘ですら認めているのである。そのために、地元自治体から要望を受けているとしているのである。

その上で、中曽根は「本法案は、このような状況を踏まえて、発電所等の立地を円滑化し、電気の安定供給の確保に資するため、発電所等の周辺地域において住民福祉の向上に必要な公共用施設の整備事業を推進するための措置を講じようとするものであります。」と述べているのである。

1954年にはじめて原子力開発予算を予算につけた時、中曽根の仲間たちは「札束で学者の顔をひっぱたく」などといったものだ。この1974年の電源三法交付金制度は、まさに住民の顔を札束でひっぱたくものであるといえる。そして、いえることは、国家ですら、原発建設が地域経済振興に十分寄与するものとみていなかったことである。

なお、原発立地自治体は多くは税収が見込めない過疎地域にあり、なんらかの助成が必要であった(もちろん今も必要である)ことは否定しない。しかし、原発に反対する住民を抑圧し、結局は原発に依存するしかない自治体運営を強いるような電源三法交付金制度は問題であるといわざるをえない。

他方、このような電源三法交付金制度は、結局のところ、補助金などにより公共投資を行うことを優先してきた、日本の地方統治の一例であるとも思える。より大きな文脈の中で、検討していく必要があろう。

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