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さて、先回は、御嶽山噴火によって再びクローズアップされた川内原発の噴火リスクを懸念する声に対し、原子力規制委員長田中俊一が、御嶽山の水蒸気噴火と川内原発で懸念されている周囲の巨大カルデラ火山噴火を同一視するのは「非科学的」であり、そういう場合は「予知」して、原子炉停止や核燃料搬出のような対策がとれるはずとし、さらに、一万年に一回というような巨大カルデラ噴火はここ30-40年間にはこないし、そのような天災を考慮して社会的活動を抑制することはできないと述べたことを紹介した。

より明確に、「安全対策をとっているから大規模噴火でも川内原発は安全である」と国会答弁で主張したのが安倍首相である。まず、次のテレビ朝日のネット配信記事(10月3日配信)をみてほしい。

安倍総理大臣は、鹿児島県の川内原発の再稼働について、桜島などが御嶽山よりはるかに大規模に噴火した場合でも、安全性は確保されていると強調しました。

 民主党・田城郁参院議員:「予知不能であったこの噴火は、自然からの警鐘として受け止めるべき。川内原発の再稼働を強引に推し進める安倍政権の姿勢を認めるわけにはいきません」
 安倍総理大臣:「桜島を含む周辺の火山で今般、御嶽山で発生したよりもはるかに大きい規模の噴火が起こることを前提に、原子炉の安全性が損なわれないことを確認するなど、再稼働に求められる安全性は確保されている」
 安倍総理は、「いかなる事情よりも安全性を最優先させ、世界で最も厳しいレベルの規制基準に適合した」と強調して、川内原発の再稼働に理解を求めました。
http://news.tv-asahi.co.jp/news_politics/articles/000035888.html

確かに、川内原発の安全審査は、従来の桜島噴火以上の規模の噴火を考慮にいれてなされている。しかし、巨大カルデラ火山噴火は、想像を絶する規模のものである。九州電力も、過去の巨大カルデラ噴火で川内原発所在地にまで火砕流が及んだことが三回あった可能性を認めている。この地域における人間社会の存続すら揺るがす規模の巨大カルデラ噴火に対して、原発が安全であるということはできない(もちろん、これは、原発だけの問題ではないが)。田中俊一は、さすがに巨大カルデラ噴火において原発が安全であるとはいっていない。予知できるから対策がとれる、頻度が小さい現象だから、すぐにおきることは想定できないといって言い抜けているのである。

安倍首相の発言は、田中俊一の発言と齟齬している。安倍首相の考える「大規模噴火」は、せいぜいが「桜島噴火」以上の規模のものでしかなく、問題になっている「巨大カルデラ火山噴火」について指していないのである。

これは、どういうことなのであろうか。結論的にいえば、川内原発で対策されている「大規模噴火」と、そもそも運転停止や核燃料搬出などの対策しかとれない「巨大カルデラ噴火」が、意図的にか非意図的にか不明だが、混同されているのである。

一般的には、このような混同は、「無知」であるためと認識され批判される原因となる。統治責任のある首相であればなおのことだ。しかし、レトリックでみると、いろいろ根拠をあげて「合理的」に装おうとしている田中の発話より、根拠をあげずにとにかく「安全」である言い切っている安倍首相の発話のほうが、よりインパクトがあるといえる。昨年のオリンピック誘致時に、あれほど問題が山積していた福島第一原発を、一言で「アンダーコントロール」と述べた時と同様である。安倍首相についていえば「無知は知にまさる」のである。

ただ、これは、安倍政権(安倍首相個人はどうだかわからないが)が何も考えていないということを意味しない。たぶん、宣伝戦略の「知」に基づいているのだろう。ある商品の宣伝にタレントを使う場合、その商品についてタレントが知っている必要はない。むしろ、欠陥も含めた商品の実態に「無知」であるほうが、シナリオに基づいて理想的に語ることができるだろう。そう考えると、いろいろ根拠をあげて「知的」に語ろうとする田中俊一の発話よりも、「安全だから再稼働」ということしかいわない安倍首相が、レトリックの上では「説得的」ともいえる。「無知は知にまさる」としたが、それは、このような宣伝戦略としての「知」に支えられているのである。

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