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Posts Tagged ‘韓洪九’

昨日(11月8日)、東京経済大学で韓国の現代史研究者である韓洪九氏の「韓国から見たフクシマー韓国の歴史学者が問う原発問題と平和」と題された特別講演会(主催東京経済大学21世紀教養プログラム)が開かれた。東京経済大学のホームページより、この講演会の趣旨と韓氏の略歴をまず引用しておきたい。

韓洪九(ハン・ホング)先生特別講演会
「韓国から見たフクシマ」

趣旨
韓洪九(ハン・ホング)先生は韓国の高名な現代史研究者であり、NGO「平和博物館」創設や長年にわたる在韓被爆者支援運動などで知られる平和運動家でもあります。
この度、韓先生と平和博物館の一行が、原発依存率がフランスについて世界第二位という韓国において原発事故への認識をさらに深めるため福島原発事故の被災地の調査に来日されることになりました。この貴重な機会をとらえて、核問題、原発問題に関する先生のご高見を聴くとともに、東アジアの平和と安定実現のため何をなすべきかをともに考えたいと思います。

1959年ソウル生まれ。ソウル大学国史学科大学院卒業。米国ワシントン州立大学で博士号取得。現在、聖公会大学教授。2004年から2007年まで、韓国政府の委嘱により「国家情報院過去事件真実究明による発展委員会」の委員を務めた。著書は数多いが、日本で翻訳刊行されているものは次のとおり。『韓洪九の韓国現代史Ⅰ 韓国とはどういう国か』『韓洪九の韓国現代史Ⅱ 負の歴史から何を学ぶのか』(いずれも平凡社)、『倒れゆく韓国 韓洪九の韓国「現在史」講座』(朝日新聞出版)

公開講演会であり、東京経済大学と無関係な私も出席して、この講演会を聞くことができた。以下、本ブログで、簡単に内容を紹介しておきたい。なお、パワーポイントを使った講演で、特にレジュメなどはなく、私のメモしか記録が手元にない。聞き間違いや認識不足の点も多々あるかと思うが、それは私自身の責任であることをまずことわっておきたい。

韓氏は、昨日まで福島にいっており、そこで20km圏内のゲートをみたことを話した。その無人のさまをみて、韓氏は、植民地期に故郷を離れざるを得なかった韓国の人びとを歌った詩を引用し、「奪われた地にも春がくるのか」と問いかけた。

その上で、韓氏は、まず、原子力政策を推進している人びとについて「原子力マフィア」とよび、日本と韓国の共通性を指摘した。韓国でも、日本と同様、学者・官僚・建設業界・マスコミ・政治家・電力業界・金融界などを中心として「原子力マフィア」が存在し、市民を排除して原発建設を推進しているという。特に、韓国の現大統領である李明博は現代建設の社長を長く務め、現在稼働中の21基の原発のうち12基の建設にかかわったという。そして、現在、韓国では、競争相手であった日本を尻目に、アラブ首長国連邦・インド・トルコなどに原発輸出をすすめているそうである。

そして、日中韓などの東北アジアでは、ナショナリズムが強く、「国家が国民に犠牲を強要している」ため、核兵器や原発建設が推進され続けていると述べた。「国家が国民に犠牲を強要する」というのは、韓氏の今回の講演のキーコンセプトであった。このコンセプトを使って、韓氏は、韓国がかかえている現状を、原発問題に限らず述べていった。

韓国においても、福島第一原発直後は原発に対する不安感が広がり、政府やマスコミはその鎮静化にやっきになったそうである。その点は日本と同じである。しかし、韓国においては、「核不感症」ともいえる状況があると韓氏は述べた。朝鮮戦争以来の「分断」が、北朝鮮を脅威とする意識を植え付けていると韓氏はいう。韓国の極右の中には、朝鮮戦争において核兵器が使われなかったことを残念がる人すらいるそうである。もちろん、韓国の極右勢力は、北朝鮮の核兵器保有には反対であるが、中には、「統一」により、結果的に北朝鮮の核兵器により韓国も核武装することを期待する人もいるそうである。そして、核兵器開発に韓国の人びとの70%が賛成しているそうである。

つまりは、「分断」による「軍事国家」化が、核不感症の原因であるといえる。講演の後の質問でわかったことだが、韓国の原発の多くは、軍事政権下で建設され、大規模な反対運動はできなかったということである。

ただ、近年は、民主化の一定の成果で、放射性廃棄物処分場建設に対する大規模な反対運動が可能になったという。1990年における安眠島における反対運動は、光州事件以後最大といわれる規模で行われ、安眠島の住民は「独立」まで叫んでいたという。1994年の仁川・堀米島、2003年の扶安においても、反対運動がおき、計画は中止された。

ただ、住民投票という形で「合意」形成がなされたとして、2005年に慶州で放射性廃棄物処分場の建設が決定された。この「住民投票」は、四つの候補地に賛成率を競わせ、もっとも高かった慶州(約89%)に建設することにしたそうである。これは、いわゆる民主化政権の時代に行われたことであるが、韓氏は、その時期でも原子力マフィアは実権を失っていなかったからであると述べた。

韓氏は、関東大震災における朝鮮人虐殺を批判した。しかし、それでも「国家によって犠牲を強要された」人びとー原発労働者・被爆者・国民ーに対する思いを強調した。彼らの犠牲の上に「電力が供給されている」と主張したのである。

そして、「国家により犠牲を強要された人びと」として、昨年の天安艦沈没事件の犠牲者や、徴兵制軍隊内部での暴力での犠牲者をあげている。韓氏は、アメリカのケネディ大統領の言葉をひっくりかえし、「国家が俺に何をしてくれたのか」と述べた。この言葉は、ギャグとして、韓国で使われているそうである。

今、韓国では、来年で任期が切れる李明博の在任期間中に、原発建設をすすめようとする動きが加速していると韓氏は述べた。来年3月にはソウルで「核安保サミット」が開催される予定になっている。その時、「核安保民間会議」のようなものが必要なのだとした…遺憾ながら、それほど資金は潤沢ではないようのだが。来年、民主化勢力が政権を獲得する可能性は高いが、残念ながら、彼らの核問題に対する関心は高くなく、核問題を争点にできるかどうかは課題であると、韓氏は述べた。そして、韓国でも電力消費をあおって原発建設を正当化しようとしているとして、生活のスタイル総体を変えなくてはならないと主張した。

この講演会の感想について、私は、昨日フェイスブック上でこのように書いた。

ブログで書く予定の話ではあるが…。本日韓洪九氏の講演を聞いていてわかったこととして、韓国で現在稼働中の原発の多くは、軍事政権期に建設され、それこそ反対運動など認められなかったことがあげられる。多少民主化されたので、核廃棄物の保存個所については反対運動が展開できたとのこと。しかし、そのことについては、2005年に慶州で「住民投票」によって核廃棄物保存場が開設されることになったと韓氏は話した。
韓国は、民主化以後も軍事国家の側面が強く、38度線付近では、軍服を着た人びとを多くみかける。韓流ドラマにはほとんど出てこないが、軍服を着てデートする人もいた。自衛隊も米軍もー少なくとも東京においてはー街中では軍服など着ていないことからみれば、大いに違和感を感じた。
ただ、日本においては、むしろ「自治体参加」の建前のもとに、それこそ、韓国以上に原発が建設されたことからみるならば、そのような権力関係が隠蔽される構造があるのではないかと思う。たぶん、アルチュセールやフーコーはそのような課題と挌闘したのではないかと思う。私たちは、韓国の原発建設を「軍事的強権」のもとにあったとして「他者化」できるのか。腐朽した「民主主義」によって正当化しているだけではなかろうか。
私個人だって、結局のところ、3.11以前は、エジプトやリビアの出来事を「軍事権力のため」と自己認識していたといえる。日本は、形式的には「軍事権力」のもとにはないが…この惨状はなぜと問い返さなくてはなるまい。

ある意味では、過去は軍事政権下にあり、分断国家として、いまだに軍事色の強い韓国。一応、形式的には「民主主義」国家であるはずの日本。現象的には違う要素があるだろう。しかし、韓氏が主張したように「国家が犠牲を強要する」ということは同じなのだ。そのような「犠牲を強要する」ということを、形式的には「民主主義」「地方自治」などの制度を使って「合意」させている日本のほうが、より住民を内的に屈折させているという点では、よりたちが悪いということもいえるかもしれない。

そして、一見「原子力の平和利用」とされている「原発」は、実は核兵器開発と表裏一体のものであることを忘れてはならないのだろう。韓国の場合は、そのことが表に出ている。しかし、日本では「平和国家」という美名のもとに隠蔽されている。日韓両国とも、アメリカの核兵器ーつまり核の傘の下にいることは同じであるということは、もう一度想起される必要がある。そのことを通じて、沖縄普天間基地問題もTPP参加問題も検討していくかねばならないだろう。

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