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2014年4月16日、仁川発済州島行きの清海鎮海運所属「セウォル号」が全羅南道珍島付近で転覆し沈没、そのために乗客・乗員476名のうち295名が死亡し、9名が行方不明となった。この「セウォル号」の転覆・沈没について、韓国では、予想外に発生した不幸な出来事という意味での「事故」ではなく、「事件」もしくは「惨事」にあたるのではないかといわれている。かなり以前から進められた船舶業の規制緩和・アウトソーシング化は、船舶改造や積載量や避難訓練などすべての面での安全管理を無視させ、「セウォル号」の転覆・沈没につながった。また、「セウォル号」の転覆・沈没の際に朴大統領自身が犯した初期対応の遅れとその後の救出作業における混乱は、助けられる人を助けられないという状況に陥ることになった。この状況を増幅させたのは、マスコミ各社の報道であり、政府発表をうのみにしつつ、重大な誤報をしたり、生存者や遺族の心を逆なでするような報道を行なった。本来、「交通事故」であったものが、「事件」もしくは「惨事」にかえられてしまったのだとされている。そして、「韓国人は生放送でセウォル号の沈没を目の当たりにし、国家の無能さと個人の無力さを同時に感じることになった」(歴史問題研究所・アジア民衆史研究会編『国際学術会議 新しい民衆史研究の方向を模索するために』、2015年2月、非売品)という感慨をうむことになった。

私の所属しているアジア民衆史研究会のメンバーは、国際学術会議の一環として、韓国の歴史問題研究所のメンバーとともに、2015年2月9日、「セウォル号」惨事において多数の高校生の犠牲者が出た京畿道安山市を訪問した。セウォル号の乗客・乗員総数は476名だが、そのうち済州島への修学旅行に向かっていた安山市の壇園高校(二年生)の生徒が325名、引率教師が14名をしめていた。この惨事において、高校生246名、引率教師9名が死亡し、その他高校生4名、引率教師2名が行方不明となっている。生存者は、高校生75名、引率教師3名にすぎない。四分の三が犠牲になったのである。なお、一般乗客は104名中71名、船員では23名中18名が生存している。生存者のほうが多いのだ。このことについては、「救助された学生たちによると、船が傾いていた状況でも、『その場にじっとしていなさい』という船内放送が流れていたという。間違った案内放送に、学生たちは素直に従い、結果、多くの学生が犠牲になった」(歴史問題研究所・アジア民衆史研究会前掲書)と指摘されている。

安山市において、セウォル号関係では、「セウォル号を記録する市民ネットワーク」が運営している「416記憶貯蔵所」、壇園高校、「セウォル号犠牲者合同焼香場」を訪れた。まず、気が付いたことは、これらの場所が近接しているということである。特に、「416記憶貯蔵所」と壇園高校は同じ「コジャン洞」に所在しており、歩いてすぐのところにあった。この周辺には同じようなデザインの集合住宅が多数建設されていた。安山市の都市化は1970年代以降の中小企業中心の産業団地形成を契機としており、この集合住宅もその一環ではないかと考えられる。話を聞いてみると、壇園高校の生徒は、この周辺に多く居住しているということだった。壇園高校の生徒は、地域の若者でもあったのである。そして、彼らを失ったことについて、単に彼らの家族やクラスメートだけではなく、地域の人びともまた悲しんだのである。

壇園高校周辺の集合住宅

壇園高校周辺の集合住宅

まず、「416記憶貯蔵所」にいった。この「416記憶貯蔵所」は、商店などが入居している2階建ての建物の中にある、さほど大きくはない事務所であった。なお、今後、倉庫などを確保するとのことであった。壁の一面には、遺品などが展示されているスペースがあり、もう一方には段ボールの箱が積み上げられていた。展示スペース側の写真をここに掲載する。この展示スペースに飾られている絵も、犠牲者の一人で、画家を目指していた高校生が描いていたものである。

「416貯蔵所」

「416貯蔵所」

この「416記憶貯蔵所」は「セウォル号」に関連する民間の記録センターであり、セウォル号遺族のための共同体運動を目指して」おり、「政府主導の公共記録とは区別され、市民中心の記録収集、管理、展示する役割を担っている」(歴史問題研究所・アジア民衆史研究会前掲書)とされている。「セウォル号を記録する市民ネットワーク」関係者の話によると、彼らが集めようとしている記録は三種類あるという。第一には、「セウォル号」惨事の真相究明に関連する記録である。遺族たちは政府に真相究明を求めており、その要望に一部そった形で、昨年11月7日、「4・16 セウォル号惨事真相究明及び安全社会建設等のための特別法」が制定された。しかし、特別法が制定されても、セウォル号を引き揚げる姿勢を見せないなど、現政権は真相究明を進めようとはしていない。そのため、遺族たちは、デモンストレーションのため光化門でのハンスト、安山から惨事現場の珍島まで徒歩行進、真相究明を求める署名集めなどを行なっている。第二には、遺族や市民がこの「惨事」にどう対応したかという記録である。その例として、「惨事」の際に、家族待機所が設けられ、そこで家族たちが寝泊まりしている際に使っていた布団をあげている。第三が、犠牲者たちの遺品である。

段ボールの箱をいくつかあけて、遺品類をみせてくれた。犠牲者である高校生自身が写った写真・プリクラなどもあったが、あまりにも生々しいので、衣服中心の遺品の写真をここで掲載しておく。なお、後ろに写っている段ボール箱の一つ一つに高校生一人一人の遺品が入っているという。遺品収集は、個々の家族にあって、話を聞きながらの作業であり、大変なものであるとのことだった。

「セウォル号」惨事によって犠牲者となった高校生の遺品

「セウォル号」惨事によって犠牲者となった高校生の遺品

食事をしてから、壇園高校に歩いて向かった。

壇園高校

壇園高校

前述したが、済州島への修学旅行に向かっていた壇園高校二年生が「セウォル号」惨事の犠牲になった。この二年生たちは10クラスに編成されていた。生き残った高校生たちは、とても今までの教室では授業が受けられないということで別の教室に移され、現在、事件当時の二年生の10教室が「惨事」当時のままに残されていた。この学年が卒業するまでは、そのままにするという。つまり、犠牲となった生徒・教師の机がそのまま残されているのである。そして、この10教室は、犠牲となった生徒・教師の追悼の場となった。次の写真をみてほしい。

壇園高校二年生の教室

壇園高校二年生の教室

この写真では1教室だけだが、10教室すべてがこのような情景なのである。1クラス10人も生き残ればいいほうで、1〜2人しか生き残ることができなかったクラスもあるという。犠牲となった生徒・教師の机には、花、お菓子、写真、メッセージなどがおびただしく供えられていた。よく、日本でも、交通事故や殺人事件などで犠牲となった子どもの死亡現場に花やお菓子などが供えられているのを目にするが、教室全体がそういう状況になっているのである。さらに、そういう教室が10もあるのだ。

それぞれの机を見ると、供物が画一的でないことに気付く。花もそれぞれ違っていたりする。あるところでは写真が供えられ、あるところではメッセージがあり、さらにはイラストが供えられ、本やノートが積み上っていたところもあった。これは、犠牲者となった高校生一人一人の関係性が反映しているのだと思う。犠牲になった高校生たちには、それぞれ、もちろん、親もいたし、部活や委員会などで、先輩・後輩もいただろう。それぞれ個性をもった高校生が200名以上犠牲となったのだ。

私は、全くハングルが読めないのであるが、ハングルを読める人にメッセージの内容を聞くと、多くが、親や友だちが「助けられなくてごめんなさい」と書いてあったとのことだった。

机の上だけでなく、黒板その他にも、追悼とおぼしいメッセージが書き込まれていた。黒板の上には、大韓民国の国旗が掲揚されている。しかし、大韓民国は彼らを救えなかったのだ。たぶん、これほどまでに「セウォル号」惨事の悲劇性を伝えるところはないだろう。「追悼」の場と表現したが、犠牲になった高校生たちと、生き残った高校生・家族たち双方の「鎮魂」の場とするのがふさわしい。

壇園高校を出て、私たちはセウォル号犠牲者合同焼香場に向かった。ここに向かう途中、「セウォル号を記憶する市民ネットワーク」関係者の方が、ある集合住宅を見ながら、こんな話をしてくれた。

ここにも生徒の一人(セウォル号惨事犠牲者)が住んでいた。

以前、彼の父親が私にこういった。
「この町を出たい。ここには、息子の思い出でいっぱいだ。どこへ行っても、息子のことを思い出してしまう。どうしてこの町にいられようか」。

私は怒った。
「あんたがこの町を出たら、だれが彼のことをおぼえているんだ」。

私たちは、親たち、彼の友だちたち30人で、泣きながら、笑いながら、彼の誕生会を行なった。

彼の両親は、この町から出ていかないと語った。

この方は、「ここで(安山市)、遺族の人たちが住み続けること、これも『セウォル号を記憶する市民ネットワーク』の目的の一つである」と強調していた。

そうした後、大きな公園のなかにある、セウォル号犠牲者合同焼香場に到着した。ここは、政府の「公式」な追悼所である。2014年4月29日、朴大統領がこの場を訪問した際、慰問の言葉をかけた女性が遺族でなかったことが発覚し、物議を醸すことになった場所でもある。この焼香場は、仮設ではあるが、体育館ほどもある空間である。内部撮影は許されなかったが、行方不明者も含めて約300名の犠牲者の写真が掲げられ、真ん中に「焼香場」があった。「416記憶貯蔵所」の遺品や壇園高校の生徒・教師それぞれの机は、犠牲者たち一人一人が個性をもった存在として確実に生きていたことをうかがい知ることができた。しかし、セウォル号犠牲者合同焼香場では、この惨事の規模がいかに大きかったことを知ることはできるのだが、犠牲者それぞれの個性は「マス」の中に埋没してしまっているような印象を受けた。合同焼香場の係員の儀礼的な対応もあいまって、私的な「記憶」と公的な「追悼」の違いに気付かされたのである。

セウォル号犠牲者合同焼香場

セウォル号犠牲者合同焼香場

しかし、いわば政府の「セウォル号犠牲者合同焼香場」の中でも、「セウォル号を記録する市民ネットワーク」関係者は独自の活動を続けていた。全国規模で4.16セウォル号惨事の真相追求を求める署名が集められているが、「セウォル号犠牲者合同焼香場」内部でも、同署名を集めることを認めさせていたのだ。また、この合同焼香場のテリトリーの中にいくつかプレハブの事務所があり、そこでも「セウォル号を記録する市民ネットワーク」関係者は、政府側と対峙しながら、活動していた。前述の特別法制定を求める署名をこのプレハブの中に収蔵してもいた。この事務所の中で、「セウォル号を記録する市民ネットワーク」の運動がいまどのような状態であるかを話してもらった。いわば「公的な慰霊空間」を占拠して自主的な活動の場を形成しようとしているという印象を受けたのである。

合同焼香場内の「セウォル号を記録する市民ネットワーク」側の活動拠点

合同焼香場内の「セウォル号を記録する市民ネットワーク」側の活動拠点

さらに、「セウォル号を記録する市民ネットワーク」側は、この場所に、犠牲になった高校生たちの母親が縫物などをしてセラピーする場を設けていた。犠牲になった高校生の母親が手作りしたバッチをいただいたので、ここで紹介しておこう。「416」という数字と「花」が刺繍されている。このバッチも「鎮魂」の意味をもっているのである。

犠牲者の母親が手作りしたバッチ

犠牲者の母親が手作りしたバッチ

最後に「セウォル号を記録する市民ネットワーク」の関係者の方がこういった。「記録の勝利者こそ、最後の勝利者である」と。

安山市を訪問し、単に一市民というだけでなく、歴史を研究してきた者として、さまざまな感慨をもった。セウォル号惨事がなぜ起きたのか、その際、国家やマスコミがどのように対応したのか、この事実過程を実証的に追求し、責任の所在をあきらかにしながら、その後の社会運営につなげていくということは、実証主義的歴史研究の課題である。しかし、一方で、政治の課題でもある。政権やマスコミ側の隠蔽工作などを排除しながら、可能な限り記録に基づいて、実証的に、合理的に、客観的に、セウォル号惨事の事実過程を分析するということは、実証主義的な科学ー学術の問題でもあるが、政治ー社会運動の問題でもあるのだ。前述した、「記録の勝利者こそ、最後の勝利者である」という言葉は、そういう意味で使われているのだと思う。

しかし、この実証的、客観的に、事実過程を分析するという、実証主義的歴史研究ー政治の課題は、他方で、犠牲になった高校生たちと、彼らを失ってしまった、生き残った高校生たち、家族たち、地域の人びとを「鎮魂」するという課題と結びついていることを忘れてはならない。「セウォル号を記録する市民ネットワーク」関係者たちの人びとは、真相追求を求める運動について述べながら、はしばしで「犠牲になったこの子たちを忘れないでください」と語りかけていた。犠牲者を追悼し、記憶するということ、そして、そのことに歴史的な意味を付与していくということは、犠牲者たちを「鎮魂」するとともに、生き残った人びとの心を癒していくということでもある。他方で、犠牲者たちのかけがえのない生に思いをいたすということは、そのような犠牲を強いた者たちの所業を実証的に追及するモチベーションを高めていくことになるのだ。

セウォル号惨事に限らず、大きな歴史的出来事ー8.15でも、3.11でもよいがーには、犠牲者ではないとしてもその出来事で人生を変えられてしまった多くの直接的な当事者たちが存在していた。彼らそれぞれの個性は、本来「マス」に回収できないものなのだ。そして、彼らの人生だけではなく、家族・友人・地域など、彼らをとりまく人びとの人生もまた存在している。大きな歴史的出来事を事後的に叙述する際に無視される、これらの人びと、これらの民衆たちの思いを含めて、広義の意味での「歴史」は存在している。そして、それは、事実過程を実証的に追及する営為の原動力にもなっていくといえよう。たぶん、これが、歴史的出来事をめぐる「歴史意識」形成の初発にあることなのだと考える。

翻って、現代の日本社会はどうだろう。もちろん、こういう意識は存在しているだろう。しかし、こういう意識をかき消すように、出来事を忘れさせ、なかったことのようにすべきだという主張が声高になされている。産経新聞は2月2日に配信したネット記事『【西論】「“中韓に期待”外交」の愚…日本の「行くべき道」は神話に学ぼう』で、次のように主張している。

 「水に流す」という日本人の知恵もここ(黄泉から帰還したイザナギの禊ー引用者注)から生まれた。災いや恨みごとに区切りをつけ、生まれ変わったような清新な心と体で、新たな月日を迎える。

 再生の知恵は、日本人の潔さを生んだ。好例は昨年、御嶽山の行方不明者捜索を秋の深まりとともに打ち切った際の家族の対応だろう。慰霊の花束をささげ、春に迎えに来ると誓い、警察や消防、自衛隊などの捜索隊に深い謝意を示して下山した。寝泊まりしていた公共施設にこれ以上迷惑をかけたくなかった、と言う家族もいた。

 これがお隣の国、韓国ならどうだろうかと考える。旅客船セウォル号の沈没事故で、行方不明者の捜索中止が決まったのが約7カ月後の昨年11月。行方不明者9人の家族は抗議し、待機場所の体育館で寝泊まりを続けた。地元から明け渡しを求める声が出ているにもかかわらず、である。「怨」のお国柄そのものの反応だった。
http://www.sankei.com/west/news/150129/wst1501290008-n1.html

そもそも、天災と人災を比べることがどうかとも思うが…。ここでの問題は、悲しみ、追悼、真相追及、責任の所在、今後への課題など、「歴史」意識の源流になりえるだろうことを、すべて「水に流し」、なかったことにすべきだという産経の主張である。そして、そのような主張を、記紀という「神話的歴史」によって正当化している。ここでは「公共施設にこれ以上迷惑をかけたくなかった」という同調意識が称揚されている。そして、多くの責任問題ー植民地、戦争、福島第一原発事故、「イスラム国」人質殺害などーがないがしろのままにされているのだ。

*ほとんど知らないことばかりで、メモをとらずに記憶のみで書いているので、事実誤認などもあるかもしれない。もしあれば、折々に訂正していきたい。
*犠牲者などのプライバシーを考慮し、遺影やメッセージを直接写した写真の掲載は遠慮した。ただ、その上で、「鎮魂」の雰囲気を伝えるために、必要最低限度と思われる写真を掲載させていただいた。

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さて、先週末の8月15日夕方、久しぶりに首都圏反原発連合主催の金曜官邸前抗議に参加した。ただ、金曜官邸前抗議といっても、実質は狭義の官邸前抗議と、国会前のスピーチエリアと、同じく国会前であるがパーフォーマンス色のある希望のエリアと三カ所で実施されている。8月15日は、スピーチエリアは休止していた。結局、私自身は希望のエリアにいった。

パーフォーマンス色が強いと指摘した希望のエリアだが、それは他と比較してということであって、実質はコール・スピーチが多い。他のエリアについてはよく知らないが、この希望のエリアでは、スピーチは参加者が自由に申し出て、申し出順にすることになっている。もちろん、内容は、基本的に反原発に限定されている。だが、最近は、スピーチの多くが常連でしめられるようになってきていた。

しかし、この日は、金曜官邸前抗議では全く聞いたことのないスピーチが行われた。あまり見たことがない男性が、「脱原発」は現在のところやめるべきだというスピーチを行ったのだ。

簡単に、その内容を説明しておこう。彼は、まず、東芝が作り出したフラッシュメモリは、現在、韓国のサムスンにシェアをとられていると語り出した。そして、原発も同じだというのである。日本が原発を放棄すれば、韓国や中国に市場をとられてしまうので、日本が原発を凌駕する新しい技術などを開発するまで、原発を放棄することはできないというのである。簡単にまとめるとこうなるのだが、このことを繰り返し主張していた。

彼は、ヤジは歓迎するといっていたが、希望のエリアの参加者は、私も含めて、最初は唖然として声も出さないで聞いていた。しかし、だんだん、このスピーチに反対するヤジが増えて来た。ヤジが多くなった時点で、彼はスピーチを中止した。たぶん、彼のシナリオでは「理性的に脱「脱原発」を主張したが、暴力的なヤジによって中止せざるをえなくなった」と構想していたのであろう。希望のエリアの司会者である紫野明日香氏は「差別はダメです」などとコメントしていた。

私は(たぶん多くの人がそうだろうが)、日本だけでなく世界全体で核技術(軍事・平和両面とも)から脱却していくべきだと考える。その意味で、韓国・中国の核技術も同じである。

その上で、私自身、このスピーチを聞いてまず感じたのは「嫌韓・反中」が脱・脱原発の論拠になるのかという驚きだった。今まで、原発を存続する理由として、電力不足、経済的打撃、原発輸出市場の喪失(これは、ある程度重なっているが、中・韓を露骨に明示したものではない)、廃炉のための技術継承、立地地域振興などが議論されているが、いずれも日本社会が原発を廃止することで何らかの損失を蒙るということであった。しかし、ここで、議論されているのは、中・韓に原発市場をとられてしまうからという話であって、現実的な損失を問題にしていないのだ。結局、中国・韓国にいかなる分野でも先に行くことを許さないというだけの話なのである。現在、反原発が世論の中心となったのは、福島第一原発事故における危機に直面し、その危機を繰り返してはならないということなのである。しかし、このスピーチでは、中国・韓国の存在に直面していることこそが「危機」なのであって、原発問題もその対抗のなかのファクターにすぎないのだろう。

ある意味で、何を「危機」と感じるか、ということが問題なのである。福島第一原発における放射性物質による被害は、今の所目に見えるものではない。「目に見えぬ危機」である。そして、現実に対応することが困難だ。他方で、中国・韓国についても、実際上は国境線の島の帰属や歴史認識をめぐるものであって、「目に見える危機」とはいえない。それでも、相手があることだから、こちらがアクションすれば、そのリアクションはある。その応酬が本当の危機を呼び寄せてしまうことになるのだが、それでも、一定の対応をしているかに錯覚してしまう。いわば、福島第一原発事故の危機からくるストレスを、中国・韓国の「脅威」に「対応」することによって解消しているようにみえる。

そもそも、日本には、中国・韓国にとられてしまうような原発技術があるのかとも思う。日本で実際に稼働している原発は、結局、アメリカの技術でつくられたものであり、日本の技術ではない。福島第一原発事故では、非常用ディーゼル発電機が低地に所在したり、緊急対応時の操作に熟知していないことなども事故の要因となっているが、それは、アメリカ側が設計したということに起因している。科学技術庁を中心に日本で独自開発された技術は、再処理工場にせよ、もんじゅにせよ、実用化には失敗している。技術自体に国境はないと思うが、あえてそういう言い方をすれば、アメリカの技術をコピーしているにすぎない。そして、福島第一原発の現在の管理をみているかぎり、日本側は、アメリカのマニュアルにないことを新たに開発する技術を持ち得ていないようにみえる。このことは、アメリカに従属しつつ、経済大国として世界で大きな顔をしてきた戦後日本の戯画といえるだろう。

さて、あのスピーチで初めて知ったことは、東芝が開発したフラッシュメモリの市場が現在韓国のサムスンに奪われているということであった。Wikipediaなどをみると、それは真実のことのようである。しかし、より正確に言うと、東芝社員であった舛岡富士雄が開発したものであった。開発者の舛岡は次のように語っている。

私は、米国の物真似だけでなく、独自技術で勝負すべきだと上司に言い続けましたが、まるで取り上げられませんでした。そこで自らフラッシュメモリーの特許を30本近く書きました。工場では作業が許されないので、帰宅後や休日を利用して書いたのです。会社の施設や設備は一切使わず、使ったのは自分の頭だけ。発明に対する貢献度に限って言えば、会社側はゼロです。そうして生まれた発明に対して、会社の態度は冷淡で、安易に米国のインテルや韓国のサムスン電子にライセンスを供与したため、両社の先行を許してしまいました。
http://www.lec-jp.com/h-bunka/item/v240/pdf/200406_20.pdf

舛岡が独自開発した技術について東芝は冷淡で、インテルやサムスンにその技術を供与してしまったとしているのである。そうであるならば、サムスンに市場制覇を許したということは、東芝の自業自得であろう。

そして、舛岡の処遇についても、東芝は相応のことをしてこなかった。Wikipediaにおける舛岡富士雄の項目から一部抜粋しておこう。

研究を続けるため東芝を退社~その後
その後、東芝は舛岡を地位こそ研究所長に次ぐが、研究費も部下も付かない技監(舛岡曰く窓際族)になるよう、会社から何度も要請された。研究を続けたかった舛岡は、何とか研究を続けられるよう懇願したが受け入れられず、1994年に東芝を退社した[2]。
その後、東北大学大学院や、退官後に就任した日本ユニサンティスエレクトロニクス等で、フラッシュメモリの容量を10倍に増やす技術や、三次元構造のトランジスタ(Surrounding Gate Transistor)など、現在も研究者として精力的に研究活動を行っている。
裁判
舛岡は自身が発明したフラッシュメモリの特許で、東芝が得た少なくとも200億円の利益うち、発明者の貢献度を20%と算定。本来受け取るべき相当の対価を40億円として、その一部の10億円の支払いを求めて2004年3月2日に東芝を相手取り、東京地裁に訴えを起こした。2006年7月27日に東芝との和解が成立、東芝側は舛岡氏に対し8700万円を支払うこととなった。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%88%9B%E5%B2%A1%E5%AF%8C%E5%A3%AB%E9%9B%84

つまり、東芝は処遇でも報酬でも、舛岡の望むような待遇を与えてこなかったのである。結局、舛岡は東芝をやめ、その上で裁判に訴えて、ようやく報酬を部分的にではあるが受け取ることができたのである。

このフラッシュメモリをめぐる東芝と舛岡富士雄の話は、資本側と社員ー労働者の立場が一致しないことをしめしている。日本国籍の資本のために都合のよいことは、決してその社員たちに都合のよいことではないのだ。そう考えると、このフラッシュメモリの話は、スピーチの前提としている「日本資本と日本人は一体」ということが成り立たない事例ではないだろうか。

久しぶりに「脱・脱原発」のスピーチを聞いて、いろいろ考えてみた。そう思い込んでいる人びとに違うということを説得するのは難しい。しかし、論拠に遡って考えると、やはり、その論自体が成り立っていないと思うのである。

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安倍晋三首相が、4月29日、欧州歴訪に出発した。そのことを伝える朝日新聞のネット配信記事を下記に掲載しておく。

安倍首相、ドイツに到着 欧州歴訪、EPAなど協議
小野甲太郎 小野甲太郎2014年4月29日17時36分

 安倍晋三首相は29日午後、ドイツ、英国、ポルトガル、スペイン、フランス、ベルギーの欧州6カ国訪問のため、政府専用機で羽田空港を出発し、同日夕(日本時間30日未明)、最初の訪問地ドイツ・ベルリンに到着した。30日昼(日本時間同日夜)にメルケル独首相と会談する。

 首相は出発に先立ち羽田空港で記者団に、「日本と価値観を共有する欧州との関係を強化し、日本の発信力を強化していきたい」と語った。

 首相は訪問先の各国首脳や、経済連携協定(EPA)交渉を進める欧州連合(EU)首脳と会談する。ロンドンの金融街シティーのギルドホールで演説するほか、経済協力開発機構(OECD)閣僚理事会では議長国として基調講演。北大西洋条約機構(NATO)理事会でも演説する。主要7カ国(G7)メンバーの各国首脳とはウクライナ情勢への対応も話し合う予定だ。(小野甲太郎)
http://www.asahi.com/articles/ASG4Y4J60G4YUTFK003.html?iref=com_alist_6_03

このニュースを聞いて気になったのは、出発直前に安倍首相が語った「日本と価値観を共有する欧州との関係を強化し、日本の発信力を強化していきたい」というフレーズである。さてはて、日本と欧州は、価値観を共有しているのだろうか。

例えば、2012年4月、まだ野党であった自由民主党が出した日本国憲法改正案を説明した「日本国憲法改正案Q&A」増補版において、自由民主党は基本的人権における改正の意味について、次のように説明している。

また、権利は、共同体の歴史、伝統、文化の中で徐々に生成されてきたものです。したがって、人権規定も、我が国の歴史、文化、伝統を踏まえたものであることも必要だと考えます。現行憲法の規定の中には、西欧の天賦人権説に基づいて規定されていると思われるものが散見されることから、こうした規定は改める必要があると考えました。
例えば、憲法 11 条の「基本的人権は、……現在及び将来の国民に与へられる」という規定は、「基本的人権は侵すことのできない永久の権利である」と改めました。
https://www.jimin.jp/policy/pamphlet/pdf/kenpou_qa.pdf

つまり、改憲案では、明確に「西欧の天賦人権説」を排除しているのである。憲法における基本的人権という最も根幹に存在する「価値観」において、自民党は「欧州」とはあえて異なった見解をもっている。そして、この自民党が中心になって組織されたのが、安倍政権にほかならないのである。

このように考えてみると、自民党ー安倍政権は、欧州との関係において、重大なアポリアをかかえているといえる。安倍首相としては、「日本の発信力を強化」するという一点で、欧州諸国との間では「価値観の共通」を強調しなくてはならない。しかし、「欧州との価値観の共通」を強調することは、憲法改正案で表出された自身の「価値観」を否定することにつながってくる。ある意味で、必然的に「自虐」が必要となってくるのである。他方で、すでに憲法改正案は公表されているのであって、欧州諸国の観察者においても、よく注視するならば、安倍政権の「価値観」における二重基準をみてとることができよう。それゆえ、どのように価値観の共通を安倍首相が強調しても、心からの信頼を得ることは難しくなるだろう。

しかし、安倍政権としては、アジアの隣国である中国・韓国に対抗している以上、欧米との連携を強めることにつとめざるをえない。結局、現代における「脱亜入欧」をはからなくてはならないのである。そして、このように「脱亜入欧」の立場をとることが、経済的な優越性を喪失した日本が、アジアにおける「大国」としての立場を保ちつづけるために必要とされていると、安倍政権はみているだろう。このように、「脱亜入欧」しているという意識があるがゆえに、中国・韓国などのアジア地域の人々に対する優越感を維持していけると認識していると考えられる。

だが、この戦略は、現在でも長期的に適用できるものなのだろうか。例えば、安倍晋三の祖父岸信介が首相をつとめていた冷戦期ならば、核戦争の恐怖の下、「社会主義圏」に対抗するという名目で、どれほど自由のない独裁国家でも価値観を共通する「自由主義圏」の一員として遇されることはありえただろう。しかし、「社会主義圏」が崩壊したポスト冷戦期の現在、いくら、中国の台頭に多くの諸国が警戒感をもつといっても、それだけで「価値観」を共通するというわけにはいかないのである。

「天賦人権」を西欧起源であるとして否定する価値観をもつ自由民主党が基盤となって成立している安倍政権が、「欧州と共通の価値観」を有していると強弁し、自身の価値観について「自虐」しつつ、欧州諸国を外遊するという不条理。近代初頭に「脱亜論」を提唱した福沢諭吉は、「天賦人権論」を主張した一人でもあった。もちろん、「脱亜論」自体を批判すべきであるが、福沢は「欧州の価値観」を積極的に日本社会において啓蒙していたことも忘れてならないだろう。安倍首相は、欧州から何を学んでくるのだろうか。安倍は全く自覚していないと思うが、彼の「脱亜入欧」論は、もはや、福沢諭吉の時代の「脱亜入欧」論の戯画としてしかみることができないのである。そして、この「戯画」こそが、現代日本の真の鏡像といえよう。さらにいえば、「脱亜入欧」それ自体の終わりを予兆しているとも考えられるのである。

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さて、また、12月26日の安倍首相の靖国神社参拝についてみておこう。前回のブログでは次のように述べた。靖国神社への首相の参拝については、憲法上の政教分離原則に抵触することや、靖国神社が国家によって国民が戦争にいかさせることを美化するなどいろいろな問題があるが、現状においてもっとも問題になることは、日本を戦争に導いていったとみなされ、極東国際軍事裁判において、A級戦犯として認定されて、処刑もしくは獄死した戦争指導者たちが合祀されており、そのような靖国神社への首相参拝は戦前の日本軍国主義を顕彰しているとみなされることであった。そのことを明確に批判しているのが中国政府であるが、日本国内でもそのような批判があり、昭和天皇はA級戦犯合祀を認識してから「平和」意識にかけているとして靖国参拝はしておらず、現天皇も踏襲している。しかし、安倍晋三は、戦争指導者たちと一般国民を「一体化」してとらえ、たぶん、中国・韓国から批判されることを念頭に置いた上で、靖国神社に参拝することで、現在の国民と安倍政権の一体化をはかろうとしたとみることができよう。そして、安倍個人にとっては、A級戦犯であった自らの祖父岸信介の名誉を回復する営為でもあった。なお、前回のブログでは書き落としたが、安倍首相にとっては、特定秘密保護法強行成立で下落した自らの支持率を回復することも期待していたといえる。

安倍首相にとって、中国・韓国からの批判は、もちろん「想定内」のことであった。むしろ、中国・韓国から批判されることで、日本国民のナショナリズムを高揚させようと考えていたと思われる。しかし、これらの国だけではなく、アメリカも、靖国参拝に「失望」の意を表明した。まず、「失望」を示した、アメリカ大使館声明をみておこう。

安倍首相の靖国神社参拝(12月26日)についての声明

*下記の日本語文書は参考のための仮翻訳で、正文は英文です。

2013年12月26日

 日本は大切な同盟国であり、友好国である。しかしながら、日本の指導者が近隣諸国との緊張を悪化させるような行動を取ったことに、米国政府は失望している。

 米国は、日本と近隣諸国が過去からの微妙な問題に対応する建設的な方策を見いだし、関係を改善させ、地域の平和と安定という共通の目標を発展させるための協力を推進することを希望する。

 米国は、首相の過去への反省と日本の平和への決意を再確認する表現に注目する。http://japanese.japan.usembassy.gov/j/p/tpj-20131226-01.html

この声明は、最初、アメリカ大使館声明として出されたが、その後、同じ内容で国務省声明で出された。格上げされたといえるだろう。その内容は、なかなか微妙である。まず、冒頭で日本が同盟国であることを強調しながら、靖国参拝については日本の指導者が「近隣諸国との緊張を悪化させるような行動」とし、「米国政府は失望している」と述べている。そして、日本と近隣諸国(つまりは、中国・韓国など)にともに、過去の歴史問題に対する建設的方策を見いだし、関係を改善し、地域の平和と安定という共通の目標を達成するために協力することを呼びかけている。日本だけではなく、中国・韓国などにもよびかけているというのがミソである。緊張悪化につながる靖国参拝には「失望」しているが、歴史問題を解決し、地域の平和と安定は、日本だけではなく、中国・韓国などの課題としている。さらに、最後に「米国は、首相の過去への反省と日本の平和への決意を再確認する表現に注目する」と述べている。これは、靖国参拝にあたり安倍首相が発表した談話に「日本は、二度と戦争を起こしてはならない。私は、過去への痛切な反省の上に立って、そう考えています」としているところを評価しているといえる。ただ、この談話において、確かに「平和への決意」は他でも述べられているが、「反省」とみられる文言はここにしかなく、アメリカ大使館もかなり苦労していることと思われる。

とりあえず、かなり気を使って、一方的にならないようにアメリカ政府が努力しているとはいえる。しかし、それでも、首相の靖国参拝について、アメリカ政府は近隣諸国との緊張を高めるという意味で「失望」と表現したのである。

靖国参拝について、それまでアメリカ政府はコメントしたことはなかった。今回が初めてである。その背景について、共同通信は次のように報道している。

【首相靖国参拝】 「失望」の裏に憤り 米、参拝静観に決別 

 近隣諸国との緊張を悪化させるような行動を取ったことに失望している―。米政府が26日、安倍晋三首相の靖国神社参拝を批判する声明を発表、日中韓の緊張緩和に向けた仲介努力を台無しにされたことに憤りをにじませた。中国が東シナ海上空に防空識別圏を設定したことを直ちに非難し、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設前進へ安倍政権と二人三脚で取り組んできた米政府に何が起きたのか。
 ▽首相の不満
 「これだけ靖国参拝を我慢しているのに、中韓は対話を拒否している。首相は不満を募らせている」。今秋訪米した日本政府高官はこう漏らしていた。
 しかし東アジアの安定のためには、日韓、日中関係の悪化は望ましくないというのが米政府の基本的立場だ。首相の靖国参拝は同盟国指導者の行動でもあり、小泉政権時代は直接の批判を避けてきた。今回の声明内容はもちろん、声明を出したこと自体も従来と比べて一歩踏み込んだ厳しい対応といえる。
 米当局者によると、声明の表現としては「遺憾」や「懸念」も上がったが、日本側に明確なメッセージを送る必要があると判断し「失望」に落ち着いた。声明を出さないという議論はなかったようだ。

 ▽政権の違い
 「失望という言葉は予想していなかった」と語る日本政府筋は、小泉政権時代との対応の差を米政権の違いに求める。同盟国重視とされる共和党のブッシュ前政権であれば、今回のような声明は出さなかったとの見方だ。
 声明を「完全な間違い」と批判するシンクタンク、アメリカン・エンタープライズ研究所のオースリン日本研究部長は「日本を批判するべきではない。米国は中国の味方と受け止められる」と指摘する。
 しかし、安全保障問題に詳しい米民主党関係者は、防空圏や沖縄県・尖閣諸島をめぐる日中対立など東アジア情勢の緊迫化を指摘、ブッシュ政権時代と同じように論じるのは無理があると反論する。「共和党政権でも民主党政権でも変わらないだろう。事態を一層悪化させる動きには強く反応せざるを得ない」
 ▽はしごを外す
 オバマ政権が衝撃を受けたのは、今月上旬にアジアを歴訪したバイデン副大統領が、日中韓首脳に関係改善を求め「一定の成功を収めたという認識があった」(日米関係筋)からだ。
 特に韓国の 朴槿恵 (パク・クネ) 大統領に対し、バイデン氏は日本との関係修復を迫っただけに、オバマ政権内では安倍首相に「はしごを外された」との憤りが生まれたようだ。
 年末休暇でひっそりしている首都ワシントンで、日本政府関係者は靖国参拝に関する各方面への説明に追われている。安倍首相に付けられる「ナショナリスト」という枕ことばも当面消せなくなった。来年は日本外交にとって波乱の1年になりそうだ。(ワシントン共同=有田司)
(共同通信)
2013/12/29 17:48
http://www.47news.jp/47topics/e/248975.php

この記事によれば、アメリカの対アジア政策の基調は本地域の安定であり、そのためには、日中・日韓関係の悪化はもっとも避けなければならないとしている。そして、今月上旬に日中韓諸国を訪問したバイデン副大統領はそれぞれに関係改善を求めたのだが、今回の参拝は「はしごを外された」ものとして、憤りが生まれたとしているのである。

アメリカ政府は、それ以前から、靖国首相参拝はさけるべきだというメッセージを発していた。例えば、NHKは次のように12月26日に報道している。

ことし10月に日米の外務・防衛の閣僚協議が東京で行われた際には、ケリー国務長官とヘーゲル国防長官がそろって、千鳥ヶ淵の戦没者墓苑を訪れ、花をささげました。
アメリカで、戦没者を埋葬するアーリントン国立墓地に当たる日本の施設は、千鳥ヶ淵の戦没者墓苑だと位置づけることで、安倍総理大臣に靖国神社への参拝を自粛するよう求めるメッセージを送るねらいがあったものとみられます。http://www3.nhk.or.jp/news/html/20131226/k10014135741000.html

婉曲な形で、戦歿者追悼について、靖国神社は不適当であると暗示していたといえよう。

それでは、安倍政権はどのような認識を持っていたか。朝日新聞朝刊(12月27日付)は「参拝日は、この日しかなかった。首相は25日、沖縄県の仲井真弘多知事と会談し、最後の懸案だった普天間問題が節目を越えた。米国は政権の努力を買っており、『参拝ショック』も和らぐと読んだ。26日は政権発足から1年の節目で、対外的に説明もついた」と報じている。結局、普天間基地の辺野古移転と首相靖国参拝がバーターされた形になっており、このこと自体が問題だが、基地問題で最大限の便宜をはかれば、アメリカは強く批判しないと思っていたらしい。

そして、「失望」が表明されても、首相周辺はそれほど深刻には受け止めようとはしていない。朝日新聞朝刊(12月28日付)では、「首相周辺は米国の批判を当初、『在日米国大使館レベルの報道発表だ』。その後、国務省が同様の談話を発表すると、政府高官は『別の言葉から『失望』に弱めたと聞いている』と語った。官邸から外務省には『参拝で外交に悪影響が出ると記者に漏らすな』と伝えられたという」と述べている。また、「『誤解』との表現で自らの参拝の正当性を訴えた首相に対し、米国の反応は『失望』だったが、首相周辺の危機感は薄い。政権幹部は『米国はクリスマス休暇中だし、言葉を練れていなかったのではないか」と分析。側近の一人は『米国は同盟国なのにどうかしている。中国がいい気になるだけだ』と不満を漏らした」と報道している。結局、ほとんどまともに認識しようとせず、さらに、悪影響を隠蔽し、逆ギレしている始末である。ここまでくると「裸の王様」としかいえないだろう。

もちろん、政権内部でも困惑の声がある。前述の朝日新聞は、次のように報道している。

 

ただ、政権の足元では、懸念の声が強まり始めている。外務省幹部は「『失望』という表現はショックだ。米国との間にすきま風が吹くと中国、韓国、北朝鮮が日本に強く出てくる」と指摘した。
 日米のきしみは、普天間問題にも影を落とした。…(普天間基地問題で日本政府の営為をアメリカが評価しているとした上で)だが、靖国参拝で効果は相殺される結果になった。政府関係者は27日、こう嘆いた。「靖国参拝のおかげで沖縄がかすんでしまった。歴史的な進展なのに」

結局、現実には悪影響はさけられず、普天間問題の「進展」さえ、免罪符にはならなかったのである。

そして、このアメリカ政府の「失望」表明に続いて、ロシアは「遺憾」の意を表明し、EUも緊張緩和や関係改善に寄与しないと指摘し、国連事務総長も「遺憾」であるとした。今まで、靖国参拝にコメントを出してこなかったような国なども批判的コメントを発表したのである。そして、欧米を中心に、外国の諸新聞もおおむね批判的な報道を行っているにいたっている。

アメリカ政府の「失望」声明に「同盟国」としての日本の立場への配慮があり、そのことからみても、短期的には日本はアメリカの「同盟国」としてのあつかいを受けるであろう。しかし、最早、中国・韓国という「近隣諸国」からだけでなく、国連を含めた世界各国から安倍政権は警戒されるにいたった。安倍政権としては、アメリカに従属した形で「戦後政治の総決算」をすすめていこうとするだろうが、長期的にいえば、祖父岸信介が首相を務めていた冷戦期と違って、アメリカが一方的に日本の「安全」を「保障」するいわれはないのである。その当時、アメリカは中国・ソ連などの共産圏と対抗しており、それに協力するならば、アメリカは独裁国家でも「同盟」していた。日本で岸のようなA級戦犯を含む戦前の支配層が復権し、さらに自衛隊が保有できたのは冷戦による国際秩序があったためである。今や、冷戦はなく、アメリカにとって、中国やロシアは、無条件に対抗する存在ではなくなった。もちろん、それぞれ「懸念」しなくてならないことはあるが、むしろ「協調」して現在の国際秩序を維持しようとする志向が強いだろう。そのような中、靖国神社参拝は、アジア諸国からだけでなく、アメリカを含めた国際社会全体から「孤立」化をまねくことになるのだ。しかし、安倍晋三首相は、そのことに目をつぶり、「裸の王様」となっているのである。

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2013年12月26日、安倍晋三首相が靖国神社を参拝した。中国・韓国が激しく反発しただけではなく、アメリカも「失望」を表明し、EU・ロシアや国連事務総長報道官も懸念を表明するように、日本の外交的孤立を招くことになった。

靖国神社参拝には、憲法の政教分離原則についての侵犯、さらに戦争で死んだ軍人・軍属を神として祀ることで、戦争によって死ぬということを美化しているのではないかなど、さまざまな問題がある。ただ、、現状において、中国・韓国などより批判にされていることは、日本をアジア太平洋戦争開戦に導き、戦後、「平和に対する罪」などで、極東国際軍事裁判で裁判され、死刑もしくは獄中死した東条英機などのA級戦犯が合祀され、彼らも神として参拝しているということである。

さて、どのような論理で批判しているのか。例えば、中国側の批判をみてみよう。2006年12月11日、王毅駐日中国大使(当時)は、新華社「環球」誌の年末インタビューにおいて、安倍晋三首相(第一次)が、靖国神社参拝をとりやめ、日中首脳会談を実現したことを評価しつつ、靖国神社参拝問題について、次のように述べている。

周知のように、戦後中日関係が再び発展できた政治的基礎は、日本政府が戦争の侵略的性格とその責任を認め、この歴史に正しく対処することである。だがA級戦犯はかつての日本軍国主義の責任者の象徴であり、A級戦犯を美化または肯定する言動にも、中国人民はどうしても同意できないし、アジア各国と国際社会としても受け入れ難い。
http://www.china-embassy.or.jp/jpn/zrgxs/t284043.htm

まず、みなくてはならないのは、とりあえず、靖国神社に首相が参拝することを問題にしているわけではないことである。中国側からいえば、A級戦犯は日本軍国主義の責任者の象徴であり、靖国神社への参拝は、彼らを美化することなのである。つまり、A級戦犯が靖国神社に合祀されていることが問題なのである。

実は、A級戦犯合祀は、戦後すぐからではない。1978年からである。それ以前は、あまり問題とされず、首相や昭和天皇も参拝していた。しかし、A級戦犯合祀は、昭和天皇に不快感を与えることとなり、以来、昭和天皇も現天皇も靖国神社参拝をとりやめた。元宮内庁長官である富田朝彦が、1988年4月28日にかきとめた昭和天皇の言葉が残っている。

私は或る時に、A級が合祀され
その上 松岡、白取までもが
筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが
松平の子の今の宮司がどう考えたのか
易々と
松平は平和に強い考えがあったと思うのに
親の心子知らずと思っている
だから 私あれ以来参拝していない
それが私の心だ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%8C%E7%94%B0%E3%83%A1%E3%83%A2

文中であげられている「松岡」は松岡洋右元外相、「白取」は白鳥敏夫元駐イタリア大使、「筑波」は元靖国神社宮司筑波藤麿、「松平の子」は松平慶民(元宮内相)の子で靖国神社宮司であった松平永芳とみられる。つまり、筑波藤麿宮司はA級戦犯合祀をさしとめていたのに、松平永芳宮司は合祀を認めてしまったことに憤り、それ以来参拝していないことを「私の心」としているのである。

その上で、父親の松平慶民には「平和に強い考え」があったのに、その心を子どもは受け継がず、「親の心子知らず」と評しているのである。

この昭和天皇の発言は微妙である。結局、極東国際軍事裁判では裁かれることはなかったが、国内外に昭和天皇の戦争責任をとう声は、戦争直後もあったし、今でも存在している。それらに対して、昭和天皇は、自身の戦争責任を否定した。しかし、昭和天皇からみても、戦争を指導していたA級戦犯たちは、靖国神社でまつるべき存在ではなかったのである。そして、その判断の基軸になったのは、「平和」なのであった。昭和天皇なりの「戦後」への適応がここにはみられるといえよう。実は、このような姿勢は、中国などの批判とも相通じているだろう。

考えてみれば、当たり前のことだが、国家の命令により戦争にいって命を落とした人びとと、そのような命令を出した指導者たちがその罪をとわれて死ぬことは、同じではないのである。もちろん、戦死者の多くは軍人であって、その営為により犠牲者が出ており、さらには命令を出していた将校たちも含まれるので微妙であるのだが。それでも、権力をもっている統治者と、それに従うしかない被統治者は、同じ立場ではないのだ。

さて、それでは、安倍晋三自身は、どのように自身を弁明しているのか。12月26日に出した談話全文を、時事通信のネット記事からみておこう。

靖国神社参拝に関する安倍晋三首相の談話全文は次の通り。
 本日、靖国神社に参拝し、国のために戦い、尊い命を犠牲にされたご英霊に対して、哀悼の誠をささげるとともに、尊崇の念を表し、み霊安らかなれとご冥福をお祈りしました。また、戦争で亡くなられ、靖国神社に合祀(ごうし)されない国内、および諸外国の人々を慰霊する鎮霊社にも、参拝いたしました。
 ご英霊に対して手を合わせながら、現在、日本が平和であることのありがたさをかみしめました。
 今の日本の平和と繁栄は、今を生きる人だけで成り立っているわけではありません。愛する妻や子どもたちの幸せを祈り、育ててくれた父や母を思いながら、戦場に倒れたたくさんの方々。その尊い犠牲の上に、私たちの平和と繁栄があります。
 きょうは、そのことに改めて思いを致し、心からの敬意と感謝の念を持って、参拝いたしました。
 日本は、二度と戦争を起こしてはならない。私は、過去への痛切な反省の上に立って、そう考えています。戦争犠牲者の方々のみ霊を前に、今後とも不戦の誓いを堅持していく決意を、新たにしてまいりました。
 同時に、二度と戦争の惨禍に苦しむことが無い時代をつくらなければならない。アジアの友人、世界の友人と共に、世界全体の平和の実現を考える国でありたいと、誓ってまいりました。
 日本は、戦後68年間にわたり、自由で民主的な国をつくり、ひたすらに平和の道をまい進してきました。今後もこの姿勢を貫くことに一点の曇りもありません。世界の平和と安定、そして繁栄のために、国際協調の下、今後その責任を果たしてまいります。
 靖国神社への参拝については、残念ながら、政治問題、外交問題化している現実があります。
 靖国参拝については、戦犯を崇拝するものだと批判する人がいますが、私が安倍政権の発足したきょうこの日に参拝したのは、ご英霊に、政権1年の歩みと、二度と再び戦争の惨禍に人々が苦しむことの無い時代を創るとの決意を、お伝えするためです。
 中国、韓国の人々の気持ちを傷つけるつもりは、全くありません。靖国神社に参拝した歴代の首相がそうであったように、人格を尊重し、自由と民主主義を守り、中国、韓国に対して敬意を持って友好関係を築いていきたいと願っています。
 国民の皆さんのご理解を賜りますよう、お願い申し上げます。(2013/12/26-13:41)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201312/2013122600349&g=pol

この談話にはいろいろあるが、「今の日本の平和と繁栄は、今を生きる人だけで成り立っているわけではありません。愛する妻や子どもたちの幸せを祈り、育ててくれた父や母を思いながら、戦場に倒れたたくさんの方々。その尊い犠牲の上に、私たちの平和と繁栄があります。」という観点のもとに、靖国神社に合祀されている戦争犠牲者に「不戦の誓い」をするということが、全体の論理といえる。その上で、「靖国神社への参拝については、残念ながら、政治問題、外交問題化している現実があります。靖国参拝については、戦犯を崇拝するものだと批判する人がいますが、私が安倍政権の発足したきょうこの日に参拝したのは、ご英霊に、政権1年の歩みと、二度と再び戦争の惨禍に人々が苦しむことの無い時代を創るとの決意を、お伝えするためです。」といっている。A級戦犯と軍人・軍属の戦死者をわけていないのである。確かに、戦争犠牲者ーといっても、彼らの多くは軍人であり、彼らの営為で当然ながら死傷した人たちが数多くいたことを忘れてはならないがーの前で「不戦の誓い」をすることは理解できなくはない。しかし、A級戦犯という戦争責任者の前で「不戦の誓い」をするというのは、理解に苦しむことになるだろう。昭和天皇は、A級戦犯合祀に「平和に強い考え」がないとしているのであり、昭和天皇からみても、理解に苦しむことになろう

といっても、安倍晋三はそうは考えないだろう。彼にとって、国民は統治者であろうが被統治者であろうが「一体」であり、それがすべてなのだろう。ゆえに、靖国神社に、「戦争犠牲者」というくくりで、一般の戦死した軍人・軍属と、彼らを死地に赴かせた「戦争指導者」たちがともに合祀されても問題とは思わないのであろう。むしろ、中国・韓国を刺激し憤激させることで、それに対抗して、安倍政権と一般国民を「一体」化するということが戦略的に目指されていると考えられるのである。このことは、他方で、自身の祖父岸信介も含めたA級戦犯総体の復権にもつながっていくのである。

*執筆するにあたってWikipediaの「靖国神社問題」を参考にした。昭和天皇発言などで疑問のある方は、そちらを参照され、それでも疑問が解けない場合は、それぞれの典拠をみてほしい。なお、昭和天皇の発言は、文中で述べたように、問題をはらんでいないというわけではない。ただ、戦争責任を問われかねない昭和天皇からみてA級戦犯はどういう人たちと認識しており、安倍晋三とかなり異なった認識をもっていたことを示すために引用した。

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さて、今回も、韓国・聖公会大学日本学科教授権赫泰氏のインタビュー記事である「現代日本の『右傾化』と『平和主義』について」(京都大学新聞2013年4月16日号、5月16日号掲載)を紹介していくことにしたい。前回は、権氏の日本の平和主義批判を中心にみてきたが、今回は権氏の日本の反原発運動批判を中心にみていくことにする。

反原発運動の状況については、京都大学新聞のインタビュアーがかなり主導的に議論を引き出そうとしている。まず、インタビュアーは、このように問いかけた。

ー日本国内では震災・原発事故という全社会的な危機があった。その後、反原発運動を中心に社会運動が盛り上がってもいる。しかしそれがそれが新しいかたちでの国家主義、たんなる戦後社会礼賛になる危険性も極めて一部からであるが指摘されています(※16)。ここで指摘されている日本左派の「変質」について韓国では知られているのでしょうか。(京都大学新聞2013年5月16日号)

単に、「反原発運動をどう思いますか」と訊ねたのではない。「反原発運動における左派の変質について韓国では知られているのでしょうか」と質問したのである。そして、京都大学新聞では、わざわざ(※16)の注記で、官邸前デモは、労働組合や市民運動の団体旗の持ち込みや「脱原発以外の事柄」についてアピールが禁止されている一方で、脱原発で一致するならば右翼団体も受け入れており、日の丸の持ち込みも許容されていることを付記している。

この質問に対し、権氏は、韓国では自分しかそういうことは言っていないと述べた。そして、韓国では、自国の反原発運動を進めるために、日本の反原発運動を過大評価している傾向があるとしつつ、権氏は「韓国の反原発運動やっている連中は、日本で起っている情報を、僕に言わせればすごくウソついている」(京都大学新聞2013年5月16日号)と指摘する。

権氏は、日本の反原発運動の問題点を三つあげている。第一は、反原発運動で人が集まり、世論調査では原発反対が多数をしめるにもかかわらず、選挙では原発支持派がおおむね当選するという問題である。第二は、日本社会では「被害者(被爆者)としての選民意識」があり、それが日本の「平和主義」を根拠づけてきたとする問題である。これは、前回紹介した権氏の日本の平和主義への批判に通底しているといえる。

第三には、京都大学新聞のインタビュアーが指摘していた、「日本左派」の「変質」の問題である。権氏は、このように言っている。

 

最近反原発デモを見ていて感じるのは、それはそれとして良いのだけれど、右の人も大分入っているじゃないですか。西部邁なんかもいるし。つまりあらゆるこれまでの争点の上に、反原発が乗っかっているという。そうすると、百歩譲って反原発に成功してもね、全ての政治的争点というのは解決しないわけですよ。
 デモする社会になって反原発成し遂げても、歴史的問題、憲法問題それはどこに行くか分らなくなっちゃう。しかもエネルギーが全部そこに吸収されちゃいますので。それで僕は常に、反原発が今の観点で捉えるならば、当然そこには朝鮮高校無償化の問題なりね、そういうのも全部含めてやらなきゃなんないんだって。そこに「変な奴等」が入ってくるのなら排除しなければならないんだって言っているわけ。なんか反原発主義一本(※17)でやっていくとこれはどうなるか怖い。(京都大学新聞2013年5月16日号)

権氏は、日本の反原発運動は、シングルイッシューであるがゆえに、その他の政治的争点を無視していると述べている。本来は、朝鮮高校無償化の問題なども含めて反原発運動は取り組むベきとしている。そして、そこに「変な奴等」が入ってくるならば、排除しなくてはならないと権氏は主張している。その点からいえば、シングルイッシューであるがゆえに右翼も入っている反原発運動は「警戒対象」でしかないのである。

そして、ここで、インタビュアーは「在日特権を許さない市民の会」へのカウンターの問題を提起し、権氏は次のように答えている。

ー今のお話をお聞きして、反原発のみならず「在特会」に反対する社会運動での「左右連帯」を想起しました。この場合も、在特会が主張しているような根本の問題は解決されないどころか温存されてしまう。

 ショックだったよ。日の丸が出てきたりねえ。
 それで反原発を勝ち取ったらまだ「マシ」なんだけれども。
 そういう感じはありますね。しかもね、原発運動というのは、基本的にエコロジーですから一歩間違っちゃうと、生態主義、天皇主義とくっつく可能性がすごく高いね。ロジックとして。そもそも気をつけなくてはいけない。つまり「天皇様から譲り受けたこれだけ綺麗な国土を、西洋白人どもが持ってきた原発によって汚れちゃたまんない」という、実際そういう内容がありますから。しかも日本人共同主義みたいになっちゃって…。
 見ていてね、まあ原発無くなってくれればいいのだけれど、ただ見ていて良いのかな?という心配。であらゆる政治的争点は全部どっか吹っ飛んじゃって。(京都大学新聞2013年5月16日号)

結局、シングルイッシューの名の下に政治的争点を無視して右翼と日の丸を許容した反原発運動は、生態主義・天皇主義に結びつく可能性が高いとし、すでに日本人共同主義になっている指摘しているのである。

権氏の反原発運動についての批判を、とりあえず、権氏の論理にそって紹介してみた。まず、第一に指摘しなくてはならないのだが、権氏の反原発運動に対する情報は、かなり歪曲された形で受容されているのではなかろうかということである。例えば、官邸前抗議行動において、日の丸持ち込みが許容されているのは事実だが、日の丸だけが認められたわけではない。実際、抗議行動に出てみると、日の丸よりも数多く、赤旗、赤黒旗、ゲバラ旗、レインボーフラッグなどが掲げられているのである。主催者の首都圏反原発連合が下記のようなコードによって官邸前抗議行動における政党・組合などの旗をもってくることを歓迎しない姿勢を示しているが、そこには、前記のような旗は含まれていないのである。

(1) 原発問題と直接関連しない文言を掲示することはお控えください。下ろしていただくよう、スタッフがお願いする場合があります。「直接関連しない」とは、その文言だけを見たときに、一般に原発問題と認識されないものを言います。

(2) 市民団体その他で、団体の名称そのものが特定の政治的テーマに関する主張となっている場合も(1)に準じます。

(3) その他の団体名の旗や幟については現場で下ろしていただくことはしませんが、首都圏反原発連合はそれらの幟旗を歓迎しません。所属よりも主張を!ということを強く提案します。
http://coalitionagainstnukes.jp/?p=789

首都圏反原発連合の一員である野間易通は『金曜官邸前抗議』(2012年)の中で、「首都圏反原発連合は日の丸やこれらの旗を『特定の政治的テーマに関する旗や幟』と見なしていなかった。こうしたシンボルに関しては、特定の解釈を押し付けるべきではないと考えていた」(p172)と述べている。

といっても、このような認識は、韓国の権氏だけではない。私も時々そのような質問を受ける。直接反原発デモに行かない人たちの間で、そのような認識がひろまっているのかもしれない。京都大学新聞のインタビュアーも、そのような認識にたっているといえよう。

ただ、たぶん、このように言っても、権氏は納得しないであろう。結局、シングルイッシューで、脱原発一本で、他の政治的争点を無視して、右翼を(つまり日の丸を)受け入れること自体が問題だと答えるだろう。前回のブログで述べたように、権氏の議論は徹底的に原則主義にたつべきとするものであり、「現実主義的対応」すべてが警戒すべきものなのである。それは、慰安婦の問題でもそうであり、自衛隊・在日米軍の問題でもそうであり、この反原発運動でもそうなのである。

ある意味で、確かにすべての問題は関わっている。しかし、それぞれの社会運動はそれぞれの活動対象がある。例えば、朝鮮高校無償化を求める運動において、「反原発」に対する意見があわないといって排除することはできないだろう。それぞれの社会運動はそれぞれの活動対象をもっており、その中で戦略をたてているのだ。シングルイッシューもその戦略の一つである。最小限共有できることで、多くの人びとを運動に参加させていくということなのである。私たちは、自分たちの狭い価値観だけで生きていくことはできない。多様な人びととつながりあうことによってより豊かに生きていけるのである。

しかし、それは、それぞれの社会運動に参加する人びとがそれぞれシングルイッシューしかもっていないということではない。反原発運動に参加する人びとは、それとは別の在特会デモに対するカウンターにも参加するし、生活保護制度改悪の集会にも出席し、沖縄へのオスプレイ配備への抗議行動にも加わる。もちろん、それぞれの人により、関与の度は違うだろう。ただ、全く関心がないということはない。それぞれの個によって支えられているネットワークがあり、それを基盤にして、それぞれの社会運動が成り立っているのである。

さて、もう少し権氏の議論をみていこう。権氏は、インタビュアーの「日本社会内部においては思想の「左右」が溶け合い反戦や反差別についての実質的な対立軸が失われている、そして実質的に韓国なり中国が日本の政権に対する野党勢力の役割を果しているように感じました」という質問に対し、次のように答えている。

だから、国内の政党なりがしっかりやってくれないと、攻撃の対象が全部韓国・中国人になっちゃうわけ。日本の左翼政党がだらしないんで全部が日本人と韓国人・中国人の人種対立みたいになっちゃうわけ…「平和と民主主義」のもとでつくられた戦後日本社会の資産はどこにあるのか。最近ね、僕は日本に対する視点がこれまでずっと批判的だったんだけれど、それでも最近見ていると、僕の予想以上に速くダメになってきたんで悲しいですよ、本当に。怖いし。軍事化、民主主義の後退、生活水準の低下、日本で生活している人が不幸になることじゃないですか、結局。韓国も似たような状況になりつつあるけれど。(京都大学新聞2013年5月16日号)

こうやってみてくると、権氏は「国内の政党」「左翼政党」の復権を求めているということになる。それならば、ある意味では多くの政治的争点を運動が包含すべきだと主張している意図も理解できる。彼にとっては、多くの政治的争点に対しての態度を共有する政党を基盤とした政治運動が中心となるべきと考えているのであろう。確かに、シングルイッシューでしかない反原発運動において、多様な争点をもつ「政治」への関与が課題であることは事実なのだ。しかし、とはいっても、それこそ、自立した個によるネットワークに基づいた形で、従来の「左翼政党」とは違った形の政党が必要とされているのである。そして、その際、それぞれの社会運動、それぞれの個の自立性を認めていくこともまた課題なのであるといえよう。

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さて、今回は、韓国・聖公会大学日本学科教授権赫泰氏のインタビュー記事である「現代日本の『右傾化』と『平和主義』について」(京都大学新聞2013年4月16日号、5月16日号掲載)を紹介しておきたい。権氏は、ある歴史の学会で報告される予定であったが、病気のため報告できなくなった。ただ、すでに報告要旨などはあり、また、主催者側が権氏の議論を自己の責任で紹介するレジュメが配布された。報告要旨やレジュメには、日本の平和主義や反原発運動についてのかなり激しい批判が語られていた。ただ、本人不在で要旨・レジュメ類でその意図をつかむことは難しい。このレジュメ類の中で、部分的に京都大学新聞に掲載された「現代日本の『右傾化』と『平和主義』について」というかなり長いインタビュー記事が部分的に紹介されていた。後日、このインタビュー記事全体を入手した。そこで、このインタビュー記事をもとに、権氏の日本の平和主義や反原発運動についての批判の意味することを検討していきたい。なお、今回は、日本の平和主義についての権氏の見解を中心にみていくことにしたい。

まず、権氏は、韓国では日本を軍国主義というイメージでとらえることが多く、日本の平和主義について、韓国での認識は低かったと指摘している。その上で、近年の日本が右傾化しているということに対しては、

左か右かはそんなに大事な問題ではない…ただ、要するに一言でいえば平和憲法とそのもとで設けられている自衛隊それから在日米軍の問題、これをどうみるかということだと思うんですね、それに尽きる。(京都大学新聞2013年4月16日号)

と述べている。これは、ある意味で、原則主義の立場に立っているといえる。平和主義というのであれば、自衛隊が存在し、在日米軍の核の傘の下にあること、どう向き合うべきなのかをまず考えるべきということになるだろう。

その意味で、権氏は、鋭く、日本の「平和主義」の欺瞞性を鋭く批判する。

で、左派は反対反対反対と言い続けていつの間にか、国旗国歌法が制定される。で、それを呑みこまざるを得ない。憲法にしても同じこと、自衛隊にしても同じことという。その繰り返しがずっと起っている。
 要するに、日本戦後社会、平和主義といった場合、「平和主義」という言葉表現そのものが、一種のいってみれば過剰表現だった。過剰表現というのは「いいすぎ」。どういうことかというと、その言い過ぎの表現があるがために、現実性の麻酔効果があったと思う。つまり、現実では麻酔効果があったと思う。つまり、現実では全く「平和主義」が機能していないのに、あたかも言葉が先行してしまうということ…いや、ただね、だからといって憲法改正がいいのかなんてそんなことはなくて、それでも「歯止め」の役割はあるじゃないですか。だから、憲法をどう、できるだけ良い働き、というか、つまり最小限の防波堤の役割を、憲法に期待せざるを得ない状況、というのは逆にいうとすごく情けないですよね。(京都大学新聞2013年4月16日号)

結局、「平和主義」は現実を麻酔させるものでしかなかったとし、憲法は確かに歯止めにはなっているが、それを憲法に期待することは情けないことではないかと主張しているのである。

権氏にとっては、いわゆる「右傾化」の中心人物たちではなく、むしろ、「現実的な対応」をしようとした人びとたちこそ、より警戒すべきとしている。慰安婦問題が提起されるのは、韓国の民主化があったからとしながら、それに対して、村山談話など日本国家の「謝罪」を構想していった和田春樹などの営為については「謝罪というのはコストがかからない、分りやすくいえばすごい安上がりなんです」と批判し、「これは和田春樹さんの謝罪に基づいて日韓関係に決着をつけようとした、いわゆる現実路線というのは破綻したと思う。」(京都大学新聞2013年4月16日号)と総括している。権氏は、次のように指摘している。

「靖国なんてダサいしそんなところ行かない」「もう悪かった」「ただ憲法は改正します」。どうですか?そういう発想は。僕はそれが一番怖いですよ…日本の保守政権が「現実」路線を取ると思いませんか?(京都大学新聞2013年4月16日号)

そして、権氏は、現実路線をとる可能性が高かったのは民主党政権であったと思うが、結局、民主党ですら「左翼的」といわれてつぶれてしまったと述べている。

そして、権氏は、韓国におけるナショナリズムの問題は、それが批判されるべき問題ではあるが、独島問題などは、韓国ナショナリズムの問題ではあるが、植民地主義の問題でもあるとしている。権氏は、次のように述べている。

基本的にナショナリズムと植民地主義の結合というかたちで捉えるべきじゃないのかな。ナショナリズムを批判すれば何でも解決できると思い込んでいることもちょっとおかしい。特に上野千鶴子さんの台頭後はそんな感じになってきているから。(京都大学新聞2013年4月16日号)

さらに、権氏は、日本においても韓国においても、地域としてのアジア全体の中でとらえようとする思想的営為にかけていると論じている。そして、権氏は、次のように述べている。

…例えば東アジアで生活している人たちが、国別ではなく地域的なレベルで何らかのかたちで平和的秩序を造らないと、一国のレベルで民主主義を成し遂げても、それは不安定であり、あるいは何らかのかたちで周りの人間に被害を与えるという問題意識がすごく大事ですよね。それがなければ、アジア的枠組みでとらえる必要がなくなっちゃう。(京都大学新聞2013年5月16日号)

このように、権氏の日本の平和主義理解は、徹底的に原則主義の上にたっている。その意味で「護憲論」も、自衛隊や在日米軍の問題を無視している限り、平和主義の「麻酔」の中にあると彼は考えているといえよう。つまり、日本の「平和主義」は現実を隠蔽するイデオロギーでしかないのである。そして、権氏の警戒対象は、右傾化の中心人物ではなく、歴史認識と外交問題を切り離し、日本の植民地主義責任などは認めつつ、憲法改正はしようとする「現実的」対応を構想する人びとなのである。真の平和主義ならば自衛隊保有や在日米軍を問題にしなてはならないという原則主義を堅持し、その視点から日本の「平和主義」をイデオロギーとして批判し、現実主義に警戒するということが、権氏の議論の中心にあるといえよう。

権氏のような議論は、確かに、原則を無視して安易な「現実主義」に走ることについての的確な批判であり、その意味で、こういう議論は必要であるといえる。しかし、逆にいえば、どのような具体的な営為が今可能なのかということを提起していないといえる。例えば、確かに平和憲法は「歯止め」でしかないのであるが、それでも、その存在は意義があり、平和憲法を正当性原理とした九条の会のような運動が展開もしている。また、村山談話などが不十分であるだけでなく、国家権力の戦略を含んでいることも事実といえるが、これもまた、このような村山談話も一つの歯止めになっているのだろうと思う。いわば、さまざまな勢力、多様な思想のせめぎ合いの中で、現実の政治や運動は動いているといえよう。その中で、どのような営為が可能なのかということも重視すべきことではないかと考える。

このような権氏の思想的特色は、反原発運動の批判のなかでより鮮明に現れてくる。次回以降、権氏の反原発運動批判を検討していきたい。

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