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Posts Tagged ‘鉢呂吉雄’

さて、また鉢呂経産相の問題に議論を戻してみよう。ここまで、鉢呂の「死のまち」発言の内容について、十分みていなかった。ここで、検討してみよう。なお、前述してきたように、ほぼ同時に「放射能つけちゃうぞ」発言も報道されているが、まずは「死のまち」発言にしぼってみていこう。

2011年9月10日付朝日新聞朝刊3面で、この発言の場について「鉢呂吉雄経済産業相の9日の閣議後会見での不適切発言は、福島視察の状況説明の中で出た」としている。まずは、公式の会見の場の発言であったことを指摘しておきたい。

そして、このように「死のまち」発言の要旨を紹介している。

【「死のまち」発言(要旨)】
 事故現場では、大変厳しい状況が続いている。福島の汚染が経済産業省の原点ととらえ、そこから出発すべきだと感じた。
 事故現場の作業員の方々は予想以上に前向きで、活力をもって取り組んでいる。しかし、残念ながら、周辺町村の市街地は、人っ子一人いない。まさに死のまちというかたちだった。野田首相の「福島の再生なくして、日本の元気な再生はない」を柱に、内閣としてやっていくと、至るところで話した。

 鉢呂の発言は、「福島の再生」という野田首相の発言を前提として、福島第一原発周辺町村の厳しい状況を述べ、その中で「死のまち」と表現したものだ。彼の主張は「福島の再生」を前提にしたものである。彼は、北海道泊原発を地元にかかえており、それなりに、原発については詳しかったのではないかと思う。原発事故がどのような性格をもつかは、通常の議員よりは理解していたのではないか。それゆえに、現状を厳しくみた上の発言になったと考えられる。それでも、彼は「再生」するということは前提にしていることは特筆しておきたい。

この発言について、朝日新聞は、まず、このように語っている。

 

原発周辺については、菅直人前首相も「長期にわたって住民の居住が困難な地域が生じる」との見解を示している。民主党内からは「そんなことを問題にしたら、口がきけなくなる。傷つけようと思って言ったわけではない」(幹部)と同情する声も出ている。

つまりは、菅政権の判断に従った発言と位置づけられるのである。このように、朝日新聞においても、鉢呂発言を問題にすべきではないという声も報道されているのである。

しかし、さらに、朝日新聞は、このように指摘するのである。

 

ただ、発言の不用意さは否めない。「死」という言葉には、再生を否定するイメージがある。長期避難を強いられ、帰郷の見通しすら立たない住民がいる中で、原発事故の補償問題担当の経産相が「死のまち」と表現すれば、被災者の感情を逆なでしかねない。

鉢呂の発言内容をみればわかることだが、鉢呂発言の趣旨とは全く相反したかたちで、「死」には「再生を否定するイメージ」があると主張している(なお、これ自身、意味不明だ。「死」というイメージには、「再生」を希求することと結びついている印象がある)。その上で、長期避難を強いられている被災者の感情を逆なでしかねないと述べている。「被災者」感情が問題だとしているのである。

その上で、野党指導者の鉢呂発言についてのコメントを紹介している。自民党の大島理森副総裁は「軽々しく言葉を吐いて、被災者から希望を奪うような発言をすること自体、大臣として失格に値する。深く反省しなければならない」とし、鉢呂経産相の辞任を求めた。公明党の井上義久幹事長は「一刻も早く住民を帰す努力をしなければいけない立場の大臣として、住民の気持ちを全く考えない発言で言語道断だ」と述べた。みんなの党の渡辺善美代表は「原発周辺の人たちにしてみれば、自分たちに責任がないのに避難生活を強いられている。感覚を疑う」と指摘している。

その上で、「地元」の声として、福島県の自治体関係者の反応をつたえている。

地元「好きで避難していない」

 東京電力福島第一原発が立地する福島県大熊町の渡辺利綱町長は、鉢呂経産相の発言について、「ふるさとを『死のまち』なんて言われたら、たまったもんじゃない。好きで避難しているわけではないんだから、避難者の気持ちも考えて発言してほしい」と話した。
 大熊町の課長の一人も「政府が『出ろ』と言った警戒区域に人がいないのは当たり前じゃないか」と切り捨てた。
 福島県議会の佐藤憲保議長は「状況説明とはいえ、被災者にとっては配慮に欠けた発言だ。抗議したい」と語った。

 このような調子で、鉢呂発言への批判が数多く報道されている。しかし、まずは、朝日新聞と同様に、「被災者感情」を根拠とした野党側の批判が出されている。そして、「地元」の声として、福島県の自治体関係者の発言が紹介されている。だが、この時点では、一般被災者は不在なのである。

朝日新聞・野党・福島県の自治体関係者は、自らを「被災者感情」を代弁するとしている。しかし、一般被災者の声は、ここにはない。鉢呂の発言の真意は、「福島の再生」にある。そして、その厳しさを説明するために「死のまち」として表現している。全く、真意とは違う形で、朝日新聞・野党・福島県の自治体関係者は、鉢呂発言をとらえている。そのように、曲解した結果を「被災者」に提示し、それに適合するような反応を求めているのである。

もし、このような形で報道されなかったら、どうであろうか。確かに「死のまち」と言われるのは不快であろう。しかし、真意まで説明されるならば、どのような対応があるだろうか。

このことは、今、「言葉狩り」としていわれている。しかし、今、ここで考えてみると「言葉狩り」以上である。「死のまち」を不適切とするのは、それを指摘する朝日新聞その他ではない。「被災者」なのであるとしている。そして、このような「被災者」の声ー現時点では不在であるーをつくりあげるために、情報を選択的にながしているのである。ある意味では、鉢呂を批判する「被災者」という主体を形成することが、朝日新聞他の発言にはめざされているといえる。

そして、何か問題があれば、すべてを「被災者感情」に抵触するという批判のしかたをしているのである。

言っておくが、別に政権に対して批判するなというのではない。批判するならば、「被災者感情」によりかかって「言葉狩り」をするのではなく、具体的な形で批判をしてほしいということである。例えば、「福島の再生」というが、「除染」はどうするのか。具体的には、どのような予算で、どのように行うのか。そのことにこたえられない大臣はやめてほしい、というような批判は正当といえよう。

結局、野田政権は、このような対応をすることになった。次のように、朝日新聞は伝えている。

 

首相は強く反応した。福島第一原発の周辺は現実に人が住めない状況だが、首相は「不穏当な発言」と断定。さらに謝罪と訂正を求めたうえで、更迭の可能性は打ち消した。藤村修官房長官も9日午後の会見で、「言葉を十分に選んで発言していただきたいと思うが、それがただちに適格性ということにつながるかどうかと指摘。これ以上、問題にはしない姿勢だ。

そして、鉢呂は、次のような形で、発言を取り消し、陳謝した。

【陳謝(午後の会見、要旨)】
 発言は表現が十分でなかった。全体の私の思いは皆さんにも理解いただけると思うが、被災者の皆さんに誤解を与える表現だった。真摯に反省し、表現を撤回させていただきたい。深く陳謝を申し上げる。被災されている皆さんが戻ってこられるように、除染対策などを強力に進めていくことを申し上げたかった。いま反省しながら陳謝する。

しかし、鉢呂については、発言の撤回と陳謝ではすまなかった。そのことは、後で述べておこうと思う。

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朝日新聞夕刊2011年9月9日付13面

朝日新聞夕刊2011年9月9日付13面

次に、朝日新聞が、鉢呂吉雄経産相の「死の街」発言をどのように伝えたのかを、時間をおって細かくみておこう。

朝日新聞が、鉢呂の「死の街」発言を最初に伝えたのは、2011年9月9日付夕刊である。

原発被災地「死の街」
鉢呂経産相、会見で発言

 鉢呂吉雄経済産業相は9日の閣議後会見で、前日に野田佳彦首相らと視察に訪れた福島県の東京電力第一原子力発電所の周辺市町村について、「市街地は人っ子一人いない、まさに死の街という形だった」と述べた。
 経産相は野田首相の発言を引用し「福島の再生なくして、日本の元気な再生はない」とも述べたが、多くの人々がふるさとをはなれざるをえない状況のなか、原発事故の被災地を「死の街」と表現したことは今後問題になる可能性がある。

この報道のしかたは、かなり異様である。通常、大臣の会見内容などは、夕刊の場合2面にのることが多い。この新聞でも、「郵政株売却先行 総務相は否定的」(川端達夫総務相)や「汚染土仮置き場 『国有林』も検討 細野原発相」という9日の閣議後会見の内容を伝える記事は2面に出ている。

しかし、鉢呂の記事は13面、社会面に出ている。小さい記事なので後から挿入されたものであろう。隣には「福島の子 本音あふれた 静岡でのキャンプ参加」という記事が掲載されている。まるで、鉢呂の発言の問題性を浮き立たせるようである。紙面からいえば、福島の人々(しかも子ども)の心情と、為政者である鉢呂経産相の「無理解」が対比されているといえる。

内容も、最初の文章は事実の報道といえるが、次の文章は、可能性を伝える観測記事といえる。そもそも、福島第一原発周辺の市町村の現状を「死の街のようである」と表現することが、なぜ問題になるのか、この記事だけでは不明である。隣の「福島の子 本音あふれた 静岡でのキャンプ参加」という記事とあわせてみると、明確な論拠を示さないままで、読者に「鉢呂発言を問題にすること」を煽動しているようにすらみえるのである。

そして、朝日新聞が「観測」しているように、「鉢呂問題」は大きな問題となっていく。

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ここで、福島第一原発周辺を「死のまち」と会見で述べたことを契機にして辞任した鉢呂吉雄経済産業大臣についてみておこう。まず、鉢呂吉雄の言動を大々的に報道して辞任のきっかけを作った大手マスコミの一つである朝日新聞が、鉢呂吉雄が経済産業大臣に就任した9月2日直後、どのように報道しているかをみておこう。

まず、次の記事をみておいこう。2011年9月3日付朝日新聞朝刊で、「新内閣、難題の山」という野田内閣の課題を紹介する記事の中で、鉢呂吉雄の原発政策が大きくとりあげられている。

 

野田氏に起用された鉢呂吉雄経済産業相は、選挙区に北海道電力泊原発を抱えている。旧社会党出身で初当選以来、原発を「過渡的エネルギー」と位置づけ、自然エネルギー普及を訴えてきた。地元の民主党総支部は5月末、「脱原発」政策への転換を求める提言書をまとめており、経産省には「原発推進には慎重な立場」(幹部)との戸惑いもある。
 しかし、鉢呂氏も原発再稼働に反対する考えはないようだ。2日夜の就任会見で「基準をより厳格にして関係自治体の理解を得る」と述べ、稼働の最終判断をどのように行うのかについて首相と関係閣僚で協議する考えを示した。
 前政権では、再稼働を巡って菅直人首相と海江田万里経済産業相が激しく対立し、相互不信が残った。鉢呂氏はこの教訓を踏まえて2日、「首相とよく相談していく」と周囲に語った。当面は再稼働に向けた環境整備を進めながら、東京電力の原発事故の賠償などについて菅政権が敷いた路線を淡々と進めることになりそうだ。
 ただ、電力会社の地域独占体制の見直しや発送電分離といった電力供給システムへの抜本改革への対応は未知数だ。鉢呂氏は会見で「良い面、悪い面があるのかもしれない。議論する場が必要だ」と述べた。

この記事は興味深い。まず、とりあげていることは、鉢呂の選挙区に泊原発があり、彼が初当選以来、将来のエネルギーとして原子力に否定的であったこと、そして地元の民主党総支部が「脱原発」を主張していることである。つまり、鉢呂は、原発問題については、彼なりによく理解していたといえる。原発地元の選挙区では、原発推進の意見が主張されることが多いが、その中でも鉢呂は前から原発に否定的であったといえる。いわば「俄脱原発」ではないのである。

しかし、このことについて、この記事では、経産省幹部の言を借りて「戸惑い」を表明している。朝日新聞がすべからく全部原発推進というわけではないが、この記事を書いた記者は「脱原発」に「戸惑って」いるのである。

他方、次の二つの段落では、「鉢呂氏も原発再稼働に反対する考えはないようだ」「「首相とよく相談していく」と周囲に語った。」と述べており、やや安心したポーズを示している。この記事を書いた記者にとっては、「当面は再稼働に向けた環境整備を進めながら、東京電力の原発事故の賠償などについて菅政権が敷いた路線を淡々と進めることになりそうだ。」ということが原発政策の課題なのだ。

しかし、鉢呂が語る将来の電力政策については、「未知数」と語っている。この記者にとって、「電力会社の地域独占体制の見直しや発送電分離といった電力供給システムへの抜本改革」を語る場を設けることは「未知数」なのである。これらのことは、すでに議論されていて、「未知数」とはいえない。ただ、実行されていないだけともいえる。つまりは、このような改革は行うべきものではないということになろう。

その意味で、この記事は、野田内閣の一員として原発事故の補償をすすめながら原発再稼働をすすめていくだろうことは評価するが、鉢呂が自身や選挙区の意見をいかしつつ、脱原発も含めた電力供給システムの抜本改革を行うに警戒感を示しているといえる。

他方、2011年9月3日付朝日新聞朝刊は、鉢呂について、このように紹介している。

「一次産業のプロ」自任

経済産業 原子力経済被害
鉢呂吉雄氏 63
衆院 北海道4区
横路グループ

 国対委員長として、「ねじれ国会」に突入した昨秋の臨時国会を陣頭指揮。野党の日程要求を次々とのむ「べた折れ路線」で臨んだが、野党の協調は得られず、年明けの通常国会を前に交代した。
 旧社会党出身。元農協職員で「一次産業のプロ」を自任。支持者に農家が多く、環太平洋経済連携協定(TPP)への対応が焦点だ。地元には北海道電力泊原発があり、原発へのゆかりも深い。エネルギー政策の見直しとも向き合わなければならない。

この紹介記事では、後半が注目できるであろう。原発だけでなく、元来農協職員であり「一次産業のプロ」を自任する鉢呂にとって、TPP問題にどう向き合うかも問題であったとされているのである。

このように、そもそも、9月3日付の朝日新聞朝刊の描く鉢呂のイメージでは「脱原発」志向、「反TPP」志向があるのではないかと懸念されているといえる。そして、野田内閣の一員として首相や関係閣僚と協議して、原発再稼働を推進するならば評価するという姿勢を示しているといえる。そして、最後の一文は、このような記事を書いている朝日新聞記者たちの姿勢を現しているといえよう。

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