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雁屋哲の『美味しんぼ』(2014年)についての批判に巻き込まれてしまい、部分的な発言をあげつらわれてしまった福島大学の荒木田岳は、3.11の時点で福島に在住しており、3.11についてさまざまな発言をしている。それらの中で、もっとも分かりやすく、彼の意見を集約的に語っているのが「大洪水の翌日を生きる」(福島大学原発災害支援フォーラム・東京大学原発災害支援フォーラム『原発災害とアカデミズム 福島大・東大からの問いかけと行動』所収、合同出版、2013年2月)であるといえる。以下、荒木田の語る3.11後の福島の状況についてみてみよう。

まず、荒木田は、「福島第一原発の事故は、当時、多くの人々がそう感じたように、ある時代の終わりを告げる『事件』であった」と述べている(荒木田前掲書p161)。そして、彼が共感をもった人々の発言を引用している。

(3月12日の1号機の爆発音を聞きながら)…「もう、これで終わりだな」と思いました。「ここで、おれは終わりだな」と、だから、今は、その延長戦で、終わったのだけれど、まだ生きているのですよ。(元双葉村長井戸川克隆)

 万一、起こったなら、それはとりもなおさず、「この世の終わり」にほかならなかったはずのーそんな事態が、しかしほんとうに起こってしまった。危惧されたすべての可能性に数倍する絶望的な規模で、いともあっさりと。
 すなわち、いま私たちは「この世の終わり」の後を生きているのだ……(山口泉「『この世の終わり』の後の日本で偽りの希望を拒否して携えるべきもの」、『ミュージック・マガジン』2011年6月号所収、p96)

 取り返しのつかないことが起こってしまった。だからわれわれはこの寓話〔ノアの方舟を指す:筆者注〕を、とりわけ原発事故に重ねて受けとめることになる。この事故は現在も進行しており、われわれは文字どおり現実化した「大洪水」の翌日、来ることが信じられなかった「未来」の翌日を生きている…(西谷修「『大洪水』の翌日を生きる」、ジャン=ピエール・デュピュイ『ツナミの小形而上学』所収、岩波書店、2011年)
(全体は荒木田前掲書p161−162より引用)

そして、彼自身は、このように語っている。

 

こうした感覚が、どれほど共有されているかはよくわからない。つまるところ、「取り返しのつかないこと」かどうかが分水嶺になるのであるが、実際には、リカバリー可能と考えている人が大半であろう。根拠はともかく、「そうでなくては困る」からである。渦中の選手には試合終了のホイッスルが聞こえないという説明もありうるかもしれない。しかし、試合を終えたくない人々には、これほど明らかな『合図』を見過ごすことができる図太さもまた必要だというのが実のところであろう。
(荒木田前掲書p162)

 荒木田は、「相次ぐ原発建屋の爆発を目にし、『これで帰る場所、帰る職場を失った』という絶望的な事実と直面した」という(荒木田前掲書p163)。しかし、彼にとって、その数倍の絶望を与えたのは、政府の事故対応とマスコミの報道であった。政府・マスコミ・福島県などの「事故対応」について、荒木田は次のように指摘している。

 

福島の住民に救いの手がさしのべられなかったのは、政府内部では事故後ごく短時間のうちに「経済的社会的便益や行政上の都合のために住民を被曝させることもやむなし」という決定がなされたからに相違ない。そのことは、とりもなおさず福島問題が政府の手に負えなくなっていることを意味していた。つまり、当時、政府が福島(あるいはその住民)を守るどころか、実際には、福島問題から政府ないし「社会」を守るための「尻尾切り」に必死だったということである。
 ここで確認しておく必要があるのは、東京電力はもちろん、政府も福島県も、おそらくはマスコミも、原子炉がすでにメルトダウンを起こし制御不能に陥っていることや、放射性物質が放出され住民に危険が及んでいる事実を明確に把握していたことである。それは東京電力が公開したテレビ会議の様子を一見しただけでも明らかである。ようするに状況を理解した上で、自覚的に現地住民の被曝を容認したということである。
 筆者がそのことを悟ったのは、原子力安全・保安院が憔悴し動揺を隠せない担当者に代えて、薄ら笑いを浮かべながら他人事のように事態を説明する担当者を登板させたときである。それは、福島で進行中の事故について政府が当事者意識も人間性も欠如させているという事態を、何よりも雄弁に物語っていた。原発事故以前から、人間を大切にしない社会であることに問題を感じていたが、そのことが疑いようもなく明白になった瞬間であった。それは同時に、筆者が「この世の終わり」の翌日を生きている感覚をもった瞬間でもあった。
 政府やマスコミばかりではない。県内の地方自治体も、ほぼ政府の対応を追認するか、あるいはそれに先んじて現地の安全性を強調するようになっていた。
(荒木田前掲書p163−164)

このことについては、特別にまとめなくても、荒木田の文章で十分理解できよう。荒木田は福島市渡利地区に宅地を買っていたが、周知のように、この地区の放射能汚染は深刻であり、住宅建設を断念し、3.11直後は妻子とともに県外避難せざるを得なかった。手元には借金しか残らなかったという。

そして、3月後半には福島でも通常業務が再開され、避難者にも帰還が要請されるようになり、荒木田個人にも及んだ。荒木田は「そこにいれば病気とわかっている場所で暮らせというのか」と感じたが、もちろん、帰還を要請する人々はそのようなことを正面切っては言わず、「この程度の線量なら大丈夫」「全員が病気になるわけではない」という言葉で被曝強要を正当化したという(荒木田前掲書p165)。彼は、妻子を県外避難させたまま、自身は福島で仕事を続けるという生活をせざるをえず、そのことについて、「福島の職場で一緒に被曝したところで自身の社会的責任を果たしたことにはならないとは思いつつも、かといって借金と三人の扶養家族を抱えてほかの方法を見つけることもできなかった。その意味で、筆者もまた哀れむべき『弱者』の一人であった」(荒木田前掲書p175)と回想している。

他方で、福島の地域住民の意識について、荒木田は次のように指摘している。

不幸なのは、住民はこのようなときにも(このようなときだからこそ?)、公務員に普段以上の仕事を期待し、そのことが結果として「みんなで被曝」することにつながったと思われることである。そのためというわけでもないだろうが、行政は避難を要求する『地域からの意見』には耳を貸そうとしない。
(中略)
 他方で、それ(住民が被曝地である福島に留め置かれること…中嶋注)を地元から積極的に受容すべきだという動きもあった。だれしも自らが見捨てられ、あるいは軽んじられ、騙されているという事実を受け入れられないものである。苦境を『自らの選択』として積極的に意味づける機制が働くのもわからなくはない。この場合、復興・希望・決意など、明るく「前向き」なスローガンと結びつく傾向がある。しかし、汚染を受忍して現地に住み続けることは、汚染者の責任と賠償を極小化し、総じて被害見積もりを極小化することにつながる。この場合、他者にも同じ境遇を強要する傾向があるから手に負えない。その意味でも「人権問題」に相違なかった。
(荒木田前掲書p164−166)

他方で、荒木田は、行政の都合により利用されている各分野の「専門家」について、その責任を次のように指摘している。

彼らが難解な術語や数式を用いて事態を説明することは、それを解さぬ「素人」が沈黙を強いられるという効果をもたらした。というより、むしろ人々をこの問題から遠ざけることが目的だということが疑われた。そして、少なくとも、福島県内において住民の多くを萎縮させ、黙らせ、諦めさせることになった点からすれば、それは十分にその目的は達成されたといえる。そして、被曝が日常になれば、やがて考えることをやめてしまう。考えても仕方のないことだからである。
(荒木田前掲書p167)

その上で、荒木田は「しかし、そもそも放射線が細胞と遺伝子を傷つけるメカニズムを考えれば、難解な術語や数式を使うまでもなく『放射線は浴びないに越したことはない』という結論に至るほかない。とすれば、その先に『人々が無用の被曝を避けるにはどうしたらよいか』を考えるというのが自然の成り行きであろう」(荒木田前掲書p167)と主張している。

さらに、荒木田は、福島第一事故以後、作業員の被曝限度を50mSvから250mSvに引き上げ、住民の追加被曝限度を年間20mSvとし、食品暫定規制値を設けるなど、各種安全基準を緩和したことを、「政府が福島問題を『尻尾切り』しようとしてめぐらせた策」(荒木田前掲書p168)と断じている。そして、これらの緩和措置を「○×の答えがないグレーゾーンでリスクと便益を判断する」として正当化した自称「福島の応援団」である福島県放射線リスク管理アドバイザー山下俊一の発言について、「平時ではないのだから『現実的に』考えて安全基準を緩和して対応するしかないこと、住民に『共に』『重荷』を背負うべきであることが主張されている。住民が福島の地に住み続けることは、当然の前提とされており、避難することは『利己的』『過保護』だというのである」(荒木田前掲書p169)と荒木田は概括し、次のように指摘している。

 

しかし、追加被曝年間1ミリシーベルトが「不可能」ないし「非現実的」なのは、福島に住み続けるようとするからであって、それ未満の線量の場所に移住すれば実現不可能ではない。「去るのも、とどまるのも、覚悟が必要」になるのは、政策的な避難を放棄しているためである。自己決定・自己責任を強調しているように見えるが、避難の支援はしない、避難するならご自由に、という部分に強調点がある。
(荒木田前掲書p169)

さらに、荒木田は、山下の発言を「人類史に残るような大事故であったはずの事実が、個人的な感覚や感情の問題に解消」(荒木田前掲書p169)するものとしている。このような発言に加えて、「放射能を正しく理解する」という殺し文句が出てくれば、原理を正しく理解していないから感情的に怖がるのだというイメージが形成されるとしている。そして、荒木田は注で、山下のリスク管理が間違うことがあっても、彼の個人的な責任とされ、政府はどこまでいっても無謬とされるだろうとしている。

荒木田は、この戦略はとりあえず成功しているとしている。彼は、このように言っている。

福島では、一部の人によってではあれ、自発的に「住み続ける権利」が主張され、現地の安全性に疑義を挟むことは「住む者に対する冒涜」だと主張されているからである。同様に、福島の農産物の安全性に疑義を呈することも、「安全だと思って食べている人を侮辱すること」だとされるのである。現地を心配する声が、現地の人々によって諌められ、怨嗟されてきた。自称「福島の応援団」が現地に何をもたらしたかは明らかであろう。
(荒木田前掲書p169−170)

荒木田は、「そうまでして守ろうとした『社会』は、いったいどのようなものだったのであろうか」と自問し、「結論からいえば、自身の快楽や幸福のためには他人の犠牲をも厭わないということがまかり通るような社会であった。とりわけ重視されたのは経済である」(荒木田前掲書p171)と自答している。荒木田によれば、犠牲を受け入れさせることに利用されるのが、山下俊一が主張するような「リスクと便益を判断する」という観念なのだが、これは、結局、地理的にいえば、リスクは現地の人が負担し、便益は域外の、一部の人々が得るという仕組みになっているとしている。さらに、時間的にいえば、廃棄物処理を先送りし、今の快適な生活のため、目の前から問題が消えればそれでいいとする考え方なのだと荒木田は主張している。

荒木田は、「原発事故問題は、原発事故の問題ではない。問われているのは、現在の生活様式であり、生き方そのものである」とし、他人に迷惑をかけても、問題を後世に先送りしても「今ここでの快適な生活」に固執する人々が、その生活を守るために、消極的には思考停止し、積極的にはそれを容認する政党を支持するのだろうと述べている(荒木田前掲書p173)。さらに、荒木田は、問題が大きすぎると直視できなくなるとし、人の手に余るような破滅的な事故・災害は想定外とされ、手に負えない事故は、隠蔽・矮小化され、考慮の枠外にされ、思考停止し、忘却されようとされるのだろうと述べ、「こうして、序曲の幕開け時点においてすでに忘却が政治上の論点になっている。その点に、この世の不幸がある」(荒木田前掲書p174)と言っている。

このような状況に対抗して、荒木田は次のような宣言を発している。

 

しかし、最初の問題に戻っていえば、原発事故が発した「警告」は、時間的・地理的双方の意味で「見えない場所に矛盾を追いやり、今ここでの快適な生活を続けること」が、もはや不可能だということを示す合図だったのではないか…福島第一原発事故は終わらないし、終わりようがないのである。矛盾を押し込むことができる「外部」など、時間的にも空間的にも、もはや存在しないことが明らかになったのである。その規模や汚染の範囲を考えると気が遠くなるし、逃げ出すべき「安全な場所」などどこにも存在しない。それが残念ながら現実である。
 我が亡き後に洪水は来たれーしかし、その洪水は昨日起こってしまっている。結局、脱皮の失敗が命取りになるのは、「大地のライオン」にとっても人間社会にとっても同じかもしれない。
(荒木田前掲書p174)

荒木田は、彼の住んでいる福島の現状を、彼の言う「被曝者」の視点で、赤裸々に描いている。福島の原発建設自体が、彼のいうリスクを現地におしつけ、放射性廃棄物の処理を後世におしつけ、その便益を現在の「快適な生活」を維持し続けようとする一部の人々に与えるものであり、それは、福島の人々に放射線被曝をさせつづけることにつながっている。そのために、「専門家」を使嗾しながら、福島の人々に「放射線」への不安意識を払拭させ、福島に住み続けることを「当然」として意識させようとしている。この戦略は、とりあえず、荒木田は成功しているとしている。そして、2014年に「美味しんぼ」批判に荒木田は巻き込まれたのだが、「現地を心配する声が、現地の人々によって諌められ、怨嗟されてきた」という論理が、皮肉なことに、彼への批判に使われたのであった。短期的には、「現在の快適な生活」に固執する人々は、彼らのいう「福島の正常化」(放射能つきの)に成功しつつあるようにみえる。事実が隠蔽・矮小化され、思考停止され、忘却されていっているのである。そして、福島第一原発にせよ、福島県の放射能対策にせよ、原発再稼働にせよ、「我が亡き後に洪水は来たれ」を、そのまま実行しているように見えるのである。

しかし、荒木田のいうように、福島第一原発事故は「取り返し」のつかないものであった。それは、福島だけのことではない。長期的にいえば、矛盾を押し込むことができる外部は、荒木田のいうように、時間的にも空間的にも存在しない。逃げ出すべき「安全な場所」など、どこにもないのだ。それは、最近開通した常磐道をみていればわかることである。

荒木田が引用している「『この世の終わり』の後」(山口泉)、「『大洪水』の翌日、来ることが信じられなかった『未来』の翌日」(西谷修)という感想は、福島にはいなかった3.11直後の私にも感じられた。そして、2015年の今、福島県民の被曝を前提として、その枠組みの中からでしか未来を展望させない「復興事業」のありかたをみていると、それが「善意」からでているとしても、ある程度県民の生活状況を改善することができたとしても、私には全体として「転倒」したものにみえてしまうのである。まさしく、この世の終わりの後、大洪水の翌日に私たちは生きているのである。

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前回のブログでは、2月14〜15日の大雪で被災した住民・ドライバーたちの間で、生存を保障しあう共同性が成立していたことを述べた。幹線国道などで大雪で立ち往生した車両のドライバーたちに、住民や自治体は食料を差し入れたり、避難所を提供した。毎日新聞によると、次のような状況が現出されたという。

大雪:渋滞の国道、助け合い…軽井沢
毎日新聞 2014年02月16日 21時13分(最終更新 02月17日 12時08分)

 長野県軽井沢町の国道18号では、30時間以上立ち往生するドライバーに、沿道の市民が温かい食事や飲み物などを差し入れた。

 同町の喫茶店「鐵音(くろがね)茶房」店主、羽山賢次郎さん(70)は、妻静さん(66)と共に、冬季閉鎖中の店を開放。羽山さんによると、15日午前1時ごろから、店の前の国道の車が動かなくなった。「みんな食べものがないだろう」と思い、15日朝から、うどんやカレー、お雑煮を無料で提供した。軽井沢に住んで約45年。食べた人が16日朝、店の前の雪かきをしてくれた。「一宿一飯の恩義と言ってくれた」と羽山さんは話す。【小田中大】
http://mainichi.jp/select/news/20140217k0000m040066000c.html

さて、政府はどのような対応していたのだろうか。もちろん、知事の要請によって自衛隊が出動し、道路除雪や物資輸送などの営為を15日頃より行っていたことは間違いない。しかし、政府の豪雪対策本部が設置されたのが2月18日になったことに象徴されているように、初動が遅れたことは否めない。そもそも、高速道路の通行止めやチェーン規制の徹底自体が遅れている。また、15日にはそれぞれの地域に駐屯している自衛隊が出動しているが、そもそも豪雪地帯ではないため、装備・人員ともに不十分であったと考えられる。通常は政府よりの報道をしている読売新聞や産經新聞も「初動の遅れ」を指摘せざるえなかったのである。

そんな中、政府・与党より、高速道路・国道などの通行が早期に回復できないのは、立ち往生している「放置車両」のためであり、災害対策基本法の改正が必要だという主張が出された。まず、2月17日の政府・与党協議会についてのFNNの報道をみてみよう。

17日に開かれた政府・与党協議会で、政府は、今回の大雪で多くの車が立ち往生するなどして放置され、自治体の除雪作業が難航しているケースがあると報告した。
これを受けて、政府と与党は、大雪などの災害時に、放置された車両の撤去を可能にする法整備が必要かどうかも含め、対応を検討することを確認した。
菅官房長官は「今回の大雪の災害においてですね、多く立ち往生している車両がありますよね。それに対して、除雪の車両が入ることができない。基本的には、災害対策基本法という法の見直しだというふうに思っています」と述べた。
与党内からは「放置車両を壊してもいいということにしないといけないのではないか」との意見も出ているが、自民党の石破幹事長は、放置車両の撤去は必要だとの認識を示しつつ、「車の所有権はどうなるのか。財産権もからみ、難しい話になる」と指摘した。
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00263293.html

その後、菅官房長官は定例の記者会見で、車両の強制撤去が可能になるように法整備を進めることを述べた。下記のテレビ朝日の報道をみてほしい。

“立ち往生車両は強制撤去”大雪受けて法整備検討(02/17 16:56)

 今回、道路で立ち往生した車のために除雪車や緊急車両が通れなくなったケースが相次いだことを受けて、政府は、車を強制的に撤去できるように法整備を検討する方針です。

 菅官房長官:「(移動車両の)損失補償の問題もあり、今まで手が付けられずにいたが、緊急の場合にどうするかは大きな課題で、これ以上、先送りすべきではない」
 菅長官は、災害などの緊急時に道路をふさぐ車は所有者の許可がなくても破壊・撤去出来るようにし、後で所有者に損失補償が出来るよう災害対策基本法を早急に見直す方針を明らかにしました。
http://news.tv-asahi.co.jp/news_politics/articles/000021617.html

しかし、この対応は、全く当を得ないものである。阪神淡路大震災の教訓をふまえて、1995年においてすでに災害対策基本法は改正され、緊急通行車両の通行の妨害となる車両などについて警察官はその移動を命じることができ、それができない場合は、強制撤去が可能になっているのである。警察官がいない場合は、自衛隊・消防も同様の措置がとれることになっている。まずは、下記の災害対策基本法の条文をみてほしい(なお、自衛隊・消防についての条文は省略した)。

第七十六条の三  警察官は、通行禁止区域等において、車両その他の物件が緊急通行車両の通行の妨害となることにより災害応急対策の実施に著しい支障が生じるおそれがあると認めるときは、当該車両その他の物件の占有者、所有者又は管理者に対し、当該車両その他の物件を付近の道路外の場所へ移動することその他当該通行禁止区域等における緊急通行車両の円滑な通行を確保するため必要な措置をとることを命ずることができる。
2  前項の場合において、同項の規定による措置をとることを命ぜられた者が当該措置をとらないとき又はその命令の相手方が現場にいないために当該措置をとることを命ずることができないときは、警察官は、自ら当該措置をとることができる。この場合において、警察官は、当該措置をとるためやむを得ない限度において、当該措置に係る車両その他の物件を破損することができる。
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S36/S36HO223.html#1000000000005000000004000000000000000000000000000000000000000000000000000000000

この条文をどのようにみても、警官・自衛官・消防吏員による車両の強制撤去が可能であることはあきらかである。法的に車両が強制撤去できないから大雪対策が進まなかったというのは、災害対策基本法を承知していなかったとしたらファンタジーであり、承知していたとしていたら嘘もしくはデマの類である。最近、安倍政権の周辺で、どうみても事実誤認の発言が相次いでいるが、これもその一つであろう。

前回のブログで、立ち往生した車両のドライバーたちに沿線住民・自治体が温かく支援したことを述べた。立ち往生した車両から一時離れて、避難所にいったり、食事のもてなしを受けたり、食料やガソリンの買い出しをしたりすることは、ドライバーからすれば「自助」であり、沿線住民からすれば「共助」である。初動の対応は遅れたとはいえ、警官・自衛隊・消防・県や市町村の職員は、彼らの生存を保障するために除雪や物資輸送などで働いたといえる。いわばこれらの権力機関は「共同性」を保障するために必要とされたといえる。政府はそれを速やかにサポートすることが求められている。にもかかわらず、避難せざるを得なかったドライバーたちの車両を「放置車両」よばわりし、すでに法的に可能になっている車両の強制撤去が必要だとして、やみくもに私権を制限することばかりを政府・与党は提起している。そもそも、彼らにとって、高速道路・国道などの国家的大動脈の通行が「国民」個人の車両のために妨害されていると認識されていたといえるだろう。もちろん、現実には、法的規制のためなどではなく、想定外の大雪のため、初動が遅れたことに起因するのではあるが。政府・与党は、結局のところ、道路の通行止めが長引いたことを、「放置車両」のためだと責任転嫁したと考えられる。それは、いわば、立ち往生した車両をめぐるドライバーたちの「自助」、沿線住民たちの「共助」からなる共同性の世界を否定し、国家的強制を強めることに結果しているのである。

さらに、大雪対策の議論は、憲法改正問題にまで波及した。2月24日にネット配信された毎日新聞の記事をみてほしい。

安倍首相:緊急事態規定を検討 大雪被害受けて
2日前
 安倍晋三首相は24日の衆院予算委員会で、記録的大雪の被害に関連し、大規模災害に備えた緊急事態規定を盛り込むための憲法改正について「大切な課題だ。国民的議論が深まる中で、制度についてしっかりと考えていかなければならない」と述べ、検討を進める考えを示した。自民党は憲法改正草案で緊急事態宣言に基づく首相権限強化などを盛り込んでいる。日本維新の会の小沢鋭仁氏への答弁。

 首相は大雪被害対策について「災害対応は不断の見直しや改善が必要だ。さまざまな指摘に真摯(しんし)に耳を傾け、野党の指摘にも対応していきたい」と強調した。14日の降り始め以降、政府の対応が後手に回ったとの批判をやわらげる狙いもあるとみられる。

 小沢氏は大雪で孤立集落が相次いだ山梨県出身。予算委では小沢氏のほか、被害の出た地元議員が相次ぎ要望した。埼玉県出身の小宮山泰子氏(生活の党)は、体育館の屋根崩落を受けた構造基準見直しの必要性を指摘。太田昭宏国土交通相は「調査結果を踏まえ、見直しが必要かできるだけ早期に見極め検討したい」とした。【影山哲也】
http://sp.mainichi.jp/select/news/20140225k0000m010115000c.html

これは、2012年の自由民主党の日本国憲法改正草案の一節に関連している。この草案では、武力攻撃・内乱・自然災害などの緊急事態において、「緊急事態の制限」を出すことができ、その場合は、法律と同一の効力をもつ「政令」が出せるのである。その場合、「何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない」となる。事後に国会の承認が必要となるが、これは、一種の「授権法」といってよいだろう。

第九章 緊急事態

(緊急事態の宣言)
第九十八条 内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。
2 緊急事態の宣言は、法律の定めるところにより、事前又は事後に国会の承認を得なければならない。
3 内閣総理大臣は、前項の場合において不承認の議決があったとき、国会が緊急事態の宣言を解除すべき旨を議決したとき、又は事態の推移により当該宣言を継続する必要がないと認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、当該宣言を速やかに解除しなければならない。また、百日を超えて緊急事態の宣言を継続しようとするときは、百日を超えるごとに、事前に国会の承認を得なければならない。
4 第二項及び前項後段の国会の承認については、第六十条第二項の規定を準用する。この場合において、同項中「三十日以内」とあるのは、「五日以内」と読み替えるものとする。

(緊急事態の宣言の効果)
第九十九条 緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。
2 前項の政令の制定及び処分については、法律の定めるところにより、事後に国会の承認を得なければならない。
3 緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない。この場合においても、第十四条、第十八条、第十九条、第二十一条その他の基本的人権に関する規定は、最大限に尊重されなければならない。
4 緊急事態の宣言が発せられた場合においては、法律の定めるところにより、その宣言が効力を有する期間、衆議院は解散されないものとし、両議院の議員の任期及びその選挙期日の特例を設けることができる。
http://www.geocities.jp/le_grand_concierge2/_geo_contents_/JaakuAmerika2/Jiminkenpo2012.htm#2

大雪対策が「授権法」的憲法改正への動きに結果するということが、現在の安倍政権である。今回の大雪対策の問題は、これは安倍政権ばかりではなく、豪雪地ではない自治体や駐屯自衛隊も含めての「初動」の遅れにあるのであって、別に法律や憲法の不備にあるわけではない。しかしながら、安倍政権は、自らの対応の不備をたなにあげ、人びとが「自助」「共助」のなかでとった行為へと責任転嫁し、私権の制限をはかる法律・憲法改正の必要性を主張する。別に、現行法でも車両の強制撤去はできるにもかかわらずである。そもそも、15〜16日と、公表された範囲では、ソチオリンピックで金メダルをとった羽生結弦選手に祝福の電話をかけ、さらに天ぷらを食べることしかしていないようにみえる安倍首相に「緊急事態宣言」を出す権限を与えても、どのような意味があるのか。現行法の中でも、まともな政治的判断がなされれば、より適切な対応がとれたのではないかと思うし、その点を反省することが、責任者としての安倍晋三首相の行うべきことであろう。大雪対策が憲法改正論議に発展する現在の状況は、現行法でも「国家機密」は保護されているにもかかわらず、憲法のかかげる基本的人権に抵触する可能性が高い「特定秘密保護法」が成立した状況と同様の構図をもっているのである。

*なお、災害対策基本法については、以下のサイトを参考にした。
http://matome.naver.jp/odai/2139331899701944301

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さて、今度は、元空幕長であり、石原慎太郎(日本維新の会共同代表)より推薦を受けて都知事選に立候補を予定している田母神俊雄がどのような原発論をもっているかみておこう。彼の原発論については、本ブログでも一部紹介した。しかし、部分的に紹介しても、彼の原発論総体が伝わらないと思われる。また、これは、原発推進派が原発や放射能についてどのように考えているのかを知る一つの材料にもなるだろう。ここでは、「第29代航空幕僚長田母神俊雄公式ブログ 志は高く、熱く燃える」に2013年3月20日に掲載された「福島原発事故から2年経って」を中心にみていこう。

田母神は、まず冒頭で、このように述べている。これが、全体のテーマといってよいだろう。

東日本大震災の福島原発の事故から2年が経過して、テレビなどではまたぞろ放射能の恐怖が煽られている。あの事故で誰一人放射能障害を受けていないし、もちろん放射能で死んだ人もいない。2度目の3月11日を迎え、原発反対派は鬼の首でも取ったように反原発運動を強化している。
http://ameblo.jp/toshio-tamogami/entry-11494727117.html

まず、田母神は、チェルノブイリでは原子炉自体が爆発して当初30人の死者が出てその後も多くの放射線障害を受けた人がいたが、福島では地震で原子炉自体は自動停止したが、津波により電源供給が絶たれて冷却水が送れないために水蒸気爆発を起こしたと、その違いを強調している。福島第一原発事故の主要原因が地震なのか津波なのかは議論のあるところだ。ただ、それはそれとして、田母神は「だから電源を津波の影響を受けない高台に設置すれば安全対策完了である。マグニチュード9の地震に対しても日本の原発は安全であることが証明されたようなものだ」と言い放つ。かなり唖然とする。日本の原発は海辺にあることが普通であり、もともと、津波被害には脆弱な構造を有しているのだが。

続いて、彼はこのようにいって、2012年末の総選挙で「脱原発」を掲げた政党を批判する。

原発がこの世で一番危険なものであるかのように騒いでいるが、我が国は50年も原発を運転していて、運転中の原発による放射能事故で死んだ人など一人もいない。それにも拘らず原発が危険だと煽って、昨年末の衆議院選挙でも脱原発、卒原発とかを掲げて選挙を戦った政党があった。しかし、日本国民もそれほど愚かではない。原発さえなければ後のことは知ったことではないという政党は選挙でボロ負けをすることになった。
http://ameblo.jp/toshio-tamogami/entry-11494727117.html

田母神によれば、「人間の社会にリスクがゼロのものなど存在しない…豊かで便利な生活のためにはリスクを制御しながらそれらを使っていくことが必要なの」であり、脱原発を主張する人は、飛行機にも車にも乗るべきではないとする。そして、原発新規建設計画がある米中韓で原発反対運動をすべきと揶揄しているのである。

田母神は、現在の福島第一原発は危険ではないと主張している。復旧作業をしている人がいるのだから、危険はないというのだ。福島第一原発の作業員において、今の所急性症状が出ていないのは、東電なりに法的規制にしたがって、作業場所や作業時間を管理した結果であり、人が入れないところは、ロボットが作業しているのだが、そういうことは考慮した形跡がない。

福島原発周辺で放射能的に危険という状況は起きていない。東京電力は、周辺地域に対し放射能的に危険であるという状況を作り出してはいない。福島原発の中では今でも毎日2千人もの人が入って復旧作業を継続している。そんなに危険であるのなら作業など続けられるわけがない。
http://ameblo.jp/toshio-tamogami/entry-11494727117.html

そして、福島第一原発は危険ではないにもかかわらず、住民を避難させて、損害を与えたのは、当時の菅政権の責任だとしている。彼によれば、年間20ミリシーベルトという基準でも厳しすぎるのである。年間100ミリシーベルトでよかったのだと、田母神はいう。ここで、私は、除染の基準は年間1ミリシーベルトであり、たとえ、住民が帰還しても、そこまで下げる義務が国にはあるということを付言しておく。田母神のようにいえば、避難も除染も一切ムダな支出となる。

しかし危険でないにも拘らず、ことさら危険だと言って原発周辺住民を強制避難させたのは、菅直人民主党政権である。年間20ミリシーベルト以上の放射線を浴びる可能性があるから避難しろということだ。国際放射線防護委員会(ICRP)の避難基準は、もっと緩やかなものに見直しが行われるべきだという意見があるが、現在のところ年間20ミリから100ミリになっている。これは今の基準でも100ミリシーベルトまでは避難しなくてもいいということを示している。100ミリを採れば福島の人たちは避難などしなくてよかったのだ。
(中略)
強制避難させられた人たちは、家を失い、家畜や農作物を失い、精神的には打ちのめされ、どれほどの損害を受けたのだろうか。一体どうしてくれるのかと言いたいことであろう。
(中略)
政府が避難を命じておいて、その責任を東京電力に取れというのはおかしな話である。繰り返しになるが福島原発の事故によって、東京電力は放射能的に危険であるという状態を作り出していない。危険でないものを危険だとして、住民を強制避難させたのは菅直人なのだ。
http://ameblo.jp/toshio-tamogami/entry-11494727117.htm

田母神は、原子力損害賠償責任法で異常な天災・地変によって生じた損害については、電力会社は責任をとらなくてよいことになっているが、にもかかわらず、巨額の賠償金支払いが義務付けられたと述べている。それは、東京電力が戦わなかった結果であるとし、「社長は辞めたが、残された東京電力の社員は経済的にも、また精神的にも大変つらい思いをしていることであろう」と、東京電力に同情している。

そして、田母神は、放射能は塩と同じで、なければ健康が維持できないが、一時に取りすぎると真でしまうものだと述べている。

放射能は、昔は毒だといわれていた。しかし今では塩と同じだといわれている。人間は塩分を採らなければ健康を維持できない。しかし一度に大量の塩を採れば死んでしまう。放射線もそれと同じである。人間は地球上の自然放射線と共存している。放射線がゼロであっては健康でいられるかどうかも実は分からない。放射能が人体に蓄積して累積で危険であるというのも今では放射線医学上ありえないことだといわれている。放射線は短い時間にどれだけ浴びるかが問題で累積には意味がない。
http://ameblo.jp/toshio-tamogami/entry-11494727117.htm

その論拠として、自然放射線の100倍の環境にいるほうが健康にいいという説(ミズーリ大学のトーマス・ラッキー博士が提唱しているとしている)、DNAが放射線で壊されてもある程度なら自動修復されるという説、年間1200ミリシーベルトの放射線照射は、健康によいことはあっても、それでガンになることはないという説(オックスフォード大学のウェード・アリソン教授が提唱したものとされている)をあげている。これは、いわゆる放射線ホルミシウス論というものであろう。

そして、結論として、田母神は、このように述べている。

我が国では長い間歴史認識の問題が、我が国弱体化のために利用されてきた。しかし近年では多くの日本国民が真実の歴史に目覚め始めた。そこに起きたのが福島原発の事故である。左向きの人たちは、これは使えるとほくそ笑んだ。そして今ありもしない放射能の恐怖がマスコミ等を通じて煽られている。原発なしでは電力供給が十分に出来ない。電力が不足してはデフレ脱却も出来ない。不景気が今のまま続き学校を卒業してもまともな就職も出来ない。放射能認識は第二の歴史認識として我が国弱体化のために徹底的に利用されようとしている。
http://ameblo.jp/toshio-tamogami/entry-11494727117.htm

田母神の「原発論」は、いってしまえば、日本の原発は、地震によって停止し、津波対策もされている(?)ので安全であり、放射線による健康障害などはありえず、それらを理由にした脱原発は、日本を弱体化させる陰謀であり、それにのってしまえば、電力不足、デフレによる不景気、就職危機が継続してしまうということになる。

田母神俊雄は、福島県郡山出身である。福島県あたりで、このような議論をされていると考えるとうそ寒くなる。

さらにいえば、田母神は、元航空幕僚長であった。航空自衛隊ではトップの役職である。一応、自衛隊は、よくも悪くも、核戦争や核物質テロへの対処を考えているはずだと思っていた。しかし、放射能を塩と同じという田母神のような認識で、まともな核戦争やテロへの対策がとれるのかと思ってしまう。さらにいえば、彼らから見れば都合の悪い情報は、こちら側を弱体化させる敵の悪宣伝でしかないのである。このような人が、どうして、航空幕僚長を勤めることができたのかとすら思えてしまう。

田母神俊雄のサイトに都知事選の政策が出ているが、原発については全くふれていない。しかし、このような原発認識を抱いている人物が、今や都知事に立候補しようとしているのである。

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私自身がいま取り組んでいることに必要になり、福島第一原発事故によって避難を余儀なくされた人びとの総数を調べてみた。まず、岩手・宮城・福島三県において東日本大震災・福島第一原発事故のために避難した人びとの数をみていこう。

内閣府・復興庁は「全国の避難者等の数」という発表を2011年6月から行っているが、初期の発表は避難所や旅館などにいる人数を中心としており、仮設住宅などは戸数でしか発表していないので、避難者数を把握するには十分ではない。ようやく、2011年11月17日調査分から、仮設住宅分も人数で発表されるようになった。それから、一月ごと、2013年4月分までの岩手・宮城・福島三県を中心とした避難者数について、下記の表にまとめてみた。なお、「○○県内」というのは、その県内に避難してきている人びとの総数をさしており、県民のみの避難者数をさしているわけではない。例えば、「岩手県内」避難者というのは、青森県や宮城県から避難してきている人びとも想定として含んでいる。ただ、東日本大震災で被災した岩手・宮城・福島県にわざわざ避難している人は少ないと思われる。他方、「○○県外」というのは、その県から県外に避難している人びとをさしている。福島県外であれば、東京都などの県外に避難している人びとをさしている。ある意味では不確定な部分があるが、まずは、近似として、「県内」「県外」をあわせた人数をその県の避難者数としてみていきたい。

岩手・宮城・福島県の避難者数

岩手・宮城・福島県の避難者数


http://www.reconstruction.go.jp/topics/post.html

まず、2011年11月17日のところをみていこう。県別の避難者総数では、岩手県が4万3934人、宮城県が13万0784人、福島県が15万2945人となっている。死者・行方不明者では、宮城県が9537人・1315人、岩手県が4673人・1151人、福島県が1606人・211人(警察庁緊急災害警備本部「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震の被害状況と警察措置」、2013年4月10日発表)と、この三県の中では福島県が一番人的被害が少ないのであるが、避難者数では逆に福島県が一番多くなっている。また、福島県では、県外避難者が5万8602人と避難者全体の三分の一以上をしめる。これも、宮城県・岩手県にはない特徴である。このような特徴は、その後も同じである。福島県において避難者総数が多いこと、また県外避難者の割合が大きいことは、福島第一原発事故の影響であるといえよう。

なお、全国の避難者総数は32万8903人である。三県の避難者が32万7663人であり、そのほとんどをしめている。東日本大震災は、やはり、岩手・宮城・福島三県を中心に爪痕を残したといえる。そして、福島県の避難者は15万2945人と、避難者総数の半数近くをしめているのである。

次に、時間的推移をみていこう。2011年末から2012年6月まで、避難者総数が増加傾向であることがみてとれる。全国の避難者総数は、2012年6月に34万6987人になった。福島県では、2012年6月に、県内避難者10万1320人、県外避難者6万2804人、避難者総数が16万3404人に達した。たぶんに仮設住宅の建設が進み、そこに居住する人びとが増えたためではないかと想定されるが、詳細は不明である。ようやく、2012年7月頃から、避難者数が減少していく。しかし、2013年4月段階でも、まだ約30万人以上の人びとが仮設住宅などに避難したままなのである。東日本大震災は終わっていないことを、ここでも再認識させられた。

さて、ここから、福島県固有の問題をみていこう。周知のように、この福島第一原発事故により避難区域が指定された。原発から20km圏内の警戒区域では約7万8000人、20km以遠で年間積算線量が20mSvをこえる計画的避難区域で約1万10人、20〜30km圏内の緊急時避難準備区域で約5万8510人が対象となった(『国会事故調報告書』)。そのうち、避難が強制された人びとは警戒区域・計画的避難区域で約8万8000人となる。これらの区域は、大熊町、双葉町、富岡町、浪江町、飯館村、葛尾村、川内村、川俣町、田村市、楢葉町、広野町、南相馬市であり、福島県浜通りから阿武隈山地の地域に該当する。

しかし、警戒区域・計画的避難区域の外側においても放射性物質による汚染は顕著であり、福島第一原発事故の行方も不安であって、かなり多くの人びとは、政府の指示によらず自主的に避難した。一般に「自主避難」とよばれている。

この「自主避難」の状況については、2011年11月10日に開かれた文部科学省原子力損害賠償紛争審査会(第16回)の配付資料「自主的避難関連データ」において、ある程度明らかにされている。その中に「福島県民の自主的避難者数(推計)」がある。2011年9月22日のデータによると、自主的避難者数が5万327人で、そのうち県内が2万3551人、県外が2万6776人となっている。他方、避難等指示区域内からの避難者数は10万510人で、県内が7万817人、県外が2万9693人となっている。このように、自主避難者のほうが、多く県外に避難している。そして、自主的避難者、避難等指示区域内からの避難者をあわせた総計は15万837人で、県内は9万4368人、県外は5万6569人となる。ただ、この数値は、地震・津波の被災者を含んでいることに留意しなくてはならない。

この数値は、さきほどの岩手・宮城・福島県の避難者数で示した2011年11月17日の数値に近いといえる。概していえば、福島県の避難者数は約15〜16万人、政府の避難指示による避難者は約10万人前後、自主避難者は約5万人前後といえる。そして、県内避難者は9〜10万人、県外避難者は5〜6万人ということができる。

2011年3月15日時点の自主避難者を地域別にみると、多いところでは、いわき市が1万5377人、郡山市が5068人、相馬市が4457人、福島市が3224人である。注目すべきことは、これら自主避難者が多いところは、逆に避難受入者数も多いということである。いわき市が1万5692人、郡山市が1956人、相馬市が4241人、福島市が1837人の避難者を受け入れている。このように、住民が自主的に避難しているところに、福島県浜通りなどの住民は避難してきているのである。

自主的避難者数及び受入避難者数

自主的避難者数及び受入避難者数


http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/kaihatu/016/shiryo/__icsFiles/afieldfile/2011/11/11/1313180_2_2.pdf
(なお、この図は見にくいので、上記のサイトでみてほしい)

なお、福島県のサイトで人口統計をみると、2011年3月1日現在で202万4401人であったが、2013年4月1日現在では194万9595人となっている。この短い間に7万4806人という人口減少をみているのである。これは、自治体に住民票を置いている避難とは別のものと考えられる。県外避難をあわせた現住人口でいうなれば、福島県では約15万人前後の人口が減少したということになる。2011年3月時点からいうと、約7.4%の人口減少になるといえよう。さらにいえば、県外・県内問わず、約15〜16万人が避難している。人口減の7万人とあわせると、死亡の場合も含めて、2011年3月1日時点において福島に住んでいた人の10%以上が、その時に住んでいたところから去らざるを得なかったのである。
(http://wwwcms.pref.fukushima.jp/pcp_portal/PortalServlet?DISPLAY_ID=DIRECT&NEXT_DISPLAY_ID=U000004&CONTENTS_ID=15846参照)

前述したように、この避難者数や人口減少は、東日本大震災自体の津波や地震の被災によるものを含んでいる。しかし、避難者の数の多さー東日本大震災全体の避難者の半数近くをしめるー、県外避難の比率の多さ、政府の指示による避難、住民の自主的判断による「自主避難」などは、福島第一原発事故の爪痕とみることができよう。

『国会事故調報告書』によると、チェルノブイリ原発事故により1年以内に避難した人数は、ベラルーシ、ウクライナ、ロシアの三ヶ国合計で11万6000人と推計されている。福島第一原発事故の場合、自主避難を含めれば、避難者だけで15〜16万人となっている。すでに、避難者の人数はチェルノブイリ原発事故をこえているといえよう。

もちろん、この背後には、避難したくてもできなかった人たちがいることを忘れてはならない。また、「自主避難」した人たちは、福島県だけでなく、実際には首都圏にも存在していたのである。

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福島第一原発事故につき、子どもたちを避難させるべきかいなか、これは、福島県だけでなく、場合によっては首都圏でもさかんに議論された問題である。

その一例として、2011年9月30日に郡山市議会定例会で行われた駒崎ゆき子市議会議員と、郡山市当局者の論戦をみていくことにする。

駒崎ゆき子は、「郡山の未来をつくる会」から市議会議員選挙に立候補し、2期8年勤めた。「郡山の未来をつくる会」については、詳細はよくわからないが、いわゆる「市民派」の団体ということができよう。駒崎ゆき子は、前回の市議会議員選挙で落選した。今回の9月の市議会議員選挙で再び議員に当選した。駒崎ゆき子については、本人のブログhttp://komasaki.info/?m=201109&paged=2を参照されたい。ただ、一つ、重要なことは、彼女は、「ふくしま集団疎開裁判」という裁判に議員当選前から関与していることである。このことは、質問中にも言及されている。

とにかく、まず、駒崎ゆき子の質問をみておこう。駒崎の質問は放射線関係だけであったが、多岐にわたり、放射線測定機器の貸し出しや除染などにも質問しているが、ここでは、避難関係だけをみていこう。

◆駒崎ゆき子議員 おはようございます。
 郡山の未来をつくる会の駒崎ゆき子です。
 では、通告に従って一般質問をいたしますが、その他のところで1項目追加をお願いいたします。
 郡山市も、東日本大震災では多くの被害を受けました。また、台風15号により、9月21日から22日にかけて約4,800世帯が浸水の被害を受けました。被害を受けた皆様に心からお見舞い申し上げます。
 さて、原発事故による放射能の汚染については、健康に対する心配と不安、また農産物をはじめ経済への影響ははかり知れないものがあります。郡山市の空間線量は低くなったとはいえ、まだ1時間当たり0.89マイクロシーベルト前後です。事故前に比べて約22倍の高さです。私たちに一番身近な放射線はレントゲンですが、レントゲン室の放射線管理区域は、法律で年間5.2ミリシーベルト以下であり、1時間当たりに換算すれば0.6マイクロシーベルトです。ここは、法律により18歳未満の労働は禁じられ、子どもを含む一般人の立ち入りも禁止されています。しかし、私たちはもう6カ月以上も放射線管理区域よりも高い放射線の中に無防備で生活をしています。今後いつまで続くのか、見通しも立っていません。放射能対策は、緊急かつ最重要な課題ですので、質問いたします。
 1、土壌汚染マップと郡山市の汚染状況について。
 文部科学省が放射線量等分布マップ、略称・土壌汚染マップを発表しました。郡山市で118地点の計測結果が出ております。これをチェルノブイリ原発事故時に旧ソ連当局がセシウム137の線量に基づき設定した避難の基準に当てはめますと、移住権利地域は17地点あり、その他ほとんどが放射線管理区域で、区域設定なしは35地点しかありません。今の郡山市は、セシウム137とセシウム134が同程度あり、合計して考えるべきです。そうすると、55万5,000ベクレル/平方メートル以上の義務的避難地域に該当する地点が3地点となり、移住権利地域は49地点にふえます。最大で83万7,340ベクレル/平方メートルと高い汚染濃度となっております。
 そこで伺います。
 1、住民の安全を守る立場の郡山市として、文部科学省によるこのマップをどうとらえているのか、見解を伺います。
 また、この現状の中、どのような対策で市民の命と生活を守ろうとしているのか、あわせて伺います。
 2、教育委員会では通学路放射線量マップを作成したようですが、今後の除染活動において、この土壌汚染マップも参考にしていただきたいが、見解を伺います。
 また、あわせて子どもたちの健康を守る今後の対策を伺います。
 3、内部被曝を防ぐ手だてについて。
 現在、厚生労働省が定める食品の暫定規制値は、野菜、穀類、肉、魚、卵などに含まれる放射性セシウムは500ベクレル/キログラムになっています。一方、チェルノブイリ原発事故で被害を受けたベラルーシの野菜の規制値は100ベクレル、ウクライナでは40ベクレルとなっています。日本の基準で本当に健康は守れるのか心配です。そこで、内部被曝を防ぐ手だてをどう考えているのか、当局の見解を伺います。
 2、こども・妊婦の疎開について。
 子どもは大人より放射能の影響を受けやすいと言われています。また、7月5日の朝刊に、3月下旬に県内の約1,000人の子どもたちの調査で、45%の子どもたちがヨウ素被曝を受けていたと報道されています。世界の歴史の中でも、核実験の後、スリーマイル島及びチェルノブイリ原発事故後に4年から5年で子どもたちの甲状腺がんがふえています。また、勇気ある14人の子どもたちが「1ミリシーベルト以下の安全な場所で学校運営をしてほしい」と郡山市に仮処分の申し入れをしていますが、文部科学省の土壌汚染マップの現状を見れば、子どもたちへの影響がとても心配されますので、伺います。
 1、子どもたちの将来の安全について。
 裁判で郡山市は、文部科学省の言うとおりやれることはやっているので、疎開させるまでもない旨、答弁しています。現在、自主避難等々で小中学生997名が転出している中、このまま子どもたちを郡山市にとどめておいて、将来までも安全だと言えるのかどうか、郡山市の説得力ある見解を伺います。
 2、保健室利用日誌の充実や子どもの健康把握について。
 保健室利用状況を情報開示しましたら、外科系の症状が減り、内科系の症状がふえていました。仔細理由の記載は一部の学校のみでしたが、腹痛、頭痛、発熱、気分不良等々、中には腹痛の欠席、来室者が増加しています等々の記載もありました。原因は、第一には外で遊べない子どもたちのストレスだと思いますが、子どもたちの健康状態が気になります。そこで、今後、保健室利用日誌の充実や子どもの健康把握をどうするのか伺います。
 3、子どもたちの公的主導の疎開について。
 ジャーナリストの広河隆一さんたちは、チェルノブイリの支援で、安全な場所2カ所に寄宿舎を建て、危険な場所に住む子どもたちを学級ごと、何カ月か交代で疎開させているそうです。今回、環境NGOが子どもたちの尿中セシウムの検査をした結果、すべてのお子さんの尿からセシウムが検出されました。もう既に子どもたちは内部被曝をしている現実があります。そのお子さんの尿の検査を9月に再び行ったところ、この夏休みに疎開したお子さんのセシウムは減り、動かなかったお子さんはふえていたという結果が出ています。
 子どもたちは新陳代謝も早いので、疎開は有効な手だてです。チェルノブイリでできることが郡山市でできないはずはありません。姉妹都市との連携等々で、ぜひ公的主導の疎開が実現できないでしょうか、伺います。
 4、妊婦さんへの対策と避難、疎開の現状や生活保障について。
 放射能は遺伝子を傷つけることから、妊婦さんやこれから妊娠出産を予定している皆さんの心配は大きいです。未来を担う子どもを守るのは自治体として大きな責務でありますので、郡山市の妊婦さんへの対応を伺います。
 また、県の助産師会は会津に避難所を設けているようですが、郡山市の妊婦さんの避難、疎開の現状や生活保障について、あわせて伺います。
http://www2.city.koriyama.fukushima.jp/gijiroku/
上記の9月30日定例会会議録より引用。なお、後述する郡山市議会における発言はすべてここから引用。

駒崎の質問の趣旨は明解だ。文部科学省の発表した土壌汚染マップによれば、セシウム137だけでも郡山市の多くの地域は放射線管理区域(3万7千Bq/㎡~)なみの汚染を示しており、さらに、チェルノブイリ事故時に移住の権利が認められた区域(18万5千Bq/㎡~)のところも17箇所あると、駒崎は指摘する。さらに、半減期約2年のセシウム134を合算するならば、「義務的避難地域(55万Bq/㎡~)に該当する地点が3地点となり、移住権利地域は49地点にふえます」と、駒崎は主張しているのである。

私自身も先に、本ブログの「福島・宮城・栃木三県における放射性セシウム汚染の状況ー東日本大震災の歴史的位置」(2011年8月10日)の中で、同様のことを指摘した。その際、私自身もチェルノブイリの区分を参考としている。ここで再びあげておこう。

参考:チェルノブイリの区分

148万Bq/㎡~     (第1) 強制避難区域   直ちに強制避難、立ち入り禁止
55万Bq/㎡~     (第2) 一時移住区域   義務的移住区域
18万5千Bq/㎡~   (第3) 希望移住区域   移住の権利が認められる
3万7千Bq/㎡~    (第4) 放射線管理区域  不必要な被ばくを防止するために設けられる区域

駒崎は、このような状況下において、チェルノブイリ事故の教訓にかんがみ、放射線に対してより感受性が強いと思われる子どもと妊婦を郡山市より避難させるべきではないかと訴えたのである。

この駒崎の問いに対し、郡山市役所の高田繁総務部長は、このような答弁をした。

○大内嘉明議長 次に、項目1、土壌汚染マップと郡山市の汚染状況について、当局の答弁を求めます。高田総務部長。
    〔高田繁総務部長 登壇〕
◎高田繁総務部長 土壌汚染マップについてでありますが、チェルノブイリではセシウム137のみの数値であり、測定時期も事故から約4年後であることなど単純な比較はできないものと考えております。
 今後につきましても、放射性物質の除染を積極的に進め、年間総被曝量1ミリシーベルト以下にすることを目指してまいります。
 以上、答弁といたします。

駒崎は納得しない。再質問となった。

○大内嘉明議長 土壌汚染マップと郡山市の汚染状況について、駒崎ゆき子議員の再質問を許します。駒崎ゆき子議員。
    〔1番 駒崎ゆき子議員 登台〕
◆駒崎ゆき子議員 再質問いたします。
 今、土壌汚染については、単純に比較ができないということでしたが、それは4年過ぎてみないと、郡山の4年後と比較してみないと比較できないとおっしゃっているのか、そこのところを再度、もう少し詳しく説明お願いします。
○大内嘉明議長 当局の答弁を求めます。高田総務部長。
◎高田繁総務部長 再質問にお答えします。
 先ほど、単純には比較できないものという答弁を申し上げましたけれども、その比較できない要因でございますが、チェルノブイリの事故のベクレルにつきましては、土壌表面のセシウム137だけで148万ベクレル、妊婦、子どもに対しては55万5,000ベクレルでございますが、郡山市の場合については、セシウム137と134を合わせますと55万5,000を超えているところがありますので、片方はセシウム137だけ、片方はセシウム137と134ということで、その1つと、さらには合計といったところが違います。さらには測定時点が、先ほどの4年と現時点という時点がございますので、その点が比較できないというところでございます。
 以上、答弁といたします。

チェルノブイリとは比較できないーそれも測定方法の次元においてというのが、高田総務部長の答えなのである。駒崎は、「今の答弁ですと、やはり郡山市内は今とても危険だという状況には立っていないように思うのです」と言わざるをえなかった。

○大内嘉明議長 駒崎ゆき子議員の再々質問を許します。駒崎ゆき子議員。
    〔1番 駒崎ゆき子議員 登台〕
◆駒崎ゆき子議員 では、再々質問をさせていただきますが、今の答弁ですと、やはり郡山市内は今とても危険だという状況には立っていないように思うのです。歴史的にも、過去のチェルノブイリ事故の後とか、本当に子どもたちに甲状腺がんがふえたりしているわけですから、過去の間違いを私たちはしないように、今から予防的対応をとらなければならないと思っているのですが、そこのところがまだ認識がちょっと違うように思うのですが、子どもたちについては、今でも、この郡山市で安全だとお考えなのかどうか、再々質問いたします。
○大内嘉明議長 当局の答弁を求めます。高田総務部長。
◎高田繁総務部長 再々質問にお答えをいたします。
 子どもに対する取り扱いは安全なのかというような再々質問でございますが、やはり将来を担う子どもの健康は大事でございますので、そういったことから、大人とは違った、子どもは半分のベクレルというところで、先ほどチェルノブイリでいう148万に対して55万5,000でございますが、本市につきましては、そういった取り組みの中で少しでも子どもの線量を低くするための取り組みということで、表土除去とかいろいろやっております。
 今後につきましても、放射性物質の除染をもっともっと積極的に進めまして、年間総被曝量を1ミリシーベルト以下に持っていきたいというような考えで取り組んでいるところでございます。
 以上、答弁といたします。

駒崎の懸念について、高田は、除染すれば大丈夫だという答弁をしたということができよう。ここでは紹介していないが、市長自身も、除染に積極的な姿勢を示していた。そして、その積極的な除染というものが、結局、かなり問題がある、町内会などを中心として行われた「市民自らの除染」ということになっていくということができよう。

さて、子ども・妊婦の疎開については、木村孝雄教育長が答えることになった。

○大内嘉明議長 次に、項目2、こども・妊婦の疎開について、当局の答弁を求めます。木村教育長。
    〔木村孝雄教育長 登壇〕
◎木村孝雄教育長 初めに、子どもたちの将来の安全についてでありますが、低放射線量と健康被害との関係については、専門家でも判断が分かれるところであります。また、8月26日には文部科学省が、学校で児童生徒が受ける線量は年間1ミリシーベルト以下、毎時1マイクロシーベルト未満を目安とする指針を定めたところであります。
 本市においては、子どもたちの健康と安全を最優先に、除染活動や屋外活動の時間制限、健康チェックや安全・安心な食材の確保など今できることを一つ一つ行っているところであります。
 次に、保健室利用日誌の充実や子どもの健康状態の把握についてでありますが、子どもたちの震災の影響による健康状態を的確に把握する必要があることから、きめ細やかな健康観察、校内の教育相談の充実、保護者との情報の共有などと合わせて、常に個人と全体の把握ができる学校保健日誌の記載のあり方について、管理主事の全校訪問等で指導しているところであります。
 今後も、学校保健日誌を充実させ、全職員で有効活用しながら、心のケアを中心に子どもの健康管理に万全を期してまいる考えであります。
 次に、子どもたちの公的主導の疎開についてでありますが、本市は国が示す警戒区域・緊急時避難準備区域等に指定されておりません。また、疎開による生活不適応からくる子どもたちの心身の影響等の課題もあることから、市主導の疎開は考えておりません。
 以上、答弁といたします。

木村の答弁によると、低放射線量と健康被害との関係は、専門家でも判断が分かれるとし、結局は国の基準に従いつつ、「子どもたちの健康と安全を最優先に、除染活動や屋外活動の時間制限、健康チェックや安全・安心な食材の確保など今できることを一つ一つ行っているところであります」としているのである。その上で、国が避難を強制している区域ではないし、「疎開による生活不適応からくる子どもたちの心身の影響等の課題もある」として、市主導の疎開は考えていないと木村教育長は述べたのである。

もちろん、駒崎は、ここでも納得しない。再質問を行った。

○大内嘉明議長 こども・妊婦の疎開について、駒崎ゆき子議員の再質問を許します。駒崎ゆき子議員。
    〔1番 駒崎ゆき子議員 登台〕
◆駒崎ゆき子議員 再質問をさせていただきます。
 疎開については考えていないというお話でしたけれども、私の知っている若いお母さんたちが、自分も仕事を辞め、そしてお父さんをこちらに置き、2人のお子さんを連れて郡山市を離れました。その理由は、行政の対応を待っていたら子どもの命は救えないという本当に切実な思いで離れたのです。
 ですから、もう少し、そこの心情をしっかり考えていただきたいと思います。今の郡山市の対策、それからホールボディカウンターだって、あと半年後なんですよ。でも、私たちは毎日毎日、被曝をしているわけですので、そういう意味から、ぜひ考えていただきたいし、また郡山市を離れたいと思っても、いろいろな事情で離れられない親子さんも多くいます。条件とか環境によって命に格差が生まれてはいけないと思うのです。やはりそのためには、公的な避難、公的な疎開、そこをぜひさせたいと思うのですが、再度お伺いいたします。

駒崎は、郡山市から自主的に疎開した母子の例をあげて、郡山市の当局者を追求した。

それに対して、木村教育長は、このように答えた。

○大内嘉明議長 当局の答弁を求めます。木村教育長。
◎木村孝雄教育長 再質問にお答えいたします。
 公的主導の疎開についての考えについてでありますが、本市は、国が示す避難区域等に指定されておりません。
 市が一方的に疎開を行う権限も有しておりません。
 3点目は、疎開により自分の家を離れることは、子どもたちや保護者に大きなストレスを与えることになり、心身への影響等を考える必要があると考えます。
 4点目は、現在、放射線量が減少傾向にあります。今後、除染が進むこと、以上のことから、現時点では疎開が必要な状況にはないと考えております。
 特に、教育の原点は家庭でございます。成長過程で生ずるさまざまな不安や悩み、受けとめてくれるのはやはり家庭です。人格形成の基礎には何よりも家庭、そしてなれ親しんだ地域、教師、友人が欠かすことができないものと認識しております。その意味でも、ふるさとを離れている子どもたちが一日も早く戻れるような除染活動に、どの子も健康で思う存分学べる環境づくりに、例えば除染、内部被曝の軽減、健康診断、情報公開等に今後も取り組んでいく所存であります。
 以上、答弁といたします。

木村は、まず、国が避難区域に指定していない、市が疎開を行う権限はないと答えた。さらに、疎開は、子どもや保護者にストレスをあたえるとした。加えて、放射線量が低下傾向にあるとも述べた。その上で、木村は、教育の原点は家庭である、家庭や、なれ親しんだ地域・教師・友人などのところに子どもが戻れるように、除染などに努力すると述べたのである。

結局、駒崎と木村の論戦は、平行線のままだった。

○大内嘉明議長 駒崎ゆき子議員の再々質問を許します。駒崎ゆき子議員。
    〔1番 駒崎ゆき子議員 登台〕
◆駒崎ゆき子議員 再々質問をいたします。
 確かに教育長のおっしゃるとおりストレスがとても大変なんです。でも、それを防ぐには行政が主導していく避難だと思うのです。そこなので、もう少し考えていただきたいと思います。---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------ぜひ今回のこの子どもたちを救うという目的から、公的な避難や疎開をぜひご検討いただきたいと思いますので、市長にお答えいただきたいと思います。
○大内嘉明議長 当局の答弁を求めます。木村教育長。
◎木村孝雄教育長 再々質問にお答えいたします。
 さらに疎開について具体的に考えていけないのかという質問でございますが、先ほどもお答えいたしましたように、今、実現可能な方策を一つ一つプライオリティをつけながら、行政の責任、大人の責任で精いっぱい取り組んでまいります。
 子どもの10年先、20年先の健康リスクはだれも予想できない、それだけは認識しております。そういう意味で、これからも実現可能な方策を順次取り組んでまいりますが、なお、9月28日現在で60名以上の生徒が戻ってきております。再転入してきており、その人数が増加傾向にあります。いろいろな多くの問い合わせがございます。
 再転入の主な理由を、ほとんどの保護者からアンケートをとりました。
 第1点目は、放射線量が下がり、学習環境が改善されたため。それが1番多かった。
 第2点目に多かったのは、郡山市の教育や取り巻く環境がすぐれていると認識したため。これは2番目に多かったです。
 3点目が、他地域での学習や居住に不都合があった。
 4点目が、災害復興が進み、生活環境が整ったなどであります。
 また、2学期になり、郡山に避難している方からの情報を受けて、県内外から新たに9月だけで7避難家族が市内に転入してきております。
 そういうものをしっかり受けとめながら、今後可能な限り子どもたちの安全を、命を守ることを最優先に努力してまいります。
 以上、答弁といたします。

駒崎は、ストレスを防ぐためには行政主導の避難をすべきだとする。しかし、木村は、すでに子どもたちは戻ってきている、他地域では不便であり、郡山市の教育環境が優れていることが再認識させられたのだと述べているのである。

私個人の意見をいえば、駒崎の意見に近いといえる。低放射線量の健康への影響は、確かに実証されていないのだが、影響がないともいえない。それゆえ、日常において、例えばレントゲン診断の時など低線量といえども照射される際は、なんらかの放射線防護を行っている。郡山市の多くの地点が放射線管理区画なみであるならば、妊婦・子どもだけでも特別な措置が必要ではなかろうかとも考えるのである。

ただ、木村孝雄教育長の言葉についても、多少考えてみよう。避難などについては国の基準以上は必要ないという主張については、中央追随ではないかとみられるのはしかたがないだろう。しかし、たぶん、それだけではないとも思う。

木村は、避難している子どもたちにつき、ストレスを懸念しているといえる。目に見えない放射線による被害よりも、確かに目に見える避難によるストレスのほうを心配しているのだ。ある意味では、放射線被曝の影響を軽視しているといえる。それゆえ、駒崎などからの批判は免れえないのであるが、木村の正当性の根拠となるのが、低線量被曝による健康被害が実証されていないということを前提にした、国の避難基準なのである。

その上で、木村は、避難している子どもたちが郡山市に戻ってきてほしいと願っているといえる。木村によれば、避難しているストレスによる被害の方が、放射線被曝の害よりも大きいのだ。ふるさとに戻るということが、木村のいう教育の原点である家庭に戻るということでもあるとしている。彼にとっては、目に見えない放射線被曝による健康被害を恐れて、市が積極的に妊婦・子どものふるさとや家庭からの離脱を意味する避難を勧奨するということは、たぶんに理解できないことなのであろう。

もちろん、木村も、放射線被曝を防ぐ措置が全く無用としているわけではない。彼にとっても、除染は必要な課題なのだ。しかし、彼にとって、放射線被曝のリスクは、避難時のストレスのリスクよりも小さいのであり、除染による放射線被曝のリスクの低減は、実質的なものというよりも、避難している子どもたちを呼びかえらせるという意味で心理的なものでもよいのではなかったのかとも考えるのである。

現時点で、あまり一方的なことはいえない。とりあえず、2011年9月の時点において、郡山の地域社会は、放射線被曝の害を懸念して子どもたちを避難させるか、避難している子どもたちのストレスを懸念して、除染などにより呼びかえらすことを指向するかというジレンマをかかえていたことを、ここでは確認しておこう。そして、その場合、チェルノブイリ事故の経験を重くみるか、国の基準を信奉するかということも問題になっていたことを忘れてはならないだろう。

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