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さて、また原発のことに話をもどしてみよう。原発立地は、本当に立地した町村財政にプラスになるのだろうか。まず、想定できるのは、原発設備に対する固定資産税である。しかし、原発運転開始時には多額の固定資産税が入るが、原発の減価償却につれて、毎年固定資産税額は下がってしまう性格を有している。

 1974年、田中角栄が首相で中曽根康弘が通産相であった時期に制定された電源三法(発電用施設周辺地域整備法・電源開発促進税法・電源開発促進対策特別会計法)により電源交付金が創設された。この電源交付金は、電力会社が電力料金に上乗せして消費者より税金を徴収し、それを原子力などの発電所が立地する自治体・隣接自治体・府県に交付するものであった。

 だが、これも発電所が建設されるまでの直前はかなり多く支給されるが、発電所の営業運転が開始されると固定資産税が入ってくるので、電源交付金はしだいにもらえなくなってしまう。そして、固定資産税は、前述のようにしだいに減額されていくのである。

 電源交付金は、創設当初はいわゆる「箱もの」への支出を中心としていたので、必要性の少ない施設が多く作られた一方、維持費や人件費はその後も自治体財政の負担となった。

例えば、福島第一原発が所在する双葉町についてみてみよう。『朝日新聞』2011年5月28日付朝刊で、編集委員神田誠司が「『増設容認』カネの魅力、神話の陰にー福島原発40年④」という署名記事を書いている。この記事を再構成しつつ、原発立地が町村財政にプラスなのかいなかを検討してみよう。この記事において、双葉町財政が豊かであった時期はこのように叙述されている。

 

双葉町の5・6号機が運転開始したのは1978、1979年のことだ。当時、人口約8千人の町には巨額の「原発マネー」が奔流のように流れ込んだ。
 原発立地を促すための国の電源3法交付金、東電からは巨額の固定資産税などの税収……原発関連の固定資産税収だけでもピークの83年度は約18億円、当時の歳入総額33億円の54%に達した。町は下水道や道路整備、ハコ物建設に次々と手をつけた。

しかし、それは長くは続かなかった。同記事は、このように叙述している。

 

だが、双葉町の「原発バブル」は長くは続かなかった。施設の老朽化に伴って頼りの固定資産税収は激減。期限のある交付金も減った。それでもいったんタガの緩んだ財政規律は戻らない。温水プールつき健康福祉施設などを続けて借金を膨らませ、予算も組めなくなっていた。

この状態を、経済学者諸冨徹は、「原発震災から地域再生へ」(『現代思想』2011年6月号)で、このように説明している。

こういった交付金を一度受けてしまうと、財政構造が強烈な依存型へと変わってしまうのです。強烈な依存型になるということは、二つあるのですが、交付金自体が外部から箱物投資のためにくるものですから、まずは色々な公共設備を作っていくわけです。例えばコミュニティーセンターやコンサートホールですね。どれも非常に立派で美しい建物ですが、年間数千万円の維持費がかかりますから、とても事業収入だけでペイできない。残りは全て一般会計からの持ち出しになります。こうした建物だけにとどまらず、下水道や道路建設の公共事業も一挙に進めることになります。そのことで設備水準は上がるのですが、維持管理コストも跳ね上がってしまう。
 さらに一度上げた事業水準は、収入が減ったとしても落とすことは難しいものです。維持管理費は恒常的に発生し続けますから費用の歳出構造の水準が硬直化する現象が発生します。しかし反面で、収入の方は恒常的に一定の水準を維持するわけではありません。

諸冨によると、電源交付金などは原発稼働の七年前くらいから大幅に上がるが、原発稼働後は固定資産税に置き換わる、しかし減価償却のため固定資産税は年々減額され、約10年で半分以下になってしまうとのことである。そのため、歳出構造を原発建設期もしくは建設直後にあわせると全く歳入が足らなくなってしまうというのである。

このような財政危機は、どのような形で克服がはかられるのか。次回以降のブログでみていこう。

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