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さて、橋下徹が5月13日午前中の囲い取材で述べた「慰安婦」についての発言は、午後(退庁時)の囲み取材でも続いた。まず、5月25・26日に元慰安婦が大阪を訪問する予定があり、橋下に面会を求めるということで、面会する予定なのかと記者が問い、橋下は会う予定で調整していると述べた。その後、このようなやりとりがあった。

―― 以前から元慰安婦の方に対して優しいお言葉をかけていかなきゃいけないとおっしゃっていますが、具体的にはどんなお話を? もしお会いになられたら……。

それは今ここで言っても、仕方がありませんから。その時に、お会いした時に話をします。

―― 優しい言葉をかけなきゃいけないとおっしゃっている一方で、今朝、各国の軍隊が当時制度として(慰安婦を)持っていた事実があって、当時の状況を考えると必要だったというような発言もあったと思いますが、今までにない踏み込んだ発言だったようにも感じたんですが……。

いや、そんなことなくて、ま、聞かれなかったから言わなかっただけで、当時の状況ではそういうことを活用していたのは事実ですから。当時の状況としては。ただ、それをよしとするかどうかというのは別でね。意に反してそういう職業に就かなければならない。「意に反して」ですよ。自らの意志でそういう職業に就いてる人も中にはいたでしょうしね。

現代社会にだって風俗業というのはしっかり職業としてあるわけですから。自らの意志でやった場合には、まぁ、それは自らの意志でしょうということになりますけど、意に反して、そうせざるをえなかったという人たちに対しては、これは配慮が必要だと思いますよ。
http://synodos.jp/politics/3894/2

橋下は、慰安婦において、意に反してなる人と自らの意志でなる人と両様があって、意に反してなった人びとには「配慮」しなければならないとしている。「意に反してなる」人が少しでもいれば、「強制的」だったということにもなり、慰安婦に対する「強制」はなかったという説が成り立たないことになるが、そういうことは考えないのである。

そして、従事する女性の同意/不同意に関わらず、軍を維持するために慰安婦制度は必要であったと述べている。そして、今は慰安婦制度は認められないが、やはり風俗業は必要だとしているのである。そして、有名になった、沖縄の海兵隊司令官にもっと風俗活用をすべきであるという発言を紹介したのであった。

―― 「意に反して」ということでも必要ではあったということでしょうか? いい気はしないけれども、状況からして必要であったということですか?

いや、意に反した、意に即したかということは別で、慰安婦制度っていうのは必要だったということですよ。意に反するかどうかに関わらず。軍を維持するとか軍の規律を維持するためには、そういうことが、その当時は必要だったんでしょうね。

―― 今は違う?

今はそれは認められないでしょう。でも、慰安婦制度じゃなくても風俗業ってものは必要だと思いますよ。それは。だから、僕は沖縄の海兵隊、普天間に行った時に司令官の方に、もっと風俗業活用して欲しいって言ったんですよ。そしたら司令官はもう凍り付いたように苦笑いになってしまって、「米軍ではオフリミッツだ」と「禁止」っていう風に言っているっていうんですけどね、そんな建前みたいなこというからおかしくなるんですよと。

法律の範囲内で認められている中でね、いわゆるそういう性的なエネルギーを、ある意味合法的に解消できる場所ってのが日本にはあるわけですから。もっと真正面からそういうところ活用してもらわないと、海兵隊のあんな猛者のね、性的なエネルギーをきちんとコントロールできないじゃないですかと。建前論じゃなくてもっとそういうとこ活用してくださいよと言ったんですけどね。それは行くなという風に通達を出しているし、もうこれ以上この話はやめようっていうんで打ち切られましたけどね。だけど風俗業ありじゃないですか。これ認めているんですから、法律の範囲でね。

―― 活用していないから事件が起こると?

いやいや、それは因果関係は別です。でももっと、だから、そういうのは堂々と……。それは活用したから事件がおさまるという風な因果関係にあるようなものではないでしょうけど、でも、そういうのを真正面から認めないと、建前論ばかりでやってたらダメですよ。そりゃあ兵士なんてのは、日本の国民は一切そういうこと考えずに成長するもんですから、あんま日本国民考えたことないでしょうが、自分の命を落とすかもわかんないような、そんな極限の状況まで追い込まれるような、仕事というか任務なわけで。それをやっぱり、そういう面ではエネルギーはありあまっているわけですから、どっかで発散するとか、そういうことはしっかり考えないといけないんじゃないですか。それは建前論で、そういうものも全部ダメですよ、ダメですよって言っていたら、そんな建前論ばっかりでは、人間社会はまわりませんよ。
http://synodos.jp/politics/3894/2

今読んでみると、いささか恥ずかしくなってくるのだが…。この発言には、いくつかの問題点を指摘できる。まず、売春を組織として禁じている米軍に対してーそれも司令官に対してーこのような発言をするということは、米軍からみれば、組織に対する侮辱ととらえられるだろうということである。この紹介の中で、米軍司令官はそのような形で対応したし、その後のアメリカ政府の対応もまた、その観点から行われている。

他方で、このような発言について、日本とりわけ沖縄の人びとがどう思うかということである。この発言は、兵士の性的エネルギーのコントロールにつき、公的な形で女性を「活用」しろといっているわけであるから、女性を「性的な資源」としてみているわけで、女性に対する人権侵害になることは間違いない。他方で、ナショナリスティックな観点からみたらどうなるか。日本とりわけ沖縄がアメリカの従属下にあることはあきらかである。それは、日米安保条約と日米地位協定に表現されている。沖縄での米兵の性犯罪がたえないのは、第一に長期間にわたって大規模にアメリカ軍が駐留しているためであり、第二に不平等な日米地位協定によって日本の警察権が十分米兵に及ばないことが起因している。そのようななか、アメリカ軍司令官に日本の「女性」の活用をもちかけるということは、日米の従属関係の基本について異議を申し立てず、かえって便宜供与を提起するということになるだろう。結局、そうなると、強制であるか合法であるとか、女性が合意しているかどうかは関係なく、従属を強いている相手にさらに便宜供与するのかということになるだろう。そして、アメリカー日本・沖縄という現在の構図は、植民地期の日本ー朝鮮という構図に変換可能である。いわば、橋下は、たぶん自ら意図したのではないだろうが、慰安婦問題を現代世界においてわかりやすく可視化してしまったのである。

さらに、橋下は、米軍も朝鮮戦争期や占領期の沖縄において慰安婦制度をもっていた、日本軍以外もレイプはしていた、日本だけが慰安婦をもっていたのではないと、それまでの説明を繰り返し、最後に、次のように述べている。

ただ、日本の軍がね、または日本政府が国をあげてね、暴行脅迫拉致をしたという証拠が出てくれば、それはやっぱり日本国として反省しなければいけないけれど、そういう証拠がないって言う風に日本政府が閣議決定しているわけですからね。だから、今度、慰安婦の方が大阪市役所に来られた時にね、暴行脅迫うけたのか、拉致されたのかね、そのあたりについても、お話うかがわせてもらえるんだったら、うかがわせてもらいたいですけどね。

本当にそうだってことであるんだったら、日本政府の方にその証言とってもらってですね、なんだ拉致あるじゃないですかと、2007年の閣議決定の時と違うじゃないですかっていう話になってもこれは仕方ないと思いますしね。今は、いろんな論戦の中で、従軍慰安婦問題を否定している人たちって言うのは、暴行脅迫や拉致は絶対になかったって言っているわけですから、それはあるって話になれば、それは従軍慰安婦問題を真っ向から否定している人たちは論拠がなくなるわけですしね。まぁ、だから、どういう状況で、どういう経緯で慰安婦にならざるをえなかったのか、そういうお話をうかがわせてもらえるんであればお聞かせいただきたいという風に思ってますけども。
http://synodos.jp/politics/3894/2

つまり、慰安婦の人びとと、このようなことでディベートをしたいというのである。

ここまで、橋下の発言を「読解」してきた。韓国その他アジア諸国には「謝罪」するが、植民地政策をすすめ、慰安婦制度をもっていた(と橋下は主張する)アメリカなどの欧米諸国には、結局同じくらい悪いことをしていると主張するのだというのである。そのつながりで、沖縄の米軍司令官には性的エネルギー発散のため風俗業への活用をすすめるということになるのである。

ずっと読み進めてみると、だんだん誰もがが正当とは思えない袋小路に自分から入っていったという感想をもった。欧米諸国が植民地政策を行っていたことは自明であり、その意味で欧米諸国にも批判の余地があるということは、ある程度の(それだけをとりだせばということになるが)賛成を得られるであろう。しかし、世界各国が日本と同様の慰安婦制度をもっていたかといえば、?をつけざるをえない。日本の慰安婦制度すら解明されているとはいえず、それと比較可能な形で各国軍隊の売春業が解明されているのだろうか。そして、現在の在日米軍に公に風俗業を活用するという発言については、ある意味では「建前」をたたく姿勢のみを評価する人びとを除いて、だれが評価するのであろうか。逆に、あの発言こそ、公的な機関が組織的にそのような事業にかかわることの危険性を指し示したといえるのである。たぶん、刺激的な発言をすることで衝撃を与えようとしたのであろう。確かに、衝撃を受けた。しかし、それは、大多数の人びと(それも世界的に)が橋下を排除するように作用したのである。

といっても、このような袋小路は、橋下徹のみが陥っているわけではない。結局、日本の侵略の問題性を相対化しようというこころみは、橋下以前の自民党などの保守派が一貫して行ってきたことであった。慰安婦における強制性を認めないということは、彼らが開発してきた論理なのだ。しかし、冷戦終結後の彼らの営為は、対アジア諸国からの批判をまねいただけでなく、アメリカほか日本が依存してきた欧米諸国の批判につながっていった。今年の5月始め、橋下発言の直前、安倍政権が陥っていた状況はそのようなものであった。橋下は、その状況下で発言して、何らかの主導権を得ようとしたといえる。しかし、内外からの批判をあびてしまったのである。

もし、橋下のように、侵略を相対化し慰安婦の強制性を認めないことから議論を開始すれば、やはり橋下のような袋小路に落ちいることになるだろう。そして、それは、橋下が介入しなければ安倍政権がすすんだかもしれない道だったのである。

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さて、本日9月21日は、民主党の代表選が投開票される日である。報道によれば、現職の野田首相の再選が確実と聞く。

同時並行的に行われている自民党総裁選は、テレビなどの露出も多く、街頭演説なども多いらしい。しかし、民主党の代表選は、テレビへの露出も少なく、街頭演説もほとんどない。

しかし、一度は行わなくてならないと考えたらしく、9月19日午後4時半より、野田佳彦、鹿野道彦、赤松広隆の三候補は、新宿駅西口にて街頭演説会を実施した。なお、原口一博は、沖縄にいっており、この演説会には出ていない。

野田首相の演説分をとった映像が youtubeに投稿されている。ここで紹介したい。

10分はある映像だが、最初のところだけみれば、大体理解できる。野田は、群衆に「帰れ」「帰れ」や「人殺し」などと野次られながら、演説を行っていたのである。

この状況をもっともよく伝えているのが、日刊ゲンダイの次のネット記事である。

野田首相初の街頭演説「人殺し」「辞めろ」コールに思わず涙目
【政治・経済】

2012年9月20日 掲載

 野田首相は、自分がどれだけ国民から嫌われているか、身に染みて分かったのではないか。
 19日、民主党代表選の街頭演説が東京・新宿で行われた。詰めかけた聴衆の手には「辞めろ」「ウソつき」などと書かれたプラカード。野田が登場すると、「帰れ!」「人殺し!」とヤジや罵声が飛び、最後は「辞めろ」コールの大合唱で演説がまったく聞こえないほどだった。
「反原発の官邸デモの件もあって、総理は街頭演説を嫌がっていた。今回は反原発の左翼だけじゃなく、尖閣問題で右翼も警戒しなければならない。それで、大阪と福岡で行われた演説会も屋内開催になったのです。しかし、自民党総裁選が各地で街頭をやっているのに、民主党が1回もやらないのでは批判されると中央選管から泣きつかれ、急きょ投票2日前の街頭演説会となった。新宿駅は聴衆と選挙カーの間に大きな道があって安全ということで、総理も納得してくれました。警視庁とも相談し、警備しやすい安全な場所を選んだのですが……」(官邸関係者)
“演説力”が自慢の野田にしては意外な気もするが、街頭演説は首相就任後これが初めて。昨年12月に新橋駅前で予定されていた街頭は、直前に北朝鮮の金正日総書記死去の一報が入って取りやめになった。
 今回は万全の警備態勢を取り、民主党関係者も動員したのだが、野田が演説を終えても拍手は皆無。怒号とヤジがやむことはなく、さすがに野田も涙目になっていた。これがトラウマになり、二度と人前に出てこられないんじゃないか。最初で最後の街頭演説かもしれない。
「右からも左からも、これだけ攻撃される首相は珍しい。最近は、千葉県の野田首相の事務所や自宅でも『落選デモ』が数回にわたって繰り広げられています。首相の自宅前をデモ隊が通るなんて、自民党政権では考えられなかったこと。かつて渋谷区松濤にそびえる麻生元首相の豪邸を見にいこうとした市民団体は、渋谷駅前のハチ公広場からスクランブル交差点を渡ったところで止められ、3人が逮捕された。警察も、野田政権は長く続かないと考えているのでしょうか。もはや政権の体をなしていません」(ジャーナリストの田中龍作氏)
 こんなに嫌われている男が再選確実なんて、悪い冗談としか思えない。民主党が国民から見放されるのも当然だ。
http://gendai.net/articles/view/syakai/138764

つまり、右からも左からも攻撃されているのが、現在の野田首相なのである。そのことは、野田自身も予期していたと思われる。本来、代表選であっても、ライバル自民党との対抗のため、街頭演説をなるべく実施しようとするのが当然のことであろう。しかし、こうなることを予期して、街頭演説を最小限にとどめたと考えられる。それであっても、このような状態なのだ。

野田の演説をところどころ聞くと、自民党の批判を中心にしているように思われる。朝日新聞は、次の記事を9月20日ネット配信している。

ヤジで声がかき消されそうになる中、首相の語り口も次第にヒートアップ。「財政がひどい状態になったのは誰の政権下だったでしょうか」「原子力行政を推進した政権は誰だったんですか」「領土、領海をいい加減にしてきた政権は一体誰だったんですか」

 消費増税をめぐって自民党との合意を優先してきた首相とは思えないほど、自民党を厳しく批判。聴衆に笑顔を振りまくこともなく会場を後にした。
http://www.asahi.com/special/minshu/TKY201209190746.html?ref=chiezou

しかし、野田を野次っている人びとは、彼の自民党批判を聞きにきたわけではない。野田政権が進めている原子力政策や尖閣諸島国有化による日中摩擦を批判しているのだ。そして、可能ならば、それに対する野田の弁明を聞いてみたいのだ。だが、野田は、群衆が批判する声にこたえようとせず自民党批判を続けている。野田だって人間なので、まったく感じないわけではないようで、「涙目」「ヒートアップ」になったといわれている。しかし、その演説内容は、少なくとも、その批判に答えようとしたものではない。いわゆる抽象的な「有権者」しか眼中にないのだ。野田にとって、いちおう野次と怒号は肉体的に反応を余儀なくされた「大きな音」ではあったが、理性的に対応する必要がある「大きな声」ではなかったのだ。

昔、ソ連解体過程で、リトアニアの独立派のデモの前で、ゴルバチョフがその説得を試みようとしたことがある。そういった意志は全くない。批判している人びとを説得するのではなく、それを無視して、自説を続けるということーこれが、民主党政権のあり方を象徴的に示しているといってよいだろう。

この街頭演説について、多くのマスコミはあまり伝えようとはしていなかった。今挙げたもの以外では、TBSがニュース23の中で、群衆の野次・怒号と各候補の演説内容を要領よくまとめているくらいである。

その中で、特筆すべきは、フジテレビである。9月19日に、このように報道した。

この映像では、全く、野田首相を野次っている群衆の姿は写っていない。そればかりか、野田首相を野次る群衆の声すら聞こえない。野田首相が自民党批判している声が非常にクリーンに聞こえてくる。まるで、批判する群衆などは不在の映像なのだ。

知人によると「ライン録り」ーアンプから直接録音機材に連結するーでとっているのではないかと話していた。いずれにせよ、これは、まさに、野田を批判する群衆などはいないがごとき映像なのである。たぶんに、フジテレビは、マスコミとしての特権から、ライン録りを許可されたのだと思う。それがゆえの映像なのだ。確かに、野田らの演説は、よく聞こえる。そして、このような映像がマスコミを通じて配信されることを、民主党側は期待していたといえるのだ。群衆を無視した野田は、テレビを通じて抽象的な「有権者」に自民党批判を語りかけたかったのであろう。

しかし、逆にいえば、フジテレビは、全くあの街頭演説会の状況を伝えなかったともいえるのだ。そして、それは、この街頭演説会自体を報道しなかった他の各メディアもいえることである。その意味で、マスコミ報道自体のあり方も問われるべきことであるといえる。

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さて、前回のブログで、2012年6月20日、原子力規制委員会設置法の付則というかたちで、原子力基本法も法改正され、原子力三原則に「前項の安全の確保については、確立された国際的な基準を踏まえ、国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資することを目的として、行うものとする。」という文言が追加されたことを、原子力三原則の歴史的経緯からみてきた。簡単にいえば、被爆国ということを前提にした「原子力の平和利用」に限定するための方針である原子力三原則の精神に相反する改変であるといえる。

では、具体的には、どのような経緯で、原子力基本法は改変されたのか。ここでは、その経過をみていこう。

まず、どのような形になったのか。改正された原子力基本法の冒頭部分の改変個所を確認しておくことにしよう。「 」のところが改変された部分である。なお、原子力基本法は原子力安全委員会のことなども規定しており、そのようなことも、原子力規制委員会設置法で定められている。

(目的)
第一条
 この法律は、原子力の研究、開発及び利用(「以下『原子力利用』という」と付け加えられる)を推進することによつて、将来におけるエネルギー資源を確保し、学術の進歩と産業の振興とを図り、もつて人類社会の福祉と国民生活の水準向上とに寄与することを目的とする。
(基本方針)
第二条
 「原子力利用」(「原子力の研究、開発及び利用」を修正)は、平和の目的に限り、安全の確保を旨として、民主的な運営の下に、自主的にこれを行うものとし、その成果を公開し、進んで国際協力に資するものとする。
「2 前項の安全の確保については、確立された国際的な基準を踏まえ、国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資することを目的として、行うものとする。」

民主党内閣は、「原子力の安全の確保に関する組織及び制度を改革するための環境省設置法等の一部を改正する法律案」及び「原子力安全調査委員会設置法案」を国会に提出することを2012年1月31日に閣議決定したが、その中には、「安全保障に資する」などの規定はない。この2法案は、内閣府にある原子力安全委員会や経産省にある原子力安全・保安院などを、今回設置する環境省の外局としての原子力規制庁に一元化し、規制庁内部に「原子力安全調査委員会」に置くなど、原子力の安全性を保障する体制を確立することをめざしたものである。そこには「原子炉原則40年廃炉」という方針も設けられた。しかし、原子力基本法に対する姿勢は、今回の法改正とは全く違うものである。

具体的には、「原子力の安全の確保に関する組織及び制度を改革するための環境省設置法等の一部を改正する法律案」の第三条には、このような改正を規定している。

第三条 原子力基本法(昭和三十年法律第百八十六号)の一部を次のように改正する。
  第一条中「利用」の下に「(以下「原子力利用」という。)」を加える。
  第二条中「原子力の研究、開発及び利用」を「原子力利用」に改め、同条に次の一項を加える。
 2 前項の安全の確保については、これに関する国際的動向を踏まえつつ、原子力利用に起因する放射線による有害な影響から人の健康及び環境を保護することを目的として、行うものとする。
(後略)
http://www.shugiin.go.jp/index.nsf/html/index_gian.htm

現在の改定部分は、政府原案では、「前項の安全の確保については、これに関する国際的動向を踏まえつつ、原子力利用に起因する放射線による有害な影響から人の健康及び環境を保護することを目的として、行うものとする」とされていたのである。いわば、原子力基本法の「安全」規定を、「放射線による有害な影響」から健康や環境を保護することと、より詳細に決めている。これ自体も、原子力三原則の改変であるが、原子力三原則の精神に相反するものではないといえる。

しかし、この政府案に対抗して出された、自民党・公明党の「原子力規制委員会設置法案」は、全く相反した原子力基本法改変の提案を行っている。自公案は、政府案において首相が緊急時の対応において「原子力災害対策本部」より原子炉関係の指示することを嫌って、独立した形で「原子力規制委員会」を設置し、平時も緊急時もその委員会から安全対策を行うとするものである。政府案と自公案の考え方の違いは、福島第一原発事故への対応において、どこが問題になったかということへの見方の違いに起因している。政府案は、原子力安全・保安院や東電が十分な対応できず、政府側が指揮権を発動せざるをえないというところから構想している。他方、自民党側は、政府側が現場をーといっても東電や原子力安全・保安院ということになるがー振り回したことが事故の原因であるとし、ゆえに、政府から独立している「原子力規制委員会」に、緊急時の最終的指揮権を与えることを意図したものである。どちらもどちらであるが、政府案であれば、選挙の結果成立したまともな政府ー民主党政権ではないがーのもとであれば、より適切な事故対応が行われる可能性があるが、自公案であれば、専門家ーいわば「原子力ムラ」の人びとーから構成される「原子力規制委員会」にまかさざるをえないということになるだろう。

この自公案の「原子力規制委員会設置法案」では、第三条において、次のように規定している。

第三条 原子力規制委員会は、国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資するため、原子力利用における安全の確保を図ることを任務とする。
http://www.shugiin.go.jp/index.nsf/html/index_gian.htm

ここで、「安全保障」という文言が出ているのである。そして、付則第十一条において、このように規定しているのである。

(原子力基本法の一部改正)
第十一条 原子力基本法(昭和三十年法律第百八十六号)の一部を次のように改正する。
  第一条中「利用」の下に「(以下「原子力利用」という。)」を加える。
  第二条中「原子力の研究、開発及び利用」を「原子力利用」に改め、同条に次の一項を加える。
 2 前項の安全の確保については、確立された国際的な基準を踏まえ、国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資することを目的として、行うものとする。
(後略)
http://www.shugiin.go.jp/index.nsf/html/index_gian.htm

このように、あきらかに原子力規制委員会設置法案に引きずられた形で、原子力基本法を改変することがめざされているのである。そして、この原子力基本法の改定案は、実際に、この形で改変されたのである。

ある意味では、政府案と自公案は、原子力基本法の改変においても、全く違う姿勢をとっていた。それが、自公案をもとに改変されることになった。このことは、民主党・自民党・公明党の三党合意によるものといえる。次にかかげる毎日新聞のネット記事のように、6月14日、原子力規制委員会設置法案に関しての三党合意が成立した。ここでは、あまり強調されていないが、原子力規制委員会が原子力安全対策の要になることなど、民主党政権が、自公案にすりよったものといえる。そして、ほとんど報道されていないが、この中で、原子力三原則の改変も盛り込まれたのである。

<原子力>規制組織、3党最終合意…「原子力防災会議」新設
毎日新聞 6月14日(木)13時11分配信
 民主、自民、公明3党は14日午前、原子力の安全規制を担う新組織の設置法案の修正内容で最終合意した。首相をトップに全閣僚で構成する常設の「原子力防災会議」を新設。専門家らの「原子力規制委員会」が策定する原子力防災指針に基づき、原発敷地外での平時の防災計画や訓練などを推進し、関係各省庁、自治体との調整などの実務を行う。

 同会議は議長を首相が務め、副議長に官房長官と規制委員長、環境相を充てる。事務局は内閣府に置き、環境相を事務局長とする。3党は原子力基本法を改正し、同会議の設置を盛り込む方針だ。

 13日の3党実務者の修正協議で、原発敷地外の規制委、国、自治体の連携のあり方が最後の論点として持ち越されていた。

 14日午前に国会内で民主党の仙谷由人政調会長代行、自民党の林芳正政調会長代理、公明党の斉藤鉄夫幹事長代行が協議し、新法案の全容が固まった。新法案は今国会で成立する見通しだ。【岡崎大輔】
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120614-00000037-mai-pol

しかし、この後の経過はひどいものである。6月15日に、政府案・自公案はともに撤回され、環境委員長名で「原子力規制委員会設置法案」が提案され、即日環境委員会での審議を終えることを強要された。法案の趣旨説明もされたが、そこでは、原子力基本法の改正には言及されていなかった。共産党所属の吉井英勝衆議院議員の環境委員会における発言を、ここでは紹介しておく。

吉井議員 質疑時間の中で意見も表明してくれという話なんで、今から意見を申し上げておきたいと思います。

 昨年の三・一一福島第一原発事故は、全電源喪失によるメルトダウンとその後の水素爆発によって大量の放射性物質を大気中に飛散させ、汚染水を海洋に流出させるなど、チェルノブイリに並ぶ史上最悪の原発事故となりました。

 あれだけ大きな被害を受け、今も約十六万人の人々が避難生活を強いられているときに、事故の深い原因究明と責任、教訓を明らかにして、本来、特別委員会を設置して各党が十分な議論を尽くしてよい法律をつくるべきであるのに、環境委員会という一つの常任委員会での審議で、しかも、三党修正協議がきょう出てきていきなり質疑、採決というやり方は、議会制民主主義に反する暴挙であり、民主、自民、公明三党修正協議と法案審議のあり方そのものについて、まず強く抗議をしておきたいと思います。

 その上で私は、原子力規制委員会設置法案に対し、反対の意見を述べます。

 このような事態を招いた政府と東京電力の責任は極めて重大です。事故を完全に収束させ、放射能汚染の被害から国民の生命と暮らしを守り、二度とこのような事故を起こすことのないように事故原因の徹底究明が不可欠であり、本法案の大前提となるものです。

 ところが、政府や国会の事故調の事故原因の究明が途上であるにもかかわらず、加害者である東京電力は、想定外の津波が原因で、人災でないと責任回避を続けております。野田政権もまた、津波、浸水が事故原因で、地震の影響はなかったという驚くべき断定を行いました。

 これは、再び新しい安全神話を復活させ、大飯三、四号機を初め、原発再稼働に進み、原発輸出戦略の条件づくりであり、断じて容認できません。

 この点でまた、事故の被害を拡大した当時の官邸の混乱のみを菅リスクと過大に問題にすることは、事態を一面的に描くものです。

 これと同時に、三・一一以前の歴代自民党政権の原子力行政のゆがみを徹底的に検証しなければなりません。

 反対理由の第一は、昨年の三・一一福島第一原発の事故原因と教訓を全面的に踏まえた法案となっていないからであります。

 特に、原子炉等規制法で根拠も実証試験もなく、老朽原発の四十年、例外六十年制限としたところ、本法案ではさらに事実上青天井とし、半永久的稼働を容認したことは、政府案を一層改悪するものであり、認められません。

 第二に、原子力規制組織をいわゆる三条委員会としていますが、推進と規制の分離、独立性を確保すべき原子力委員会を環境省のもとに置くとしていることは容認できません。

 環境省は、歴史的にも基本政策の上でも原発推進の一翼を担ってきた官庁であり、今国会に提出している地球温暖化対策基本法案で、温室効果ガスの排出抑制のため原発推進を条文上も明記したままです。これの削除と根本的な反省なしに真の独立は担保されません。当然、電促税を財源とする財源面でも問題であります。

 第三に、原子力基本法を改め、原子力利用の目的について「我が国の安全保障に資する」としたことは、いわゆる原子力平和利用三原則にも抵触するものです。

 また、国際的動向を踏まえた放射線対策と称して、内外の批判の強いICRP、国際放射線防護委員会の線量基準などを持ち込もうとしていることも認められません。

 最後に、我が国の原発政策の根幹をなす日米原子力協定と電源三法のもとで、原発安全神話をつくり上げ、地域住民の反対を押し切って原発を推進してきた歴代自民党政権の、政財官学の癒着した一体構造そのものにメスを入れる必要があります。

 地域独占体制と総括原価方式に守られた、電力会社を中心とする、原発メーカー、鉄鋼、セメント、ゼネコン、銀行など財界中枢で構成する原発利益共同体ともいうべき利益構造を解体することと、そして、再生可能エネルギーの爆発的普及とその仕事を地域経済の再生に結びつけ、エネルギーでも地域経済でも原発に依存しない日本社会への発展の道こそ、政治的決断をするべきものであります。

 以上申し述べて、私の発言を終わります。
http://www.shugiin.go.jp/index.nsf/html/index_kaigiroku.htm

また、6月15日の衆議院議院運営委員会でも、共産党の佐々木憲昭議員が、次のような抗議を行っている。

○佐々木(憲)委員 原子力規制委員会設置法案に対して、意見表明をいたします。

 この法案は、民主、自民、公明の三党によって緊急上程されようとしておりますが、断固反対です。

 法案は、昨夜十九時の時点で、でき上がっていなかったのであります。示されたのは、A4の紙一枚の、未定稿の要綱のみであります。きょうになって法案が示され、それを、まともな審議もせず、どうして採択できるでしょうか。しかも、本会議での討論も行わないなど、到底認められません。

 もともと、法案は、環境省の所管を超える広範な領域を含む原子力行政全般にかかわるものであり、全ての政党が参加し、充実した審議を行うにふさわしい委員会に付託すべきでありました。本会議では、重要広範議案として扱われ、総理も出席して質疑が行われたのであります。

 ところが、三党は、特定の範囲しか扱わない環境委員会に原子力規制委員会設置法案を付託するという暴挙を行ったのであります。

 私たちが抗議すると、与党は、議運理事会で、環境委員会に付託するかわり、審議には日本共産党、社民党、みんなの党などを常時出席させて審議を行わせ、理事会にも出席させるという言明がありました。

 しかし、審議時間は極めて短く、きょうを入れてわずか二回しか行われず、連合審査は一回だけでありました。理事会では、陪席さえ許されず、単なる傍聴扱いでありました。委員会での総理出席の審議も行われておりません。なぜ、これほど拙速な形で法案を通さなければならないのでしょうか。

 この法案には重大な問題が含まれております。

 第一は、昨年の三月十一日福島第一原発の事故原因と教訓を全面的に踏まえた法案となっていないのであります。

 特に、原子炉等規制法で、根拠も実証試験もなく、老朽原発の四十年、例外六十年制限としていたところ、本法案で、さらに、事実上、青天井とし、半永久的稼働を容認したことは、政府案を一層改悪するものであります。

 第二は、原子力規制組織について、推進と規制の分離、独立性を確保すべき規制委員会を環境省のもとに置くこととしていることであります。

 環境省は、歴史的にも、基本政策の上でも、原発推進の一翼を担ってきた官庁であり、今国会に提案している地球温暖化対策基本法案で、温室効果ガスの排出抑制のため、原発推進を条文上も明記したままであります。この削除と抜本的反省なしに、真の独立性は担保されません。

 第三に、原子力基本法を改め、原子力利用の目的について、「我が国の安全保障に資する」としたことは、いわゆる原子力平和利用三原則にも抵触するものであります。

 最後に、我が国の原発政策の根幹をなす日米原子力協定と電源三法のもとで、安全神話をつくり上げ、地域住民の反対を押し切って原発を推進してきた歴代政権の政財官学の構造そのものにメスを入れることが必要であります。原発再稼働など論外であります。

 このことを指摘し、意見表明といたします。
http://www.shugiin.go.jp/index.nsf/html/index_kaigiroku.htm

しかし、同法案は、衆議院本会議におくられ、そのまま可決されてしまったのである。

参議院においては、いまだ会議録が公開されておらず、確定した情報はない。ただ、この法案には4日間しか審議期間がなかったことは報じられている。15日は金曜日であるから、たぶん、17・18・19・20日の4日間であろう。民主党議員も含めて、それなりの議論はあり、環境委員会での付帯決議も可決されたと伝えられている。そして、最終的に、20日の参議院本会議で、同法案は可決され、原子力三原則の改変がなされてしまったのである。

原子力三原則の影響については、また別個に記しておきたい。ただ、いえることは、この原子力規制委員会設置法による原子力三原則の改変は、16日に民・自・公が合意した消費増税法案の成立過程と平行して行われており、それと同様の問題をはらんでいるということだ。消費増税案と同様に、原子力規制委員会設置法案でも、ほとんど自公案の骨子を民主党が受け入れる形で民・自・公の合意が成立した。この合意は、公開の場である国会審議を無視した形で行われ、人びとの目にふれない形で、このようなことがなされてしまったのである。民・自・公という大政党が「合意」すれば、公開の原則すら蹂躙される。

他方、民主党議員でも、このような改変には疑問をもった人びとはおり、参議院環境委員会でも議論はあったようである。しかしながら、参議院本会議での採決結果をみると、ほとんど民主党議員は同法案に賛成しているのである。消費増税法案と同様に党議拘束がかかっているのである。ある意味で、一部議員個人の意識すら相反した形で、この改変はなされたのである。

ある意味で、衆議院・参議院ともに多数を獲得するという意味でおこなわれた、民・自・公合意の危険性が、消費増税だけではなく、原子力三原則の改変過程でも表出されたといえる。

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