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Posts Tagged ‘福島県知事’

さて、また、福島県に原発が誘致された過程について、国立国会図書館に所蔵された『福島県議会会議録』を中心にしばらくみておくことにしたい。福島県において原発を誘致した知事としては、1964年に就任した木村守江が著名であるが、最初に誘致したのは木村ではない。一代前の佐藤善一郎(在任1957~1964年)である。佐藤善一郎について、『東京電力三十年史』(1983年)は、次のように語っている。

…当時の佐藤善一郎福島県知事は、原子力の平和利用に熱意を示し、三十三年(1958)には、商工労働部開発課に命じて原子力発電の可能性に関する調査研究を開始するとともに、三十五年には日本原子力産業会議に入会、企画開発担当部門のスタッフにより、県独自の立場から双葉郡内数か所の適地について原子力発電所の誘致を検討していた。そのうち大熊町と双葉町の境にあり、太平洋に面する海岸段丘上の旧陸軍航空隊基地で、戦後は一時製塩事業が行われていた平坦地約一九〇万平方メートルの地域を最有力地点として誘致する案を立て、当社に対し意向を打診してきた。

この佐藤善一郎知事は、興味深いことに、いわゆる「自民党系」の知事ではない。元々は保守系の代議士であったが、前任知事の大竹作摩が1957年に引退する際、後任に官僚出身の斉藤邦吉を推薦したことに抗して知事選に出馬、「社会党推薦」で福島県知事に当選した。実際の県政運営では「不偏不党」をモットーとしており、二選目には自由民主党・日本社会党・民社党など、県会諸会派が推薦した。

この知事の時代に、原発誘致が開始されるのだが…1958年3月14日付の『福島県議会会議録』に興味深い記述がある。この日、自由民主党所属の県議会議員大井川正巳は、福島県の電源開発に関して質問した。大井川は、福島県はこれまで奥只見など水力発電所を開発してきたが、これからは火力発電の時代になるとして、塩釜・八戸・常磐などの火力発電所の建設について述べた。その上で、大井川は、このように主張したのである。

こう考えますときにおいて、今や東北電力におきましては原子力の調査部を設けまして、今日の原子力の発電所というものを作らなければならない、こういう実態を調査するような現段階に入っております。東北電力は二つの発電所を東北地方に設置したいと考えておるというようなことを昨年から聞いておるのでありますが、この誘致に対しましては新潟等も運動されておるということを聞いております。この際佐藤知事はその誘致に対してどういうようなお考えを持っておられるかということを第一にお聞きしたいのであります。
 さらに、原子力発電所の設置の条件といたしましては、まず第一に東北地方は北西の風が主でありまして、東南風はきわめて少いのであります。従つて煤煙などによる障害を避けなければならない。しこうして東海岸にこれを選定するのが一番よい条件だと言われております。また建設、運転上交通の利便な地点が望まれております。また付近には人家の少いほどよいのでありまして、用水は海水あるいは河川両方面から十分確保できる、こういうような結果になつておりますので、将来原子力発電所の誘致等においても、県は相当考えなればならないと思うのであります。特に常磐地方は東北の京浜地方でありまして、重要なことは今さら申し上げるまでもありません。常磐炭田と小名浜商港との姿から見まして、今後電力の需要というものはーあの地区の既設工場、さらに本日のわれわれの党議でもいろいろ問題になりました工場誘致の点においても、この発電所というものをわれわれは努めて誘致しなければなりません。これらの条件を考えますれば、われわれは海岸地方、常磐地方はこの発電所というものを誘致するのに最もよい条件を備えておると考えておりますが、知事並びに当局の御所見を伺いたいと思うのであります。

この大井川の意見には、三つのポイントがある。まず、第一に、東北電力の行っている原発立地調査に呼応したものとしていることである。大井川にとって、原発建設とは、地元の東北電力が行うべきことであったのだ。

第二に、「煤煙」が海上にいき、人家が少なく、河川・海水より水が確保できる地点を原発建設に好適な地域としていることである。その意味で、福島県の「東海岸」は向いた地域であったのだ。

第三に、常磐地域の工場地帯にとって電力は必要なものとしていることである。大井川にとって、原発を含む発電所の建設は、首都圏などの他地域に電力供給するためのものでなかったのである。『福島県議会会議録』には、この原発建設に先行して行われた、奥只見地域の水力による電源開発について多くの議論が記載されているが、その多くが、他地域に電力を供給するものとしてではなく、福島県により多く、より安価に電力を供給すべきであるとしているのである。そこからおして、原発誘致も、本来地元に電力を供給するために想定されたといえる。そもそも、福島県に電力を供給する東北電力が原発建設の主体としていることも、その証左といえるのである。

この三つのポイントを前提とした上で、大井川は「この発電所というものをわれわれは努めて誘致しなければなりません。これらの条件を考えますれば、われわれは海岸地方、常磐地方はこの発電所というものを誘致するのに最もよい条件を備えておると考えております」としたのである。現在、福島県における原発誘致に関する公的な発言としては、これが最初のものである。

これに対して、佐藤善一郎知事は、このように答弁した。

一つは火力発電所のことについてのお話でございますが、東北電力の内ヶ崎社長に火力発電所を本県内に設置するよう私は強く要請をいたしたのであります。お話のありました勿来市にできました共同火力、これによりまして常磐炭というものは、ここでだけ消化し得る程度のものであろうというのであります。これは内ヶ崎社長の見解でございます。そこで今度できます東北電力の火力発電所は主として北海道炭を持つてこなければいけない。そこで福島県にどの程度の港があるかという問題に帰着いたしたのであります。従つて私は小名浜港の整備拡充を、これにかんがみましても、急いでおるような次第でございます。まことに遺憾でございますが、さような事情であつたわけでございます。
 それから原子力の発電所のことにつきましては、御趣旨に沿いまして今後善処して参りたいと思うのであります。

つまり、佐藤善一郎知事は、火力発電所の誘致はすでに行っているが、そのためには小名浜港の整備が必要とされると述べているのである。佐藤にいわせれば、すでに火力発電所の誘致活動は行っているのである。しかし、他方で、原子力発電所の誘致については「今後の課題」としているのである。答弁を信用するならば、この時点では原発誘致活動は行っていなかったのである。

とするならば、このような仮説を想定できる。自民党県議大井川正巳の原発誘致を望む発言が、福島県知事佐藤善一郎の原発誘致活動の呼び水になったと。これについては、より文書調査が必要とされるのであるが。

とにかく、冒頭紹介した『東京電力三十年史』にあるように、この1958年より、福島県は原発誘致に乗り出していったのである。

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