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Posts Tagged ‘福井県知事’

さて、1960年末に関西研究用原子炉が大阪府熊取町に建設されることが決まり、福井県の誘致活動は挫折したのだが、その1年以上後の1962年2月27日、福井県知事北栄造は福井県の2月議会(当初予算案が審議される)の所信表明演説のなかで、次のように述べた。

(前略)現況を見ますと、まず各位並びに県内外有識者の御協力のもとに策定されました県総合開発計画もいよいよ第二年度目を迎え、活気と躍動に満ちた県政諸般の総合施策も逐次軌道にのり、着々その成果を収めつつあります。
 たとえば置県以来の大事業たる奥越電源開発は、電発、北電の共同開発計画も決定し、着々その緒につきつつあるのでありますが、さらに本県の大動脈たる北陸線の複線電化、国道八号線を初め主要道路、港湾の整備充実、観光事業の一大躍進、大小工場特に呉羽紡績工場の誘致、さらには将来の県勢のきめ手となる原子力第二発電所誘致にも明るい見通しにある等、本県勢一大躍進の態勢は飛躍的に整備されつつあるのであります(後略)。
(『第百四回定例福井県議会会議録』p12)

つまり、ここで、北栄造は「原子力第二発電所誘致にも明るい見通しにある」ともらしたのである。

この「明るい見通し」について、具体的な内容が明らかになったのは、3月2日であった。この日、西山光治県議は自由民主党を代表して質問し、最後に次のように問いかけた。

(前略)最後に原子力発電所誘致についてでありますが、知事は予算案の説明にあたり、原子力第二発電所誘致にも明るい見通しがあると述べておられますが、単なる希望的観測であるか、具体的な見通しのもとに立って説明されたのか存じませんが、原子力発電所が実現いたしますとすれば、本県政躍進の一大拠点となると申しても、あえて過言ではないと信ずる次第でありますが、これに対し現在いかなる段階にあるか、将来の見通し等についても、あわせて具体的にお伺いいたします。
(『第百四回定例福井県議会会議録』p38)

西山の質問に対して、北は次のように答弁し、その段階における原発誘致の状況を説明した。

 

最後に原子力の問題でございますが、実は本日午前十一時半に新聞記者に発表いたしたのでございますが、それの要旨は、地元の御熱意、川西町の御熱意に応えまして、県といたしましては予算の関係、その他がございまして急速に行きませんので、これまた開発公社において五十万坪の土地を確保して、そしてボーリングを始める。これは三日か四日に向こうから人が来ていただきまして、どの土地を五十万坪ほしいか簡単に申しますと、そこをボーリングを五、六ヵ所いたす手はずになっておるということを実は発表いたしたのでございます。私の率直な考えを申しますと、それほどにまず有望ではあるまいか、それは地元なり県なりが、それだけの熱意を示して資料を持っていきますならば、会社が動いてくれまいか、政府が動いてくれまいかということでございます。三木長官にも、この前議長さんと、電発の委員長さんと三人で参りまして、いろいろと懇請を申し上げました。福井を最も有望な候補地にしょうという言明もいただいておるのでございます。現在がそういうことで、これは一ヵ月か一ヵ月半ぐらいボーリングにかかると思いますが、単なる誘致運動だけでは、これはできませんので、気象の条件、地質の条件、これらも会社ですでに調査済みであるように考えられます。そのボーリングをいたしまして、中の地盤がどうであるかということがわかりますれば、私おのずから、全国の一番かどうか知りませんが、一、二、三番目ぐらいの中には入る、そうして皆さんの御協力なり国会議員の御協力をいただいて、そして政治的にも動いていきますならば、ここにきまること、まあ困難のうちにも非常に明るい見通しも持っております。これは最初二十五万キロか三十万キロの発電をいたすようでございますが、五十万坪と申しますと、またまたこれを三つか四つやるぐらいの余裕が残っておるはずでございます。もしもきまりますれば、東海村の二倍の計画を第一次に行なうらしいのでございますが、何といたしましても地盤がわかりませんし、私も自信をもって交渉ができないのでございますので、自信を持ってできますように、早急に、よその県でまだ手の打たない先にさようにいたしたいのでございます。こうしたことは、原子力会社にも意思は伝えておるのでございまして、確かきょう午後二時に会社の方面におきましても、私が申し上げた程度の発表を中央で行なっておるように打ち合わせ済みでございます。そうした私は明るい見通しにあると思うのでございまして、議会の特別の御協力を賜わりたいことをお願い申し上げる次第でございます。
(『第百四回定例福井県議会会議録』pp51−52)

要するに、福井県の嶺北地方にある坂井郡川西町(現福井市)において、福井県開発公社が50万坪(約165万㎡)の予定地を確保し、日本原子力発電株式会社が東海村の次に建設する原発の候補地としてボーリング調査を開始することになり、当日記者発表したというのである。この北の発言で「地元の御熱意」「川西町の御熱意」を強調していることに注目しておきたい。そもそも原発敷地の適不適は原発事業者しかわからないものである。このブログでも述べているように、1960年、すでに北知事は北陸電力が坂井郡における原発建設を打診していることをもらしている。また、この地は同年の関西研究用原子炉建設の候補地であった。たぶんに、北電や日本原電などの原発事業者にとって、坂井郡川西町は原発候補地としてすでにリストアップされていたことであろう。川西町などが原電などと無関係に自主的な形で原発候補地として名乗りをあげることなどできようはずもない。

それなのに、なぜ、北知事は「地元の熱意」を強調するのだろうか。北は「地元なり県なりが、それだけの熱意を示して資料を持っていきますならば、会社が動いてくれまいか、政府が動いてくれまいか」と語り、自身と県議会議長さらに電源開発特別委員長の3人で所轄の三木武夫科学技術庁長官に陳情して「福井を最も有望な候補地」とする言質をとったことを紹介している。中央の会社や国を動かすには「地元の熱意」が必要という論理がそこにはある。この後、福井県議会をはじめ誘致自治体の議会では「原発誘致決議」がなされるが、それは「地元の熱意」を示すものなのである。すでに、関西各地で行なわれた関西研究用原子炉反対運動をみるように、「原子力」は一方において「忌避」されるものでもあったのだが、関西各地で忌避されていた「原発」を「地元の熱意」ーつまり主体性をもって迎えなくてはならないとされたのである。

そして、裏面においては、他県との競争意識が存在している。北は「早急に、よその県でまだ手の打たない先にさようにいたしたいのでございます」と語り、他県より先んじることを重要視しているのである。

このように、「政治的」な駆け引きがみられた反面、原発自体については、その危険性も含めて十分理解しているとはいえない。北は「これは最初二十五万キロか三十万キロの発電をいたすようでございますが、五十万坪と申しますと、またまたこれを三つか四つやるぐらいの余裕が残っておるはずでございます」と言っている。そもそも、原子炉の場合、爆発その他を予想して立ち入り制限区域を原子炉の出力に応じて広くとる必要があり、それが原発の敷地面積なのである。50万坪というのは出力1万キロワットという研究用原子炉が建設されることになっていた東海村の日本原子力研究所の予定敷地面積と同じである。この50万坪という敷地面積自体、アメリカの基準の約20%という過小なものであった。1万キロワットの原子炉でも過小な50万坪という面積しかない敷地に、その20〜30倍の出力の原子炉を建設し、さらに同じ敷地に複数の原子炉を建て増しするということを北栄造は希望しているのである。政治的な「駆け引き」ではそれなりに知恵を働かしているといえるのだが、原子力それ自体が何であるか、そこには知恵を働かせようとはしていないのである。

このように、1962年2月の福井県議会で、原発誘致方針が公表された。しかし、福井県の場合、福島県と比較すると、第一候補地にさしたる反対もなくすんなりと原発が建設されたわけではない。今後、その過程をみていこう。

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本ブログでは、前回、1957年の福井県原子力懇談会の発足についてふれた。その2年後の1959年の統一地方選で、羽根盛一にかわって北栄造が福井県知事に就任した。さらにその1年後の1960年3月9日の福井県議会で、自由民主党所属福井県議会議員松田守一は、福井県原子力懇談会について、次のように発言した。

次は第二点として原子核エネルギーの問題でございます。原子力は平和産業にのみ利用されるべきは世界的世論であり、また当然落ち着くべき姿であらねばならんと考えるものであります。(「その通り」と呼ぶ者あり)。コバルト60は臨床医学にまた繊維産業工業にと利用され、アイソトープはまた農業において非常に幅広く利用されまして、その効用は増大し、範囲は研究とともに拡大して産業に一大変革をもたらさんとしつつあり、原子力研究の立ちおくれは産業界における敗北を暗示するものであるといってもあえて言い過ぎではないと思うのでございます。わが国におきましても各府県は競ってアイソトープ実験室の設置に着手しているそうでございまして、わずかに静岡県と本県のみが未着手でございますが、静岡県ではすでにその動きがあり、ひとり本県のみが取り残されておるというように思うものでございます。本県におきましては御承知のように昭和三十二年四月に原子力懇談会なるものが羽根知事を会長として発足したのでございますが、その規約において、目的及び事業として「本会は福井県下における原子核エネルギーの利用に関する県民の知識を向上せしめ、かつその利用の促進をはかることを目的とする」とうたい、事業として六項目を掲げておりますが、その構成会員は主として民間会社であり、あるいは民間人であり、その予算たるや三十数万に過ぎないのでございまして、県費は内わずかに年頭五万円を支出しているありさまで、発足以来すでに三カ年を経過しているにもかかわらず、わずかな専門書を抱えておるのみで、いまだ見るべき何らの具体策もなく、年々いたずらに貴重なる歳費を空費している現状ではなかろうかと思われるのでございます。富山県では二千万円の予算をもって農業試験場長を管理人として昭和三十三年八月にアイソトープ照射室と実験室が完成しているのでございます。本県においてはこれが取り扱いの国家試験の資格者が一人もおらず、また一人の原子核に対する専門学者もおらないという哀れな現状でございます。知事は原子力懇談会なるものが羽根知事の遺産として気が進まなかったのか、あるいは御就任以来寧日なく、そのいとまなくして今日に至ったかはあえて問わんとするところではございませんが、原子力研究に対する世界的趨勢にいつまでも目を覆っておるということを許されない現状であるということはすでに今日御認識のことと思うのでございます。知事は本県における原子力研究の展開をどう計画しておられるかお聞かせ願いたいのでございます。
 次にこれは私の一私見でございますが、窮迫せる県財政の現状において知事がもし大がかりな計画は困難であるとお考えになりますならば、京都大学の原子核研究所を福井県に誘致されるのも適切な方法の一つではなかろうかと思うのでございます。御承知のように京都大学は最初四条畷に研究所の建設を計画したようでございますが、人家の密集地帯でもあり、反対されて宙に迷っておるようでございます。本県において調査すれば適地があるのではなかろうかと思われるのでございます。福井大学に今年度より応用物理学科が新設されるそうでまことに御同慶にたえないところでございますが、科学万能の時代に即応すべく福井大学を総合大学たらせるべく強力に働きかける必要があろうかと思うのでございます。この運動と京都大学の研究室とを抱き合わせて、もし実現をみますならば国費でもって研究所が本県にでき上がり、福井大学生も研究に参加することができまして、将来福井県下に多数の専門技術者の確保が約束され、原子力事業の成果は期して待つべきものがあろうかと考えられるのでございます。御参考までに愚見を申し上げたわけでございますが、これに対する知事の率直なる御批判を承りたいのでございます。(『第93回福井県議会会議録』p218−220)

松田はまず原子力は「平和産業」のみにに利用されるべきことは世界的世論であるとした上で、コバルト60などの放射性アイソトープの臨床医学、繊維産業工学、農業への利用についてふれ、「産業に一大変革をもたらさんとしつつあり、原子力研究の立ちおくれは産業界における敗北を暗示する」と述べている。そして、富山県などの他県ではアイソトープ実験室が建設されているが、福井県では福井県原子力懇談会が設置されているものの、具体的な事業は始まっていないとしている。羽根知事の遺産として忌避しているのではないかと懸念を示しつつ、松田は「原子力研究に対する世界的趨勢にいつまでも目を覆っておるということを許されない現状であるということはすでに今日御認識のことと思うのでございます。知事は本県における原子力研究の展開をどう計画しておられるかお聞かせ願いたいのでございます」と北栄造知事に問いかけた。

さらに松田は、より具体的に京都大学の「原子核研究所」を福井県に誘致することを提案した。この京都大学の「原子核研究所」とは、より一般的には「関西研究用原子炉」として知られているもので、東海村の日本原子力研究所に次いで1956年に原子力委員会が設置を決めたものである。ただ、この関西研究用原子炉については、京都府宇治市・大阪府高槻市・大阪府交野町・大阪府四條畷町と候補地があがるたびに反対運動にさらされ、誘致が頓挫していた。松田は、それを福井県にもってこようとしているのである。彼によれば、京都大学の「原子核研究所」を福井県に誘致できれば、福井大学の応用物理学科も共同利用でき、福井大学の総合大学としての発展もみこめるとしているのである。

このような松田の質問に対して、北栄造知事は次のように答弁している。

原子核、いわゆる新エネルギーの問題でございます。原子力懇談会は私来まして二回ほど開催いたしたのでございますが、仰せのように中央より学者等も来ていただいておりませんし、ここにそういう権威者もおられませんので、暗中模索の状態でございますので、これにつきまして、私見として京大の原子核研究所を持ってきたらどうか、また原子力関係をもう少し他県のように何か考えておるかというようなことをいろいろお話がございましたが、北電が坂井郡地方、それから関西配電が今のところ若狭でございますが、まだこれはいろいろ話を聞いとる程度でございます。十分な折衝はいたしておりませんけれども、原子力発電所というような構想を考え調査中でございまして、これはまあ私もこの発電所がどういうことになるかわかりませんけれども、これら関西なりと連絡いたしまして、こうした進んだエネルギーのいわゆる調査と申しますか、一つの土台になりまするような施設を持って参りたい。今申し上げますように、これに対する地元がどういう要望、反対がありますかどうかわかりません。もう少し検討いたしまして今仰せられるようにもう少し勉強いたさなきゃならんと考えておる次第でございますが、いろいろこういう点につきまして御指導をいただきたい、かように考えておる次第でございます。
 福井大学を総合大学にする、応用物理学科ができますので、これは非常に現在の学長も相当な権威者でございます。いろいろ総合大学にするための、農業科でございますか、こういうこともいろいろ議題にはのぼっておったのでございますが、将来国の財源もこの大学に来ることになりますれば、県といたしましても大学を一層総合的規模にしなければならんあ、かように思っておる次第でございます。(『第93回福井県議会会議録』p225)

この答弁は興味深い。北栄造は、原子力発電所の建設計画の打診があったことをもらしている。具体的には、北陸電力の坂井地方への原発建設計画と、関西電力の若狭地方への原発建設計画があるとしているのである。しかしながら、北知事は、この段階では慎重で「これに対する地元がどういう要望、反対がありますかどうかわかりません」としており、もう少し検討しなくてはならないとしているのである。そして、関西研究用原子炉誘致については、松田の意見としてうかがっておくという姿勢をこの答弁ではとっている。

この議論が示すように、1960年3月9日の時点で、福井県においては、一方でアイソトープ実験室の設置など自前で原子力研究開発を行おうという意欲もありながらも、外部の原子力施設を誘致しようという気運が高まっていたのである。その場合、この時点では、二つの対象があった。その一つは、松田守一が提起した、関西研究用原子炉であった。しかし、すでに、北知事のところには、電力会社側から原発建設計画が打診されていたのである。

1960年3月の時点で、まず行われたのは、関西研究用原子炉の誘致活動であった。このブログで以前論じたが、福井県原子力懇談会は3月15日に関西研究用原子炉誘致に乗り出すことを決定した。そして、その候補となったのが、若狭地方の上中町と坂井地方の川西町であった。たぶん、すでに、北栄造知事のもとで検討されていた原発建設計画の候補地が、関西研究用原子炉建設の候補地となったのであろう。その意味で、1960年の原子力施設誘致運動の開始は、その後の原発誘致に直結していたといえよう。

*なお、その後の関西研究用原子炉の誘致活動自体は、本ブログの下記の記事を参考にしてほしい。

https://tokyopastpresent.wordpress.com/2012/10/21/%E7%A6%8F%E4%BA%95%E7%9C%8C%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E9%96%A2%E8%A5%BF%E7%A0%94%E7%A9%B6%E7%94%A8%E5%8E%9F%E5%AD%90%E7%82%89%E8%AA%98%E8%87%B4%E6%B4%BB%E5%8B%95%E3%83%BC%E9%96%A2%E8%A5%BF%E9%9B%BB/

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さて、福井県の原発立地地域の現状は随時ふれていくとして、本ブログでは、福井県の原子力開発のはじまりから検討していくことにしたい。

周知のように、戦後日本における原子力開発開始の契機となったのは、1954年3月に中曽根康弘らの改進党所属の代議士たちが提起した、原子力研究開発費を修正予算案に盛り込んだことであった。翌1955年には原子力基本法や濃縮ウラン提供などを定めた日米原子力協定が定められ、さらに1956年には茨城県東海村に日本原子力研究所が設置され、日本初の研究用原子炉が建設されることが決まった。

福井県で、原子力開発の端緒となったのは、1957年4月17日の福井県原子力懇談会の発足であった。福井新聞朝刊1957年4月18日付の下記の記事をみてほしい。

県原子力懇談会発足 全国では五番目 会長羽根氏 副会長酒井、重松氏

本年一月から設立準備を進めていた原子力懇話会は十七日午後一時半から福井市農業会館で創立総会を開き発足した。同懇談会は全国五番目に発足したもので、しかも一府県が単独で原子力懇談会を結成したのは本県がはじめて。

同創立総会には羽根(盛一)知事をはじめ、今沢(東)県会議長、滝波(清)福染興業社長、前田(栄雄)福井経済同友会代表幹事、藤井(善男)県経済調査協会理事長ら発起人および奥村(伊三郎)酒伊繊維原子力研究会事務局長ら懇談会設立準備委員、県内主要会社や病院、各試験場、県会議員ら約五十名が出席。藤田県経済部長を仮議長に選んで大瀬県衛生研究所長が経過報告を行い規約審議を行ったあと、会長に羽根知事、副会長に酒井正二(酒伊繊維社長)重松倉彦(福井大学長)両氏を満場一致で選任。このあと事業計画と予算案(総額五〇万円)審議し原案通り可決し、羽根会長から幹事、顧問、参与など四十四名を委嘱して午後二時半閉会した。

閉会後本邦初公開のイギリス原子力映画「コールダーホールの原子炉」と「原子力の業績」およびU・S・I提供の映画「原子力の恵み」を観賞して散会した。

会長に就任した羽根知事は「原子力の平和利用問題は今後の産業発展のため大いに研究しなくてはならない。とくに本県にあっては繊維産業、農業、土木、水産、医学などを発展させるため懇談会を通じ県民の知識向上に努力し受入態勢を確立したい」と語った。

なお事業計画の内容は①原子力平和利用に関する県民の啓発指導=講演会、映写会、座談会などを開催する、②原子力平和利用に関する情報集めとその通知=中央における原子力関係会議などには代表を派遣して利用の現状と将来に関する情報を常につかみ、また会員には情報その他の資料を配付する、③原子力ライブラリーの設置=県立図書館に原子力関係図書、資料のライブラリーを設置し、これの集中管理と県民の利用をはかる、④原子力平和利用に関する研究会の開催=県下各業種別にグループを作り研究を活発するとともに連絡情報の機関とする。

以上のようになっている。
(後略)
(福井新聞朝刊1957年4月18日、なお一部の人名を補った)

福井新聞の報道によると、一府県で原子力懇談会を結成したのは初めてということである。前述したように、ようやく前年の1956年に日本原子力研究所の建設がはじまったくらいであり、福井県としてはかなり早期から原子力研究開発に期待をもっていたことがわかる。そして、肩書きからみる限り、当時の福井県の政・官・財・学界の人びとが多数参加しているのである。

ただ、この記事を読んでいても、「繊維産業、農業、土木、水産、医学などを発展させる」とはされているが、原子力発電などエネルギー源としての原子力には言及されていないことに注意されたい。はっきりとはわからないがアイソトープが出す放射線の利用などを想定していたように思われるのである。特に、当時の福井県の基幹産業であった繊維業への利用が第一にあげられている。たぶん、原子力利用としては、原発のような外在的なものではなく、自らが担ってきている繊維業・農業などの地域産業の内在的発展に寄与するものとしてイメージされているといえよう。

そしてまた、この原子力懇談会の活動が、原子力利用の啓蒙・宣伝、原子力関係情報・資料の収集・管理、原子力利用研究会の開催などに限られていたことも注目しなくてはならない。この記事を読んでいても、コールダー・ホール原子炉などを扱った原子力の宣伝映画をみているのである。いまだ、原子力施設の誘致などの政治的な活動は想定されていなかったといえよう。

この福井県原子力懇話会は、1959年に県知事が羽根盛一から北栄造に交代して、一時活動が衰退したといわれている。だが、1960年に、北栄造知事のもとで関西研究用原子炉誘致活動に乗り出していくことになる。

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これまで、このブログでは、原発災害のリスクについては、一般的には「安全神話」という形で糊塗しつつ、立地地域において雇用や電源交付金というリターンとバーターすることがはかられてきたと述べてきた。

福島第一原発事故は、結局、原発災害のリスクに見合う、リターンなど存在しないことを示した。そして、原発災害の被災地はリターンが得られた立地地域をこえ、さらに、電力供給がされた電力会社管内すらこえて、近隣諸国にまで及んでいる。

その意味で、これまでのような原発立地を正当化する論理は通用しなくなっているといえる。滋賀県の嘉田知事が、立地自治体・立地県のみが原発稼働に対する発言権を有する現状の枠組みを批判し、「被害地元」という考えを示したことは一つの現れであるといえる。

どのように正当化の論理を再構築するか、そのことが、政府・電力会社・学界・立地自治体などの、いわゆる「原子力ムラ」において課題となっていた。2012年6月8日の大飯原発再稼働問題に対する野田首相の記者会見は、論理的には自己矛盾をきたしているものの、「原子力ムラ」がどのように原発を正当化する方向性を示したものといえる。前回・前々回のブログでみてきたが、もう一度、原発の正当化する方向性はどのようなものなのかをみておこう。

まず、記者会見の中で、野田は「国民生活を守る。それがこの国論を二分している問題に対して、私がよって立つ、唯一絶対の判断の基軸であります。それは国として果たさなければならない最大の責務であると信じています。」と述べる。「国民生活を守る」ということを基準にしていることに注目してみよう。つまりは、国民生活を脅かすリスクから守るということが、彼の判断基準なのだと主張しているのである。つまり、ここでは、リターンなど問題ではない。「リスク」だけが問題なのである。

その上で、国民生活の安全を守る上での第一の問題として、原発の安全性を提起している。そして、野田は、福島第一原発事故による知見はいかされており、同等の地震・津波が襲来しても、炉心損傷は起きないことが確認されているという。つまり、現状において原発は安全であるとしているのである。これは、ある意味で「安全神話」を引き継ぐものということができる。過去の「安全神話」とは、別に安全対策が完備したから安全というではなく、設置側が「安全」を宣言したというにすぎなかった。それを継承することがまずなされている。

しかし、それならば、新たに原子力規制庁を立ち上げ、安全基準を作り直す必要はない。そこで、野田は、「こうした意味では、実質的に安全は確保されているものの、政府の安全判断の基準は暫定的なものであり、新たな体制が発足した時点で安全規制を見直していくこととなります。」としている。現状の「安全」は暫定的なものでしかないのである。いくら野田でも、「原発の安全性」を絶対的に保障はできないのである。

それを、より明確に主張しているのが、西川福井県知事である。6月5日、次の記事を読売新聞がネット配信している

「福井に安全神話ない」…西川知事、原発相らに

 関西電力大飯原子力発電所の再稼働を巡り、細野原発相が4日、福井県に地元同意を要請したが、西川一誠知事は首を縦に振らなかった。夏の電力不足が迫る中、地元同意に向けた手続きはいつ動き出すのか。カギは西川知事が握る。

 「福井に安全神話はないんです」。西川知事は4日、会談で細野原発相らに語りかけた。全国最多の14基を抱える原発立地県としてリスクを負ってきたとの思いがにじむ。

 旧自治省官僚から副知事に就任した1995年、同県敦賀市の高速増殖炉「もんじゅ」のナトリウム漏れ事故が発生。知事当選翌年の2004年には同県美浜町の美浜原発事故で5人が死亡した。今回、再稼働への手続きに位置付けられた県原子力安全専門委員会は、西川知事が設置したものだ。

 会談では、消費電力の半分を福井に頼る関西への不満も口にした。関西広域連合が5月30日に出した「再稼働容認」声明に対し、「そもそも、消費地である関西は『容認』とおっしゃる立場にはない」と、厳しい口調で言い切った。

 電源三法に基づき、国が同県や県内の原発立地自治体などに投じた交付金は1974~2010年度までに計約3461億円。地域の経済、雇用は原発に依存する。県内の企業経営者は「福井と原発は切り離して考えられない」と話す。

 会談で西川知事は、「日本経済のために原発が重要で、再稼働が必要だということを、首相が直接、国民に訴える対応がなされれば、(再稼働同意に向けた)解決を進めたい」と述べ、再稼働に向けた条件を示した。「40年後の原発依存度ゼロに向けて動いている」(枝野経済産業相)との脱原発論がくすぶる政権に覚悟を迫った格好だ。

 会談後の記者会見で、西川知事は語調を強めた。

 「(ボールは)国にあります」

(2012年6月5日 読売新聞)
http://osaka.yomiuri.co.jp/e-news/20120605-OYO1T00222.htm

これは、重要な発言である。西川知事は「安全神話」を否定する形で、原発のリスクを指摘したことになる。その意味で、原発は、西川にとっても「安全」なものではない。野田首相が「暫定的な安全」というあいまいな言い方をしたのと比べると、より明解である。

それでは、どのように原発の正当性を主張するのか。また、野田首相の記者会見にもどってみよう。野田は、こういうのだ。

国民生活を守ることの第2の意味、それは計画停電や電力料金の大幅な高騰といった日常生活への悪影響をできるだけ避けるということであります。豊かで人間らしい暮らしを送るために、安価で安定した電気の存在は欠かせません。これまで、全体の約3割の電力供給を担ってきた原子力発電を今、止めてしまっては、あるいは止めたままであっては、日本の社会は立ち行きません。

確かに、日本社会は原発からの電力供給というリターンに依存してきたといえる。このことを逆手にとって、このリターンが絶たれることが、「国民生活を守る」上でのリスクだと野田はいうのである。原発供給電力というリターンを、リスクとして、この場所では表現しているのだ。このリスクは、夏期の計画停電に始まる人命・雇用・需要の喪失にはじまり、長期的にいえば、電力価格高騰における家計・企業経営への悪影響、さらに石油資源を中東に依存することへのエネルギー安全保障上の問題にまで及ぶ。これらを「国民生活を守る」上でのリスクとしてとらえているのである。

原発災害へのリスクに電力供給危機へのリスクを対置する、そのことによって、原発災害リスクへの懸念の増大を電力供給危機への危機に置き換える、そのような戦略が目指されているといえる。

そして、原発災害のリスクを甘受しつつ、電力危機のリスクに立ち向かう立地地域の人びとは、野田においては賞賛されるのである。

そして、私たちは大都市における豊かで人間らしい暮らしを電力供給地に頼って実現をしてまいりました。関西を支えてきたのが福井県であり、おおい町であります。これら立地自治体はこれまで40年以上にわたり原子力発電と向き合い、電力消費地に電力の供給を続けてこられました。私たちは立地自治体への敬意と感謝の念を新たにしなければなりません。

「大都市における豊かで人間らしい暮らし」とは、大都市住民でもない人びと、大都市でも豊かな生活をしていない人びとにとっては、絵空ごとであるが、しかし、野田の国民とは、そのような人びとを排除している。いわば、既得権を得ている人びとでしかなかろう。この既得権ーつまりはリターンーを得ている人びとを守るために、原発リスクを甘受している人びとこそが「敬意と感謝」の対象となるのである。

このような意識は、より立地地域の首長によって強く語られる。おおい町長は、4日に「住民の間からも、今までにない不満が出ている。立地自治体として40年間、大きなリスクを抱えながら今日に至っているのに、何の理解もない」(産經新聞5日ネット配信)と述べている。

最終的に野田は、このように述べる。

再起動させないことによって、生活の安心が脅かされることがあってはならないと思います。国民の生活を守るための今回の判断に、何とぞ御理解をいただきますようにお願いを申し上げます。

再稼働させないことは、国民の生活の安心を脅かすということなのである。つまりは、再稼働反対派は、国民の生活の安心を脅かす存在なのである。

そのことを露骨に語っているのが、原発をかかえている美浜町議会である。やや前のことになるが、美浜町議会の動向について、産經新聞は次の記事を5月22日にネット配信している。

計画停電の検討、関電に要望 美浜町議会原特委 福井
2012.5.22 02:08
 
■電気のありがたさ知らせる

 関西電力美浜原子力発電所(美浜町)の再稼働について、美浜町議会原子力特別委員会は21日、経済産業省原子力安全・保安院と関西電力から、安全基準と緊急安全対策について説明を受けた。

 関電は昨年12月、美浜原発3号機のストレステスト(耐性検査)1次評価を提出し、保安院の審査待ち。同2号機は昨年7月、高経年化技術評価を提出し、今年7月には運転40年を迎える。同1、2号機は改正規制法案の制定待ちとなっている。

 この日の原特委では、山口治太郎町長や議員10人が出席。関電の説明後、議員が「今年の夏を乗り越えれば、原子力発電所がなくてもやっていけると思われがちだ」と指摘。「大阪など関西は電気があって当たり前だと思っている。関西に電気のありがたさを知らせるため、計画停電を最重要課題にすべきだ」と要請。

 関電美浜発電所の片岡秀郎所長は「供給の努力を怠ってはいけないが、化石燃料の増強が電気料金の値上げに繋がることなどを理解してもらわなければならない」と応えた。
http://sankei.jp.msn.com/region/news/120522/fki12052202080002-n1.htm

再稼働に反対する関西の人びとに電気のありがたさを知らせるため、計画停電を率先して行えと関西電力に要請したというのだ。野田の発言は、計画停電をさけるために再稼働せよというものだが、ここでは、反対派がいるような地域には電力供給しないことによって反省を促せと主張されているのだ。

野田の記者会見は、福井県側が求めたものである。それゆえ、たぶん従来から主張された安全神話の提起と、福井県などが主張する電力供給危機の問題が整合性がとれていない部分があり、野田の発言全体の自己矛盾の一因となっているといえる。しかし、福井県側においても、再稼働への同意の条件として、このようなことを国側が表明することになっていた。結局、原発のリスクを認めると、これまでのようにリターンを与えることによって同意を調達することは主軸にならないのである。国が「国民生活を守る」上でのリスクとして、原発よりの電力供給危機に対応することをあげ、それこそが「国策」だと措定することによって、「原発の安全性」というリスクを第二義的なものとし、無効化する。もちろん、電力供給上の危機といっても、一般的にも電力供給というリターンを失うということにすぎないし、現実には、電力会社・立地自治体などのリターンが失われることでしかない。しかし、それを、それこそ、「国民国家」的な「国民の生活」を守るための利益だと拡大し、現実的なリターンなしに、原発のリスクを甘受することが国家から訓示される。原発のリスクを甘受しつつ、国民の生活を守るために電力供給に協力した福井県の人びとは賞賛され、再稼働をさせないように主張した人びとは、国民の生活の安心を脅かすものとされるのだ。その意味で、原発災害のリスクが、電力供給上のリスク(実質は原発からのリターンが失われるということにほかならないが)によってバーターされることによって、原発が正当化されるといえるのである。

このことは、例えば、1974年の電源交付金制度設置においては、原発の安全性を主張しつつ、とりあえずリターンを与えることによって、原発の正当性を担保させるというやり方とは大きく異なるといえる。原発からの電力供給というリターンが絶たれるというリスクを強調される。原発は、電力会社や立地自治体に限らず、現存秩序の中で既得権を得ている人びとにとって、特別なリターンなしに喪失からのリスクから守らなくてはならないものの象徴となり、さらに「国民生活の安全」全体にとっても守るべきものなっていく。そして、それは、国家がー現実には野田首相がー、それこそが、原発の安全性をこえて守るべき国策として措定し、その国策に従うものを賞賛し、反対する者を国民生活を脅かす者とレッテル張りをすることになる。

このような形で、原発が正当化されていくことがめざされていると考えられる。このことによって、現実には、美浜二号機のような、老朽でよりリスクのある原発が再稼働されることになるだろう。つまり、安全性は二の次であり、電力供給を守ることが国策なのだから。他方で、国民生活上の危機なるものを原発に限らずあおり立て、何らのリターンもなしに、「国策」に従うことが強制されていくということが横行していくだろう。消費増税正当化の論理も、その一つであろう。そして、この状況こそが民主主義の危機である。

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さて、福井県大飯原発再稼働問題について、もう少しみておこう。細かな経過は省略するが、大飯原発再稼働については、その安全性をめぐって、福井県外の人びとから不安の声があがっている。そして、滋賀県知事・京都府知事・大阪市長などの関西圏の首長は、一層の安全対策が要求したが、電力不足を指摘する財界の声におされて、「限定的」「暫定的」ならば現状の安全対策でも原発稼働は仕方がないと表明するにいたっている。

このような、関西圏の首長たちに対し、原発が立地している福井県の首長たちは反発した。例えば、産經新聞は、6月4日に次の記事をネット配信し、福井県知事とおおい町長の反発を伝えている。

期間限定「スーパーの安売りではない」 西川・福井県知事、怒り露わ 
2012.6.4 21:55 (1/2ページ)[westピックアップ]
 「期間限定など、スーパーの安売りではない」-。4日夕行われた関西電力大飯原発3、4号機(福井県おおい町)の再稼働をめぐる細野豪志原発事故担当相らと福井県の西川一誠知事の会談。大阪市の橋下徹市長ら関西の一部の首長が主張する夏期限定の再稼働には、かねて不快感を漏らしていた西川知事は、この日も皮肉交じりの口調で憤りをあらわにした。

 今回の会談で、再稼働に強い反発を示していた関西の理解を得たとする政府側の主張に対し、西川知事は「関西が再稼働を容認したから、すぐに動かせといわれるが、消費地である関西は、再稼働を容認するという立場ではない」と不満を口にし、「夏場だけの稼働、大飯だけに限定するのではない、と示していただきたい」と強く迫った。

 4月14日の枝野幸男経済産業相による再稼働要請以降、西川知事は関西の動向について、具体的な発言をしてこなかった。その態度が一変したのは、5月24日の定例会見。「電気が必要でないというのであれば、無理して動かす必要はない」と明言し、周囲を驚かせた。さらに、期間限定での再稼働を「勝手で話にならない」と一蹴。原子力の役割や、機能を踏まえた国全体での議論を訴えた。

 また、4日に会見したおおい町の時岡忍町長も、橋下市長らの夏期限定稼働の主張について「住民の間からも、今までにない不満が出ている。立地自治体として40年間、大きなリスクを抱えながら今日に至っているのに、何の理解もない」と西川知事に同調した。

大飯原発の地元を代表する2人の異例の発言は、電力消費地の関西の都合によって振り回されることへの不満と警戒感だ。県議の一人は「声の大きな方だけを向いて発言してきた政府を、牽(けん)制(せい)する意味があるのではないか」と推測する。

 4日の会談後、国が関西と福井の双方に対して“いい顔”をしているとの記者団の指摘に対し、西川知事は「だからこそ、総理がしっかりとした原発の意義付け、再稼働に向けたメッセージを国民に向けて、意見表明が重要になる」と野田佳彦首相が明確な姿勢を示すことを改めて求めた。

 計画停電が現実味を帯びる中で、国と電力消費地に振り回される供給地の福井県。原子力政策をめぐる政府の姿勢にはぶれが目立ち、西川知事は再稼働後、政府にはしごを外されるとの懸念が拭えないようだ
http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/120604/waf12060422030028-n1.htm

加えて、敦賀市長も、このように発言していることを、産經新聞はネット配信している。

消費地の「ご都合主義」 敦賀市長が批判
2012.6.4 20:57 [節電・原発]
 福井県敦賀市の河瀬一治市長は4日の記者会見で、関西広域連合が関西電力大飯原発3、4号機の限定的再稼働を事実上、容認する声明を発表したことについて「原発は国の基幹電源で、動かしたり止めたりするものではない。ご都合主義と言わざるを得ず、関西の理解はまだ十分でない」と批判した。

 河瀬氏は「『再稼働が夏場だけ、大飯だけ』というのは理屈が通らない。関西圏は感情的になっている」とも述べた。敦賀市には、日本原子力発電敦賀原発や高速増殖炉原型炉もんじゅが立地。河瀬氏は、全国原子力発電所所在市町村協議会の会長。
http://sankei.jp.msn.com/west/west_economy/news/120604/wec12060421070006-n1.htm

福島第一原発事故は、メルトダウンなどのシビアアクシデントのリスクは計り知れないほど大きいこと、そして、そのリスクは、県境(いや国境も)をこえて広がることを示した。現状では、雇用・電源交付金・固定資産税・核燃料税などのなんらかのリターンが得られる立地自治体・立地県のみが原発稼働に同意する権限を有している。しかし、例えば、福島県飯館村や福島市・郡山市などのように、直接的リターンがあまりない地域にも、原発災害のリスクは及ぶのである。最終的には腰砕けになったものの、滋賀県の嘉田知事は「被害地元」という形で、そのような考え方から、原発再稼働について発言したのである。

このような考え方に対し、福井県知事や敦賀市長らは、国策として原発を維持することの必要性を国が主張せよと訴えている。彼らからすれば、国が原発の必要性を訴えることによって、腰砕けになったとしても、安全性の観点から、原発再稼働について「限定的」「暫定的」という制限をかけようとする関西圏の首長たちの主張を封じたいというのであろう。

しかし、これは、たぶん、現在の民主主義的諸制度の根幹を揺るがしかねないといえる。立地自治体や立地県の本来の権限は、住民の生存・生活を守るという観点から、原発が安全であるかいなかを検証することであるはずだと思う。しかし、これらの首長たちは、「安全」であるかいなかを度外視して、国策だから原発稼働に同意せよと、国がその意志を表明することを主張しているといえる。いってしまえば、住民の生存・生活は、国策遂行の前には犠牲にしてかまわないものといっていることになるのだ。

まるで、国策が「戦争」から「原発」にかわっただけで、戦時期の日本のようである。つまり、国策遂行の目標からみるならば、民衆の生存・生活を保障することは、この言い方では度外視されているのだ。現在の民主主義的諸制度は、戦前のこのような考えに対する反省の上にたっている。国は、国策遂行という名目のもとに、民衆の生存・生活を犠牲にしないということが、戦後の初心だったといえる。福井県知事や敦賀市長の発言は戦後の初心を否定するものといえる。

おおい町長の「住民の間からも、今までにない不満が出ている。立地自治体として40年間、大きなリスクを抱えながら今日に至っているのに、何の理解もない」という発言は、より問題である。おおい町長は、原発がリスクがあることを認めてしまっている。歴代の首長は、リスクがあることを承知で原発を受け入れてきたということになる。その上で、町民がリスクを甘受してきたことを理解せよという。彼の目標は原発再稼働にあるので、リスクを受け入れてきた町民たちの犠牲の上にたって、他地域の住民は再稼働を認めよということになるだろう。

この論理は、満州事変などにおいて、日清・日露戦争以降犠牲になった日本兵の血で購った地域を失ってはならないという論理に重なってみえる。この論理に従って日本は戦争を続け、日清・日露戦争とは比べものにならない犠牲を出すに至ったのである。

このように、福井県の首長たちの発言は、原発再稼働の是非だけでなく、戦後民主主義の基盤を揺るがすものになっている。ある意味では、これまでは、「安全神話」によるリスクの隠蔽のもとに、雇用・財源などのリターンの分配により、自発的に「同意」を調達し、戦後民主主義の外観を保ってきたといえる。しかし、原発災害という、あまりにも大きいリスクに見合うリターンは存在しない。形式的でも「合意」を調達する戦後民主主義ではなく、住民の生存・生活を犠牲にして国策への忠誠を強調するある種の国家主義がここでは表明されているといえるのだ。
 

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さて、前回のブログで、現在、商業炉13基、もんじゅ(高速増殖炉)1基、都合14基の原発があること、今回再稼働の対象となったのは、その中で最も遅く建設されたおおい原発3号機(1991年運転開始)と4号機(1993年運転開始)であったことを述べた。定期点検は、この2基よりも、敦賀1号機(2011年1月)、美浜1号機(2010年11月)、高浜1号機(2011年1月)、大飯1号機(2010年12月)がより早期に入っているが、この4基は、いずれも30年以上前に建設された原発のため、再稼働の対象から外されたのであろうと推測した。

現在、国会に提案されている原子炉等規制法改正案では、原発の耐用年数は原則40年とし、場合によっては最長20年の運転延長を認めることになっている。この20年の運転延長を認めるかいなかが問題となっている。例えば、福井新聞が2012年2月1日にネット配信した次の記事でもわかるように、厳格に40年を耐用年数とするならば、福井県の商業炉13基のうち、半分以上の8基が2020年までに廃炉になってしまうのだ。そして、2030年には2基のみが稼働していることになる。

原子炉規制法、福井への影響必至 20年時点で8基廃炉
(2012年2月1日午前7時45分)

 原発の運転期間を原則40年に制限する原子炉等規制法改正案が31日、閣議決定された。福井県内には13基の商業炉があるが、厳格に運用されれば2020年に8基が「寿命」を迎えているだけに、福井県が大きな影響を受けるのは必至。一方で、20年を超えない範囲で1回に限り延長を認めるとの例外規定も盛り込んでおり、立地自治体には基準の明確化を求める声や、国のエネルギー政策見直し全体の中で議論すべきだとの指摘もある。(政治部取材班)

 県内原発は、日本原電敦賀1号機、関西電力美浜1号機が運転開始から41年たち、美浜2号機も今年7月に40年となる。この3基を含め計8基が30年を超えている。

 県はこれまで高経年化(老朽化)対策の強化を繰り返し国に求めており、石塚博英安全環境部長は「40年で一区切りする考えは県の要請とある程度の方向性は合っているように思われる」と一定の評価をした。

 運転を40年に制限すれば、県内では2015年の段階では5基、20年には8基が廃炉となっており、合計出力でみると現在の約53%に当たる602万キロワットが失われる計算。20年の時点で稼働している原発は敦賀2号機、大飯3、4号機、高浜3、4号機の5基、30年には2基だけとなっている。政府の狙い通り、自動的に原発依存度が下がる形だ。

 ただ、「40年」に必ずしも科学的根拠があるわけではなく、例外として延長を認める場合の基準づくりもこれから。石塚部長は「40年で区切る根拠や運転延長を認める基準を明示すべきだ」と話し、既に40年を超えた県内の2基の取り扱いも早く明らかにするよう国に注文した。

 一方、将来の電源構成をどうするかの議論がまとまらないうちに運転期限だけが先行する点では「原子力政策がどうなるか決まっていない段階で、40年とか60年とか出ることに、全国の立地地域は不信感を持っている」(河瀬一治敦賀市長)との意見もある。

 電力事業者は国会での議論など今後の国の動向を見守る構えだ。この日記者会見した関電の八木誠社長は、規制は合理的であるべきだとした上で「基準に合うか自信を持って確認できれば、運転延長の手続きを取っていく」と言明。古い原発を多数抱えるだけに「仮に延長申請するにしても手続きや技術的な対応が必要。移行期間を設けてほしい」とも述べた。

 細野豪志原発事故担当相は「厳格な規制を課すので、40年を超える運転は極めて例外的なケースに限られる」としているが、原発設置反対小浜市民の会の中嶌哲演さんは形骸化する可能性が高いと指摘。「20年延長も可能という抜け穴をつくるなんて論外。“原子力ムラ”の人たちがほくそ笑んでいる閣議決定ではないか」と批判した。

 県内の立地市町には、古い原発の運転延長よりリプレース=Wワードファイル=を望む声もあるが、野田政権は「新増設は困難」との立場。今夏をめどに示されるエネルギー政策見直しの中身によっては県内の原発政策は大転換を迫られる。
http://www.fukuishimbun.co.jp/localnews/politics/32823.html

この40年で原発を廃炉にする方針は、このように廃炉対象となっている原発を多く抱える関西電力にとって従い得ないものであった。産經新聞が2012年3月24日にネット配信した記事によれば、関西電力副社長豊松秀己は、2012年3月23日に運転開始より41年を経過した美浜1号機の運転延長を申請する意向であることをあきらかにした。

また、今年11月に運転開始から42年を迎える美浜1号機(同県美浜町)については「安全性が確認できるプラントは動かしていきたい」と述べ、再稼働の手続きに入る考えを表明。最長60年運転への延長申請も検討することを明らかにした。

 政府は原発の寿命を原則40年とする「原子炉等規制法改正案」を今国会に提出し、すでに40年を超えている原発の再稼働は認めず、廃炉とする方針。これに対し、日本原子力発電も40年を超えた敦賀原発1号機の再稼働手続きに入る考えを示している。
http://sankei.jp.msn.com/west/west_economy/news/120324/wec12032421410006-n2.htm

このように、関西電力は、建設から40年以上たった原発でも安全だとしている。しかし、すでに前述したように、この度再稼働の対象とした原発は最新鋭のものをわざわざ選択し、老朽化した原発は外している。いわば、言外に老朽化した原発はリスクが大きいことを示しているといえるだろう。

原発をめぐる話は、この手のものが実に多い。「安全」だといいつつ、現実にはリスクを考慮した措置がとられている。ただ、この措置も、とりあえず「再稼働」させようという課題のもとにとられているのではないかと思う。「安全」であるはずの原発が「再稼働」してみたらトラブルしたでは、リスクをアピールしただけに終わるだろう。当面は、リスクの少ない原発を再稼働させ、それを前例にして、40年をこえる、関西電力からみてもリスクの大きい原発を次々再稼働していくという作戦なのだと思われる。6月4日にロイターのネット配信した記事は、福井県知事が規制庁の新設をまたず、原発再稼働の是非を原子力安全委員会が行うようにせまっている点で注目される。

[福井 4日 ロイター] 福井県の西川一誠知事は4日夕、関西電力(9503.T: 株価, ニュース, レポート)大飯原子力発電所3、4号機(同県おおい町)の再稼働問題について細野豪志原発担当相らと会談した。

席上、西川知事は「政府部内からいろいろな見解、矛盾した主張が出て県民にとって迷惑」と指摘した上で、「再稼働の必要性について首相は国民に訴えていただいて、様々な疑問に答えていただくことが国民の安心と支持につながる」と強調した。

西川知事は政府側に対し「夏場だけの稼動とか大飯原発に限定した稼動に限定した一部の言い方があるが、政府がそうした考え方ではないと示して頂きたい」と要望した。会談後、同知事は記者団の取材に応じ、野田佳彦首相の再稼働問題に関する意見表明について「どういう方法かは(検討余地は)あるかもしれないが、国民に目を向けて責任と覚悟をもって様々な問題に意見表明してほしい」と述べ、この問題で首相が記者会見をするべきとの考えを示唆した。再稼働に向けた最終判断のボールが政府側と福井県側のどちらにあるのかとの質問に知事は「国にある」と明言した。

4月に枝野幸男経産相が福井県を訪問し大飯原発の再稼働に理解を求めた際に、西川知事は「消費地に理解を得るよう政府は努力を」と注文。ただ、滋賀県や京都府、大阪府・市など近隣自治体が再稼働に強い異議を唱え、福井県と近畿の自治体との対立が強まった。

先月30日に鳥取県で開催された関西広域連合の会合で、細野担当相らが再稼働に向けた説明を行い、同連合はその日、大飯3、4号の再稼働について「政府には、限定的なものとして適切な判断を求める」との声明を出したが、同声明が大飯原発限定の容認なのか、夏場だけの期間限定なのかといった解釈をめぐる混乱が生じた。

西川知事の確認に対し、同行した斎藤勁官房副長官は「大飯3、4号機はこの夏場をしのぐだけの限定した稼動だと考えていない。関西広域連合にもしっかり説明したし、この考えに揺るぎはない」と答えた。また西川氏は、原子力の新しい規制機関の早期発足に向けた政府の努力や、使用済み核燃料の中間貯蔵に関して消費地を巻き込んだ検討を政府が先頭に立って進めるよう細野担当相らに要望した。

細野担当相は「新規制組織は5月29日、(国会で)審議入りした。政府案と自公案は考え方で異なる点もあるが、規制組織を一元化し規制を強化していくことを共有している。柔軟に対応することで新たな規制機関を一日も早く発足させたい」と説明。使用済み燃料の中間貯蔵については同相は「消費地に皆さんにも使用済み燃料の貯蔵の問題をお考えいただく必要がある」と語り、西川知事の要望に理解を示した。このほか、大飯原発の再稼働に向けて政府が準備する「特別な監視体制」について、西川知事は福井県の専門職員の派遣を求める意向を表明し、細野氏も「福井県の皆様にも入っていただきたい」と応じた。

さらに西川知事は、再稼働に向けたストレステスト(耐性評価)で原子力安全・保安院の審査が終了した原発についても「新規制庁の設置を待つことなく、原子力安全委員会が責任をもって審査する立場にある」と畳みかけた。大飯3、4号の同テスト1次評価の確認を最後に安全委によるストレステストの確認審査がストップしていることについて、全国最多13基の商業炉を抱える福井県として不満を示したものだ。この点について細野担当相は、「原子力安全委は国家行政組織法上の独立機関。(安全委の)独立性については十分に尊重していく必要があることを知事はご理解を」と語り、政府だけでは他の原発の再稼働を推進するうえで限界があるとの認識を示した。

(ロイターニュース 浜田健太郎)
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPTJE85300F20120604

原発のリスクがないということが再稼働の条件であったはずだが、実際にはリスクがある。そして、放置しておくと、よりリスクの大きな老朽原発が再稼働されていくということになると思われるのだ。

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さて、報道により、5月14日、おおい町議会が大飯原発再稼働に同意する決定を行った。おおい町議会のサイトに、その同意書が掲載されている。あまり、この文章の中身は紹介されていないので、ここで掲載しておく。

平成24年5月14日

原子力発電所3、4号機再起動の同意判断に関する見解

おおい町議会は4大臣会合における「大飯原子力発電所3、4号機の再起動判断」の説明で言及のあった、福島事故の知見を反映した再起動判断基準に整合した安全性の確認と、安全性に上限を設けず継続的に追及する姿勢、および原子力発電の必要性について概ね理解し、住民意見の集約に加え、電力消費地の生活や経済に及ぼす影響を考慮の上、同意することとしました。
今後、地元の判断はそれぞれの機関において検討され、再起動の最終決定は政府の責任においてなされるものと認識していますが、その重大性と権限を超える議論も視野に入れた判断を強いられたことに加え、政府の姿勢を含め、不確定要素が存在する状況での議論であったことから、原子力政策の一元的管理責任を担う政府の誠意ある継続的な対応を促すよう要請いたします。
尚、議会での議論の経過とその主な内容について述べます。
議会では「原発問題に関する統一見解」を基にした「福島事故後の大飯原発に関する決議」により政府に対して安全確保と経済・財1政に関する要請を行いました。その結果、現行法令上の規制要求を超える安全基準をもって安全の確保がされました。しかしながら安全の確保は、常に新たな知見を反映した安全性の追求が必要となります。よって、政府においては、関係規制法の改正や原子力規制庁の発足を待つことなく常時、安全性の向上に努められるべきであります。その上でできるだけ迅速な規制庁の発足が望まれます。
加えて、稼働停止中の地域経済や雇用に対する救済措置については具体的な対策が必要です。
さらに、福島原発事故を契機に原子力政策の根幹に何らかの変更をきたすことが推測されます。エネルギー基本計画の見直しによって地域づくりのよりどころとしてきた立地自治体の将来展望に少なからず影響を及ぼす可能性があります。我々も自治体経営の自己責任と自助努力の必要性を再認識すると同時に、政府においても国策に則って日本経済を支えてきた立地自治体の将来に対して責任ある対応が示されるべきであります。
また、一連の国民的議論や報道内容において一般世論が立地自治体の実情と遊離している状況が散見されます。すなわち、日本経済の発展にとって必要不可欠であった人口密集地には建設できない原子力発電所の誘致をもって社会に貢献し、地域づくりの根幹とせざるを得なかった立地自治体の苦悩と実情が広く国民に理解されていない現実があります。
その背景には社会基盤整備をはじめ、拡大する地域間格差を解消するために産業基盤の脆弱な過疎の地域である、小規模自治体の現実と課題に真摯に向き合うことを避けてきた政治の仕組みが存在します。
原子力防災に関連して一例をあげれば、部分的な災害制圧道路や避難道路の整備計画が推進されつつあるものの、周辺自治体を含め、広く嶺南地域において道路網をはじめとする社会基盤整備の遅れが存在し、県内地域間格差が存在しています。防災機能の向上は総合的な社会基盤の整備状況によって大きく影響を受けます。均衡ある整備に向けた姿勢も今一度見直されるべきであります。
また、安全を第一とする原子力政策について市場原理主義を基軸とする企業活動に担わせてきたことが、過酷事故が発生した一因であり、今後改善されるべき点であると考えられます。
しかしながら、政府の責任において電力需給と日本経済への懸念から再起動の必要性が判断されました。
おおい町の地域経済や、雇用については長期稼働停止によって既に大きな影響を受けている現状にあり、いまだ対策が講じられていないこととの不合理性は存在するものの、議会報告会における住民意見や町民説明会において出された意見、日頃より地域住民から聞き得た切実な思いや目の当たりにする生活の実情などを総合的に判断すると、大飯原発が必要とされる期間、立場の違いを超えて、存在する個々の原発の安全確保を最優先とする政府の求心力発揮に期待し、一元管理責任のたゆまぬ遂行をもって再起動に同意いたします。
ww.town.ohi.fukui.jp/sypher/open_imgs/info//0000000052_0000003733.pdf

まず、この同意書で注目されることは、原発再稼働の決定自体は政府が行うこととしていることである。そして、おおい町議会としては、「その重大性と権限を超える議論も視野に入れた判断が強いられた」として、自身の権限を超えた判断が無理強いされたとしている。おおい町議会としては、原発再稼働の責任をとりたくないのである。故に、原発再稼働の責任は政府にあることを再三強調している。

さらに、「政府においても国策に則って日本経済を支えてきた立地自治体の将来に対して責任ある対応が示されるべきであります。」と、原発受け入れは「国策」にしたがって日本経済のささえる営為であったとしている。その上で、「また、一連の国民的議論や報道内容において一般世論が立地自治体の実情と遊離している状況が散見されます。すなわち、日本経済の発展にとって必要不可欠であった人口密集地には建設できない原子力発電所の誘致をもって社会に貢献し、地域づくりの根幹とせざるを得なかった立地自治体の苦悩と実情が広く国民に理解されていない現実があります。」と述べている。人口密集地に設置できない最大の理由は、本ブログで述べてきたように原発事故の危険性を考慮してのことなのであると私は判断しているが、それをわざわざ誘致して社会に貢献し、地域づくりの根幹にしてきた、その苦悩や実情が一般国民には理解されていないというのである。

そして、「その背景には社会基盤整備をはじめ、拡大する地域間格差を解消するために産業基盤の脆弱な過疎の地域である、小規模自治体の現実と課題に真摯に向き合うことを避けてきた政治の仕組みが存在します。」と主張する。過疎地解消に向き合ってこなかった政治のしくみがあるから、原発を誘致し、依存しなければならなかったというのである。

ここには、「国」に対して、奇妙なねじれがあろう。一方で、地域間格差を放置してきた「政治のしくみ」があり、そのために「過疎地」たらざるを得なかったことへの怨嗟がそこにある。しかし、他方で、人口密集地に建設できない原発を受け入れることで、国策に則って日本経済の成長に貢献したという自負の念がある。しかし、その「自負」が一般国民には理解されていないと嘆いているのである。これは、もちろん、「脱原発」の世論やそれに依拠した関西圏の首長たちの行動をさしている。

原発に対する利益ーリターンは考慮されているだろう。しかし、ここでは、それが主眼ではなく、原発建設は国策であり、それを受け入れていることで、地域発展をはかっているという論理が中心となっている。ゆえに、一切の原発政策ー安全対策、再稼働、稼働停止中の雇用などーの責任は、政府がとるべきであり、おおい町議会は権限においてもとりようがないということになる。彼らの立場からすれば、無理からぬところがあろう。

それに対して、野田首相は、このように対応した。時事通信のネット配信記事をみてほしい。

地元議会の同意重い=大飯原発再稼働―野田首相
時事通信 5月24日(木)10時49分配信
 野田佳彦首相は24日午前の衆院社会保障と税の一体改革特別委員会で、関西電力大飯原発3、4号機がある福井県おおい町の町議会が再稼働に同意したことについて「大変重たい事実だ」と強調した。
 政府の判断時期に関しては「真夏になってからの判断では企業もいろいろ準備があるし、国民も心の準備がある。福井県の考えをよく聞き、周辺自治体にもしっかり説明していきながら、しかるべきときに判断したい」と語った。自民党の橘慶一郎氏への答弁。 
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120524-00000054-jij-pol

この言い方であると、おおい町議会の同意が再稼働決定において「重たい事実」として作用するということである。おおい町議会の言い方は、国策だから引受けるが、その決定責任まで背負い込まされるのはいやだということである。原発再稼働において、地元自治体の同意は、必要条件であるが、十分条件ではないとしているのである。他方、野田は、地元自治体の同意を「重たい事実」として、原発再稼働の正当化の要因としているのである。その意味で、野田首相の発言は、おおい町議会の意図ととも食い違っているのである。

そして、おおい町と同様の立場にある、福井県知事は、野田首相のこのような姿勢を批判した。次の毎日新聞ネット配信記事をみてほしい。

大飯原発:再稼働問題 「首相が国民に意思を」 知事、対応に懸念--会見 /福井
毎日新聞 5月25日(金)15時49分配信
 関西電力大飯原発3、4号機(おおい町)の再稼働問題を巡り、野田佳彦首相に前面に立って対応するよう求めている西川一誠知事は24日の定例記者会見でも、「すべての国民、メディアに向かって、はっきり発言すべき」と求めた。【佐藤慶、橘建吾】
 西川知事は今月10日、松下忠洋副内閣相と会談し、「首相が先頭に立って対応する必要がある」と注文するなど、首相にリーダーシップの発揮を求めている。24日の会見では、政府の明確な意思表示がないために「(関西広域連合の)理解が及ばないんじゃないか」と指摘。原発の安全性を審議している県原子力安全専門委員会についても、「政府がはっきりした姿勢を示さないと、大本に返る恐れがある」と、再稼働へのプロセスが逆戻りする懸念まで示した。
 首相がどのように意思表示すればいいか問われると、「国民に向かって原子力の必要性や国益上どうだとか、安全をどう強化したかについておっしゃることだ」と説明した。
 一方、日本原子力研究開発機構の高速増殖原型炉もんじゅ(敦賀市)の将来の研究開発の進め方を巡り、文部科学省が廃炉を含めた選択肢を示したことについては、「もんじゅについてはこれまでも核燃料サイクルにおける中核的な位置付けがあるので、エネルギーの安全保障など大局的な観点から十分慎重に審議してもらいたい」と要望。北陸新幹線金沢-敦賀間の着工認可については、「だらだらと遅くならないように期待する」と早期の認可を求め、敦賀以西に導入が検討されているフリーゲージトレイン(軌間可変電車)については、「技術が完全には確立されていない。雪が降り、気候が激変する福井での安全性が課題だ」と指摘した。

5月25日朝刊
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120525-00000269-mailo-l18

このように、おおい町や福井県は、国策だから原発を受け入れるという論理をもとに原発再稼働への合意をはかろうとしている。そして、その論理で、再稼働に反対している他の自治体を説得し、世論もその方向で統一してほしいと主張している。しかし、むしろ野田首相は、彼らの同意こそが原発再稼働を正当化する論理にしようとしているといえる。ある意味では、双方とも原発再稼働に根本的には賛成なのであるが、脱原発世論の前に、互いに責任を押し付け合っているといえる。

このおおい町議会の同意書は、「国策であるから原発を受け入れる」という論理を示している点で、注目されるものといえよう。しかし、それだけではなく、その論理の矛盾もみてとることができるといえる。

なお、まだ、おおい町としての同意決定はされていない。おおい町長によると、福井県原子力安全専門委員会などの動向をみて、月内に決定するのは難しいのではないかとしている。福井県全体の動向も含めて、今後注目される。

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