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6月26日、佐賀で経済産業省が原発の安全対策に関する「説明番組」をケーブルテレビなどで中継した件につき、6月27日付の『西日本新聞』は次のように報道している。

九州電力玄海原発(佐賀県玄海町)2、3号機の運転再開を目指し、経済産業省は26日、原発の安全対策に関する県民向け「説明番組」を同県内のケーブルテレビ(CATV)などで中継した。同省が選んだ県民7人が出演し、担当者と質疑した。終了後、古川康知事は「(県民理解に)一定の役割を果たした」と評価したが、記者会見した出演者6人は「時間が短い。説明も歯切れが悪く、納得できなかった」などと不満を述べた。

 福島第1原発事故後、原発立地自治体の住民に対する国の説明活動としては初めて。ただ、説明対象者を限定し、放送するという手法には批判もあり、運転再開に反対する市民団体が番組の会場となったCATV会社周辺で抗議活動をした。

 番組は午前10時から90分、県内の4割以上にあたる約13万世帯が加入するCATVとインターネットで中継された。県民の出演者は、国が地元の広告代理店にリストアップを依頼して決めた農業や主婦、商工団体代表や大学生など男女7人(20-60代)。同省原子力安全・保安院の黒木慎一審議官らが福島第1原発事故の拡大原因や、その後に九電が実施した緊急安全対策を説明した。

 質疑では「原発事故が収束していない中、玄海原発を早く再開すべき緊急性とは何か」「本当に電力量は足りないのか」といった声が相次いだ。番組視聴者からメールやファクスで2041通の質問や意見が届き、一部は番組内で紹介された。

 終了後の会見で、出演者6人は「時間が短く、説明も分かりにくかった」「国の説明は歯切れが悪く、安心できない」「これで(説明会を)終わりにしないでほしい」などと指摘。テレビ番組という手法には「賛成派だけで(運転再開への)シナリオを作ってしまうと誤解を招く」「公開型説明会が必要ではないか」との意見が出た。

 同省側は「安全対策をしていることは分かってもらえた気がした。透明性と科学的データに基づく情報発信を続けるしかない」と述べた。

 説明会実施を国に要請した古川知事は知事室で番組を視聴。取材に「やらせではない、いいやりとりができていたのでは」と評価した。県民や県議会の一部から要望がある県主催の大規模な説明会については「今日のやりとりを分析したいが、現時点でやるべきとは考えていない」と語った。

=2011/06/27付 西日本新聞朝刊=

この「説明番組」は「県内の4割以上にあたる約13万世帯が加入するCATVとインターネットで中継された。県民の出演者は、国が地元の広告代理店にリストアップを依頼して決めた農業や主婦、商工団体代表や大学生など男女7人(20-60代)」という形で行われた。そもそも出演者自体が「広告代理店」がリストアップし、CATVとインターネット以外には立ち会わせていなかったのである。

本ブログでは、以前、1973年に開催された福島第二原発の公聴会について取り上げた。陳述人を賛成派25名、反対派15名と差をつけ、傍聴人については地元町村役場が賛成派住民・中立派住民の名を勝手に使って応募し、実質的に反対派を締め出して、この公聴会は開催された。その周りでは、機動隊とデモ隊が対峙していた。この公聴会は、ある意味で、住民の合意を装う形式的なセレモニーでしかないと考えた。

今回の「説明番組」では、どうであろうか。これは、公聴会ですらない。いわゆる「パブリシティ」ということになろう。

パブリシティについて、「パブリシティ.com」では、次のように定義している。

パブリシティは、製品なり、サービスを新聞、テレビ、ネットなどでニュースや記事として取り上げるものです。紙面に掲載されたり、画面に映されたりすることは広告と同じように思われがちですが、マスコミの主導による情報提供となり、顧客、すなわちサービスを受ける側から言えば、実に公的な立場からの情報となります。これは、どういった利点があるかと言いますと、まずは、企業からの一方的な情報ではないので、信頼性の高い情報として受け止められるということ。マスコミ=第三者による提供に値する情報ということですから、受けての側にも先入観なくスムーズに製品やサービスの良さを伝えることができます。

福島第二原発は、形式的にーいや本当に形式的なものなのだがー、陳述人や傍聴人は「公募」されていた。実質的には不公平であるが、形式的には公平性を装うことで、「合意」形成をはかろうとする「形式的なセレモニー」たらんとしていた。

今回の「説明番組」では、そもそも広告代理店が「出演者」をリストアップし、国が選んでいるのであるから、「公募」という形式すらとっていない。そもそも、「視聴者参加番組」でしかないのである。そして、直接伝えるメディアも選別している。そして、「顧客、すなわちサービスを受ける側から言えば、実に公的な立場からの情報となります。これは、どういった利点があるかと言いますと、まずは、企業からの一方的な情報ではないので、信頼性の高い情報として受け止められるということ」をめざしていたといえよう。結局、マスコミを利用した広報戦略でしかないといえる。

「公聴会」から「説明番組」へ。たぶん、経産省あたりはインターネットやケーブルテレビなどの発展に応じた「広報戦略」の「進歩」ととらえているのであろう。「公募」という面倒な手続きを廃し、「暴力的な傍聴人」を排除する手間も省き、より効率的に説明できると信じているのであろう。

しかし、「公聴会」にすら形式的準拠枠としてあった、だれにでも参加できる公開の場における言説空間の形成という意味での公共性ーパブリックの、パブリシティの論理による簒奪といえるのではないか。地域住民や自治体議会との合意形成すら問題にせず、しかもケーブルテレビやインターネットというメディアによりかかって、信頼性を担保している点において。

結局、「終了後の会見で、出演者6人は「時間が短く、説明も分かりにくかった」「国の説明は歯切れが悪く、安心できない」「これで(説明会を)終わりにしないでほしい」などと指摘。テレビ番組という手法には「賛成派だけで(運転再開への)シナリオを作ってしまうと誤解を招く」「公開型説明会が必要ではないか」との意見が出た」とのことである。出演者それぞれを疑ってもしかたがないのであるが、このような意見が出るような形で出演者を構成し、「公平性」を偽装しようとしているともみることもできよう。

案の定、「説明会実施を国に要請した古川知事は知事室で番組を視聴。取材に「やらせではない、いいやりとりができていたのでは」と評価した。県民や県議会の一部から要望がある県主催の大規模な説明会については「今日のやりとりを分析したいが、現時点でやるべきとは考えていない」と語った」とされている。このような形で開催することが「やらせ」であり、出演者それぞれに「演技指導」したかどうかは別なのである。

なお、「説明会」と経産省は把握しているようで、『朝日新聞』・『読売新聞』などは、そのような名で報じていたが、7名の参加者では「会」とすらいえないだろう。テレビなどで視聴者参加の討論番組はあるが、それを「会」とはよばない。『西日本新聞』・『東京新聞』など指摘しているように「番組」でしかないのである。言葉と実態のギャップを認識することが重要である。

『佐賀新聞』は6月22日にこのように報道している。

玄海原発2、3号機の再稼働問題で、国が26日に実施する県民向け説明会の開催方法をめぐって21日、県議や市民団体などから批判が相次いだ。県議会運営委員会では、参加人数が5人程度に限定される方法に「もっとオープンにすべき」などの異論が噴出、各会派に持ち帰って22日の議運理事会で再協議することになった。市民団体や共産党県委員会も「納得できない」と知事宛てに撤回を求める抗議文を提出した。

 

 国の説明会は県民4、5人が原子力安全・保安院、資源エネルギー庁の担当者と質疑応答し、その模様をケーブルテレビ(CATV)やインターネットで生中継。視聴者からファクスやメールで質問を受け付ける。

 

 議運では参加者限定に対し、市民リベラルが「誰もが参加でき、質疑が保証されての開催と思っていた。今回の手法は茶番だ」と批判、県民ネットも「これで説明がつくのか」と疑問を投げかけた。自民は「4、5人という参加者はどうなのか。議会としてあり方の確認をすべきだ」と述べ、各会派に持ち帰った。自民はその後、議員団総会で「まずは開いて、十分なのかみたい」として容認する意見でまとまった。

 

 住民説明会開催の請願を県議会に提出している玄海原発プルサーマル裁判の会など3団体は「たった5人の説明会ではとても公開と言えず、アリバイづくりだ」「性急にやることなのか」と県側を追及。ホールや体育館など数カ所で実施し、告知から開催まで1~2カ月間を置くことなどを求めた。

 

 県側は国主催のため、開催方法に関与しない方針。古川康知事は議会後、「国がきちんと説明責任を果たすべきというのは、議会も異論はないと思う。その場は数人かもしれないが、厳しいやり取りや見ている人が疑問などを寄せることで国にも県民の不安などが生で分かり、非常に意味がある」と語った。

 

 経産省の担当者は「準備期間の問題もあり、広い会場で大人数でやることは検討していない。CATVやネットでより多くの人に見てもらえる」としている。

一部の県議や市民団体は、誰にでも参加できる形での公聴会実施を求めている。これが当たり前の「公共性」-「パブリック」といえるのである。そして、この説明番組」実施というパブリシティによるパブリックの簒奪の影響は、単に原発問題だけに限られないのである。

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