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2013年12月19日、猪瀬直樹東京都知事が知事選前に徳洲会から5000万円を受け取った問題で辞任した。

辞任の直接の引き金となったのは、一つには、17日に都議会が偽証の際には罰則がある百条委設置を検討したことがあったといえる。そして、もう一つには、朝日新聞(18日付朝刊)の次の報道である。一部引用しておこう。

 

東京都の猪瀬直樹知事(67)が医療法人「徳洲会」グループから5千万円を受けとっていた問題で、猪瀬氏が昨年11月に徳田虎雄前理事長(75)に面会した際、売却が決まっていた東京電力病院(新宿区)の取得を目指す考えを伝えられていたことが、関係者の話でわかった。今月6日の都議会一般質問で「東電病院の売却は話題になっていない」とした猪瀬氏の答弁は、虚偽だった疑いがある。

 徳田前理事長の意思表示に対し、猪瀬氏も、自らが東電に売却を迫ったことを話したとされ、5千万円はこの面会の2週間後に提供された。猪瀬氏は10日の都議会総務委員会で「徳洲会が東電病院に興味を持っていたことは全く知らない」とも説明していたが、これも虚偽答弁の可能性が出てきた。病院の開設や増床には都知事の権限が及ぶこともあり、辞任を求める声はさらに強まりそうだ。

 猪瀬氏は昨年11月6日、神奈川県鎌倉市の病院に入院中の徳田前理事長と約1時間、面会した。仲介役で新右翼団体「一水会」の木村三浩代表や前理事長の妻・秀子容疑者(75)=東京地検が公職選挙法違反(買収資金交付など)の疑いで逮捕=のほか、複数の徳洲会職員が立ち会った。関係者によると徳田前理事長はこの場で、約1カ月前に決まった東電病院売却に触れ、徳洲会として取得に関心があることを話題にした。

結局、徳田前理事長から、売却予定の東電病院取得に関心が示され、その後で5000万円が無利子・無担保の借出金(猪瀬本人の説明によると)という形で、当時副知事であった猪瀬に提供されたということになる。この記事では、都議会における答弁と食い違いということが指摘されているが、実は、もっと大きな問題がある。徳洲会から東電病院取得の意向が示され、その後5000万円が供与されたということは、贈収賄にあたる可能性があるのだ。

例えば、12月18日、自由民主党の高村正彦副総裁は、次のように語っている。18日に配信された朝日新聞のネット記事をみてみよう。

 

自民党の高村正彦副総裁は18日、医療法人「徳洲会」グループから5千万円を受け取っていた東京都の猪瀬直樹知事について、「都知事としての職務権限と関係する仕事をする人から5千万円の大金を受け取った。この外形的事実だけで、出処進退を決断するのに十分だ」と記者団に語り、辞任を促した。自民党幹部で猪瀬氏の辞任論を公言したのは初めて。

 高村氏は「職務権限と関係なく5千万円受け取っても不思議ではない特別な関係を説明できれば別だが、今までの説明からすれば、そうではないとはっきりしている」と述べ、猪瀬氏の説明は理解を得られないと指摘。「辞任の決断が遅れると、東京オリンピックの準備にも支障が出るし、都知事として招致に成功した大きな功績を台無しにすることになる」と強調した。http://www.asahi.com/articles/ASF0TKY201312180090.html

さて、この東電病院売却問題とはどういう問題なのだろう。朝日新聞(18日付朝刊)は、次のように説明している。

 

猪瀬氏は副知事だった昨年6月、東電の株主総会に自ら出席し、一般患者が利用できない点などから東電病院の売却を強く要求。東電は同年10月1日、経営合理化の一環として、競争入札での売却を発表した。
 徳洲会は今年8月に東電病院の入札に参加したが、9月に東京地検特捜部の強制捜査を受け、辞退。

つまり、昨年6月の東電の株主総会で、副知事であった猪瀬が経営合理化の観点で東電病院の売却を求め、それが実現されて、徳洲会がその入札に応じたということになろう。

ここで、時計を巻き戻して、昨年6月27日の東電株主総会をみてみよう。この株主総会は、東電が政府の原子力損害賠償機構から1兆円の出資を受けることで、実質的に国有化されることが決定させたものであった。現在、東電は、賠償にせよ、除染にせよ、福島第一原発の廃炉処理にせよ、さまざまな点で機能不全に陥っているが、そのような枠組みが確定した総会であったといえる。

そして、この総会で、猪瀬はさまざまな提案をしている。まず、それを当時の朝日新聞に依拠してみておこう。

 

また総会には、筆頭株主の東京都が、顧客サービスの向上や電気料金の透明性を高めることなどを定款に書き込む提案を提出した。猪瀬直樹副知事が出席し、同意を求めた。
(中略)
 東京電力の株主総会では、東京都の猪瀬副知事が約15分間にわたり、株主提案の趣旨説明をした。「東京電力に対する信頼は大きく揺らいでいる。構造改革を後押しする提案を行った」と訴えた。
 猪瀬氏は「新生東電が信頼を取り戻すには、経営の透明性や説明責任を果たすことがかぎとなる」と声を張り上げて主張。「ゼロから再出発をするのに必要なのは社員の意識改革だ」とも述べた。会場からは拍手ややじが飛んだ。
 東電は株主総会前の通知で、都の提案に反対する意向を表明。 都は大株主約400法人に賛同を呼びかける文書を送り、個人株主にもホームページで賛同を訴えた。猪瀬氏は「電気料金値上げに対し、ユーザーを代表して発言した」と語った。
朝日新聞夕刊(2012年6月27日付)

 

東電病院の売却要求 株主総会で猪瀬副知事

 猪瀬副知事は27日の東京電力の株主総会で、東電が所有する「東京電力病院」(新宿区)の売却を求めた。一般利用できない東電の福利厚生施設にもかかわらず、東電の資産売却リストに入っていなかったためだ。
(中略)
 猪瀬副知事は質疑で「資産価値は122億円に上る」と主張。都が今月行った定期調査では、119のベッド数のうち、稼働しているのは20程度だったという。東電の勝俣恒久会長は「どう整理するか早急に検討したい」と述べるにとどまった。
 猪瀬副知事は質疑後、記者団に「1兆円の公的資金が投入されるのだから、当然売却すべきだ」と協調した。
朝日新聞朝刊東京版(2012年6月28日付)

結局、定款変更他の株主総会への提案はことごとく否決されたが、提案事項ではない東電病院の売却は「検討事項」とされて、結果的に実現したということになる。猪瀬の副知事時代の業績の一つであるといえよう。

この東電の株主総会は、大飯原発再稼働を直前に控えた時期で、脱原発の提案が多く出させれてもいた。そんな中、猪瀬は、脱原発にせよ、東電の存続にせよ、いわば「大きな問題」には関心を示さず、「東電」の経営合理化と、「経営の透明性や説明責任」を、筆頭株主である東京都を後ろ盾にして主張したのである。後者の問題は、結局、本人に降り掛かることになるのだが。実際、猪瀬のブログに、東電株主総会での本人分の発言が出ているが、福島のことはほとんど出てこないのである。東電の経営破たんは、福島第一原発事故のためであり、さらにそれは、重い道義的責任もあるのだが、そのようなことは考慮されない。結局、彼にとっては「電気料金値上げに対し、ユーザーを代表して発言した」ということでしかないのである。

そして、最終的に実現したのは東電病院売却であった。そして、この東電病院売却を主張する猪瀬の「言葉」が、徳洲会からの5000万円の供与につながったのである。

この経過を見ると、憤慨にたえないのである。猪瀬は、東電解体や脱原発などの根本的問題には手を付けないまま、経営合理化や説明責任などで東電を「言葉」でのみ追及して、ポピュリズム的人気を得た。それは、たぶんに、この年末に行われた都知事選における猪瀬の圧勝の一つの要因でもあっただろう。他方で、東電病院売却という、猪瀬の「言葉」による業績が、5000万円供与の要因となっている。根本的なところでは、3.11は東京都政の深部を規定しているのだが、そのことをまともに向き合わず、むしろ、いろいろな意味で「言葉」によって弄び、自身の利益につなげようとしたのが猪瀬であったといえるのではなかろうか。そして、このような存在は、猪瀬だけではないのである。

*東電株主総会における猪瀬の発言は、次のブログで読むことができる。

http://www.inose.gr.jp/news/politics/post312/

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6月28日、東京都教育委員会は、実教出版の高校日本史教科書の採択をさけるようにとする通達を出した。それを伝える毎日新聞の記事をまずあげておく。この記事は、この通達の背景まで踏み込んで書いている。

都教委:「教科書使うな」 検定通過の実教出版日本史、国旗国歌「公務員へ強制の動き」記述
毎日新聞 2013年06月27日 東京夕刊
 東京都教育委員会は27日の定例会で、高校で使う特定の日本史教科書に国旗国歌法に関して不適切な記述があるとして、各都立高に「使用はふさわしくない」とする通知を出すことを決めた。高校の教科書は各校長が選定して都道府県教委に報告することになっており、選定に教委が事実上の介入をするのは極めて異例。通知に強制力はないが、都教委は「指摘した教科書を選定した場合は、最終的に都教委が不採択とすることもあり得る」としている。 都教委が問題視しているのは、実教出版の「日本史A」と、来年度向けに改訂された「日本史B」。国旗国歌について「一部の自治体で公務員への強制の動きがある」と記載している。 都教委は2003年、学校行事で日の丸に向かい君が代を斉唱することを通達で義務付け、従わない職員は懲戒処分にする厳しい対応を取ってきた。最高裁は11年、起立斉唱の職務命令を合憲と判断したが、12年の判決では「減給や停職には慎重な考慮が必要」との判断も示している。 実教出版の日本史Aには11年度の検定で「政府は国旗掲揚、国歌斉唱などを強制するものではないことを国会審議で明らかにした。しかし現実はそうなっていない」との記述に文部科学省の意見がつき、後半を「公務員への強制の動き」などと書き換えて合格。文科省によると、日本史Aの全国シェアは約14%という。 だが、都教委は昨年3月以降、各校に電話で「都教委の考えと合わない」と伝え、13年度の教科書に選定しないよう要求。採択の最終判断は都教委ができることもあり、この教科書を選定した高校はなかった。 14年度から使う教科書を決める昨年度の検定では、同じ記述がある日本史Bも合格。都教委は不使用を徹底するため、今回は文書で通知することにしたという。都教委幹部は「『公務員への強制』という表現は明らかに間違っており、採用するわけにはいかない」と話している。 実教出版は「そうした決定が出たとすれば大変残念だ」とコメントした。【和田浩幸、佐々木洋】http://mainichi.jp/feature/news/20130627dde041100019000c.html

より正確を期して、東京都教育委員会の見解を出しておこう。教育委員会は、実際にはこのような見解を示している。

平成26年度使用都立高等学校(都立中等教育学校の後期課程及び都立特別支援学校の高等部を含む。)用教科書についての見解

 都教育委員会は、各学校において、最も有益かつ適切な教科書が使用されるようにしなければならない責任を有しており、教科書の採択に当たっては、採択権者である都教育委員会がその責任と権限において適正かつ公正に行う必要がある。
 平成26年度使用高等学校用教科書のうち、実教出版株式会社の「高校日本史A(日A302)」及び「高校日本史B(日B304)」に、「国旗・国歌法をめぐっては、日の丸・君が代がアジアに対する侵略戦争ではたした役割とともに、思想・良心の自由、とりわけ内心の自由をどう保障するかが議論となった。政府は、この法律によって国民に国旗掲揚、国歌斉唱などを強制するものではないことを国会審議で明らかにした。しかし一部の自治体で公務員への強制の動きがある。」という記述がある。
 平成24年1月16日の最高裁判決で、国歌斉唱時の起立斉唱等を教員に求めた校長の職務命令が合憲であると認められたことを踏まえ、都教育委員会は、平成24年1月24日の教育委員会臨時会において、都教育委員会の考え方を、「入学式、卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱について」(別添資料)にまとめ、委員総意の下、議決したところである。
 上記教科書の記述のうち、「一部の自治体で公務員への強制の動きがある。」は、「入学式、卒業式等においては、国旗を掲揚するとともに、国歌を斉唱するよう指導することが、学習指導要領に示されており、このことを適正に実施することは、児童・生徒の模範となるべき教員の責務である。」とする都教育委員会の考え方と異なるものである。
 都教育委員会は、今後とも、学習指導要領に基づき、各学校の入学式、卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱が適正に実施されるよう、万全を期していくこととしており、こうした中にあって、実教出版株式会社の教科書「高校日本史A(日A302)」及び「高校日本史B(日B304)」を都立高等学校(都立中等教育学校の後期課程及び都立特別支援学校の高等部を含む。以下「都立高等学校等」とする。)において使用することは適切ではないと考える。
 都教育委員会は、この見解を都立高等学校等に十分周知していく。

 都教育委員会は、委員総意の下、以上のことを確認した。

 平成25年6月27日

東京都教育委員会
http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/press/pr130627d-2.htm

今回は、国旗国歌法などへの言及は差し控えておく。ここで問題にしたいのは、「国旗・国歌法をめぐっては、日の丸・君が代がアジアに対する侵略戦争ではたした役割とともに、思想・良心の自由、とりわけ内心の自由をどう保障するかが議論となった。政府は、この法律によって国民に国旗掲揚、国歌斉唱などを強制するものではないことを国会審議で明らかにした。しかし一部の自治体で公務員への強制の動きがある。」と書いたことを理由にして、歴史教科書の採択をおしとどめようとする行為自体について考えてみることである。

これは、いわば「思想・信条・学問の自由」を侵害することは言をまたないであろう。さらにいえば、この行為は歴史叙述という行為自体を否定するものである。

まず、2003年以来、東京都教育委員会は、従わないならば処分することを前提にして、入学式・卒業式などで日の丸を掲揚し君が代を斉唱させてきた。これに対して、従わずに処分された教員たちは、その不当さを各地の裁判所に訴えた。この経過についてここでは述べないが、結局、教員たちについては、合意を取らずに、入学式・卒業式などで日の丸を掲揚し君が代を斉唱することが強いられてきたのである。

法令用語研究会編『法律用語辞典』(第四版、有斐閣、2012年)には、次の記述がある。

きょうせい【強制】 ①人の自由な意思を抑圧し、又はそれに反して無理やりに一定の行為をさせること。②相手方をして一定の作為又は不作為の義務を履行させるために、物理的ないしは心理的な圧力を加えること。法はその効力を保障するため、一定の要件の下に公的な強制力を発動する態勢をとっている。法的強制の方法には、物理的な力を行使することによって義務履行があったのと同一の状態を実現する直接的な方法(例、入管二四・五一〜五三)と、法的制裁によって相手方の意思に働きかける間接的な方法とがある。

教員たちに日の丸を掲載させ君が代を歌わせることは「強制」といってもさしつかえないはずである。それは、「合憲」であろうが「合法」であろうが同じことである。刑罰は合憲・合法の「強制」ではないのか。代執行もまた合憲・合法の「強制」ではないのか。

つまり、事実を語ったことを理由にして、東京都教育委員会は実教出版の日本史教科書の採択を忌避したということになる。

これは、つまりは、歴史叙述そのものの侵害とみるべきである。歴史叙述は、実際に起ったことを文章にすることから成立している。もちろん、実際に起ったことが何であったかを知ることは難しく、それに対しては様々な解釈が成り立つ。しかし、今回のようなことは、ことの適否は別として、起った事実の確定は難しくない。そして、それを書くこと自体を差し止めていたら、歴史叙述は成り立たなくなる。

それは、歴史叙述という営みが始まった初期からそうであった。中国の春秋時代を対象にした『春秋左氏伝』の中に次のような記述がある。当時の有力国であった晋の君主霊公は暗愚な君主で、料理がよく煮えていないという理由で料理人を処刑したりしていた。霊公を擁立し、宰相にあたる正卿の地位にいた趙盾は、たびたび霊公を諌めたが、そのため霊公の怒りを買い、霊公より刺客をさしむけられた。趙盾は亡命しようとしたが、従兄弟の趙穿が霊公を殺したので引き返してきた。紀元前607年のことである。

そして、次のようなことが起った。

〔九月〕乙丑の日、趙穿が霊公を桃園で殺すと、宣子(趙盾)が国境の山を越えぬうちに引き返した。大史〔董孤〕は「趙盾、其ノ君ヲ弑ス」と記録して、朝廷に告示した。趙盾が、「事実とちがうぞ」と言うと、こう答えた。
 「子は晋の正卿です。亡げても国境を越えず、もどってからも賊(趙穿)を討とうとしない。〔責任者は〕子以外にはありません」
 宣子は言った。
 「ああ、『詩』(『詩経』)に、
   わが懐ふこと多くして
   われに憂ひを残さしむ  (邶風 雄雉)
とあるのは、我のことだ。」
(『春秋左氏伝』上、岩波文庫)

この場合、趙盾自身には落ち度はなく、霊公を自身で殺してもいない。それでも、史官は「弑ス」と書法通りに表現した。それに対し、趙盾は苦情はいったが、最終的に認めたのである。

このエピソードに対し、孔子はこのように批評した。

 

孔子の評。董孤は古の良き史官である。書法通りに記録して、事実を曲げて隠したりしなかった。趙盾は古の良き大夫である。書法に従って〔弑君の〕悪名を受けた。惜しかった、国境を越えてしまえば〔悪名を〕免れたのに。

『春秋左氏伝』には、この他にも、君主を殺したものたちが「弑ス」と史官たちに記録された話が出て来る。ある場合には、そのことで史官たちが殺されたこともある。それでも、まさに、歴史叙述は、孔子の言うように「書法通りに記録して、事実を曲げて隠したりしなかった」ことによって成り立ってきたのである。

ことの当否や、合憲・合法かどうは別として、卒業式・入学式において、教員たちに日の丸・君が代を強制していることは事実である。その事実を書いたということを理由にして、歴史教科書の採択を忌避するとした東京都教育委員会の今回の通達は、結局、歴史叙述という営みを否定し、抹殺しているものといえるのである。このようなことすらわからない者たちに、歴史教科書の選定などできるわけもないのだ。

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猪瀬直樹東京都知事が今月東京へのオリンピック招致活動でニューヨークを訪問し、その歳ニューヨークタイムズのインタビューを受けた。その内容が4月27日のニューヨークタイムズに掲載され、その中での五輪開催候補地イスタンブールなどへの猪瀬の批判があきらかになり、波紋を呼んでいる。

この記事は、ニューヨークタイムズから全文がネット配信されているが、英文である。部分的にはかなり紹介されているが、全体がどのようなものかは報道されていない。ツイッターにおいて全文翻訳を試みられている。その訳を参考にして、日本語として意味が通らないところなどを自分なりに訳してみた。

なお、私は、英語は苦手である。この翻訳も十分なものではない。ニューヨークタイムズの原文を掲げて、対訳の形で示すことにした。記事全体がどんなことを述べているのか、参考にしてほしい。

まず、次のような形で、この記事ははじまっている。

In Promoting His City for 2020 Games, Tokyo’s Bid Chairman Tweaks Others
By KEN BELSON
Published: April 26, 2013

2020年オリンピック誘致活動において他候補の鼻をひっぱる東京の会長
ケン・ベルソン
2013年4月26日発行

 With less than five months to go before the International Olympic Committee chooses a city to host the 2020 Summer Games, the three remaining bidders — Istanbul, Madrid and Tokyo — are increasing their efforts to win over delegates and the public.
 The Olympic committee’s rules prohibit bid committee members from directly criticizing other bids. Instead, the bidders often highlight the perceived strengths of their bids to note delicately what they believe to be their rivals’ shortcomings, something known in the communications industry as counter-positioning.

2020年夏季オリンピック開催都市選考まで5カ月を切った、現在残っている候補都市―イスラマバード・マドリッド・東京‐は委員や公衆の説得に一層力を注いでいる。
オリンピック委のルールはメンバーの他候補への直接的な批判を禁じている。代わりに、候補者はライバルの弱点と思われるところを注意深く示すために自ら認めている自分の強みを強調する、つまり広告業界で言うところのカウンターポジショニングである。

ここでは、まず、他候補都市への直接的な批判をさけ、自らの都市の強みを示すことにより他候補都市の弱点を暗示するにとどめなくてはならないとする五輪招致の原則を示している。

 

 Naoki Inose, the governor of the Tokyo Metropolitan Government and chairman of the Tokyo 2020 bid, has often done that, highlighting his city’s extensive and efficient transportation system, as well as the financial and technical wherewithal to build first-class sports sites and housing for the athletes. He has also noted that, like Paris and London, Tokyo has hosted the Summer Games before, a claim that Istanbul and Madrid cannot make.
 But Inose has also pushed the boundaries of rhetorical gamesmanship with occasionally blunt and candid statements about how his city compares with the competition, particularly Istanbul, which he has suggested is less developed and less equipped to host the Games.
 “For the athletes, where will be the best place to be?” Inose said through an interpreter in a recent interview in New York. “Well, compare the two countries where they have yet to build infrastructure, very sophisticated facilities. So, from time to time, like Brazil, I think it’s good to have a venue for the first time. But Islamic countries, the only thing they share in common is Allah and they are fighting with each other, and they have classes.”
 Asked later to elaborate on his characterization of Istanbul, a spokesman said Inose meant that simply being the first Islamic country to hold the Olympics was not a good enough reason to be chosen, just as being the first Buddhist country or the first Christian country would not be, either.
 The spokesman said Inose did not mean to refer to “class.”

猪瀬東京都知事・五輪招致委員会会長はそれをしばしばやっているが、彼の都市の広範で効率的な交通システム、それと同様に第一級のスポーツ施設や選手村建設のための財政・技術的手法を強調する。彼は、パリやロンドンの様に東京も嘗て夏季五輪開催経験があることを強調し、イスタンブールやマドリッドはできないと主張する。
しかし猪瀬は、反則すれすれの修辞的な技の境界を押し広げ、粗野かつ露骨に競争相手との比較を主張し、特にイスタンブールは低開発で主宰するのに準備不足だと示唆した。
「競技者にとって、最もいい場所はどこか?」。NYTとの通訳を通しての最近のインタビューで猪瀬は言った。「まだインフラ建設も洗練された施設も建設してない2国と比べてくれ。時々、ブラジルみたいな初開催地があるのはいいと思う。だが、イスラム諸国が唯一共有するのはアラーだけで、互いに戦っており、そこには諸階級がある」 
その後、彼のイスラムの描写について詳しく話すよう聞かれ、スポークスマンは、猪瀬は単にイスラム国初のオリンピックというのは選ぶ十分な理由ではない、ちょうど初の仏教国や初のキリスト教国であることがそうでないように、という意味だと言った。
スポークスマンは、猪瀬は「階級」について言及する意図はなかったと言った。

この部分で、猪瀬の招致活動における発言の不適切さが提示されている。猪瀬は、日本は、交通システム・スポーツ施設・選手村などのインフラ整備にすぐれており、また、パリやロンドンと同様にオリンピック開催の経験をもっていると主張する。もちろん、それだけでは不適切ではない。しかし、さらに猪瀬は、マドリッドやイスタンブールは開催できないと指摘している。そして、特にイスタンブールは低開発で準備不足であるとし、問題となった「イスラム諸国が唯一共有するのはアラーだけで、互いに戦っており、そこには諸階級がある」という主張を行っているのである。

これは、もちろん、ライバルへの直接的批判をさけるべきとするオリンピック招致活動上の規範に抵触することはもちろんである。しかし、それ以上に、東京をパリやロンドンなどの「先進国」の中におき、アジアのイスタンブールを蔑視し、さらには、イスラム圏総体を蔑視するという、レイシズム的な発言でもあることに注目せざるをえないのである。
ただ、あまりのレイシズム的発言のため、猪瀬のスポークスマンが修正をはかっていることがわかる。猪瀬自身はどう考えたかはわからないのだが。

 Istanbul is an Olympic finalist because it is an international city in one of the fastest-developing countries in the region. A member of NATO, Turkey straddles Europe and Asia and is a bridge between Christianity and Islam. With its emerging middle class, Turkey has become a political and economic powerhouse in the region.
 This is Istanbul’s fifth bid to host the Olympic Games. In a statement, the city’s bid committee declined to address comments made by rival bidders.
 “Istanbul 2020 completely respects the I.O.C. guidelines on bidding and therefore it is not appropriate to comment further on this matter,” the statement said.

イスタンブールは地域で最も急成長する途上国の一つの中の都市であり、そのためオリンピック開催国最終候補になった。NATO加盟国のトルコは欧州とアジアにまたがり、キリスト教とイスラムのかけ橋になっている。成長する中間層によりトルコは政治的経済的な地域のエネルギー源になっている。 
今回はイスタンブールの5回目のオリンピック開催立候補だ。声明で、ライバル候補都市のコメントについて招致委員会はコメントを拒否した。
「イスタンブール2020は招致に関するIOC指針を完全に尊重し、従ってこの件についてさらにコメントするのは適切でない」と声明は述べた。

ここでは、トルコのことにふれられている。まず、急成長し、ヨーロッパとアジアのかけはしになるトルコでオリンピックが開催されることの意義について、ニューヨークタイムズの記者自身が解説している。そして、イスタンブール招致委員会が、他都市を批判しないという原則を遵守して、この猪瀬発言に対するコメントを拒否したことが述べられている。

 

The International Olympic Committee does not look kindly on overtly harsh attacks by bidders, and occasionally it sends letters of reprimand to those who break with protocol, former bidders said.
 According to Article 14 of the Rules of Conduct for bidders: “Cities shall refrain from any act or comment likely to tarnish the image of a rival city or be prejudicial to it. Any comparison with other cities is strictly forbidden.”
 Though untoward comments rarely disqualify a bid, they could raise doubts in the minds of I.O.C. delegates about the trustworthiness of a bidder.
 “The reason the rule is there is that if someone deviates from it, it triggers a chain reaction,” said Mike Moran, chief spokesman for the United States Olympic Committee from 1978 to 2002 and a senior communications counselor for New York’s bid for the 2012 Summer Games. “The I.O.C. is very serious about their protocols.”
 Moran added that negative comments by bidders would probably not hurt a bid, although “you never know how a comment might influence those I.O.C. members.”

 
IOCは候補者によるあまりにひどい攻撃について大目に見ない、そして時に規則を破ったものに叱責の手紙を送ると、以前の候補者は言う。
候補都市への行為規則14条によると「都市はライバル都市のイメージを汚したり偏見を与えたりするようないかなる行為・発言をつつしむべきである。他都市とのいかなる比較も堅く禁じる。」
しかし、不適当なコメントが稀に候補を失格にすることがあり、それらは候補者の信頼に関するIOC委員の心証に疑念を起こさせた。
「ルールの理由は誰かがそれからそれると、反応の連鎖を引き起こすことにある」と、78-02年米五輪委主任スポークスマンで前回12年NY五輪招致広報顧問Mike Moranは言う。「IOCはこの規則に大変厳しい。」
Moranは候補者によるネガティブコメントは恐らく候補都市を害することはないだろうが、しかしながら「コメントがいかにIOCメンバーに影響するかは分からない」と加えた。

ここでは、まず、他候補との比較や批判を許さない招致上の規範が再び述べられ、過去のアメリカの招致関係者の取材に基づきながら、少なくとも、IOC自身は、そのような他都市への批判を許さないとした。そして、このようなネガティブコメントがどのような影響を及ぼすかということについてはわからないとした。

 

At several points in the interview, Inose said that Japanese culture was unique and by implication superior, a widely held view in Japan. He noted that the political scientist Samuel P. Huntington wrote in his book “The Clash of Civilizations and the Remaking of World Order” that Japan was unlike any other culture.
 Inose also pointed to polls that showed 70 percent of Tokyoites in favor of hosting the Summer Games, up from 47 percent last year. The well-received London Games, he said, have helped generate enthusiasm and confidence that Tokyo can host a similarly successful event.
 Tokyo, he added, is exceptional because the Imperial Palace, which is largely off-limits to residents and visitors, forms the city’s core while bustling activity surrounds it. “The central part of Tokyo has nothingness,” he said. “This is a unique way that society achieved modernization.”

インタビューのいくつかの点で、猪瀬は、広く日本で抱かれている観点である優越感を含意しながら、日本文化は独特だと言った。彼は、政治学者ハンチントンは『文明の衝突』で日本は他の文化と違うと書いたと述べた。
猪瀬はまた世論調査で夏季五輪開催の東京都民支持が昨年47%から上昇し70%になったと示した。彼は、大変支持されていたロンドン五輪が、東京が同様の成功するイベントを開催できるように、一般の熱狂や信頼を手助けしていると言った。
東京は広く居住・訪問できない広大な場所、皇居があり、せわしない活動が周囲を取り巻く中心を形作っているから例外的だとも猪瀬は付け加えた。「東京の中心は空だ」と彼は言った。「これは近代化を達成した都市ではユニークだ」

この部分で、猪瀬は日本の優位性をかたっている。日本の文化の特異性、そしてその日本が近代化を達成したことをここでは述べている。彼によれば、東京の中心には「空」である皇居が所在しているが、その周囲でせわしない活動が行われていると説明している。「これは近代化を達成した都市ではユニークだ」としている。確かに、ロラン・バルドなど、このような形で日本の特異性を説明することはある。しかし、このようなことが、オリンピック開催にどのように寄与するのか、不明である。

 

Inose brushed aside the notion that Olympic delegates may favor Istanbul’s bid because Turkey has a far younger population than Japan and thus is fertile ground for developing the next generation of Olympic enthusiasts. While population growth has stalled in Japan, the population of Tokyo has grown because of an influx of younger people, he said. He added that although Japan’s population is aging, its elderly are reasonably healthy.
 “We used to say that if you are poor, you have lots of kids, but we have to build infrastructure to accommodate a growing population,” Inose said. “What’s important is that seniors need to be athletic. If you’re healthy, even if you get older, health care costs will go down. The average age is 85 for women and 80 for men, so that demonstrates how stress-free” Japan’s society is.
 “I’m sure people in Turkey want to live long,” he added. “And if they want to live long, they should create a culture like what we have in Japan. There might be a lot of young people, but if they die young, it doesn’t mean much.”

 
猪瀬は、トルコは日本よりはるかに若い人口を持ち五輪に熱狂する次世代を多く生みだす地となるからイスタンブールをオリンピック委員たちが候補として賛成するかもしれないという意見を払いのけた。日本では人口増加は停滞している一方、東京の人口は若い人々の流入で成長していると彼は言った。彼は日本の人口は高齢化しているが、高齢者は適度に健康だともつけ加えた。
「私達は貧乏人の子だくさんと言いならわしている、しかし、私達は成長する人口を収容するインフラを建設しなくてはならない」。猪瀬は言う。「大切なことは年長者達が運動的であることを必要としているということだ。もし健康なら、年をとっても、健康維持コストは下がる。女性で平均年齢85歳、男性で80歳、これはいかに日本社会がストレスフリーかを証明している。」
「私はトルコの人々が長生きしたいと思っていると確信している」と彼はつけ加えた。「そしてもし長生きしたいなら、私達が日本で持つような文化を創るべきだ。たくさん若い人々がいるだろうが、もし彼らが若死にしたら意味はあまりない」

この部分でまた猪瀬は、招致規範が禁止している他候補との比較を行っている。トルコのほうが若年人口が多く、次世代のオリンピック愛好者を増やす上に有利だという主張をはねのけている。猪瀬は、まず、日本全体では人口増加は停滞しているが、東京は若い人口の流入で成長しているといっている。そして、日本の人口の高齢化により、日本人はスポーツを必要とするようになっており、それによりストレスフリーの社会が作られ、平均寿命が伸びているとしている。しかし、いくら外国への宣伝でも、これは問題であろう。そもそも、東京への一極集中が日本社会の問題なのであり、東京オリンピック開催の正当性の中に取り入れられている東日本大震災からの復興でも、この問題は強く影響している。そしてまた、高齢者だからよりスポーツを必要とするというのも、どうみても強弁であろう。そのうえ、東京でストレスフリーの社会が形成され、平均寿命が伸びているというのも片腹痛い。「幻想」でしかないだろう。そもそも、都知事は、東京の地域社会がかかえている問題を把握し、その是正をはかるというのが職務であるはずである。いくら、対外宣伝でも、これでは、都知事としてどのように東京の地域社会の現実に向き合っているのかと思わざるをえないのである。

しかし、単に、日本や東京についての「幻想」を提示するだけならば、国際問題にはならないだろう。猪瀬は、この「幻想」をもとに、トルコ社会について、上からの視線で訓諭する。トルコの若年者が長生きしたければ、日本のような文化をつくれと。このような意見はまったくオリンピックの招致とも関係ないだろう。なぜ、こんなに傲慢なのだろうか。

Inose has drawn distinctions between Japan and other cultures in other settings, too. When he visited London in January to promote Tokyo’s bid, he said Tokyo and London were sophisticated and implied that Istanbul was not.
“I don’t mean to flatter, but London is in a developed country whose sense of hospitality is excellent,” Inose told reporters. “Tokyo’s is also excellent. But other cities, not so much.”

Hiroko Tabuchi contributed reporting.

猪瀬は、また、日本と他の環境における他の文化についても違いを描写した。ロンドンに東京開催を宣伝しにいった時、彼は東京とロンドンは洗練されており、イスタンブールは違うと暗に示した。
「お世辞を言うつもりはないが、ロンドンはもてなしのセンスが素晴らしい先進国だ」と猪瀬は言った「東京も素晴らしい。他はそれほどじゃない」。
ヒロコ・タブチ レポートに寄与

そして、この記事の最後は、猪瀬の考える日本ー東京の立ち位置が示されている。この文章の前の方でも、ロンドンやパリなどの先進国の都市こそオリンピック開催の資格があるものとし、東京もその一員であるとしていた。ここでは、まったく先進国都市ロンドンにおもねりながら、東京もまた同列であるとし、そのことでイスタンブールを排除しようとしているのである。

さて、猪瀬が30日にした謝罪会見によると、このインタビューではほとんど東京開催のことを話したのだが、最後の雑談で、イスラム圏で戦いが行われていることなどを話したという。発言は訂正するとしたが、このようなことを話したことは認めざるを得なかったといえよう。もちろん、ニュアンスや重点は実際に話したインタビューと違うのかもしれない。しかし、とりあえず、このような発言はあったと現時点ではいえるだろう。

そして、この記事をもとに、猪瀬発言の問題を考えてみよう。他都市の直接的批判や比較はしないという招致規範に抵触することはもちろんである。しかし、それ以上の問題があるだろう。まず、猪瀬は、日本ー東京をロンドンやパリなどと比肩する「先進国」とし、その立ち位置から上から目線で話しているといえる。猪瀬は、高齢化が進んでいる日本社会の現実に向き合わず、東京への一極集中という日本社会の重大な問題をむしろ利用しながら、高齢者がスポーツにいそしんでストレスフリーの社会がつくられているという「幻想」をふりまいている。そこには、まず、現状の日本社会の問題をどのように彼自身がとらえているのかという問いが惹起されよう。そして、さらに、先進国ー「欧米」へのすり寄りがあるといえる。

その上で、トルコーイスタンブールを後進国として猪瀬は蔑視する。それは、さらにイスラム教への偏見にも基づいているといえる。ここまでいけば、レイシズムといえるだろう。そして、「日本のような社会を形成しろ」と上から目線で訓示を行っているのである。

この記事を一読したとき、私は、福沢諭吉の「脱亜論」を想起せざるをえなかった。欧米ー先進国にすりより、アジアー後進国(なお、後進国としているのは猪瀬の認識であり、私の認識ではない)として蔑視する脱亜論的発想は、いまだに日本社会の基層に定着している。このような認識は猪瀬個人の資質だけの問題ではないのである。まさに、現代の脱亜論として、猪瀬の発言は位置づけられるのである。

翻訳参照
http://togetter.com/li/494941

原文
http://www.nytimes.com/2013/04/27/sports/in-praising-its-olympic-bid-tokyo-tweaks-the-others.html?pagewanted=all&_r=0

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本ブログでもとりあげたことがあるが、在日特権を許さない会(在特会)などが主催する在日コリアンを排斥するデモが、東京の新大久保や大阪の鶴橋などを中心に行なわれている。そのことについて、新大久保も管轄している東京都の猪瀬直樹知事の2013年3月29日における記者会見で質問が飛んだ。産經新聞は3月31日付のネット配信記事で詳細に伝えているので、まず、その部分を紹介しておきたい。なおーーは記者の質問で、「 」が猪瀬の答である。

--新大久保のコリアンタウンで、在特会と称する人たちの主催による、在日コリアン排斥を目的とする街宣デモが行われている。200人ほどで練り歩き「朝鮮人は皆殺し」「首をつれ」などのプラカードを掲げ、「ゴキブリ」「日本から出て行け」といったシュプレヒコールをあげている。地元、観光客はみなおびえきっている。一部の国会議員はこれを憂慮し、民族差別デモを許可しないよう、東京都公安委員会に要請している。民族差別デモが平然と行われているこの国で、民族の祭典であるオリンピックを誘致する資格があるのかどうか。知事の見解を。

 「僕も見たことないが、品がない表現。ただ、デモは届け出をして手続きをやれば、できることはできる。人を傷つけるなどしなければ、とりあえずは合法活動ということになる」

 --ただ、外国では民族を扇動するようなデモは固く禁じる法律があるところもある

 「だからそれは法律のバックがあるからね。今のところ日本の法律では、人に危害を加えたりしなければ、警察の取り締まりの対象にならない」

 --それについて知事はどう考えているか。

 「だからそういう下品なデモで、品のない言葉を吐くわけ。でもわずか200人ぐらいの人。東京の1300万人のうちのわずか200人。もちろんそれはよろしくないとは思う」

 --知事として何か具体策をとるとか。

 「対策というのは、法律に基づかないとできないから。もちろんそういうことに対して『それはおかしいじゃないか』ということを僕は思っている」

 --東京都公安委員会は都が管轄だと思うが

 「それは公安委員会の方が判断しなければいけない問題だから」

 --知事が働きかけるとかそういうことは考えていないか

 「今のところ法律的にそれを取り締まるものがないということ」

 --都政としてはこのままか

 「都政の問題じゃなくて、警察とか法規に基づいてデモが暴走したりしたらそれは逮捕とかできるわけだが、相手に危害を加えるとか器物を破損しているとか、そういうことが起きているかどうか注意深く見守りたいと思う」

 --見守るということですね

 「見守るというか、そういうことが起きているかどうか。そういうことが起きていれば、それは犯罪になるから」
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130331/lcl13033107010000-n3.htm

簡単にいれば、結局、取り締まる法律がないから、犯罪行為にならない限り、「「朝鮮人は皆殺し」「首をつれ」などのプラカードを掲げ、「ゴキブリ」「日本から出て行け」といったシュプレヒコールをあげている」在特会の人種差別的なデモを見守るということにつきるだろう。猪瀬は、「ただ、デモは届け出をして手続きをやれば、できることはできる。」としている。そして、「民族差別デモが平然と行われているこの国で、民族の祭典であるオリンピックを誘致する資格があるのかどうか」という問いについても、都民1300万人に対して、200人の集団に過ぎないと答えているのである。

まず、このような猪瀬の見解が、現在の日本政府が、人種差別に対してとっている姿勢をベースにしているということをここでは確認しておきたい。1965年に採択された「あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約」(人種差別撤廃条約)に、日本は1995年に批准した。しかし、この条約では、第四条で、人種差別思想の流布、人種差別の煽動、人種差別にもとづく暴力行為、それに対する資金援助、人種差別を助長・煽動する団体の組織的宣伝活動を法律で禁止することを求めているのであるが、日本政府は、この第四条に対し、次のような「留保」をつけた。

「日本国は、あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約第4条の(a)及び(b)の規定の適用に当たり、同条に「世界人権宣言に具現された原則及び次条に明示的に定める権利に十分な考慮を払って」と規定してあることに留意し、日本国憲法の下における集会、結社及び表現の自由その他の権利の保障と抵触しない限度において、これらの規定に基づく義務を履行する。」http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jinshu/99/4.html

そして、具体的には、名誉棄損その他、刑法など現行法で取り締まることができる範囲内でしか規制しないとしたのである。猪瀬の発言は、大枠では、日本政府の解釈にそったものとしてみることができる。

この日本政府の「留保」自体が問題であり、人種差別撤廃委員会から、人種差別の言動を取り締まる立法を迫られている。このことについては、別の機会にみてみたい。

ここでは、猪瀬個人にしぼってみておきたい。猪瀬は「ただ、デモは届け出をして手続きをやれば、できることはできる。」と主張している。しかし、本当に、猪瀬は、そのような対応をとっていたのであろうか。

猪瀬が副知事であった2012年11月、東京都は、日比谷公園を出発地とする反原発デモを、公園の一時使用を許可しない形で阻止した。このことを『週刊金曜日』が11月21日にネット配信した記事でみておこう。

毎週金曜日の首相官邸前デモなどを主導してきた首都圏反原発連合が一一月一一日に予定している「11・11 反原発1000000人大占拠」は、東京都が日比谷公園の一時使用を不許可としているため開催が危ぶまれる状況となっている。

 二日、衆議院第一議員会館で行なわれた会見で反原連のミサオ・レッドウルフさんらが経緯を説明した。これまでと同じやり方で日比谷公園の指定管理者に使用許可書を提出した際、「東京都から、デモの一時使用受付はしないよう言われた」という。反原連は一〇月二六日、都に対し使用許可の申請をしたが、都は三一日、「公園管理上の支障となるため」として不許可の通知を出した。

 主催者らは「(実現できなければ)運動全体にとってかなりのダメージになる」「(圧力に屈して)できなくなるという前例はつくりたくない」として東京地裁に申し立てる決断をしたという。しかし二日夕刻、東京地裁は主催者らの主張を却下。主催者側は即時抗告を出したが、五日には東京高裁が地裁判決を支持したことで一一日の日比谷公園でのデモは不可能となった。

 東京都は八月より従来の方針を切り替え、日比谷公園をデモの出発地点とする場合、日比谷公会堂や日比谷野外音楽堂の使用を条件につけることにしている。国際政治学者の五野井郁夫氏は「大きな場を借りなければ集会ができないとすれば、お金がない人間は集会ができなくなる」と訴えた。

 中東の民主化デモ「アラブの春」などを取材してきたジャーナリストの田中龍作氏は「独裁政権下にあるエジプトでもタハリール広場の使用を認めてきた。東京都の実態は異常としか思えない」と話す。

(野中大樹・編集部、11月9日号)
http://www.kinyobi.co.jp/kinyobinews/?p=2670

もちろん、この時、猪瀬は副知事にすぎない。最大の責任者は石原慎太郎都知事(当時)である。しかし、猪瀬もまた、11月8日、彼のツイッターで次のように述べている。

亀井静香氏から1カ月ほど前に電話があり、日比谷公園を反原発デモの出発地として許可しろと言うから、あなたお巡りさん出身だから知っているでしょ、学生運動が盛んな時代、明治公園に集まり青山通りから国会付近へ行き日比谷公園は流れ解散の「一時使用」でしょ、と記憶を確かめてやりました。
日比谷公園でなく日比谷野外音楽堂はメーデーなどいろいろ利用されている。亀井さん、野音を取れば?と勧めたら、もう埋まっているのだよと言うからそれは単に不手際でしょと返して、明治公園から日比谷公園までデモする根性なくてなにが反原発だ、日比谷から国会なんてやる気があるの?です。
デモの常識。明治公園は日本青年館横のかなり広いスペース、数万人は集まれる。地面はコンクリート。休日にフリーマーケットなどで使われている。青山通りから虎ノ門経由で国会周辺、日比谷公園へ。日比谷は花壇と噴水だから流れ解散の場。集会の自由あたりまえ、やる側の根性とセット。
http://matome.naver.jp/odai/2135261591756465301より転載。

つまり、猪瀬は、このツイッターにおいて、反原発デモに介入し、阻止した石原都知事の側にたって、反原発デモの阻止を正当化しているのである。「ただ、デモは届け出をして手続きをやれば、できることはできる。」ということは、反原発デモには適用されていないのである。

このように、猪瀬は、人種差別的な在特会のデモは「見守り」、反原発デモは「阻止」しているのである。いわば、デモに対して、猪瀬は二重基準で行動しているといってよいだろう。

ただ、どのような形で、このような人種差別に対応していくかということについては、より慎重に考えていかねばならないだろう。在特会デモへの規制が、一般のデモ規制強化につながっていく危険性もあるのである。

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さて、東京都知事選で、副知事であった猪瀬直樹が約433万票獲得し、当選した。

この猪瀬直樹が、3.11直後の2011年5月7日に、猪瀬直樹・村上隆・東浩紀「断ち切られた時間の先へー『家長』として考える」(『思想地図β』第2号)という鼎談を行った。村上隆はアーティストであり、東は現代思想を専攻していて、『思想地図β』の編集長である。この鼎談は、石原都政の中心部にいた猪瀬が、3.11をどのように捉え、どのようなことを主張しようとしていたかということを如実に示しているといえる。

まず、鼎談の組織者である東浩紀は、東日本大震災や原発事故でかなり壊れてしまった「日本や東京のブランドをこれからどう再構築していくか」と、この鼎談のテーマを提示した。そして、東自身は、日本を離れるということを真剣に考えつつ、「日本の伝統や文化的連続性についても考えるようになりました…日本という国は、そもそもが定期的に巨大な災害が来てすべてを流し去ってしまう国でもある、そういう条件をどう捉えていくか」と自分の体験を離した。

そして、猪瀬は、東の浪江町への踏査記事(朝日新聞2011年4月26日付朝刊)を枕としながら、日本文化についての蘊蓄を披露していく。例えば、猪瀬は、このように主張する。

今回の問題は、日本列島という島の記憶や、この島にいる宿命みたいなものをどう受け止めていくかを考え直さないと、解決できないだろうと思っています…日本の文化の根底には、災害の巣のような島から出られないという自覚がある。その意識は、潜在的には連続しているように感じます。(p77)

そして、このように述べる。

この国のはじまりの物語とはいったいなにかと考えたときに、たとえば『古事記』や『日本書紀』といったものがありますが、戦前まではそれが生きていました(…本居宣長の「敷島の大和心を人問わば 朝日に匂ふ山桜花」を引用しつつ)重要なのは、戦前までの日本には、この島から出られないという認識を前提にした歴史観が残っていたということです。しかし戦後はディズニーランド化がはじまり、島の記憶はすべて消えていった。日米安保で米兵に”門番”の役割を担ってもらうようになると、門の外側や歴史のリアルに対する想像力を失ってしまった。僕はこれをディズニーランド化と呼んでいるのです。(p78)

このような発言に対し、東は「震災後政治家に求められるのは、実務だけでなく、こういう能力、『想定外』の危機を扱うため日常よりも長いスケールで文学や思想の古典を呼び出す能力なのではないかと感じたのです。つまり先人の知恵を借りる能力です。」(p78)と賛意を示し、当時の民主党政権を批判しつつ、「自戒を込めていいますが、言論も若い世代は本当に駄目です」と述べている。

そして、猪瀬は、このように発言している。

三島由紀夫は、「戦後の日常は虚偽の日常だ」といいました。つまり、アメリカの存在を隠蔽し、防衛や命に関わることをすべて他者に委ねることによって成立したつくりものだったということです。これが戦後の日常性で、だからこそ、ディズニーランドができあがった。しかし今回は日常が断絶したので、いままで使えなかった「正義」や「国家」という言葉が使えるようになったはずです。我々は、国家の歴史が昭和20年8月15日以降しかないように錯覚してしまっていますが、本当は『古事記』や『日本書紀』から繋がる、はじまりの物語があります。元号があって、万世一系と擬制された一貫した時間軸を持っている。だから、一貫した時間軸を取り戻して、2000年くらい続いてきた島国の文化にアイデンティティがあるんだということにもう一回立ち帰る必要がある。それは、別に天皇神話を信じろということではない。(p79〜80)

猪瀬は、ここで、「島国」としての日本文化の連続性を強調し、それを断ち切ったものとして、アメリカに防衛をまかした形で成立した戦後の「日常性」を批判しているといえる。そして、猪瀬は、3.11を「国難」と表現しているが、この「国難」は、「戦後の日常性」を終わらし、「国家」「正義」という言葉が再び使えるようになった契機としてとらえているのである。この猪瀬に対し、東は、自戒を込めつつ、「賛意」を呈しているといえよう。

さらに、話題は原発問題に移っていく。東は、直接の影響はないかもしれないが、空間放射線量を常に意識せざるを得ない東京の現状についての不安を指摘する。しかし、猪瀬は、「もちろん、そうだけれど、データを受け止めて東京の10倍20倍の放射線量のなかで生活せざるをえない福島の人たちのリアルへの想像力が求められてもいるのです。この島国から逃れられないという断念を共有することが『国難』という言葉の意味ですね」(p82)と反論し、むしろ「なぜ東京電力の福島第一原発はあれほど単純な事故に弱かったのか」という問題を提起し、新しい技術がフィードバックされていれば、原発事故は起きなかったのではないかと主張する。

しかし、東は「おっしゃるとおりです。しかし、だからこそ僕は今回、日本はそういう点をおざなりにする国なのだから、もう原発を管理しようなどと考えないほうがいいのではないかと思うようになりました…要は、放射能が云々以前に、日本政府が危険というのが僕の考えです。この状況では脱原発しかないと思います」(p82〜83)といい、反原発運動に従事していたとされる村上は「少なくとも、海外からの客人には、資料を送って『来ないほうがいいよ』といってますし、知人も数名、国外に住みはじめてます」(p83)と述べている。

しかし、その点が、猪瀬には気に入らない。猪瀬は、このようにいうのである。

しかし原発を管理できない日本人のままでいいのか。大きな流れでいえば「脱原発」に違いない。しかし、原発分の電力量すべてをいきなり再生可能エネルギーで代替できるかというと、やはり10年はかかる。もうひとつは国家の信認の問題として、「管理できない」が結論では駄目でしょう。(p83)

そして、とうとうと「東京湾に原発を置いたらどうか」と猪瀬は語るのである。

…フランスで管理できて日本でできない。しかしその管理ができない人間が世界で通用するでしょうか。僕はいま問題になっている福島の第一原発について、あれが東京にあったらどうだろうという仮説を考えています。我々は電気がどういうリスクを抱えた原発によってつくられているのかを知りませんでした。いってみれば、東京の人間は福島の人民を切り捨ててきた…「東京湾に原発を置いたらどうか」、むろん思考実験ですが、そうすれば都民も、原発の安全や管理体制について、日々関心をはらうでしょう。つまり、危険なものを管理できる人間になることで克服しない限りは駄目で、東京は東京湾に原発を置いて100パーセント完全にやったぜ、と、そういう管理をできるということが、東京ブランドの再興に繋がるのではないか。ただ、これは仮説で、ものの考え方です。実際にやるかどうかはともかく、そういうことをもし真剣に考えたならば、この国が国難から再興することもありえるのではないか。東京の住民が自分の電気を自分で抱え込んで危機管理できないのならば、東京の人間を含めて日本人はやはり駄目なのだということになる。それを引き受ける、引き受けないということを一人ひとり考えて、結果的に無理だったらやめましょう、というところまで持ち込む必要がある。浜岡原発を止めて、ああ助かった、というのでは無責任です。自分で引き受けなければいけない。そこまで考えないと、今回の震災は本当の意味で自分のものにはならない。原発を東京に置いて管理できないようでは駄目なはずです。それを自分で引き受けて克服したら、東京ブランドは再興できるのではないか。(p83〜84)

この問題は、猪瀬にとって「国防」の問題であり、「責任ある主体」としての「家長」の問題であった。

これは国防の問題とも繋がっています。東京に原発を置くという提案は、日米安保ではなく自衛隊で国を守るリスクを抱え込もう、という提案と同じものです。戦後のディズニーランド化した日本は、どちらのリスクも避けてきた。本当に東京の人間が原発を抱えたら、日本人が国防において自衛隊を軍隊としてきちんと統御できるか問われると同じように、危険物を制御できるどうかということが問われます。それを抱え込まない限り、前回の鼎談でもいったように「家長」ではない。責任ある主体になれない。(p84)

さすがに、この猪瀬の提起には、村上隆も東浩紀も肯定的には受け取っていない。村上は「国防の意味でも、詭弁と欺瞞がとぐろを巻いて面白い。実際やれればやってみるのもいいと思います。でも、僕はその瞬間に関東圏を離脱しますがね」(p84)と揶揄的に発言し、この鼎談で猪瀬に賛意を示すことが多い東も「僕はそもそも日本政府には原発が管理できないという立場なので、設置に賛成はできないでしょう」(p84)と述べている。

この鼎談の末尾は、猪瀬が文学論を展開しているが、ここでも猪瀬は「原発問題」に言及している。猪瀬は、夏目漱石ー太宰治ー村上春樹を「放蕩息子」の系譜としてとらえ、それに対抗する存在として、元号の候補を検討した森鴎外を「家長」として認識するとした。暗に、自らを「家長」の系譜を継ぐものとしている。そして、夏目漱石の『三四郎』のせりふを引用しながら、このように猪瀬は述べている。

そうなんだよ。滅びるねって、それをいってはおしまい。漱石は滅びるねといったけれど、そこから先がない。さきほどの原発の話と被るけどね。(p92)

そして、文学や政治を包括して、このように猪瀬は指摘した。

 

でも実際には鴎外の系統は途絶えちゃって、漱石の系統が太宰治へ続いていく。家長と放蕩息子で、結局放蕩息子の血統が残る。文学は放蕩息子の側にしかいかなくて、家長の側には行かなかった。昭和16年を迎えたときに、文学の家長はいなかった。国家のシステムに関わるやつがいなくなった。だから、国家は思想としてのリアリズムを欠いて制御不能になり、戦争に突入してしまった。そいうことなんですよ。…だから震災後のいまこそもう一度家長の思想が必要なんです。それは家父長制の話とはまったく別物です。この60年間、文学も政治も責任ある主体から逃げてきたんですよ。(p92)

猪瀬の主張を、原発問題に即していえば、次のようになるだろう。猪瀬は、まず、島国の日本でともに生きているということを前提として、より高い放射線量にさらされている福島県の人びとを考えるならば、東京の人びとは現状の放射線量を受忍すべきとする。そして、単に急には再生可能エネルギーで代替できないという理由だけでなく、自らのリスクを抱え込んで管理する力を日本は持っているのだということを認識させるためにも、東京に「完全な原発」を設置すべきとしている。このことは、日米安保によって米軍によって主に保障されている国防の問題を見直すことにもつながり、さらには、日本人が「責任主体」としての「家長」の思想を確立することにも結びついていくということになるのである。

このように検討してみると、猪瀬にとって、3.11とは、彼が副知事として責任を負うべき東京都民の安全をはかるという問題に直面したものではなく、猪瀬が評価するようなナショナリスティックな方向で日本人の思想を改造していく契機と認識されていたといえよう。そして、「東京湾に原発を置いたらどうか」という提案も、「自らのリスクを管理する」責任主体としての「家長」の確立につながっていくものであった。さらに、このことは「東京ブランドの再興」「国家の信認」をめざしたものであった。いわば、3.11という惨事に便乗して、社会を改造しようとすることを猪瀬はめざしていたといえるのであり、いわゆる「ショック・ドクトリン」が志向されたといえよう。

これは、もちろん、猪瀬だけではない。石原慎太郎も橋下徹なども、その方向をめざしたといえる。そして、彼らのめざす方向は、ある程度、成功したとみなくてはならない。猪瀬は、東京湾に新鋭火力発電所を建設するということを政策としてかかげながらー原子力を火力に置き換えたのだがー、433万票という歴代最多の得票を得て、都知事選に勝利した。石原や橋下も、国政進出をはたしつつある。そして、自民党においても、復古ナショナリズムの権化であるような安倍晋三が復権し、首相となった。脱原発運動が広範囲に展開しつつも、政治状況では確実にナショナリズムが強化されている。そして、このようなことの背景に、3.11があるのである。

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2012年12月16日、衆議院選挙と東京都知事選挙が行われ、開票結果が出た。衆議院選挙の結果は、次のように報道されている。

自民大勝294・民主57・維新54…議席確定

 16日投開票の第46回衆院選は、17日午前までに全ての議席が確定した。
 自民党は294議席で、郵政民営化を争点に圧勝した2005年衆院選(296)には及ばなかったものの、現憲法下の衆院選で過去4番目となる大量の議席を獲得した。
 公明党は31議席で、候補を立てた9小選挙区で全勝。自公両党は計325議席となり、衆院で法案の再可決が可能となる3分の2の議席(320)を上回った。
 民主党は、公示前の約4分の1に落ち込む57議席の惨敗。1998年4月の結党時の議席(93)も下回った。
 「第3極」の政党では、国政選挙初挑戦となった日本維新の会が54議席を得て、衆院で単独で内閣不信任決議案、予算関連法案をそれぞれ提出できる議席(51)を超えた。
 みんなの党は、公示前から倍増となる18議席だった。日本未来の党は公示前の7分の1の9議席となる大敗を喫した。
 共産党、社民党、国民新党、新党大地は公示前の議席を下回った。新党日本、新党改革は議席を獲得できなかった。
 投票率は、59・32%(小選挙区)となり、戦後最低となった。
http://www.yomiuri.co.jp/election/shugiin/2012/news/20121217-OYT1T00510.htm
(2012年12月17日11時14分 読売新聞)

小選挙区制を前提に自民党・公明党が支持以上に勝利をおさめることは予想できた。それは、民主党が、原発再稼働、消費税増税など、支持者はおろか議員すら納得できない政策転換をして自民党的政策を押し進め、自壊したことに起因するといえる。しかし、小選挙区制の壁にはばまれ、日本維新の会や日本未来の党、日本共産党や社会民主党は、民主党への批判票をまとめきれず、その票は小選挙区においては自公にむかってしまった。さらに、民主党が「自民党」的になる一方で、日本維新の会など党外の極右ナショナリストの挑発もあり、差異化をはかって自民党がより「極右ナショナリスト」的な主張をはじめることも了解できる。

しかし、もっとも奇異に思ったのは、猪瀬直樹都知事候補が、約433万票(約67.34%)という都知事選史上最高の票を獲得したことであった。次の時事通信のネット配信記事を読むように、これは、1971年の美濃部亮吉が獲得した得票数を大きく上回る。そして、次点の宇都宮けんじ候補は約96万票、15.04%しか獲得できなかった。

都知事選、猪瀬氏が圧勝=434万票で過去最多得票-13年半ぶりに新たな首都の顔

猪瀬直樹氏
 石原慎太郎氏の辞職に伴う東京都知事選が16日投開票され、無所属で前都副知事の猪瀬直樹氏(66)=公明、維新支持=が、前日弁連会長の宇都宮健児氏(66)=未来、共産、社民支持=、前神奈川県知事の松沢成文氏(54)、元科学技術担当相の笹川堯氏(77)ら無所属、諸派の8新人を退け、初当選を果たした。約13年半に及んだ「石原都政」の継承か転換かが最大の焦点だったが、石原氏の後継指名を受けた猪瀬氏が強さを発揮し、他の候補に大差をつけた。
 猪瀬氏の得票数は433万8936票に達し、1971年の美濃部亮吉氏の361万5299票を上回り、過去最多となった。他の地方選や国政選挙を含めても個人としての得票では過去最多とみられる。
 投票率は62.60%で、前回(57.80%)を上回った。
 猪瀬氏は、副知事として石原氏を5年5カ月支えた実績を強調。政策面でも、2020年夏季五輪招致や羽田空港国際化の推進など都政の継続を訴えた。自民党の支援も受けたほか、作家としての知名度の高さを生かし、幅広い層の支持を得た。
 一方、石原都政からの転換を目指した宇都宮氏は、東京電力福島第1原発事故を受けて「脱原発」を旗印に掲げたものの及ばなかった。松沢氏は経営再建中の新銀行東京の清算、笹川氏は高齢者福祉の充実などを主張したが、いずれも浸透しなかった。
 発明家の中松義郎氏(84)、元ネパール大使の吉田重信氏(76)、ミュージシャンのトクマ氏(46)、政治団体代表のマック赤坂氏(64)、会社社長の五十嵐政一氏(81)も支持が広がらなかった。 
◇東京都知事選当選者略歴
 猪瀬 直樹(いのせ・なおき)信州大人文学部卒。作家として、1987年に「ミカドの肖像」で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。政府の道路関係4公団民営化推進委員会委員、地方分権改革推進委員会委員などを歴任。2007年6月から東京都副知事。66歳。長野県出身。当選1回。

◇東京都知事選開票結果
当 4,338,936 猪瀬 直樹 無新
    968,960 宇都宮健児 無新
    621,278 松沢 成文 無新
    179,180 笹川  堯 諸新
    129,406 中松 義郎 無新
     81,885 吉田 重信 無新
     47,829 トクマ   諸新
     38,855 マック赤坂 諸新
     36,114 五十嵐政一 無新
               =確定得票=

(2012/12/17-08:10)
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2012121600512

なぜ、こうなったのだろうか。朝日新聞のネット配信に掲載された、衆議院議員選挙東京比例区において各党が獲得した得票率を次にしめしておこう。

民主党           15.42%
自由民主党         24.87%
日本未来の党         6.86%
公明党           10.14%
日本維新の会        19.86%
日本共産党          7.41%
みんなの党         11.67%
社会民主党          2.09%
新党改革           1.43%
幸福実現党          0.25%
http://www.asahi.com/senkyo/sousenkyo46/kouho/B05.htmlより

猪瀬都知事候補を支持していたのは、自民党、公明党、日本維新の会、民主党の基盤である連合東京である。まず、自公維だけの得票率を合算すると、54.87%になる。また、連合東京の働きかけで、民主党に投票した人(15.42%)の約半分が猪瀬に投票していたとすれば、約62%になる。まして、日本維新の会にスタンスの近いみんなの党(11.67%)が全員支持したとすれば、むしろ67%よりも超えてしまうのである。

一方、宇都宮けんじ候補を支持していたのは、日本共産党、社会民主党、日本未来の党である。これらの党の得票率を合算すると16.36%である。もともと、基礎票でこれほど差があるのである。

そのうち、最も帰趨をわけたのは、日本維新の会の獲得した19.86%の票であったといえる。固定した選挙基盤のない日本維新の会にとって、これらの票の多くは浮動票であったと考えられる。これらが、すべて宇都宮陣営に流れ込んだとしたら、36.22%の票となった。自民党と公明党だけならば35.01%となるので、むしろ宇都宮陣営が有利となった。みんなの党もたぶん多くは浮動票頼みと思われるので、このような浮動票が「日本維新の会」や「みんなの党」に流れ込んだことが、猪瀬都知事候補の大勝に結びついたといえる。

その意味で、日本維新の会がとりあえず結党されたこと、そして、衆議院議員選挙と平行して都知事選が行われたこと、さらに日本維新の会代表石原慎太郎の都政を猪瀬直樹候補が継承することを標榜したことは、猪瀬直樹都知事候補の大勝に結果したといえるのである。

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日刊ゲンダイ2012年12月12日号に、次のような記事が掲載された。

笹子トンネル崩落は猪瀬直樹が招いた悲劇 道路公団民営化で「コスト3割減」を主張

 笹子トンネルの天上(ママ)板崩落事故は、小泉時代の道路公団民営化の大幅なコストカットが招いた悲劇だ。それが鮮明になってきた。
 当初、「接合部の打音検査をした記録はない」としていた中日本高速道路はその後、「00年にはトンネル上部のボルトや付近のコンクリートの劣化を打音検査で点検した」と説明を一転させている。その検査ではボルトを締めるナットに緩みが見つかった。ところが、同社は「補修で健全性が回復した」と判断。なぜか05年の定期検査から打音が省略されたのである。
 普通なら「補修が必要な状態」が1回でも見つかれば、それからは入念な検査を行う。ところが中日本の動きは逆だから理解に苦しむ。ポイントは00年と05年の検査の間に何があったかだ。この期間に道路公団は民営化されたのである。
 民営化推進の過程で議題に上ったのはコスト削減だった。民営化すればムダが削れる。そういう方向で議論が交わされたのである。議事録によると、当時、道路関係四公団民営化推進委員会の委員だった猪瀬直樹氏はこんな意見書を提出している。
〈新会社は道路本体業務にかかる維持補修等の管理コストの徹底した合理化を行い削減することが求められている〉〈現在の四公団の維持管理に要する費用の合計から概ね3割以上の縮減を目指す〉
 最終的にまとめられた委員会の意見書にも「管理費の徹底的な見直し」「概ね3割の縮減を目指す」などと書かれていて、猪瀬氏の意見が反映されたことがハッキリわかる。当時の道路公団にはファミリー企業がいくつもぶら下がっていた。猪瀬氏はそこにメスを入れようとしたのだろうが、安全性まで置き去りにされた印象は拭えない。
 日航機墜落事故の被害者代理人だった海渡雄一弁護士はこう言った。
 「人の生命に関わる公共性の高い事業の維持管理では削っても大丈夫なもの、削減したら深刻な事故を引き起こしかねないものの2通りがあります。日航機事故は十分な検証をせず、飛行機の修理と検査費用をカットしたことで起きました。猪瀬氏は何を根拠に『3割縮減』を提案したのでしょうか。打音検査が省略化されるに至った経過と、民営化との関連を遡って検証しなければなりません。
 民営化の”成果”を繰り返す猪瀬氏。この人物が都知事でいいのか。有権者はしっかり考えるべきである。

このような指摘は、日刊ゲンダイだけではない。ここで意見を求められている海渡雄一氏は、「レイバーネット日本」というサイトに、12月5日付で「笹子トンネル事故と道路公団民営化」という記事を寄稿している。この中で、打音検査を実施しないことがこの事故につながったとし、高速道路公団の民営化について触れ、「この民営化を推進したのが小泉内閣下での民営化推進委員会である。猪瀬直樹氏はこの委員会で舌鋒鋭くマスコミを巻き込んで民営化を主導した。今も、民営化を成し遂げたことを自らの功績としている。」と指摘している。

そして、「民営化と安全コストの削減は表裏」として、次のように主張している。

公共事業の民営化は国鉄の分割民営化などを見てもわかるとおり、赤字対策として提起される。他方で、民営化に際しては「政治主導」で決定された事業への投資が押し付けられる場合も多い。高速道路についても、儲からない新たな高速道路の建設が押しつけられた。経営収支や財務状況が悪化した民営企業は民営化のメリットを社会的に示すために、設備の改装など目に見えるところには投資を迫られ、目立たないところには投資が控えられる。目立たないところの最たるものが、安全のための投資である。設備のメンテナンス予算が削減される。
 中日本によると、点検は各社ごとに要領を定めて実施。同社は民営化後の06年4月に点検マニュアル「保全点検要領」を策定したが、天井板の点検について「目視による確認をするなどの配慮が必要」としただけで、打音検査は定めなかったとされる。
 中日本高速は今年9月を含む過去の点検で、トンネル最上部の内壁とつり金具のボルト接合部については双眼鏡による目視にとどめ、打音検査は「一度もした記録がない」ことを明らかにしている。同社幹部は「笹子トンネルの場合は(足場となる)天井板から最上部まで高さ5メートルもあり、打音が困難だった」と釈明している。
 しかし、同じ道路公団を分割して民営化された他の各社では打音検査がなされていたことからすると、このような説明には疑問がある。道路公団時代の点検要領を明らかにし、民営化後に検査が省略された可能性の有無を含めて、徹底した捜査がなされるべきである。
 国交省道路局の幹部は「元は旧道路公団の同一組織なのに、中日本が他社同様の点検をしていなかったことは驚きだ。インフラの安全確認は常に強化すべきで、問題を精査する必要がある」と話していたという。
http://www.labornetjp.org/news/2012/1205kaito/view

なお、この記事は、今からみると事実誤認がある。笹子トンネル事故直後の12月2日、中日本高速道路会社は打音検査を一度も行っていないとしたが、12月5日には、2000年に打音検査を実施し、その後行っていないと改めたのである。しかし、このことにより、さらに2005年の高速道路分割民営化と打音検査中止との関連性が強まったといえる。

そして、海渡氏は最後に「民営化政策の是非も都知事選の争点に」として、次のように述べている。

東京都知事選の争点は命を大切にする政治かどうかである。脱原発も福祉も命の問題である。
 猪瀬候補は、都営地下鉄と東京メトロの一元化」=「都営地下鉄の民営化」を政策として掲げている。民営化された高速道路で、このような大きな犠牲が生じたことについて、民営化を推し進めた政治家や都知事候補はどのように考えているのだろうか、説明する責任があるだろう。
http://www.labornetjp.org/news/2012/1205kaito/view 

その後、12月7日に、海渡氏は「道路公団民営化と高速道路の維持管理コストの大幅削減を主張したのは誰か」というメールを「転載可能」という形で出した。猪瀬直樹氏の発言自体をここでは検証している。

さらに、海渡氏が望んでいたように、この問題は都知事選の争点にもなった。12月9日、フジテレビの「新報道2001」(7:30〜8:55)という番組で、都知事選候補者の討論会が行われた。その時、この問題も取り上げられた。ほとんど報道がなく、選挙違反を恐れて動画などもアップされていないので、とりあえず、見ていた人たちのツイッターをまとめたものから、内容を再構成するしかない。少し読みづらいので、時間のない方は、この後にある私のまとめをみてほしい。

猪瀬氏の求めた管理縮減費の削減と笹子トンネルの打音検査の中止は無関係か

新報道2001(フジテレビ2012年12月9日7:30~)における宇都宮けんじ候補と猪瀬直樹候補のやりとりについて

・道路関係四公団民営化推進委員会は2002年から2003年にかけて52回開催。メンバーは今井敬、中村英夫、大宅映子、猪瀬直樹、川本裕子http://www.kantei.go.jp/jp/singi/road/index.html

・道路関係四公団民営化推進委員会第34回委員会(平成14 年11 月30 日)猪瀬委員提出資料
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/road/dai35/35siryou2-3.pdf
「現在の四公団の維持管理に要する費用の合計額から概ね3 割以上の縮減を目指す(p.5)」
▼続きを読む(残り8行)
by mu0283

宇都宮けんじさん「笹子トンネル事故の背景には打音検査の省略があった。猪瀬氏らが進めた道路公団民営化で、管理コストが三割カットされた影響もある。」
inabatsuyoshi 2012/12/09 08:59:25

報道2001 宇都宮さんの民営化以降、検査していていないという。猪瀬さん、検査していないのは2000年から、民営化は2005年から、事実に基づかない発言はデマになると反論。事故が起こると民営化に結びつける人が必ずでてくる。関係ないことが多いけどね
YoichiTakahashi 2012/12/09 08:52:57

#新報道2001 宇都宮さん「道路公団が民営化する際、猪瀬さんは維持管理費の3割カットを提言し、結果的に取り入れられた。」 (確かに、H14のこの資料にも「維持管理に要する費用の合計額から概ね 3 割以上の縮減を目指す」と書いてある http://t.co/icqzkkmc )
geophysics 2012/12/09 08:56:18

#新報道2001 宇都宮「民営化以降打音検査をやってない」猪瀬「民営化は2005年。最後の打音検査は2000年。事実に基づいて発言しないとデマになる」と反論。宇都宮発言に嘘はないが、打音検査の実施間隔がわからないと微妙。それをあたかもデマのように印象付けようとする猪瀬話法はさすが
geophysics 2012/12/09 09:05:58

@geophysics ご参考。「笹子と同じ構造ながら高さが半分以下の恵那山トンネル(長野、岐阜県)と都夫良野トンネル(神奈川県)では、5年に1回の点検で打音検査をしていたとしている」 http://t.co/k76GtzhM
KutaroMichikusa 2012/12/09 09:50:06

笹子トンネル事故 打音検査せず 県警捜査「予見可能性」が焦点http://t.co/4w18YzhU 「問題視されているのは、中日本高速が平成12年を最後に、ボルトや周辺をハンマーでたたいて異常を確認する「打音検査」を実施していなかったことだ」
mu0283 2012/12/09 09:40:54

笹子トンネル事故 打音検査せず 県警捜査「予見可能性」が焦点http://t.co/4w18YzhU 「こうした事情(平成12年を最後に、打音検査が行われなかったこと)の背景に、17年の民営化で生まれた「利益追求」の姿勢が影響した可能性があるとみる専門家もいる。」
mu0283 2012/12/09 09:42:12
Content from Twitter
↓ コメント欄に記したとおり、録画を確認したところ、猪瀬氏の発言は次の通り。「違う。打音検査は2000年にやめてるから。民営化は2005年ですから。事実関係を、正確に言わないといけません。」

笹子トンネルで打音検査が行われなくなったのは2000年、民営化は2005年だと猪瀬氏反論。しかし、最後の打音検査が2000年、詳細検査が5年ごとだとすると、次の詳細検査は2005年。猪瀬氏は数字は正確に言わないとデマになると宇都宮氏をたしなめたが、反論になっていない。(続)
mu0283 2012/12/09 09:51:03

(続き)猪瀬氏が推進委員会の中で「維持管理に要する費用の合計額から概ね 3 割以上の縮減を目指す」と求めたのは2002年。 そのころから既に、維持管理費のコストカット圧力は強かったはず。http://t.co/uPYDXjSF …
mu0283 2012/12/09 09:51:50

【同社(中日本高速)は「点検は目視が基本」と釈明。ただ、同様の構造を持つ別のトンネルでは打音を行っていたほか、マニュアルを共有する東日本、西日本両高速とも「5年ごとの詳細点検では必ず打音をやる」という。】笹子トンネル事故 打音検査せずhttp://t.co/4w18YzhU
mu0283 2012/12/09 09:57:49
http://togetter.com/li/420014

このまとめは、私大教員である「mu0283」氏が作成したようである。この中で、名前が特定できるのはNPO法人自立生活サポートセンター・もやい所属の稲葉剛氏と、経済学者で元官僚、そして大阪市特別顧問である高橋洋一氏である。

このやりとりから復元すると、都知事候補者である宇都宮健児氏が、「道路公団が民営化する際、猪瀬さんは維持管理費の3割カットを提言し、結果的に取り入れられた。確かに、H14のこの資料にも「維持管理に要する費用の合計額から概ね 3 割以上の縮減を目指す」と書いてあると述べ、猪瀬氏に迫った。そして、猪瀬氏は「違う。打音検査は2000年にやめてるから。民営化は2005年ですから。事実関係を、正確に言わないといけません。」と反論したということのようである。つまり、猪瀬氏は、笹子トンネル事故の原因となった打音検査の中止と民営化は無関係だといいたいのだ。

 しかし、猪瀬氏は、2000年には打音検査が行われていたことを故意か間違いかはわからないが、無視している。大体5年おきで検査していると考えられるので、猪瀬氏の言い方では民営化と打音検査中止の関連性を否定できないといえよう。

もちろん、笹子トンネル事故については、設計上もしくは施工上の問題も原因としては考えられる。そして、中心的な責任者としては、当然のことだが、中日本高速道路会社の幹部にある。しかし、道路関係四公団民営化推進委員会が無責任にコスト削減を目的とした分割民営化を主張し、その結果として、コスト削減を目的として笹子トンネルにおける打音検査が中止され、今回の事故を招いたとみることができる。

そこで問われているのは、コスト削減を目的とした民営化の是非ということである。ほとんど、マスコミの多くは報道しないが、このことは、都知事選における大きな争点になっているといえるのである。

参考
http://kongojia.exblog.jp/17382739/
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/road/index.html
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/road/dai35/35siryou2-3.pdf
http://news.goo.ne.jp/article/sankei/nation/incident/snk20121209063.html
http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG0404U_U2A201C1CC1000/?dg=1

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