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Posts Tagged ‘災害ユートピア’

さて、また、大雪の話を続けよう。2月14〜15日の「記録的な大雪」により、東日本の広い範囲で東名高速道路他大動脈である各地の道路において多くの車両が立ち往生した。これらの車両のドライバーに対して、沿線住民が支援したことが伝えられている。まず、長野県軽井沢町の国道18号の状況を伝えている毎日新聞のネット配信記事をみてみよう。

<大雪>安否確認なく不安 陸自作業開始 軽井沢・立ち往生
毎日新聞 2月16日(日)11時28分配信

 立ち往生した車の中に多くのドライバーが閉じ込められた長野県軽井沢町の国道18号とその周辺道路では、県の災害派遣要請に基づき陸上自衛隊が出動し、復旧・救出作業にあたった。

【山梨では道路が寸断】

 国道18号を群馬県に向け大型トラックを運転していた茨城県古河市の運転手、落合哲也さん(26)は15日午前3時ごろ、軽井沢町追分の県道・浅間サンラインとの合流付近から渋滞に巻き込まれ、立ち往生。16日朝も動けない状況が続いている。周囲には少なくとも50台程度のトラックや乗用車が止まっているのが確認できたという。「雪が積もりすぎて、トラックが移動できない状況」と話す。

 軽井沢町は16日の最低気温が氷点下3・6度と冷え込んでいるが、ガソリンが残り少なくなっている車も多く、「エンジンを切って車内でしのいでいる人もいる」という。同日午前には体調を崩した人が出て、救急車も到着した。落合さんは「親子で乗用車に乗っている人もいる。このままの状況が続くのは相当厳しいのではないか」と話す。

 近隣住民からカレーなどの食料やカイロが配られたが、町など行政機関が安否確認などには来ていないという。落合さんは「住民の温かさを感じた」とする一方「警察なども一度も安否確認に来ない。情報もないし不安が広がっている」と訴えた。

 一方、陸上自衛隊第13普通科連隊(駐屯地・松本市高宮西)は16日、県知事からの災害派遣要請を受け、軽井沢町で発生した立ち往生車両の救出作業を始めた。

 同連隊によると、車両20両に隊員120人が分乗し、同日午前1時過ぎに先遣隊が駐屯地を出発。午前5時過ぎ、国道18号に接続する浅間サンラインの現場に到着した。

 現場は、大型車両2台が雪により動けなくなり道路をふさいだことから、大型トラックや乗用車など約50台が動けなくなっている。県の除雪車両を中心に出口をふさいでいる大型車両の撤去作業や、立ち往生している車両への飲料水や乾パンなどの配給などを行っている。【小田中大、高橋龍介】
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140216-00000016-mai-soci

このように、まず、近隣住民が、自主的に食料などを配ったという。そして、その後、大型車両の撤去作業や、食料・水などの配給が行われるようになったといえるのである。

そして、軽井沢町の住民は公民館を避難場所に開放し、そこに避難するドライバーたちもいた。軽井沢町の住民たちは、彼らに炊き出しをし、さらに、車に残っている住民たちに非常食を届けた。地域自体も雪のため孤立した住民がいたにもかかわらずである。他方、ドライバーたちは、単に避難のためだけではなく、ガソリンを確保するためにも一時車を離れることもあった。スポニチが18日に配信した記事は、その状況を描き出している。

立ち往生ドライバーらに炊き出し 軽井沢町公民館に60人避難
 
長野・群馬県境の国道18号が通行止めとなっている影響で、長野県軽井沢町の追分公民館には17日午前も、立ち往生した車の運転者やバスの乗客ら約60人が避難。公民館は15日から開放され、地区の住民が備蓄用の米で炊き出しをしたり、止まった車まで歩いて非常食を届けたりして、支援に当たった。

 荻原里一区長(69)は「一度にこんなに雪が降ったのは初めて。孤立している住民もおり、物凄い状況になっている」と話した。

 国道18号沿いのガソリンスタンドには立ち往生したトラックの運転手らが、ポリタンクを持って歩いて燃料を買い求めた。男性従業員(21)によると、1時間以上歩いて来た人も。立ち往生した車の運転手からの燃料配達依頼も多いが、雪で出勤できない従業員がいて手が足りず、依頼は全て断っているという。
[ 2014年2月18日 05:30 ]
http://www.sponichi.co.jp/society/news/2014/02/18/kiji/K20140218007612320.html

この避難所設置については、軽井沢町役場の関与があったようである。産經新聞が2月17日にネット配信した記事で、次のように語られている。

軽井沢町役場では15日に近くの公民館など計6カ所に避難所を開設。地元住民の協力を得て、おにぎりや豚汁などを提供した。町職員は「ここまでの大雪は初めてで、これほど大規模な避難所運営も初めて」。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/140217/dst14021720470027-n2.htm

冒頭の毎日新聞の記事では、町など行政機関は関与していないように語られている。これらの避難所は、町が運営したというよりも、地域住民が主体となって運営したのであろう。軽井沢町のサイトでは、2月20日付で「軽井沢バイパスで立ち往生している方々に対応するための避難所開設にご協力をいただきました区・日赤奉仕団等多くの皆様に、心より感謝申し上げます」と謝意が述べられている。日赤奉仕団も、たぶん、ここの地域組織なのであろう。もちろん、他の地域ではどうかはわからない。自治体が避難所運営の中心だったところもあろう。

なお、群馬県側の安中市では、安中市役所が避難所を中心的に運営していたようである。NHKが2月17日に配信した次の記事をみてほしい。

国道18号線車立往生で避難所
2月17日 20時27分

群馬県安中市の国道18号線では記録的な積雪の影響で多くの車が立ち往生し、地元の安中市は避難所を開設し、対応に当たっています。

国土交通省などによりますと、安中市と長野県軽井沢町を結ぶ国道18号線の碓氷バイパスでは、記録的な積雪の影響で、今月14日の深夜から最大でおよそ270台が車が立ち往生しました。
このため、ドライバーなどは車内で過ごすことを余儀なくされ、安中市では閉校になった中学校や公民館など市内の公共施設6か所を避難所として開設し、食料や水を提供して対応に当たっています。
このうち「旧松井田西中学校」では、16日夜から32人が避難し、市の職員などがおにぎりや卵焼きなどの食料を提供していますが、ドライバーたちは疲れた表情を浮かべて校舎で休息をとっていました。
長野県に向かっていたトラックの運転手の男性は「14日から雪で立往生しているので、商品として積んでいる野沢菜が心配です」と話していました。
現場付近は群馬県方面に向かう上り車線は正午には通行できるようになりましたが、長野県方面の下り車線は除雪が終わらず、国土交通省によりますと、17日午後5時現在で30台余りの車が残っているということです。
国土交通省では、引き続き、除雪を急ぐことにしています。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140217/k10015312071000.html

このように、大雪で通行できなくなった道路は、関東・甲信に限られるわけではない。東北地方でも、通常あまり雪が降らない地域でも大雪となり、立ち往生した車両が続出した。次の河北新報が2月20日にネット配信した記事をみてほしい。

大雪で車立ち往生 避難の飯舘村民、仮設から命のおにぎり

ドライバーたちにおにぎりの炊き出しをした福島県飯舘村の仮設住民ら=19日午後、福島市
 大雪で多くの車が立ち往生した福島市の国道4号で16日、沿道の仮設住宅に暮らす福島県飯舘村民がおにぎりを炊き出し、飲まず食わずのドライバーたちに次々と差し入れた。持病のため運転席で意識を失いかけていた男性は19日、取材に「命を救われた思いだった」と証言。東京電力福島第1原発事故に伴う避難が続く村の人たちは「国内外から支援を受けた恩返しです」と振り返った。

 福島県三春町のトラック運転手増子徳隆さん(51)は15日、配送を終え、郡山市の会社に戻る途中だった。激しい雪で国道は渋滞。福島市松川町で全く動かなくなった。
 16日昼ごろ、糖尿病の影響で頭がぼーっとしていた。窓をノックする音で気が付くと「おにぎり食べて」と差し出された。
 国道を見下ろす高台にある飯舘村の仮設住宅の人たちだった。前日から同じ車がずらりと止まり続けているのに女性たちが気付き、炊き出しを提案。富山県高岡市の寺から仮設に届いていたコシヒカリを集会所で炊き、のりと梅干しを持ち寄って20人ほどで約300個握った。
 炊きたてが冷めないようにと発泡スチロールの箱に入れ、1メートル近い積雪の中、1人1個ずつ渡して回った。
 増子さんは「温かくて、おいしくて、一生忘れない。仮設で厳しい暮らしだろうに、こうして人助けをしてくれて頭が下がる」と感謝した。
 増子さんの話を伝え聞いた仮設住宅の婦人会長佐藤美喜子さん(62)は「震災からこれまで、数え切れないほど多くの人に助けられてきた。またあしたから頑張ろうと、私たちも励みになりました」と話している。
 飯舘村は福島第1原発から北西に約40キロ。放射線量が高い地域が多く、村民約6600人のほとんどが村の外で避難生活を続けている。

2014年02月20日木曜日
http://www.kahoku.co.jp/news/2014/02/20140220t63014.htm

この場合は、福島市の国道4号であるが、立ち往生を余儀なくされた車両のドライバーに対して、飯館村からその地に避難している人びとが支援したのである。

レベッカ・ソルニットの『災害ユートピア』では、大災害に遭遇した場合、通常は個々の生存を最優先して我勝ちのパニックになると想定されているが、そうではなく、むしろ、災害に直面した人たちが、それまでの社会関係の有無に関わりなく、お互いの生存を保障するため連帯していったことを描き出している。マスコミで報道されたことは上っ面にすぎず、実際にはさまざまな苦難や葛藤があったのだろと思うが、自治体を含めた近隣住民において、立ち往生した車両のドライバーたちを助けようとする「共同性」が立ち上がったということができる。

こういうことは、もちろん、東日本大震災を含めた過去の大災害において無数にあったに違いない。もちろん、このような共同性において、葛藤や矛盾が全くなかったとは思えない。しかし、平時の、国家や資本の管理が災害において断ち切られた時、そこにまず生じてくるのは、それまでの社会関係の有無とは関係ない人びとの共同性であり、それが彼ら自身の生存を保障していたのである。

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レベッカ・ソルニット『災害ユートピア』(2500円 税別)

レベッカ・ソルニット『災害ユートピア』(2500円 税別)

つい最近、やっとレベッカ・ソルニットの『災害ユートピアーなぜそのとき特別な共同体が立ち上がるのか』を読み終わった。この本については、いろんな人が紹介している。非常に単純にいえば、災害の襲われた人びとの間には、日常の利己的な態度とは全く逆の利他的・相互扶助的な共同体ができるとソルニットはいうのだ。英語の表題のほうが、皮肉がきいていて、より著者の主張がよくわかるー”A PARADAISE BUILT IN HELL”ーつまりは「地獄の中で建設される一つの天国」というのだ。

他方、災害の際、人びとがパニックに陥り、野獣のように(野獣のようにというのは動物に失礼な気がするが)利己的にふるまうというのは、エリートのいだく妄想に過ぎないと、ソルニットはいうのだ。むしろ、そのようなエリートの思い込みが、被災した人びとを「秩序の敵」として攻撃するということにつながるとソルニットはいっている。これを「エリートパニック」

このような、「災害ユートピア」と「エリートパニック」が交錯するものとして、ソルニットは、アメリカを中心としたこの百年間あまりの災害史を分析している。1906年のサンフランシスコ地震、1985年のメキシコシティ地震、9.11のニューヨーク、そして、2005年のカトリーナの襲われたニューオルリンズと。関東大震災における朝鮮人虐殺も記述されているーエリートパニックによって引き起こされた大量殺人の一例として。

大体、この本を紹介する人は、「災害ユートピア」として災害後の相互扶助的な共同体ができあがることを評価しつつ、「現実は、甘いだけではない」というようなコメントを付すことが多い。それはそうだろう。しかし、それは、ソルニットの主張を十分理解していることにはならない。

ソルニットは、むしろエリートたちが秩序を維持している日常こそ問題だとしているのだ。エリートたちは、「万人が万人の敵」として、利己主義的に争っている個人からなると想定される社会を前提として考え、国家というリヴァイサンによって、ようやく秩序が保たれていると想像している。もちろん、これは、利己主義的なふるまいによって競争を勝ち抜いてきたエリートたちの自画像を、人びとに、市民社会全体に押し付けているものにすぎないのだが。それゆえ、いわば、日常的な秩序維持が災害によって無化すると、エリートたちはパニックを起こす。自分たちの利己主義的なあり方を被災者全体のものとし、被災者がパニックに陥ってわれがちに秩序を破壊すると妄想し、被災者を攻撃するようになるとソルニットはいうのだ。

その例が、この本の多くの部分を使って書かれている2005年のニューオルリンズである。政府・市当局・警察は、市内中心部に多く居住している貧困者ー黒人が多いのだがーがパニックに陥って窃盗・レイプ・殺人などの犯罪を起こしていると想定して、市外への移動を差し止め、救援物資や救援ボランティアの移動すら認めず、さらには警察や自警団などによる被災者の殺人すらおかすようになるのだ。

ソルニットは、このようなこととの対比の上で、「災害ユートピア」を描いている。むしろ、問題なのは、エリートによって抑圧されている「日常」なのだ。災害は、そのような「抑圧」からの一時的ではあるが解放でもある。そう、むしろ、「日常」こそ、社会は「利己主義的」に抑圧されているのだ。この本では、かなり多くの革命家たち、無政府主義者たちが扱われているのだが、それは、この本の精神を体現している。その意味で、この本は、「無政府主義」的なのだ。

私は、「日常」というものは、常に隠された秩序維持的暴力が内在していると思ってきた。その意味で、この本を評価したい。

さて、東日本大震災ではどうだろうか。私は被災者でもボランティアでもないので、「特別な共同体」が立ち上がったのかどうかはわからない。それは、これから書かれるであろう、東日本大震災の記録を読みながら考えていくしかないだろう。

ただ、確実に言えるのは、「エリートパニック」は存在したということである。福島第一原発事故をめぐる政府の対応は、ここでいう「エリートパニック」そのものだ。政府は、「パニックを起こす」というスローガンのもとに、事態を隠蔽し、過小評価し、そのような形で発表してきた。そして、マスコミも加担してきた。今思い返すと非常に腹立たしい。その時、東電などの電力会社の利権を守るためにと解釈されてきたが、むしろ、この本でいう「エリートパニック」として考えたほうがよいのではないかと思う。秩序維持ということが優先し、それぞれの人がおのれの利益を考える情報が与えられずにきたのだ。

その意味で、「災害ユートピアなんか夢物語なんだ」というようなのではなく、「エリートパニック」を告発し、そのことによって、エリートが金科玉条としている「日常」を問い直すためにこの本は読まれるべきだと思う。

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