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今回は、宮城県の津波被災地を揺るがしている防潮堤建設問題について、私自身の心覚えのため、みてみることにする。

まず、毎日新聞夕刊2013年2月6日付に掲載された、次の記事をみてほしい。

特集ワイド:東日本大震災 巨大防潮堤、被災地に続々計画 本音は「反対」だが…復興が「人質」に 口閉ざす住民
毎日新聞 2013年02月06日 東京夕刊

 東日本大震災の被災地で、巨大防潮堤建設計画が進んでいる。高いコンクリート壁で海を覆えば、海辺の生態系を壊し、津波からの避難が遅れるとの指摘がある。防潮堤問題に揺れる被災地を歩き、失われゆく潮騒を聞いた。【浦松丈二】

 <計画堤防高さ TP+9・8m 高さはここまで>

 宮城県気仙沼市の大谷海岸に電信柱のような看板があった。荒れ地の中に青い海だけが広がる。TPとは「東京湾平均海面」だ。つまり、東京湾を基準に高さ9・8メートルの防潮堤がここに建つのだ。間近に見ると高さに圧倒される。この高さの壁がどこまでも続く……想像したらその重苦しさにめまいがした。9キロ南の海岸にはなんと14・7メートルの防潮堤が計画されている。
 気仙沼市民有志の「防潮堤を勉強する会」の発起人、酒造会社社長の菅原昭彦さん(50)が説明する。「防潮堤は2011年9月に宮城県の震災復興計画として最初に示されました。震災から半年しかたっておらず、これで確定とは誰も思わなかった。県と市は昨年7月から説明会を始めたが内容は当初のまま。しかも防潮堤の位置や形状は話し合えるけれど、高さは変えられないという。あまりに唐突、強引だった」
 住民は昨年8月から専門家を招いて「勉強する会」を計13回開き、毎回100人以上が参加した。だがあえて賛成反対を言わなかった。「私たち住民は復興の予算とスピードを人質に取られているようなもの。文句を言うことで復興全体が遅れることがあっては困るから」と説明する。
 同じ被災地でも地域によって実情は異なる。「工場や産業エリアなら防潮堤が高くてもいいが、海辺の景観で商売をしている所は問題になる。ワカメや昆布などの資源のある地域では生態系への影響が懸念される。でも、防潮堤計画には背後地の利用計画がセットにされていて、復興を進めようとしたら計画をのまざるをえないのです」
 話の途中、菅原さんの携帯電話に友人からメールが入った。「防潮堤各地でどんどん決まっていきますね。いいんですか。このままで?」とあった。年度末が迫り、県は合意形成を急ぐ。菅原さんは「県の担当者が『隣の人は合意した』と戸別訪問したことがあり、強く抗議しました。そんなやり方では、地域の信頼関係が壊れてしまう」と懸念する。
 多くの地域で防潮堤計画はなし崩し的に進んでいる。石巻市雄勝町立浜の銀ザケ・ホタテ養殖業、末永陽市さん(55)は「管理者の県が示した高さだから」と不本意ながら受け入れる意向だ。防潮堤は高さ6・3メートルと震災前に比べ約3メートル高くなる。
「地震発生後は防潮堤の上で海を見ていた。湾内にじわりじわりと海水が上がってきて、後ずさりしながら見守っていたが、防潮堤を越えたら早かった。やばいと思って、一気に裏山まで走った。海が見えていたから避難できた」。全49戸160人の集落ごと流されたものの、死者は5人にとどまった。これまで津波を経験してきた住民たちは、地震直後に裏山にほぼ全員が避難したからだ。だが、海が見えないまま津波がいきなり防潮堤を越えてきたら……。
 大津波で、末永さんは自宅だけでなく、養殖していた銀ザケ12万匹とホタテ35万個を失った。船に同乗し、再開した銀ザケ養殖のエサやりに同行させてもらった。風がごうごうと音をたて、潮騒を聞くどころか寒さで耳がちぎれそうだ。この海と生きる、という末永さんの強い意志を感じる。しかし、巨大防潮堤はそこにも影を落とす。
 末永さんは、自宅跡地に水産加工工場の建設を計画している。今後はサケの加工もして、ブランド化を目指すしかないと考えるからだ。だが防潮堤が高くなれば、自宅跡地横の小川の土手もかさ上げしなければならない。地続きの自宅跡地のかさ上げも必要になる。「待っていたらいつになるか分からない。さっさと自己資金で工場を建ててしまおうか」と迷う。
 雄勝地区の人口は1565人(昨年12月)と震災前の3分の1だ。末永さんは14世紀から続く24代目網元。「先祖が代々頑張って何とかつないできてくれた。それを考えると……」と意欲的だが、その前に防潮堤が立ちはだかる。
 「巨大防潮堤は被災地だけの問題ではない。国土強靱(きょうじん)化を掲げる政権下では、日本全体がコンクリート壁に囲まれてしまう恐れがある」と警鐘を鳴らすのは、気仙沼市のNPO法人「森は海の恋人」副理事長の畠山信さん(34)だ。
 畠山さんの地元、同市西舞根(にしもうね)地区は住民要望で防潮堤計画を撤回させた。畠山さんらは「堤防ができれば海と山が分断されて取り返しがつかなくなる」と計画が固まる前の段階で、集落に残る全戸(34戸)の意見を取りまとめ、市側を動かした。「人口や組織の多い市街地で合意を形成するのは大変。私の地域は長老がいて、その下に役員がいてという古い集落だから決まりやすかった」と語る。
 同地区では津波で全52戸中44戸が流され、地盤は約80センチ沈んだ。「沈下でできた干潟にアサリが増え、絶滅危惧種のニホンウナギが生息している。野鳥が来て、子どもたちの遊び場になっている。この干潟は地域で守っていくことにしています」。これも合意形成の成果だ。
「環境省や宮城県は『森・里・川・海のつながり』を重視すると言っていたのに、現場は逆行している。災害に備えるために必要なのは、管理費のかかる防潮堤というハードではなくて自然の見方というソフト。津波なら前兆のとらえ方です。これは自然体験からしか学べない。でもそこに予算はついていない」
 自民党は今国会に「国土強靱化基本法案」を議員立法で提出する方針だ。防災の柱として「強靱な社会基盤の整備」を盛り込んでおり、巨大防潮堤の整備を後押ししそうだ。
 畠山さんらを招いて公益財団法人「日本自然保護協会」が3日に東京都内で開いたシンポジウムでは、専門家から「海辺を利用してきた沿岸部住民で本音で賛成している人はいないだろう」「(住民が声を上げられない以上)外から声を上げるしかないのでは」などの意見が出た。同協会は4日、慎重な防潮堤復旧を求める意見書を安倍晋三首相らに提出した。
 海と陸の境目にコンクリートの巨大な壁を打ち立てて、本当にふるさとは再生するのか。何かゆがんだ発想がこの国を覆おうとしていないか。http://mainichi.jp/feature/news/20130206dde012040022000c.html

つまり、宮城県においては、津波被災地にこれまで以上の高さの防潮堤を建設することを強制しており、その計画について、漁業や観光で生きてきた地域住民たちが困惑しているというのである。生業にも差し支え、自然破壊にもなるということである。また、高い防潮堤は、近づいてくる津波がみえなくなる恐れがあり、かえって危険ではないかという声もある。しかし、国土強靭化法案をひっさげた安倍自民党政権の誕生によって、防潮堤拡充の動きが加速しているのではないかとも、この記事では懸念している。

さらに、3月7日付毎日新聞夕刊において、次のような続報が掲載されている。

特集ワイド:巨大防潮堤に海が奪われる 宮城・気仙沼で住民が計画見直し要請
毎日新聞 2013年03月07日 東京夕刊

 ◇セットバック案に制度の壁 東日本大震災級は防げず

 万里の長城のような巨大防潮堤が東日本大震災の被災地に築かれようとしている。本欄(2月6日付)で「巨大防潮堤に、本音は反対」という地元の声を紹介したところ、多くの反響が寄せられた。防潮堤計画の何がそんなに問題なのか? 続報をお届けしたい。【浦松丈二】

 「私たちは豊かな自然を後世まで残すため、防潮堤建設に当たっては住民の意見を反映するよう1324名の署名を添えて要請致します」
 宮城県気仙沼市の菅原茂市長に、巨大防潮堤計画見直しの要請書と署名が提出されたのは昨年11月12日だった。1324人は、同市大谷地区の人口の半数近い。
 宮城県内で防潮堤計画見直しを求める大規模な署名が提出されたのは初めてだ。避難が難しいお年寄りや障害者には高い防潮堤を必要とする人もいる。同じ被災者でも世代や職業、被災体験などによって意見は異なる。何より防潮堤計画が決まらないと復興計画が動かない地域が多く、反対の声を上げにくい−−それでもなお、コンクリートの壁で海を覆う計画に違和感を感じる人は多いのだ。
 問題の計画は、宮城県有数の海水浴場である大谷海水浴場一帯に高さ9・8メートル、全長約1キロのコンクリート製防潮堤を建設するもの。巨大なのは高さだけではない。津波で倒されないために土台の幅は実に45メートルもある。海水浴場の砂浜を覆い尽くして海までせり出す構造だ。
 大谷地区で生まれ育ち、署名集めの中心となったNGO職員、三浦友幸さん(32)は「防潮堤で消える砂浜は大谷地区のアイデンティティーそのもの。ここで生まれた子どもたちは卒業式、成人式などの節目節目に砂浜に集まって記念撮影をしてきた。砂浜がなくなるのは嫌だ。この一点に絞ることで住民の合意が形成できたのです」と説明する。
 要請書を受け取った菅原市長は「現在の計画では砂浜は残らない。署名のような地域住民の意向が分かるものがあると大変ありがたい。強い説得材料になります」と述べ、住民の意見を尊重して県や林野庁などに砂浜を残すよう働きかけると約束した。
 住民が要請し、市側が同意したのは防潮堤の建設予定地を砂浜から陸側に後退させる「セットバック案」だ。防潮堤を海から離せば離すほど砂浜が守られる。津波や高潮の脅威は衰え、海抜も上がるため、構造物を低くして建設・維持費用を安くできる。
 だが、いいことずくめに思えるセットバック案を実行しようとすると、制度の壁が立ちはだかるのだ。
 防潮堤に関するルールは海岸法に定められている。防潮堤を建設できる位置は、原則的に海岸線から陸側50メートルと海側50メートルの間の海岸保全区域だけ。これ以上陸側に移動するには県知事の指定など複雑な手続きが必要になる。防潮堤をセットバックしようとすると国道45号やJR気仙沼線も陸側に移動させないといけなくなる。
 気仙沼市は大谷地区住民の要請を受け、3通りのセットバック案を作成中だ。難しい作業を部下に指示した菅原市長だが「防潮堤の高さは安全度そのもの」と高さの変更は退ける。県も同じ姿勢だ。
 防潮堤は、国が方針を決め、県知事が計画を策定し、県や市町村などの海岸管理者が設計することになっている。今回の防潮堤の高さを決める方法は、2011年7月8日に国土交通省など関連省庁課長名で出された通知で示された。「数十年から百数十年に1度程度」の津波を防ぐ高さにする内容だ。
 不思議なことに通知は、東日本大震災級の津波は「最大クラス」の例外として防潮堤で防げなくてもいいことにしている。同年6月の中央防災会議専門調査会中間報告で示された専門家の見解を踏まえたという。震災で大谷地区の海岸には20メートル級の津波が押し寄せた。あの津波を防げない防潮堤に砂浜を覆われるのは釈然としない。
 県担当者が説明する。「今回計画されている防潮堤は明治三陸地震(1896年)の津波に対応したもの。災害復旧事業として費用の3分の2以上が国庫から出る。前の防潮堤が建設された1960年代は県の財政事情が悪く、チリ地震(1960年)にしか対応していなかったから今回は高くなった」
 国の補助金が出るから無理にでも通知に合わせて防潮堤の高さを決める、と聞こえる。

  ■

 では、巨大防潮堤の建設費用はいくらかかるのか。県河川課によると、県発注分の事業費だけで約3140億円。ほとんどが国からの補助金だ。港湾を管理する国交省や市町村の発注分を加えると、さらに増加する。無論別に維持補修費用もかかる。
 県内最高の14・7メートルの防潮堤が計画されている気仙沼市小泉地区でも不満がくすぶっている。「小泉地域の子どもたちに街づくりに関する絵を描いてもらったら、マリンスポーツ基地など海や砂浜を利用した内容が多かったそうです。防潮堤の絵を描く子はいなかった」(前出・三浦さん)
 すでに県発注の防潮堤275カ所、総延長163キロのうち、岩沼、石巻市など52カ所で着工されている。コンクリートの巨大な塊が姿を現しつつあるのだ。
 海辺の景観街づくりが専門の岡田智秀・日本大学理工学部准教授は「ハワイでは州法で決めたセットバックルールに基づき、防潮堤などの海岸構造物に極力依存しない街づくりを実施しています。目的は防災、景観、観光、環境の全て。全て密接に関連していますから」と語る。
 ハワイのルールとは、砂浜の自然観察を通じて高波などの最高到達ラインを調査し、住宅などの建造物は10〜15メートルの標準距離をセットバック(陸側に後退)させる。さらに砂浜の自然浸食と建物の耐用年数を考慮して、追加的に後退させる。街づくりには海岸線との距離が常に考慮される。
 岡田さんは「日本の防災計画も日常の暮らしの豊かさと非常時の防護の両方を表裏一体にして考えていくべきです。人口減少時代を迎えて、地方都市ではコンパクトシティーと呼ばれる集約型の街づくりが注目されています。セットバックは時代の流れにも合致しているのではないでしょうか」と訴える。
 大震災から2年。津波にえぐられた被災地の海岸に、ようやく砂が戻りつつある。防潮堤の巨額予算の一部でも住民本位の街づくりに回すことはできないのか。
http://mainichi.jp/feature/news/20130307dde012040002000c.html

気仙沼市では、すでに地域住民によって昨年11月に堤防建設の見直しを求める要請書が提出され、気仙沼市長も、防潮堤をより陸側に建設するセットバック案を検討することになった。しかし、このセットバック案については、海岸に建設しなくてはならないとという制度の壁がたちはだかっていると、この記事は伝えている。さらに、防潮堤の高さの変更は、この記事が書かれた時点では気仙沼市も宮城県も認めていないのだ。

しかし、この防潮堤の高さがどのように決められたかをみると、一驚する。ここで、問題になっている気仙沼市大谷の防潮堤は、9.8mにすることが予定されている。しかし、東日本大震災の津波では、20m程度の津波が襲来したとされている。そもそも、この高さでは、東日本大震災クラスの津波は避けられないのだ。

この9.8mという高さは、実は、東日本大震災クラスの津波をさけるものではない。このクラスの津波は1000年に1度のものとして、防潮堤で防御することをあきらめ、総合的に防災するとしている。そして、100年に1度程度はくる津波から守ることを目標にしてそれぞれの地域の防潮堤の高さを決めている。この気仙沼市大谷の場合、1896年の明治三陸津波の高さ8.8mを基準として設定されたのである。

つまり、この程度の防潮堤では、想定されうるすべての津波から、地域を守り切ることはできないのである。にもかかわらず、住民生活の利便とは反し、さらに自然破壊にしかならないような防潮堤建設が、国の補助金をめあてにして、津波被災地で強行されようとされてきたのである。

すでに、気仙沼市西舞根のように、地域住民の要求によって、防潮堤建設計画を撤回させたところもある。また、2013年3月7日付河北新報では、宮城県も防潮堤の高さについて譲歩の姿勢をみせているようである。

防潮堤の高さ変更示唆 宮城・村井知事、方針転換か

 宮城県議会2月定例会は6日、予算特別委員会を開き、総括質疑を行った。東日本大震災で被災した海岸防潮堤の整備をめぐり、村井嘉浩知事は、県が設定した高さで住民合意が得られていない地区のうち、漁港や集落の背後地に高台がある場合は地勢を考慮し、高さの変更もあり得るとの認識を示した。
 気仙沼市の小鯖や鮪立(しびたち)など一部地区が対象になるとみられる。村井知事は「位置をよく考え、合意を得るため最大限に努力する」と述べ、住民との意見調整の中で弾力的な対応を認める方針を示唆した。
 これまで、沿岸部の一部地域から「県が示した計画高は高すぎる」との反発が出ていた。村井知事は「命を守ることが大前提だ」と、変更に応じない姿勢を示していた。
 近く決定する復興交付金の第5次配分額に関して、上仮屋尚総務部長は、約108億円を申請した県事業分に対し、「2倍の200億円程度が配分されるのではないか」との見通しを示した。
 県が導入を決めたドクターヘリについて、県は基地病院の選定や医師の確保など、稼働に向けた課題を検討する委員会を新設する考えを明らかにした。18日の県救急医療協議会に諮り、正式決定する。

2013年03月07日木曜日
http://www.kahoku.co.jp/news/2013/03/20130307t11025.htm

このことは、現在進行中のことで、予断を許さない。少しでも、地域住民の主体性を尊重し、防潮堤などの計画が進められることを私は望む。結局のところ、地域住民自体が、想定される津波被災と、地域における生活の実情を勘案しつつ、自主的に、防災計画をともなった形で地域の復旧計画を決めるべきなのだと思う。そして、このように、地域住民の生活を無視し、その合意をとらない形で、「復興」がすすめられていることが、津波被災地のかかえる問題の一つなのだと考えるのである。

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さて、12月20日に双葉町議会で全会一致で不信任決議された井戸川克隆双葉町長であるが、結局、26日に町議会の解散を行った。それを伝える12月27日の河北新報のネット配信記事を下記に掲載する。

不信任の双葉町長、議会解散 「町政、中断させぬ」

町議会を解散し、埼玉県加須市の仮役場で記者会見する井戸川双葉町長
 福島第1原発事故の対応をめぐり、20日に町議会から全会一致で不信任を決議された福島県双葉町の井戸川克隆町長(66)が26日、地方自治法に基づき、議会(定数8)を解散した。40日以内に町議選が行われる。
 井戸川町長は避難している埼玉県加須市の仮役場で記者会見。辞職せずに議会を解散した理由について「自治体の長として誠実に公務を行い、先を見据えた災害対応をしてきた。町政を中断させるわけにはいかない」と説明した。
 決議に対しては「重く受け止める」と述べたが、「町長は町業務全ての責任者。町民に迷惑を掛けないように粉骨砕身で取り組む」と続投に理解を求めた。議会を解散した上で自らも辞職して信を問う町長選と町議選のダブル選挙の可能性に関しては「今答える段階ではない」と明言を避け、含みを持たせた。
 地方自治法では選挙後の初議会で再び不信任決議案が提出され、過半数が賛成した場合、町長は失職する。井戸川町長は町議選に向け、町政に理解を示す候補者の擁立を模索していることも認めた。
 町選管は年明けにも委員会を開き、町議選の日程を協議する。県外避難者が不在者投票を利用しやすくするため、選挙期間は昨年11月の町議選と同様に10日間を確保する見通し。来年1月24日告示、2月3日投票を軸に調整が進むとみられる。

2012年12月27日木曜日
http://www.kahoku.co.jp/news/2012/12/20121227t61013.htm

なお、河北新報では、さらに次の記事をネット配信している。

「辞めるのは町長が先」 双葉町議会反発

 福島第1原発事故で深刻な放射能汚染を受けた福島県双葉町。事故対応をめぐり町議会から不信任決議を突き付けられた井戸川克隆町長が選択したのは議会解散だった。「辞めるのは町長が先。せめて一緒に審判を受けるべきだ」。26日の解散で失職した町議からは一斉に不満や疑問が噴出した。
 「町長が辞職して町民に信を問えば、議会も理解するし、町政も早く正常化する。町議選の後、不信任案が再可決されれば町長選で二度手間になる」と残念がるのは白岩寿夫前議員。不信任決議は町議8人が全員賛成で、議会側から解散決定を支持する声は聞こえてこない。
 清川泰弘元議長は「町長には相談相手がいないのだろう。辞職が少し延びただけ」と町長の判断を厳しく批判する。「足踏みしてもいられない」と早速、選挙準備に入るという。現職の多くは立候補に意欲的で年末年始にも準備が本格化する。
 「町議選の争点は、双葉郡の他町村や県と一緒に双葉町が進むのか、それとも孤立を続けるのか」と指摘するのは菅野博紀前議員。6月と9月の定例会にも不信任案を提出し、井戸川町長に路線転換を求めてきた。
 佐々木清一前議員は議長として、埼玉県加須市の仮役場で井戸川町長から解散通知を受け取った。「お世話になった」と話す町長には「分かりました」と短く返しただけで諦めの表情がにじむ。報道陣に「町民に迷惑を掛けないよう、12月定例会で必要な予算は通した」と述べた。
 福島市であった県の会議に出席していた同町幹部は議会解散の連絡を受け、「政治の混乱で最も影響を受けるのは住民だ」と困惑した様子で語った。

[井戸川双葉町長一問一答]

 井戸川克隆双葉町長が26日開いた記者会見での主な主張と一問一答は次の通り。
 「議会解散は断腸の思い。原発事故さえなければ平和な町だった。町には重要な課題が山積している。不信任決議の理由は真実とは言い難い」
 -議会解散を選択した理由は。
 「喫緊の課題が山積している。避難区域再編や賠償の議論を中断させるわけにはいかない」
 -町民との意見交換がないと批判されている。
 「時間をつくり積極的に対応したい。中間貯蔵施設など諸課題について町民説明会を速やかに開きたい」
 -議会の主張で納得できない点は。
 「町民との懇談会を一度も開いていないというのは真実と違う。仮設住宅を回り、できる限り話を聞いている。それが理解されていない」
 -不信任再可決を防ぐには町長支持派が8議員中4人必要。候補擁立の動きがあるが、事実か。
 「はい」
 -不信任可決後、町民からの反応は。
 「激励の言葉をいっぱい束でもらった」
 -度重なる不信任案提出をどう思うか。
 「精いっぱい仕事をしていたのに割り切れないし、残念。事故の原因者がきちんと対応してくれていれば、これほどの苦労もなく、町民も我慢しなくて済んだ」

2012年12月27日木曜日
http://www.kahoku.co.jp/news/2012/12/20121227t61018.htm

なお、町議会を解散しても、記事中にあるように、もし反町長派が議会の多数をしめれば、今度は過半数で町長は失職させられるのである。これまでの町議会とは違った勢力で町議会の過半数をしめることは容易ではないだろうと考えられ、井戸川町長側の不利は否めない。記事の中で、井戸川町長自身が辞職して出直し選挙する可能性が示唆されているが、そのためだと思われる。

この双葉町議会議員選挙は、福島県が「復興」を旗印にして、「中間貯蔵施設」建設という形で双葉郡地域を犠牲にすることを、双葉郡の各自治体自体が認めてしまうことへの「住民投票」という意義をもっているといえる。衆議院議員選挙、東京都知事選挙では、脱原発という争点はあいまいにされてしまった。ここでも「復興」という言葉で争点があいまいにされるかもしれない。井戸川町長のいうように中間貯蔵施設建設は、全く立地自治体の復興と逆行するものであるといえる。そのことを中心に、この問題は注視されるべきと思う。そして、この双葉町議会選挙には、双葉町だけでなく、福島県、いや日本全国の未来がかけられているといえるのである。

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本日(2011年2月5日)、TBSの「サンデーモーニング」を視聴していたら、埼玉県加須市で国会の原発事故調査委員会が1月30日に開かれ、そこで双葉町長他、双葉町民が意見陳述したニュースをみた。「えっ」と思って朝日新聞を見直した。朝日新聞のネット配信記事は発見したが、紙面では発見できなかった。ネットで各マスコミのニュースをみたが、あまりにも断片的で、それぞれによって報道している内容がまちまちである。ここでは、やや長めに報道している河北新報のネット配信記事をあげておこう。

「保管30年」疑念 中間施設で国会事故調、双葉町聞き取り

 除染に伴う放射性物質などの中間貯蔵施設を福島県双葉郡に設置することについて、井戸川克隆双葉町長は30日、「なぜ(保管期間が)30年と言い切るのか。最終処分先も明記されていない」と指摘し、設置を計画している政府にあらためて強い疑念を表明した。福島第1原発事故調査を目的に、国会が埼玉県加須市で開いた調査委員会で参考人として語った。
 井戸川町長は「(法的に所有者がいないとも考えられる)無主物を引き受けたら、子孫の迷惑にならないか。持ってきた物を全部搬出するという約束や、東京電力の責任も明記すべきだ」と訴えた。
 3月末をめどに政府が予定している避難区域の見直し案では「一般人の年間被ばく線量限度は1ミリシーベルトだというのに、年間20ミリシーベルト以下は住めるという。双葉郡の住民を国民と思っていない線引きだ」と批判した。
 一方、原発建設に伴う財政支援に対し「確かにいろんなものを整備したが、先祖伝来の土地を全て失い、残ったのは借金だけ。トータルすると負の部分が多くなる」と原発推進を悔やんだ。
 さらに、賠償能力をめぐり「東電は大きいが、地方の電力会社は自前ではできない。立地地域の皆さんには、よく判断いただきたい」と語り、今後の原発増設計画などを疑問視した。
 政府の中間貯蔵施設立地要請に対し、双葉郡の8町村は町村長による意見交換を始めているが、政府の説明不足を指摘する声が強く、協議は進展していない。
 委員会は国会が国政調査権に基づいて設置した。黒川清委員長(東京大名誉教授)ら10人の委員全員が民間人。昨年12月に発足し、半年程度で結果をまとめる。

◎「原発は絶対安全妄信なぜ生まれた」/徹底的調査、町民が要求
 福島第1原発事故の原因などを究明する国会の事故調査委員会は30日、福島県双葉町の住民が多く避難している埼玉県加須市で、町民から意見を聞く初めてのタウンミーティングを開いた。
 町民からは「原発は絶対安全だという妄信がなぜ生まれたのか、徹底的に調べてほしい」などの声が上がった。
 井戸川克隆双葉町長から参考人として意見聴取した委員会の会合に合わせて開催。町民ら約70人が参加した。
 町民の男性は「絶対安全が何を根拠にしていたか分からない。徹底的に調べ、後世に残してほしい」と求めた。別の男性は「双葉は東京電力の企業城下町で、原発に否定的な意見は黙殺された。そういう点も検証してほしい」と発言した。
 「生命に関わるのに不十分だった」など、政府や東電の情報公開にも厳しい意見が相次いだ。また、「東電は復興について何の話もしてこない。謝罪もない」と東電の対応を非難する声もあった。
 委員会は、避難している他の町村住民からも順次意見を聞き、報告書に反映させる方針。

2012年01月31日火曜日
http://www.kahoku.co.jp/news/2012/01/20120131t61002.htm

しかし、この河北新報のニュースでも十分な報道とはいえない。TBSのニュースでは、井戸川町長が「双葉町は原発によっていろいろ恩恵があったのにと全国よりお叱りを受けた」と述べた後、「確かにいろんなものを整備したが、先祖伝来の土地を全て失い、残ったのは借金だけ。トータルすると負の部分が多くなる」(河北新報)と主張し、さらに「全国の原発立地自治体の人にもみてもらいたい」といっていた。真ん中の部分しか報道していないのだ。

他にも、双葉町長・双葉町民がいろいろと語っているのだが、あまりにも断片的報道であり、真意がみえない。双葉町長のいうように、原発立地自治体は、電源交付金などで恩恵を受けてきた面がある。しかし、福島第一原発事故を受けて、それではどうかということが問われている。原発の利益を享受していたのは、原発からの電力が供給されていた私たちも同じだ。それこそが焦眉の課題なのだと思う。それを十分報道しないマスコミのあり方はどうかと思う。

この調査会の議事録はいずれネット上で公開されるので、それから分析する必要があろう。それは、このことをどのように扱っているのかという点で、マスコミのあり方もまた検証されなくてはならない。

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