Feeds:
投稿
コメント

Posts Tagged ‘毎日新聞’

さて、自民党の石破茂幹事長は、11月29日に自身の「石破茂(いしばしげる)オフィシャルブログ」に掲載された「沖縄など」と題された文章の中で、特定秘密保護法案についてこのように主張した。

(前略)
 特定秘密保護法の採決にあたっての「維新の会」の対応は誠に不可解なものでした。自民・公明・みんなの党とともに共同修正を提案したからには、その早期成立にも責任を共有してもらわなくてはなりません。しかるに、日程を延ばすことを賛成の条件としたのは一体どういうわけなのか。質疑を通じて維新の会の主張は確認されたのではなかったのか。反対勢力が日程闘争を行うのはそれなりに理解できなくもありませんが、共同提案をしている党が日程闘争を展開するという前代未聞の光景に当惑せざるを得ませんでした。

 今も議員会館の外では「特定機密保護法絶対阻止!」を叫ぶ大音量が鳴り響いています。いかなる勢力なのか知る由もありませんが、左右どのような主張であっても、ただひたすら己の主張を絶叫し、多くの人々の静穏を妨げるような行為は決して世論の共感を呼ぶことはないでしょう。
 主義主張を実現したければ、民主主義に従って理解者を一人でも増やし、支持の輪を広げるべきなのであって、単なる絶叫戦術はテロ行為とその本質においてあまり変わらないように思われます。
(後略)
http://ishiba-shigeru.cocolog-nifty.com/

この発言で問題なのは、後半である。石破は、「特定秘密保護法案」反対のシュプレヒコールを「絶叫戦術」とし、世論の共感をよぶことはないと批判した上で、「民主主義に従って理解者を一人でも増やし、支持の輪を広げるべき」と主張した。そして、「単なる絶叫戦術はテロ行為とその本質においてあまり変わらないように思われます。」としたのである。

もちろん、この発言には石破一流のレトリックもあるだろう。しかし、非暴力的に行われている「特定秘密保護法案」反対のシュプレヒコールを「テロ行為」と本質的に変わらないとするのは大きな問題をはらんでいる。

なぜならば、これは、特定秘密保護法案のテロの定義にかかわるからである。特定秘密保護法案のテロの定義については、11月29日付の毎日新聞社説がこのように指摘している。

社説:秘密保護法案 参院審議を問う テロの定義
毎日新聞 2013年11月29日 02時31分

 ◇あいまいで乱暴すぎる

 国際的にも解釈の分かれる重要な論点が、ほとんど議論のないまま素通りされていることに驚く。

 特定秘密保護法案のテロリズムに関する定義である。「反政府組織はテロリストか」。国際社会では、そういった解決困難なテロの定義をめぐり、今も議論が続く。日本も国際協調しつつ、テロ対策に向き合うべきだ。だが、テロを定義した法律は現在、国内にない。法案は12条でテロを定義した。全文を紹介する。

 「政治上その他の主義主張に基づき、国家若(も)しくは他人にこれを強要し、又(また)は社会に不安若しくは恐怖を与える目的で人を殺傷し、又は重要な施設その他の物を破壊するための活動をいう」だ。

 テロ活動の防止は、防衛、外交、スパイ活動の防止と並ぶ特定秘密の対象で、法案の核心部分だ。本来、法案の前段でしっかり定義すべきだが、なぜか半ばの章に条文を忍ばせている。それはおくとしても、規定のあいまいさが問題だ。

 二つの「又は」で分けられた文章を分解すると、「政治上その他の主義主張に基づき、国家若しくは他人にこれを強要」「社会に不安若しくは恐怖を与える目的で人を殺傷」「重要な施設その他の物を破壊するための活動」の三つがテロに当たると読める。衆院国家安全保障特別委員会で、民主党議員が指摘し、最初の主義主張の強要をテロとすることは拡大解釈だと疑問を投げかけた。

 これに対する森雅子特定秘密保護法案担当相の答弁は、「目的が二つ挙げてある」というものだった。つまり、「政治上その他の主義主張に基づき、国家若しくは他人にこれを強要し」「又は社会に不安若しくは恐怖を与える」がともに「目的で」にかかるというのだ。

 ならば、そう分かるように条文を書き改めるべきだ。法律は、条文が全てだ。読み方によって解釈が分かれる余地を残せば、恣意(しい)的な運用を招く。だが、委員会では、それ以上の追及はなかった。

 たとえ森担当相の答弁に沿っても、テロの範囲は相当広い。「主義主張を強要する目的で物を破壊するための活動」はテロなのか。「ための」があることで、準備段階も対象になる。原発反対や基地反対の市民運動などが施設のゲートなどで当局とぶつかり合う場合はどうか。

 もちろん、この定義に従い、すぐに具体的な摘発が行われるわけではない。だが、こんな乱暴な定義では、特定秘密の対象が広がりかねない。参院の拙速審議は許されない。
http://mainichi.jp/opinion/news/20131129k0000m070123000c.html

つまり、普通に読むと、人を殺傷したり、施設その他を破壊するということだけでなく、「政治上その他の主義主張に基づき、国家若(も)しくは他人にこれを強要」することも、テロに該当する危険性があると毎日新聞は指摘しているのである。それに対して、森雅子担当相は、上記の部分は、人を殺傷したり、施設その他の破壊について修飾するものだと弁明した。

しかし、石破の特定秘密保護法案反対のシュプレヒコールはテロ行為と同じとした発言は、「政治上その他の主義主張に基づき、国家若(も)しくは他人にこれを強要」という定義に合致しているといえる。つまり、政府の主張と対立するシュプレヒコールを集会やデモで発することは、テロ行為と見なされる可能性があるのである。

その先に、どういう社会がまっているのか。すでにジャーナリストの堤未果は、4月の週刊現代に次のような記事を寄稿し、自身のブログにも掲載している。その中で、「テロとの闘い」を旗印にした米国愛国者法が施行されたアメリカを参考にしながら、この法律の危険性を警告している。

先週の週刊現代連載記事です。
昨夜のJーWAVE JAM THE WORLD でもインタビューコーナーで取り上げました。
この法律が通ったら、ブログやツイッターでの情報発信、取材の自由など様々な規制がかかるでしょう。
アメリカでも、大手マスコミが出さない情報を発信する独立ジャーナリストは真っ先にターゲットにされました。そして「原発情報」はまず間違いなく「軍事機密」のカテゴリーでしょう。

「アメリカ発<平成の治安維持法>がやってくる!」
ジャーナリスト 堤 未果

3月31日、安倍総理は今秋国会での「秘密保全法」提出を発表した。
日弁連などが警鐘を鳴らし続けるこの法案、一体どれだけの国民がその内容を知っているだろうか? 

01年の同時多発テロ。あの直後にアメリカ議会でスピード可決した「愛国者法」がもたらしたものを、今ほど検証すべき時はないだろう。 

あのとき、恐怖で思考停止状態の国民に向かって、ブッシュ元大統領はこう力説した。
「今後、この国の最優先事項は治安と国会機密漏えい防止だ。テロリスト予備軍を見つけ出すために、政府は責任を持って全米を隅々まで監視する」

かくして政府は大統領の言葉を忠実に実行し、国内で交わされる全通信に対し、当局による盗聴が開始された。それまで政府機関ごとに分散されていた国民の個人情報はまたたく間に一元化され、約5億6千万件のデーターベースを50の政府機関が共有。通信業者や金融機関は顧客情報や通信内容を、図書館や書店は貸し出し記録や顧客の購買歴を、医師達は患者のカルテを、政府の要請で提出することが義務づけられた。

デンバー在住の新聞記者サンドラ・フィッシュはこの動きをこう語る。
「米国世論は、それまで政府による個人情報一元化に反対でした。憲法上の言論の自由を侵害する、情報統制につながりかねないからです。でもあのときはテロリストから治安や国家機密を守るほうが優先された。愛国者法もほとんどの国民が知らぬ間に通過していました」

だが間もなくしてその“標的”は、一般市民になってゆく。

ペンシルバニア州ピッツバーグで開催されたG20首脳会議のデモに参加したマシュー・ロペスは、武器を持った大勢の警察によって、あっという間に包囲された経験を語る。
「彼らは明らかに僕達を待っていた。4千人の警察と、沿岸警備隊ら2千5百人が、事前に許可を取ったデモ参加者に催涙弾や音響手りゅう弾を使用し、200人を逮捕したのです」
理由は「公共の秩序を乱した罪」。
その後、ACLU(米国自由市民連合)により、警察のテロ容疑者リストに「反増税」「違憲政策反対」運動等に参加する学生たちをはじめ、30以上の市民団体名が載っていたことが暴露されている。

政府による「国家機密」の定義は、報道の自由にも大きく影響を与えた。
愛国者法の通過以降、米国内のジャーナリスト逮捕者数は過去最大となり、オバマ政権下では七万以上のブログが政府によって閉鎖されている。

為政者にとってファシズムは効率がいい。ジャーナリストの発言が制限され国民が委縮する中、政府は通常なら世論の反発を受ける規制緩和や企業寄り政策を、次々に進めていった。

ブッシュ政権下に時限立法として成立した「愛国者法」は、06年にオバマ大統領が恒久化。
その後も「機密」の解釈は、年々拡大を続けている。

日本の「秘密保全法」も、日米軍一体化を進めたい米国からの〈機密情報保護立法化〉要請が発端だ。その後、07年に締結した日米軍事情報包括保護協定を受け、米国から改めて軍事秘密保護法の早期整備要求がきた。 だが米国の例を見る限り、軍事機密漏えい防止と情報統制の線引きは慎重に議論されるべきだろう。なし崩しに導入すれば〈愛国者法〉と同様、監視社会化が加速するリスクがある。

震災直後、テレビ報道に違和感を感じた人々は、必死にネットなどから情報収集した。
だがもし原発や放射能関連の情報が国民の不安をあおり、公共の安全や秩序を乱すとして〈機密〉扱いにされれば、情報の入手行為自体が処罰対象になるだろう。 

公務員や研究者・技術者や労働者などが〈機密〉を知らせれば懲役十年の刑、取材した記者も処罰対象になる。国民は「適正評価制度」により「機密」を扱える国民と扱わせない国民に二分されるのだ。

行き過ぎた監視と情報隠ぺいには私達も又苦い過去を持ち、国民が情報に対する主権を手放す事の意味を知っている。歴史を振り返れば〈言論の自由〉はいつも、それが最も必要な時に抑えこまれてきたからだ。

(週刊現代:4月14日連載「ジャーナリストの目」掲載記事)
http://blogs.yahoo.co.jp/bunbaba530/67754267.html

ここで、特に重要なのは、このくだりである。

ペンシルバニア州ピッツバーグで開催されたG20首脳会議のデモに参加したマシュー・ロペスは、武器を持った大勢の警察によって、あっという間に包囲された経験を語る。
「彼らは明らかに僕達を待っていた。4千人の警察と、沿岸警備隊ら2千5百人が、事前に許可を取ったデモ参加者に催涙弾や音響手りゅう弾を使用し、200人を逮捕したのです」
理由は「公共の秩序を乱した罪」。
その後、ACLU(米国自由市民連合)により、警察のテロ容疑者リストに「反増税」「違憲政策反対」運動等に参加する学生たちをはじめ、30以上の市民団体名が載っていたことが暴露されている。

政府による「国家機密」の定義は、報道の自由にも大きく影響を与えた。
愛国者法の通過以降、米国内のジャーナリスト逮捕者数は過去最大となり、オバマ政権下では七万以上のブログが政府によって閉鎖されている。

つまり、政府の政策に反対する主張を行う人や団体は「テロ容疑者」に指定され、徹底的に弾圧され、多くのジャーナリストが逮捕され、数多くのブログも閉鎖させられてしまうというのがアメリカの現状なのである。石破の発言は、まさに、その危険性を明らかにしているといえよう。

すでに、アメリカでも、そのような現状を見直しすべきという声が出ている。それを紹介しているのが、The New Classicというウェブマガジンである。

国者法から12年、アメリカは新しい時代に突入した

シャットダウンに陥った一連の問題分裂したアメリカが1つになるには、NSAへの抗議活動によってかもしれない。26日、ワシントンに集まった米国政府によるオンライン監視プログラムへの抗議者の中には、リベラルなプライバシー擁護派から保守的なティーパーティー運動のメンバーまでが参加したという。この抗議活動には、数百人が集まったと言われているが、メルケル首相への衝撃的なスパイ行為が明らかになったことで、この動きは世界中に広がっていくと思われる。

愛国者法から12年
彼らが集まった日は、2001年に「愛国者法」が成立した日と同じ10月26日だった。9.11の直後にスピード可決した法案が、12年が経過したアメリカ社会に問いかけるものは大きい。

この愛国者法は、テロリストの攻撃に対応するために政府などがアメリカ国内における情報の収集に際して生じる規制を緩和するものだ。国内における外国人に対しての情報収集の制限を緩和したりすること以外にも、電話やEメール、医療情報、金融情報などへの調査権限を拡大するとともに、「テロリズム」の定義が拡大したことで、司法当局の拡大された権限が行使される場面の増加を招いている。

テロと炭疽菌事件によって混乱していたアメリカ社会においてあっという間に可決された法案は、2011年にオバマ大統領が、「愛国者法日没条項延長法(PATRIOT Sunsets Extension Act of 2011)」に署名したことでその中心的な条項は4年間延長されたのだ。

ビック・ブラザーを引き抜け
「愛国者法」に代表されるように、アメリカ社会の安全と引き換えに市民の監視を強める姿勢をジョージ・オーウェルの名作に準えるむきもある。デモには、「ビック・ブラザーを引き抜け(Unplug Big Brother)」という言葉も見えたが、これは小説『1984年』に登場する架空の人物だ。

作中の全体主義国家「オセアニア」に君臨する独裁者であるビック・ブラザーは、テレスクリーンをはじめとする手段によって、住民を完全なる監視下に置いていた。冷戦下の英米で“反共主義のバイブル”として爆発的な人気を誇った著作は、現在でも広く知られている。

日本とも無関係ではない
“共産主義と闘い”、そして“自由を具現化してきた”アメリカ政府をビック・ブラザーとなぞらえる動きは、皮肉なものだ。しかし、「愛国者法」の成立から10年以上が経過して、突如として「戦後最大の外交上の亀裂」に直面した政府にとっては、リアリティのある批判になりつつある。

彼らが今後大きな議論に巻き込まれ、そして新たな社会へと突入することは確実だろう。そのことは、アメリカをベンチマークとしながら、日本版NSCや秘密保護法の構想が現実のものとなっている日本にとっても決して無関係のことではないだろう。
http://newclassic.jp/archives/2476

このように、アメリカで批判にさらされているような制度を、「安全保障」という名目で導入しようとしているのが、今回の特定秘密保護法案といえるだろう。そのことを、石破発言は暴露してしまったのである。

広告

Read Full Post »

さて、山本太郎の行動に対する閣僚や議員たちの反応は前回のブログでみてきた。しかし、いわゆる「識者」という人びとの対応では、二様の評価に分かれている。まずは、朝日新聞がネット配信した記事をみてみよう。

山本太郎議員の行動、識者の見方は 園遊会で陛下に手紙
2013年11月2日08時01分

 10月31日の園遊会で、天皇陛下に手紙を渡した山本太郎議員の行動について、明治時代に天皇に直訴した田中正造になぞらえる向きもある。元衆院議員の田中は1901年、足尾銅山(栃木県)の鉱毒に苦しむ農民を救おうと明治天皇の馬車に走り寄り、その場でとらえられた。

陛下に手紙「政治利用」か?
 「田中正造における憲法と天皇」の論文がある熊本大の小松裕教授(日本近代思想史)は、(1)田中は直前に辞職し個人で直訴したが、山本氏は議員の立場を利用した(2)明治天皇には政治権力があったが、今の天皇は象徴で何かできる立場ではない、という点で「同一視できない」とみる。

 山本氏には「公人の立場を考えるべきだった」と指摘しつつ、政府内の批判にも違和感があるという。天皇陛下が出席した4月の主権回復式典を踏まえ、「政府の方こそ利用しようとしており、あれこれ言う資格はない」。

 一方、栃木県の市民大学「田中正造大学」の坂原辰男代表(61)には、環境や住民を顧みず開発を続けた当時の政府と、福島で大きな被害を出しながら原発再稼働を進める現政権が重なる。「善悪の判断は難しいが、正造が生きていたら同じ行動をしたと思う」

     ◇

■批判、公平でない

 山口二郎・北海道大教授(政治学)の話 今の天皇、皇后のお二人は戦後民主主義、平和憲法の守り手と言っていい。しかし主張したいことは市民社会の中で言い合うべきで、天皇の権威に依拠して思いを託そうと政治的な場面に引っ張り出すのは大変危うく、山本議員の行動は軽率だ。一方で、主権回復式典の天皇出席や五輪招致への皇族派遣など、安倍政権自体が皇室を大規模に政治利用してきた中、山本氏だけをたたくのは公平ではない。山本氏も国民が選んだ国会議員であり、「不敬」だから辞めろと言うのは、民主主義の否定だ。

■政治利用と言うには違和感

 明治学院大の原武史教授(政治思想史)は、「今回の行為を政治利用と言ってしまうことには違和感がある。警備の見直しについても議論されるなど大げさになっており、戦前の感覚がまだ残っていると感じる。政治利用というならば、主権回復の日の式典に天皇陛下を出席させたり、IOC総会で皇族に話をさせたりした方がよほど大きな問題だと感じる」と話した。

 原教授は自身のツイッターで、「山本太郎議員の『直訴』に対する反発の大きさを見ていると、江戸時代以来一貫する、直訴という行為そのものを極端に忌避してきたこの国の政治風土について改めて考えさせられる」ともつぶやいた。
http://www.asahi.com/articles/TKY201311010580.html

この朝日新聞の記事は、①先行者とされる田中正造との関連における評価、②現代の社会状況における評価を二組の識者に聞いたものである。①については、小松裕が田中正造と同一視できないと答えているが、坂原辰男は現政権と足尾鉱毒事件時の明治政府の対応は重なっており、田中正造が生きていたら同じ行動しただろうとしている。

②については、どちらも現政権の政治利用のほうが問題は大きいとしながらも、山口二郎が天皇の権威を利用して主張すべきではなく山本の行動は軽率だと批判しているのに対し、原武史は政治利用というには違和感がある、前近代以来直訴というものを忌避してきた日本の政治風土の問題であるとした。

この朝日新聞の記事では、歴史的にも、現状との関連においても、山本の行動への評価は大きく二つに分かれている。これは、私が個人的に使っているフェイスブックを通じて表明される「友達」の反応もそうなのだ。ある人たちは反原発運動を進めるためや、政府による「天皇の政治利用」の問題性をあぶり出す効果があるなどとして山本の行動を評価する。しかし別の人たちは、現行憲法では天皇は国政に関与できないのであり、あえて反原発運動に同意を求めることは、戦前の体制への回帰につながるなどとして、山本の行動を批判的にみているのである。

実は、1901年12月10日の田中正造の直訴においても、このように二つに分かれた評価が同時代の社会主義者たちでみられた。現在、田中正造の直訴は、彼の単独行動ではなく、毎日新聞記者(現在の毎日新聞とは無関係)で同紙において鉱毒反対のキャンペーンをはっていた石川半山(安次郎)、社会主義者で万朝報(新聞)記者であった幸徳秋水(伝次郎)と、田中正造が共同で計画したことであったことが判明している。幸徳は、直訴状の原案を書くなど、この直訴に多大な協力をした。田中正造の直訴後の12月12日、幸徳秋水は田中正造に手紙を書き送っているが、その中で直訴について次のように述べている。

兎に角今回の事件は仮令天聴ニ達せずとも大ニ国民の志気を鼓舞致候て、将来鉱毒問題解決の為に十分の功力有之事と相信じ候。(『田中正造全集』別巻p42)

幸徳は、直訴が天皇に達しなくても、国民の世論を大いに刺激することで、鉱毒問題の解決に効果があるとここでは述べている。社会主義者の幸徳が「天聴」という言葉を使っていることは興味深い。とりあえず、幸徳は直訴を評価しているといえる。

一方、キリスト教系社会主義者で、毎日新聞記者でもあった木下尚江は、鉱毒反対運動にも関わっていたが、直訴には批判的であった。次の資料をみてほしい。

(田中正造の直訴は)立憲政治の為めに恐るべき一大非事なることを明書せざるべからず、何となれば帝王に向て直訴するは、是れ一面に於て帝王の直接干渉を誘導する所以にして、是れ立憲国共通の原則に違反し、又た最も危険の事態とする所なればなり(木下尚江「社会悔悟の色」、『六合雑誌』第253号、1902年1月15日)

木下尚江の直訴批判は、まるで山口二郎の山本批判のようである。明治期においても、天皇の政治への直接干渉をさけることを目的として天皇への直訴を批判するという論理が存在していたのである。

このように、天皇に対する「直訴」は、1901年の田中正造の場合でも評価がわかれていたのである。運動のために有利なことを評価するか、天皇の政治への直接介入をさけることを目的として批判するか。このような二分する評価は、100年以上たった山本太郎の行動をめぐっても現れているのである。

なお、田中正造と山本太郎の「直訴」行動自体の比較は、後に行いたいと考えている。

Read Full Post »

今回は、宮城県の津波被災地を揺るがしている防潮堤建設問題について、私自身の心覚えのため、みてみることにする。

まず、毎日新聞夕刊2013年2月6日付に掲載された、次の記事をみてほしい。

特集ワイド:東日本大震災 巨大防潮堤、被災地に続々計画 本音は「反対」だが…復興が「人質」に 口閉ざす住民
毎日新聞 2013年02月06日 東京夕刊

 東日本大震災の被災地で、巨大防潮堤建設計画が進んでいる。高いコンクリート壁で海を覆えば、海辺の生態系を壊し、津波からの避難が遅れるとの指摘がある。防潮堤問題に揺れる被災地を歩き、失われゆく潮騒を聞いた。【浦松丈二】

 <計画堤防高さ TP+9・8m 高さはここまで>

 宮城県気仙沼市の大谷海岸に電信柱のような看板があった。荒れ地の中に青い海だけが広がる。TPとは「東京湾平均海面」だ。つまり、東京湾を基準に高さ9・8メートルの防潮堤がここに建つのだ。間近に見ると高さに圧倒される。この高さの壁がどこまでも続く……想像したらその重苦しさにめまいがした。9キロ南の海岸にはなんと14・7メートルの防潮堤が計画されている。
 気仙沼市民有志の「防潮堤を勉強する会」の発起人、酒造会社社長の菅原昭彦さん(50)が説明する。「防潮堤は2011年9月に宮城県の震災復興計画として最初に示されました。震災から半年しかたっておらず、これで確定とは誰も思わなかった。県と市は昨年7月から説明会を始めたが内容は当初のまま。しかも防潮堤の位置や形状は話し合えるけれど、高さは変えられないという。あまりに唐突、強引だった」
 住民は昨年8月から専門家を招いて「勉強する会」を計13回開き、毎回100人以上が参加した。だがあえて賛成反対を言わなかった。「私たち住民は復興の予算とスピードを人質に取られているようなもの。文句を言うことで復興全体が遅れることがあっては困るから」と説明する。
 同じ被災地でも地域によって実情は異なる。「工場や産業エリアなら防潮堤が高くてもいいが、海辺の景観で商売をしている所は問題になる。ワカメや昆布などの資源のある地域では生態系への影響が懸念される。でも、防潮堤計画には背後地の利用計画がセットにされていて、復興を進めようとしたら計画をのまざるをえないのです」
 話の途中、菅原さんの携帯電話に友人からメールが入った。「防潮堤各地でどんどん決まっていきますね。いいんですか。このままで?」とあった。年度末が迫り、県は合意形成を急ぐ。菅原さんは「県の担当者が『隣の人は合意した』と戸別訪問したことがあり、強く抗議しました。そんなやり方では、地域の信頼関係が壊れてしまう」と懸念する。
 多くの地域で防潮堤計画はなし崩し的に進んでいる。石巻市雄勝町立浜の銀ザケ・ホタテ養殖業、末永陽市さん(55)は「管理者の県が示した高さだから」と不本意ながら受け入れる意向だ。防潮堤は高さ6・3メートルと震災前に比べ約3メートル高くなる。
「地震発生後は防潮堤の上で海を見ていた。湾内にじわりじわりと海水が上がってきて、後ずさりしながら見守っていたが、防潮堤を越えたら早かった。やばいと思って、一気に裏山まで走った。海が見えていたから避難できた」。全49戸160人の集落ごと流されたものの、死者は5人にとどまった。これまで津波を経験してきた住民たちは、地震直後に裏山にほぼ全員が避難したからだ。だが、海が見えないまま津波がいきなり防潮堤を越えてきたら……。
 大津波で、末永さんは自宅だけでなく、養殖していた銀ザケ12万匹とホタテ35万個を失った。船に同乗し、再開した銀ザケ養殖のエサやりに同行させてもらった。風がごうごうと音をたて、潮騒を聞くどころか寒さで耳がちぎれそうだ。この海と生きる、という末永さんの強い意志を感じる。しかし、巨大防潮堤はそこにも影を落とす。
 末永さんは、自宅跡地に水産加工工場の建設を計画している。今後はサケの加工もして、ブランド化を目指すしかないと考えるからだ。だが防潮堤が高くなれば、自宅跡地横の小川の土手もかさ上げしなければならない。地続きの自宅跡地のかさ上げも必要になる。「待っていたらいつになるか分からない。さっさと自己資金で工場を建ててしまおうか」と迷う。
 雄勝地区の人口は1565人(昨年12月)と震災前の3分の1だ。末永さんは14世紀から続く24代目網元。「先祖が代々頑張って何とかつないできてくれた。それを考えると……」と意欲的だが、その前に防潮堤が立ちはだかる。
 「巨大防潮堤は被災地だけの問題ではない。国土強靱(きょうじん)化を掲げる政権下では、日本全体がコンクリート壁に囲まれてしまう恐れがある」と警鐘を鳴らすのは、気仙沼市のNPO法人「森は海の恋人」副理事長の畠山信さん(34)だ。
 畠山さんの地元、同市西舞根(にしもうね)地区は住民要望で防潮堤計画を撤回させた。畠山さんらは「堤防ができれば海と山が分断されて取り返しがつかなくなる」と計画が固まる前の段階で、集落に残る全戸(34戸)の意見を取りまとめ、市側を動かした。「人口や組織の多い市街地で合意を形成するのは大変。私の地域は長老がいて、その下に役員がいてという古い集落だから決まりやすかった」と語る。
 同地区では津波で全52戸中44戸が流され、地盤は約80センチ沈んだ。「沈下でできた干潟にアサリが増え、絶滅危惧種のニホンウナギが生息している。野鳥が来て、子どもたちの遊び場になっている。この干潟は地域で守っていくことにしています」。これも合意形成の成果だ。
「環境省や宮城県は『森・里・川・海のつながり』を重視すると言っていたのに、現場は逆行している。災害に備えるために必要なのは、管理費のかかる防潮堤というハードではなくて自然の見方というソフト。津波なら前兆のとらえ方です。これは自然体験からしか学べない。でもそこに予算はついていない」
 自民党は今国会に「国土強靱化基本法案」を議員立法で提出する方針だ。防災の柱として「強靱な社会基盤の整備」を盛り込んでおり、巨大防潮堤の整備を後押ししそうだ。
 畠山さんらを招いて公益財団法人「日本自然保護協会」が3日に東京都内で開いたシンポジウムでは、専門家から「海辺を利用してきた沿岸部住民で本音で賛成している人はいないだろう」「(住民が声を上げられない以上)外から声を上げるしかないのでは」などの意見が出た。同協会は4日、慎重な防潮堤復旧を求める意見書を安倍晋三首相らに提出した。
 海と陸の境目にコンクリートの巨大な壁を打ち立てて、本当にふるさとは再生するのか。何かゆがんだ発想がこの国を覆おうとしていないか。http://mainichi.jp/feature/news/20130206dde012040022000c.html

つまり、宮城県においては、津波被災地にこれまで以上の高さの防潮堤を建設することを強制しており、その計画について、漁業や観光で生きてきた地域住民たちが困惑しているというのである。生業にも差し支え、自然破壊にもなるということである。また、高い防潮堤は、近づいてくる津波がみえなくなる恐れがあり、かえって危険ではないかという声もある。しかし、国土強靭化法案をひっさげた安倍自民党政権の誕生によって、防潮堤拡充の動きが加速しているのではないかとも、この記事では懸念している。

さらに、3月7日付毎日新聞夕刊において、次のような続報が掲載されている。

特集ワイド:巨大防潮堤に海が奪われる 宮城・気仙沼で住民が計画見直し要請
毎日新聞 2013年03月07日 東京夕刊

 ◇セットバック案に制度の壁 東日本大震災級は防げず

 万里の長城のような巨大防潮堤が東日本大震災の被災地に築かれようとしている。本欄(2月6日付)で「巨大防潮堤に、本音は反対」という地元の声を紹介したところ、多くの反響が寄せられた。防潮堤計画の何がそんなに問題なのか? 続報をお届けしたい。【浦松丈二】

 「私たちは豊かな自然を後世まで残すため、防潮堤建設に当たっては住民の意見を反映するよう1324名の署名を添えて要請致します」
 宮城県気仙沼市の菅原茂市長に、巨大防潮堤計画見直しの要請書と署名が提出されたのは昨年11月12日だった。1324人は、同市大谷地区の人口の半数近い。
 宮城県内で防潮堤計画見直しを求める大規模な署名が提出されたのは初めてだ。避難が難しいお年寄りや障害者には高い防潮堤を必要とする人もいる。同じ被災者でも世代や職業、被災体験などによって意見は異なる。何より防潮堤計画が決まらないと復興計画が動かない地域が多く、反対の声を上げにくい−−それでもなお、コンクリートの壁で海を覆う計画に違和感を感じる人は多いのだ。
 問題の計画は、宮城県有数の海水浴場である大谷海水浴場一帯に高さ9・8メートル、全長約1キロのコンクリート製防潮堤を建設するもの。巨大なのは高さだけではない。津波で倒されないために土台の幅は実に45メートルもある。海水浴場の砂浜を覆い尽くして海までせり出す構造だ。
 大谷地区で生まれ育ち、署名集めの中心となったNGO職員、三浦友幸さん(32)は「防潮堤で消える砂浜は大谷地区のアイデンティティーそのもの。ここで生まれた子どもたちは卒業式、成人式などの節目節目に砂浜に集まって記念撮影をしてきた。砂浜がなくなるのは嫌だ。この一点に絞ることで住民の合意が形成できたのです」と説明する。
 要請書を受け取った菅原市長は「現在の計画では砂浜は残らない。署名のような地域住民の意向が分かるものがあると大変ありがたい。強い説得材料になります」と述べ、住民の意見を尊重して県や林野庁などに砂浜を残すよう働きかけると約束した。
 住民が要請し、市側が同意したのは防潮堤の建設予定地を砂浜から陸側に後退させる「セットバック案」だ。防潮堤を海から離せば離すほど砂浜が守られる。津波や高潮の脅威は衰え、海抜も上がるため、構造物を低くして建設・維持費用を安くできる。
 だが、いいことずくめに思えるセットバック案を実行しようとすると、制度の壁が立ちはだかるのだ。
 防潮堤に関するルールは海岸法に定められている。防潮堤を建設できる位置は、原則的に海岸線から陸側50メートルと海側50メートルの間の海岸保全区域だけ。これ以上陸側に移動するには県知事の指定など複雑な手続きが必要になる。防潮堤をセットバックしようとすると国道45号やJR気仙沼線も陸側に移動させないといけなくなる。
 気仙沼市は大谷地区住民の要請を受け、3通りのセットバック案を作成中だ。難しい作業を部下に指示した菅原市長だが「防潮堤の高さは安全度そのもの」と高さの変更は退ける。県も同じ姿勢だ。
 防潮堤は、国が方針を決め、県知事が計画を策定し、県や市町村などの海岸管理者が設計することになっている。今回の防潮堤の高さを決める方法は、2011年7月8日に国土交通省など関連省庁課長名で出された通知で示された。「数十年から百数十年に1度程度」の津波を防ぐ高さにする内容だ。
 不思議なことに通知は、東日本大震災級の津波は「最大クラス」の例外として防潮堤で防げなくてもいいことにしている。同年6月の中央防災会議専門調査会中間報告で示された専門家の見解を踏まえたという。震災で大谷地区の海岸には20メートル級の津波が押し寄せた。あの津波を防げない防潮堤に砂浜を覆われるのは釈然としない。
 県担当者が説明する。「今回計画されている防潮堤は明治三陸地震(1896年)の津波に対応したもの。災害復旧事業として費用の3分の2以上が国庫から出る。前の防潮堤が建設された1960年代は県の財政事情が悪く、チリ地震(1960年)にしか対応していなかったから今回は高くなった」
 国の補助金が出るから無理にでも通知に合わせて防潮堤の高さを決める、と聞こえる。

  ■

 では、巨大防潮堤の建設費用はいくらかかるのか。県河川課によると、県発注分の事業費だけで約3140億円。ほとんどが国からの補助金だ。港湾を管理する国交省や市町村の発注分を加えると、さらに増加する。無論別に維持補修費用もかかる。
 県内最高の14・7メートルの防潮堤が計画されている気仙沼市小泉地区でも不満がくすぶっている。「小泉地域の子どもたちに街づくりに関する絵を描いてもらったら、マリンスポーツ基地など海や砂浜を利用した内容が多かったそうです。防潮堤の絵を描く子はいなかった」(前出・三浦さん)
 すでに県発注の防潮堤275カ所、総延長163キロのうち、岩沼、石巻市など52カ所で着工されている。コンクリートの巨大な塊が姿を現しつつあるのだ。
 海辺の景観街づくりが専門の岡田智秀・日本大学理工学部准教授は「ハワイでは州法で決めたセットバックルールに基づき、防潮堤などの海岸構造物に極力依存しない街づくりを実施しています。目的は防災、景観、観光、環境の全て。全て密接に関連していますから」と語る。
 ハワイのルールとは、砂浜の自然観察を通じて高波などの最高到達ラインを調査し、住宅などの建造物は10〜15メートルの標準距離をセットバック(陸側に後退)させる。さらに砂浜の自然浸食と建物の耐用年数を考慮して、追加的に後退させる。街づくりには海岸線との距離が常に考慮される。
 岡田さんは「日本の防災計画も日常の暮らしの豊かさと非常時の防護の両方を表裏一体にして考えていくべきです。人口減少時代を迎えて、地方都市ではコンパクトシティーと呼ばれる集約型の街づくりが注目されています。セットバックは時代の流れにも合致しているのではないでしょうか」と訴える。
 大震災から2年。津波にえぐられた被災地の海岸に、ようやく砂が戻りつつある。防潮堤の巨額予算の一部でも住民本位の街づくりに回すことはできないのか。
http://mainichi.jp/feature/news/20130307dde012040002000c.html

気仙沼市では、すでに地域住民によって昨年11月に堤防建設の見直しを求める要請書が提出され、気仙沼市長も、防潮堤をより陸側に建設するセットバック案を検討することになった。しかし、このセットバック案については、海岸に建設しなくてはならないとという制度の壁がたちはだかっていると、この記事は伝えている。さらに、防潮堤の高さの変更は、この記事が書かれた時点では気仙沼市も宮城県も認めていないのだ。

しかし、この防潮堤の高さがどのように決められたかをみると、一驚する。ここで、問題になっている気仙沼市大谷の防潮堤は、9.8mにすることが予定されている。しかし、東日本大震災の津波では、20m程度の津波が襲来したとされている。そもそも、この高さでは、東日本大震災クラスの津波は避けられないのだ。

この9.8mという高さは、実は、東日本大震災クラスの津波をさけるものではない。このクラスの津波は1000年に1度のものとして、防潮堤で防御することをあきらめ、総合的に防災するとしている。そして、100年に1度程度はくる津波から守ることを目標にしてそれぞれの地域の防潮堤の高さを決めている。この気仙沼市大谷の場合、1896年の明治三陸津波の高さ8.8mを基準として設定されたのである。

つまり、この程度の防潮堤では、想定されうるすべての津波から、地域を守り切ることはできないのである。にもかかわらず、住民生活の利便とは反し、さらに自然破壊にしかならないような防潮堤建設が、国の補助金をめあてにして、津波被災地で強行されようとされてきたのである。

すでに、気仙沼市西舞根のように、地域住民の要求によって、防潮堤建設計画を撤回させたところもある。また、2013年3月7日付河北新報では、宮城県も防潮堤の高さについて譲歩の姿勢をみせているようである。

防潮堤の高さ変更示唆 宮城・村井知事、方針転換か

 宮城県議会2月定例会は6日、予算特別委員会を開き、総括質疑を行った。東日本大震災で被災した海岸防潮堤の整備をめぐり、村井嘉浩知事は、県が設定した高さで住民合意が得られていない地区のうち、漁港や集落の背後地に高台がある場合は地勢を考慮し、高さの変更もあり得るとの認識を示した。
 気仙沼市の小鯖や鮪立(しびたち)など一部地区が対象になるとみられる。村井知事は「位置をよく考え、合意を得るため最大限に努力する」と述べ、住民との意見調整の中で弾力的な対応を認める方針を示唆した。
 これまで、沿岸部の一部地域から「県が示した計画高は高すぎる」との反発が出ていた。村井知事は「命を守ることが大前提だ」と、変更に応じない姿勢を示していた。
 近く決定する復興交付金の第5次配分額に関して、上仮屋尚総務部長は、約108億円を申請した県事業分に対し、「2倍の200億円程度が配分されるのではないか」との見通しを示した。
 県が導入を決めたドクターヘリについて、県は基地病院の選定や医師の確保など、稼働に向けた課題を検討する委員会を新設する考えを明らかにした。18日の県救急医療協議会に諮り、正式決定する。

2013年03月07日木曜日
http://www.kahoku.co.jp/news/2013/03/20130307t11025.htm

このことは、現在進行中のことで、予断を許さない。少しでも、地域住民の主体性を尊重し、防潮堤などの計画が進められることを私は望む。結局のところ、地域住民自体が、想定される津波被災と、地域における生活の実情を勘案しつつ、自主的に、防災計画をともなった形で地域の復旧計画を決めるべきなのだと思う。そして、このように、地域住民の生活を無視し、その合意をとらない形で、「復興」がすすめられていることが、津波被災地のかかえる問題の一つなのだと考えるのである。

Read Full Post »