Feeds:
投稿
コメント

Posts Tagged ‘棄民’

2015年6月13日現在、日本社会の一大関心事(なお、NHKその他のテレビは別だが)となっているのは、安倍政権の安全保障関係法制立法の動きである。しかし、その一方で、それこそ目立たない形で、福島第一原発事故被災者の切り捨てが進行している。

まず、自民党は、5月21日に震災からの復興に向けた第五次提言をとりまとめ、「避難指示解除準備区域」と「居住制限区域」の避難指示を2017年3月までに解除し、両区域住民への慰謝料支払を2018年3月に終了する方針を打ち出した。それを伝える東京新聞のネット配信記事をみてほしい。

自民復興5次提言 原発慰謝料18年3月終了 避難指示は17年に解除

2015年5月22日 朝刊

 自民党の東日本大震災復興加速化本部(額賀福志郎本部長)は二十一日、総会を開き、震災からの復興に向けた第五次提言を取りまとめた。東京電力福島第一原発事故による福島県の「避難指示解除準備区域」と「居住制限区域」の避難指示を二〇一七年三月までに解除するよう正式に明記し、復興の加速化を政府に求めた。 
 賠償では、東電が避難指示解除準備区域と居住制限区域の住民に月十万円支払う精神的損害賠償(慰謝料)を一八年三月に一律終了し、避難指示の解除時期で受取額に差が生じないようにする。既に避難指示が解除された地域にも適用するとした。
 提言は自民党の総務会で正式決定後、今月中に安倍晋三首相に提出する。額賀本部長は「古里に戻りたいと考える住民が一日も早く戻れるよう、生活環境の整備を加速化しなければならない」と述べ、避難指示解除の目標時期を設定した意義を強調した。
 だが、福島県の避難者からは「二年後の避難指示解除は実態にそぐわない」と不安の声も上がっており、実際に帰還が進むかどうかは不透明だ。
 避難指示区域は三区域あり、居住制限区域と避難指示解除準備区域の人口は計約五万四千八百人で、避難指示区域全体の約七割を占める。最も放射線量が高い「帰還困難区域」については避難指示の解除時期を明示せず、復興拠点となる地域の整備に合わせ、区域を見直すなどする。
 集中復興期間終了後の一六~二〇年度の復興事業は原則、国の全額負担としながらも、自治体の財政能力に応じ、例外的に一部負担を求める。
 また一六年度までの二年間、住民の自立支援を集中的に行うとし、商工業の事業再開や農業再生を支援する組織を立ち上げる。その間、営業損害と風評被害の賠償を継続するよう、東電への指導を求めるとした。
 提言には、第一原発の廃炉、汚染水処理をめぐり地元と信頼関係を再構築することや風評被害対策を強化することも盛り込まれた。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2015052202000117.html

そして、6月7日、東京電力は避難指示区域内の商工業者に払っている営業補償を2016年度分までで打ち切る方針を提起した。東京新聞の次のネット配信記事をみてほしい。

福島第一事故 営業賠償 16年度まで 東電方針

2015年6月8日 朝刊

 東京電力は七日、福島第一原発事故の避難指示区域内の商工業者に支払っている営業損害賠償を二〇一六年度分までとし、その後は打ち切る方針を明らかにした。同日、福島市内で開かれた、福島県や県内の商工団体などでつくる県原子力損害対策協議会(会長・内堀雅雄知事)の会合で示した。
 方針は与党の東日本大震災復興加速化プロジェクトチームが五月にまとめた第五次提言を踏まえた措置。事故による移転や転業などで失われる、一六年度までの収益を一括して支払う。事業資産の廃棄に必要な費用なども「必要かつ合理的な範囲」で賠償するとしている。
 東電の広瀬直己社長は「個別の事情を踏まえて丁寧に対応していく」と述べた。
 営業損害の賠償をめぐっては、東電が一時、来年二月で打ち切る案を提示していたが、地元から強い反発を受けて撤回した。一方、与党は第五次提言で、国が東電に対し、一六年度まで適切に対応しその後は個別の事情を踏まえて対応するよう指導することを明記した。
 商工業者の支援に関し、安倍晋三首相は先月三十一日、官民合同チームを立ち上げ県内の八千事業者を個別に訪問し、再建を後押しする方針を示している。
 会合に参加した団体からは、国や東電に「風評被害は依然残っており、賠償は続けるべきだ」「被害者に寄り添った賠償をお願いしたい」など、継続的な賠償を求める意見が相次いだ。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/economics/news/CK2015060802000120.html

他方、福島県は、自主避難者に対して行っている無償での住宅提供を2017年3月までで打ち切ることを5月頃より検討している。これは、たぶん、自民党の第五次提言と連動しているのだろう。そのことを報じる朝日新聞のネット配信記事をみてほしい。

自主避難者への住宅提供、2年後に終了へ 福島県が方針
2015年5月17日13時02分

 東京電力福島第一原発事故後に政府からの避難指示を受けずに避難した「自主避難者」について、福島県は避難先の住宅の無償提供を2016年度で終える方針を固め、関係市町村と調整に入った。反応を見極めた上で、5月末にも表明する。故郷への帰還を促したい考えだ。だが、自主避難者からの反発が予想される。

 原発事故などで県内外に避難している人は現在約11万5千人いる。このうち政府の避難指示の対象外は約3万6千人。津波や地震の被災者を除き、大半は自主避難者とみられる。

 県は災害救助法に基づき、国の避難指示を受けたか否かにかかわらず、避難者に一律でプレハブの仮設住宅や、県内外の民間アパートなどを無償で提供している。期間は原則2年だが、これまで1年ごとの延長を3回し、現在は16年3月までとなっている。

 今回、県はこの期限をさらに1年延ばして17年3月までとし、自主避難者についてはその後は延長しない考え。その際、終了の影響を緩和する支援策も合わせて示したいとしている。国の避難指示を受けて避難した人には引き続き無償提供を検討する。
http://www.asahi.com/articles/ASH5J5H83H5JUTIL00M.html

さらに、6月12日、ほぼ自民党の第五次提言を踏襲して、安倍政権は福島の復興指針を改定し、閣議決定した。「居住制限区域」と「避難指示解除準備区域」の避難指示を2016年度末(2017年3月)までに解除し、慰謝料支払も2017年度までで打ち切るというもので、ほぼ自民党の第五次提言にあったものだ。2016年度までで営業補償を打ち切ることも盛り込まれた。ただ、2016年度までに被災者の「事業再建」を「集中支援」するというのである。東京新聞のネット配信記事をみてほしい。

避難解除 17年春までに 生活・健康…不安消えぬまま

2015年6月12日 夕刊

 政府は十二日、東京電力福島第一原発事故で多大な被害を受けた福島の復興指針を改定し、閣議決定した。「居住制限区域」と「避難指示解除準備区域」の避難指示を、事故から六年後の二〇一六年度末までに解除するほか、事業再建に向けて一六年度までの二年間に集中支援する方針を盛り込み、被災者の自立を強く促す姿勢を打ち出した。 
 避難住民の帰還促進や、賠償から事業再建支援への転換が柱。地元では帰還への環境は整っていないと不満の声もあり、被害の実態に応じた丁寧な対応が求められる。
 安倍晋三首相は官邸で開かれた原子力災害対策本部会議で「避難指示解除が実現できるよう環境整備を加速し、地域の将来像を速やかに具体化する」と述べた。
 居住制限区域など両区域の人口は計約五万四千八百人で避難指示区域全体の約七割を占めるが、生活基盤や放射線による健康被害への不安は根強く、避難指示が解除されても帰還が進むかは不透明。東電による「居住制限区域」と「避難指示解除準備区域」の住民への月十万円の精神的損害賠償(慰謝料)支払いは一七年度末で一律終了する。一六年度末より前に避難指示が解除された場合も一七年度末まで支払い、解除時期で受取額に差が生じないようにする。既に避難指示が解除された地域にも適用する。
 一方、第一原発に近く依然、放射線量が高い「帰還困難区域」の解除時期は明示しなかった。
 被災地域の事業者に対しては事業再建に向けた取り組みを一六年度までの二年間に集中的に実施。商工業者の自立を支援するための官民合同の新組織を立ち上げ、戸別訪問や相談事業を行うほか、営業損害や風評被害の賠償は一六年度分まで継続する。
 東電は既に今月七日、福島県に対し、避難指示区域内の商工業者に支払っている営業損害賠償は一六年度分までとし、その後は打ち切る方針を示している。
◆きめ細かな対応必要
 <解説> 福島復興指針の改定で政府は、福島県の居住制限区域と避難指示解除準備区域の避難指示の解除目標時期と賠償の終了時期を明示し、住民の自立を促す方針を打ち出した。政府はこれまでの「賠償」という形から「生活再建支援」に移行したい考え。しかし住民の置かれた状況はまちまちで、福島では「賠償の打ち切りだ」との反発も多い。
 除染やインフラ整備が完了しても、商圏自体を失った企業の再建や、避難に伴い住民がばらばらになったコミュニティーの再生は容易でない。既に避難指示が解除された地域でも帰還が進んでいないのが実情だ。政府や東電は、無責任な賠償打ち切りにならないよう、分かりやすい説明と、個々の被災者の状況に応じたきめ細かな対応に努める必要がある。
 震災復興、原発事故対応には多額の国費が投入されている。被災地への関心の低下が指摘される中、国民への丁寧な説明も引き続き求められる。 (共同・小野田真実)
■改定指針のポイント■
▼福島県の居住制限区域と避難指示解除準備区域の避難指示を2016年度末までに解除。
▼両区域の住民への精神的損害賠償(慰謝料)の支払いを17年度末で一律終了。早期解除した場合も同等に支払う。
▼16年度までの2年間を集中的に事業者の自立支援を図る期間として取り組みを充実。事業者の自立を支援する官民合同の組織を創設し、戸別訪問や相談事業を実施。
▼原発事故の営業損害と風評被害の賠償は16年度分まで対応。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2015061202000266.html

これらの措置が、福島県の被災者の生活を大きく揺るがすことは間違いない。特に重要なことは、「居住制限区域」も2017年3月までに避難指示を解除するとしたことである。「避難指示解除準備区域」は放射線量年間20mSv以下で、それでも福島県外の基準である1mSvの20倍で、かなり高い。「居住制限区域」は20−50mSvであり、もちろん、より高い。そこも含めて、避難指示を解除しようというのである。いかにも、安倍政権らしい、無茶苦茶で乱暴な措置だ。

ある程度は、除染その他で「居住制限区域」でも線量は下がっているとは思われる。しかし、それならそれで、空間線量を計測して、20mSv以下の線量になったことを確認して、「避難指示解除準備区域」に編入するという手続きが必要だろう。そういうことはまったくお構いなしなのだ。このような状態だと、福島県民の放射線量基準は、福島県外の50倍ということになりかねないのである。

そして、避難指示解除と連動して、慰謝料や営業補償などの支払いを打ち切るという。つまりは、もとの場所に戻って、東電の支払いに頼らず、3.11以前と同じ生活を開始しろということなのである。そのための支援は講じるということなのであろう。しかし、逆にいえば、自主避難者などの支援は打ち切らなくてはならないということなのであろう。避難指示に従った人びとへの慰謝料・営業補償などは打ち切っていくのに、自主避難者への支援を続けていくわけにはいかないというのが、国や福島県などの考えであると思われる。もちろん、放射線量についてはいろんな意識があり、自民党などがいうように、線量にかまわず「古里に戻りたい」という考えている人はいるだろう。とはいえ、福島県外と比べて制限線量が50倍というのは、やはり差別である。法の下の平等に背いている。それゆえに、自主避難している人たちもいるだろう。そういうことは考慮しないというのが「復興新指針」なのである。何も自主避難している人びとだけではなく、線量が下がらないまま、自らの「希望」にしたがった形で、「帰還」を余儀なくされる人びとも「棄民」されることになるだろう。

良くも悪くも、安全保障関係法制立法の問題のほうに、日本社会の目は向けられている。その陰で、このような福島県民の「棄民」が進行しているのである。

Read Full Post »

東日本大震災によって顕著なことの一つとして、さまざまな地域、レベルにおいて、いろいろな形での「棄民」が顕在化してきたことがあげられる。

すでに、21世紀に入る頃から開始された、新自由主義的「改革」は、さまざまなレベルでの「棄民」の出現を促進してきたといえる。農業自由化や財政改革における補助金削減は、地方経済ーすでに大阪などの大都市圏にも及んでいるがーの弱体化を促進させてきた。私が福島県浜通り地域に通っていたのは2000年頃であったが、すでに当時の原町市(現在の南相馬市)では常時シャッターが閉鎖された店舗が目立つ商店街ーいわゆる「シャッター」街を頻繁に目撃するようになった。そして、それは、いわゆる「地方都市」で頻繁にみかけるようになった。

他方、東京などの大都市では、一見大規模な都市再開発やベンチャー企業の叢生によって、経済活動が活性化したようにみえた。しかし、それは、それこそ「1%」の繁栄に過ぎなかった。他方で、同じく新自由主義改革が推し進めた相次ぐ労働者派遣法の改正など、正規雇用から非正規雇用への切り替えが進んだ。非正規雇用といえば、まだ聞こえがよい。そのほとんどが「生活保護」水準ーそれ以下の場合も多いーの賃金しか得られていないのである。そして、それは、正規雇用自体の労働条件悪化にも及んでいる。「非正規雇用」との潜在的な競争により、賃金は引き下げられ、サービス残業や休日出勤が今まで以上に強いられるようになった。

しかし、これらの「棄民」の拡大は、東日本大震災以前においては、「局所化」されていた。まずは、一般的に「自由」「小さな政府」「自己責任」などの新自由主義のイデオロギーが、それぞれの場面における「自由競争」の極大を正当化していたことが大きな要因としてあげられるであろう。特に「自己責任」は、まさしく、近代初頭の小経営者=「個人」の自立志向に起因するもので、日本では「通俗道徳」にあたるといえよう。もはや、経営どころか「家族」ですら、より公共的に支えられないと存立不可能であるのだが、新自由主義は、そのような「公共性拡大の必要性」を逆手にとって、それを恐怖の対象とする。その上で、公共性の介在しない、市場中心で維持する「社会」を夢想する。このような社会は「自己責任」をもつ個人によってささえられるのであり、社会保障の必要な弱者ー今や99%なのだーは事実上排除する。弊害が目に見えているのに労働者派遣法は「改悪」され、生活保護は「窓口規制」され、年金支給年齢は引き上げられた。一方、地方では、自主性尊重の掛け声のもとに、補助金は引き下げられ、能率性重視を目的として、大規模な自治体合併が強制された。

東日本大震災の被害は、まず、地方における「棄民」のあり方を顕在化させたといえるであろう。もちろん、地震による津波被災は「新自由主義」に起因するものではない。しかし、現状においても、本質的には公的な意味では放置されているといえる津波被災地のあり方は「棄民」そのものといえるであろう。都市部を中心として被災した関東大震災や阪神淡路大震災と、東北太平洋側の沿岸部を襲った津波被災が中心とする東日本大震災は、様相をことにしている。地方空洞化のただ中でおきた東日本大震災においては、そもそも、区画整理などを実施することで「再開発」し、その利益によって地域社会を再建するというそれまでの「復興」のパターンを十分機能させることができない。新自由主義のもとに地方の経済活動が弱体されてきたという「棄民」状況が、ここで明るみに出たといえるのである。

そして、このような「棄民」状況にたいして、新自由主義を体現してきた政府は、十分対処する能力をもたない。結局は、財政出動の「圧縮」と財政負担の将来へのつけまわしを議論するしか能がないのである。さらに、村井宮城県知事などは、阪神淡路大震災的な都市再開発をもくろんで市街地建築制限を導入し、被災地の「復旧」のさまたげとなっている。さらに、彼は、沿岸漁業への一般企業の参入を促す水産特区構想を持ち出し、津波被災地に混乱をまきおこした。村井の発想は、まさに新自由主義的復興構想といえるのであるが、逆に、被災地の自主的な復旧を阻害しているのである。

一方、福島の状況であるが……。この状況を「棄民」という範囲すらこえているといえる。そもそも、福島県浜通りという人口の少ない地域に原発が建設されたということ自体、「棄民」状況が潜在していたといえる。そして、福島第一原発事故後、周辺の町村からは、地域社会全体が根扱ぎにされた。民だけではなく、地全体が、現状では「棄てられている」のである。それぞれの町村という、生活の場すべてが奪われた「民」がそこにはいるのだ。

他方で、とりあえず、避難指示はされていないその他の地域でも、「棄民」状況は続いている。比較的高い放射線量ーチェルノブイリ事故では自主避難が認められた線量をこえる地域もあるーにおいても、「日常生活」を続けられている。部分的な除染と、あまりにも高い土壌放射線量での農産物の作付の制限はなされているが、それ以外は十分進んでいるとはいいがたい。そして、自主的に避難する人々がいる一方、避難をしない人々との間の意識の断絶がうまれている。特に、乳幼児をかかえる女性たちの避難が目立っている。これもまた「棄民」なのである。このことは、すでに、福島県だけの問題ではない。福島県なみの汚染状況を示している地域は、北関東の地域さらに、千葉県の柏市地域や東京の奥多摩地域にも及んでいるのだ。

汚染地域などでの「日常生活」の維持のため、そこから産出される「農水産物」も「正常化」されなくてはならない。そして、それは、農地除染や、農水産物の検査体制の強化という形ではなく、放射性物質の許容限界を平常時の5倍に引き上げるという「暫定基準」の設定で行われた。そして、問題を表面化しないように穴だらけの検査体制がそのまま維持される。政府の「直ちに健康に影響がない」というのは、短期的にはその通りかもしれない。しかし、長期間に維持すべきものではなく、その意味で「暫定」なのだ。しかし、その暫定基準は、そのまま「安全」という言説が福島県知事などより言明される。これは、いわゆる、象徴的な意味での「棄民」といえるであろう。そして、そのことの意味をもっとも強く考えるのが、現状では女性たちであるということも指摘しておかねばならない。

そして、他方、都市内外に存在する「非正規雇用」の労働者ー「非正規労働者の予備軍」としての大学生たちも含めてーもまた、「棄民」といえる。すべてを、還元してはいけないと思うが、労働組合などと離れた形で「脱原発」デモが行われてきた背景としては、彼らの存在があるといえる。全体的な「棄民」状況からの「解放」が、そこには希求されているのではなかろうか。このことついては、もっと深めて考えていかなくてはならない。

東日本大震災以前では、「棄民」の存在は「局所化」されていた。東日本大震災により、このような多様な「棄民」が顕在化した。その一方で、「棄民」を作り出し、隠蔽してきた、新自由主義的資本主義システムへの「無意識的な信頼感」は大きく揺らいだのである。

Read Full Post »