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Posts Tagged ‘東京電力’

前回のブログでは、5月8日に私が常磐道を使って福島県浜通りを北上しようとしたが、常磐道が片道一車線、対面通行で、以前よりも交通量が増え、横風にもあったため、いわき市最北のいわき四倉インターチェンジで常磐道を下りたことを紹介した。この時点で、私は迷った。常磐道でも帰還困難区域を通過せざるをえないのだが、一般道国道6号線は福島第一原発の前を通過しており、より高線量の地点があると予想せざるをえない。

実際、後から調べたことだが、国道6号線は常磐道より多くの被曝を強いられることになっているようだ。「物流ニッポン」というサイトの2015年7月13日付の記事では、次のように説明されている。

内閣府の原子力災害対策本部原子力被災者支援チームが6月24日に公表した資料によると、避難指示区域通過による被ばく線量は、国道6号で放射線量が最も多い区間(42.5キロ)を時速40キロで通過した場合が「1.2マイクロシーベルト」。これは、胸部X線集団健診の被ばく線量60マイクロシーベルトの50分の1程度だ。また、常磐道・広野インターチェンジ(IC)―南相馬IC(49.1キロ)を時速70キロで通過した際の被ばく線量は0.37マイクロシーベルトで、X線健診の160分の1に当たる――としている。
http://logistics.jp/media/2015/07/13/251

今、考えてみると、常磐道でもそれなりの被曝を覚悟しなくてはならないが、その3倍以上の被曝になっていたようである。沿道のモニタリングでも、常磐道では最大毎時4μSv程度だが、国道6号線沿いには毎時12μSvの地点もあるようだ。福島第一原発により近い国道6号線では、より被曝を覚悟しなくてはならないのである。

とはいえ、多分、公開されている限り、一度は福島第一原発前を通りたいと考えてもいた。そこで、四倉から国道6号線を使って、浜通りを北上することにした。

とはいえ、四倉から楢葉町までの区間は避難指示が解除されている。事故後、行ったこともある。事故後に行かなかったところは、富岡町から浪江町の区間だ。大雑把に言えば、富岡町中心部は居住制限区域(年間20〜50mSv)、富岡町北部ー大熊町ー双葉町が帰還困難区域(年間50mSv以上)、浪江町(海岸部)以北が避難指示解除準備区域(年間20mSv以下)となっている。とにかく、行ってみることにした。

このあたりは、山地と海に挟まれ、山地からは小河川が流れ、小河川に沿って平坦地があって田畑や小さな街並みが所在し、それぞれの小河川流域を区切るように岡があって、そこに林地が広がっているという地形だ。その地形にはもちろん変化はない。国道6号線沿いに所在する林地は新緑となっており、そこここで、藤の花が満開となっていた。見た目だけでは、「美しい自然」なのである。

国道6号線における帰還困難区域の通行は、放射線を多少でも遮蔽できる自動車でしか許されない。自動二輪や徒歩は通行禁止となっていた。そこで、帰還困難区域の境界は、車道は開放されているが、警官もしくは警備員が警戒していた。たぶん、自動二輪や歩行者を追い返すことが任務なのだろう。

帰還困難区域に入ってみると、津波に遭わなかったところでは、意外と町並みはかたづいている感じがした。地震で壊れていたような家屋は撤去されたようであり、残っていた家も青いビニールシートなどで屋根が補修されていた。ただ、国道6号線の沿いにある全ての家の前にはバリケードが築かれていた。また、国道6号線と交差する道路の多くは封鎖され、そこも警官もしくは警備員で警備されていた。

当たり前だが、警官・警備員以外に人はいない。富岡町(北部)・大熊町・双葉町の街並みに住民はいない。新緑の林に囲まれた、それらの街には人は住んでいないのである。

もちろん、線量の高低などは体感できるわけはない。ただ、ところどころに線量を表示する電光掲示板があった。表示されている線量は、最高毎時3μSV台だったかと記憶している。ただ、「ここは帰還困難区域(高線量区域を含む)」や「この先帰還困難区域につき通行止」という立看がそこここにあった。

この帰還困難区域内には、福島第一原発入口もある。しかし、それも封鎖されている交差点の一つにすぎない。

この帰還困難区域の通行に大きな支障はなかった。しかし、車の外に出ることが許されない地域である。信号以外で車を一時停止する気にもならず、写真撮影もしなかった。とにかく、早く通過したいと願うばかりであった。

ようやく、双葉町をぬけ、浪江町に入った。浪江町の海岸部は比較的線量が低く、避難指示解除準備区域となっている。しかし、そこも、それなりに家屋は補修されているものの、住民はほとんどいなかった。

住民をみかけたのは、浪江町をぬけて南相馬市小高に入ってからであった。そして、北上し、南相馬市の中心部である原町に入ると、それなりの賑わいをみることができた。そこから、飯舘村をぬけて、福島市にむかい、帰京の途についた。

帰還困難区域の印象を一言でいうことは難しい。「高線量」の危険とは目に見えないものであり、直接的には常磐道の対面通行のほうが危険に感じてしまう。帰還困難区域の「自然」の美しさが目をひき、「危険」を感じさせなくしている面もある。

しかし、放射線量の高さは、この地に人が自由に出入りしたり、住むことを許さない。たぶん、除染家屋の補修、地震・津波被災の後片付け、避難住民の荷物の運び出し、福島第一原発の廃炉作業など、それぞれの用務で立ち入っている人々はいるだろう。でも、一般には、短時間であっても、車などの遮蔽物から外に出ることは許されていない。

結局、立ち入ること禁止する警官・警備員をのぞけば、街並みだけしか残っていない。そこにいたはずの人々は、立ち退いたままなのだ。帰還を強く望む国・県すら、この地への早期帰還は想定していない。帰還困難区域のありようは、東日本大震災と福島第一原発事故の一つの結果ともいえよう。

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2015年10月20日、元福島第一原発事故作業員が発症した白血病が、被曝による労災と認定された。福島第一原発事故に関連してがん発症が被曝として認められたのは初めてのことである。まず、下記のNHKのネット報道をみていただきたい。

原発事故の作業員が白血病 初の労災認定
10月20日 16時10分

東京電力福島第一原子力発電所の事故の収束作業などにあたった当時30代の男性作業員が白血病を発症したことについて、厚生労働省は被ばくしたことによる労災と認定し、20日、本人に通知しました。4年前の原発事故に関連してがんの発症で労災が認められたのは初めてです。
労災が認められたのは、平成23年11月からおととし12月までの間に1年半にわたって各地の原子力発電所で働き、福島第一原発の事故の収束作業などにあたった当時30代後半の男性作業員です。
厚生労働省によりますと男性は、福島第一原発を最後に作業員をやめたあと、白血病を発症したため労災を申請したということです。白血病の労災の認定基準は、年間5ミリシーベルト以上被ばくし、1年を超えてから発症した場合と定められていて、厚生労働省の専門家による検討会で被ばくとの因果関係を分析してきました。その結果、男性はこれまでに合わせて19.8ミリシーベルト被ばくし、特に、福島第一原発での線量が15.7ミリシーベルトと最も高く、原発での作業が原因で発症した可能性が否定できないとして労災と認定し、20日、本人に通知しました。
厚生労働省によりますと、原発作業員のがんの発症ではこれまでに13件の労災が認められていますが、4年前の原発事故に関連して労災が認められたのはこれが初めてです。
労災申請 今後増える可能性
厚生労働省によりますと、福島第一原発の事故後、被ばくによる労災は今回の件以外に10件が申請されていて、このうち7件では労災は認められませんでしたが、3件は調査が続いています。福島第一原発で事故からこれまでに働いていた作業員は延べおよそ4万5000人で、年間5ミリシーベルト以上の被ばくをした人は2万1000人余りに上っていて、今後、労災の申請が増える可能性もあります。
専門家「今後も被ばく量に注意」
今回の労災認定についてチェルノブイリ原発の事故の際、被ばくの影響を調査した長崎大学の長瀧重信名誉教授は「労災の認定基準は、労働者を保護するために僅かでも被ばくをすれば、それに応じてリスクが上がるという考え方に基づいて定められていて、今回のケースは年間5ミリシーベルト以上という基準に当てはまったので認定されたのだと思う。福島第一原発での被ばく量は15.7ミリシーベルトとそれほど高くはないので、福島での被ばくが白血病の発症につながった可能性はこれまでのデータからみると低いと考えられるが、今後も、作業員の被ばく量については、十分注意していく必要がある」と話しています。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20151020/k10010276091000.html

この記事によると、白血病の労災認定基準は、年間5ミリシーベルト以上被曝し、それから1年以上経過して発症した場合とされているが、この作業員の場合、2011年11月から2013年12月の間で各地の原発で作業に従事して19.8ミリシーベルト被曝し、そのうち福島第一原発での作業で15.7ミリシーベルト被曝したということで、労災認定されたということである。この経過からみると、より線量が高かったと思われる事故直後の作業には携わっていない。報道でも指摘されているが、福島第一原発事故処理に携わり年間5ミリシーベルト以上被曝した作業員は2万1000人以上にのぼる。福島第一原発関連で被曝による労災認定申請は11件だされ、7件が未認定、3件が調査中で、本件が認められたということだが、放射線従事者の通常時の年間線量限度は50ミリシーベルト、5年間での限度は100ミリシーベルトで、かなり多くの労働者が年間5ミリシーベルト以上の被曝をしているのである。

この報道をみて再認識させられたことは、年間5ミリシーベルト以上被曝するということは、それを原因にした白血病の発症を覚悟しなくてはならないということである。もちろん、皆が白血病を発症することではなく、統計的にいえば白血病発症のリスクが高まるということなのだろうが、白血病を発症した個人にとっては死に直結しかねないリスクなのである。

それにもかかわらず、原発労働者は、年間50ミリシーベルト、5年間で100ミリシーベルトという、被曝によって白血病発症が認められる年間5ミリシーベルトよりかなり高い被曝線量を受忍しなくてはならない。今回認められたケースでも、総計20ミリシーベルト弱であり、それらの限度からみれば、必ずしも限度近くとはいえない線量である。これは、たぶん、3.11以前からのことであるが、原発労働者は白血病を覚悟しなくてはならない放射線量の中で働かされていたのだ。原発労働者は被曝労働者なのである。そして、汚染水処理や廃炉作業などの福島第一原発事故処理は、そういった被曝労働者を増やすことになっている。

また、現在までに福島の各地域で除染事業が進められてきたが、従事する労働者たちにおいても、年間5ミリシーベルト以上の被曝する場合もあるだろうと予想されている。

さらに、現在、福島第一原発事故にともなう避難区域のなかで、放射線量年間20ミリシーベルト以下の避難指示解除準備区域では、除染をある程度進め、インフラを整備した上で、避難指示が解除され、住民の帰還が促されている。そして、政府は、この避難指示解除準備区域と、年間20〜50ミリシーベルトの放射線量があった居住制限区域に対する避難指示を2017年までに解除する方針を打ち出している。これらの地域の放射線量は、自然的な減衰と、それなりの除染で、いくばくか下がっているだろうと思われる。しかし、このまま解除され、住民の帰還が促進されれば、年間5ミリシーベルト以上の被曝を余儀なくされる人々が少なからず出て来るだろう。

白血病の労災認定が認められた労働者が福島第一原発で働いていた時期は、事故直後の混乱した状態の時ではない。汚染水や廃炉などの福島第一原発事故処理、福島県各地で行われた除染事業、復興の名のもとに避難指示を解除して住民の帰還を促す政策展開、これらは、白血病などの発症リスクをこえた放射線量が照射された被曝者をやみくもに増やしているようにしかみえないのである。

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2015年7月22日、NHKのクローズアップ現代で、「もう一度咲かせたい 福島のバラ」(水)という表題で、福島第一原発事故で「帰還困難区域」となり、事実上閉鎖に追い込まれた双葉ばら園について放映された。まず、番組の紹介をみてほしい。

もう一度咲かせたい 福島のバラ

 
出演者
開沼 博 さん
(福島大学うつくしまふくしま未来支援センター特任研究員)

福島県双葉町に、イギリスのウィリアム王子など世界中の人たちが強い関心を示し、復活を切望するバラ園がある。7000株ものバラが咲き乱れ、“日本で最も個性的で美しい”と称賛された「双葉ばら園」だ。地元の岡田勝秀さん(71)の一家が40年以上かけて築いたが、原発事故で荒れ野と化してしまった。ばら園は原発事故がもたらした悲劇の象徴として知れ渡り、再建を願う声は今も後を絶たない。しかし賠償手続きは難航。ばら園の価値をはかることは難しいというのだ。避難先の茨城県つくば市で茫然自失の日々を送っていた岡田さんを変えたのは被災者からの言葉だった。「失った暮らしがバラと重なる。だからこそ再び美しいバラを咲かせてほしい」。今年、岡田さんは養護施設で子供たちと一緒にバラを育て始めた。目を輝かせて取り組む子供たちの姿に力をもらっているという。岡田さんの姿から福島のいまを見つめ、取り返しのつかないものを失った人々に何が必要なのか、考える。
http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail_3689.html

この双葉ばら園は、双葉町に所在し、ばら愛好家の間では知られた存在であった。私も、よくこの前を通り、1、2回は中を見たことがある。しかし、初夏に行くことができず、花盛りのばら園をみたことがない。今となっては永遠に見ることはできない。福島第一原発事故で残念に思うことの一つだ(もちろん、こればかりではないけれど)

この番組の冒頭では、写真などをもとにしてCGで花盛りのばら園を再現していた。この番組内容をおこしたサイトがあるが、それによると全体は6ヘクタールになり、個人経営としては国内最大規模で、750種7000株のバラが植えられ、年間5万人の人が訪ねたという。(http://varietydrama.blog.fc2.com/blog-entry-2881.htmlより、以下番組内容については、同サイトより引用)

しかし、福島第一原発より8キロの場所にあり、放射線量が高く、今でも「帰還困難区域」にある。園主は200キロ離れた茨城県つくば市に避難し、ばら園を手伝っていた息子たちも別の仕事につかざるをえなくなった。こうして、4年以上もの間、ばら園は手入れされることもなく、荒れ果ててしまった。双葉でのばら園再開はあきらめざるをえなくなったのである。

園主に別の場所でのばら園再開を求める人たちもいる。しかし、園主は再開に踏み切れない。その理由を、クローズアップ現代では、このように説明した。

バラ園を再建するためには新たな土地に移るかしかありません。
しかし岡田さん(園主)はまだ具体的には考えられないといいます。
その理由は東京電力との賠償交渉が進まず再建のための資金にメドが立たないためです。
岡田さんのようなバラ園の賠償は前例がありません。
東京電力の基準ではヒノキやスギなどを植えた人工林と同じ扱いになります。
しかし岡田さんは、そのことに納得がいかないといいます。

基本的には、東電との間の賠償交渉が不調のため、ばら園再開の資金がないということが、ばら園再開を阻んでいるといえよう。同番組では「一向に先が見えない日々」と表現している。

その上で、クローズアップ現代では、ある養護施設が、ばら栽培の専門家としての園主に子どもたちの心を慰めるばら苗植え付けを依頼したり、支援者がばら園の写真展を開始したりすることを肯定的に伝えている。

そして、ここで、「被災者の方々への聞き取りをずっと続けている」「福島県いわき市のご出身」で福島大学うつくしまふくしま未来支援センター特任研究員」の開沼博氏が登場してくる。開沼氏は、福島原発の建設経過から福島第一直後の状況を扱った『フクシマ論』の著者として著名である。

開沼氏は、震災や原発事故などで失われたもののなかで、死亡者や賠償金額など数字に表されるものはわかりやすいが、生きがいとか、社会的役割とか、仕事とか、未来への展望とか外からは見えにくいとする。そして、被災者たちは、政治とか行政とかメディアと研究者とかへの社会的信頼ととも自分自身への信頼も失っていると主張する。

その上で、このようにいう。

もうかなうならば、失われたものが元に戻ってほしい、多くの方がそういうふうに思っています。
一方で、なかなかその思いというのはかなわない。
失われてしまったものをどうすればいいのかと思っている方が多いです。
そこに対して、1つは、いわゆる公助、公に行政とか東電とかが補償、賠償などをするということがあります。
ただそれだけで足りない部分というのがあるわけですね。
VTRの中でもありましたとおり、なかなかお金に換算できない価値というのがある。
(中略)
やっぱり重要なのは、そういう賠償、補償などだけではカバーしきれない部分というのをいかに立ち直していくか。
ここで重要になってくるのは承認というキーワードだというふうに思っています。
これ、承認っていうのは、まず1対1の関係で、あなたはそこにいていいんだと、分かりやすくいうなら、そういう感覚だと思います。
そして自分自身がここにいて、こういうことをやっていいんだという感覚。
それが失われているわけですね。
これをどういうふうに立て直すか、もちろん公助はまだまだ必要ですけれども、いわゆる自助、共助といわれる、つまり自分たちの身の回りで、あなたがこういうふうに必要なんだよ、ここにいてよと。
あるいは自分たちと一緒に何かやってくださいと

まとめていえば、東電の賠償も含めて「公助」としつつ、金銭でカバーしきれない部分について、被災者の自己承認を回復させるためとして、「自助」「共助」の重要性を主張したのである。

こういう番組があることはいいことである。しかし、開沼氏のような捉え方は、非常に奇異に思える。東電は原発事故を起した責任者である。そして、原発事故で住めなくなったり、使えなくなってしまった財産に対する賠償は、権利の侵害に対する代価を義務として提供することであって、津波被害などの自然災害による被災者の生活を政治的に救助するという意味での「公助」ではない。

まず、そうした理解の上にたって、「双葉ばら園」について考えてみよう。ばら園が再開できない最大の理由は、東電の賠償交渉が不調であるということである。東電の賠償金は、たぶん一般山林と同様な基準で賠償を考えているのであろう。しかし、その金額ではばら園再開はできないため、園主は再開できないと考えているのだ。ばら園創設後の手間は確かに金額に換算できない。しかし、少なくとも、別の場所でばら園を再開することが可能な程度が最低の賠償金額になるべきだと思う。

一方、NHKや開沼氏の強調する「自助」「共助」はどうだろうか。生活者的視点から考えて、被災者自身や被災者を受け入れている地域社会の側で、そのような営為が不要であるとは思われない。聞き取り調査などすれば、そういう意見も出るだろう。そもそも東電の賠償が失われた財産の最低限度にたるものになるかどうか不明でもある。しかし、それは、NHKや開沼氏のような非当事者が一方的に強調してよいこととは思えない。それでもたぶん、かれらは「被災者によりそう」視点として自己規定するだろう。

番組全体では、東電の賠償を「公助」として「義務」的色彩をうすめつつ、それに頼らない被災者の「自助」「共助」を説いているといえるのである。しかし、これでよいのか。こういうことで、「福島のばら」は「もう一度咲く」のであろうか。

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もう、先月のことになるが、2015年5月27日、東京電力は、福島第一原発の汚染水処理が「完了」したと発表した。日本経済新聞のネット配信記事をみてほしい。

福島第1の汚染水処理、東電「完了」 除去し切れず道半ば
2015/5/27 23:56

 東京電力は27日、福島第1原子力発電所のタンクにたまった高濃度汚染水の処理を「完了」したと発表した。当初の目標時期より2カ月遅れ、累積処理量は約62万トンに達する。もっとも、このうち18万トンは放射性物質を除去し切れておらず、再処理が必要。浄化作業は道半ばだ。

 福島第1原発では事故を起こした1~3号機の原子炉に冷却用の水を注いでいる。核燃料などに触れた水は放射性物質を含む汚染水となり、さらに建屋に流れ込む地下水と混じる。東電はこれを敷地内のタンクに移し、浄化装置「ALPS」などで処理してきた。

 東電の広瀬直己社長は2013年に安倍晋三首相に対し「14年度中に浄化を完了する」と約束した。しかしALPSのトラブルが頻発し、達成を断念していた。

 2カ月遅れながら浄化を完了したと東電が発表したのは、あと数カ月かかり夏以降になるとみられていた海水成分の多い汚染水の処理が、想定より前倒しできたためだ。この結果、漏洩による環境汚染や被曝(ひばく)のリスクも下がった。

 ただ作業がこれで終わるわけではない。東電によると、処理した62万トンのうち放射性物質の大半を取り除けるALPSで浄化したものは44万トン。当初はALPSですべて処理する考えだったが実現しなかった。残る18万トンは「主成分」といえるセシウムとストロンチウムを重点的に処理した水で、ほかの放射性物質は除去し切れていない。

 東電は改めてALPSで処理する方針だが、達成時期は未定。ALPSで処理した水もトリチウムという放射性物質は除去できずに残る。この水の扱いは決まっておらず当面は保管を続ける。

 地下水対策も不十分だ。1日約300トンが建屋に流れ込んでおり、浄化作業は続く。流入を止めない限り汚染水が新たに発生する。建屋の周囲の土壌を凍らせて壁を築く「凍土壁」を造成中だが、完成のめどはついておらず、汚染水問題の最終的な解決はなお遠い。
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG27HAA_X20C15A5CR8000/

これを読んでいても、何がどういう意味で「完了」したのかがわからない。原子炉建屋への地下水流入は止まっておらず、日々汚染水は発生しているのである。それに、処理したといっても、一部にはセシウムとストロンチウムしか除去できなかった汚染水が残り、ALPSで再処理する必要がある。なにより、すべての汚染水処理で、放射性物質のトリチウムが除去できないでいるのだ。ある程度、高濃度汚染水における放射能汚染を緩和したという程度である。

そして、この汚染水処理におけるトリチウムの問題が課題となっている。本日6月23日にネット配信された福島民報の記事をみてほしい。

 

トリチウム処分足踏み 第一原発汚染水 政府、来年度に検討会新設
 
 東京電力福島第一原発で、多核種除去設備(ALPS)を使っても汚染水から取り除けない放射性トリチウムを含む水の処分方法をめぐる動きが足踏みしている。政府は来年度前半にも有識者や県内の漁業関係者らからなる検討会を新設し、最善の処分方法を決める方針を固めた。しかし、大量のトリチウム水を処分する技術は依然として確立されておらず、漁業関係者らも「陸上保管が前提」と慎重姿勢で、課題解決の糸口は見えない。

 ■議論本格化

 検討会は経産省の作業部会が絞り込んだ5つの処分方法について適切かどうか議論し、採用する方法を決める。検討会の構成員など概要は今後詰めるが、地元の意向をくみ上げる観点から、周辺自治体や漁業関係者らもメンバーに加える案が浮上している。
 経産省の作業部会は「採用方法について結論を出す場ではない」(同省)との位置付けで、検討会が作業部会の成果を引き継ぐことになる。同省の担当者は「国民の理解を得るため、拙速にならないように進めたい」と話している。
 ただ、作業部会は現在、それぞれの処分方法について実証試験を実施しているが、有効性が認められるとは限らないのが現状だという。

 ■慎重姿勢

 漁業関係者をはじめ地元関係者は風評などを懸念し、海洋放出など陸上保管以外の処分方法には慎重な姿勢を崩していない。
 県漁連の野崎哲会長は「ALPS処理水は現時点では陸上保管が前提。政府がどういう提案をしてくるかを注視している段階だが、いずれにしても風評を招かないように丁寧な説明を求める」としている。
 県原子力安全対策課の菅野信志課長は「県としては安易な海洋放出は認めない。どの選択肢を選ぶにしてもしっかりと議論した上で県民の理解を得てほしい」と注文した。
 
 ■保管のリスク

 東電によると、福島第一原発構内には18日現在、ALPSで処理したトリチウム水約45万7500トンが地上タンク約330基に貯蔵されている。これらの水は日々増加しており、トリチウムを処分できないと地上タンクを造り続けなくてはならない。
 タンクのうち、板状の鋼材をボルトでつなぎ合わせたフランジ型タンクの耐久期間は5年とされている。継ぎ目のない溶接型タンクへの切り替えを急ぎながらタンクの増設も進めている。汚染水対策に取り組む作業現場で大きな負担となっている。タンクの設置場所にも限界があり、原子力規制委員会の田中俊一委員長(福島市出身)は「トリチウム水を海洋放出すべき」と指摘する。

( 2015/06/23 09:45 カテゴリー:主要 )
http://www.minpo.jp/news/detail/2015062323598

これもわかりにくい記事である。まず、一番最後に出ているのだが、専門家である原子力規制委員会委員長田中俊一は「トリチウム未処理水」を海洋放出せよと主張している。記憶によれば、田中は前々からそのように主張していた。しかし、福島県の漁業関係者は風評被害などを懸念し、トリチウム未処理の「完了汚染処理水」(これ自体が名義矛盾だが)は陸上で保管せよと主張し、とりあえず現段階で福島県庁も同様の姿勢をとっている。

経産省としては、トリチウム処理について作業部会を設置し、5つほど処分方法を検討しているが、どれもまだ有効性が実証できないということである。有効な処分方法があれば、専門家である田中俊一委員長も、トリチウム処理を推奨するはずであり、トリチウム処理についての方法論は確立していないということになろう。

しかし、経産省は、作業部会の成果を引き継ぐ形で検討会を設置するというのだ。この記事では「検討会は経産省の作業部会が絞り込んだ5つの処分方法について適切かどうか議論し、採用する方法を決める。検討会の構成員など概要は今後詰めるが、地元の意向をくみ上げる観点から、周辺自治体や漁業関係者らもメンバーに加える案が浮上している」としている。専門家である原子力規制委員会でもトリチウム処理の方法論はわからないというのに、非専門家である漁業関係者や周辺自治体をメンバーに加えても、トリチウム処理の方法論が判断できるとは思えない。

思うに、トリチウム未処理水の海洋放出を地元に飲ませるための布石として位置づけられているのではなかろうか。「完了」などしていないのにもかかわらず、「汚染水処理」は「完了」したという擬制のもと、新たな放射能汚染を心配しなくてはならないのだ。

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2015年6月13日現在、日本社会の一大関心事(なお、NHKその他のテレビは別だが)となっているのは、安倍政権の安全保障関係法制立法の動きである。しかし、その一方で、それこそ目立たない形で、福島第一原発事故被災者の切り捨てが進行している。

まず、自民党は、5月21日に震災からの復興に向けた第五次提言をとりまとめ、「避難指示解除準備区域」と「居住制限区域」の避難指示を2017年3月までに解除し、両区域住民への慰謝料支払を2018年3月に終了する方針を打ち出した。それを伝える東京新聞のネット配信記事をみてほしい。

自民復興5次提言 原発慰謝料18年3月終了 避難指示は17年に解除

2015年5月22日 朝刊

 自民党の東日本大震災復興加速化本部(額賀福志郎本部長)は二十一日、総会を開き、震災からの復興に向けた第五次提言を取りまとめた。東京電力福島第一原発事故による福島県の「避難指示解除準備区域」と「居住制限区域」の避難指示を二〇一七年三月までに解除するよう正式に明記し、復興の加速化を政府に求めた。 
 賠償では、東電が避難指示解除準備区域と居住制限区域の住民に月十万円支払う精神的損害賠償(慰謝料)を一八年三月に一律終了し、避難指示の解除時期で受取額に差が生じないようにする。既に避難指示が解除された地域にも適用するとした。
 提言は自民党の総務会で正式決定後、今月中に安倍晋三首相に提出する。額賀本部長は「古里に戻りたいと考える住民が一日も早く戻れるよう、生活環境の整備を加速化しなければならない」と述べ、避難指示解除の目標時期を設定した意義を強調した。
 だが、福島県の避難者からは「二年後の避難指示解除は実態にそぐわない」と不安の声も上がっており、実際に帰還が進むかどうかは不透明だ。
 避難指示区域は三区域あり、居住制限区域と避難指示解除準備区域の人口は計約五万四千八百人で、避難指示区域全体の約七割を占める。最も放射線量が高い「帰還困難区域」については避難指示の解除時期を明示せず、復興拠点となる地域の整備に合わせ、区域を見直すなどする。
 集中復興期間終了後の一六~二〇年度の復興事業は原則、国の全額負担としながらも、自治体の財政能力に応じ、例外的に一部負担を求める。
 また一六年度までの二年間、住民の自立支援を集中的に行うとし、商工業の事業再開や農業再生を支援する組織を立ち上げる。その間、営業損害と風評被害の賠償を継続するよう、東電への指導を求めるとした。
 提言には、第一原発の廃炉、汚染水処理をめぐり地元と信頼関係を再構築することや風評被害対策を強化することも盛り込まれた。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2015052202000117.html

そして、6月7日、東京電力は避難指示区域内の商工業者に払っている営業補償を2016年度分までで打ち切る方針を提起した。東京新聞の次のネット配信記事をみてほしい。

福島第一事故 営業賠償 16年度まで 東電方針

2015年6月8日 朝刊

 東京電力は七日、福島第一原発事故の避難指示区域内の商工業者に支払っている営業損害賠償を二〇一六年度分までとし、その後は打ち切る方針を明らかにした。同日、福島市内で開かれた、福島県や県内の商工団体などでつくる県原子力損害対策協議会(会長・内堀雅雄知事)の会合で示した。
 方針は与党の東日本大震災復興加速化プロジェクトチームが五月にまとめた第五次提言を踏まえた措置。事故による移転や転業などで失われる、一六年度までの収益を一括して支払う。事業資産の廃棄に必要な費用なども「必要かつ合理的な範囲」で賠償するとしている。
 東電の広瀬直己社長は「個別の事情を踏まえて丁寧に対応していく」と述べた。
 営業損害の賠償をめぐっては、東電が一時、来年二月で打ち切る案を提示していたが、地元から強い反発を受けて撤回した。一方、与党は第五次提言で、国が東電に対し、一六年度まで適切に対応しその後は個別の事情を踏まえて対応するよう指導することを明記した。
 商工業者の支援に関し、安倍晋三首相は先月三十一日、官民合同チームを立ち上げ県内の八千事業者を個別に訪問し、再建を後押しする方針を示している。
 会合に参加した団体からは、国や東電に「風評被害は依然残っており、賠償は続けるべきだ」「被害者に寄り添った賠償をお願いしたい」など、継続的な賠償を求める意見が相次いだ。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/economics/news/CK2015060802000120.html

他方、福島県は、自主避難者に対して行っている無償での住宅提供を2017年3月までで打ち切ることを5月頃より検討している。これは、たぶん、自民党の第五次提言と連動しているのだろう。そのことを報じる朝日新聞のネット配信記事をみてほしい。

自主避難者への住宅提供、2年後に終了へ 福島県が方針
2015年5月17日13時02分

 東京電力福島第一原発事故後に政府からの避難指示を受けずに避難した「自主避難者」について、福島県は避難先の住宅の無償提供を2016年度で終える方針を固め、関係市町村と調整に入った。反応を見極めた上で、5月末にも表明する。故郷への帰還を促したい考えだ。だが、自主避難者からの反発が予想される。

 原発事故などで県内外に避難している人は現在約11万5千人いる。このうち政府の避難指示の対象外は約3万6千人。津波や地震の被災者を除き、大半は自主避難者とみられる。

 県は災害救助法に基づき、国の避難指示を受けたか否かにかかわらず、避難者に一律でプレハブの仮設住宅や、県内外の民間アパートなどを無償で提供している。期間は原則2年だが、これまで1年ごとの延長を3回し、現在は16年3月までとなっている。

 今回、県はこの期限をさらに1年延ばして17年3月までとし、自主避難者についてはその後は延長しない考え。その際、終了の影響を緩和する支援策も合わせて示したいとしている。国の避難指示を受けて避難した人には引き続き無償提供を検討する。
http://www.asahi.com/articles/ASH5J5H83H5JUTIL00M.html

さらに、6月12日、ほぼ自民党の第五次提言を踏襲して、安倍政権は福島の復興指針を改定し、閣議決定した。「居住制限区域」と「避難指示解除準備区域」の避難指示を2016年度末(2017年3月)までに解除し、慰謝料支払も2017年度までで打ち切るというもので、ほぼ自民党の第五次提言にあったものだ。2016年度までで営業補償を打ち切ることも盛り込まれた。ただ、2016年度までに被災者の「事業再建」を「集中支援」するというのである。東京新聞のネット配信記事をみてほしい。

避難解除 17年春までに 生活・健康…不安消えぬまま

2015年6月12日 夕刊

 政府は十二日、東京電力福島第一原発事故で多大な被害を受けた福島の復興指針を改定し、閣議決定した。「居住制限区域」と「避難指示解除準備区域」の避難指示を、事故から六年後の二〇一六年度末までに解除するほか、事業再建に向けて一六年度までの二年間に集中支援する方針を盛り込み、被災者の自立を強く促す姿勢を打ち出した。 
 避難住民の帰還促進や、賠償から事業再建支援への転換が柱。地元では帰還への環境は整っていないと不満の声もあり、被害の実態に応じた丁寧な対応が求められる。
 安倍晋三首相は官邸で開かれた原子力災害対策本部会議で「避難指示解除が実現できるよう環境整備を加速し、地域の将来像を速やかに具体化する」と述べた。
 居住制限区域など両区域の人口は計約五万四千八百人で避難指示区域全体の約七割を占めるが、生活基盤や放射線による健康被害への不安は根強く、避難指示が解除されても帰還が進むかは不透明。東電による「居住制限区域」と「避難指示解除準備区域」の住民への月十万円の精神的損害賠償(慰謝料)支払いは一七年度末で一律終了する。一六年度末より前に避難指示が解除された場合も一七年度末まで支払い、解除時期で受取額に差が生じないようにする。既に避難指示が解除された地域にも適用する。
 一方、第一原発に近く依然、放射線量が高い「帰還困難区域」の解除時期は明示しなかった。
 被災地域の事業者に対しては事業再建に向けた取り組みを一六年度までの二年間に集中的に実施。商工業者の自立を支援するための官民合同の新組織を立ち上げ、戸別訪問や相談事業を行うほか、営業損害や風評被害の賠償は一六年度分まで継続する。
 東電は既に今月七日、福島県に対し、避難指示区域内の商工業者に支払っている営業損害賠償は一六年度分までとし、その後は打ち切る方針を示している。
◆きめ細かな対応必要
 <解説> 福島復興指針の改定で政府は、福島県の居住制限区域と避難指示解除準備区域の避難指示の解除目標時期と賠償の終了時期を明示し、住民の自立を促す方針を打ち出した。政府はこれまでの「賠償」という形から「生活再建支援」に移行したい考え。しかし住民の置かれた状況はまちまちで、福島では「賠償の打ち切りだ」との反発も多い。
 除染やインフラ整備が完了しても、商圏自体を失った企業の再建や、避難に伴い住民がばらばらになったコミュニティーの再生は容易でない。既に避難指示が解除された地域でも帰還が進んでいないのが実情だ。政府や東電は、無責任な賠償打ち切りにならないよう、分かりやすい説明と、個々の被災者の状況に応じたきめ細かな対応に努める必要がある。
 震災復興、原発事故対応には多額の国費が投入されている。被災地への関心の低下が指摘される中、国民への丁寧な説明も引き続き求められる。 (共同・小野田真実)
■改定指針のポイント■
▼福島県の居住制限区域と避難指示解除準備区域の避難指示を2016年度末までに解除。
▼両区域の住民への精神的損害賠償(慰謝料)の支払いを17年度末で一律終了。早期解除した場合も同等に支払う。
▼16年度までの2年間を集中的に事業者の自立支援を図る期間として取り組みを充実。事業者の自立を支援する官民合同の組織を創設し、戸別訪問や相談事業を実施。
▼原発事故の営業損害と風評被害の賠償は16年度分まで対応。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2015061202000266.html

これらの措置が、福島県の被災者の生活を大きく揺るがすことは間違いない。特に重要なことは、「居住制限区域」も2017年3月までに避難指示を解除するとしたことである。「避難指示解除準備区域」は放射線量年間20mSv以下で、それでも福島県外の基準である1mSvの20倍で、かなり高い。「居住制限区域」は20−50mSvであり、もちろん、より高い。そこも含めて、避難指示を解除しようというのである。いかにも、安倍政権らしい、無茶苦茶で乱暴な措置だ。

ある程度は、除染その他で「居住制限区域」でも線量は下がっているとは思われる。しかし、それならそれで、空間線量を計測して、20mSv以下の線量になったことを確認して、「避難指示解除準備区域」に編入するという手続きが必要だろう。そういうことはまったくお構いなしなのだ。このような状態だと、福島県民の放射線量基準は、福島県外の50倍ということになりかねないのである。

そして、避難指示解除と連動して、慰謝料や営業補償などの支払いを打ち切るという。つまりは、もとの場所に戻って、東電の支払いに頼らず、3.11以前と同じ生活を開始しろということなのである。そのための支援は講じるということなのであろう。しかし、逆にいえば、自主避難者などの支援は打ち切らなくてはならないということなのであろう。避難指示に従った人びとへの慰謝料・営業補償などは打ち切っていくのに、自主避難者への支援を続けていくわけにはいかないというのが、国や福島県などの考えであると思われる。もちろん、放射線量についてはいろんな意識があり、自民党などがいうように、線量にかまわず「古里に戻りたい」という考えている人はいるだろう。とはいえ、福島県外と比べて制限線量が50倍というのは、やはり差別である。法の下の平等に背いている。それゆえに、自主避難している人たちもいるだろう。そういうことは考慮しないというのが「復興新指針」なのである。何も自主避難している人びとだけではなく、線量が下がらないまま、自らの「希望」にしたがった形で、「帰還」を余儀なくされる人びとも「棄民」されることになるだろう。

良くも悪くも、安全保障関係法制立法の問題のほうに、日本社会の目は向けられている。その陰で、このような福島県民の「棄民」が進行しているのである。

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昨2014年5月頃に起きた、雁屋哲の『美味しんぼ』(『週刊ビッグコミックスピリッツ』、小学館)に対するバッシングは、安倍政権の閣僚たち、福島県庁、福島県下の各自治体、、福島大学、「科学者」、マスコミ、インターネットなどによる、異端者を摘発する「魔女狩り」の様相を帯びた。雁屋は、「私はこの国の神聖なタブーを破った極悪人扱いを受けたのです。この国の神聖なタブーとは『原発事故は終息した。福島は今や人が住んでも安全だし、福島産の食べ物はどれを食べても安全だ、という国家的な認識に逆らっていけない』というものです。『福島に行って鼻血を出した』などと漫画に書いた私は、その神聖なタブーを破ったというわけです」(雁屋哲『美味しんぼ「鼻血問題」に答える』、遊幻舎、2015年、p14)と回想している。

それでは、『美味しんぼ』へのバッシングにおいて「タブー」とされたものは、実際にはどのようなものであったのだろうか。福島県が5月7日に出した、『週刊ビッグコミックスピリッツ』編集部からの取材依頼に応じて出した、次の文章が、『美味しんぼ』バッシングでタブーとされたものについて集約的に語っていると思う。長文であるが、まず、紹介しておきたい。

「週刊ビッグコミックスピリッツ」4月28日及び5月12日発売号における「美味しんぼ」について

平成26年5月7日
福 島 県

 福島県においては、東日本大震災により地震や津波の被害に遭われた方々、東京電力福島第一原子力発電所事故により避難されている方々など、県内外において、今なお多くの県民が避難生活を余儀なくされている状況にあります。

 原発事故による県民の健康面への影響に関しては、国、市町村、医療関係機関、原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)等の国際機関との連携の下、全ての県民を対象とした県民健康調査、甲状腺検査やホールボディカウンター等により、放射性物質による健康面への影響を早期発見する検査体制を徹底しており、これまでにこれらの検査の実施を通して、原発事故により放出された放射性物質に起因する直接的な健康被害が確認された例はありません。

 また、原発事故に伴い、本県の農林水産物は出荷停止等の措置がなされ、生産現場においては経済的損失やブランドイメージの低下など多大な損害を受け、さらには風評による販売価格の低迷が続いておりましたが、これまで国、県、市町村、生産団体、学術機関等が連携・協力しながら、農地等の除染、放射性物質の農産物等への吸収抑制対策の取組、米の全量全袋検査を始めとする県産農林水産物の徹底した検査の実施などにより、現在は国が定める基準値内の安全・安心な農林水産物のみが市場に出荷されております。

 併せて、本県は国や市町村等と連携し、県内外の消費者等を対象としたリスクコミュニケーションなどの正しい理解の向上に取り組むとともに、出荷される農林水産物についても、安全性がしっかりと確保されていることから、本県への風評も和らぐなど市場関係者や消費者の理解が進んでまいりました。

 このように、県のみならず、県民や関係団体の皆様が一丸となって復興に向かう最中、国内外に多数の読者を有し、社会的影響力の大きい「週刊ビッグコミックスピリッツ」4月28日及び5月12日発売号の「美味しんぼ」において、放射線の影響により鼻血が出るといった表現、また、「除染をしても汚染は取れない」「福島はもう住めない、安全には暮らせない」など、作中に登場する特定の個人の見解があたかも福島の現状そのものであるような印象を読者に与えかねない表現があり大変危惧しております。

 これらの表現は、福島県民そして本県を応援いただいている国内外の方々の心情を全く顧みず、殊更に深く傷つけるものであり、また、回復途上にある本県の農林水産業や観光業など各産業分野へ深刻な経済的損失を与えかねず、さらには国民及び世界に対しても本県への不安感を増長させるものであり、総じて本県への風評を助長するものとして断固容認できるものでなく、極めて遺憾であります。

 「週刊ビッグコミックスピリッツ」4月28日及び5月12日発売号の「美味しんぼ」において表現されている主な内容について本県の見解をお示しします。まず、登場人物が放射線の影響により鼻血が出るとありますが、高線量の被ばくがあった場合、血小板減少により、日常的に刺激を受けやすい歯茎や腸管からの出血や皮下出血とともに鼻血が起こりますが、県内外に避難されている方も含め一般住民は、このような急性放射線症が出るような被ばくはしておりません。また、原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)の報告書(4 月 2 日公表)においても、今回の事故による被ばくは、こうした影響が現れる線量からははるかに低いとされております。

 また、「除染をしても汚染は取れない」との表現がありますが、本県では、安全・安心な暮らしを取り戻すため、国、市町村、県が連携して、除染の推進による環境回復に最優先で取り組んでおります。その結果、平成23年8月末から平成25年8月末までの2年間で除染を実施した施設等において、除染や物理的減衰などにより、60%以上の着実な空間線量率の低減が見られています。除染の進捗やインフラの整備などにより、避難区域の一部解除もなされています。

 さらに、「福島を広域に除染して人が住めるようにするなんてできない」との表現がありますが、世界保健機構(WHO)の公表では「被ばく線量が最も高かった地域の外側では、福島県においても、がんの罹患のリスクの増加は小さく、がん発生の自然のばらつきを越える発生は予測されない」としており、また、原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)の報告書においても、福島第一原発事故の放射線被ばくによる急性の健康影響はなく、また一般住民や大多数の原発従事者において、将来にも被ばくによる健康影響の増加は予想されない、との影響評価が示されています。
 
 「美味しんぼ」及び株式会社小学館が出版する出版物に関して、本県の見解を含めて、国、市町村、生産者団体、放射線医学を専門とする医療機関や大学等高等教育機関、国連を始めとする国際的な科学機関などから、科学的知見や多様な意見・見解を、丁寧かつ綿密に取材・調査された上で、偏らない客観的な事実を基にした表現とされますよう、強く申し入れます。
http://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/63423.pdfより。なお、『週刊ビッグコミックスピリッツ』第25号の「『美味しんぼ』福島の真実編に寄せられたご批判とご意見」という欄に同文が掲載されている。

福島県の言い分として、まず原発事故により放出された放射性物質による直接的な健康被害はないことを強調している。その上で、福島の農林水産物は、出荷停止や「風評被害」などにより多大な損害を受けてきたが、農地の除染、農産物への放射性物質吸収の抑制、放射性物質検査などにより、国の基準内の農林水産物しか市場に出さないことになっており、「風評」も和らいできているとした。このように、福島県庁・県民・関係団体が一丸になって復興に向かう中、『美味しんぼ』が放射能の影響により鼻血が出ると表現したり、「除染をしても汚染は取れない」「福島はもう住めない、安全に暮らせない」などと作中で特定の人物(実際には、元双葉村長井戸川克隆や、福島大学准教授荒木田岳なのだが)が見解を述べたりすることは、福島の現状そのものであると読者に誤解させ、福島県民や福島を応援している人々の心情を傷つけ、福島県の農林水産業や観光業に経済的損失をあたえかねず、福島県への不安感や「風評被害」を助長するものであるとしている。

その上で、福島県は具体的に反論している。まずは、鼻血なども含む急性放射線症が起きる高線量の被曝はなかったとしている。次に、除染や物理的減衰により60%以上の線量を低減できるとしている。そして、福島を広域に除染して住めるようにするのは不可能という見解には、福島第一原発事故において、もっとも高線量の地域を除けば、がん罹患のリスク増加は小さく、被曝による健康影響の増加は予想されないとしている。

福島県としてまず強調しているのは、県民には直接的な健康被害がないということである。つまりは、放射線によるリスクはないと想定している。それを前提に、出荷停止や「風評被害」で打撃を受けた農林水産業の回復を妨げ、復興に一丸となっている県民その他の心情を傷つけるものとして、『美味しんぼ』を批判している。いわば、放射能による健康面のリスクはないとして、農林水産業の復興こそ福島県の復興であるとし、それにがんばっている県民その他の心情を傷つけるものだとしているのである。

福島県民に直接的な健康被害が及んでいないという福島県の主張は、いろいろと問題を含んでいる。まず、急性放射線症が出るような被曝線量ではないという論理は、福島県だけでなく、「科学者」を自認する人びとが『美味しんぼ』を批判する際によく出てくる。前述した『週刊ビッグコミックスピリッツ』第25号の「『美味しんぼ』福島の真実編に寄せられたご批判とご意見」に、『美味しんぼ』を批判する科学者として、安斎育郎と野口邦和が出ているが、この2人とも、そういう意見である。ここでは省略するが、マスコミに出てくる「科学者」の意見も多くはそうである。しかし、『美味しんぼ』自体をみていると、いわゆる急性放射線症として鼻血が出てくるという説明はしていない。その上で、井戸川克隆や雁屋哲自身も体験した「鼻血」の原因を検討しているのである。低線量被曝の影響はよくわかっていない。それゆえ、よく引き合いに出される「高線量」のことを持ち出しても『美味しんぼ』への批判にはならない。それは、私だって知っている「常識」にすぎない。ただ、『美味しんぼ』へのバッシングといえば、最も知られているのが、あの程度の線量では急性放射線症は発症しないから、放射線の影響によって鼻血が出るとすることは非科学的だということであろう。重要なことは、急性障害以外は放射線障害ではなく、それほどの線量で福島県民は被曝していないとすれば、ほとんどの福島第一原発事故による県民の健康へのリスクは無化されるということである。

他方、除染についての県の見解は、それ自体が矛盾をはらんでいる。除染すればある程度の効果はあるだろうが、山林なども含んで広域に除染することは不可能で、結局はまた周囲から汚染物質が流れ込む。どうしても、除染しても、除染基準をクリアできない地域が出てくる。であるがゆえに、福島県では、県外の20倍の年間20mSvまで基準が緩和され、強制的に避難させられた人びとをそのような土地に帰還させるという政策がとられている。そこで、福島第一原発事故程度では健康に大いなる支障をきたす被曝は起きなかったという言説が主張される。しかし、それならば、なぜ、福島県内外で広範囲に除染をしなければならないのだろうか。そして、除染が効果があったとはどういう意味なのだろうか。

結局、健康被害がないのだから、年間20mSvでもいいじゃないか、除染目標の達成などどうでもいいではないかということになる。これは、もちろん、福島県民への差別待遇にほかならないが、これが、とりあえず機能するのは、健康被害が顕在化していないということが条件になる。急性放射線症になるほどの被曝はないのだから、急性放射線症のみを放射線障害とするならば、その条件はクリアされよう。しかし、急性放射線症が発症しない程度の低線量でも健康に影響があれば、一般の除染基準年間1mSv以上の土地に県民を居住させるということの問題性がクローズアップされる。被曝による児童甲状腺がん発症を福島県が認めないのも、そういう理由に基づいている。

そして、また、「鼻血」にもどってくる。甲状腺がんに比べれば、「鼻血」は小さな問題である。しかし、そんな問題でも、年間20mSvまでの低線量被曝を県民に強いている福島県にとっては、その政策の正当性を揺るがす問題なのである。そして、これは、なるべく、補償金を圧縮したい東電と国についても大問題なのである。低線量被曝を強いられる地に住民を早期に帰還させることで補償金を打ち切ることができなくなるばかりか、健康被害についても補償金が必要となるのである。

福島県・国・東電としては、福島第一原発事故の影響による県民の健康リスクの増大は一切認めない。ゆえに「甲状腺がん」も「鼻血」も認めない。そのようなリスクの「無化」の上で、福島県が行っているのが「風評被害」の払拭を中心とする農林水産業の振興である。農林水産業が復興すれば、福島県民の復興となるとしている。しかし、農林水産業に従事している県民自体の健康リスクが顕在化すれば、それ自体の正当性が失われることになるだろう。「鼻血問題」は『美味しんぼ』全体からすれば部分的な問題に過ぎないが、県にとっては重大な問題である。そして、彼らからすれば、「タブー」なのである。

そして、鼻血がタブーにされる一方で、雁屋哲が『美味しんぼ』において最終的に主張しようとしたことは、バッシングの中で看過された。雁屋哲は5月19日に発売された『週刊ビッグコミックスピリッツ』第25号に掲載された『美味しんぼ』において、登場人物の海原雄山に次のように語らせている。

私は一人の人間として、福島の人たちに、危ないところから逃げる勇気をもってほしいと言いたいのだ。
特に、子供たちの行く末を考えてほしい。
福島の復興は、土地の復興ではなく、人間の復興だと思うからだ。

前述した「『美味しんぼ』福島の真実編に寄せられたご批判とご意見」において、小出裕章は次のように述べている。

何より放射線管理区域にしなければならない場所から避難をさせず、住まわせ続けているというのは、そこに住む人々を小さな子どもを含めて棄てるに等しく、犯罪行為です。

結局のところ、『美味しんぼ』の主張は、一般人の放射線基準以上に汚染されている地域に住民が住み続けているということにいかに対処するかということなのであるが、このバッシングのなかでは、だれもそのことに触れようとしなかった。朝日新聞は比較的『美味しんぼ』に同情的であったが、同紙もそのことに触れようとはしなかった。この放置は、違法行為であり、小出の言葉を借りれば犯罪行為なのだが、そのことを誰もまともに議論しようとはしなかった。その中で、『美味しんぼ』は5月19日発売号から休載され、バッシングは終息していった。

放射線基準を守るということは、法的・社会・倫理的問題である。科学的・経験的に「放射線被害」が現在出ていない(将来的に出ないかどうかは全く保証されず、もし何か発症しても、それは放射線の影響ではないとされるだろう)から基準を守る必要がないというならば、そもそも基準設定は必要ない。そして「除染」も必要ないだろう。科学的言辞を駆使することは、法的・社会的・倫理的問題を解決することにはならない。『美味しんぼ』をバッシングする側がかかえていたのは、法的・社会的・倫理的問題として、一般人の放射線限度をこえた地域に住んでいる住民たちにいかに対処するかということであったのだが、それはバッシング側自体が触れることに自ら禁じざるを得なかった「タブー」であったといえよう。

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雁屋哲の『美味しんぼ』(2014年)についての批判に巻き込まれてしまい、部分的な発言をあげつらわれてしまった福島大学の荒木田岳は、3.11の時点で福島に在住しており、3.11についてさまざまな発言をしている。それらの中で、もっとも分かりやすく、彼の意見を集約的に語っているのが「大洪水の翌日を生きる」(福島大学原発災害支援フォーラム・東京大学原発災害支援フォーラム『原発災害とアカデミズム 福島大・東大からの問いかけと行動』所収、合同出版、2013年2月)であるといえる。以下、荒木田の語る3.11後の福島の状況についてみてみよう。

まず、荒木田は、「福島第一原発の事故は、当時、多くの人々がそう感じたように、ある時代の終わりを告げる『事件』であった」と述べている(荒木田前掲書p161)。そして、彼が共感をもった人々の発言を引用している。

(3月12日の1号機の爆発音を聞きながら)…「もう、これで終わりだな」と思いました。「ここで、おれは終わりだな」と、だから、今は、その延長戦で、終わったのだけれど、まだ生きているのですよ。(元双葉村長井戸川克隆)

 万一、起こったなら、それはとりもなおさず、「この世の終わり」にほかならなかったはずのーそんな事態が、しかしほんとうに起こってしまった。危惧されたすべての可能性に数倍する絶望的な規模で、いともあっさりと。
 すなわち、いま私たちは「この世の終わり」の後を生きているのだ……(山口泉「『この世の終わり』の後の日本で偽りの希望を拒否して携えるべきもの」、『ミュージック・マガジン』2011年6月号所収、p96)

 取り返しのつかないことが起こってしまった。だからわれわれはこの寓話〔ノアの方舟を指す:筆者注〕を、とりわけ原発事故に重ねて受けとめることになる。この事故は現在も進行しており、われわれは文字どおり現実化した「大洪水」の翌日、来ることが信じられなかった「未来」の翌日を生きている…(西谷修「『大洪水』の翌日を生きる」、ジャン=ピエール・デュピュイ『ツナミの小形而上学』所収、岩波書店、2011年)
(全体は荒木田前掲書p161−162より引用)

そして、彼自身は、このように語っている。

 

こうした感覚が、どれほど共有されているかはよくわからない。つまるところ、「取り返しのつかないこと」かどうかが分水嶺になるのであるが、実際には、リカバリー可能と考えている人が大半であろう。根拠はともかく、「そうでなくては困る」からである。渦中の選手には試合終了のホイッスルが聞こえないという説明もありうるかもしれない。しかし、試合を終えたくない人々には、これほど明らかな『合図』を見過ごすことができる図太さもまた必要だというのが実のところであろう。
(荒木田前掲書p162)

 荒木田は、「相次ぐ原発建屋の爆発を目にし、『これで帰る場所、帰る職場を失った』という絶望的な事実と直面した」という(荒木田前掲書p163)。しかし、彼にとって、その数倍の絶望を与えたのは、政府の事故対応とマスコミの報道であった。政府・マスコミ・福島県などの「事故対応」について、荒木田は次のように指摘している。

 

福島の住民に救いの手がさしのべられなかったのは、政府内部では事故後ごく短時間のうちに「経済的社会的便益や行政上の都合のために住民を被曝させることもやむなし」という決定がなされたからに相違ない。そのことは、とりもなおさず福島問題が政府の手に負えなくなっていることを意味していた。つまり、当時、政府が福島(あるいはその住民)を守るどころか、実際には、福島問題から政府ないし「社会」を守るための「尻尾切り」に必死だったということである。
 ここで確認しておく必要があるのは、東京電力はもちろん、政府も福島県も、おそらくはマスコミも、原子炉がすでにメルトダウンを起こし制御不能に陥っていることや、放射性物質が放出され住民に危険が及んでいる事実を明確に把握していたことである。それは東京電力が公開したテレビ会議の様子を一見しただけでも明らかである。ようするに状況を理解した上で、自覚的に現地住民の被曝を容認したということである。
 筆者がそのことを悟ったのは、原子力安全・保安院が憔悴し動揺を隠せない担当者に代えて、薄ら笑いを浮かべながら他人事のように事態を説明する担当者を登板させたときである。それは、福島で進行中の事故について政府が当事者意識も人間性も欠如させているという事態を、何よりも雄弁に物語っていた。原発事故以前から、人間を大切にしない社会であることに問題を感じていたが、そのことが疑いようもなく明白になった瞬間であった。それは同時に、筆者が「この世の終わり」の翌日を生きている感覚をもった瞬間でもあった。
 政府やマスコミばかりではない。県内の地方自治体も、ほぼ政府の対応を追認するか、あるいはそれに先んじて現地の安全性を強調するようになっていた。
(荒木田前掲書p163−164)

このことについては、特別にまとめなくても、荒木田の文章で十分理解できよう。荒木田は福島市渡利地区に宅地を買っていたが、周知のように、この地区の放射能汚染は深刻であり、住宅建設を断念し、3.11直後は妻子とともに県外避難せざるを得なかった。手元には借金しか残らなかったという。

そして、3月後半には福島でも通常業務が再開され、避難者にも帰還が要請されるようになり、荒木田個人にも及んだ。荒木田は「そこにいれば病気とわかっている場所で暮らせというのか」と感じたが、もちろん、帰還を要請する人々はそのようなことを正面切っては言わず、「この程度の線量なら大丈夫」「全員が病気になるわけではない」という言葉で被曝強要を正当化したという(荒木田前掲書p165)。彼は、妻子を県外避難させたまま、自身は福島で仕事を続けるという生活をせざるをえず、そのことについて、「福島の職場で一緒に被曝したところで自身の社会的責任を果たしたことにはならないとは思いつつも、かといって借金と三人の扶養家族を抱えてほかの方法を見つけることもできなかった。その意味で、筆者もまた哀れむべき『弱者』の一人であった」(荒木田前掲書p175)と回想している。

他方で、福島の地域住民の意識について、荒木田は次のように指摘している。

不幸なのは、住民はこのようなときにも(このようなときだからこそ?)、公務員に普段以上の仕事を期待し、そのことが結果として「みんなで被曝」することにつながったと思われることである。そのためというわけでもないだろうが、行政は避難を要求する『地域からの意見』には耳を貸そうとしない。
(中略)
 他方で、それ(住民が被曝地である福島に留め置かれること…中嶋注)を地元から積極的に受容すべきだという動きもあった。だれしも自らが見捨てられ、あるいは軽んじられ、騙されているという事実を受け入れられないものである。苦境を『自らの選択』として積極的に意味づける機制が働くのもわからなくはない。この場合、復興・希望・決意など、明るく「前向き」なスローガンと結びつく傾向がある。しかし、汚染を受忍して現地に住み続けることは、汚染者の責任と賠償を極小化し、総じて被害見積もりを極小化することにつながる。この場合、他者にも同じ境遇を強要する傾向があるから手に負えない。その意味でも「人権問題」に相違なかった。
(荒木田前掲書p164−166)

他方で、荒木田は、行政の都合により利用されている各分野の「専門家」について、その責任を次のように指摘している。

彼らが難解な術語や数式を用いて事態を説明することは、それを解さぬ「素人」が沈黙を強いられるという効果をもたらした。というより、むしろ人々をこの問題から遠ざけることが目的だということが疑われた。そして、少なくとも、福島県内において住民の多くを萎縮させ、黙らせ、諦めさせることになった点からすれば、それは十分にその目的は達成されたといえる。そして、被曝が日常になれば、やがて考えることをやめてしまう。考えても仕方のないことだからである。
(荒木田前掲書p167)

その上で、荒木田は「しかし、そもそも放射線が細胞と遺伝子を傷つけるメカニズムを考えれば、難解な術語や数式を使うまでもなく『放射線は浴びないに越したことはない』という結論に至るほかない。とすれば、その先に『人々が無用の被曝を避けるにはどうしたらよいか』を考えるというのが自然の成り行きであろう」(荒木田前掲書p167)と主張している。

さらに、荒木田は、福島第一事故以後、作業員の被曝限度を50mSvから250mSvに引き上げ、住民の追加被曝限度を年間20mSvとし、食品暫定規制値を設けるなど、各種安全基準を緩和したことを、「政府が福島問題を『尻尾切り』しようとしてめぐらせた策」(荒木田前掲書p168)と断じている。そして、これらの緩和措置を「○×の答えがないグレーゾーンでリスクと便益を判断する」として正当化した自称「福島の応援団」である福島県放射線リスク管理アドバイザー山下俊一の発言について、「平時ではないのだから『現実的に』考えて安全基準を緩和して対応するしかないこと、住民に『共に』『重荷』を背負うべきであることが主張されている。住民が福島の地に住み続けることは、当然の前提とされており、避難することは『利己的』『過保護』だというのである」(荒木田前掲書p169)と荒木田は概括し、次のように指摘している。

 

しかし、追加被曝年間1ミリシーベルトが「不可能」ないし「非現実的」なのは、福島に住み続けるようとするからであって、それ未満の線量の場所に移住すれば実現不可能ではない。「去るのも、とどまるのも、覚悟が必要」になるのは、政策的な避難を放棄しているためである。自己決定・自己責任を強調しているように見えるが、避難の支援はしない、避難するならご自由に、という部分に強調点がある。
(荒木田前掲書p169)

さらに、荒木田は、山下の発言を「人類史に残るような大事故であったはずの事実が、個人的な感覚や感情の問題に解消」(荒木田前掲書p169)するものとしている。このような発言に加えて、「放射能を正しく理解する」という殺し文句が出てくれば、原理を正しく理解していないから感情的に怖がるのだというイメージが形成されるとしている。そして、荒木田は注で、山下のリスク管理が間違うことがあっても、彼の個人的な責任とされ、政府はどこまでいっても無謬とされるだろうとしている。

荒木田は、この戦略はとりあえず成功しているとしている。彼は、このように言っている。

福島では、一部の人によってではあれ、自発的に「住み続ける権利」が主張され、現地の安全性に疑義を挟むことは「住む者に対する冒涜」だと主張されているからである。同様に、福島の農産物の安全性に疑義を呈することも、「安全だと思って食べている人を侮辱すること」だとされるのである。現地を心配する声が、現地の人々によって諌められ、怨嗟されてきた。自称「福島の応援団」が現地に何をもたらしたかは明らかであろう。
(荒木田前掲書p169−170)

荒木田は、「そうまでして守ろうとした『社会』は、いったいどのようなものだったのであろうか」と自問し、「結論からいえば、自身の快楽や幸福のためには他人の犠牲をも厭わないということがまかり通るような社会であった。とりわけ重視されたのは経済である」(荒木田前掲書p171)と自答している。荒木田によれば、犠牲を受け入れさせることに利用されるのが、山下俊一が主張するような「リスクと便益を判断する」という観念なのだが、これは、結局、地理的にいえば、リスクは現地の人が負担し、便益は域外の、一部の人々が得るという仕組みになっているとしている。さらに、時間的にいえば、廃棄物処理を先送りし、今の快適な生活のため、目の前から問題が消えればそれでいいとする考え方なのだと荒木田は主張している。

荒木田は、「原発事故問題は、原発事故の問題ではない。問われているのは、現在の生活様式であり、生き方そのものである」とし、他人に迷惑をかけても、問題を後世に先送りしても「今ここでの快適な生活」に固執する人々が、その生活を守るために、消極的には思考停止し、積極的にはそれを容認する政党を支持するのだろうと述べている(荒木田前掲書p173)。さらに、荒木田は、問題が大きすぎると直視できなくなるとし、人の手に余るような破滅的な事故・災害は想定外とされ、手に負えない事故は、隠蔽・矮小化され、考慮の枠外にされ、思考停止し、忘却されようとされるのだろうと述べ、「こうして、序曲の幕開け時点においてすでに忘却が政治上の論点になっている。その点に、この世の不幸がある」(荒木田前掲書p174)と言っている。

このような状況に対抗して、荒木田は次のような宣言を発している。

 

しかし、最初の問題に戻っていえば、原発事故が発した「警告」は、時間的・地理的双方の意味で「見えない場所に矛盾を追いやり、今ここでの快適な生活を続けること」が、もはや不可能だということを示す合図だったのではないか…福島第一原発事故は終わらないし、終わりようがないのである。矛盾を押し込むことができる「外部」など、時間的にも空間的にも、もはや存在しないことが明らかになったのである。その規模や汚染の範囲を考えると気が遠くなるし、逃げ出すべき「安全な場所」などどこにも存在しない。それが残念ながら現実である。
 我が亡き後に洪水は来たれーしかし、その洪水は昨日起こってしまっている。結局、脱皮の失敗が命取りになるのは、「大地のライオン」にとっても人間社会にとっても同じかもしれない。
(荒木田前掲書p174)

荒木田は、彼の住んでいる福島の現状を、彼の言う「被曝者」の視点で、赤裸々に描いている。福島の原発建設自体が、彼のいうリスクを現地におしつけ、放射性廃棄物の処理を後世におしつけ、その便益を現在の「快適な生活」を維持し続けようとする一部の人々に与えるものであり、それは、福島の人々に放射線被曝をさせつづけることにつながっている。そのために、「専門家」を使嗾しながら、福島の人々に「放射線」への不安意識を払拭させ、福島に住み続けることを「当然」として意識させようとしている。この戦略は、とりあえず、荒木田は成功しているとしている。そして、2014年に「美味しんぼ」批判に荒木田は巻き込まれたのだが、「現地を心配する声が、現地の人々によって諌められ、怨嗟されてきた」という論理が、皮肉なことに、彼への批判に使われたのであった。短期的には、「現在の快適な生活」に固執する人々は、彼らのいう「福島の正常化」(放射能つきの)に成功しつつあるようにみえる。事実が隠蔽・矮小化され、思考停止され、忘却されていっているのである。そして、福島第一原発にせよ、福島県の放射能対策にせよ、原発再稼働にせよ、「我が亡き後に洪水は来たれ」を、そのまま実行しているように見えるのである。

しかし、荒木田のいうように、福島第一原発事故は「取り返し」のつかないものであった。それは、福島だけのことではない。長期的にいえば、矛盾を押し込むことができる外部は、荒木田のいうように、時間的にも空間的にも存在しない。逃げ出すべき「安全な場所」など、どこにもないのだ。それは、最近開通した常磐道をみていればわかることである。

荒木田が引用している「『この世の終わり』の後」(山口泉)、「『大洪水』の翌日、来ることが信じられなかった『未来』の翌日」(西谷修)という感想は、福島にはいなかった3.11直後の私にも感じられた。そして、2015年の今、福島県民の被曝を前提として、その枠組みの中からでしか未来を展望させない「復興事業」のありかたをみていると、それが「善意」からでているとしても、ある程度県民の生活状況を改善することができたとしても、私には全体として「転倒」したものにみえてしまうのである。まさしく、この世の終わりの後、大洪水の翌日に私たちは生きているのである。

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昨2014年に出版した拙著『戦後史のなかの福島原発ー開発政策と地域社会』(大月書店)において、私は「原発建設におけるリスクとリターンの問題に着目する」とし、次のように述べた。

「原子力の平和利用」が日本社会で開始された一九五四年は、ビキニ環礁において第五福竜丸が被曝し、原水爆禁止運動が始められた年でもある。「原子力の平和利用」の裏側にある放射能汚染のリスクは、政府においても社会においても、ある程度は認識されていた。この放射能汚染のリスクは大都市周辺で原発が建設されない要因となった。そのようなリスクのある原発立地を福島が認めていくのは、ある種のリターンと交換された結果であった。リスク認識もリターンの内実も時代によって変遷していくが、リスクとリターンが交換されるという関係は、福島原発の全ての過程で共通していた。そして、福島以外の原発立地社会においても共通して認められるものである。このリスクとリターンのバーターという関係は、原発建設全体の過程を貫いていた。
 三・一一は、原発が建設される地域においては、生存の基盤となる地域社会全体に対するリスクと、地域生活を営むうえでの雇用・補助金などのリターンとの交換は、いかに不等価のものであったかということを明らかにしたといえる。この視点をもつことによってはじめて、原発が建設されていった過程が理解できると思われる。さらにいえば、このことを理解することが、原発依存社会からの脱却の第一歩になると私は考えている。

概略すると、福島原発建設において、放射能汚染というリスクがあることは認識されていたが、原発が立地している地域社会においては、雇用・補助金や開発期待などのリターンと交換することによって、よりよい生存を確保できるという論理によって正当化されていったと、私は考えたのである。

3.11は、顕在化した放射能汚染のリスクは非常に過大であり、リターンによってよりよい生存をめざした地域社会そのものの存続を揺るがすことになったといえる。これは、悲劇そのものである。しかし、私は、かすかな希望として、「このことを理解することが、原発依存社会からの脱却の第一歩になると私は考えている」と書いた。

しかし、現状の福島は、この希望とは裏腹なものになった。確かに、福島県民たちは、全体として、県内での原発の稼働を認めなくなった。福島第一原発では、稼働可能な5・6号機も廃炉され、福島第二原発の再稼働も認めたくないという意見のほうが多い。東北電力の浪江・小高原発の建設計画も中止された。

しかし、その反面で、新たな形で、「放射能汚染」というリスクと、地域社会における生存をめざすリターンとの交換が再開されている。

その一例として、雁屋哲の『美味しんぼー福島の真実』(小学館)でとりあげられたエピソードをみてみよう。『美味しんぼ』では福島県民において鼻血が出ているということをとりあげた叙述が非科学的で風評被害を助長していると国・県などが率先して非難したが、鼻血問題は全く部分的な問題に過ぎない。雁屋哲は、登場人物の海原雄山の口をかりて「低線量の放射線は』安全性が保証できない。国と東電は福島の人たちを安全な場所に移す義務がある。私は一人の人間として、福島の人たちに、国と東電の補償のもとで危ない所から逃げる勇気をもってほしいと言いたいのだ。特に、子供たちの行く末を考えてほしい。福島の復興は、土地の復興ではなく、人間の復興だと思うからだ」(『美味しんぼ』第111巻、小学館、2014年)と述べている。低線量であっても、放射能で汚染されている地域で人々が住みつづけているという状況を告発するというのが、雁屋の意図なのである。

その中で、次のようなエピソードが紹介されている。漫画の『美味しんぼ』でも取り上げられているが、たぶん取材ノートに依拠し、より事態を正確に伝えていると思われる雁屋哲『美味しんぼ「鼻血問題」に答える』(遊幻舎、2015年)からみておこう(以下の引用は同書から行う)。

2012年は、福島県内において、いまだ放射線量が下がらないまま、試験的に米作りが各地でなされていた。二本松市の「ゆうきの里東和ふるさとづくり協議会」においても、いまだ0.72μSv/hの空間線量であり「作付け制限区域」になっていたが、セシウムを吸着するゼオライト、植物のセシウム吸収を抑制するカリウムを入れ、深く耕し、とれた米は全量検査することを条件として、米の作付けが認められた。結果的に、収穫した米のほとんどは検出限界の1kgあたり11bq以下で、一ヵ所(福島市内)のみ36bqという結果となった。いずれにせよ、1kgあたり100bqという基準以下ではあったのである。

この結果について、雁屋が、協議会事務局長の武藤正敏に、「結果は嬉しかった」と聞くと、武藤は「いやあ、嬉しいですよ、だって食べられるんですもの」と笑顔で答えた。

しかし、雁屋が土壌がセシウムを吸着したとしても、土壌にはセシウムがあるのだから、生産者には影響があるのではないかと質問すると、武藤の表情は厳しくなり、次のように述べた。

「土壌からも、四方からも放射能を浴びますよね。人間が田んぼに立てば、それだけの放射能を浴びるわけで、長靴を履こうが、マスクをしようが、カッパを着ようが、そんなものは通すんだ。我々はそういう状況におかれているので、決して安全ではない。食べなければいいとか、長い時間そこで作業しなければいい、ということではない。現場にあるんですよ!
 だから長靴履いて田んぼに入るときは、非常に恐怖感がありますよ。(中略)危機感は持っているが、自己防衛としてできるのは長靴やマスクや帽子をかぶる程度。だって、土地に触らないと農業ができないんです」

放射能で汚染された地域では、放射能汚染のない米作りをしても、いやそういう場で米作りをすること自体が農民の被曝を招くことになっているのだ。そして、米作りをしていた農民たちは、そのことに恐怖を感じているのである。放射能汚染のリスクは、福島第一原発事故以前と比べて、顕在化し、より一般化し、生々しいものとして二本松の農民たちは認識しているのである。

それでも、雁屋たちが二本松の線量は高いのになぜ避難しないのかと聞くと、武藤は次のように答えた。
 

「ははは! だって、国が安全だって、ただちに影響ないっていうから。やはり、農家と都市部では考え方が違うと思う。農家は、先祖伝来の田畑、井戸、蔵も家も、地域のコミュニティもある。よそに逃げても、今のような暮らしができるのか、生活の保障ができるのかといったらわからない。一時避難的に電化製品も与えられ、ある程度の生活もできるが、それでいいのかと。ここで食べて暮らして、地域のコミュニティが守られるならここのほうがいいでしょう、という意識が強い。調査すれば作物にも出てこないし、空間線量は高いが、外部からの影響は何パーセントもない、といわれているのですから」

放射能汚染については、とりあえず国の「安全だって、ただちに影響ないっていう」ことをとりあえず信じざるをえないのである。それも、別に「安全」であるという確証があってのことではない。「よそに逃げても、今のような暮らしができるのか、生活の保障ができるのかといったらわからない…ここで食べて暮らして、地域のコミュニティが守られるならここのほうがいいでしょう」ということ、つまりは「地域社会における生存」が確保できるというリターンが得られるということでしかない。つまりは、原発建設時と同様に、「放射能汚染」というリスクと、「地域社会における生存」を確保するためのリターンが、福島の地では交換されているのである。そして、その上で、再び、「安全神話」が信奉されるのである。

福島第一原発事故以前、放射能汚染は顕在化していない。そして、立地した地域社会では、単なる生存ではなく、原発のリスクを受け入れてリターンを獲得することによって、幻想をともないながら、より豊かな生存を確保できると認識していただろう。

しかし、現状の福島は、全く違っている。前述したように、放射能汚染のリスクは顕在化し、そのことが、二本松においても、将来の生存を脅かすものとして認識されるようになった。結局、リスクを受け入れて可能となる「生存」は、単なる「生存」でしかなく、それすらも将来的には不透明なのだ。例えば、武藤は、地域社会での生存を確保するためには、国の安全宣言を受け入れるしかないと前述したように述べていたが、だんだん、そのことに対する懸念を表明していく。

「我々は三十年で死ぬからいいかもしんないけど、これから生まれてくる子供がこの土地で暮らすことになれば、その危険性が尾を引いていくので、その解消を早くしないとダメ。土の測定をして、きちんと下げる努力をしていかないとダメなのだ。
 そういう教育を誰かがしないとならないが、県も行政もいわない。いえば、農地から離れなさいということになる。
 こんな空間線量の高いところに長くいるべきではないと思う。せめて子供だけでも、年に二回ぐらいは安全なところに避難させないとならない。チェルノブイリでさえ、子供を避難させたのに、福島県は子供を避難させなかったんですよ。避難させるとパニックになるとか避難する場所がないとか、それは言い訳だ」

 まとめていえば、拙著で原発誘致につきリスクとリターンの交換があったと論じたが、ここで、その構造が再現されているといえる。放射能汚染というリスクが「地域社会における生存」のためのリターンと交換されている。そして、リスクはより顕在化し、そのリスクのために、リターンは本当に利益になるのか疑わしい。このように、不安は顕在化しているのに、「安全」を信じるしか生きていけないと意識されているのだ。結果的には、3.11を通じて、「リスクとリターンの交換」という構造は、変わらなかったといえるのである。

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よく、3.11後の福島の地域社会において「分断」があるとされている。この「分断」とは、どのようなものだろうか。基本的に考えれば、①東日本大震災の復興方針をめぐる対立、②福島第一原発事故における責任の所在、③放射能汚染の影響、この三つの要因によって「分断」が生じていると考えられる。

①の東日本大震災の復興方針をめぐる対立ということは、福島県だけでみられる問題ではない。深刻な地震・津波などの自然災害に見舞われた、岩手・宮城・福島3県を中心とする被災地全体でみられることである。大きくいえば、国・県・大企業などが企図している国家的・資本主義的な「復興」と、被災地住民の自生的・共同的な「復興」が相克しているとみることができるが、そればかりではなく、住民同士でも階級・地域・職種・ジェンダー・年齢によって「分断」されていると考えられよう。そして、例えば、宮城県女川町の漁港一本化問題や同県気仙沼市の巨大防潮堤建設問題のように、「分断」が顕在化してくるといえる。

このような「分断」も、また深刻な問題を惹起している。ただ、これらの問題は、多くは自然災害への人間社会の対応に端を発していることに注目しなくてはならない。東日本大震災における地震・津波などの自然災害は、人間社会の開発によって惹起された面を否定すべきではないが、基本的に、自然現象そのものである。通常の意味で、法的・社会的に責任を追及されるべき主体は存在していない。とりあえずは、自然災害に「人間」の側が対処しなくてはならないという論理は、「分断」されているといわれている国・県・大企業と住民、もしくは住民同士の中でも共有しているといえる。よく、「東日本大震災からの復興」が叫ばれているが、それは、おおむね、自然災害への人間社会の対応という論理で語られている。これは、大は安倍政権などの政府の「復興」方針から、歴史学界で広く取り組まれている「被災歴史資料レスキュー」などまで共通している。そして、そのような論理によって、福島県も含めて「復興」のスキームが形成され、資金・資材・人員が投入されている。そこにあるのは、「自然」と対峙した「人間」という認識枠組みなのだ。

もちろん、福島県でも、深刻な地震・津波被害からの「復興」をめぐる方針の対立をめぐって「分断」されている面はあるだろう。しかし、福島において特徴的なことは、②福島第一原発事故における責任の所在、③放射能汚染の影響、という後二者の要因があるということである。②の問題からみていこう。福島第一原発事故は、東日本大震災の地震・津波によって惹起されたものではあるけれど、そもそもこのような巨大な被害を与える原子力発電所をなぜ建設したか、そしてなぜ福島の地に集中立地したのか、津波災害などへの防護は万全であったのか、事故自体への対応や住民対策は適切であったのかなど、「人間社会」が責任を問われる問題である。天災ではなく人災なのだ。

そして、「人間社会」において、この人災において最も責任を負うべき主体は、国策として原発推進をすすめた国と、実際にその建設や運営に携わった東京電力である。これは、単に、国や東電のそれぞれの担当者の個人だけが担うべきではなく、国や東電というシステム全体が担うべき責任である。地震・津波などの自然災害において、全体としては責任をおうべき主体は存在しないといえる。しかし、福島第一原発事故では、責任をおうべき主体がいるのである。その点が、福島第一原発事故の特徴的な点の一つである。

ゆえに、福島県の場合、被災者の意味が違ってくる。福島第一原発事故の被災者の人的・物的被害は、国と東電の業務によってもたらされた損害である。その被害への損害賠償がなされなくてはならない。例えば、強制的に避難させられた被災者たちに国有化された東電が支払っている資金は、国と東電の業務によって生じた損害に対する賠償金であって、救援金や復興資金ではない。

それでありながらも、国や東電についての刑事責任の追及がなされず、福島第一原発事故の原因解明も十分はたされていない。また、国や東電の損害賠償も限定的であり、福島第一原発事故によって生じた多くの人びとの損害を十分補償しえるものになっていない。さらに、東日本大震災からの復興というスローガンのもとに、人災である福島第一原発事故が天災である東日本大震災全体への対応と混同され、責任主体がいるということすらあいまいにされている。

強制的に避難させられた人びとだけでなく、福島県(放射能汚染の及んだ他県も含めて)の人びとは、多大な損害をこうむった。例えば、強制的に避難させられた人びとだけではなく、福島県内にいて福島第一原発事故により被曝したり、被曝の影響をおそれて家族が離散したり、勤務先がなくなって失業したりするなどということも起こっている。このようなことの第一義的責任は国と東電にある。しかし、そのような損害については、ある程度補償されたとしても限定的でしかないのである。

このような中で、強制的に避難させられるがゆえに、ある程度の補償(これも十分とは思えないが)を得ている人びとと、被害をこうむったにもかかわらず、十分な補償を得ていないというと感じている人びととの間に「分断」が生じてくる。しかし、この「分断」は、国や東電が福島第一原発事故に対する責任をあいまいにしていることから発生しているといえるのである。

さて、次に、③の放射能汚染への影響ということについて考えてみよう。これもまた、福島に特徴的に示されている問題である。居住にせよ、農業・水産業の再開にせよ、全ての問題において、福島では放射能汚染の問題を考慮せざるをえない。この問題についていかに行動するかということに対しては、二つの方向性がある。一つの方向性は、放射能汚染を考慮し、放射線被曝を少しでも避けようとすることである。究極的には、高線量地域から移住するということになるが、高線量地域で生産された食品をなるべく食べない(これは、福島だけには限らないが)、高線量地域にはなるべく立ち入らないというような行動が具体的には考えられる。

他方で、放射能汚染の影響を「相対化」して、多少の高線量地域でも「帰還」してコミュニティを再建し、農業・水産業を再開させ、それらの地域で作られた食品も口にし、さらには観光客をよびこもうという方向性も存在する。というか、この方向性にしたがって、国・東電・福島県が福島第一原発事故対策をすすめているのである。もちろん、線量の高低で区域をわけ、さらには除染をし、食品の放射能検査を実施するなど、放射能汚染に対してなにも対応していないとはいえない。といっても、福島の広大な土地をすべて除染することなどできず、かなりの範囲が今なお除染基準(1時間あたり0.23μSv、年間1mSv)以上の空間線量のままだ。にもかかわらず、国の方針としては、除染基準の20倍の年間20mSvの線量地域まで帰還をすすめようというのである。

この二つの方向性も、「分断」の原因になっているといえよう。被災地に住民を帰還させ、コミュニティを再建させ、生業を復活させるというのは、自然災害ならば当然の対応である。この過程を「復興」といってよいだろう。しかし、自然の産物ではない放射能で汚染された地において、このような「復興」は自明なことではないのだ。

一つ、農地の復活という点で考えてみよう。東日本大震災における津波被害で、宮城県・岩手県の農地は海水につかり、塩害をうけた。この塩害を受けた農地に対し、土の入れ替えや淡水を流し込むことなどにより復活をはかることは、どれほどのコストがかかるかは別にして、方向性としては問題にはならない。塩は自然のものであり、海などに流しても問題ではないのだ。他方、放射性物質で汚染された農地の場合は、そもそも農地の除染だけで放射能を除去できるかということ、さらに除染により放射性廃棄物と化した土壌をどうするのかという問題が生じてくる。さらに、そのような土地で生産された農産物を商品として売ることがどこまで可能かということもある。このように、多くの面で問題をはらんでいるのである。

放射能汚染、これも人のもたらしたものであり、当然ながら「人災」である。そして、これは自然の循環にまかせてはならない。それは、すでに水俣病が示していたことであった。にもかかわらず、福島第一原発事故からの「復興」は自然災害のように扱われ、放射能汚染の面が軽視される。それがゆえに、放射能汚染を重大に考えている人びととの間に分断をうんでいるのである。

そして、ここにもまた、「人間の責任」ということが背景にあるといえる。放射能は人間が生み出したものであり、それに対処することも人間の責任である。その責任に目を背けたまま進もうとすること、それが分断の原因になっているといえる。

②と③の要因は、いずれにせよ、福島第一原発事故の「人災」としての性格から生じている。どちらも、本来、「人間社会」内部で担うべき責任があいまいにされ、それゆえに、福島県民内部に深刻な「分断」がもたらされるようになったといえるだろう。この「分断」を克服するのは容易なことではない。ただ、その第一歩は、福島第一原発事故は「天災」ではなく「人災」であり、「人間社会」内部において責任追及されるべき問題であることを認めることであると考えられるのである。

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2015年3月1日、東日本大震災のために遅れていた常磐道全面開通がなされた。パフィトンポストが朝日新聞の記事を引用しているので、まず、ここで紹介しておこう。

常磐自動車道、福島県内が3月1日開通 一部は未だ高線量
朝日新聞デジタル | 執筆者: 伊藤弘毅、本田雅和、小林誠一
投稿日: 2015年02月28日 13時07分 JST 更新: 2015年02月28日 13時07分 JST JOBANDO

常磐道が開通へ 期待寄せる被災地、一部は未だ高線量

東京電力福島第一原発事故の影響で整備が遅れていた、常磐自動車道の福島県内の一部区間が3月1日に開通する。首都圏と被災地が太平洋沿岸ルートでも一本に結ばれることになる。被災地からは観光振興面で期待の声が上がるが、放射線量が高い地点も残るため、効果は見通せない。

開通するのは、常磐富岡(福島県富岡町)―浪江(同県浪江町)の両インターチェンジ(IC)間の14・3キロ。すべて避難指示区域内で、うち約8キロは放射線量が高く、住民が当面帰れない帰還困難区域だ。第一原発からは最も近くて約6キロの場所を通る。

東日本高速道路は2014年度中の全線開通を目指していたが、原発事故で工事が中断。全線開通は15年夏に延期された。「復興の象徴」とする安倍晋三首相は14年3月、全線開通を15年のゴールデンウィーク前まで前倒しすると表明。「東北の被災地を多くの観光客が訪れるようにしたい」と語った。14年12月には、さらに2カ月早めた。

開通が2日後に迫った27日、太田昭宏国土交通相は閣議後会見で「企業立地の加速、観光・交流の促進に期待している」と語った。

■地元は歓迎、「震災の記憶を継承したい」

武者の乗った騎馬が市街地を練り歩く伝統行事「相馬野馬追(そうまのまおい)」で知られる福島県南相馬市。昨年、野馬追に訪れた客は震災前年の9割にとどまった。市内の避難先から毎年参加するトラック運転手酒本新さん(30)は「首都圏から移動が楽になり、野馬追に来る客も増えるに違いない」と喜ぶ。

(朝日新聞デジタル 2015年2月27日22時01分)
http://www.huffingtonpost.jp/2015/02/27/jobando-opening-disaster-area_n_6773758.html

この記事でもふれているが、この常磐道開通は、観光業などの早期振興をめざして、安倍晋三首相自身の指示で予定が早められたものである。そして、地元でも、常磐道開通による観光振興が期待されているという。

常磐道全面開通が浜通りの人びとの夢の一つであったことは間違いない。福島県議会会議録を閲覧していると、浜通り地域選出の県議たちが、幾度となく、常磐道全面開通への期待を述べている。

しかし、この常磐道は大きな問題をかかえている。今回開通した常磐富岡ICー浪江IC区間は、高線量の「帰還困難区域」のど真ん中をつらぬいているのだ。そのことへの懸念を毎日新聞は次のように報道している。

常磐道全線開通:沿道で放射線量の低減策
毎日新聞 2015年03月01日 22時10分(最終更新 03月02日 00時04分)

 1日に開通した常磐(じょうばん)自動車道の常磐富岡インターチェンジ(IC、福島県富岡町)−浪江IC(同県浪江町)間は、帰還困難区域などの避難区域を通るため、放射線量の低減策が取られている。一方、区間内の大熊、双葉両町には原発事故の除染で出た汚染土などを保管する中間貯蔵施設が建設される予定。13日に搬入が始まるため、汚染土を積んだトラックの事故発生を懸念する声も出ている。

 東日本高速道路会社によると、除染の結果、路面から1メートルの高さの空間線量は除染前に最大で毎時35.9マイクロシーベルトだったが、同4.8マイクロシーベルトに下がった。放射線量の高い双葉町内では、ガードレールの外にあるのり面に厚さ15センチのコンクリートを総延長715メートルにわたって吹き付けた。放射性物質を吸収する草木や土から利用者を少しでも遠ざけるためだ。

 事故が起きればガードレールの外側で待機するが、車外に1時間いた場合の被ばく線量は最大6.4マイクロシーベルト。胸部X線集団検診の被ばく線量(1回あたり60マイクロシーベルト)の約10分の1で、同社は「問題ない数値」と説明する。開通区間の3地点には線量を確認できる大型の表示板を設置した。

 一方、中間貯蔵施設の予定地に近い常磐富岡、浪江の両IC付近は交通量の増加が予想される。全町避難が続く浪江町の馬場有(たもつ)町長は「輸送面の安全が確保されるか心配だ」と話す。

 福島県警高速隊は開通に備えて昨年12月、南相馬市内に分駐隊を発足させており、「利用者の不安を払拭(ふっしょく)するため、より迅速な事故処理に徹したい」としている。

 高速道を通行後、車両の放射性物質を落とす「スクリーニング」の義務はないが、希望者は常磐富岡ICなどの近くにあるスクリーニング場で無料で受けることができる。【宮崎稔樹】
http://mainichi.jp/select/news/20150302k0000m040112000c.html

なお、ここには毎時4.8マイクロシーベルトとあるが、その前の調査では5.5マイクロシーベルトだったようである。常磐道を運用しているNEXCO東日本のサイトでも。2015年3月3日20時で5.36マイクロシーベルトとあり、大体5マイクロシーベルトが最高のようである。また、同サイトでは広野町から南相馬市の9地点のモニタリングポストの放射線量を掲示しているが、この区間の最北(南相馬市)と最南(広野町)以外の7地点で0.23マイクロシーベルトの基準をこえている。そもそも、帰還困難区域のため、もともと30マイクロシーベルトをこえており、除染などをしてようやくこの数値に下がったという。事故などがおき、道路脇に退避すると、たちまち6.4マイクロシーベルトの被曝になる。問題のない数値とはとてもいえない。基準の20倍以上である。そして、今回の開通区間のほとんどは基準をこえているのである。http://jobando.jp/hoshasenryo/genzai.html

これだけ数値が高いと、例えば、南相馬市ー浪江町間では、より海側で線量が低い避難指示解除準備区域を通っている国道六号線のほうが、無用な被曝をしないですむとも思われる。ただ、国道六号線は福島第一原発の門前を通過しており、その周辺の線量は10マイクロシーベルトをこえているようだから、浪江町ー富岡町間では常磐道のほうがまだ線量が低いとも考えられる。といっても、5マイクロシーベルトは覚悟しなくてはならない。

用事があるならば通行するのも仕方がないかもしれない。また、避難道として使うなど、地元の人びとには利便もあるだろう。除染や福島第一原発の廃炉作業にもそれなりに役立つだろう。しかし、こういうところに「観光」目的で通行したいと思うだろうか。「無用な被曝はさける」、低線量被曝の影響については確定したことはいえないが、そのように考える人は多いだろう。

東北の地方紙である河北新報は、基本的に常磐道開通を評価しているが、しかし、その半面で次のように報道している。

<常磐道3・1全通>ためらうバス業界/(下)放射能の影 安心確立なお時間

 昨年12月の常磐自動車道相馬-山元インターチェンジ(IC)間の開通後、南相馬市と仙台市を1日4往復する高速バスの直行便は利用客が増え、1月は約3700人と2、3往復だった前年の約2.5倍になった。だが、運行する東北アクセス(南相馬市)は、全線開通で直結するいわき市方面の運行には慎重な姿勢を崩さない。
 南相馬周辺は関東方面からの作業員も多く、いわき方面への潜在需要は高いとみられるが、遠藤竜太郎社長(50)は「被ばくが課題」と新路線開設に踏み切れない理由を説明する。「事故時の乗客への対応はもちろん、何度も行き来する運転手への影響も無視できない」

<「遠回りを」>
 最終開通区間の常磐富岡-浪江IC間(14.3キロ)は、福島第1原発事故の帰還困難区域を通り、常磐道の中で最も空間放射線量が高い。空間線量は最高地点で毎時約5.5マイクロシーベルト。短時間の通過による影響は限定的とされるが、住宅地であれば年間20ミリシーベルト以上の被ばくが想定される値だ。
 東北道と磐越道を経由し、1日8往復する高速バスのいわき-仙台線。常磐道に乗れば40キロほど距離を短縮できるが、利用を計画していない。
 利用客からは「近い方がいい」と常磐道ルートを支持する声の一方で、「線量が高い場所があるので遠回りでもいい」と不安も聞かれる。同路線をジェイアールバス東北(仙台市)と共同運行する新常磐交通(いわき市)は「輸送の安全確保を検討している段階」と説明。当面、現行ルートで運行を続ける方針だ。
 福島県内の常磐道は、福島第1原発がある大熊、双葉両町に建設される中間貯蔵施設への除染廃棄物の輸送ルートにもなる。近く試験輸送が始まる予定だが、本格化すれば大型ダンプが1日1500台以上通行する見込みだ。

<効果不透明>
 こうした状況から、旅行業界も全線開通を歓迎しつつも、企画商品の販売に二の足を踏む。地元旅行会社の幹部は「現時点では常磐道を使う商品を販売しにくい。東北道を使うケースが多いだろう」と話す。
 東日本高速道路がかつて想定した常磐道常磐富岡-山元IC間の交通量は、1日7000~5000台。昨年12月の2区間開通後の実績は1日8000~2300台と近似するが、避難者の利用や工事車両が多く、原発事故前と様相は異なる。
 「東北の復興の起爆剤にしたい」と、安倍晋三首相が全線開通を急がせた常磐道。多方面に全通効果が表れ、被災地の再生をけん引できるかどうか。道のりは平たんではない。

2015年02月27日金曜日
http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201502/20150227_63023.html

結局、高速バス運行業者たちは、高線量地区を通過することを懸念して、常磐道でのルート開通に二の足をふんでいるのである。高速バス業者が運行しないのであれば、観光バス業者でもそうだろう。そして、どちらにせよ、利用者が集まるのだろうか。

浜通りには美しいところ、興味深いところはたくさんある。比較的低線量である、北部の相馬市・南相馬市や、南部のいわき市などをみていくことはかまわないだろう。しかし、さほど必然的理由がなく、高線量の常磐道を通過することは「無用の被曝をする」ことではないかと思う。

3.11直後、日本政府や福島県はSPEEDIによる予測を公表せず、浜通りの人びとは結果的に高線量地域に避難し、「無用な被曝」をしてしまった。その反省もなく、常磐道を開通させ、そこに一般観光客をよびこみ、「無用な被曝」をさせようとしているのである。安倍首相のいう「全面開通した常磐道を東北の復興の起爆剤にする」ということは、そういうことなのだ。そして、福島第一原発事故は、単に放射能だけでなく、浜通りの人びとの夢まで汚してしまったといえるのである。

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