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Posts Tagged ‘日本中心主義’

さてはて、9月末、安倍首相は、第68回国連総会に出席するため、ニューヨークを訪問した。ニューヨークでは、ニューヨーク証券取引所他でさまざまなスピーチを行った。それぞれのスピーチではさまざまな問題を惹起しているが、まずは、27日に行われたメインの国連総会演説をみておこう。

国連総会演説については、首相官邸が、下記のサイトで動画・テクストともに配信している。このブログにおける安倍演説の引用は、このサイトから行った。

http://www.kantei.go.jp/jp/96_abe/statement/2013/26generaldebate.html

この国連総会演説で、まず安倍首相は、シリアの化学兵器廃棄にむけた国際社会の努力を支持するとともに、シリア内戦で生じた国境内外の難民を支援するとし、6000万ドル相当の追加人道支援を行うとした。

次に、安倍首相は、2020年にオリンピック・パラリンピックを開催する栄誉に恵まれたとして、次のように述べた。

手にした僥倖に報いる私の責務とは、まずもって、日本経済を、強く建て直すこと、そのうえで、日本を、世界に対して善をなす・頼れる「力」とすることです。
 私はここに、日本を今まで同様、いえ、世界はいよいよ悲劇に満ちているのですから、むしろこれまで以上に、平和と、安定の力としていくことを、お約束します。
 それは国際社会との協調を柱としつつ、世界に繁栄と、平和をもたらすべく努めてきた我が国の、紛うかたなき実績、揺るぎのない評価を土台とし、新たに「積極的平和主義」の旗を掲げようとするものです。
(中略)
日本として、積極的平和主義の立場から、PKOを始め、国連の集団安全保障措置に対し、より一層積極的な参加ができるよう、私は図ってまいります。国連の活動にふさわしい人材を、我が国は、弛まず育てなくてはならないと考えます。

一体全体、なぜ、オリンピックを開催することと、「日本経済を、強く建て直すこと、そのうえで、日本を、世界に対して善をなす・頼れる『力』とすること」が関連するのかわからない。ただ、ここで重要なことは、これからの日本は「積極的平和主義」の立場にたつとして、国連の集団安全保障措置により積極的に参加するとしていることである。安倍政権は「解釈改憲」その他、いろいろな形で戦争が可能な国家に日本をかえようとしているが、今後、そのような試みは日本を「平和と、安定の力としていく」営為としてプロパガンダされていく可能性があるだろう。

その後、安倍首相は、「宇宙、サイバースペースから、空、海に至る公共空間」を「公共財」として保全したことを提起した。ここでは、安倍首相の演説をみてみよう。

 

開かれた、海の安定に、国益を託す我が国なれば、海洋秩序の力による変更は、到底これを許すことができません。
 宇宙、サイバースペースから、空、海に至る公共空間を、法と、規則の統(す)べる公共財として、よく保つこと。我が国に、多大の期待がかかる課題です。

この部分は、尖閣諸島その他で海洋進出をはかっているとする中国を暗黙に批判したものといえよう。しかし、福島第一原発事故で汚染水を海洋に流出している日本の責任は顧みられていないのである。

そして、被ばく国日本として核軍縮、不拡散、核廃絶に努力するとし、北朝鮮の核・ミサイル開発と日本国民の拉致を非難した後、イランの核問題の解決にむけての進展に期待を示した。さらに、アフリカ諸国の投資意欲にこたえる姿勢を示した後、次のように主張した。

日本外交の進路は、自らの力を強くしつつ、これら、世界史的課題に、骨惜しみせず取り組むところに開かれると、私は信じて疑いません。
 まったく、「骨惜しみをしない」こととは、日本の振る舞い――外交であれ何であれ――を基調づける、通奏低音に違いないと思います。
 かような意思と、力、実績をもつ国として、安全保障理事会の現状が、かれこれ70年前の現実を映す姿のまま凍結され、今日に及んでいる事実を、はなはだ遺憾に思います。
 安保理は、遅滞なく改革されなくてはならず、我が国は、常任理事国となる意欲にいささかも変わるところがないことを申し添えます。

国連安全保障委員会の現状が70年前の現実を映す姿で固定されていると批判し、日本が常任理事国になる意欲を示したのである。いろいろ考えてみると、安倍晋三の真意は「積極的平和主義」のかけ声のもと、国連の集団安全保障活動に積極的に参加しつつ、常任理事国入りをめざすということにあるだろう。そして、それは、70年前の「現実」ー第二次世界大戦で日本が敗戦したということを「修正」する営為なのである。

この高揚した気分は、次の部分にも受け継がれていく。この部分で、まず安倍首相はこのように述べた。

すべては、日本の地力を、その経済を、再び強くするところに始まります。日本の成長は、世界にとって利得。その衰退は、すべての人にとっての損失です。

国連総会の場ならば、「世界の成長は日本の利得」などと表現するのが適当だろう。バブル期にはよく「日本は世界経済の牽引役」という表現がなされたが、これもまた「世界」が主語となっている。この表現では日本が「主」となり、世界が「従」なのだ。

「夜郎自大」という言葉がある。Wikipediaでは、次のように表現されている。

『史記』では夜郎は当時の西南地区における最大の国家であり、武帝が時南越国討伐に唐蒙(中国語版)を派遣した際、その地で当時蜀(現在の四川省)で産出された枸醬(こうしょう)が夜郎よりもたらされたことを知り、南越国を牽制する目的で使節を派遣、現地に郡県を設置し、夜郎王族を県令に任じることとした。その漢の使者と面会した夜郎王が「漢執與我大」(漢と我といずれが大なるか)と尋ねたことより、「世間知らずで、自信過剰」を表す「夜郎自大」(夜郎自らを大なりとす)の故事成語が誕生した。

安倍首相の発言は、ほぼ「夜郎自大」に近いだろう。日本の成長は世界の利得。日本の衰退は世界の損失。日本が「主」で世界は「従」。日本中心主義としかいえない。そのように、アメリカ国民、中国国民、韓国国民などは考えるだろうか。現代の資本主義的世界体制のなかで、よくも悪くもそれぞれの国民国家は競争しあっている。その中で、日本の成長は世界全体の課題であるという安倍の発言は受け入れられるであろうか。よくても「世間知らずで自信過剰を示す」と受け取られるであろう。悪くすれば、常任理事国化をめざすことによって、日本の利害を世界全体に押し付けるのではないかという疑惑をもたれることになるのではなかろうか。

この提起の後、安倍首相の演説は、「女性問題」を主題としていく。これはこれで問題であるが、別の機会があれば論じておきたい。

このように、安倍首相は「積極的平和主義」のかけ声のもと、国連の集団安全保障活動に積極的に参加し、世界的な意味における戦後体制の転換をはかって国連常任理事国入りをめざすことを国連総会で提起した。しかし、その中で垣間見えるのは「日本の成長は世界の利得。日本の衰退は世界の損失。日本が『主』で世界は『従』」という、「夜郎自大」な日本中心主義的な志向であった。そして、また、この日本中心主義的志向が、世界各国から警戒される原因の一つになっているのである。

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