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Posts Tagged ‘教会’

女子学院発祥の地

女子学院発祥の地(2010年8月27日撮影)


立教女学院跡

立教女学院跡(2010年8月27日撮影)


関東学院の源流ー東京中学院発祥の地

関東学院の源流ー東京中学院発祥の地(2010年8月27日撮影)


このように、設置当初の築地居留地は、外国商人たちにとって人気がなかった。1872年の新橋―横浜間の鉄道開通は、それに拍車をかけた。確かに横浜から交通至便になったものの、横浜からの日帰りが可能となり、築地に根拠地を置く必要性はますます薄れたのである。
築地居留地の真の主となったのは、キリスト教各派の教会とそれが経営するキリスト教系学校であった。プロテスタントを中心にカソリックなどまで13会派が進出し、ほぼ10の聖堂が建設された。これらの教会は、関東大震災までにほぼ移転し、現在はカトリック築地教会のみが残されている。これらの教会は、それぞれのキリスト教系の学校を開設した。このようなキリスト教系の大学を源流として、明治学院大学・女子学院・青山学院大学・立教大学・双葉学園・暁星学園・関東学院大学・女子聖学院・アメリカンスクールなどがうまれている。その他工手学校(現工学院大学)や築地カトリック神学校・啓蒙小学校・明教小学校・サンマー英語学校・聖三一神学校・女子聖書学館・女子神学校などが創立された。さらに、フォールズのツキジホスピタルや、トイスラーの聖路加病院など、キリスト教系病院も生まれている。現状では、学校は同地に残されておらず、聖路加国際病院のみが残されている。
この地は、さまざまなキリスト教系学校の発祥地であり、明石町には、多くの学校の創立記念碑が建てられている。これらの「記憶の場」としての築地といえるであろう。

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トイスラー記念館

トイスラー記念館(2010年8月27日撮影)


トイスラー記念碑

トイスラー記念碑(2010年8月27日撮影)


聖路加国際病院の宣教師館として1933年に建設。一見木造にみえるが、二階部分までは鉄筋コンクリートで、一部木造。1989年に解体され、1998年に移築復元された。現在の所在地は、聖路加国際病院旧館南側の緑地帯の中にある。聖路加国際病院の「過去」をイメージするオブジェとして機能しているといえよう。

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2010年10月6日撮影

改築中の明石小学校の前には、カトリック築地教会聖堂がある。この教会は1874年に築地居留地であるこの地に設置され、1878年に煉瓦造のゴシック様式で聖堂が建設された。明治期に築地周辺に住んでいた日本画家の鏑木清方は、「恐らくは東京で初めて植えたのであろうと思うポプラの高い木立に囲まれて、凩の吹き初める頃には、街の瓦斯灯を掠めて冷い歩道の敷石の上にきいろい落葉が時雨のように降って散りしく。それは西日をうけて金の十字が暮れ残る天主教会の前庭であった」(「築地川」 『随筆集明治東京』)と述べている。
カトリック築地教会聖堂は1923年の関東大震災で被災し、1927年に再建された。ギリシャ建築パルテノン型で、一見石造建築にみえるが、木造モルタル造である。空襲にもあわず、今でも残っている。築地居留地の遺産といえる。

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