Feeds:
投稿
コメント

Posts Tagged ‘放射能’

    前回のブログでは、レイチェル・カーソンの『沈黙の春』の全体テーマについて紹介した。ここでは、『沈黙の春』を読んでみて気づいたことを述べていこう。

    あまり言及されていないが、『沈黙の春』における農薬などの化学薬品についての印象は、核戦争における放射性物質についてのそれを下敷きにしているところがある。例えば、レイチェルは

    汚染といえば放射能を考えるが、化学薬品は、放射能にまさるとも劣らぬ禍いをもたらし、万象そのものー生命の核そのものを変えようとしている。核実験で空中にまいあがったストロンチウム90は、やがて雨やほこりにまじって降下し、土壌に入りこみ、草や穀物に付着し、そのうち人体の骨に入りこんで、その人間が死ぬまでついてまわる。だが、化学薬品もそれに劣らぬ禍いをもたらすのだ。畑、森林、庭園にまきちらされた化学薬品は、放射能と同じようにいつまでも消え去らず、やがて生物の体内に入って、中毒と死の連鎖をひき起していく。(本書pp22-23)

    核戦争が起れば、人類は破滅の憂目にあうだろう。だが、いますでに私たちのまわりは、信じられないくらいおそろしい物質で汚染している。化学薬品スプレーもまた、核兵器とならぶ現代の重大な問題と言わなくてはならない。植物、動物の組織のなかに、有害な物質が蓄積されていき、やがては生殖細胞をつきやぶって、まさに遺伝をつかさどる部分を破壊し、変化させる。未来の世界の姿はひとえにこの部分にかかっているというのに。(本書p25)

    と、言っている。レイチェルにとっては、放射性物質も化学薬品も、自然を破壊する、人間の手に入れた「新しい力」なのである。彼女は、化学薬品による白血病の発症について広島の原爆の被爆者の問題から説き起こし、急性症状による死亡者についても第五福竜丸事件で死亡した久保山愛吉を想起している。

    彼女によれば、合成化学薬品工業の勃興は、核兵器と同様に、第二次世界大戦のおとし子だと言っている。次の文章を紹介しておきたい。

     

    なぜまた、こんなことになったのか。合成化学薬品工業が急速に発達してきたためである。それは、第二次世界大戦のおとし子だった。化学戦の研究を進めているうちに、殺虫力のあるさまざまな化学薬品が発明された。でも、偶然わかったわけではなかった。もともと人間を殺そうと、いろいろな昆虫がひろく実験台に使われたためだった。
     こうして生まれたのが、合成殺虫剤で、戦争は終ったが、跡をたつことなく、新しい薬品がつくり出されてきた。(本書pp33-34)

    このような、農薬などの化学薬品による「殲滅戦」について、「私たち現代の世界観では、スプレー・ガンを手にした人間は絶対なのだ。邪魔することは許されない。昆虫駆除大運動のまきぞえをくうものは、コマドリ、キジ、アライグマ、猫、家畜でも差別なく、雨あられと殺虫剤の毒はふりそそぐ。だれも反対することはまかりならぬ」(本書p106)と彼女は述べている。そして、「私たち人間に不都合なもの、うるさいものがあると、すぐ《みな殺し》という手段に訴えるーこういう風潮がふえるにつれ、鳥たちはただまきぞえを食うだけでなく、しだいに毒の攻撃の矢面に立ちだした。」(本書p108)と指摘し、「空を飛ぶ鳥の姿が消えてしまってもよい、たとえ不毛の世界となっても、虫のいない世界こそいちばんいいと、みんなに相談もなく殺虫剤スプレーをきめた者はだれか、そうきめる権利はだれにあるのか。いま一時的にみんなの権利を代行している官庁の決定なのだ。」(本書p149)と、彼女は嘆いている。

    この「みな殺し」=ジェノサイドこそ、農薬大規模散布の根幹をなす思想ということができよう。「不都合とされた」害虫・雑草(ある場合は害鳥)は根絶しなくてはならず、そのためには、無関係なものをまきぞえにしてもかまわないーこれは、合成化学薬品工業の源流にある「化学戦」においても、無差別空襲においても、ユダヤ人絶滅計画においても、核戦争においても、それらの底流に流れている発想である。これらのジェノサイドは、科学・技術・産業の発展によって可能になったのである。まさに、二度の世界大戦を経験した20世紀だからこそ生まれた思想である。そのように、大規模農薬散布による生態系の破壊と、核兵器は、科学・技術・産業の発展を前提としたジェノサイドの思想を内包しているという点で共通性があるといえよう。レイチェル・カーソンが、農薬などの化学薬品の比較基準として「核兵器」を想定したことは、そのような意味を持っているのである。

    広告

    Read Full Post »

本ブログでは、雁屋哲作・花咲アキラ画「美味しんぼ」において鼻血など福島の人びとの健康状況をとりあげたことに対して閣僚や福島県知事などが批判したことについて、もともと、鼻血の有無も含めて、避難区域など除外した福島県民全体に対して十分健康診査をしていないことを述べた。

さて、5月19日に、福島の人びとの健康状況をとりあげた「美味しんぼ」の「福島の真実」編のクライマックスである第604話(『週刊ビックコミックスピリッツ』2014年6月2日号所載)の販売が開始された。そのことを伝える NHKのネット配信記事をまずみてほしい。

健康影響描写が議論「美味しんぼ」最新号
5月19日 16時36分

東京電力福島第一原子力発電所の事故による健康影響の描写が議論を呼んだ漫画「美味しんぼ」を連載する雑誌の最新号が19日に発売され、地元福島県では「不安に追い打ちをかけられた」と批判的な意見がある一方で、「原発事故の問題が風化してきているなかで発信することは大事だ」と理解を示す声も聞かれました。

「美味しんぼ」は、小学館の雑誌「週刊ビッグコミックスピリッツ」に連載されている人気漫画です。
先月28日の連載で、主人公が福島第一原子力発電所を取材したあとで鼻血を出し、実名で登場する福島県双葉町の前町長が「福島では同じ症状の人が大勢いますよ」と語る場面などが描かれ、福島県や双葉町が「風評被害を助長する」などと批判していました。
最新号では、自治体からの批判や、有識者13人の賛否両論を載せた特集記事が組まれ、最後に「編集部の見解」が掲載されています。
この中で編集部は、一連の表現について「残留放射性物質や低線量被ばくの影響について、改めて問題提起したいという思いもあった」と説明したうえで、「さまざまなご意見が、私たちの未来を見定めるための穏当な議論へつながる一助となることをせつに願います」と締めくくっています。
これについて、福島県ではさまざまな意見が聞かれました。
このうち、福島県中島村の64歳の女性は「放射線量が下がってきて、食品もいろんな検査を通して落ち着いて生活できるようになってきたのに、3年目にして不安に追い打ちをかけられた気持ちです」と話していました。
本宮市に住む30歳の女性は「全体的に原発事故の問題が風化してきているので、このように発信することは大事だと思う。福島がこれから立ち上がっていこうとしているところをほかの人にも知ってほしいし、この問題を取り上げるのは勇気のいることではないか」と理解を示していました。

前双葉町長「住民と議論尽くすべき」
漫画「美味しんぼ」に実名で登場した福島県双葉町の前の町長の井戸川克隆氏は19日、NHKの取材に応じました。
このなかで井戸川前町長は、血が付いた紙を見せながら、みずからもいま毎日のように鼻血がでるとしたうえで、「鼻血が出ることについて、風評ということばで片付けられようとしているが、福島でどのように皆が苦しんでいるか、鼻血がどれくらい出ているか、実態を調べていない人が『ない』と言っている感じがする」と話しました。
そのうえで、「『安全だ』と言う人と『危険だ』と言う人の両方の意見を聞くべきだが、そうしたプロセスが取られずに、安全だとか、安心だという宣伝ばかりが先行しており、危険だという人の意見を小さくしている。避難にあたっての放射線の基準などについて、政府は一方的に考えを押しつけるのではなく、さまざまな考えを持つ住民と議論を尽くすべきだ」と述べました。

被ばく検査の医師「国民全体が放射線の知識を」
東京電力福島第一原子力発電所の事故による健康影響の描写が議論を呼んだ漫画「美味しんぼ」について、福島県南相馬市を拠点に住民の被ばく検査を行っている東京大学医科学研究所の坪倉正治医師は、放射線の影響を正しく判断できるよう、国民全体が放射線の知識を身につけることが重要だと訴えました。
坪倉医師は被ばくと鼻血の関連性について、「現在のさまざまな放射線量の測定では、被ばくが鼻血を引き起こすような高いレベルではない。被ばくによる鼻血は血小板の減少で出血するので、鼻血が少し出るという程度ではすまない」と指摘しました。
また、福島には住めないという表現について、「汚染が起きたことは確かだが、3年以上計測してきた住民の被ばく線量では、現在、人が住んでいる地域は安全性が担保される被ばく量に収まることが分かっている」と述べました。
そのうえで、「今回の件で福島の子どもたちが将来、差別を受けるきっかけを作ってしまったことは残念だ。差別や臆測に対して行われている放射線の検査や被ばく線量などを、福島の住民1人1人が自分のことばで説明できるようになってほしい。福島県外の人たちも福島の現状を正しく理解し、放射線を安全か危険かという二元論ではなく、どういうものかを小中学校できちんと議論して理解する機会を増やすべきだ」と訴えました。

「正しい情報提供を積極的に」
メディア論に詳しい学習院大学の遠藤薫教授は「放射能を不安に思っている人に対して『根拠がない。風評だ』とだけ言っても、実はもっと怖いことが隠されていると思ってしまい、事態が悪化する。不安に対していろいろな形で答えていくのが重要で、これまでの研究でも正しい情報を積極的に提供していくことで、根拠のないデマに惑わされなくなるというのがセオリーだ。委縮して声を出しにくい状況をつくるのではなく、いろいろな情報を出して議論する場をつくっていかなければいけない」と話しています。

被ばく医療専門家「血管だけ障害考えられない」
被ばく医療が専門の放射線医学総合研究所の明石真言理事は「全身に被ばくして骨髄に障害が起きて血小板が減り鼻血が出ることはありえるが、今回の事故では住民に骨髄に障害が起きるような被ばく線量になっていない。鼻の周辺に強い放射線が当たるような場合でも周辺の粘膜や皮膚組織にも障害が出るはずで、血管だけが障害を受けるということは考えられない。鼻血の症状を訴える頻度が増えているとしたら放射線以外のことを考えるべきで、さまざまな原因があり人によって違うと思う」と話しています。
そのうえで今回の問題については「人々の間に放射線への不安が完全には消えていないことと、専門家の話を心の底から信頼できていないことが大きいと思う。『また福島でこんなことが起きているの』と福島県外の人に思わせてしまったことは大きなマイナスで、こういうときにどうすべきかみんなで考えていくべきだと思う」と話しています。

「国は疑問解決のための調査を」
「美味しんぼ」の問題について、科学技術と社会の関係を研究している大阪大学コミュニケーションデザイン・センターの平川秀幸教授は、「放射能の影響を一面的に描くことで誤った情報が広まるおそれがあり、当然配慮が必要だったと言える。しかしこの一方で、多くの人が被ばくについて心配するなか、住民の不安な思いなどがかき消され、伝えられなくなるのは大きな問題だ」と指摘しています。
そのうえで、「国などは住民が放射能の影響について何を問題とし不安に思っているかきちんと向き合い、疑問を解決するための調査などを進めていく姿勢が求められる」と話しています。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140519/k10014553891000.html

この記事は「美味しんぼ」における福島の人びとの健康状況の描写の是非について述べているが、「美味しんぼ」漫画全体では、何をメッセージとして訴えているのかについては全くふれていない。この「描写」についても、「メッセージ」と表裏一体の関係にあるはずだが、それは全く考慮されていないのである。

私自身は、19日に、この「美味しんぼ」が掲載されている『週刊ビックコミックスピリッツ』2014年6月2日号を入手した。漫画自体をコピペしたり、あらすじを詳細に述べてネタバレすることはさけつつ、『美味しんぼ』が発したメッセージをここで紹介しておこう。

一応、簡単に設定を紹介しておくと、この「美味しんぼ」第604話は、料理批評のライバルであり親子でもある山岡士郎と海原雄山が、取材チームをひきつれて、福島県内外において、福島第一原発事故による福島の人びとへの影響を2013年4月に取材するというものである。この取材過程で、主に山岡と海原がメッセージを述べているのである。

まず、この漫画の前のほうで、前号などにとりあげた井戸川克隆前双葉町長と荒木田岳福島大学准教授について触れながら、海原と山岡は、次のような対話をしている。

海原雄山:井戸川前双葉町長と福島大学の荒木田先生は、福島には住めないとおっしゃる…。
だが、放射能に対する認識、郷土愛、経済的な問題など、千差万別の事情で福島を離れられない人も大勢いる。
今の福島に住み続けて良いのか、われわれは外部の人間だが、自分たちの意見を言わねばなるまい。
山岡士郎:自分たちの意見を言わないことには、東電と国の無責任な対応で苦しんでいる福島の人たちに嘘をつくことになる。
海原:偽善は言えない。
山岡:真実を語るしかない。

ここで、「美味しんぼ」のメッセージのテーマが明確に提起されている。それは、福島に住みつづけることの是非について、外部の人間から「自分の意見」を言うことなのだ。これを言わないことについて、山岡と海原は「福島の人たちに嘘をつくこと」であり、「偽善」というのである。そして、山岡は「真実を語るしかない」という。

そして、この漫画の後のほうで、このテーマに対する答えが述べられている。まず、山岡は「原発事故は日本という国がいかに大事なものか思い知らせてくれた。福島を守ることは日本を守ることだ」といっている。その部分を紹介しておこう。

山岡:僕の根っこが福島だという父さんの言葉についてだけど、原発の事故がこのまま収まらず、拡大したら福島県は駄目になる。
それは福島にとどまらず日本全体を破壊する。
福島の未来は日本の未来だ。これからの日本を考えるのに、まず福島が前提になる。
海原:なるほど。だから福島は日本の一部ではなく、日本が福島の一部と前に言ったのだな。
山岡:世界のどこにいようと僕の根っこは日本だ。
原発事故は日本という国がいかに大事なものか思い知らせてくれた。
福島を守ることは日本を守ることだ。であれば、僕の根っこは福島だ。
海原:うむ。私の問いに対する答えとして、それでよかろう。

私自身の個人的な感覚では「福島を守ることは日本を守ることだ」というフレーズに違和感を感じなくもない。福島第一原発事故は、単に「日本」だけの問題ではなく、「世界」全体の問題になっていると考えているからである。ただ、いずれにせよ、福島を守るということは、福島以外を守るということでもあるということは確かなことだ。その意味で、福島の外部にいる者も「福島」の運命に結び付けられているのである。それを「美味しんぼ」はこの部分で確認している。

その上で、「美味しんぼ」では、福島県に住みつづけることの是非について、このように結論づける。

山岡:父さんは、福島の問題で、偽善は言えないと言ったね。
海原:福島に住んでいる人たちの心を傷つけるから、住むことの危険性については、言葉を控えることが良識とされている。
だが、それは偽善だろう。
医者は低線量の放射能の影響に対する知見はないと言うが、知見がないと、とはわからないということだ。
私は一人の人間として、福島の人たちに、危ないところから逃げる勇気をもってほしいと言いたいのだ。
特に子供たちの行く末を考えてほしい。
福島の復興は土地の復興ではなく、人間の復興だと思うからだ。
山岡ゆう子:人間の復興…それが一番大事だわ。
飛沢周一(別人かもしれない):では、われわれにできることは。
山岡:福島を出たいという人たちに対して、全力を挙げて協力することだ。
海原:住居、仕事、医療などすべての面で、個人では不可能なことを補償するように国に働きかけることだ。
岡星良三(別人かもしれない):そう働きかけることはわれわれの義務だ。

「美味しんぼ」は、福島の人たちへは「危ないところから逃げる勇気をもってほしい」とよびかけた。他方、福島の外部にいる「われわれ」に対しては「福島を出たいという人たちに対して、全力を挙げて協力することだ」「住居、仕事、医療などすべての面で、個人では不可能なことを補償するように国に働きかけることだ」と課題を提起し、それを「われわれの義務」とした。

「美味しんぼ」は、「医者は低線量の放射能の影響に対する知見はないと言うが、知見がないと、とはわからないということだ」と指摘している。これは、全く、その通りである。「美味しんぼ」について、非科学的などという批判が浴びせられた。しかし、他方で、だれも「低線量の放射能」が健康に影響しないと言い切ることはできない。そのような調査すらやっていないのである。

その上で指摘された「福島の復興は土地の復興ではなく、人間の復興だ」とする言葉は重い。復興の目的が「人間の復興」であるならば、健康に影響に影響があることが懸念される土地に住みつづけるということは、ありえないことなのである。結局、一般的に言われている「復興」とは「土地の復興」であって「人間の復興」ではないということなのである。別に放射線のことがなくても、国や地方自治体が進めていることは、所詮「土地の復興」であり「人間の復興」ではないのである。

このメッセージは、非常に勇気のあるものだ。個々の漫画叙述についてひっかかる人も、安倍政権の閣僚や福島県知事ではなくてもいるだろう。それでも、「美味しんぼ」のこのメッセージをうけとってほしいと思う。

もちろん、福島県に住み続けなくてならない人びともたくさんいる。その人びとにとって、このメッセージは意にそぐわないこともあるだろう。このメッセージは「理想」論であり、現実には実現できないという人もいるだろう。しかし、こう考えて欲しい。「現実」を多少とも我慢できるものとしていくためにも「理想」は必要なのであると。

Read Full Post »