Feeds:
投稿
コメント

Posts Tagged ‘放射線’

前回のブログでは、5月8日に私が常磐道を使って福島県浜通りを北上しようとしたが、常磐道が片道一車線、対面通行で、以前よりも交通量が増え、横風にもあったため、いわき市最北のいわき四倉インターチェンジで常磐道を下りたことを紹介した。この時点で、私は迷った。常磐道でも帰還困難区域を通過せざるをえないのだが、一般道国道6号線は福島第一原発の前を通過しており、より高線量の地点があると予想せざるをえない。

実際、後から調べたことだが、国道6号線は常磐道より多くの被曝を強いられることになっているようだ。「物流ニッポン」というサイトの2015年7月13日付の記事では、次のように説明されている。

内閣府の原子力災害対策本部原子力被災者支援チームが6月24日に公表した資料によると、避難指示区域通過による被ばく線量は、国道6号で放射線量が最も多い区間(42.5キロ)を時速40キロで通過した場合が「1.2マイクロシーベルト」。これは、胸部X線集団健診の被ばく線量60マイクロシーベルトの50分の1程度だ。また、常磐道・広野インターチェンジ(IC)―南相馬IC(49.1キロ)を時速70キロで通過した際の被ばく線量は0.37マイクロシーベルトで、X線健診の160分の1に当たる――としている。
http://logistics.jp/media/2015/07/13/251

今、考えてみると、常磐道でもそれなりの被曝を覚悟しなくてはならないが、その3倍以上の被曝になっていたようである。沿道のモニタリングでも、常磐道では最大毎時4μSv程度だが、国道6号線沿いには毎時12μSvの地点もあるようだ。福島第一原発により近い国道6号線では、より被曝を覚悟しなくてはならないのである。

とはいえ、多分、公開されている限り、一度は福島第一原発前を通りたいと考えてもいた。そこで、四倉から国道6号線を使って、浜通りを北上することにした。

とはいえ、四倉から楢葉町までの区間は避難指示が解除されている。事故後、行ったこともある。事故後に行かなかったところは、富岡町から浪江町の区間だ。大雑把に言えば、富岡町中心部は居住制限区域(年間20〜50mSv)、富岡町北部ー大熊町ー双葉町が帰還困難区域(年間50mSv以上)、浪江町(海岸部)以北が避難指示解除準備区域(年間20mSv以下)となっている。とにかく、行ってみることにした。

このあたりは、山地と海に挟まれ、山地からは小河川が流れ、小河川に沿って平坦地があって田畑や小さな街並みが所在し、それぞれの小河川流域を区切るように岡があって、そこに林地が広がっているという地形だ。その地形にはもちろん変化はない。国道6号線沿いに所在する林地は新緑となっており、そこここで、藤の花が満開となっていた。見た目だけでは、「美しい自然」なのである。

国道6号線における帰還困難区域の通行は、放射線を多少でも遮蔽できる自動車でしか許されない。自動二輪や徒歩は通行禁止となっていた。そこで、帰還困難区域の境界は、車道は開放されているが、警官もしくは警備員が警戒していた。たぶん、自動二輪や歩行者を追い返すことが任務なのだろう。

帰還困難区域に入ってみると、津波に遭わなかったところでは、意外と町並みはかたづいている感じがした。地震で壊れていたような家屋は撤去されたようであり、残っていた家も青いビニールシートなどで屋根が補修されていた。ただ、国道6号線の沿いにある全ての家の前にはバリケードが築かれていた。また、国道6号線と交差する道路の多くは封鎖され、そこも警官もしくは警備員で警備されていた。

当たり前だが、警官・警備員以外に人はいない。富岡町(北部)・大熊町・双葉町の街並みに住民はいない。新緑の林に囲まれた、それらの街には人は住んでいないのである。

もちろん、線量の高低などは体感できるわけはない。ただ、ところどころに線量を表示する電光掲示板があった。表示されている線量は、最高毎時3μSV台だったかと記憶している。ただ、「ここは帰還困難区域(高線量区域を含む)」や「この先帰還困難区域につき通行止」という立看がそこここにあった。

この帰還困難区域内には、福島第一原発入口もある。しかし、それも封鎖されている交差点の一つにすぎない。

この帰還困難区域の通行に大きな支障はなかった。しかし、車の外に出ることが許されない地域である。信号以外で車を一時停止する気にもならず、写真撮影もしなかった。とにかく、早く通過したいと願うばかりであった。

ようやく、双葉町をぬけ、浪江町に入った。浪江町の海岸部は比較的線量が低く、避難指示解除準備区域となっている。しかし、そこも、それなりに家屋は補修されているものの、住民はほとんどいなかった。

住民をみかけたのは、浪江町をぬけて南相馬市小高に入ってからであった。そして、北上し、南相馬市の中心部である原町に入ると、それなりの賑わいをみることができた。そこから、飯舘村をぬけて、福島市にむかい、帰京の途についた。

帰還困難区域の印象を一言でいうことは難しい。「高線量」の危険とは目に見えないものであり、直接的には常磐道の対面通行のほうが危険に感じてしまう。帰還困難区域の「自然」の美しさが目をひき、「危険」を感じさせなくしている面もある。

しかし、放射線量の高さは、この地に人が自由に出入りしたり、住むことを許さない。たぶん、除染家屋の補修、地震・津波被災の後片付け、避難住民の荷物の運び出し、福島第一原発の廃炉作業など、それぞれの用務で立ち入っている人々はいるだろう。でも、一般には、短時間であっても、車などの遮蔽物から外に出ることは許されていない。

結局、立ち入ること禁止する警官・警備員をのぞけば、街並みだけしか残っていない。そこにいたはずの人々は、立ち退いたままなのだ。帰還を強く望む国・県すら、この地への早期帰還は想定していない。帰還困難区域のありようは、東日本大震災と福島第一原発事故の一つの結果ともいえよう。

Read Full Post »

5月8日、久方ぶりに福島県浜通りを訪問した。目的地は、居住制限区域の浪江町であった。そのすぐ北側の南相馬市小高や、福島第二原発南側の楢葉町まで行ったことはあるが、福島第一原発事故以後、浪江町に到着したことは一度もなかった。

どのルートで行くか、結構悩んだ。福島市まで東京から東北道を北上し、伊達市もしくは飯舘村で山越えし、相馬市もしくは南相馬市に出て国道6号線を南下するというルートは、途中の放射線量も相対的に低く、何度も使った。ただ、やや遠回りなのは否めない。しかし、南側から常磐道もしくは国道6号線を北上するルートは、相対的に近いが、放射線量の高い帰還困難区域を通過せざるをえない。どうしようか。

結局、一度も使っていない常磐道を北上するルートを選んだ。途中のいわき中央ジャンクションまでは快適だった。沿線の山々は新緑で、ところどころ藤の花が咲いていた。湯ノ岳パーキングエリアでは放射能情報などを伝える小さな小屋のようなものができていたが、それだけだった。しかし、いわき中央をこえると、それまで片道二車線だった常磐道が一車線となり、ところどころで反対車線と対面通行になった。それには、前から恐怖感をおぼえていたのだが、以前よりも交通量が増え、制限速度時速70kmで走っていると後続の車が団子状態になり、反対車線を通行する車も格段に増えた。横風もあって車もぶれてきており、結局、いわき市最北のいわき四倉インターチェンジで常磐道を降りるよりほかなくなってしまった。

実際、常磐道の対面通行区間では、事故がおきている。5月4日、常磐道のより北の部分で死亡事故がおきた。朝日新聞のネット記事をみてほしい。

死亡の母娘、水族館帰りに事故 常磐道、車とバス衝突
2016年5月5日12時57分
 福島県大熊町下野上の常磐道下り線で4日午後8時45分ごろ、高速路線バスと乗用車が衝突し、乗用車の2人が死亡した事故で、県警は5日、死亡したのは、同県広野町に住む中国籍の秦丹丹さん(33)と、長女で小学1年生の熊田京佳さん(6)と発表した。

 県警によると、バスの乗客40人のうち38人と運転手、事故後にバスに追突した乗用車の運転手の計40人が軽傷を負い、そのほとんどが近くの病院に搬送された。バスは東京・池袋発、福島県相馬市行きの高速路線バスで、秦さん親子は宮城県内の水族館に遊びに行った帰りだったという。

 現場は富岡町の常磐富岡インターチェンジ(IC)と浪江町にある浪江ICの間の片側1車線の対面通行区間。県警は、秦さんの運転する乗用車がセンターラインをはみ出して、バスに正面衝突したとみて調べている。(後略)
http://www.asahi.com/articles/ASJ552T3FJ55UGTB001.html

前々から、いわき四倉までの対面通行区間をなんども通行して、そのあやうさを私は認識していた。それゆえ、新規全面開通した常磐道は、単に放射線量が高いというだけではない危険性があると考えていた。この事故と私の経験は、その危険性をまざまざとみせたものといえよう。

そして、この事故については、対面通行だけの問題にはすまなかった。この事故地点は、放射線量が高い帰還困難区域であった。そのことについて、朝日新聞のネット記事は次のように伝えている。

福島)帰還困難区域での事故、現場は、課題は
茶井祐輝、本田雅和2016年5月7日03時00分

 大熊町の常磐道下り線で4日夜、高速路線バスと乗用車が正面衝突した事故があり、乗用車の2人が死亡した。現場は東京電力福島第一原発事故の影響で帰還困難区域になっており、付近の放射線量は毎時4マイクロシーベルトを超すことも。バスに乗っていたけが人の多くはマスクもなしで2時間近く、路上にとどまらざるを得なかった。(後略)
http://www.asahi.com/articles/ASJ565D1RJ56UGTB00T.html

これも、懸念されていたことの一つであった。事故が起きると、巻き込まれた人々は、放射線量が高い地域にもかかわらず、事故地点にとどまって助けを待たなければならない。特に事故車に乗っている人々は、追加事故をさけるために、車から降りなくてはならないのだ。実際、福島県内の高速道路のサービスエリアやパーキングエリアでは、そのように指示するポスターがはってあった。結局、無用の被曝を余儀なくされるのである。

このように、福島県浜通りには、原発や放射線だけではない生活上の困難が存在する。たぶん、片道一車線の高速道路は、日本のそれぞれの地方にみられるであろう。そして、それぞれ危険性や不便を甘受せざるをえないことになっていることだろう。直接には交通量の少なさ、より大きくいえば周辺地域の人口の少なさがゆえに、危険や不便であっても、「片道一車線」の「交通道路」は建設されている。それでも「東京」直結が望ましいと地域では認識されているのであろう。原発があろうがなかろうが、「過疎地」であるということは、地域住民にそのような危険性を強いている。そして、このような構造を前提として、原発は建設されるのだ。

他方で、福島県浜通りでいえば、一般の「過疎地」の状況に加えて、福島第一原発事故による放射能汚染という問題もかかえている。事故の救護をまつために「無用」の被曝を余儀なくされるということは、他地域ではありえない。常磐道での交通事故は、「放射線被曝」にもつながっていくのである。

なお、常磐道を降りた私は、一つの決断をした。福島第一原発の入り口がある国道6号線を使って北上するルートをとるこにした。それについては、別の機会に述べたい。

Read Full Post »

最近、日本において国民国家批判を提唱した故西川長夫の晩年の著作を読んでいる。晩年の西川は、「植民地主義」という言葉をキーワードにして現代世界を考察していた。その一つが『〈新〉植民地主義』(平凡社、2006年)である。この中で、西川は、9.11の映像を見て、「平和研究」で著名なヨハン・ガルトゥング(安倍晋三とは全く違う意味で「積極的平和主義を提唱した)の次の文章を想起したと回想している。

しかしながら、ますます相互依存が深まる世界にあって、他国で行使される暴力が、たとえばテロ行為という形で、自国にもたらされる傾向は強まるであろう。そしてそのことは、搾取と抑圧という構造的暴力の二つの基本形態にもあてはまる。自然を搾取すれば、生態系が破壊される。人々を搾取すれば、アル中や麻薬、犯罪、自殺などの深刻な社会的病が発生する。国全体を搾取すれば、債務問題や貿易問題が起こってくる。そこには宿命的なものがある。「あなたのいうこと、なすことはすべて、いずれ自分に帰ってくる」(「まえがき」、『構造的暴力と平和』日本語版、中央大学出版部、1991年)

西川長夫によれば、この文章は東欧とソ連の崩壊直後に書かれたもの(1990年代初頭だろう)だということだが、西川は次のように指摘している。

いまでは9・11の予告のように思えます。だが、同時にこの文章はグローバリゼーションの見事な定義になっているのではないでしょうか。キーワードは「相互依存」ですが、それは必ずしも調和的な関係ではなく、そこには「搾取」と「抑圧」という「構造的暴力」が働いている。

3.11を経験し、その淵源の一つであった福島への原発立地ということを自分なりに検討してみて、この文章は、9・11だけでなく、3・11の予告にもなっていたと思う。なぜ、福島に原発が集中して立地していたのか。それは、単純化すれば、破滅的な原発事故の可能性を前提として、東京や大阪などの日本社会の「中心」をなすところではなく、それらから遠く離れており、人口や経済も集中しておらず、事故が起きたとしても日本社会総体への影響が小さいと考えられた「過疎地」であるために建設されたのだ。しかし、3・11をふりかえってみれば、原発事故の被害は、原発があった地元にとどまるものではない。もちろん、原発がある福島地域が最も大きいのではあるが、放射性物質は、福島だけにふりかかったわけではない。本来は影響がないようにしたはずの「首都圏」でもかなりの放射性物質が降下し、ある程度の被曝が余儀なくされた。さらに、地球全体の大気や海洋も放射性物質により汚染された。そして、今でも放射能汚染は続いている。結局、ガルトゥングにならって「あなたのいうこと、なすことはすべて、いずれ自分に帰ってくる」としかいいようがないのだ。

そして、今、パリで起きた連続テロ事件の報道に接してみると、またもや、ガルトゥングの先の文章が想起される。「他国で行使される暴力が、たとえばテロ行為という形で、自国にもたらされ」ているのであり、「あなたのいうこと、なすことはすべて、いずれ自分に帰ってくる」としかいいようがない。私たちは、眼前から暴力や放射能のようなものを遠ざけ、自分たちとは関係がないと考えられてきた「辺境」の地にその矛盾をおしつけてきた。しかし、やはり「あなたのいうこと、なすことはすべて、いずれ自分に帰ってくる」宿命は存在しているのである。

Read Full Post »

2015年10月20日、元福島第一原発事故作業員が発症した白血病が、被曝による労災と認定された。福島第一原発事故に関連してがん発症が被曝として認められたのは初めてのことである。まず、下記のNHKのネット報道をみていただきたい。

原発事故の作業員が白血病 初の労災認定
10月20日 16時10分

東京電力福島第一原子力発電所の事故の収束作業などにあたった当時30代の男性作業員が白血病を発症したことについて、厚生労働省は被ばくしたことによる労災と認定し、20日、本人に通知しました。4年前の原発事故に関連してがんの発症で労災が認められたのは初めてです。
労災が認められたのは、平成23年11月からおととし12月までの間に1年半にわたって各地の原子力発電所で働き、福島第一原発の事故の収束作業などにあたった当時30代後半の男性作業員です。
厚生労働省によりますと男性は、福島第一原発を最後に作業員をやめたあと、白血病を発症したため労災を申請したということです。白血病の労災の認定基準は、年間5ミリシーベルト以上被ばくし、1年を超えてから発症した場合と定められていて、厚生労働省の専門家による検討会で被ばくとの因果関係を分析してきました。その結果、男性はこれまでに合わせて19.8ミリシーベルト被ばくし、特に、福島第一原発での線量が15.7ミリシーベルトと最も高く、原発での作業が原因で発症した可能性が否定できないとして労災と認定し、20日、本人に通知しました。
厚生労働省によりますと、原発作業員のがんの発症ではこれまでに13件の労災が認められていますが、4年前の原発事故に関連して労災が認められたのはこれが初めてです。
労災申請 今後増える可能性
厚生労働省によりますと、福島第一原発の事故後、被ばくによる労災は今回の件以外に10件が申請されていて、このうち7件では労災は認められませんでしたが、3件は調査が続いています。福島第一原発で事故からこれまでに働いていた作業員は延べおよそ4万5000人で、年間5ミリシーベルト以上の被ばくをした人は2万1000人余りに上っていて、今後、労災の申請が増える可能性もあります。
専門家「今後も被ばく量に注意」
今回の労災認定についてチェルノブイリ原発の事故の際、被ばくの影響を調査した長崎大学の長瀧重信名誉教授は「労災の認定基準は、労働者を保護するために僅かでも被ばくをすれば、それに応じてリスクが上がるという考え方に基づいて定められていて、今回のケースは年間5ミリシーベルト以上という基準に当てはまったので認定されたのだと思う。福島第一原発での被ばく量は15.7ミリシーベルトとそれほど高くはないので、福島での被ばくが白血病の発症につながった可能性はこれまでのデータからみると低いと考えられるが、今後も、作業員の被ばく量については、十分注意していく必要がある」と話しています。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20151020/k10010276091000.html

この記事によると、白血病の労災認定基準は、年間5ミリシーベルト以上被曝し、それから1年以上経過して発症した場合とされているが、この作業員の場合、2011年11月から2013年12月の間で各地の原発で作業に従事して19.8ミリシーベルト被曝し、そのうち福島第一原発での作業で15.7ミリシーベルト被曝したということで、労災認定されたということである。この経過からみると、より線量が高かったと思われる事故直後の作業には携わっていない。報道でも指摘されているが、福島第一原発事故処理に携わり年間5ミリシーベルト以上被曝した作業員は2万1000人以上にのぼる。福島第一原発関連で被曝による労災認定申請は11件だされ、7件が未認定、3件が調査中で、本件が認められたということだが、放射線従事者の通常時の年間線量限度は50ミリシーベルト、5年間での限度は100ミリシーベルトで、かなり多くの労働者が年間5ミリシーベルト以上の被曝をしているのである。

この報道をみて再認識させられたことは、年間5ミリシーベルト以上被曝するということは、それを原因にした白血病の発症を覚悟しなくてはならないということである。もちろん、皆が白血病を発症することではなく、統計的にいえば白血病発症のリスクが高まるということなのだろうが、白血病を発症した個人にとっては死に直結しかねないリスクなのである。

それにもかかわらず、原発労働者は、年間50ミリシーベルト、5年間で100ミリシーベルトという、被曝によって白血病発症が認められる年間5ミリシーベルトよりかなり高い被曝線量を受忍しなくてはならない。今回認められたケースでも、総計20ミリシーベルト弱であり、それらの限度からみれば、必ずしも限度近くとはいえない線量である。これは、たぶん、3.11以前からのことであるが、原発労働者は白血病を覚悟しなくてはならない放射線量の中で働かされていたのだ。原発労働者は被曝労働者なのである。そして、汚染水処理や廃炉作業などの福島第一原発事故処理は、そういった被曝労働者を増やすことになっている。

また、現在までに福島の各地域で除染事業が進められてきたが、従事する労働者たちにおいても、年間5ミリシーベルト以上の被曝する場合もあるだろうと予想されている。

さらに、現在、福島第一原発事故にともなう避難区域のなかで、放射線量年間20ミリシーベルト以下の避難指示解除準備区域では、除染をある程度進め、インフラを整備した上で、避難指示が解除され、住民の帰還が促されている。そして、政府は、この避難指示解除準備区域と、年間20〜50ミリシーベルトの放射線量があった居住制限区域に対する避難指示を2017年までに解除する方針を打ち出している。これらの地域の放射線量は、自然的な減衰と、それなりの除染で、いくばくか下がっているだろうと思われる。しかし、このまま解除され、住民の帰還が促進されれば、年間5ミリシーベルト以上の被曝を余儀なくされる人々が少なからず出て来るだろう。

白血病の労災認定が認められた労働者が福島第一原発で働いていた時期は、事故直後の混乱した状態の時ではない。汚染水や廃炉などの福島第一原発事故処理、福島県各地で行われた除染事業、復興の名のもとに避難指示を解除して住民の帰還を促す政策展開、これらは、白血病などの発症リスクをこえた放射線量が照射された被曝者をやみくもに増やしているようにしかみえないのである。

Read Full Post »

2015年7月22日、NHKのクローズアップ現代で、「もう一度咲かせたい 福島のバラ」(水)という表題で、福島第一原発事故で「帰還困難区域」となり、事実上閉鎖に追い込まれた双葉ばら園について放映された。まず、番組の紹介をみてほしい。

もう一度咲かせたい 福島のバラ

 
出演者
開沼 博 さん
(福島大学うつくしまふくしま未来支援センター特任研究員)

福島県双葉町に、イギリスのウィリアム王子など世界中の人たちが強い関心を示し、復活を切望するバラ園がある。7000株ものバラが咲き乱れ、“日本で最も個性的で美しい”と称賛された「双葉ばら園」だ。地元の岡田勝秀さん(71)の一家が40年以上かけて築いたが、原発事故で荒れ野と化してしまった。ばら園は原発事故がもたらした悲劇の象徴として知れ渡り、再建を願う声は今も後を絶たない。しかし賠償手続きは難航。ばら園の価値をはかることは難しいというのだ。避難先の茨城県つくば市で茫然自失の日々を送っていた岡田さんを変えたのは被災者からの言葉だった。「失った暮らしがバラと重なる。だからこそ再び美しいバラを咲かせてほしい」。今年、岡田さんは養護施設で子供たちと一緒にバラを育て始めた。目を輝かせて取り組む子供たちの姿に力をもらっているという。岡田さんの姿から福島のいまを見つめ、取り返しのつかないものを失った人々に何が必要なのか、考える。
http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail_3689.html

この双葉ばら園は、双葉町に所在し、ばら愛好家の間では知られた存在であった。私も、よくこの前を通り、1、2回は中を見たことがある。しかし、初夏に行くことができず、花盛りのばら園をみたことがない。今となっては永遠に見ることはできない。福島第一原発事故で残念に思うことの一つだ(もちろん、こればかりではないけれど)

この番組の冒頭では、写真などをもとにしてCGで花盛りのばら園を再現していた。この番組内容をおこしたサイトがあるが、それによると全体は6ヘクタールになり、個人経営としては国内最大規模で、750種7000株のバラが植えられ、年間5万人の人が訪ねたという。(http://varietydrama.blog.fc2.com/blog-entry-2881.htmlより、以下番組内容については、同サイトより引用)

しかし、福島第一原発より8キロの場所にあり、放射線量が高く、今でも「帰還困難区域」にある。園主は200キロ離れた茨城県つくば市に避難し、ばら園を手伝っていた息子たちも別の仕事につかざるをえなくなった。こうして、4年以上もの間、ばら園は手入れされることもなく、荒れ果ててしまった。双葉でのばら園再開はあきらめざるをえなくなったのである。

園主に別の場所でのばら園再開を求める人たちもいる。しかし、園主は再開に踏み切れない。その理由を、クローズアップ現代では、このように説明した。

バラ園を再建するためには新たな土地に移るかしかありません。
しかし岡田さん(園主)はまだ具体的には考えられないといいます。
その理由は東京電力との賠償交渉が進まず再建のための資金にメドが立たないためです。
岡田さんのようなバラ園の賠償は前例がありません。
東京電力の基準ではヒノキやスギなどを植えた人工林と同じ扱いになります。
しかし岡田さんは、そのことに納得がいかないといいます。

基本的には、東電との間の賠償交渉が不調のため、ばら園再開の資金がないということが、ばら園再開を阻んでいるといえよう。同番組では「一向に先が見えない日々」と表現している。

その上で、クローズアップ現代では、ある養護施設が、ばら栽培の専門家としての園主に子どもたちの心を慰めるばら苗植え付けを依頼したり、支援者がばら園の写真展を開始したりすることを肯定的に伝えている。

そして、ここで、「被災者の方々への聞き取りをずっと続けている」「福島県いわき市のご出身」で福島大学うつくしまふくしま未来支援センター特任研究員」の開沼博氏が登場してくる。開沼氏は、福島原発の建設経過から福島第一直後の状況を扱った『フクシマ論』の著者として著名である。

開沼氏は、震災や原発事故などで失われたもののなかで、死亡者や賠償金額など数字に表されるものはわかりやすいが、生きがいとか、社会的役割とか、仕事とか、未来への展望とか外からは見えにくいとする。そして、被災者たちは、政治とか行政とかメディアと研究者とかへの社会的信頼ととも自分自身への信頼も失っていると主張する。

その上で、このようにいう。

もうかなうならば、失われたものが元に戻ってほしい、多くの方がそういうふうに思っています。
一方で、なかなかその思いというのはかなわない。
失われてしまったものをどうすればいいのかと思っている方が多いです。
そこに対して、1つは、いわゆる公助、公に行政とか東電とかが補償、賠償などをするということがあります。
ただそれだけで足りない部分というのがあるわけですね。
VTRの中でもありましたとおり、なかなかお金に換算できない価値というのがある。
(中略)
やっぱり重要なのは、そういう賠償、補償などだけではカバーしきれない部分というのをいかに立ち直していくか。
ここで重要になってくるのは承認というキーワードだというふうに思っています。
これ、承認っていうのは、まず1対1の関係で、あなたはそこにいていいんだと、分かりやすくいうなら、そういう感覚だと思います。
そして自分自身がここにいて、こういうことをやっていいんだという感覚。
それが失われているわけですね。
これをどういうふうに立て直すか、もちろん公助はまだまだ必要ですけれども、いわゆる自助、共助といわれる、つまり自分たちの身の回りで、あなたがこういうふうに必要なんだよ、ここにいてよと。
あるいは自分たちと一緒に何かやってくださいと

まとめていえば、東電の賠償も含めて「公助」としつつ、金銭でカバーしきれない部分について、被災者の自己承認を回復させるためとして、「自助」「共助」の重要性を主張したのである。

こういう番組があることはいいことである。しかし、開沼氏のような捉え方は、非常に奇異に思える。東電は原発事故を起した責任者である。そして、原発事故で住めなくなったり、使えなくなってしまった財産に対する賠償は、権利の侵害に対する代価を義務として提供することであって、津波被害などの自然災害による被災者の生活を政治的に救助するという意味での「公助」ではない。

まず、そうした理解の上にたって、「双葉ばら園」について考えてみよう。ばら園が再開できない最大の理由は、東電の賠償交渉が不調であるということである。東電の賠償金は、たぶん一般山林と同様な基準で賠償を考えているのであろう。しかし、その金額ではばら園再開はできないため、園主は再開できないと考えているのだ。ばら園創設後の手間は確かに金額に換算できない。しかし、少なくとも、別の場所でばら園を再開することが可能な程度が最低の賠償金額になるべきだと思う。

一方、NHKや開沼氏の強調する「自助」「共助」はどうだろうか。生活者的視点から考えて、被災者自身や被災者を受け入れている地域社会の側で、そのような営為が不要であるとは思われない。聞き取り調査などすれば、そういう意見も出るだろう。そもそも東電の賠償が失われた財産の最低限度にたるものになるかどうか不明でもある。しかし、それは、NHKや開沼氏のような非当事者が一方的に強調してよいこととは思えない。それでもたぶん、かれらは「被災者によりそう」視点として自己規定するだろう。

番組全体では、東電の賠償を「公助」として「義務」的色彩をうすめつつ、それに頼らない被災者の「自助」「共助」を説いているといえるのである。しかし、これでよいのか。こういうことで、「福島のばら」は「もう一度咲く」のであろうか。

Read Full Post »

もう、先月のことになるが、2015年5月27日、東京電力は、福島第一原発の汚染水処理が「完了」したと発表した。日本経済新聞のネット配信記事をみてほしい。

福島第1の汚染水処理、東電「完了」 除去し切れず道半ば
2015/5/27 23:56

 東京電力は27日、福島第1原子力発電所のタンクにたまった高濃度汚染水の処理を「完了」したと発表した。当初の目標時期より2カ月遅れ、累積処理量は約62万トンに達する。もっとも、このうち18万トンは放射性物質を除去し切れておらず、再処理が必要。浄化作業は道半ばだ。

 福島第1原発では事故を起こした1~3号機の原子炉に冷却用の水を注いでいる。核燃料などに触れた水は放射性物質を含む汚染水となり、さらに建屋に流れ込む地下水と混じる。東電はこれを敷地内のタンクに移し、浄化装置「ALPS」などで処理してきた。

 東電の広瀬直己社長は2013年に安倍晋三首相に対し「14年度中に浄化を完了する」と約束した。しかしALPSのトラブルが頻発し、達成を断念していた。

 2カ月遅れながら浄化を完了したと東電が発表したのは、あと数カ月かかり夏以降になるとみられていた海水成分の多い汚染水の処理が、想定より前倒しできたためだ。この結果、漏洩による環境汚染や被曝(ひばく)のリスクも下がった。

 ただ作業がこれで終わるわけではない。東電によると、処理した62万トンのうち放射性物質の大半を取り除けるALPSで浄化したものは44万トン。当初はALPSですべて処理する考えだったが実現しなかった。残る18万トンは「主成分」といえるセシウムとストロンチウムを重点的に処理した水で、ほかの放射性物質は除去し切れていない。

 東電は改めてALPSで処理する方針だが、達成時期は未定。ALPSで処理した水もトリチウムという放射性物質は除去できずに残る。この水の扱いは決まっておらず当面は保管を続ける。

 地下水対策も不十分だ。1日約300トンが建屋に流れ込んでおり、浄化作業は続く。流入を止めない限り汚染水が新たに発生する。建屋の周囲の土壌を凍らせて壁を築く「凍土壁」を造成中だが、完成のめどはついておらず、汚染水問題の最終的な解決はなお遠い。
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG27HAA_X20C15A5CR8000/

これを読んでいても、何がどういう意味で「完了」したのかがわからない。原子炉建屋への地下水流入は止まっておらず、日々汚染水は発生しているのである。それに、処理したといっても、一部にはセシウムとストロンチウムしか除去できなかった汚染水が残り、ALPSで再処理する必要がある。なにより、すべての汚染水処理で、放射性物質のトリチウムが除去できないでいるのだ。ある程度、高濃度汚染水における放射能汚染を緩和したという程度である。

そして、この汚染水処理におけるトリチウムの問題が課題となっている。本日6月23日にネット配信された福島民報の記事をみてほしい。

 

トリチウム処分足踏み 第一原発汚染水 政府、来年度に検討会新設
 
 東京電力福島第一原発で、多核種除去設備(ALPS)を使っても汚染水から取り除けない放射性トリチウムを含む水の処分方法をめぐる動きが足踏みしている。政府は来年度前半にも有識者や県内の漁業関係者らからなる検討会を新設し、最善の処分方法を決める方針を固めた。しかし、大量のトリチウム水を処分する技術は依然として確立されておらず、漁業関係者らも「陸上保管が前提」と慎重姿勢で、課題解決の糸口は見えない。

 ■議論本格化

 検討会は経産省の作業部会が絞り込んだ5つの処分方法について適切かどうか議論し、採用する方法を決める。検討会の構成員など概要は今後詰めるが、地元の意向をくみ上げる観点から、周辺自治体や漁業関係者らもメンバーに加える案が浮上している。
 経産省の作業部会は「採用方法について結論を出す場ではない」(同省)との位置付けで、検討会が作業部会の成果を引き継ぐことになる。同省の担当者は「国民の理解を得るため、拙速にならないように進めたい」と話している。
 ただ、作業部会は現在、それぞれの処分方法について実証試験を実施しているが、有効性が認められるとは限らないのが現状だという。

 ■慎重姿勢

 漁業関係者をはじめ地元関係者は風評などを懸念し、海洋放出など陸上保管以外の処分方法には慎重な姿勢を崩していない。
 県漁連の野崎哲会長は「ALPS処理水は現時点では陸上保管が前提。政府がどういう提案をしてくるかを注視している段階だが、いずれにしても風評を招かないように丁寧な説明を求める」としている。
 県原子力安全対策課の菅野信志課長は「県としては安易な海洋放出は認めない。どの選択肢を選ぶにしてもしっかりと議論した上で県民の理解を得てほしい」と注文した。
 
 ■保管のリスク

 東電によると、福島第一原発構内には18日現在、ALPSで処理したトリチウム水約45万7500トンが地上タンク約330基に貯蔵されている。これらの水は日々増加しており、トリチウムを処分できないと地上タンクを造り続けなくてはならない。
 タンクのうち、板状の鋼材をボルトでつなぎ合わせたフランジ型タンクの耐久期間は5年とされている。継ぎ目のない溶接型タンクへの切り替えを急ぎながらタンクの増設も進めている。汚染水対策に取り組む作業現場で大きな負担となっている。タンクの設置場所にも限界があり、原子力規制委員会の田中俊一委員長(福島市出身)は「トリチウム水を海洋放出すべき」と指摘する。

( 2015/06/23 09:45 カテゴリー:主要 )
http://www.minpo.jp/news/detail/2015062323598

これもわかりにくい記事である。まず、一番最後に出ているのだが、専門家である原子力規制委員会委員長田中俊一は「トリチウム未処理水」を海洋放出せよと主張している。記憶によれば、田中は前々からそのように主張していた。しかし、福島県の漁業関係者は風評被害などを懸念し、トリチウム未処理の「完了汚染処理水」(これ自体が名義矛盾だが)は陸上で保管せよと主張し、とりあえず現段階で福島県庁も同様の姿勢をとっている。

経産省としては、トリチウム処理について作業部会を設置し、5つほど処分方法を検討しているが、どれもまだ有効性が実証できないということである。有効な処分方法があれば、専門家である田中俊一委員長も、トリチウム処理を推奨するはずであり、トリチウム処理についての方法論は確立していないということになろう。

しかし、経産省は、作業部会の成果を引き継ぐ形で検討会を設置するというのだ。この記事では「検討会は経産省の作業部会が絞り込んだ5つの処分方法について適切かどうか議論し、採用する方法を決める。検討会の構成員など概要は今後詰めるが、地元の意向をくみ上げる観点から、周辺自治体や漁業関係者らもメンバーに加える案が浮上している」としている。専門家である原子力規制委員会でもトリチウム処理の方法論はわからないというのに、非専門家である漁業関係者や周辺自治体をメンバーに加えても、トリチウム処理の方法論が判断できるとは思えない。

思うに、トリチウム未処理水の海洋放出を地元に飲ませるための布石として位置づけられているのではなかろうか。「完了」などしていないのにもかかわらず、「汚染水処理」は「完了」したという擬制のもと、新たな放射能汚染を心配しなくてはならないのだ。

Read Full Post »

2015年6月13日現在、日本社会の一大関心事(なお、NHKその他のテレビは別だが)となっているのは、安倍政権の安全保障関係法制立法の動きである。しかし、その一方で、それこそ目立たない形で、福島第一原発事故被災者の切り捨てが進行している。

まず、自民党は、5月21日に震災からの復興に向けた第五次提言をとりまとめ、「避難指示解除準備区域」と「居住制限区域」の避難指示を2017年3月までに解除し、両区域住民への慰謝料支払を2018年3月に終了する方針を打ち出した。それを伝える東京新聞のネット配信記事をみてほしい。

自民復興5次提言 原発慰謝料18年3月終了 避難指示は17年に解除

2015年5月22日 朝刊

 自民党の東日本大震災復興加速化本部(額賀福志郎本部長)は二十一日、総会を開き、震災からの復興に向けた第五次提言を取りまとめた。東京電力福島第一原発事故による福島県の「避難指示解除準備区域」と「居住制限区域」の避難指示を二〇一七年三月までに解除するよう正式に明記し、復興の加速化を政府に求めた。 
 賠償では、東電が避難指示解除準備区域と居住制限区域の住民に月十万円支払う精神的損害賠償(慰謝料)を一八年三月に一律終了し、避難指示の解除時期で受取額に差が生じないようにする。既に避難指示が解除された地域にも適用するとした。
 提言は自民党の総務会で正式決定後、今月中に安倍晋三首相に提出する。額賀本部長は「古里に戻りたいと考える住民が一日も早く戻れるよう、生活環境の整備を加速化しなければならない」と述べ、避難指示解除の目標時期を設定した意義を強調した。
 だが、福島県の避難者からは「二年後の避難指示解除は実態にそぐわない」と不安の声も上がっており、実際に帰還が進むかどうかは不透明だ。
 避難指示区域は三区域あり、居住制限区域と避難指示解除準備区域の人口は計約五万四千八百人で、避難指示区域全体の約七割を占める。最も放射線量が高い「帰還困難区域」については避難指示の解除時期を明示せず、復興拠点となる地域の整備に合わせ、区域を見直すなどする。
 集中復興期間終了後の一六~二〇年度の復興事業は原則、国の全額負担としながらも、自治体の財政能力に応じ、例外的に一部負担を求める。
 また一六年度までの二年間、住民の自立支援を集中的に行うとし、商工業の事業再開や農業再生を支援する組織を立ち上げる。その間、営業損害と風評被害の賠償を継続するよう、東電への指導を求めるとした。
 提言には、第一原発の廃炉、汚染水処理をめぐり地元と信頼関係を再構築することや風評被害対策を強化することも盛り込まれた。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2015052202000117.html

そして、6月7日、東京電力は避難指示区域内の商工業者に払っている営業補償を2016年度分までで打ち切る方針を提起した。東京新聞の次のネット配信記事をみてほしい。

福島第一事故 営業賠償 16年度まで 東電方針

2015年6月8日 朝刊

 東京電力は七日、福島第一原発事故の避難指示区域内の商工業者に支払っている営業損害賠償を二〇一六年度分までとし、その後は打ち切る方針を明らかにした。同日、福島市内で開かれた、福島県や県内の商工団体などでつくる県原子力損害対策協議会(会長・内堀雅雄知事)の会合で示した。
 方針は与党の東日本大震災復興加速化プロジェクトチームが五月にまとめた第五次提言を踏まえた措置。事故による移転や転業などで失われる、一六年度までの収益を一括して支払う。事業資産の廃棄に必要な費用なども「必要かつ合理的な範囲」で賠償するとしている。
 東電の広瀬直己社長は「個別の事情を踏まえて丁寧に対応していく」と述べた。
 営業損害の賠償をめぐっては、東電が一時、来年二月で打ち切る案を提示していたが、地元から強い反発を受けて撤回した。一方、与党は第五次提言で、国が東電に対し、一六年度まで適切に対応しその後は個別の事情を踏まえて対応するよう指導することを明記した。
 商工業者の支援に関し、安倍晋三首相は先月三十一日、官民合同チームを立ち上げ県内の八千事業者を個別に訪問し、再建を後押しする方針を示している。
 会合に参加した団体からは、国や東電に「風評被害は依然残っており、賠償は続けるべきだ」「被害者に寄り添った賠償をお願いしたい」など、継続的な賠償を求める意見が相次いだ。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/economics/news/CK2015060802000120.html

他方、福島県は、自主避難者に対して行っている無償での住宅提供を2017年3月までで打ち切ることを5月頃より検討している。これは、たぶん、自民党の第五次提言と連動しているのだろう。そのことを報じる朝日新聞のネット配信記事をみてほしい。

自主避難者への住宅提供、2年後に終了へ 福島県が方針
2015年5月17日13時02分

 東京電力福島第一原発事故後に政府からの避難指示を受けずに避難した「自主避難者」について、福島県は避難先の住宅の無償提供を2016年度で終える方針を固め、関係市町村と調整に入った。反応を見極めた上で、5月末にも表明する。故郷への帰還を促したい考えだ。だが、自主避難者からの反発が予想される。

 原発事故などで県内外に避難している人は現在約11万5千人いる。このうち政府の避難指示の対象外は約3万6千人。津波や地震の被災者を除き、大半は自主避難者とみられる。

 県は災害救助法に基づき、国の避難指示を受けたか否かにかかわらず、避難者に一律でプレハブの仮設住宅や、県内外の民間アパートなどを無償で提供している。期間は原則2年だが、これまで1年ごとの延長を3回し、現在は16年3月までとなっている。

 今回、県はこの期限をさらに1年延ばして17年3月までとし、自主避難者についてはその後は延長しない考え。その際、終了の影響を緩和する支援策も合わせて示したいとしている。国の避難指示を受けて避難した人には引き続き無償提供を検討する。
http://www.asahi.com/articles/ASH5J5H83H5JUTIL00M.html

さらに、6月12日、ほぼ自民党の第五次提言を踏襲して、安倍政権は福島の復興指針を改定し、閣議決定した。「居住制限区域」と「避難指示解除準備区域」の避難指示を2016年度末(2017年3月)までに解除し、慰謝料支払も2017年度までで打ち切るというもので、ほぼ自民党の第五次提言にあったものだ。2016年度までで営業補償を打ち切ることも盛り込まれた。ただ、2016年度までに被災者の「事業再建」を「集中支援」するというのである。東京新聞のネット配信記事をみてほしい。

避難解除 17年春までに 生活・健康…不安消えぬまま

2015年6月12日 夕刊

 政府は十二日、東京電力福島第一原発事故で多大な被害を受けた福島の復興指針を改定し、閣議決定した。「居住制限区域」と「避難指示解除準備区域」の避難指示を、事故から六年後の二〇一六年度末までに解除するほか、事業再建に向けて一六年度までの二年間に集中支援する方針を盛り込み、被災者の自立を強く促す姿勢を打ち出した。 
 避難住民の帰還促進や、賠償から事業再建支援への転換が柱。地元では帰還への環境は整っていないと不満の声もあり、被害の実態に応じた丁寧な対応が求められる。
 安倍晋三首相は官邸で開かれた原子力災害対策本部会議で「避難指示解除が実現できるよう環境整備を加速し、地域の将来像を速やかに具体化する」と述べた。
 居住制限区域など両区域の人口は計約五万四千八百人で避難指示区域全体の約七割を占めるが、生活基盤や放射線による健康被害への不安は根強く、避難指示が解除されても帰還が進むかは不透明。東電による「居住制限区域」と「避難指示解除準備区域」の住民への月十万円の精神的損害賠償(慰謝料)支払いは一七年度末で一律終了する。一六年度末より前に避難指示が解除された場合も一七年度末まで支払い、解除時期で受取額に差が生じないようにする。既に避難指示が解除された地域にも適用する。
 一方、第一原発に近く依然、放射線量が高い「帰還困難区域」の解除時期は明示しなかった。
 被災地域の事業者に対しては事業再建に向けた取り組みを一六年度までの二年間に集中的に実施。商工業者の自立を支援するための官民合同の新組織を立ち上げ、戸別訪問や相談事業を行うほか、営業損害や風評被害の賠償は一六年度分まで継続する。
 東電は既に今月七日、福島県に対し、避難指示区域内の商工業者に支払っている営業損害賠償は一六年度分までとし、その後は打ち切る方針を示している。
◆きめ細かな対応必要
 <解説> 福島復興指針の改定で政府は、福島県の居住制限区域と避難指示解除準備区域の避難指示の解除目標時期と賠償の終了時期を明示し、住民の自立を促す方針を打ち出した。政府はこれまでの「賠償」という形から「生活再建支援」に移行したい考え。しかし住民の置かれた状況はまちまちで、福島では「賠償の打ち切りだ」との反発も多い。
 除染やインフラ整備が完了しても、商圏自体を失った企業の再建や、避難に伴い住民がばらばらになったコミュニティーの再生は容易でない。既に避難指示が解除された地域でも帰還が進んでいないのが実情だ。政府や東電は、無責任な賠償打ち切りにならないよう、分かりやすい説明と、個々の被災者の状況に応じたきめ細かな対応に努める必要がある。
 震災復興、原発事故対応には多額の国費が投入されている。被災地への関心の低下が指摘される中、国民への丁寧な説明も引き続き求められる。 (共同・小野田真実)
■改定指針のポイント■
▼福島県の居住制限区域と避難指示解除準備区域の避難指示を2016年度末までに解除。
▼両区域の住民への精神的損害賠償(慰謝料)の支払いを17年度末で一律終了。早期解除した場合も同等に支払う。
▼16年度までの2年間を集中的に事業者の自立支援を図る期間として取り組みを充実。事業者の自立を支援する官民合同の組織を創設し、戸別訪問や相談事業を実施。
▼原発事故の営業損害と風評被害の賠償は16年度分まで対応。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2015061202000266.html

これらの措置が、福島県の被災者の生活を大きく揺るがすことは間違いない。特に重要なことは、「居住制限区域」も2017年3月までに避難指示を解除するとしたことである。「避難指示解除準備区域」は放射線量年間20mSv以下で、それでも福島県外の基準である1mSvの20倍で、かなり高い。「居住制限区域」は20−50mSvであり、もちろん、より高い。そこも含めて、避難指示を解除しようというのである。いかにも、安倍政権らしい、無茶苦茶で乱暴な措置だ。

ある程度は、除染その他で「居住制限区域」でも線量は下がっているとは思われる。しかし、それならそれで、空間線量を計測して、20mSv以下の線量になったことを確認して、「避難指示解除準備区域」に編入するという手続きが必要だろう。そういうことはまったくお構いなしなのだ。このような状態だと、福島県民の放射線量基準は、福島県外の50倍ということになりかねないのである。

そして、避難指示解除と連動して、慰謝料や営業補償などの支払いを打ち切るという。つまりは、もとの場所に戻って、東電の支払いに頼らず、3.11以前と同じ生活を開始しろということなのである。そのための支援は講じるということなのであろう。しかし、逆にいえば、自主避難者などの支援は打ち切らなくてはならないということなのであろう。避難指示に従った人びとへの慰謝料・営業補償などは打ち切っていくのに、自主避難者への支援を続けていくわけにはいかないというのが、国や福島県などの考えであると思われる。もちろん、放射線量についてはいろんな意識があり、自民党などがいうように、線量にかまわず「古里に戻りたい」という考えている人はいるだろう。とはいえ、福島県外と比べて制限線量が50倍というのは、やはり差別である。法の下の平等に背いている。それゆえに、自主避難している人たちもいるだろう。そういうことは考慮しないというのが「復興新指針」なのである。何も自主避難している人びとだけではなく、線量が下がらないまま、自らの「希望」にしたがった形で、「帰還」を余儀なくされる人びとも「棄民」されることになるだろう。

良くも悪くも、安全保障関係法制立法の問題のほうに、日本社会の目は向けられている。その陰で、このような福島県民の「棄民」が進行しているのである。

Read Full Post »

Older Posts »