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さて、つい最近、福島第一原発事故で避難指示が出されていた川内村でも、10月1日に解除する方針が政府から示された。その方針を説明した8月17日の説明会の景況について、まず、毎日新聞のネット配信記事でみておこう。

避難指示解除へ:福島・川内村の住民は猛反発
毎日新聞 2014年08月17日 23時05分

 「帰還が決まっても子供は戻れない」「通院や買い物はどうするのか」。東京電力福島第1原発事故で避難区域が設定された福島県内11市町村のうち、2例目の避難指示解除が決まった川内村東部。政府の方針が伝えられた17日の住民懇談会では、放射線への不安を抱えていたり、精神的賠償の打ち切りを懸念したりする住民から、反発の声が相次いだ。

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 懇談会の冒頭、政府の原子力災害現地対策本部長の赤羽一嘉・副経済産業相は「避難指示は極めて強い制限。解除の要件が整えば、憲法で保障される居住や財産の権利を侵害し続けることができない」と強調し、集まった住民約75人に理解を求めた。

 これに対し、賛同する意見はゼロ。約1時間半に及ぶ質疑応答で住民から「食品の安全にも不安がある」「住民の被ばく線量をきちんと管理できるのか」などの質問が次々と出て、政府側は「国際的に一番厳しい基準を設けている」などと答弁に追われた。行政区長の草野貴光さん(61)は政府に「原発事故で地域や家族がバラバラになった。避難区域全体が元に戻らなければ、帰還できないという人も多い」と訴えた。

 住民からは政府の解除決定の賛否について、住民の採決を求める声も上がったが、政府側は住民間の亀裂が深まることなどを理由に応じなかった。栃木県に避難中の女性(59)は懇談会終了後、「帰りたいのに帰れない子どもを持つ世代がいることにも理解を示してほしい」と話した。

 川内村は2012年1月、避難区域で初の「帰村宣言」をし、7社の企業誘致など先駆的な復興事業に取り組んできたことで知られる。【深津誠】
http://mainichi.jp/select/news/20140818k0000m040108000c.html

この記事を読んで、非常に奇異な思いにかられた。この説明に集まった人たちは、もちろん、対象地域住民全員ではないだろう。しかし、それでも、賛同者は「ゼロ」だったということで、その場にいた当事者たる住民たちは、現状において帰還を促進されることを一人も望んでいないのである。

しかし、政府側の担当者である赤羽一嘉・副経済産業相は「避難指示は極めて強い制限。解除の要件が整えば、憲法で保障される居住や財産の権利を侵害し続けることができない」と述べて、避難指示解除の必要性を説いたのである。当事者たちの望まない決定の正当性を、その当事者たちの権利保障に求めたのである。

前述したように、この場には出ていないが、避難指示を解除して早期に帰還することを望んでいる住民はいるだろう。そういうこともあるので、住民からは「採決」をすることを提案した。しかし、それすら認められなかったというのである。

結局、この説明会場では、当事者たる住民が一人も賛成せず、採決もしないまま、その人びとの「権利保護」を名目にして、避難指示の解除が政府によって「宣言」されたのである。

このような転倒した状況は、たぶん、福島県川内村だけでなく、たぶん原発問題にすら限定されたものではないだろう。例えば、「新自由主義」のもと、さまざまな労働規制の「自由化」がなされ、それは労働者自身のよりよき「雇用」につながるとされている。資本側に有利になるような措置が、労働者側の「幸福」になるということが「自由」の名の下で正当化されている。共通した構図がみてとれよう。

福島第一原発事故は、単に「原発問題」というだけにとどまるものではない。この事故によって、日本社会全体がかかえている問題が照射されているのである。

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