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Posts Tagged ‘安倍晋三’

もう旧聞になるが、2015年8月11日、九州電力の川内原発が再稼働した。同日、菅義偉官房長官は次のようにコメントしている。

川内原発再稼働、菅官房長官「判断するのは事業者」
 
[東京 11日 ロイター] –
は11日の記者会見で、九州電力(9508.T)の川内原発1号機(鹿児島県薩摩川内市)について「再稼働を判断するのは事業者であり、政府は万が一事故が起きた場合に先頭に立って対応する責任がある」と述べた。川内1号は同日午前10時半に原子炉が再稼働した。

菅長官は、国際原子力機関(IAEA)の基本原則に「安全の一義的責任は許認可取得者にある」と明記されていると指摘。政府は、原子力規制委員会が新規制基準に適合すると認めた場合に、原発の再稼働を進めることを閣議決定していることから、災害の際には国が迅速に対応する責任があると語った。

その上で、「再稼働にあたっては地元の理解が得られるよう丁寧に取り組んでいくことが極めて重要」との見方を示した。http://jp.reuters.com/article/2015/08/11/suga-sendai-nuclear-idJPKCN0QG08U20150811

それ以来、伊方原発他、日本各地の原発再稼働への動きがさかんに報道されている。つい最近は、安倍改造内閣で新規に復興担当大臣となった福井県選出衆議院議員である高木毅が、10月7日の就任記者会見で東北の被災地にある女川原発と福島第二原発を再稼働させることもありうると話している。

「被災地原発 基準適合なら再稼働」 就任会見で高木復興相

2015年10月8日 朝刊(東京新聞)

 高木毅復興相(衆院福井2区)は七日夜の首相官邸での就任記者会見で、東日本大震災で被災した東北三県にある東京電力福島第二原発(福島県楢葉町、富岡町)と東北電力女川原発(宮城県女川町)を再稼働させる可能性について「原子力規制委員会が世界で最も厳しい水準の新規制基準に適合すると認めたもののみ、再稼働を進めるのが政府の一貫した方針で、私もそうした考えだ」と述べた。被災地以外の原発と同様に新規制基準を満たせば、再稼働することもあり得るとの考えを示した。
 安倍政権が進める原発再稼働路線を踏まえた発言。福島第一原発事故で大きな被害を出し、現在も多くの避難者がいる福島などの復興を担う閣僚の発言に対し被災地の住民や野党から批判が出る可能性がある。
 高木氏は原発が数多く立地する福井県選出。自民党では原発の早期再稼働を求める議連の事務局長も務めてきた。
 高木氏は会見で「私の地元は、原発とともに生きてきたといって過言ではない地域。非常に残念な福島の事故が起きてしまったことは、本当に重く受け止めなければならない」とも述べた。
 再稼働の手続きは、女川原発1~3号機のうち2号機のみ規制委の審査中。福島県議会は原発事故後の二〇一一年、福島第二原発の廃炉を求める請願を採択している。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201510/CK2015100802000127.html

これらの報道を見聞きするにつけ、政府側は原子力規制委員会の規制基準に適合するから再稼働を認めるというばかりで、なぜ再稼働が必要なのかということはほとんど言っていないという印象を受ける。菅官房長官にいたっては「再稼働を判断するのは事業者」と言い切っている。しかし、「政府は万が一事故が起きた場合に先頭に立って対応する責任がある」といっている。事故が起きたとき、責任をとるのは、事業者でなくて、政府なのだ。全く割に合わない。

野田政権が2012年に大飯原発の再稼働を決めたときは、電力不足により国民生活・国民経済に支障を来すためと、偽善的ではあったが、とにかく理由を述べて、人々の合意を得ようとしていた。安倍政権における再稼働については、原子力規制委員会により「安全」の保証が得られたというばかりで、人々の合意を得ようとは全くしていないのだ。今でも、半数程度が再稼働に反対という民意が各世論調査で示されているにもかかわらず、だ。

原発再稼働についての問題は重大事故時の安全性の確保だけではない。放射性廃棄物はどう処理するのか、老朽原発はどうするのか、平常の運転時でもまぬがれない労働者の被曝についてどのように対処するのか、いろいろな問題がある。そして、そもそも、汚染水、賠償、除染、避難、廃炉など、福島第一原発事故の処理はどうなっているのだろう。「政府は万が一事故が起きた場合に先頭に立って対応する責任がある」と口ではいうが、実際はこの通りだ。

そういうことすべてに、偽善的な言い訳すらしないのだ。安保法制制定過程でみられた、対話による合意獲得の努力を一切しない安倍政権の姿勢が、再稼働問題でも顕在化しているのである。

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現在、安倍政権によって、集団的自衛権を核とする安全保障法制制定が着々と進められている。それに対し、元自民党の有力者など保守派の人びとも含めて、広い範囲でデモや抗議活動が国会前はじめ、全国津々浦々で行なわれている。8月30日には、国会前で12万人が抗議活動に参加し、全国では30万人が運動に参加したといわれている。

他方、保守派も含めて安保法制反対運動に集め、多数派を形成することへの懸念も表明されている。例えば、優秀な在日朝鮮人史研究者である鄭栄恒は、【朴露子-鄭栄桓 教授対談】「過去に囚われるのをやめようという『韓日和解論』、中国と対立を呼ぶリスク」の中で、このように発言している。

鄭「日本の歴史修正主義を見る時は二つの対象を見なければならない。一つは、韓国でも批判する45年前の歴史修正主義だ。もう一つは、日本の敗戦後の歴史修正主義だ。 (日本の戦後の歴史と関連して)90年代までの日本のリベラルや進歩は、日本の歴代政権が平和憲法を正しく守らないと主張してきた。日本を真の平和国家にするための批判とみることができる。しかし今の進歩勢力は、戦後日本の歴史そのものを美化し、平和国家を安倍政権が破壊しているとのスタイルで批判する。新自由主義の影響のせいか、高度成長期の日本を破壊するなと装飾した批判もする。つまり、80年代以前の自民党政権に対する評価を大きく変えている。これらリベラルの主張に対して保守も同意する。だから安倍政権との対立は激しくなっているように見えるが、日本の進歩と保守がほぼ同じ戦後史の歴史像を持っていることが分かる。もちろん日本の安倍晋三首相の修正主義的な歴史認識や植民地支配を内心では肯定しようとする態度に対する批判も必要だが、日本戦後史の修正が行われているという点についても批判的な介入が必要だ。」
http://east-asian-peace.hatenablog.com/entry/2015/09/03/061508

確かに表面的に見れば、そういう指摘も可能なのかもしれない。安保法制反対運動のスローガンの一つは「安倍晋三から日本を守れ」である。鄭栄恒は「日本の進歩と保守がほぼ同じ戦後史の歴史像を持っていることが分かる」としている。しかし、本当に、鄭栄恒のような見方だけでよいのだろうか。

周知のように、現在の安保法制反対運動を主導しているグループの一つに”Students Emergency Action for Liberal Democracy s”(自由と民主主義のための学生緊急行動 略称SEALDs)がある。このSEALDsの関西での組織であるSEALDs KANSAIの一員である大澤茉実は「SEALDsの周辺から 保守性のなかの革新性」という文章を『現代思想』10月臨時増刊号「総特集 安保法制を問う」によせている。大澤は次のように言っている。

いま、運動に参加する若者たちが共有する内的衝動に、原発事故による価値観の転換(既存の権威の失墜と社会運動の必要性・可能性の再発見)に加え、今日より明日はよくならない停滞の時代を生きるためのサバイバル的人生観があると感じている。だから、若者が運動に参加するとき、基本的な目標は「これ以上状況を悪化させるな」となるし、それは保守性を帯びることになる。私は、その表面的な部分に抵抗感を持っていたわけだが、運動に飛び込んで、その保守性のなかには、同時に私たちの世代が持つ革新性が編み込まれていると感じるようになった。
 経済成長が続き、「パイ」の総体が大きくなっていく時代には、権威主義的な組織のなかでがむしゃらに働くことが個人にとっても社会にとっても豊かさを実現する道であったのかもしれない。しかし、停滞の時代にあっては既存の組織は現状維持を図るために往々にして個人を犠牲にする。若い世代にとって、これからの人生を一つの組織(とりわけ企業)に依存して生きることは現実的でないし、また望ましい選択肢でもなくなっている。そのなかで、私たちは、いまある「パイ」の活用や分配のあり方に敏感になっている。つまり、将来的に「パイ」が大きくなるという希望的観測を理由に、周辺的な立場の者への分配が後回しになることに拒否感を持つのだ。そういった、日常レベルでの知恵や実践が「日常を守りたい」という保守性の内部に脈打っている。具体的には、先述した「個人の集まり」としての組織のあり方である。かつてなら大きな権威によって無下にされたであろう「わたし」たちも、政治的発言権を手に入れはじめた。それが、個人も社会も豊かにするのだと、肌感覚で知っているのである。
 経済の停滞が形成した私たちのサバイバル的な人生観は、なによりもまず日々を生き抜くことを至上命題とする。そのため、表面的には若者は保守的で政治に無関心に映るかもしれないが、現実にはさまざまな試行錯誤を経験しながら激烈な「政治」を生きている。
 そのことが、民主的で柔軟な組織をつくるための創意工夫につながる。そしてそれは、与えられた現実のなかでより賢く生きるために私たちが持ちはじめた強かな革新性なのだ。その実感があるからこそ、私は運動に一片の希望を抱く。

大澤は、まず、権威が失墜し社会運動の必要性・可能性が再発見されていった原発事故による価値観の転換をあげている。そのうえで、経済成長が続き「パイ」の総体が大きくなっていき、権威主義的な組織のなかで自己実現がはかれた時代と、経済が停滞し、権威主義的な組織のなかで依拠して生きることは非現実的かつ無意味で、既存の「パイ」の活用や分配に敏感になった自分たちの時代を画然とわけている。そして、「今日より明日はよくならない停滞の時代を生きるためのサバイバル的人生観があると感じている。だから、若者が運動に参加するとき、基本的な目標は「これ以上状況を悪化させるな」となるし、それは保守性を帯びることになる。」と主張しているのだ。その中で形成された「民主的で柔軟な組織をつくるための創意工夫」を、大澤は「与えられた現実のなかでより賢く生きるために私たちが持ちはじめた強かな革新性なのだ」としているのである。

ここには、むしろ、ある意味で原発事故による価値観の転換を契機にした、戦後日本社会から断絶されてしまったという現代社会に対する歴史意識があるといえる。そして、現在の、「今日より明日はよくならない停滞の時代」への憤懣と、「これ以上状況を悪化させるな」という危機感が表出されているのである。つまりは、「現在」をどう認識し、どのように行動していくかが課題なのである。

そして、最早、高度経済成長の時代ではある意味で生存を保障していた、企業などの権威主義的な組織に依拠して生活するということは意味をなさないものとして認識され、それとは別の、オルタナティブな組織をつくっていくことが目指されている。そういうことを前提に「安倍晋三から日本を守れ」というスローガンを聞いた時、その「日本」が少なくとも戦後「日本」そのままなのだろうかと考えるのである。

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1965年6月22日、安倍晋三首相の大叔父である佐藤榮作が首相であった佐藤政権と、パク・クネ大統領の父であるパク・チョンヒが大統領であったパク政権の間で、日韓基本条約が締結され、1945年以来正式な外交がなかった日韓関係がいわゆる「正常化」された。

そのことから50年たったことを記念して、日韓両国の現政府は、それぞれ「韓日国交正常化記念式典」を6月22日に実施した。東京での式典で、安倍首相は次のように挨拶した。やや長いが、ここで全体を紹介しておこう。

「ちょうど半世紀前の今日、日本と韓国は、日韓基本条約に署名し、新たな時代を開きました。
 その50周年の記念すべき本日、東京とソウルで、同時に、日韓国交正常化50周年の祝賀行事が開催されますことを、心よりお慶び申し上げます。
 50年前の当時、私の祖父の岸信介や、大叔父の佐藤栄作は、両国の国交正常化に深く関与しました。その50年後の今日、私自身も総理大臣として、この記念すべき日を迎え、この祝賀行事に出席できることを、大変嬉しく思います。
 本日の祝賀行事に、韓国より、ユン・ビョンセ外交部長官、また、ソウルでの祝賀行事にパク・クネ大統領に出席していただいていることを喜ばしく思います。
 日韓国交正常化当時、両国間の人の往来は年間1万人でしたが、現在、500万人を超えるようになりました。また、両国間の貿易額は、当時の約110倍となりました。
 2002年には、サッカー・ワールドカップを日韓で共催し、近年は、日韓両国で『韓流(はんりゅう)』、『日流(にちりゅう)』といった文化ブームも見られました。
 このような活発な人的往来や緊密な経済関係、そして、お互いの文化の共有は、国交正常化以降、両国が作り上げた、かけがえのない財産と言えるでしょう。このような日韓関係の発展は、多くの方々の不断の努力により、数々の障害を乗り越えて築かれたものです。
 そこでは、日本にとっては韓国が、韓国にとっては日本が、最も重要な隣国であり、お互いに信頼し合いながら、関係を発展していかなければならない、との強い想いが広く共有されていたと思います。
 私は、国交正常化から半世紀経った本年に、これまでの50年にわたる日韓両国の発展の歴史を振り返り、両国の人々に共有されてきた、このようなお互いへの想いを、改めて確認し合うことが重要であると考えます。
 日韓国交正常化50周年のテーマは、『共に開こう 新たな未来を』です。
 我々は、多くの戦略的利益をお互いに共有しています。現在の北東アジア情勢に鑑みれば、日韓両国の協力強化、さらには、今日はキャロライン・ケネディ駐日米国大使もお見えでありますが、日韓米の3か国の協力強化は、両国にとってはもちろん、アジア太平洋地域の平和と安定にとっても、かけがえのないものです。
 私の地元である下関は、江戸時代に朝鮮通信使が上陸したところです。下関市は、釜山市と姉妹都市となっており、毎年11月には、『リトル・プサン・フェスタ』というお祭りが開催されます。
 日本の各地には、韓国の地方自治体と姉妹関係を結んでいる自治体がたくさんあり、今後は、このような地方交流も、一層、発展させていきたいと考えています。
 両国が、地域や世界の課題に協力して取り組み、ともに、国際貢献を進めることは、両国の新たな未来の姿を築くことにつながると確信しています。
 御列席の皆様、これまでの50年間の友好の歴史を振り返りながら、そして、協力、発展の歴史を振り返りながら、これからの50年を展望し、共に手を携え、両国の新たな時代を築き上げていこうではありませんか。
 そのためにも、私といたしましても、パク・クネ大統領と力を合わせ、共に努力していきたいと思います。
 本日、ここにいらっしゃる方々は、日韓関係の発展のために御尽力されてこられた、両国にとっての恩人の皆様です。
 改めて、心よりの敬意を表するとともに、皆様方の益々の御健勝と御発展、そして、日韓両国の新たな未来を祈念いたしまして、私の御挨拶とさせていただきたいと思います。」
http://www.kantei.go.jp/jp/97_abe/actions/201506/22kan_nichi50.html

この「挨拶」は、安倍首相の「歴史認識」のありかたを端的に示している。ここには、一切、日本の植民地支配のことなど出てこない。そして、日清戦争時の甲午農民戦争や日露戦争前後の義兵闘争さらに韓国併合後の三・一運動等に対する日本の武力鎮圧などの朝鮮侵略の歴史も語られないのである。

このように、「植民地支配の無視」の上で、安倍首相が日韓国交正常化50周年のテーマとして提起するのが『共に開こう 新たな未来を』ということなのである。安倍首相は「これまでの50年間の友好の歴史を振り返りながら、そして、協力、発展の歴史を振り返りながら、これからの50年を展望し、共に手を携え、両国の新たな時代を築き上げていこうではありませんか」とこの挨拶の中で呼びかけている。そして、その中で主に参照されているのは「これまでの50年間の友好の歴史」なのである。彼は、自分の祖父岸信介や大叔父佐藤榮作が日韓基本条約締結にむかって努力したと、自分の祖父たちについて自慢した後、人びとの往来、相互貿易、ワールドカップ共催や韓流ブームなどの文化の共有などをあげ、「このような日韓関係の発展は、多くの方々の不断の努力により、数々の障害を乗り越えて築かれたものです」といっている。そして「日本にとっては韓国が、韓国にとっては日本が、最も重要な隣国であり、お互いに信頼し合いながら、関係を発展していかなければならない、との強い想いが広く共有されていた」という。結局、想起されているのは、この50年間の歴史であり、さらにいえば、この50年の歴史にだってその前の歴史を引き継いでいろんな問題ははらんでいるのだが、そのことは無視されているのである。

そして、歴史はつまみ食いにされる。安倍晋三は「私の地元である下関は、江戸時代に朝鮮通信使が上陸したところです。下関市は、釜山市と姉妹都市となっており、毎年11月には、『リトル・プサン・フェスタ』というお祭りが開催されます」という。朝鮮侵略や植民地化は無視されるのに、「朝鮮通信使」の歴史は想起される。しかも、これも、一種のお国自慢になっているのである。彼にとって、「歴史」とは、自らの立場や正当性を指し示すものでしかないのである。

「未来志向」ということで、現在においても過去においても、抱えている問題は「無視」される。今や、日韓関係の緊張の一つの原因は、植民地化や朝鮮侵略さらに日本軍慰安婦などの日本の負の歴史の無視である。そして、ヘイトスピーチや北朝鮮問題など、現状において抱えている問題も無視されている。その上で、強調されるのが「日韓米の3か国の協力強化は、両国にとってはもちろん、アジア太平洋地域の平和と安定にとっても、かけがえのないものです」というアメリカを中心とした同盟関係なのである。

今、安倍政権は「戦後70年談話」なるものを発表する準備をすすめている。これについては、閣議決定されるかいなか、いろいろ問題がある。といっても、安倍首相が「戦後70年談話」にもりこみたいという「未来志向」なるものの中味は、この挨拶に凝縮されているといえよう。

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2015年6月13日現在、日本社会の一大関心事(なお、NHKその他のテレビは別だが)となっているのは、安倍政権の安全保障関係法制立法の動きである。しかし、その一方で、それこそ目立たない形で、福島第一原発事故被災者の切り捨てが進行している。

まず、自民党は、5月21日に震災からの復興に向けた第五次提言をとりまとめ、「避難指示解除準備区域」と「居住制限区域」の避難指示を2017年3月までに解除し、両区域住民への慰謝料支払を2018年3月に終了する方針を打ち出した。それを伝える東京新聞のネット配信記事をみてほしい。

自民復興5次提言 原発慰謝料18年3月終了 避難指示は17年に解除

2015年5月22日 朝刊

 自民党の東日本大震災復興加速化本部(額賀福志郎本部長)は二十一日、総会を開き、震災からの復興に向けた第五次提言を取りまとめた。東京電力福島第一原発事故による福島県の「避難指示解除準備区域」と「居住制限区域」の避難指示を二〇一七年三月までに解除するよう正式に明記し、復興の加速化を政府に求めた。 
 賠償では、東電が避難指示解除準備区域と居住制限区域の住民に月十万円支払う精神的損害賠償(慰謝料)を一八年三月に一律終了し、避難指示の解除時期で受取額に差が生じないようにする。既に避難指示が解除された地域にも適用するとした。
 提言は自民党の総務会で正式決定後、今月中に安倍晋三首相に提出する。額賀本部長は「古里に戻りたいと考える住民が一日も早く戻れるよう、生活環境の整備を加速化しなければならない」と述べ、避難指示解除の目標時期を設定した意義を強調した。
 だが、福島県の避難者からは「二年後の避難指示解除は実態にそぐわない」と不安の声も上がっており、実際に帰還が進むかどうかは不透明だ。
 避難指示区域は三区域あり、居住制限区域と避難指示解除準備区域の人口は計約五万四千八百人で、避難指示区域全体の約七割を占める。最も放射線量が高い「帰還困難区域」については避難指示の解除時期を明示せず、復興拠点となる地域の整備に合わせ、区域を見直すなどする。
 集中復興期間終了後の一六~二〇年度の復興事業は原則、国の全額負担としながらも、自治体の財政能力に応じ、例外的に一部負担を求める。
 また一六年度までの二年間、住民の自立支援を集中的に行うとし、商工業の事業再開や農業再生を支援する組織を立ち上げる。その間、営業損害と風評被害の賠償を継続するよう、東電への指導を求めるとした。
 提言には、第一原発の廃炉、汚染水処理をめぐり地元と信頼関係を再構築することや風評被害対策を強化することも盛り込まれた。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2015052202000117.html

そして、6月7日、東京電力は避難指示区域内の商工業者に払っている営業補償を2016年度分までで打ち切る方針を提起した。東京新聞の次のネット配信記事をみてほしい。

福島第一事故 営業賠償 16年度まで 東電方針

2015年6月8日 朝刊

 東京電力は七日、福島第一原発事故の避難指示区域内の商工業者に支払っている営業損害賠償を二〇一六年度分までとし、その後は打ち切る方針を明らかにした。同日、福島市内で開かれた、福島県や県内の商工団体などでつくる県原子力損害対策協議会(会長・内堀雅雄知事)の会合で示した。
 方針は与党の東日本大震災復興加速化プロジェクトチームが五月にまとめた第五次提言を踏まえた措置。事故による移転や転業などで失われる、一六年度までの収益を一括して支払う。事業資産の廃棄に必要な費用なども「必要かつ合理的な範囲」で賠償するとしている。
 東電の広瀬直己社長は「個別の事情を踏まえて丁寧に対応していく」と述べた。
 営業損害の賠償をめぐっては、東電が一時、来年二月で打ち切る案を提示していたが、地元から強い反発を受けて撤回した。一方、与党は第五次提言で、国が東電に対し、一六年度まで適切に対応しその後は個別の事情を踏まえて対応するよう指導することを明記した。
 商工業者の支援に関し、安倍晋三首相は先月三十一日、官民合同チームを立ち上げ県内の八千事業者を個別に訪問し、再建を後押しする方針を示している。
 会合に参加した団体からは、国や東電に「風評被害は依然残っており、賠償は続けるべきだ」「被害者に寄り添った賠償をお願いしたい」など、継続的な賠償を求める意見が相次いだ。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/economics/news/CK2015060802000120.html

他方、福島県は、自主避難者に対して行っている無償での住宅提供を2017年3月までで打ち切ることを5月頃より検討している。これは、たぶん、自民党の第五次提言と連動しているのだろう。そのことを報じる朝日新聞のネット配信記事をみてほしい。

自主避難者への住宅提供、2年後に終了へ 福島県が方針
2015年5月17日13時02分

 東京電力福島第一原発事故後に政府からの避難指示を受けずに避難した「自主避難者」について、福島県は避難先の住宅の無償提供を2016年度で終える方針を固め、関係市町村と調整に入った。反応を見極めた上で、5月末にも表明する。故郷への帰還を促したい考えだ。だが、自主避難者からの反発が予想される。

 原発事故などで県内外に避難している人は現在約11万5千人いる。このうち政府の避難指示の対象外は約3万6千人。津波や地震の被災者を除き、大半は自主避難者とみられる。

 県は災害救助法に基づき、国の避難指示を受けたか否かにかかわらず、避難者に一律でプレハブの仮設住宅や、県内外の民間アパートなどを無償で提供している。期間は原則2年だが、これまで1年ごとの延長を3回し、現在は16年3月までとなっている。

 今回、県はこの期限をさらに1年延ばして17年3月までとし、自主避難者についてはその後は延長しない考え。その際、終了の影響を緩和する支援策も合わせて示したいとしている。国の避難指示を受けて避難した人には引き続き無償提供を検討する。
http://www.asahi.com/articles/ASH5J5H83H5JUTIL00M.html

さらに、6月12日、ほぼ自民党の第五次提言を踏襲して、安倍政権は福島の復興指針を改定し、閣議決定した。「居住制限区域」と「避難指示解除準備区域」の避難指示を2016年度末(2017年3月)までに解除し、慰謝料支払も2017年度までで打ち切るというもので、ほぼ自民党の第五次提言にあったものだ。2016年度までで営業補償を打ち切ることも盛り込まれた。ただ、2016年度までに被災者の「事業再建」を「集中支援」するというのである。東京新聞のネット配信記事をみてほしい。

避難解除 17年春までに 生活・健康…不安消えぬまま

2015年6月12日 夕刊

 政府は十二日、東京電力福島第一原発事故で多大な被害を受けた福島の復興指針を改定し、閣議決定した。「居住制限区域」と「避難指示解除準備区域」の避難指示を、事故から六年後の二〇一六年度末までに解除するほか、事業再建に向けて一六年度までの二年間に集中支援する方針を盛り込み、被災者の自立を強く促す姿勢を打ち出した。 
 避難住民の帰還促進や、賠償から事業再建支援への転換が柱。地元では帰還への環境は整っていないと不満の声もあり、被害の実態に応じた丁寧な対応が求められる。
 安倍晋三首相は官邸で開かれた原子力災害対策本部会議で「避難指示解除が実現できるよう環境整備を加速し、地域の将来像を速やかに具体化する」と述べた。
 居住制限区域など両区域の人口は計約五万四千八百人で避難指示区域全体の約七割を占めるが、生活基盤や放射線による健康被害への不安は根強く、避難指示が解除されても帰還が進むかは不透明。東電による「居住制限区域」と「避難指示解除準備区域」の住民への月十万円の精神的損害賠償(慰謝料)支払いは一七年度末で一律終了する。一六年度末より前に避難指示が解除された場合も一七年度末まで支払い、解除時期で受取額に差が生じないようにする。既に避難指示が解除された地域にも適用する。
 一方、第一原発に近く依然、放射線量が高い「帰還困難区域」の解除時期は明示しなかった。
 被災地域の事業者に対しては事業再建に向けた取り組みを一六年度までの二年間に集中的に実施。商工業者の自立を支援するための官民合同の新組織を立ち上げ、戸別訪問や相談事業を行うほか、営業損害や風評被害の賠償は一六年度分まで継続する。
 東電は既に今月七日、福島県に対し、避難指示区域内の商工業者に支払っている営業損害賠償は一六年度分までとし、その後は打ち切る方針を示している。
◆きめ細かな対応必要
 <解説> 福島復興指針の改定で政府は、福島県の居住制限区域と避難指示解除準備区域の避難指示の解除目標時期と賠償の終了時期を明示し、住民の自立を促す方針を打ち出した。政府はこれまでの「賠償」という形から「生活再建支援」に移行したい考え。しかし住民の置かれた状況はまちまちで、福島では「賠償の打ち切りだ」との反発も多い。
 除染やインフラ整備が完了しても、商圏自体を失った企業の再建や、避難に伴い住民がばらばらになったコミュニティーの再生は容易でない。既に避難指示が解除された地域でも帰還が進んでいないのが実情だ。政府や東電は、無責任な賠償打ち切りにならないよう、分かりやすい説明と、個々の被災者の状況に応じたきめ細かな対応に努める必要がある。
 震災復興、原発事故対応には多額の国費が投入されている。被災地への関心の低下が指摘される中、国民への丁寧な説明も引き続き求められる。 (共同・小野田真実)
■改定指針のポイント■
▼福島県の居住制限区域と避難指示解除準備区域の避難指示を2016年度末までに解除。
▼両区域の住民への精神的損害賠償(慰謝料)の支払いを17年度末で一律終了。早期解除した場合も同等に支払う。
▼16年度までの2年間を集中的に事業者の自立支援を図る期間として取り組みを充実。事業者の自立を支援する官民合同の組織を創設し、戸別訪問や相談事業を実施。
▼原発事故の営業損害と風評被害の賠償は16年度分まで対応。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2015061202000266.html

これらの措置が、福島県の被災者の生活を大きく揺るがすことは間違いない。特に重要なことは、「居住制限区域」も2017年3月までに避難指示を解除するとしたことである。「避難指示解除準備区域」は放射線量年間20mSv以下で、それでも福島県外の基準である1mSvの20倍で、かなり高い。「居住制限区域」は20−50mSvであり、もちろん、より高い。そこも含めて、避難指示を解除しようというのである。いかにも、安倍政権らしい、無茶苦茶で乱暴な措置だ。

ある程度は、除染その他で「居住制限区域」でも線量は下がっているとは思われる。しかし、それならそれで、空間線量を計測して、20mSv以下の線量になったことを確認して、「避難指示解除準備区域」に編入するという手続きが必要だろう。そういうことはまったくお構いなしなのだ。このような状態だと、福島県民の放射線量基準は、福島県外の50倍ということになりかねないのである。

そして、避難指示解除と連動して、慰謝料や営業補償などの支払いを打ち切るという。つまりは、もとの場所に戻って、東電の支払いに頼らず、3.11以前と同じ生活を開始しろということなのである。そのための支援は講じるということなのであろう。しかし、逆にいえば、自主避難者などの支援は打ち切らなくてはならないということなのであろう。避難指示に従った人びとへの慰謝料・営業補償などは打ち切っていくのに、自主避難者への支援を続けていくわけにはいかないというのが、国や福島県などの考えであると思われる。もちろん、放射線量についてはいろんな意識があり、自民党などがいうように、線量にかまわず「古里に戻りたい」という考えている人はいるだろう。とはいえ、福島県外と比べて制限線量が50倍というのは、やはり差別である。法の下の平等に背いている。それゆえに、自主避難している人たちもいるだろう。そういうことは考慮しないというのが「復興新指針」なのである。何も自主避難している人びとだけではなく、線量が下がらないまま、自らの「希望」にしたがった形で、「帰還」を余儀なくされる人びとも「棄民」されることになるだろう。

良くも悪くも、安全保障関係法制立法の問題のほうに、日本社会の目は向けられている。その陰で、このような福島県民の「棄民」が進行しているのである。

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2015年3月1日、東日本大震災のために遅れていた常磐道全面開通がなされた。パフィトンポストが朝日新聞の記事を引用しているので、まず、ここで紹介しておこう。

常磐自動車道、福島県内が3月1日開通 一部は未だ高線量
朝日新聞デジタル | 執筆者: 伊藤弘毅、本田雅和、小林誠一
投稿日: 2015年02月28日 13時07分 JST 更新: 2015年02月28日 13時07分 JST JOBANDO

常磐道が開通へ 期待寄せる被災地、一部は未だ高線量

東京電力福島第一原発事故の影響で整備が遅れていた、常磐自動車道の福島県内の一部区間が3月1日に開通する。首都圏と被災地が太平洋沿岸ルートでも一本に結ばれることになる。被災地からは観光振興面で期待の声が上がるが、放射線量が高い地点も残るため、効果は見通せない。

開通するのは、常磐富岡(福島県富岡町)―浪江(同県浪江町)の両インターチェンジ(IC)間の14・3キロ。すべて避難指示区域内で、うち約8キロは放射線量が高く、住民が当面帰れない帰還困難区域だ。第一原発からは最も近くて約6キロの場所を通る。

東日本高速道路は2014年度中の全線開通を目指していたが、原発事故で工事が中断。全線開通は15年夏に延期された。「復興の象徴」とする安倍晋三首相は14年3月、全線開通を15年のゴールデンウィーク前まで前倒しすると表明。「東北の被災地を多くの観光客が訪れるようにしたい」と語った。14年12月には、さらに2カ月早めた。

開通が2日後に迫った27日、太田昭宏国土交通相は閣議後会見で「企業立地の加速、観光・交流の促進に期待している」と語った。

■地元は歓迎、「震災の記憶を継承したい」

武者の乗った騎馬が市街地を練り歩く伝統行事「相馬野馬追(そうまのまおい)」で知られる福島県南相馬市。昨年、野馬追に訪れた客は震災前年の9割にとどまった。市内の避難先から毎年参加するトラック運転手酒本新さん(30)は「首都圏から移動が楽になり、野馬追に来る客も増えるに違いない」と喜ぶ。

(朝日新聞デジタル 2015年2月27日22時01分)
http://www.huffingtonpost.jp/2015/02/27/jobando-opening-disaster-area_n_6773758.html

この記事でもふれているが、この常磐道開通は、観光業などの早期振興をめざして、安倍晋三首相自身の指示で予定が早められたものである。そして、地元でも、常磐道開通による観光振興が期待されているという。

常磐道全面開通が浜通りの人びとの夢の一つであったことは間違いない。福島県議会会議録を閲覧していると、浜通り地域選出の県議たちが、幾度となく、常磐道全面開通への期待を述べている。

しかし、この常磐道は大きな問題をかかえている。今回開通した常磐富岡ICー浪江IC区間は、高線量の「帰還困難区域」のど真ん中をつらぬいているのだ。そのことへの懸念を毎日新聞は次のように報道している。

常磐道全線開通:沿道で放射線量の低減策
毎日新聞 2015年03月01日 22時10分(最終更新 03月02日 00時04分)

 1日に開通した常磐(じょうばん)自動車道の常磐富岡インターチェンジ(IC、福島県富岡町)−浪江IC(同県浪江町)間は、帰還困難区域などの避難区域を通るため、放射線量の低減策が取られている。一方、区間内の大熊、双葉両町には原発事故の除染で出た汚染土などを保管する中間貯蔵施設が建設される予定。13日に搬入が始まるため、汚染土を積んだトラックの事故発生を懸念する声も出ている。

 東日本高速道路会社によると、除染の結果、路面から1メートルの高さの空間線量は除染前に最大で毎時35.9マイクロシーベルトだったが、同4.8マイクロシーベルトに下がった。放射線量の高い双葉町内では、ガードレールの外にあるのり面に厚さ15センチのコンクリートを総延長715メートルにわたって吹き付けた。放射性物質を吸収する草木や土から利用者を少しでも遠ざけるためだ。

 事故が起きればガードレールの外側で待機するが、車外に1時間いた場合の被ばく線量は最大6.4マイクロシーベルト。胸部X線集団検診の被ばく線量(1回あたり60マイクロシーベルト)の約10分の1で、同社は「問題ない数値」と説明する。開通区間の3地点には線量を確認できる大型の表示板を設置した。

 一方、中間貯蔵施設の予定地に近い常磐富岡、浪江の両IC付近は交通量の増加が予想される。全町避難が続く浪江町の馬場有(たもつ)町長は「輸送面の安全が確保されるか心配だ」と話す。

 福島県警高速隊は開通に備えて昨年12月、南相馬市内に分駐隊を発足させており、「利用者の不安を払拭(ふっしょく)するため、より迅速な事故処理に徹したい」としている。

 高速道を通行後、車両の放射性物質を落とす「スクリーニング」の義務はないが、希望者は常磐富岡ICなどの近くにあるスクリーニング場で無料で受けることができる。【宮崎稔樹】
http://mainichi.jp/select/news/20150302k0000m040112000c.html

なお、ここには毎時4.8マイクロシーベルトとあるが、その前の調査では5.5マイクロシーベルトだったようである。常磐道を運用しているNEXCO東日本のサイトでも。2015年3月3日20時で5.36マイクロシーベルトとあり、大体5マイクロシーベルトが最高のようである。また、同サイトでは広野町から南相馬市の9地点のモニタリングポストの放射線量を掲示しているが、この区間の最北(南相馬市)と最南(広野町)以外の7地点で0.23マイクロシーベルトの基準をこえている。そもそも、帰還困難区域のため、もともと30マイクロシーベルトをこえており、除染などをしてようやくこの数値に下がったという。事故などがおき、道路脇に退避すると、たちまち6.4マイクロシーベルトの被曝になる。問題のない数値とはとてもいえない。基準の20倍以上である。そして、今回の開通区間のほとんどは基準をこえているのである。http://jobando.jp/hoshasenryo/genzai.html

これだけ数値が高いと、例えば、南相馬市ー浪江町間では、より海側で線量が低い避難指示解除準備区域を通っている国道六号線のほうが、無用な被曝をしないですむとも思われる。ただ、国道六号線は福島第一原発の門前を通過しており、その周辺の線量は10マイクロシーベルトをこえているようだから、浪江町ー富岡町間では常磐道のほうがまだ線量が低いとも考えられる。といっても、5マイクロシーベルトは覚悟しなくてはならない。

用事があるならば通行するのも仕方がないかもしれない。また、避難道として使うなど、地元の人びとには利便もあるだろう。除染や福島第一原発の廃炉作業にもそれなりに役立つだろう。しかし、こういうところに「観光」目的で通行したいと思うだろうか。「無用な被曝はさける」、低線量被曝の影響については確定したことはいえないが、そのように考える人は多いだろう。

東北の地方紙である河北新報は、基本的に常磐道開通を評価しているが、しかし、その半面で次のように報道している。

<常磐道3・1全通>ためらうバス業界/(下)放射能の影 安心確立なお時間

 昨年12月の常磐自動車道相馬-山元インターチェンジ(IC)間の開通後、南相馬市と仙台市を1日4往復する高速バスの直行便は利用客が増え、1月は約3700人と2、3往復だった前年の約2.5倍になった。だが、運行する東北アクセス(南相馬市)は、全線開通で直結するいわき市方面の運行には慎重な姿勢を崩さない。
 南相馬周辺は関東方面からの作業員も多く、いわき方面への潜在需要は高いとみられるが、遠藤竜太郎社長(50)は「被ばくが課題」と新路線開設に踏み切れない理由を説明する。「事故時の乗客への対応はもちろん、何度も行き来する運転手への影響も無視できない」

<「遠回りを」>
 最終開通区間の常磐富岡-浪江IC間(14.3キロ)は、福島第1原発事故の帰還困難区域を通り、常磐道の中で最も空間放射線量が高い。空間線量は最高地点で毎時約5.5マイクロシーベルト。短時間の通過による影響は限定的とされるが、住宅地であれば年間20ミリシーベルト以上の被ばくが想定される値だ。
 東北道と磐越道を経由し、1日8往復する高速バスのいわき-仙台線。常磐道に乗れば40キロほど距離を短縮できるが、利用を計画していない。
 利用客からは「近い方がいい」と常磐道ルートを支持する声の一方で、「線量が高い場所があるので遠回りでもいい」と不安も聞かれる。同路線をジェイアールバス東北(仙台市)と共同運行する新常磐交通(いわき市)は「輸送の安全確保を検討している段階」と説明。当面、現行ルートで運行を続ける方針だ。
 福島県内の常磐道は、福島第1原発がある大熊、双葉両町に建設される中間貯蔵施設への除染廃棄物の輸送ルートにもなる。近く試験輸送が始まる予定だが、本格化すれば大型ダンプが1日1500台以上通行する見込みだ。

<効果不透明>
 こうした状況から、旅行業界も全線開通を歓迎しつつも、企画商品の販売に二の足を踏む。地元旅行会社の幹部は「現時点では常磐道を使う商品を販売しにくい。東北道を使うケースが多いだろう」と話す。
 東日本高速道路がかつて想定した常磐道常磐富岡-山元IC間の交通量は、1日7000~5000台。昨年12月の2区間開通後の実績は1日8000~2300台と近似するが、避難者の利用や工事車両が多く、原発事故前と様相は異なる。
 「東北の復興の起爆剤にしたい」と、安倍晋三首相が全線開通を急がせた常磐道。多方面に全通効果が表れ、被災地の再生をけん引できるかどうか。道のりは平たんではない。

2015年02月27日金曜日
http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201502/20150227_63023.html

結局、高速バス運行業者たちは、高線量地区を通過することを懸念して、常磐道でのルート開通に二の足をふんでいるのである。高速バス業者が運行しないのであれば、観光バス業者でもそうだろう。そして、どちらにせよ、利用者が集まるのだろうか。

浜通りには美しいところ、興味深いところはたくさんある。比較的低線量である、北部の相馬市・南相馬市や、南部のいわき市などをみていくことはかまわないだろう。しかし、さほど必然的理由がなく、高線量の常磐道を通過することは「無用の被曝をする」ことではないかと思う。

3.11直後、日本政府や福島県はSPEEDIによる予測を公表せず、浜通りの人びとは結果的に高線量地域に避難し、「無用な被曝」をしてしまった。その反省もなく、常磐道を開通させ、そこに一般観光客をよびこみ、「無用な被曝」をさせようとしているのである。安倍首相のいう「全面開通した常磐道を東北の復興の起爆剤にする」ということは、そういうことなのだ。そして、福島第一原発事故は、単に放射能だけでなく、浜通りの人びとの夢まで汚してしまったといえるのである。

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本日(2015年1月30日)、NHKの19時のニュースを見ていたら、次のような報道があった。

首相 福島第二原発の廃炉は事業者判断
1月30日 17時35分

安倍総理大臣は、衆議院予算委員会の基本的質疑で、福島第二原子力発電所の廃炉について、「第一原発の5号機と6号機は事故処理の観点から廃炉を要請したが、第二原発は状況が違う」と述べ、今後のエネルギー政策などを総合的に勘案して、事業者が判断するという認識を示しました。
このあと委員会では、今年度の補正予算案の採決が行われ、自民・公明両党の賛成多数で可決されました。

この中で、共産党の高橋国会対策副委員長は、東京電力福島第二原発の廃炉について、「原発事故の収束に集中すべきで再稼働などあってはならない。去年の福島県知事選挙で、与党も支援して当選した内堀知事は、福島県内に10基あるすべての原発の廃炉を要請しており、政府としても全基の廃炉を決断すべきだ」と指摘しました。これに対し、安倍総理大臣は「福島県から福島第二原発の廃炉を要望する声があることは承知している。福島第一原発の5号機と6号機は、事故を起こした1号機から4号機の近くにあり、事故処理に集中する現場体制を構築する観点から廃炉を要請したが、遠く離れた第二原発は状況が違う。今後のエネルギー政策の状況や新規制基準への対応、地元のさまざまな意見なども総合的に勘案し、事業者が判断する」と述べました。
(後略)
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150130/k10015095871000.html

これを視聴して、えっと思った。福島第一原発事故の処理は、汚染水処理を筆頭にして、ほとんど停滞し、多くの予定を先送りせざるをえない状態にある。そのような中で福島県側は福島にあるすべての原発の廃炉が求めている。それなのに、「事業者」=「東京電力」に福島第二原発稼働の判断をまかせるということを、首相が述べてよいのだろうかと思ったのだ。

しかし、この報道は、NHKの報じ方にも問題があったようだ。ロイターは、同じやりとりをこのように伝えている。

福島第1原発事故、収束という言葉を使う状況にない=安倍首相
2015年 01月 30日 16:10 JST

 1月30日、安倍晋三首相は午後の衆議院予算委員会で、東京電力福島第1原子力発電所の事故について、「収束」という言葉を使う状況にはないとの認識を示した。

[東京 30日 ロイター] – 安倍晋三首相は30日午後の衆議院予算委員会で、東京電力(9501.T: 株価, ニュース, レポート)福島第1原子力発電所の事故について、「収束」という言葉を使う状況にはないとの認識を示した。

高橋千鶴子委員(共産)の質問に答えた。

安倍首相は福島第1原発の状況について「汚染水対策を含め、廃炉、賠償、汚染など課題が山積している」としたうえで「今なお厳しい避難生活を強いられている被災者の方々を思うと、収束という言葉を使う状況にはない」と語った。

また同原発で死亡事故が連続して発生していることについて「極めて遺憾だ。政府としても再発防止策の徹底を図り、安全確保を大前提としつつ、迅速に汚染水対策を進めるよう東電を指導していく」と語った。

福島第2原発を廃炉とするかどうかについては「今後のエネルギー政策の状況や新規制基準への対応、地元の意見などを総合的に勘案しながら、事業者が判断するものだ」との見解を示した。

(石田仁志)
http://jp.reuters.com/article/businessNews/idJPKBN0L30GD20150130

ロイターの報道では、NHKの報道にはなかった、安倍晋三首相自身が福島第一原発事故は収束にいたっていないと認めざるを得なかったことを強調している。衆議院議事録で確認しなくてはならないが、たぶん、そのように安倍晋三首相は答えたのであろう。

もちろん、このように報道されても、安倍晋三首相が福島第二原発については「事業者」=東京電力にまかせると発言した問題性は変わらない。福島第一原発事故の影響は、福島第二原発の立地地域を含めた広範囲にも及んでいる。廃炉作業も進まず、さらにその作業自体が新たな汚染を引き起こす可能性がある。補償や帰還の問題もある。そのような状況の中で、福島第二原発の存続を東京電力の判断に委ねるということは、当事者責任の放棄である。そして、そもそも、東京電力の最大株主は、今や国なのである。

しかし、NHKの報道姿勢もまた問題である。結局、安倍晋三首相は福島第一原発事故の処理は進んでいないと認めざるを得なかった。これは、安倍政権の失点といえるのだが、そのことをNHKは報道しなかったのである。私も、外電であるロイターが報道したから、ようやく知ったのである。国内メディアよりも、外電の方が信用にたるということになる。政権の失点は最大限隠蔽するーそれは、戦時期の大本営発表の特徴であった。。

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安倍晋三首相が「年頭所感」を1月1日に発表した。たいして長い文章ではないが、ほとんどのマスコミがテクスト自体を報道していないので、ここで全文を紹介しておく。

安倍内閣総理大臣 平成27年 年頭所感

 新年あけましておめでとうございます。

 総理就任から2年が経ちました。この間、経済の再生をはじめ、東日本大震災からの復興、教育の再生、社会保障改革、外交・安全保障の立て直しなど、各般の重要課題に全力で当たってまいりました。さらには、地方の創生や、女性が輝く社会の実現といった新たな課題にも、真正面から取り組んできました。

 そして先の総選挙では、国民の皆様から力強いご支援を頂き、引き続き、内閣総理大臣の重責を担うこととなりました。

いずれも戦後以来の大改革であり、困難な道のりです。しかし、信任という大きな力を得て、今年は、さらに大胆に、さらにスピード感を持って、改革を推し進める。日本の将来を見据えた「改革断行の一年」にしたい、と考えております。

 総選挙では全国各地を駆け巡り、地方にお住いの皆さんや、中小・小規模事業の皆さんなどの声を、直接伺う機会を得ました。こうした多様な声に、きめ細かく応えていくことで、アベノミクスをさらに進化させてまいります。

経済対策を早期に実施し、成長戦略を果断に実行する。今年も、経済最優先で政権運営にあたり、景気回復の暖かい風を、全国津々浦々にお届けしてまいります。

今年は、戦後70年の節目であります。

日本は、先の大戦の深い反省のもとに、戦後、自由で民主的な国家として、ひたすら平和国家としての道を歩み、世界の平和と繁栄に貢献してまいりました。その来し方を振り返りながら、次なる80年、90年、さらには100年に向けて、日本が、どういう国を目指し、世界にどのような貢献をしていくのか。

私たちが目指す国の姿を、この機会に、世界に向けて発信し、新たな国づくりへの力強いスタートを切る。そんな一年にしたいと考えています。

 「なせば成る」。

上杉鷹山のこの言葉を、東洋の魔女と呼ばれた日本女子バレーボールチームを、東京オリンピックで金メダルへと導いた、大松監督は、好んで使い、著書のタイトルとしました。半世紀前、大変なベストセラーとなった本です。

 戦後の焼け野原の中から、日本人は、敢然と立ちあがりました。東京オリンピックを成功させ、日本は世界の中心で活躍できると、自信を取り戻しつつあった時代。大松監督の気迫に満ちた言葉は、当時の日本人たちの心を大いに奮い立たせたに違いありません。

 そして、先人たちは、高度経済成長を成し遂げ、日本は世界に冠たる国となりました。当時の日本人に出来て、今の日本人に出来ない訳はありません。

国民の皆様とともに、日本を、再び、世界の中心で輝く国としていく。その決意を、新年にあたって、新たにしております。

 最後に、国民の皆様の一層の御理解と御支援をお願い申し上げるとともに、本年が、皆様一人ひとりにとって、実り多き素晴らしい一年となりますよう、心よりお祈り申し上げます。

平成27年1月1日
内閣総理大臣 安倍晋三
http://www.kantei.go.jp/jp/97_abe/statement/2015/0101nentou.html

この「年頭所感」の冒頭は、昨年までの安倍内閣の「業績」を語っている。経済の再生、東日本大震災からの復興、教育の再生、社会保障改革、外交・安全保障の立て直し、地方創成、女性が輝く社会の実現という課題ー安倍首相によれば「戦後以来の大改革」ーに取り組んできたとし、昨年末の総選挙で国民の信任を得たと述べている。

そして、今年は日本の将来をみすえた「改革断行の年」にしたいとして、二つの課題を提起している。第一の課題は「アベノミクスのさらなる進化」である。安倍首相は、「経済対策を早期に実施し、成長戦略を果断に実行する。今年も、経済最優先で政権運営にあたり、景気回復の暖かい風を、全国津々浦々にお届け」するとしている。といっても、具体策が提起されているわけではない。

安倍首相のあげている第二の課題は、戦後70年を迎えて平和国家としての戦後日本を前提としながら、「日本が、どういう国を目指し、世界にどのような貢献をしていくのか」を世界に発信し、新しい国づくりのスタートを切るということである。これは、一見、今までの「平和国家」としての日本を維持していくかにみえる。しかし、たぶん、安倍首相の心底では「新しい国づくり」のほうに力点があるのだろう。

さて、後半は、安倍政権の業績とも政策課題とも違った、「ポエム」のような「心情告白」である。安倍首相は、東京オリンピックの際の日本女子バレーボールチームの大松監督が使った言葉「なせば成る」を声高らかに宣言している。安倍首相は、「戦後の焼け野原の中から、日本人は、敢然と立ちあがりました。東京オリンピックを成功させ、日本は世界の中心で活躍できると、自信を取り戻しつつあった時代。大松監督の気迫に満ちた言葉は、当時の日本人たちの心を大いに奮い立たせたに違いありません。そして、先人たちは、高度経済成長を成し遂げ、日本は世界に冠たる国となりました」と主張している。このなかでは東京オリンピックと戦後復興ー高度経済成長の課程が二重写しにされているのである。

そして、「当時の日本人に出来て、今の日本人に出来ない訳はありません。国民の皆様とともに、日本を、再び、世界の中心で輝く国としていく。その決意を、新年にあたって、新たにしております。」と語りかけているのである。

いわば、「東京オリンピック」を象徴として、戦後復興ー高度経済成長の過程が、過去の「成功体験」として認識されており、「なせば成る」というスローガンのもとに、現在の日本人でもそのような成功が可能なのだとハッパをかけているのである。

ある意味で、安倍首相が考えている、「戦後日本」で受け継ぐべきものとは、この心情告白によって十二分に語られているといえよう。そして、このことは、みずからの親族ー祖父岸信介、大叔父佐藤栄作を継承することでもあるのだ。

しかし、このことは、単に安倍首相の個人的なパーソナリティに還元するだけではとどまらない。安倍首相を積極的であれ消極的であれ支持する人びとはいるのだ。先行きが見えないままー特に民主党政権の「挫折」と3.11以降ー、過去の「成功体験」に依拠するしか未来の展望をもてないということが普遍化していることが問題なのである。

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