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Posts Tagged ‘大飯原発’

さてはて、原発が稼働しないと、供給電力が不足するという、関西電力の主張は、本当に真だったのか、大飯原発が再稼働した、今(2012年7月13日)の時点で、検証してみよう。

もう一度、関西電力の当初の主張をみておこう。2012年5月19日に発表した「今夏の需給見通しと節電のお願いについて」によると、関西電力は、7月の前半の最大電力需要を2757万kw、7月後半から8月全体のそれを2987万kw、9月1週目を2902万kw、2週目を2755万kwと想定した。そして、8月の供給予定電力を、水力203万kw、火力1472万kw、他社(自家発電等買取分)・融通(他電力会社分)644万kw、揚水223万kw、計2542万kwとして、445万kw(約14.9%)不足するとしたのである。

さて、大飯原発3号機(118万kw)が本格的に電力供給を開始した7月9日後の状況をみてみよう。関西電力が7月13日に発表した「今週の需給実績と来週以降の需給見通しについて」をみてみると、7月12日の電力供給が2564万kwであるが、最大需要は2234万kwであったとしている。もし、大飯原発が稼働しないとすると、2446万kwの供給にとどまるが、それでも需要に対して212万kw供給が上回っていることになる。もちろん、原発の稼働につれて、その余剰電力を使う揚水発電所の稼働率もあがるので、単純にはいえないが、それでも、電力不足ということはないだろう。

そして、7月第4週(7月23〜27日)の需給見通しによると、需要は2420万kwとされている。5月19日においては2987万kwと算定されており、それより567万kw(約18.9%)も少ない。他方、電力供給は、原子力が118万kw、火力が1470万kw、一般水力が281万kw、揚水が432万kw、他社・融通が633万kwで、総計で2935万kwとされている。5月19日時点では2517万kwと算出されており、417万kwも多い。原子力分をのぞいても、2817万kwも電力供給力はあることになっている。いかに原発稼働が揚水発電の稼働に関連するといっても、原発発生電力以上に寄与するとは思えない。それゆえ、節電をしなくても、電力には不足していないということになる。

つまり、そもそも、需要見込みが過大であったといえる。関西電力では、猛暑であった2010年度の最大需要3095万kwをもとに、節電効果なども考慮にいれて2987万kwとしたというが、結局、7月後半の需要見込みすら2420万kwである。たぶん、供給力も、大飯原発が稼働しない状況でも、揚水発電分は300万kwはあり、それを223万kwしか見込んでいないなど、過小評価しているように思える。

そして、電力余剰が生まれたことで、関西電力は、8基の火力発電所(384万kw)を停止するとした。7月7日に配信した読売新聞のネット記事は次のように伝えている。

関電、来週85~88%…でんき予報
 関西電力は6日、節電要請期間2週目となる、来週の「週間でんき予報」(9~13日)を発表した。大飯原子力発電所3号機(福井県おおい町、出力118万キロ・ワット)の再稼働で供給力が増強されることから、電気使用率は85~88%の「安定」で推移する見通しだ。

 日本気象協会によると、大阪市内の最高気温は30~31度と平年並みの見通し。予想気温や直近の需要を基に、需要は2080万~2170万キロ・ワットにとどまると見込んだ。

 供給力は、大飯原発3号機が9日未明にもフル稼働に達することで、2421万~2466万キロ・ワットを確保できるとし、最大8基の火力発電所(計384万キロ・ワット)の運転を停止する計画だ。

 また、経済産業省が6日発表した9~13日の電力需給見通しによると、各電力会社の最大電力使用率の中で高いのは、北海道電力の91%(10日)、四国電力の85%(11、12日)、九州電力の84%(10日)、北陸電力の83%(9日)。

(2012年7月7日 読売新聞)
http://osaka.yomiuri.co.jp/e-news/20120707-OYO1T00340.htm?from=main1

384万kwといえば、大飯原発3・4号機がともに稼働して236万kwであり、揚水発電の増加分もそれ以上ということはないだろう。この夏が終わればはっきりするが、関西電力は、現時点でも384万kwの供給をカットしても支障がないと見込んでいることになる。結局、電力不足というのは、ある意味で欺瞞であったことを、関西電力自身が認めてしまっているといえるのだ。

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前回のブログで、6月30日から7月2日にかけて行われた大飯原発前再稼働反対抗議行動の経過をみてきた。抗議行動全体を説明すれば、関西電力大飯発電所敷地を公道から区分するために関電自身が設置していたバリケードを占拠し、その内側と外側において、機動隊と対峙していたといえる。

それでは、どういう形で行われたのか。次の動画をみてほしい。

動画に説明がないが、これは、たぶん、7月1日の夕方、バリケードの内側と外側にかけられた機動隊の攻勢の時期に撮影されたものと推測される。バリケードの外側では、ダイ・インしていた反対派を機動隊が一人一人ごぼう抜きで排除したが、内側では反対派の人びとの壁に盾をもった機動隊の隊列をぶつけて排除しようとした。この動画は、内側での攻防を撮影したものとみることができよう。

動画を説明していけば、反対派人びとの壁に、黒いヘルメットを着け、強化プラスチックの盾をもった機動隊が二列横隊でぶつかっていく。その後ろには、関電関係者とおぼしき作業着姿の人びとがいる。そもそも、ここは、関電の敷地内なので公道ではなく、この排除は、関電が敷地から退去せよと通告し、それにこたえて機動隊が排除を開始している。私は、法律問題には詳しくないが、私営駐車場に不法駐車した際も、警察は直接レッカー移動せず、裁判所に出訴しなければ強制排除は難しいそうである。手続き的にはいろいろ問題があるのではないか。いずれにせよ、警察は、ここでは関電という私企業の警備員もしくは私兵として行動しているといえよう。

人びとは、両手をあげて「非暴力」を誇示し、「暴力反対」などを個々に叫びながら、その場から動かないことで、機動隊に抵抗しているのである。暴力はしないが、その場所に居続けることで抵抗するのである。

そのうち、やや後方にあるドラムが打ち鳴らされ、リズムが刻まれる。人びとは踊りだし、手をあげて拍手し、全体のリズムがあっていく。そして、「再稼働反対」などのかけ声もそろってくる。反対派の集団は、命令ではなく、リズムによって統率され、一体として行動していく。機動隊側も何か命令しているようだが、全く聞こえない。

そして、たぶん男根(もしかして違うのかもしれない。違っていたら訂正したい。ただ、ここでこのように表現したのは、批判するつもりではなく、土俗的なエネルギーを評価することを意図している)を模したと思われる「御神体」を乗せた神輿が登場し、機動隊を威嚇する。しかし、だれが、どういう発想で、このような土俗的なものを持ち出すことを考えたのだろうか。やや後になると、この神輿に拡声器をもった女性(と思しき人物)が乗り、シュプレヒコールを機動隊に向かって叫ぶ。ドラクロアなら「民衆を導く自由の女神」といったであろう。まさに、抗議行動ではあるが、まさに祝祭の場と化してくる。この動画ではないが、別の動画で、参加者たちが、幕末に多くの民衆が踊ることで民衆の力を示した「ええじゃないか」とこの抗議行動を重ね合わす発言をしていた。

このような、ドラムをたたき、「再稼働反対」をシャウトし、踊り狂う人びとの「抵抗」に直面して、機動隊も思ったほど前進できず、あせりの色が濃くなる。警察は、より軽装備の特別部隊を編成し、機動隊の列の内側に送り込み、この部隊は直接に手を使って人びとの排除を始めた。逮捕者や重傷者が今まで報告されていないことに鑑み、電敷地内、独立系メディアの監視などの理由で、警察はおおっぴらな弾圧を抑制していたのではないかと結果的には思うが、この挑発に応戦すれば、より激しい弾圧もありえたと思う。反対派の人びとは混乱し、一時期ドラムもその混乱に巻き込まれた。

しかし、すぐにドラムは再びリズムを刻み始め、人びとは立ち直った。ドラムにあわせて人びとは踊りだし、「暴力反対」と叫び、警官に直接対面する人びとは、両手を上にあげて「非暴力」をアピールしつつ、警官を押し返していく。

たぶん、こういうことが何度も繰り返されたのであろうと推察する。全くの「非暴力」でありながら、人びとは、ドラムのリズムにあわせて「再稼働反対」「暴力反対」と叫びながら踊り狂い、土俗的・祝祭的な熱狂を創出することで、機動隊に抵抗し続けたのである。このような、ドラムなどのリズムによって人びとが高揚していくことは、昨年来の東京を中心にして行われた脱原発デモにおいてもしばしばみられ、本ブログでも2.3紹介した。ドラムのリズムによって人びとが高揚していくことが、非暴力として抵抗のスタイルになることを、この大飯原発前の再稼働反対抗議行動が示したといえるだろう。そして、それは、民衆運動における新たな政治文化の息吹といえるのだ。

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最近、毎週金曜日には、大飯原発再稼働に反対する首相官邸前抗議行動が行われている。本ブログでも、12000人が参加した6月15日の抗議行動について紹介した。周知のように、6月16日には野田首相が大飯原発再稼働を決定した。その後に行われた6月22日の抗議行動には、約45000人が参加したといわれている。そして、さらに、6月29日に行われた抗議行動においては、主催者発表で15〜20万人が参加したと報じられている。

本ブログでは、6月15日の抗議行動について紹介している。6月22日の抗議行動について、ここで簡単に規模だけ紹介しておこう。首相官邸前正面には、国会議事堂の南側を通る六車線道路がある。抗議行動は、大体、国会記者会館側の歩道上で行われてきた。それは、6月15日の際も変わらない。一部車道にはみだした箇所もあったが、大体歩道上で行われていた。

しかし、すでに6月22日の抗議行動は、その規模ではすまなかった。開始時間の午後6時過ぎには、最後尾は、首相官邸前大通りに交差する六本木通りまで及んでいた。たぶん、その時点で、15日の抗議行動の際の参加人数12000人はこえていたと思われる。そして、最終的には、国会記者会館側の車道も、1車線を除いて片側2車線が解放された。もはや、あまりにも人が多く、車道に抗議行動が及ぶことを忌避した警察も、車道の過半を解放せざるをえなかったのである。

次の写真は、片側2車線を抗議行動で占拠した際の写真である。反対側に警察車両がとまっている。その車線は未解放である。これで45000人というのは妥当であろう。

首相官邸前抗議行動(2012年6月22日)

首相官邸前抗議行動(2012年6月22日)

6月29日は、さらに多くの人が参加した。私は最後尾がどこかなのかをみたかったので、後ろのほうに歩いた。すでに午後5時半過ぎには、抗議行動の隊列は、六本木通りにまで及んでいた。そこからじりじりと前進した。そして、22日と同様に、午後7時頃には、片側2車線の解放が行われたが、そこも抗議行動の隊列で埋め尽くされていた。

首相官邸前抗議行動・うずめつくされた車道(2012年6月29日)

首相官邸前抗議行動・うずめつくされた車道(2012年6月29日)

首相官邸前大通りには入れる状態ではなかった。警察などは、国会議事堂側に隊列を誘導した。結局、抗議行動の隊列は、結果的に国会議事堂をとりまく形になった。

国会議事堂前を移動する抗議行動の隊列(2012年6月29日)

国会議事堂前を移動する抗議行動の隊列(2012年6月29日)

そして、首相官邸前大通りは、すでに埋まっていた国会記者会館側だけでなく、その反対側の国会議事堂側からも人が車道にあふれるようになった。そして、しだいに、首相官邸前大通りの六車線すべてが、人で埋め尽くされ、解放された。その瞬間、拍手がわいた。

全面解放された道路(2012年6月29日)

全面解放された道路(2012年6月29日)

そこに入っていた車は、ほうほうの体で出て行き、警察は、車線確保をあきらめ、入線してきた車をUターンさせるしかなくなった。そして、たぶん警察官などを輸送するのだろう警察車両も、この道路から撤退した。

Uターンさせられるタクシー(2012年6月29日)

Uターンさせられるタクシー(2012年6月29日)

撤退する警察車両(2012年6月29日)

撤退する警察車両(2012年6月29日)

なお、私自身は、六本木通りに近い側にいたが、首相官邸前から同じ頃撮影したと思われる動画があるので、ここで紹介しておこう。

車道が全面解放されたので、私もどんどん国会議事堂側から首相官邸前にむかった。警官が、なにやら、反対方向の国会議事堂正門に向かうように指示していたようだが「再稼働反対」という声でほとんどきこえはしない。

私は、六本木通り、国会議事堂前と二つの最後尾にいたのだが、するすると、ほとんど最前列の首相官邸前に到着した。この最前列に前いた人びとは、後から聞くと自然発生的に首相官邸をめざすようになったらしい。主催者側で「警備」をしていた人が鎮静化に苦労したといっていた。

次に紹介する動画の後半のほうでみられるように、撤退していた警察車両は、首相官邸前に集結し、官邸を死守する構えを示した。そして、主催者側も、午後8時の終了時間前に抗議行動を打ち切ることにして、警察車両のマイクで、その旨をよびかけた。

私は、六本木通りから、国会議事堂正門にまわり、そこから首相官邸前に向かうルートをとった。後で聞くと、全く方向違いの衆議院第一議員会館や外務省前にもいた人もあったようである。6月22日は、首相官邸前大通りの片側2車線のみに人がいたが、6月29日には、首相官邸前大通り6車線すべてが解放され、それ以外にも人びとはいた。22日の参加者が45000人だとすると、その2〜3倍はいたと思われる。参加者数15万人程度は想定できる範囲かと思われる。

道路全面解放後は、まるで解放区のようだった。人びとは「再稼働反対」を口々に叫んでいた。

解放区となった首相官邸前(2012年6月29日)

解放区となった首相官邸前(2012年6月29日)

人だかりの多い箇所があった。よく脱原発デモで、路上にて演奏している、「イルコモンズ」の面々である。

たぶん、警察が車線規制した残骸であろうと思われる、三角コーンなどが残されていた。抗議行動の参加者がそれらを整理していた。警察権力が撤退し解放区となっても、無秩序にはなっていなかった。よく権力主義者たちのいう、権力が存在しないと無秩序になるという言説は、それこそ妄想なのだと実感した。

警察が置いていった三角コーン(2012年6月29日)

警察が置いていった三角コーン(2012年6月29日)

1960年の安保闘争では、主催者発表で33万人参加したといわれている。主催者発表で15〜20万人という規模は、それには及ばない。しかし、少なくとも10万人以上の参加者がいる抗議行動・デモを、実体的な暴力行使をしない限り、権力側は完全にコントロールすることはできない。そして、もし、実弾使用などの暴力行使を行うならば、形式的でも民主主義体制のもとでは、それこそが政権の命取りとなる。

そのような、あやうい均衡の上にたって、一時的にせよ、解放区が成立し、権力が撤退しても、自らで社会を運営していく経験をすることになる。この抗議行動は、「大飯原発再稼働反対」の一語によって成立しているのだが、今や「紫陽花革命」の名も冠しているのは、そういった意味合いなのだといえる。

このような見方は、政権や警察だけでなく、マスコミもまた、理解できず、忌避するものでしかない。人びとの自主性に基づいた抗議行動やデモをろくに報道せず、よくも悪くも野田佳彦や小沢一郎などの権力者の動向ばかりを注視しているのは、彼らが、権力者の営為でしか社会が運営できないと思い込んでいるといえる。そして、彼らもその一員なのだ。

そして、民衆の動向を無視すればするほど、政権やマスコミは無力になり、完全に権力が放棄されることはないにせよ、大幅な譲歩が迫られてくるであろう。しかし、それは、いまだ将来のことであることも忘れてはならない。

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2012年6月22日、読売新聞は次の記事をネット配信した。

関電 クラゲ大量発生で火力発電所運転を抑制
 関西電力は22日、火力発電所の取水口付近にクラゲが大量発生したため、出力を落として運転すると発表した。姫路第二火力発電所(兵庫県姫路市)など2か所で、最大90万キロ・ワット(午前10時時点)の供給力が失われる。

 22日の電力需給は、最大需要2030万キロ・ワット(午後2時~3時)に対し、供給力は2420万キロ・ワット確保できる見通しで、使用率は83%と安定した状況になる見通しだ。クラゲは、例年7月中旬頃までには減少するといい、関電は、節電要請期間(7月2日~9月7日)の需給には大きな影響は出ないと見ている。

 関電によると、今月15日頃からミズクラゲが大量発生し、出力を調整しながら運転している。クラゲの被害を受けているのは、姫路第2火力4号機(出力45万キロ・ワット)、5号機(出力55万キロ・ワット)で抑制分は計20万キロ・ワット、南港火力発電所(大阪市住之江区)2、3号機(ともに出力60万キロ・ワット)が計70万キロ・ワットという。

 クラゲは、冷却水として使う海水の取水口付近に押し寄せており、十分に取水できなくなると発電用タービンを回した蒸気を冷却できなくなる。

(2012年6月22日 読売新聞)
http://osaka.yomiuri.co.jp/e-news/20120622-OYO1T00600.htm?from=main2

つまり、クラゲが襲来して火力発電所が出力低下し、最大90万キロワットの電力が抑制されたという。90万キロワットとはかなり大きな電力である。大飯原発が1基分で117.5万キロワットであり、ほぼ、原発1基分に相当するといってよい。

しかし、関西電力は、7月中旬までにはクラゲの影響はなくなるとして、7月2日〜9月7日の節電要請期間には電力需給に大きな影響はないとしている。少なくとも7月2日においては、大飯原発は再稼働できないはずで、その電力合計235万キロワットはまだ供給されていないと考えられる。その上、90もしくは70万キロワットの電力が供給されていない。最大限325万キロワットの電力不足のはずなのである。

大飯原発が稼働されない場合、関西電力管内では、14.9%電力不足になると試算されていた。次の日本経済新聞のネット配信記事はそれを示している。

節電頼みの夏、関電なお14.9%不足 強制措置は不可避
2012/5/8 0:08

 政府は7日、関西電力管内の電力が猛暑の場合、8月のピーク時に14.9%不足するとの試算を示した。節電効果の上積みなどでこれまでの16.3%より改善したが、需給安定には遠い。大飯原子力発電所3、4号機(福井県おおい町)の再稼働の時期が見通せない中、節電頼みでは夏場の電力に不安が残る。政府は週内に需給見直しをまとめるが、強制的な節電策の実施が現実味を帯びてきた。

 電力各社の今夏の需給見通しを検証する需給検証委員会(委員長・石田勝之内閣府副大臣)で、原発の稼働ゼロを前提とした試算を示した。最大需要に対する供給の不足度合いは、北海道電力も3.1%から1.9%へ、九州電力も3.7%から2.2%へ改善した。東京電力など供給余力が3%を上回る4社の見通しは見直さなかった。

 電力不足が突出する関電。大飯原発の再稼働を織り込めない中で、検証委が目を付けたのが、節電効果の積み増しだ。

 「なぜ関電の節電効果は少ないのか」(松村敏弘東大教授)。関電が4月23日に見通した節電効果は102万キロワット。節電要請が出た昨夏(190万キロワット)の5割強にすぎず、7割を見込んだ東電や、昨年実績と同程度を見込んだ九電に比べ、見劣りしていた。

 ただ節電を継続する家庭を9割と見込んでも、ひねり出せるのは15万キロワット。電力会社が企業と個別に契約し、電力の不足時に使用を控えてもらう制度や、夜間電力を使って水をくみ上げて昼間発電する揚水発電の上積みも盛り込んだ。しかし3000万キロワット超に及ぶ8月の最大電力需要に対して、需給改善は50万キロワットにとどまった。

 検証委では関電に限らず「さらなる需給改善は厳しい」との見方が大勢を占めつつある。7月から固定価格での買い取りが始まる再生可能エネルギーのうち、風力はピーク需要に合わせた発電が難しく、供給力に盛り込まなかった。他の電力会社からの融通分も、夏が近づかないと気温などを正確に把握できず、融通の増加は難しい。

 大飯原発が再稼働すれば「不足率が5%以下になる可能性がある」。4日の大阪府市エネルギー戦略会議で、関電の岩根茂樹副社長はこう指摘したが、政府は再稼働への道筋を描けていない。

 検証委は週内に今夏の電力需給見通しをまとめる方針。関電管内を中心に、計画停電や電力使用制限令など強制的な需要抑制策が避けられない情勢。藤村修官房長官は7日午後の記者会見で、「節電がそれなりに必要であることは明らかだ。閣僚会合で詰めていきたい」と述べ、来週にも関係閣僚会議で企業や家庭向けに節電要請などの対策を決める考えを示した。
http://www.nikkei.com/article/DGXNASDC0700E_X00C12A5NN8000/

しかし、実際には5%程度の不足ではないかという試算も出されていた。共同通信が2012年5月15日ネット配信した記事は、それを示している。

関電、電力不足5%に低下も 他社の融通など前提で 

 関西電力は15日、大阪府と大阪市の府市エネルギー戦略会議で、他の電力会社の節電を踏まえた融通などを前提に最大300万キロワット程度の需給改善を見込むことができるとの試算を明らかにした。政府の需給検証委員会は、原発が再稼働しなければ管内でピーク時の需要に対し14・9%(445万キロワット)不足すると予測したが、試算で示した改善が実現すれば、不足は5%程度まで低下する。

 大阪市で開かれた戦略会議に出席した、関電の岩根茂樹副社長らが明らかにした。ただ他の電力4社からの融通分は減少する可能性もあり、岩根副社長は「今の段階で確実に見込める数値ではない」と強調。
http://www.47news.jp/CN/201205/CN2012051501001525.html

関西電力における電力需要はピーク時で3000万キロワット超とされている。大飯原発が再稼働されない場合、不足分が14.5%であれば445万キロワット不足するのだが、300万キロワット程度電力を他社から融通を受ければ、不足分は5%程度になるとするのである。計算すると145万キロワットである。

大飯原発が再稼働せず、火力発電所が出力抑制している7月2日時点について考えてみよう。原発が稼働しないで445万キロワットー14.9%の電力不足とするならば、クラゲの襲来で火力発電所が90万キロワット出力低下せざるをえないとすると、535万キロワット不足ということになる。ピーク時の電力需要を3000万キロワットとするならば、約17.8%の電力不足である。大飯原発3号機が本格的に再稼働する予定の7月8日までは15%の節電が要請されているが(なお、7月4日から3号機は稼働されるようだが)、さらに上乗せして節電するとなると、火力発電所の出力抑制が電力需給に影響しないわけはない。

もし、原発が再稼働しなくても、145万キロワットー5%しか電力不足にならないとしてみよう。火発が90万キロワット出力抑制しても、235万キロワット、7.8%の電力不足にとどまる。大飯原発3号機が本格的に再稼働するまでは15%の節電が要請されており、その意味では「需給に影響がない」はずだ。

関西電力の対応は、後者の想定に従っているといえよう。つまりは、大飯原発が再稼働しない場合でも、5%程度しか電力不足にならないという想定が内部的にあり、15%の節電要請があれば、需給に影響がないと考えられるのである。たぶん、よりランニングコストが高い火発の運転をしたくないという気持ちもあろう。

しかし、いずれにせよ、関西電力の電力不足は過大に発表されていたといえる。こういう話をあげていればきりがないのだが、このことが、大飯原発再稼働の理由になったのである。火力発電所へのクラゲの襲来が、このような欺瞞をあばいたといえよう。

付記:このブログは、今でも東日本大震災によって引き起こされた物事、そして平行して存在しつつ東日本大震災に影響された物事を主たる対象としている。それ自身は変わらない。この記事もまたそうである。しかし、直接には東日本大震災を対象としていないことを扱うこともあり、その場合は、従来副題としていた「東日本大震災の歴史的位置」を外すことにした。

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2012年6月16日、福井県の大飯原発3・4号機の再稼働の政治判断が下された。今後も、現状の問題に注目していくだろうが、この問題の歴史的源流をさぐることも重要だと思う。しばらく、福井県の原発がどのように建設されたかを、随時みていきたい。

さて、前々回のブログで、1960年3月に福井県遠敷郡上中町が関西研究用原子炉誘致に立候補したことを紹介した。このことは、福井新聞朝刊1960年3月18日号によって報道されたが、その直後の福井新聞朝刊3月19日号に、次の記事が掲載された。この記事では、福井県坂井郡川西町(現福井市)も関西研究用原子炉誘致に立候補したこと、そして、福井県の原子力誘致機関である福井県原子力懇談会では、川西町も含め、複数の地点を候補地として、関西研究用原子炉誘致をはかっていこうとする意向があったことが報道されている。

原子炉の誘致運動 川西町も名乗りあげる

鷹巣か三里浜に 北会長(県原子力懇談会)に申し入れ

関西研究用原子炉を誘致しようと上中町では積極的に運動を起こしているが、川西町でも同町鷹巣地区か三里浜砂丘地に誘致するよう働きかけてくれと、十八日同町の小林助役が非公式に県原子力懇談会長の北知事へ申し入れた。

県懇談会 現地調査始む

一方北会長は最近県内へ原子炉を誘致しようとする運動が起こっているので、十七日長谷川福井大学長と会い、学術上の意見を聞いた。この結果「たとえ誘致しても付近の人畜に与える危険はない」との見解を得たので同懇談会では県内候補地の現地調査にとりかかった。川西町の候補地へは十八日、県原子力懇談会事務局の係員が山田町長、長谷川産業課長らの案内で下検分し、資料を持ち帰った。

同候補地は海岸沿いの鷹巣地区糸崎台地区、石橋、白方の三ヵ所。糸崎では糸崎山付近を中心に約三十二万平方メートルの敷地があげられる。海岸線まで約五百メートル離れており、糸崎山から流れる水を十分使用できる。付近には松蔭、蓑浦、糸崎、和布の四区があるが原子炉の中心から三百メートル以上も離れているのでまず危険性がないといわれる。一方三里浜海岸の白方、石橋は必要な水源地確保問題に難色があり糸崎よりは条件が悪い。同町では今後、地元との土地買収に力を入れるが、地元ではいまところ深い関心を示していない。山田同町長は「今後地元との話し合いを進め、ぜひ同町に原子炉を誘致したい。半農半漁地帯なので、設置されれば、地元の繁栄はもちろん本県の文化向上にも大いに役立つので、県に近く正式に陳情書を提出して本格的な誘致運動をしたい」といっている。
このほか候補地として北潟湖の近くの国有地(芦原ゴルフ場付近)もあげられているので、懇談会では政府や原子炉を建設する京都大の意向を聞いて、もし本県に設置してもよいということになれば、県、県会、有識者などの代表で用地選定委員会をつくりたいようである。

そして、福井新聞朝刊3月26日号では、川西町における最有力候補地の糸崎地区の周辺の、松蔭、蓑、糸崎、和布の四区長が建設に同意したことを伝えている。

この地域は、どのようなところか。次のグーグルの地図をみておこう。

ここは、糸崎地区の地図である。この地区は、山が海に迫っている。第二、第三の候補地である石橋や白方は、北方の三里浜砂丘地にある。どちらにせよ、福井市市街地の北西に位置している。また、3月19日号の記事に出てくる「北潟湖」は、福井市からみて北方の、石川県との県境沿いに位置している。上中町は、原発が現在集中している福井県嶺南地方にあったが、関西研究用原子炉誘致にあたっては、福井県の中心部といえる福井県嶺北地方に建設することも構想されたのである。そして、これは追々述べていくことだが、1962年において福井県で最初の原発建設が構想された時、最初の候補地は嶺北である川西町であった。

関西研究用原子炉建設が進まなかったのは、原子炉のリスクを懸念した大都市周辺の宇治市その他の候補地住民の反対運動のためであった。福井県に関西研究用原子炉を誘致するということは、当然ながら、関西の大都市圏の人びとがリスクがあると忌避したものを引き受けるという論理があるといえる。そもそも、関西の大都市圏の人びとが原子炉建設を忌避しなければ、わざわざ遠方で研究に不便な福井県に研究用原子炉を建設するという発想自体が生まれなかったであろう。これは、現在、福井県嶺南地方に関西電力の原発が多数建設されていることと通底しているといえる。

他方で、原子炉のリスクは、関西の大都市圏よりも強く隠蔽された。福井新聞において川西町長は「地元ではいまのところ深い関心を示していない」と発言している。いわば、そもそも原子炉に対する地域住民の関心は薄かったといえる。それを前提として、福井大学長が「たとえ誘致しても付近の人畜に与える危険性はない」という見解を示し、福井新聞記事も近隣の集落が「原子炉の中心から三百メートル以上も離れているのでまず危険性がない」と述べ、原子炉の安全性を地域住民に植え付け、そのリスクを隠蔽しようとしているとみることができる。

さらに、関西研究用原子炉誘致について、川西町長は、「半農半漁地帯なので、設置されれば、地元の繁栄はもちろん本県の文化向上にも大いに役立つ」と、未開発地域におけるリターンを強調している。経済的な繁栄だけでなく「文化向上」までそのメリットに数えられているのである。

このように、福井県の「原子力利用・開発」は、そもそも研究用原子炉という、原発と比較してはるかに小規模のものを誘致する時ですら、今の原発立地と通底する論理をはらんでいたといえる。

しかし、研究用原子炉誘致は、全く県内で反対されないわけではなかった。次回以降、そのことをみていきたいと思う。

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2012年6月16日の朝日新聞朝刊に、次のような小さい記事がのった。

「決定前夜」首相官邸前の抗議に1万人 主催者発表

 関西電力大飯原発(福井県)の再稼働に反対する市民らが15日夜、首相官邸前で野田政権への抗議行動をした。野田政権が16日に再稼働を正式決定する前夜とあって、主催者側によると、これまでで最大規模となる1万人を超える人たちが集まったという。

 「再稼働に断固反対」などと書かれたプラカードを手に約2時間、参加者が交互にマイクを握り、「経済より命が大事だ」「今すぐ辞任すべきだ」と批判の声をあげた。賛同する国会議員や俳優の山本太郎さんらも参加した。

この記事自体は、別に間違いではない。しかし、あの場にいた私としては、非常に違和感のある記事である。この抗議活動全体の規模が、これでは伝えられていないのである。

この抗議行動の全体を把握するには、次の動画をみるのが一番いいだろう。以下に紹介する。

この、抗議行動の最前列から最後尾までをとった動画が、何よりもまして、抗議行動の状況を伝えてくれる。この抗議行動が行われたのは、首相官邸前にある国会記者会館脇の歩道であった。歩道といっても、一般的な歩道で、それほど幅は広くない。そこに1万人もの人が押し寄せたのである。以下の地図が該当場所である。ここは、国会議事堂敷地の南の1片にあたるが、この動画をみていると、ほぼ、その一片が埋め尽くされた。3.11に、国会を人間の鎖で囲むということがなされたが、その時も約1万2千人であった。たぶん、国会議事堂を「人間の鎖」で囲むことが可能なくらいの人がいただろうと思う

抗議行動の最前列はアピールの場であった。3分をメドとして、かわるがわる、一般参加者や国会議員がアピールを行った。その一部が、次の動画に出ている。

しかし、参加者が多く、スピーカーが間に合わなくなった。私のいたところは、比較的前のほうだったが、そこでも、アピールの内容を聞き取ることは難しかった。先のアピールも、聴くには聴いたが、内容を把握したのは、この動画をみてのことである。つまり、主催者(呼びかけ人:首都圏反原発連合有志)も、これほど集まってくることを予想していなかったのである。

そして、動画をみていくと、最後尾の方では、ほとんどアピールが聞こえていなかったことがわかる。人びとは、それぞれ、「再稼働反対」などと唱えているばかりであった。

他方、この動画をみていると、参加者が車道にまではみだしていることがわかる。これは、かなり驚くべきことである。今まで、歩道において抗議行動を行う際、警察は、歩行者の通行を保障するとして、歩道幅の約半分までしか利用を認めなかった。しかし、ここでは、車道まで参加者がおり、警察は車道にはみ出た参加者を「保護」しているのである。

最後尾のほうでは、警察が「前に進んでください」「歩行者の妨げにならないようにしてください」と「指導」していた。たぶん、列が長くなることを嫌ったと思われる。警察も、これほど参加するとは思っていなかったのであろう。これは、参加者の多さによってもたらされた「ささやかな勝利」といえる。

残念ながら、大飯原発再稼働は、6月16日に決まった。しかし、これからも、局面における「勝ち負け」は続いていくだろう。

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さて、ここから、大飯原発を含む福井県の原子力施設群がどのようにしてできあがっていたかをみていくことにしよう。美浜町の『美浜町行政史』(1970年)によると、福井県では1957年に「原子力の開発及び平和利用を目的とした福井県原子力懇談会(会長福井県知事)を設立し、誘致活動を開始したとされている。1957年は、関西研究用原子炉建設計画が具体化した時期であり、かなり早期から、誘致活動に乗り出したといえる。

そして、実際の誘致対象も、関西研究用原子炉であった。関西研究用原子炉は、京都府宇治市、大阪府高槻市、大阪府交野町、大阪府四條畷町などが次々と候補にあがったが、そのたびに住民の反対運動にあって建設計画が挫折していた。そこで、福井県遠敷郡上中町長(現若狭町)が、1960年3月に関西研究用原子炉誘致を当時の中曽根康弘科学技術庁長官に、原発誘致を陳情した。そのことを詳細に伝えている福井新聞朝刊1960年3月18日号の記事をここで紹介しておく。

研究用原子炉 上中町(膳部)に誘致を 玉井町長がすでに政府と折衝 全町あげて促進 中曽根長官も熱意示す

玉井上中町長はさきに上京して首相官邸で中曽根科学技術庁長官に会い、研究用原子炉を同町新道地区膳部に誘致する話し合いを行なった。科学技術庁ではいま関西に研究用原子炉の設置を計画、大阪、京都府下に候補地を選定している。しかし各地区で土地買収がうまくゆかず最終候補地である大阪府北河内郡四条畷は地元民の反対にあい難航をきわめている。最近では淡路島九州方面に土地を求めて誘致する気配もみえている。このような情勢から上中町では関西に地の利を得た膳部を選定、中曽根長官に申し入れたもの。

膳部は上中町中心部から約五キロの地点で滋賀県と県境にあり、国道二十七号線と同京都ー小浜線との中間にはさまれている。ともに約二時間で京都、敦賀に出ることができる。候補地は四方を山で囲まれた盆地で清水がわき出ている。昔は若狭藩主酒井侯の隠し田といわれ、総面積五十万平方メートル、研究用原子炉敷設の条件といわれる、三十二万平方メートルの平たん地、水利の二点では申し分なく、しかも関西に近いという地理的条件にも合致している。中曽根長官は膳部の建設に非常な熱意を示したといわれ、四条畷に建設が不可能な場合、本格的な調査を行うことを伝えた。すでに上中町会でも誘致を了承、また地元膳部では署名で玉井町長あてに誘致促進方を陳情する動きも出ており、今のところ全町あげての熱意を示している。なお同町長は中曽根長官と会見後東海村の原子力研究所の立地条件を視察した。

玉井町長の話 中曽根長官は関西原子力研究所を九州に誘致しなければならないと心配していたところなので大変喜んでくれた。条件としては申し分ないといっていた。今後は県原子力懇談会と同調してぜひ誘致を実現したい。

この上中町膳部というところはどういうところか。現在上中町は若狭町となり、膳部という地名も見当たらない。ただ、新聞に掲載された図を参考にしてみると、次のようなところらしい。

この地図の中に「安賀里局」というところがあるが、大体、その東側らしい。現在若狭ゴルフ場や嶺南牧場という施設があるところではないかと思われる。そうなると、丘の上ということになる。他方、交通手段としては、小浜線と若狭街道がある。小浜からみれば東方であり、県境近くの山間部である。しかし、この地は、京都に塩鯖を運んだ若狭街道が通っており、往古は小浜よりも京都に近い地として意識されていたようだ。研究用原子炉については、研究者が多く居住する大都市近郊がベターであるという認識があり、それにも合致していると考えられる。

しかし、『福井県史』通史編6(1996年)によると「上中町は住民の合意が得られず誘致運動は進展しなかった」とされている。他方、この上中町の誘致方針と競争するように、福井県北部の坂井郡川西町(現福井市)が関西研究用原子炉誘致の名乗りをあげた。そして、川西町の誘致運動が、福井県初の商業炉ー原発の誘致運動へと継続していく。これらのことは、次回以降のブログで紹介したい。

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