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Posts Tagged ‘大阪維新の会’

橋下徹・松井一郎が、現在、大阪市と大阪府の統治者となり、大阪維新の会を結成して、「大阪都構想」などを押し進めようとしている。9月16日には台風18号が日本列島に襲来し、大阪でも一時期大和川の水位が上昇し避難勧告が出たが、橋下徹大阪市長は、洪水対策は「組織」で対応するとして、「自宅待機」のまま大阪都構想実現のために必須とされる堺市長選について延々とツイッターでつぶやき、対立候補である竹山修身現堺市長が選挙活動を中断して大和川視察に赴いたことを嘲笑していた。

さて、大阪の統治者は、いつも、このような振る舞いをしていたのだろうか。古事記や日本書紀などによると、大阪の地に宮殿を置いたとされるのは5世紀の仁徳天皇=大鷦鷯尊(日本書紀)であった。万葉集では「難波天皇」ともよばれている。仁徳天皇個人が実在したか、また実在したとしても古事記や日本書紀が描くような人間像であったかは不明としかいいようがない。大阪周辺の百舌鳥古墳群(伝仁徳天皇陵所在)や古市古墳群には5世紀の巨大古墳がいくつもあり、確かにこの時期は大阪は日本列島における王権の所在地であったとはいえるのだが、今伝えられているのは、古事記や日本書紀が成立した8世紀の統治者たちが認識していた「仁徳天皇像」でしかない。しかし、それでも、古代の統治者たちが、何を模範としていたかをみることができよう。

このことを前提にして、古事記や日本書紀の記述を読むと、興味深いところが見受けられる。まず、古事記の現代語訳をみてほしい。

さて、天皇は、高い山に登って、四方の国を見渡して、「国の中に、炊煙がたたず、国中が貧窮している。そこで、今から三年の間、人民の租税と夫役をすべて免除せよ」とおっしゃった。こうして、宮殿は破損して、いたるところで雨漏りがしても、全く修理することはなかった。木の箱で、その漏る雨を受けて、漏らないところに移って雨を避けた。
 後に、国の中を見ると、国中に炊煙が満ちていた。そこで天皇は、人民が豊かになったと思って、今は租税と夫役とをお命じになった。こうして、人民は繁栄して、夫役に苦しむことはなかった。それで、その御代をほめたたえて、聖帝の世というのである。(『新編日本古典文学全集1・古事記』、小学館、1997年)

この説話のような出来事が本当にあったかどうかはわからない。しかし、このような出来事は8世紀の古代の統治者たちにとって「模範」とされ、「聖帝の世」と認識されていたことは確かなことである。仁徳天皇は、少なくとも自分の目でみて人民の貧富を判断し、その上で、租税・夫役を期間をくぎって免除する措置をとったのである。

さて、古事記は簡略な記述であるが、日本書紀はかなり細かくこの出来事を記述している。描写が細かいからといって、それがより真実を伝えているとは限らない。日本書紀編纂者によって文飾されたところもかなり多いだろう。しかし、それでも、8世紀の統治者たちは何を統治の正当性としていたかを知ることかできるだろう。日本書紀において、仁徳天皇は、次のように、語っている(正確にいえば、日本書紀編纂者が仁徳天皇に語らせているのだが)。

天皇の曰はく、「其れ、天の君を立つるは、是百姓の為めなり、然れば君は百姓を以ちて本と為す。是を以ちて、古の聖王は、一人だにも飢ゑ寒ゆるときには、顧みて身を責む。今し百姓貧しきは、朕が貧しきなり。百姓富めるは、朕が富めるなり。未だ百姓富みて君貧しといふこと有らず」とのたまふ。

天皇は「そもそも、天が君(君主)を立てるのは、人民のためである。従って、君は人民を一番大切に考えるものだ。そこで古の聖王(中国古代の神話的君主たち)は、人民が一人でも飢え凍えるような時は、顧みて自分の身を責める。もし人民が貧しければ、私が貧しいのである。人民が豊かなら、私が豊かなのである。人民が豊かで君が貧しいということは、いまだかつてないのだ」と仰せられた。
(『新編日本古典文学全集3・日本書紀②』、小学館、1996年)

つまり、天皇も含めた君主一般は、百姓ー人民のために存在しているとしている。百姓ー人民が本なのである。そして、百姓ー人民の貧富は君主の貧富に関連するとしたのである。それゆえに、仁徳天皇は、税金・夫役を免除して、百姓ー人民の生活再興を優先したとされているのである。

このような考えは「儒教的民本主義」といえる。中国古代の儒家の一人である荀子は、「天の民を生ずるは君の為に非ざる也。天の君を立つるは民の為を以て也」(「荀子」大略篇、『新編日本古典文学全集3・日本書紀②』、小学館、1996年より)といっている。8世紀の日本書記の編纂者たちは、仁徳天皇に仮託して、自分たちの統治の正当性概念を宣言しているのだ。

古事記・日本書紀によると、仁徳天皇には治水関係の事績が多い。仁徳天皇は、茨田堤(うまらたのつつみ 寝屋川付近の淀川の堤)、丸爾池(わにのいけ 奈良県天理市和爾町付近とされている)、依網池(よさみのいけ 大阪市住吉区庭井あたりとされている)、難波の堀江(淀川・大和川の水を海に通すための運河)、小椅江(をばしのえ 大阪市天王寺区小橋町付近 大和川の氾濫を防ぐための運河)、墨江の津(大阪市住吉区住吉神社付近の港)をつくったとされている。このような営為は、もちろん、仁徳天皇以後も続けられ(なお、統治者の営為だけではないだろうが)、現在の大阪が作られていったのである。このような治水事業の実施も「民の為」といえるであろう。万葉集では仁徳天皇を「難波天皇」とよんでいるが、その名称はふさわしいといえる。大阪のような低地においては、まず治水なのである。仁徳天皇の時代は、巨大古墳が数多く作られ、そのためにも多くの税金や夫役が投じられたはずであるが、そのことに古事記や日本書紀はふれていない。古事記や日本書紀を編纂した8世紀の統治者たちにとって、仁徳天皇の事績として記憶されるべきことは、税金を免除して人民ー百姓の苦難を救ったことと、このような治水事業を実施したことなのである。

このような民本主義は、8世紀の統治者だけがもっていたわけではない。日本の古代においては、仏教や律令や文物とならんで、儒教もまた中国から取り入れられた。特に、日本書紀の記述は、中国からの儒教的影響にもとづくものといえる。中世においては儒教の影響は弱まったが、近世に入ると再び幕藩制権力によって「仁政」として意識されるようになった。そして、逆に人民ー百姓のほうも「仁政」を要求して一揆や訴訟を起こすようになった。その意味で、このような儒教的民本主義は、日本社会の「伝統」の一つになったといえる。例えば、現代日本社会では、統治者/被統治者の区別を前提にして、被統治者側から減税を要求したりする。それは、一方では民主主義的政治システムを前提にした新自由主義的な意識に基づくものであるが、他方で、統治者は、被統治者のために犠牲をはらうべきとする伝統的な儒教的民本主義に下支えされているのかもしれない。そして、このような儒教的民本主義の伝統は、国家の側が人民を重税などで過度に搾取したり、戦争や独裁などで人民に苦痛を与えたりすることへの抵抗の原理にもなりうるといえる。

しかし、儒教的民本主義の限界もまたあるだろう。まずいえることは、儒教的民本主義は、統治者/
被統治者の峻厳な区別に基づいているということである。被統治者の意志に基づいて統治されることはありえない。儒教的民本主義では、仁徳天皇のような場合でも、統治者の一方的な恩恵にすぎず、統治者/被統治者の秩序は崩れないのである。

また、橋下徹や松井一郎、さらには安倍晋三首相のような現代の統治者たちも、よく「民間」という言葉をよく口にする。国家の規制・税金から「民間」を解放せよという論理を彼らは有している。儒教的民本主義における国家/「民」という対立図式は、彼らの中にもある。しかし、その場合の「民」とは「民間企業」なのである。「民間企業」とは、資本による労働者への支配から成り立っている。「民間企業」の活動が活発になるということは、資本による労働者への支配が拡大するということになるだろう。

そして「民間企業」=資本を、「民」一般にすりかえて、「民間企業」に有利な規制緩和や税制改正、公共事業の進展を訴え、それにより選挙で多数を獲得し、「民」一般の多くを加害するような政策を推進することもなされている。これは、前近代の社会で成立した儒教的民本主義の中では理解できない状況といえる。儒教的民本主義において形成されてきた「民」の伝統的概念とは何かということ、これは歴史学をこえて問い直さなくてはならない課題である。

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先週、官邸前抗議行動について、野田首相が抗議側の代表と会うと意志表明した(結局、2012年8月8日を予定していたが、政局によって延期された)。

このことは、いろんな意味で波紋をよんだ。その一つとして、ここでは橋下徹大阪市長が8月5日にツイッターで表明した脱原発デモについての意見を検討しておこう。

橋下徹については周知の人物といえる。彼の大阪府知事・大阪市長としての強引な政治は、確かに一部の熱狂的な支持を得つつも、他方で、強く反対する人びとをうんでいる(ここでは「強引な政治」と書いているが、それでは過小評価であろう。しかし、このことを中心に批判する文章ではないので、このような表現をとっていることをご承知されたい)。一方で、大飯原発再稼働については抵抗の意志を示しており、夏期の計画停電を根拠にして再稼働を認めたものの、長期的においては「脱原発」の旗を下ろしてはいないのである。

そのような橋下が、官邸前行動やデモなどをどのようにみているのか。8月5日のツイッターは、そのことをよく示している。

彼は、まず、被災地がれきの広域処理について、大阪市役所などで抗議デモがありながらも、世論調査では9割が賛成していると指摘し、このように問いかける。

しかし国民全体では9割が賛成。このギャップは何なのだろうか。政治家は目の前の一部の団体などの声に左右されやすい。数千人の声が集まるとそれが有権者全体の声と錯覚してしまう。官邸前・国会前の反原発デモは、本当に国民全体の声なのだろうか。デモだけで政治判断するのは危険である。
もちろん国民・有権者の声を限りなく聞く姿勢は重要である。しかし参考にする声を、目の前の大きな声を軸にするのは危険である。国民全体の声を見誤る。確かに議会が本当に有権者の声を反映しているのか疑念はある。しかしだからと言って議会を補完するためにデモがあるというのは短絡過ぎる。
http://twilog.org/t_ishin/asc

なかなか、微妙な言い回しである。橋下は、国民・有権者の声を限りなく聞く必要があることを認めている。別のところでは、自分自身をポピュリズムであるといっている。そして、議会が本当に有権者の声を代表しているのかということにも疑念を表明している。しかし、目の前のデモなどの大きな声によって政治判断することは危険であるとし、デモが議会を補完するという機能があるのではないかということすら短絡的と断じている。

そして、橋下は、やはり議会の声に有権者の声の反映を求めていく。

むしろ議会の声とデモ的な声、つまり一部の大きな声が重なることも多い。つまり議会の声もデモの声も、有権者の多数の声を反映していないことが多い。議会がダメだからデモだとはならない。結局、有権者の声は何なのか、誰も計りようがない。ゆえに議会の声が有権者の声と擬制せざるを得ない。
http://twilog.org/t_ishin/asc

これは、なかなか意味深長な発言だ。橋下は、有権者の声など誰も計りようがないとしつつ、「ゆえに議会の声が有権者の声と擬制せざるを得ない」と述べている。有権者ー議会の代表関係は「擬制」であるのである。

その上で、橋下は自身の行ってきた強引な政策運営を有権者の声に基づいたものとし、朝日新聞などの批判的論調は、有権者の声をつかみそこなっているものとしている。

朝日新聞や毎日新聞は、この点、多くの有権者の声を掴み損なうことが多い。ほかの新聞社もだけど。学力調査の市町村別結果公表、君が代起立条例、職員入れ墨調査などの公務員規律強化、教育委員会制度、それと文楽をはじめとする文化行政の在り方。枚挙にいとまがない。
結局新聞などに寄せられる自称インテリ層の意見は、国民総数からするとほんの少しの意見なのに、新聞紙面には多くを占める。いわゆるデモと似ている。新聞の自称インテリ層の意見が、国民大多数の意見だと見誤るとえらい目に遭う。もちろん、数だけが全てではないことは分かっている。
http://twilog.org/t_ishin/asc

つまり、彼が一般的に批判されている諸政策は、多くの有権者の声に基づいており、新聞などに出てくる意見は少数意見で、デモもそれと似ているというのである(なお、脱原発デモに参加している人びとは、新聞や放送局がいかにデモを報道しないかをよく知っている。)。その根拠は何か、有権者の声を擬制しているとされる「議会」に基づいているからである。

そして、橋下は、こう主張する。

しかし政治行政の本質は多数の意見で進めることだ。ポピュリズムと軽蔑されようがなんであろうが、民主制とはそういうものだ。それが嫌なら、民意を軽蔑する、賢人政治にするしかない。そんな政治はまっぴらごめんだ。賢人などいるわけがない。民主制は完ぺきではないがそれに替わる政体はない。
(中略)
有権者全体の民意を探りながら、民意の大きな方向で全体が良くなるように最善を尽くす。民意べた寄りでもない。ここが難しい。しかし目の前の大きな声新聞を占める自称インテリの声、これだけに左右されては見誤る。原発依存度を下げて行こうという国民全体の声は官邸前のデモの声を聞かなくても分かる。
http://twilog.org/t_ishin/asc

多数意見で政治を行おうとする点で、彼はポピュリズムを自認している。しかし、それは、新聞やデモではなく、「有権者」の民意などである。なぜ有権者を表に出してくるのか。それは、橋下は、自身が多くの有権者の支持を得て当選したという自負があるからである。そして、あのような強引な政策を、批判をかえりみず行う正当性もまた、この有権者の多数の支持を得ているという点に求めているといえよう。

デモについては、軽視することはさけながらも、デモの中でも意見がまとまっているわけではなく、国民の代表の声であるかどうかもわからないとして、議員が力を発揮すべきであると主張している。

デモを軽く扱えということではない。原発についての国民の声の動きとして、大変参考になる。大きな民意の動きとして大変参考になる。ただデモに参加している個々人の意見が皆まとまっているわけではない。デモの中の誰の意見を参考にするのかというのは大変難しい。だからこそ議会制民主主義がある。
国民全体の声、官邸前のデモの動きを汲みながら、政治は早急にその流れの中で最善の策を構築すべきだ。デモの代表者と協議をしてもそれが国民の代表の声かどうかはわからない。こういうときこそ議員が力を発揮すべだ。って言うのは理想かな。
http://twilog.org/t_ishin/asc

その上で、脱原発デモに対して、こう呼びかけた。

官邸前のデモの代表者が首相と会談するとのこと。デモ側は、最低限、代表者に権限を与えて、デモの代表者であることは確定すべきだ。この代表者が首相と会談した後、別の者が俺の考えは違うから首相に合わせろとなれば収拾がつかなくなる。
僕らは自分の思いを実現するために選挙を通じて多数議席を獲得してきた。想像を絶する労力が必要だ。メディアからも散々批判を受けた。朝日新聞、毎日新聞は選挙を通じての多数獲得には容易に独裁批判を展開するのに、デモで自分の考えを実現しようとすることは市民運動として拍手喝采となる。
おかしい。官邸前のデモの皆さん、皆さんの運動自体は否定しませんが、やっぱり最後は選挙で変えていくしかありません。次回の衆議員総選挙はエネルギー政策も最大の争点になるでしょう。デモのエネルギーを、選挙にぶつけて下さい。
http://twilog.org/t_ishin/asc

前段は、デモ側が首相と会う代表者に代表権委任せよという話だ。しかし、そもそも「脱原発」という主張をするために、官邸前・デモに寄り集まってきた人びとにどのように代表権委任ができるのだろうか。むしろ、弁護士出身の橋下が、「代表権委任」という概念に固執していることを意味しているのだろうと思う。

後段は、自分たちは努力してきて議会で多数を獲得してきた、デモ側も選挙で変えていくことが本道ではないかと主張しているのである。ここにおいて、橋下の論理がよくわかるといえる。彼は、選挙で勝って、公選首長や議会の多数派を獲得することにより、有権者の多数意見は判明すると考えているといえる。その意味で、マスコミもデモも、そのような有権者の多数意見とは無関係なものとして捉えているといえよう。

このように、橋下の意見は、自身もまた依拠している公選制に基づいた「議会制民主主義」の枠から一歩も離れていないことがわかる。橋下は、デモなどの直接民主主義的実践は、議会制の補完物ですらなりえないのだ。彼にとって、政治は公選された代表者たちの執り行うものであり、もし、それがいやならば、橋下自身と同様に自分たちのグループを選挙によって公選された代表者たちの中に送り込んむしかない。橋下にとっては、有権者の声とは、擬制であるとしつつも、議会の声でしかないという認識をもっている。そして、公選された代表者たちは、多数の有権者の支持を得ているのであって、それに基づかない新聞世論やデモは、「小さな声」でしかないのである。その意味で、脱原発を主張している橋下が、野田首相の政治姿勢を評価したと報道されていることが、よく理解できるといえよう。

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