Feeds:
投稿
コメント

Posts Tagged ‘大熊町’

前回のブログでは、5月8日に私が常磐道を使って福島県浜通りを北上しようとしたが、常磐道が片道一車線、対面通行で、以前よりも交通量が増え、横風にもあったため、いわき市最北のいわき四倉インターチェンジで常磐道を下りたことを紹介した。この時点で、私は迷った。常磐道でも帰還困難区域を通過せざるをえないのだが、一般道国道6号線は福島第一原発の前を通過しており、より高線量の地点があると予想せざるをえない。

実際、後から調べたことだが、国道6号線は常磐道より多くの被曝を強いられることになっているようだ。「物流ニッポン」というサイトの2015年7月13日付の記事では、次のように説明されている。

内閣府の原子力災害対策本部原子力被災者支援チームが6月24日に公表した資料によると、避難指示区域通過による被ばく線量は、国道6号で放射線量が最も多い区間(42.5キロ)を時速40キロで通過した場合が「1.2マイクロシーベルト」。これは、胸部X線集団健診の被ばく線量60マイクロシーベルトの50分の1程度だ。また、常磐道・広野インターチェンジ(IC)―南相馬IC(49.1キロ)を時速70キロで通過した際の被ばく線量は0.37マイクロシーベルトで、X線健診の160分の1に当たる――としている。
http://logistics.jp/media/2015/07/13/251

今、考えてみると、常磐道でもそれなりの被曝を覚悟しなくてはならないが、その3倍以上の被曝になっていたようである。沿道のモニタリングでも、常磐道では最大毎時4μSv程度だが、国道6号線沿いには毎時12μSvの地点もあるようだ。福島第一原発により近い国道6号線では、より被曝を覚悟しなくてはならないのである。

とはいえ、多分、公開されている限り、一度は福島第一原発前を通りたいと考えてもいた。そこで、四倉から国道6号線を使って、浜通りを北上することにした。

とはいえ、四倉から楢葉町までの区間は避難指示が解除されている。事故後、行ったこともある。事故後に行かなかったところは、富岡町から浪江町の区間だ。大雑把に言えば、富岡町中心部は居住制限区域(年間20〜50mSv)、富岡町北部ー大熊町ー双葉町が帰還困難区域(年間50mSv以上)、浪江町(海岸部)以北が避難指示解除準備区域(年間20mSv以下)となっている。とにかく、行ってみることにした。

このあたりは、山地と海に挟まれ、山地からは小河川が流れ、小河川に沿って平坦地があって田畑や小さな街並みが所在し、それぞれの小河川流域を区切るように岡があって、そこに林地が広がっているという地形だ。その地形にはもちろん変化はない。国道6号線沿いに所在する林地は新緑となっており、そこここで、藤の花が満開となっていた。見た目だけでは、「美しい自然」なのである。

国道6号線における帰還困難区域の通行は、放射線を多少でも遮蔽できる自動車でしか許されない。自動二輪や徒歩は通行禁止となっていた。そこで、帰還困難区域の境界は、車道は開放されているが、警官もしくは警備員が警戒していた。たぶん、自動二輪や歩行者を追い返すことが任務なのだろう。

帰還困難区域に入ってみると、津波に遭わなかったところでは、意外と町並みはかたづいている感じがした。地震で壊れていたような家屋は撤去されたようであり、残っていた家も青いビニールシートなどで屋根が補修されていた。ただ、国道6号線の沿いにある全ての家の前にはバリケードが築かれていた。また、国道6号線と交差する道路の多くは封鎖され、そこも警官もしくは警備員で警備されていた。

当たり前だが、警官・警備員以外に人はいない。富岡町(北部)・大熊町・双葉町の街並みに住民はいない。新緑の林に囲まれた、それらの街には人は住んでいないのである。

もちろん、線量の高低などは体感できるわけはない。ただ、ところどころに線量を表示する電光掲示板があった。表示されている線量は、最高毎時3μSV台だったかと記憶している。ただ、「ここは帰還困難区域(高線量区域を含む)」や「この先帰還困難区域につき通行止」という立看がそこここにあった。

この帰還困難区域内には、福島第一原発入口もある。しかし、それも封鎖されている交差点の一つにすぎない。

この帰還困難区域の通行に大きな支障はなかった。しかし、車の外に出ることが許されない地域である。信号以外で車を一時停止する気にもならず、写真撮影もしなかった。とにかく、早く通過したいと願うばかりであった。

ようやく、双葉町をぬけ、浪江町に入った。浪江町の海岸部は比較的線量が低く、避難指示解除準備区域となっている。しかし、そこも、それなりに家屋は補修されているものの、住民はほとんどいなかった。

住民をみかけたのは、浪江町をぬけて南相馬市小高に入ってからであった。そして、北上し、南相馬市の中心部である原町に入ると、それなりの賑わいをみることができた。そこから、飯舘村をぬけて、福島市にむかい、帰京の途についた。

帰還困難区域の印象を一言でいうことは難しい。「高線量」の危険とは目に見えないものであり、直接的には常磐道の対面通行のほうが危険に感じてしまう。帰還困難区域の「自然」の美しさが目をひき、「危険」を感じさせなくしている面もある。

しかし、放射線量の高さは、この地に人が自由に出入りしたり、住むことを許さない。たぶん、除染家屋の補修、地震・津波被災の後片付け、避難住民の荷物の運び出し、福島第一原発の廃炉作業など、それぞれの用務で立ち入っている人々はいるだろう。でも、一般には、短時間であっても、車などの遮蔽物から外に出ることは許されていない。

結局、立ち入ること禁止する警官・警備員をのぞけば、街並みだけしか残っていない。そこにいたはずの人々は、立ち退いたままなのだ。帰還を強く望む国・県すら、この地への早期帰還は想定していない。帰還困難区域のありようは、東日本大震災と福島第一原発事故の一つの結果ともいえよう。

Read Full Post »

福島第一原発の汚染水問題が議論されていた8月末、福島第一原発・第二原発が所在している立地自治体では、もう一つ大きな動きがあった。まずは、河北新報の次のネット配信記事(2013年8月30日付)をみてほしい。

福島第1・第2の立地4町 全基廃炉方針 東電に要求へ
 福島第1、第2の両原発が立地する福島県双葉、大熊、富岡、楢葉4町は29日、両原発の全10基の廃炉を国と東京電力に求める方針を確認した。全基廃炉は県と県議会が求めているが、立地町の要求は初めて。
 同県広野町であった4町の原発所在町協議会で各町長、町議会議長が確認した。各町議会に議論を促し、同意を取り付ける。
 東電の相沢善吾副社長は4町の意向を受け、「重く受け止める。原発の安定化を最優先に取り組み、エネルギー施策を見極めて国の判断に従う」と話した。
 廃炉が決まっているのは、事故を起こした第1原発の1~4号機。第1原発の5、6号機、第2原発の1~4号機の計6基は方針が定まっていない。
 協議会は第1原発の放射能汚染水漏れの再発防止を求める要望書を相沢副社長に渡した。

2013年08月30日金曜日
http://jyoho.kahoku.co.jp/member/backnum/news/2013/08/20130830t61038.htm

この記事の中で述べているように、事故を起こした福島第一原発1〜4号機の廃炉はすでに決定されている。しかし、福島第一原発5〜6号機、福島第二原発1〜4号機は、事故が起きたわけではなく、再稼働可能である。この再稼働可能な原発も含めて、原発が所在している双葉、大熊、富岡、楢葉の4町の原発所在町協議会は、福島にあるすべての原発の廃炉を東電に求めることにしたのである。

なお、この記事にもあるように、すでに福島県知事と福島県議会は、県内すべての原発の廃炉を要求していた。本ブログの「福島県知事による県内全原発廃炉を求める方針の発表ー東日本大震災の歴史的位置」(2011年11月30日)によると、紆余曲折をへながら、福島第一原発・第二原発の廃炉を求める請願を採択する形で、2011年10月20日に福島県議会は県内すべての原発の廃炉要求に同意する旨の意志表示を行った。この廃炉請願採択を受けて、11月30日に県内すべての原発廃炉を求めていくことを正式に表明している。

その点からいえば、これらの原発所在地において県内原発すべての廃炉を求めるというのは、かなり遅かった印象がある。しかし、それも無理からぬところがあるといえる。福島県全体とは相違して、原発立地自治体においては、雇用、購買力、補助金、税収などさまざまな面で原発への依存度は大きい。それゆえ、福島第二原発など再稼働可能な原発を維持すべきという声は、福島県議会以上に大きかったといえる。例えば、楢葉町長であった草野孝は、『SAPIO』(2011年8月3日号)で次のように語っていた。

双葉郡には、もう第二しかないんだ……。
 正確に放射線量を測り、住民が帰れるところから復興しないと、双葉郡はつぶれてしまう。第二が動けば、5000人からの雇用が出てくる。そうすれば、大熊町(第一原発の1~4号機が立地)の支援だってできる。
(本ブログ「「遠くにいて”脱原発”なんて言っている人、おかしいと思う」と語った楢葉町長(当時)草野孝とその蹉跌ー東日本大震災の歴史的位置」、2012年5月22日より転載)

福島第二原発という再稼働可能な原発が所在し、また、比較的放射線量が低い楢葉町と他の三町とは温度差はあるだろう。しかし、いずれにせよ、福島第二原発などの再稼働によって地域経済を存立していこうという考えが、福島第一原発事故により広範囲に放射性物質に汚染され、ほぼ全域から避難することを余儀なくされていた原発立地自治体にあったことは確かである。

そのような声があった原発立地自治体においても、再稼働可能な原発も含めた全ての原発の廃炉を要求することになったということは画期的なことである。しかし、これは、他方で、福島第一原発事故で避難を余儀なくされ、復興もままならず、多くの避難者が帰郷することはできないと意識せざるを得なくなった苦い経験によるものでもあろう。そして、また、この当時さかんに議論されていた汚染水問題が県内全原発廃炉要求を後押しすることになったとも考えられる。

ただ、河北新報の記事にあるように、この要求はいまだ、町長・町議会議長たちだけのものであり、各町議会で同意をとるとされている。このことに関連しているとみられる富岡町議会の状況が9月21日の福島民報ネット配信記事にて報道されている。

第二原発廃炉議論本格化 富岡町議会 一部に慎重論、審議継続
 富岡町議会は20日、町内に立地する東京電力福島第二原発の廃炉に関する議論を本格化させた。一部町議から「廃炉の判断を現時点で行うのは時期尚早」という意見が出て、継続的に審議することを決めた。
 20日に郡山市で開かれた町議会の原発等に関する特別委員会で塚野芳美町議会議長が「廃炉に関し町議会の考え方をまとめたい」と提案した。
 町議からは「原発に代わる再生可能エネルギーの担保がない」「原発に代わる雇用の場を確保しなければならない」など現時点で廃炉の姿勢を示すことに慎重な意見が出た。
 一方で「県内原発全基廃炉は当然」「廃炉と雇用の問題は別に議論すべきだ」など立地町として廃炉の姿勢を明確にすべきという意見があった。
 特別委員会の渡辺英博委員長は「重要な問題。今後も議論を続けて方向性を定めたい」と述べた。
 富岡の他、楢葉、大熊、双葉の4町でつくる県原子力発電所所在町協議会は8月、国と東電に対し、県内原発の全基廃炉を求める認識で一致している。

( 2013/09/21 08:59 カテゴリー:主要 )
http://www.minpo.jp/news/detail/2013092111011

ここでは富岡町議会のことしか報道されていないが、やはり「全県内原発廃炉」という方針には抵抗のある議員がいることがわかる。つまり、町議会レベルでは、いまだ流動的なのである。

他方、福島原発立地自治体における県内原発全機廃炉の声はそれなりに政府においても考慮せざるを得ない課題となった。9月30日、茂木敏充経済産業相は、東京電力福島第1原発の汚染水問題を巡る衆院経済産業委員会の閉会中審査において、福島第二原発廃炉を考慮せざるをえないと述べた。そのことを伝えている毎日新聞のネット配信記事をあげておこう。

福島第2原発:廃炉検討の考え示す 茂木経産相
毎日新聞 2013年09月30日 20時10分(最終更新 09月30日 22時40分)

 茂木敏充経済産業相は30日、東京電力福島第1原発の汚染水問題を巡る衆院経済産業委員会の閉会中審査で、福島第2原発について「福島県の皆さんの心情を考えると、現状で他の原発と同列に扱うことはできない」と述べ、廃炉を検討すべきだとの考えを示した。福島県は県内全原発の廃炉を求めており、県民感情に配慮した形だ。

 茂木氏は同時に、廃炉にするかどうかの判断について「今後のエネルギー政策全体の検討、新規制基準への対応、地元のさまざまな意見も総合的に勘案して、事業者が判断すべきものだ」と述べ、最終的には東電が判断するとの立場を強調した。

 福島県内には、福島第1、第2で計10基の原発があり、福島第1原発1〜4号機は既に廃炉が決定。同原発5、6号機については、安倍晋三首相が東電に廃炉を要請しており、これを受けて東電が年内に判断する。

 閉会中審査は27日に続いて2日目の開催。茂木氏のほか、原子力規制委員会の田中俊一委員長らが参考人として出席した。

 福島第2原発1〜4号機を全て廃炉にした場合、東電の損失額は計約2700億円。会計制度の見直しで、一度に発生する損失は1000億円程度まで減る見込みだが、福島第1原発5、6号機の廃炉でも数百億円の損失が一度に出る見通し。同時に福島第2の廃炉も行うと決算に与える影響は大きい。

第2原発廃炉については東電内でも「再稼働に必要な地元同意が見込めない以上、いずれ判断をする時期が来る」との意見が多いが、第1原発5、6号機の廃炉は1〜4号機の廃炉作業や汚染水対策に集中する目的があるのに対し、第2の廃炉は「仕事が増えるだけ。将来はともかく、今やれる話ではない」(東電幹部)との声もある。【笈田直樹、浜中慎哉】
http://mainichi.jp/feature/20110311/news/20131001k0000m010035000c.html

安倍政権は、原子力規制委員会が安全と判断した原発は再稼働していくというものであった。しかし、茂木経産相としては、「福島県の皆さんの心情を考えると、現状で他の原発と同列に扱うことはできない」として、再稼働可能な福島第二原発も含めて福島県内の全原発の廃炉を考慮せざるをえないと言わざるを得なくなったのである。

もちろん、今後の推移については、まだまだ紆余曲折があるだろう。地元ではいまだに原発による雇用などに依存しようとする声は小さくないと思われる。また、安倍政権は全体として原発再稼働を求めており、福島第二原発も再稼働対象に含めようとすることも今後あるかもしれない。といいつつ、やはり、地元自治体すらもすべての原発の廃炉を求めるようになったということの意義は大きい。やはり「時計の針は元には戻せない」のである。

Read Full Post »

福島原発の地元、福島県浜通り地方は、放射能汚染が大きな問題となっている。朝日新聞朝刊(2013年4月12日付)は次のような記事を掲載した。

福島から広島 集団移住構想 原発被災者ら

 東京電力福島第一原発事故の被災者が、集団で広島県神石高原町に移住する構想が持ち上がっている。福島の旧相馬中村藩主家34代当主・相馬行胤さん(38)と神石高原町の牧野雄光町長が11日に町役場で記者会見し、明らかにした。20〜30家族が関心を寄せ、早ければ夏にも移住が始まるという。
 相馬さんは父親の代から北海道に移り住んだが、先祖の故郷・福島県相馬市で農園を開くなどして、北海道と福島を行き来してきた。
 避難生活を送る人たちから「放射能が心配」という声を聞いた相馬さんは、集団移住を検討。昨秋、被災地支援に取り組むNPO法人「ピースウィンズ・ジャパン」(東京都)の代表理事で神石高原町に住む大西健之丞さんの勧めで町を訪ね、先月に妻と3人の子供と町に引っ越した。相馬さんの知り合い家族が後に続くことを検討しており、将来的に公募も計画している。
 岡山県境の山間部にあって過疎化が進む町側も移住を歓迎。NPOと連携して仕事の場を探し、町営住宅の提供もする方針だ。(朝日新聞 朝刊 2013年4月12日付 38面)

近世の相馬中村藩の藩主であった相馬家の現在の当主相馬行胤氏が、放射能汚染を懸念している相馬地域住民の集団移住を計画し、氏自身がすでに集団移住予定地である広島県神石高原町に移住したというのである。ここで、広島県神石高原町の位置をGoogleマップにてしめしておこう。岡山県との県境にあり、広島市などからも遠い山間部のようである。

相馬氏は、単に近世期に相馬地域の大名であったというにはとどまらない。それ以前から、相馬地域に居住していた。相馬氏は、平将門を出した平氏の流れをくんだ千葉氏の出身で、下総国相馬郡に所領をもっていた。現在の茨城県取手市・龍ケ崎市・守谷市・つくばみらい市・常総市や千葉県我孫子市・柏市などにあたる。偶然だが、福島第一原発事故で、首都圏のホットスポットにあたってしまった地域と重なっている。そして、源頼朝の奥州平泉遠征(1189年)に参加し、福島県浜通り北部の、現在の相馬地域にも所領を獲得した。つまり、800年以上も前から、相馬氏はこの地域の領主であった。鎌倉時代は、下総と奥州の所領をともに治めていたが、南北朝時代にわかれ、奥州の相馬氏は北朝方に、下総の相馬氏は南朝方となった。そして、奥州の相馬氏は戦国大名となり、近隣の伊達政宗などに対抗した。そして、近世においても、転封を受けることもなく、相馬中村城に本拠をもつ6万石の大名相馬中村藩として存続した(Wikipediaなどを参照)。

相馬中村藩の特徴は、家臣の城下集住が徹底せず、家臣が藩領の農村にも居住していたことであった。福島第一原発のある双葉町・大熊町も相馬中村藩領であったが、この地域にも相馬中村藩の家臣は居住していた。そして、近代以降も、彼らの子孫たちは、地域社会で一定の影響力をたもちつづけたのである。

もちろん、1971年の廃藩置県で、相馬中村藩は廃藩され、華族となった相馬氏は東京居住を義務付けられた。相馬氏は相馬地域に居住できなくなったのである。しかし、これは多くの藩に共通するが、旧藩主家は地域社会で大きな影響力をもちつづけた。たとえば、元々相馬中村藩の行事であった相馬野馬追において、総大将は今でも相馬氏当主が勤めている。そして、この朝日新聞の記事にもあるように、現在でも相馬氏は相馬地域において農園を営んでいる。

その意味で、相馬氏が自身も含めて地域住民の集団移住を計画するということは、この地域の歴史にとって一つの出来事である。放射能問題は、この地域の人びとに対して、放射性物質が存在する郷里で生活し続けるか、放射性物質の少ない地域に移住するかという、二者択一の選択をつきつけた。そして、ある意味で相馬地域の歴史的伝統を体現する相馬氏が、自身を含め地域住民の集団移住を企画するということは、この地域が非常に深刻な事態になっていることをしめしているといえる。政府や福島県庁は、年間1〜20mSvの放射線量でも安全として、なるべく早期に地域住民を地域に帰宅させようとしている。地域住民においても、早期に帰宅したほうが、農業などの生業にも復帰できるし、家や地域の歴史的伝統を守ることにもつながるようにみえるだろう。しかし、相馬氏は、地域住民の生命を考えて、自身も含めて集団移住することを選んだのである。

もちろん、相馬氏は廃藩置県以降、相馬地域から離れており、現在は北海道に住んでいる。それでも、相馬野馬追の行事などには参加している。たぶん、広島県に移住したとしても、相馬地域に関わり続けるだろう。しかし、それでも、このことの意味は重い。結局、相馬氏の集団移住は、人びとの命を守ることが歴史的伝統を守るになるということを意味しているといえよう。

Read Full Post »

さて、朝日新聞が、福島県の中間貯蔵施設候補地(双葉町、大熊町、楢葉町)の住民に、その是非をめぐってアンケート調査を行い、その結果を2012年12月31日付朝刊に掲載した。まず、1面に掲載されたアンケート結果を総括する記事を解説してみよう。まず、この記事の見出しでは、中間貯蔵施設建設にアンケートに答えた住民の7割が「理解」を示したことを強調している。

中間貯蔵施設の調査候補地住民 7割「建設計画に理解」 本社アンケート305人回答

 東京電力福島第一原発事故に伴う除染で出る汚染土を保管する中間貯蔵施設をめぐり、国が調査候補地にしている場所の住民に朝日新聞がアンケートを行ったところ、回答者の76%が施設の建設計画に理解を示した。多くの人が「避難先から戻るのが難しい」ことを理由に挙げた。新たな土地での生活再建を望む人が多い実態がわかった。▶31面=住民「もう帰れないなら」

続いて、アンケート方法について、この記事は記述している。中間貯蔵施設において想定される放射性物質のリスクは、いわゆる「風評」も含めて、それぞれの町内の広い範囲に及ぶと考えられるが、ここでは「近隣」程度に絞っていることに注目しておかねばならない。いうなれば、中間貯蔵施設建設によって土地などが買い上げ対象となり、リターンを得る可能性がある住民に限定しているといってよいだろう。しかも、郵送アンケートとはいえ、回答率は39%である。6割以上の人たちが回答していないのである。

 

アンケートは、環境省が示した福島県双葉、大熊、楢葉3町の調査候補地の地図から対象を絞り、近隣を含む住民に実施。12月上旬、788人に用紙を郵送し、305人から回答を得た(回答率39%)。ほぼ全員が自宅を離れている。

その上で、「理解できる」理由などを述べている。「理解」が76%で、「理解できない」が24%である。そして、「理解」の理由については、多くが「元に戻って暮らすことが難しい」「ほかの地域と比べて放射線量が高い」をあげている。つまり、元に戻って暮らすことのあきらめが、「理解」の理由になっているといえる。そして、「土地を買い取ってもらうことで生活再建を早めたい」ということも理由に多くあげられている。これは、東日本大震災、福島第一原発事故後の、この地域の住民の生活再建が遅れていることが背景として存在しているといえる。ゆえに、中間貯蔵施設の建設条件も、避難生活の解消や生活再建支援、さらに土地の買い取り価格であり、施設の安全性は二の次にされていることに注目しなくてはならない。
 

自宅やその周辺に中間貯蔵施設を建設する計画について「理解できる」「どちらかというと理解できる」と答えたのは76%。「理解できない」「どちらかというと理解できない」が24%だった。理解できる理由(複数回答)として82%が「元に戻って暮らすことが難しい」、62%が「ほかの地域と比べて放射線量が高い」を選んだ。「土地を買い取ってもらうことで生活再建を早めたい」が58%。「県内全体の除染を進めることが大事」も52%いた。
 ただ、理解できる人でもアンケートの自由記述では、戻れない現実に対するあきらめや、復興の遅れへのあせりを訴えている。
 建設する場合の条件を複数回答で尋ねたところ、70%が「避難生活の解消や生活再建への継続的な支援」、67%が「納得できる土地の買い取り価格」、63%が「施設の安全性の確保」を挙げた。

そして、中間貯蔵施設建設について「理解できない」と回答した人たちの約三分の一が「理解」に傾く場合もあることを報道している。このことによって、中間貯蔵施設への「理解」は増えることをより強調しているのである。そして、「理解できない」理由について、記事本文ではふれられず、付表(記事本文では棒グラフ)で述べている。

 

理解できない人に、条件が満たされた場合「理解」に傾く可能性があるか尋ねたところ、33%が「ある」と回答。条件に、複数回答で50%が「満足できる買い取り条件の提示」を挙げ、「最終処分場の決定」「生活再建への支援策の提示」が各36%。「どんな条件でも考えは変わらない」は19%だった。

付表「理解できない」「どちらかというと理解できない」理由は?
(複数回答、小数点以下は四捨五入)
最終処分場が決まっていないから           56%
説明が不足しているから               54%
施設の安全性に不安があるから            44%
土地の買い上げ条件が分からないから         43%
将来戻って暮らすつもりだから            31%

(木原貴之、木村俊介)

31面には、アンケートに回答してくれた人びとに対して取材して得られた「住民の声」が掲載されている。しかし、ここでも、強調しておかねばならないが、この「住民の声」は、まず、中間貯蔵施設建設で何らかのリターンがある可能性を有する人たちを中心としているのである。そして、「見出し」からはじまるこの記事の約三分の二は、中間貯蔵施設建設に「理解」を示した人たちの声でしめられている。

もう帰れないなら 中間貯蔵施設 住民の声

 東京電力福島第一原発の事故に伴う除染で出た汚染土を保管する中間貯蔵施設。国による調査の候補地や周辺に自宅がある住民には、「もう帰れない」というあきらめや苦悩と、自立や再建を望む気持ちが同居する。 ▶1面参照

大熊は好き でも離れなければならない
 住民の考えを尋ねたアンケートの用紙には、施設や復興、避難生活に対する思いがつづられている。
 《大熊は好き。でも離れなければならない》
 福島県大熊町から避難し、同県いわき市で暮らす女性(64)はこう書いた。 自宅は第一原発から約3キロで、放射線量が高い。
 《誰が何と言っても帰れない》
 新しい生活の場所を探そうと、いわき市内で10カ所近くの物件を見て回り、気に入った土地を買った。元の家について東電から払われる賠償金では足りない。一日も早く、納得できる買い取りを国にしてもらいたいと訴える。
 《生まれ育った土地に汚された土が置かれるのは正直なところ嫌。でも、ほかにどこに持って行くのか。生活再建のために、いっそ買い上げてもらう方がいい》
 双葉町の男性(52)は戻ることをあきらめている。長年、原発関連の仕事をしてきた。事故後、避難先のいわき市から第一原発に向かう時、人の住まない土地が荒れていくのをながめていて気がめいった。
 《あと5年もすれば、誰も帰ると言わなくなる。もしかすると、国は住民があきらめるのを待っているかもしれない》
 男性はそう思う。

もう2年。待ちくたびれた 早く生活立て直して
 先の見えない避難生活へのいらだちも目立つ。
 《がまんの限界。はやく決着をつけてほしい》
 コメ農家だった楢葉町の四家徳美さん(53)は悩んだ末、中間貯蔵施設に「理解」と回答した。
 「本心は、成田闘争のように体を張って最後まで抵抗したい。でも、ほとんどの人が帰るのをあきらめている。一人の反対でずるずると長引かせたくない」と話す。
 《ただ日々が過ぎていくだけで、待ちくたびれた。もうじき2年。国で『こう』と決めてもらい、一日も早く生活を立て直して》
 双葉町の40代女性はこう書いた。

ここであげられている「住民の声」で強調されていることは、元の土地に戻って生活することへのあきらめである。そして、何らかの形で「生活再建」をしたいということへの欲求である。中間貯蔵施設の候補地の住民にとって、土地買い上げがその手段となっているといえる。しかし、このような人びとにおいても、はしばしに中間貯蔵施設建設への不満、不安が表明されているのである。

この記事の残りの三分の一は、中間貯蔵施設建設を「理解できない」という人びと(一部違うが)の声が紹介されている。見事に、「アンケート」結果の比率に適合した形で紙面作りがされているといえる。ここでは、「代表者」しか協議していないことへの不満、最終処分場未決定への不安、「故郷の再生」と「施設」とは共存できないという指摘がなされているのである。

故郷再生と施設は共存無理 町を捨てていいのか
 施設をめぐる国の進め方に疑問を抱く声もある。
 《代表者だけで話し合われ、決まった後でしか住民に情報が来ない。どこまで我慢すればいいのか。人間の心をくみ取った対応をしてほしい》
 大熊町の40代女性はそう訴える。
 汚染土を30年後までに県外の最終処分先に出すとの国の説明を疑う人も多い。
 《地元で最終処分もできるよう考えるべきだ》
 こう書いた埼玉県に避難中の大熊町の女性(56)は、「故郷が奪われる悲しい気持ちは私たちだけでいい」と話した。
 《故郷の再生と施設建設は共存できない》
 施設に「理解できない」と答えた大熊町の男性(63)はこう書いた。「受け入れを認める人の意見も分かるが、こういう施設が集中する町に復興はない。本当に町を捨てていいのか」
(木原貴之、木村俊介)

この朝日新聞の「アンケート」報道は、二つの意味で問題を抱えているといえる。まず、中間貯蔵施設建設候補地の住民にアンケート対象をしぼったことである。この人びとは、中間貯蔵施設建設に伴う土地買い上げによってリターンを得る可能性を有しているのである。しかし、全ての町内の土地が中間貯蔵施設用地になるわけではないのであり、中間貯蔵施設に保管される放射性物質によるリスクは、リターンを得る人びとだけでなく、それぞれの町内の広い範囲に及ぶ。それゆえ、中間貯蔵施設建設によりリターンを得る人びとの声は、リスクをこうむる可能性をもつ「住民」の声一般ではない。これは、原子力発電所自体の建設でもそうであり、原発敷地などの地権者の得るリターンは、直接には原発建設によってリスクをこうむる可能性がある町内一般の住民の得るリターンではない。それでも、原発建設ならば、雇用などの形で、地権者以外の住民も間接的にリターンを享受することが想定できた。しかし、中間貯蔵施設の場合、周辺に居住することすら難しく、雇用といっても被ばく労働が強要されることになるのである。

ある程度、中間貯蔵施設建設により、それぞれの自治体に国から補助金が出るということはあるだろう。しかし、それも、中間貯蔵施設建設のリスクを引き受けなくてはならない住民への直接的なリターンとはならないのである。

さらに、朝日新聞のアンケート報道においては、中間貯蔵施設建設については、建設候補地の人びとにおいても「あきらめている」のであって、そのことを「理解」として報道していることの問題性を指摘しなくてはならない。リターンを得る可能性があるといっても、この人びとは中間貯蔵施設建設を「快く理解」しているわけではない。生まれ育った土地で暮らすことへの「あきらめ」と、生活再建への遅れへの「いらだち」が、中間貯蔵施設建設を「容認」させる要因となっているといえるのである。それは、「理解」といえるのか。「しょうもない」ということは、不満、不安がないということと同義ではない。もし、「中間貯蔵施設建設に対する不満、不安があるか」という質問があれば、「理解している」という人びともそのように回答したのではないかと思う。いわば、中間貯蔵施設建設への「理解」は、「あきらめ」と「いらだち」を抱えた人びとの弱みにつけ込んだものであるといえるのである

この「あきらめ」と「いらだち」は、建設候補地以外の住民ももちろん共有しているだろう。しかし、中間貯蔵施設建設によるリターンは、町内住民一般に及ぶものではない。住民一般の生活再建は、井戸川克隆双葉町長のいうように、東京電力が住民被害を正当に補償することがまず第一に求められることである。それが難しい場合でも、国なり県なりが町民総体の生活再建に乗り出すべきであって、中間貯蔵施設建設とは別次元であるはずといえるのである。

いわば、朝日新聞は、「客観報道」の形をとって、中間貯蔵施設建設に対する「住民」の「理解」を「創出」しようとしたといえるのである。

ただ、朝日新聞の批判だけでなく、私たち自身が考えることとして、このような人びとの「あきらめ」と「いらだち」によって、このような権力の施策に従属させていくことを、どこかで断ち切っていかねばならないとも思うのである。これは、別に中間貯蔵施設建設問題に直面した双葉郡内の人びとだけの問題ではない。このようなことは、日本社会のどこだってある。たぶん、東日本大震災の被害地の多くでも抱えていることだと思う。私自身の個人的な生もこのような問題を内包しているといえる。そのために何ができるのか。そのことこそ考えなくてはならない課題であるといえる。

Read Full Post »

facebookをみていたら、福島第一原発が所在する福島県双葉郡双葉町の井戸川克隆町長が双葉町議会から辞任をせまられているという一報があった。驚いて、ネット検索してみた。福島民報は、2012年12月9日に、次のような記事をネット配信している。

町長に辞任要求へ 双葉町議会、週明けにも
 福島県双葉町議会は8日までに井戸川克隆町長に対し辞任を求める方針を固めた。週明けにも辞任の要求書を井戸川町長に提出する方向だ。
 町議会は7日に開いた全員協議会で意見を調整した。町議によると、井戸川町長が議会と情報の共有化に努めていないことなどが辞任要求の理由として挙がったという。
 全員協議会では11月28日に福島市で開かれた中間貯蔵施設に関する県と双葉郡との協議に井戸川町長が欠席したことも問題と指摘された。町議の1人は「協議に出席して町の意見を伝えるべきだった」と話している。
( 2012/12/09 10:34 カテゴリー:主要 )
http://www.minpo.jp/news/detail/201212095369

前段の理由はある程度あっただろうが、辞任要求の理由にはならないだろう。むしろ、後段の「中間貯蔵施設に関する県と双葉郡との協議に井戸川町長が欠席した」ことが辞任要求の大きな理由と考えられる。

このことについては、遡って考えてみる必要がある。除染などで出た放射性廃棄物の中間貯蔵施設を双葉郡内に建設する案については、昨年から提起されていたが、住民らの反発にあっていた。その代表者が井戸川克隆双葉町長であった。「容認派」も含めた昨年末の状況を福島民報は次のように伝えている。

【双葉郡に中間貯蔵施設要請】住民、怒りと落胆 「帰れなくなる」 除染のため必要の声も

 細野豪志環境相兼原発事故担当相が28日、中間貯蔵施設の双葉郡内への設置を佐藤雄平知事に要請したことに対して、双葉郡の住民からは長期間にわたり廃棄物が貯蔵されることに怒りと落胆の声が上がった。一方で、仮置き場の確保のためには決断が必要との声も。双葉郡各町村長は重い宿題を課せられ難しい決断を迫られる。県が、受け入れに向けて動きだすとしても関係町村を説得できるかなど乗り越えなければならない課題は多い。

■反発
 「土地の買い上げや生活費の賠償がなければ絶対に受け入れられない」。会津若松市の仮設住宅に暮らす大熊町の無職荒木俊夫さん(63)は中間貯蔵施設の設置について憤る。
 自宅は東京電力福島第一原発から約4.5キロ。線量だけでみれば、自宅周辺は「帰還困難区域」になる。「この先の生活が全く見通せず、不安は募るばかり。国、東電が今後、きっちりと対応してくれるのか」と疑問を投げ掛ける。
 東京電力福島第一原発が立地する双葉町に住み、会津地方に避難している高校3年生の高野安菜さん(18)は「しばらく帰れないと覚悟はしているけど、施設建設は本当に嫌」と強く拒絶した。原発事故から9カ月半。埼玉県などに避難した同級生とは会えない日が続く。年越しが迫るが「年始の準備なんてする気になれない」という。「中間」とはいえ、施設が設置されれば最大30年間、廃棄物が貯蔵されることになる。「(郡内設置が)はっきり決まったわけではないんですよね」と念を押しつつ、「10年以上もお世話になった町。思い出が壊れてしまう」と声を落とした。
 中間貯蔵施設の候補地として有力視された両町の住民の反発は強い。

■気持ち複雑
 「原発周辺に施設を造れば帰ることができなくなるのでは」と不安をのぞかせているのは福島市の借り上げ住宅に避難する浪江町の理容師、小川昌幸さん(44)。子どもは帰りたいと言うが「完全に元の状態になった上でなければ不可能な話。何とも言えない」。
 茨城県つくば市に避難している双葉町の双葉ばら園主、岡田勝秀さん(67)は「中間貯蔵施設は双葉郡外にとの考えもあるが、現実は厳しいだろう。仕方がないのではないのか」と考えている。ただ、40年以上前から開墾し整備してきた自慢のばら園を思うと気持ちは複雑だ。
 郡山市の仮設住宅に夫妻で暮らす富岡町中央行政区長の遠藤武さん(68)も「断りようがない。やむを得ない状況なのだろう」と言葉を選んだ。「建設するなら国は土地の買い上げなどそれに見合ったものを提供すべきだ」と求めた。双葉町から白河市に避難している60代の男性は「他県が引き受けることは実際には考えられない。避難者の生活保障を東電任せにせず国がきちんと対応することが重要だ」と指摘した。

■温度差
 中通りで除染問題に悩む住民は、仮置き場からの搬入先となる中間貯蔵施設の議論が始まったことに安堵(あんど)しながらも、双葉郡住民の心情を思い、複雑な気持ちでいる。
 福島市渡利の看護師出雲キヨさん(75)は「これでようやく除染が進む」と話す。渡利地区は市内で比較的放射線量が高く、市が年明けに本格的な除染を予定している。しかし、市は仮置き場の選定に慎重になり、まだ設置場所が確定していない。中間貯蔵施設が決まれば、仮置き場問題も進展すると考えている。「ただ、双葉郡の住民のことを考えると非常に難しい問題だ」と語った。
 郡山市の桑野第2町内会長の今泉久夫さん(78)も地域の通学路の除染で出る土砂などの仮置き場が決まらないのが悩みだ。しかし、「双葉郡の住民にすれば到底納得はできないだろう。国が安全を確保するという約束が必要だ」と強調した。

地域にどう説明 各首長”重い宿題”
■険しい道のり

 双葉郡の首長らは協議会後、重い宿題に直面し表情を曇らせた。
 双葉地方電源地域政策協議会長の遠藤勝也富岡町長は「8町村で議論したい」と気を引き締める。その上で「住民の理解は難しい仕事。双葉郡だけで解決できる問題ではなく、県と連携し前に進みたい」と語った。
 渡辺利綱大熊町長も「双葉郡の全体的な問題で、町単独で判断することではない」とする。施設の設置場所については「(建設に)手を上げる自治体はないだろう。施設のマイナスイメージの払拭(ふっしょく)は容易でない」と決定までの道のりの険しさをにじませた。
 協議会で中間貯蔵施設の議論になると「議題に乗っていない」と議事を止めたのは双葉地方町村会長の井戸川克隆双葉町長。しかし、町村関係者の多数決で議事は継続になった。施設を1カ所とすることも示され「国は以前、数カ所と言っていた。信用できない」とぶぜんとした表情だった。
 一方、浪江町の馬場有町長は「今日はあくまでスタートライン」と受け止める。中間貯蔵施設はマイナスの印象が強いことも理解している。「県外の避難者が町に戻って来なくなる心配もある」と悩みを深めた。
 中には中間貯蔵施設の役割を重く受け止める首長もいる。草野孝楢葉町長は「除染には施設が必要で、双葉郡内に設置するのはやむを得ないのではないか」と受け入れ容認の考えを示した。松本允秀葛尾村長は「建設に向けた話が出たことはいいこと」と前向きに受け止めた。
 また、遠藤雄幸川内村長は「帰還に向けて除染と処分場は必要。相反する部分の解決をどうするかが課題だ」と指摘した。黒田耕喜広野町副町長は「双葉郡が足並みをそろえて協議することが大切だ」と淡々と語った。
 各首長の間にも施設の受け止め方に温度差が出始めている。
■申し訳ない
 細野豪志環境相兼原発事故担当相は佐藤雄平知事との会談の中で、何度も「申し訳ない」と頭を下げた。
 本県の最大の課題である除染を進めるため、「いずれかの場所に中間貯蔵施設を造らなければ除染が進まない」として、双葉郡内に中間貯蔵施設を設置したいとする考えを切り出した。
 県幹部は「中間貯蔵施設を受け入れるかどうかは双葉郡の町村の意向が前提となる」とした上で、「双葉郡内での調整が難しい場合は、県としても調停役を務める」との考えを示す。
 しかし、ある双葉郡の議会関係者は「県は判断を双葉郡に丸投げしているような印象だ。しっかりとリーダーシップをとるべきだ」と県の姿勢を批判した。

【背景】
 環境省は10月29日に除染で出た放射性物質を含む土壌などの廃棄物を保管する中間貯蔵施設を今後3年程度を目標に県内に整備し、廃棄物は貯蔵開始から30年以内に県外で最終処分するとした工程表を示した。中間貯蔵施設に廃棄物を搬入するまでの間は各市町村が設ける仮置き場での一時保管を求めている。仮置きの前提となる中間貯蔵施設の建設が具体化しなければ、仮置き場の確保も進まず、除染が滞る懸念もある。
(2011/12/29 15:19カテゴリー:3.11大震災・断面)
http://www.minpo.jp/pub/topics/jishin2011/2011/12/post_2881.html

ところが、8月19日に政府が、双葉・大熊・楢葉町の12ヵ所を候補として、現地調査に協力してほしい旨を依頼した。8月23日には大熊町議会が現地調査を受け入れる方針を決めた。そして、10月17日には双葉町議会も中間貯蔵施設建設を条件付きで受け入れるとした。それを伝えるのが、福島民報の10月18日付のネット記事である。

条件付き受け入れ方針 中間貯蔵施設で双葉町議会が町民懇で示す
 双葉町議会は、東京電力福島第一原発事故による汚染廃棄物を運び込む中間貯蔵施設建設を条件付きで受け入れる方針を固めた。17日、福島県南相馬市で開いた町民と議会との懇談会で明らかにした。
 懇談会で伊沢史朗副議長は「議会の中での意見調整はついている。放射性廃棄物は全国どこの自治体でも引き受けない。双葉町が引き受けざるを得ない」と述べた上で、「ただし、単に受け入れるのではなく条件が必要。賠償などを議会として考えている」と強調した。菅野博紀議員は賠償や町民の健康確保などを受け入れ条件に挙げ、「8人の議員が話し合った議会の統一見解」と述べた。
 出席者からは「(受け入れるための)条件を国に提示して話を進めるべき」などの意見が出された。
 井戸川克隆町長は国が一方的に施設設置を提案していると強調。明確な理由を示すように求め、設置に否定的な考えを示している。
( 2012/10/18 09:02 カテゴリー:主要 )
http://www.minpo.jp/news/detail/201210184304

しかし、ここでも、井戸川克隆町長は、中間貯蔵施設受け入れ拒否の姿勢を貫いたのである。ここで、中間貯蔵施設受け入れについて、町長と町議会が対立したのである。

そして、11月28日、佐藤雄平福島県知事は、双葉郡の町村長との協議会を開き、そこで、中間貯蔵施設建設についての現地調査受け入れの方針を正式に示した。つまり、福島県としても双葉郡への中間貯蔵施設建設を容認する方向に向かったといえよう。しかし、井戸川克隆双葉町は、双葉地方町村会会長であったが、この協議会を欠席した。現時点では中間貯蔵施設の受け入れを容認できないという初志を貫徹したといえよう。福島民報は、11月29日に次のような記事をネット配信している。知事の「建設容認ではない」というのは、言い訳にしても苦しい。

知事、現地調査受け入れ 中間貯蔵施設 「建設容認ではない」
 東京電力福島第一原発事故による汚染土壌を搬入する中間貯蔵施設の整備をめぐり、佐藤雄平知事は28日、建設候補地の現地調査の受け入れを表明、長浜博行環境相に伝えた。施設建設の受諾ではないことを明確にすることなど3項目を条件に挙げている。環境省は年明けにも調査を開始し、3カ月程度で終了させる方針だ。
 福島市で双葉郡の町村長との協議会を開き、(1)調査受け入れと建設の受け入れは別であることを明確にする(2)地域に対する丁寧な説明と設置者としての責任をしっかり果たす(3)調査の状況を適時に報告する-を条件に受け入れることで一致。長浜環境相に全ての条件を着実に実行するよう申し入れ、対応策を示すよう求めた。
 長浜環境相は同日、環境省内で記者団に対し、「施設の設置受け入れではないことを佐藤知事との間で確認した」と説明。佐藤知事が挙げた条件に応じることを明らかにした。環境省は地権者の確認と、同意を得る作業に並行して年内にボーリング調査などを行う業者を選定する。
 協議会終了後、佐藤知事は記者団に「調査しなければ、施設の安全性を確認できない。広域自治体の長として苦渋の決断をした」と説明する一方、「現地調査の受け入れであり、建設を認める訳ではない」と強調した。
 環境省は今年8月、建設候補地として大熊町の9カ所、双葉町の2カ所、楢葉町の1カ所を示し、県、双葉郡8町村に現地調査の受け入れを要請した。
 建設候補地を抱える双葉町の井戸川克隆町長は、「国の説明を受けていない」として協議会を欠席した。同町の建設候補地には町有地が含まれており、地質などを調べるボーリング調査の実施には町の同意が必要となる。

( 2012/11/29 08:08 カテゴリー:主要 )
http://www.minpo.jp/news/detail/201211295149

これが、結局、佐藤知事の現地調査受け入れを唯々諾々と容認した、他町村長たちの怒りを買った。井戸川克隆に双葉地方町村会会長の辞任を迫ったのである。それを伝える福島民報の11月30日のネット記事を下記に示す。

井戸川会長に辞任要求 双葉地方町村会の町村長
 双葉町を除く双葉郡の7町村長は29日、双葉町の井戸川克隆町長に双葉地方町村会長を辞任するよう求めた。井戸川町長は28日に福島市で開かれた、中間貯蔵施設の整備をめぐる知事と双葉郡8町村長の協議会を欠席したため。
 同町村会副会長の山田基星広野町長は29日、井戸川町長に電話で連絡し、30日までの返答を求めた。山田町長によると井戸川町長は辞任について即答せず「8町村長が集まる場を設けたい」との意向を示したという。
 複数の町村長によると、井戸川町長は2月に国と双葉郡8町村の意見交換会を欠席していることなども背景にある。28日の協議会終了後、7町村長から「国や県を交え(会合には)重みがある。いかなる理由があっても会長として出席すべき」との声が上がり、総意として辞任を求めることにした。
 正副会長の任期は平成25年3月末。
( 2012/11/30 10:17 カテゴリー:主要 )
http://www.minpo.jp/news/detail/201211305185

そして、早期に受け入れを表明した大熊町には、政府から「恩賞」を与えられた。中間貯蔵施設の候補地を9ヵ所から6ヵ所に減らすというのだ。それを伝える12月6日の福島民報のネット記事を下記に示す。しかし、「(減らす3カ所があるのは)サケが遡上(そじょう)する熊川の周辺。扱いは慎重にすべきという実感を持った。町の意向に沿うようにした」というのは……。悲しくて言葉もでない。

大熊町の中間貯蔵施設建設候補地 9カ所から6カ所に減らす方針
 東京電力福島第一原発事故による汚染土壌を搬入する中間貯蔵施設の建設をめぐり、環境省は5日、大熊町の9カ所としていた建設候補地を6カ所に減らす方針を町と町議会に示した。町内南部の3カ所を北部6カ所に集約させる。ただ、同省は施設に搬入させる土壌などの量を減らさない方針で、北部6カ所の施設の面積は増える可能性がある。
 同省の小林正明水・大気環境局長が5日、会津若松市で渡辺利綱町長、千葉幸生町議会議長らに方針を説明した。同省は候補地の対象としない3カ所について現地調査をしない。小林局長は「(減らす3カ所があるのは)サケが遡上(そじょう)する熊川の周辺。扱いは慎重にすべきという実感を持った。町の意向に沿うようにした」と理由を述べた。
 一方、施設に搬入する土壌の量については「一定の容量は確保できるようにする。候補地が北部の6カ所に加え、周辺地域に広がる可能性はある」と話した。同省は現地調査の準備作業を年内にも始める予定。
 説明を受けた渡辺町長は「(熊川周辺を候補地としないよう)町民感情も考えて要請していた。削減は当然」と語った。ただ、「施設に搬入する土壌の量や最終処分場の在り方など全体的に不明確な部分も多く、調査結果が出た上で町の対応を考えたい」とした。今後、区長会を開いて報告し、地権者、町民に説明する方針。
 千葉議長も「熊川周辺は自然豊かで観光面からも復興のシンボルの一つとなる」と同省の方針を一定程度評価したが、搬入する土壌の量などの説明が不明確と強調し「説明に根拠があるのか疑問」と述べた。
( 2012/12/06 11:38 カテゴリー:主要 )
http://www.minpo.jp/news/detail/201212065308

たぶん、これが決め手になったのだろうと思われる。双葉町議会はそもそも中間貯蔵施設の条件付き受け入れに賛成していた。しかし、井戸川克隆町長の受け入れ拒否の姿勢は堅い。しかし、大熊町が早期受け入れを表明して「妥協」(考えてみれば考えてみるほど悲しい「恩賞」である)を獲得したことに刺激され、早く交渉しなければという気持にかられたのであろうと思われる。大熊町で減らした分を双葉町に押しつけられては困るというのだろう。

まず、「双葉地方町村会」を使って、一見強制でない形をとって「合意」をとり、反対派の井戸川克隆町長を孤立させていく。他方で、大熊町と双葉町を「容認」について競わせているが、福島第一原発を建設する際にも、福島県は大熊町と双葉町を競わせて、原発誘致に積極的にさせようとしていた。そして、最終段階で、町議会が井戸川町長に辞任要求をつきつけるというのである。こういう形で、現在、井戸川克隆町長は難局に直面しているといえる。

そして、「総選挙」という状況を利用していることも注視しなくてはならない。普段であれば、そもそも双葉郡における中間貯蔵施設建設容認、そして、そのことを背景にした井戸川克隆町長への辞任要求は、かなり大きなスペースで伝えられるはずである。そのことについての批判も大きいはずだ。しかし、現時点では、総選挙報道に塗りつぶされてしまっている。ほとんどの人ー特に埼玉に避難している双葉町民ーが、十分検討できない状況をねらって、重大なことが行われようとしているのである。

Read Full Post »

さて、再度、高橋哲哉氏の『犠牲のシステム 福島・沖縄』(2012年)について考えてみよう。高橋氏が、立地地域住民や原発労働者の観点から、原発を「犠牲のシステム」と規定するのは、現時点からみて妥当といえる。

問題は、高橋氏が「原発のリスクと等価交換できるリターンは存在しない」としていることである。高橋氏のいように、原発のリスクは、従事している労働者や、近隣に居住している生存・生活をまず脅かすものであり、さらには、地球規模での人類の生存を脅かすものである。そのことは、最初の原発である東海第一原発の立地が決定された1950年代後半より部分的には認識されており、原発立地はおおむね過疎地を対象としていくことになる。それは、事故の際の「公衆」に対する放射線被曝者を少なくするという観点からとられた措置であり、いうなれば「50人殺すより1人殺すほうがいい」という思想を前提にするものであった。

原発のリスクが顕在化すれば、高橋氏の主張は全く正しい。しかしながら、原発のリスクは、おおむね顕在化していない。たぶん、原発の放射線リスクに最も日常的に接している原発労働者ですら、直接の知覚は、彼らが被曝した放射線量の測定結果であることが通例である。立地地域住民にとっては、大規模な事故に遭遇して、ようやく原発のリスクを認識できる。しかし、その時ですら、やはり、放射線や放射性物質の測定結果として直接には知覚されるであろう。原発のリスクを蒙った結果としての、がん、白血病の発症や、遺伝子異常などは、かなり後に出現し、その因果関係を実証することも難しい。さらに、より遠方で、原発の電力に依存している大都市圏の住民にとっては、そもそも原発の存在すら意識されないのである

その意味で、原発のリスクとは、日常的には潜在化したものである。他方で、原発のリターンは、目前に存在している。原発労働者には「雇用」であり、立地地域住民にとっては、それに加えて、電源交付金や固定資産税などの財政収入、原発自体やその労働者による需要などがあげられよう。そして、国・電力会社・経済界にとっては、安定した電力供給というリターンがある。その意味で、原発のリターンは目に見えている。

ある意味で、リスクを想定しなければ、リターンは大きい。そこで、次のようなことが行なわれるといえる。原発に対するリスクを前提にリターンが与えられるが、そのリスクは「安全神話」によって隠蔽される。国・電力会社側としては、リスクがあるので原発は過疎地に置かれ、そのために立地地域の開発を制限しようとするが、原発立地を推進していくために、そのことは隠蔽される。他方、原発立地を受けいれる地域においては、リスクがあるためにリターンを要求するが、しかし、そのリスクは隠蔽される。リスクを真正面からとらえたら、彼らの考える地域開発はおろか、既存の住民の離散すら考えなくてはならない。「安全神話」という「嘘」を前提として、リスクとリターンが「等価交換」されているのである。

福島第一原発事故は、この「等価交換」の欺瞞を根底からあばき出したといえる。原発のリスクによって脅かされていたものは、原発立地住民や原発労働者たちの生存であり、生活そのものであった。そして、リターンとしての雇用・財政収入などは、原発のリスクによって脅かされることになった生存・生活があってはじめて意味をなすものであった。確かに、開沼博氏が『「フクシマ」論』(2011年)でいうように、原発からのリターンがなければ、原発立地地域の住民や原発労働者の生活は成り立たないかもしれない。しかし、それは、原発のリスクによって脅かされた生存・生活がなければ意味をなさないのである。

いわば、原発というシステムにおいては、「安全神話」という「嘘」を前提として、地域住民・原発労働者の生存・生活自体と、より富んで生きることが「等価交換」されていたといえる。高橋氏のいうように、そもそも事故を想定して過疎地に原発を建設するということ自体、差別であり、「犠牲のシステム」にほかならないが、それを正当化するものとして、「安全神話」という「嘘」を前提とした二重三重の意味で欺瞞的な「等価交換」があったといえよう。

もとより、「等価交換」は、近代社会にとって、支配ー従属関係を正当化するイデオロギーである。資本家と労働者との雇用契約という「等価交換」は、資本家による搾取の源泉である。また、いわゆる「先進国」と「後進国」の「等価交換」も、前者による後者の搾取にほかならない。まさに、「等価交換」は、近代社会の文法なのである。

そして、結局、「等価交換」という名の「不等価交換」を強いられている側は、不利であっても、この関係を維持するしかない。いかに、劣悪な労働条件のもとに低賃金を強いられている労働者でも、何も収入がないよりはいいのである。このことは、結局のところ、原発立地地域住民にもあてはまっていったといえる。例えば、大飯原発などでも、未だにリスクとリターンの等価交換がなされようとしている。それは、等価交換によってはじめて生活が維持できるという、近代社会の文法があるからといえるのである。

たぶん、問題なのは、福島第一原発事故は、このような、「嘘」を前提とした「等価交換」が、実は「不等価交換」であり、自らの生存・生活を危機にさらすリスクにあてはまるリターンなど存在しないことを白日のもとにさらしたことだと思う。そして、このことは、原発問題だけには限らないのである。まさに、等価交換という近代社会の文法自体を、私たちは疑っていかなくてはならない。

Read Full Post »

前回のブログでは、高橋哲哉氏の『犠牲のシステム 福島・沖縄』において、福島第一原発事故において第一義的に責任を負わねばならない人びとは、原発の災害リスクを想定しながらも、有効な対策をせず、さらには無責任に「安全神話」を宣伝して原発を推進していった「原子力ムラ」の人びとであると措定していることを紹介した。ある意味では、原発民衆法廷など原発災害の法的責任を追求するためには有効な論理といえるだろう。

他面で、大都市や立地地域住民は、無関心であるがゆえに、原発の災害リスクを認識していなかったと述べている。高橋氏によれば、原発の災害リスクと補助金の等価交換は存在せず、立地地域住民は「安全」であるとされているがゆえに、原発建設を受け入れていったとしている。そして、大都市の住民も「安全」であるとされているがゆえに、原発から供給されている電力を良心の呵責なしに享受できたとされている。

しかし、原発の災害リスクを大都市や原発立地地域の住民が認識していなかったといえるのだろうか。もちろん、十分に認識しているというわけでもなく、「安全神話」に惑わされているということも大きいとは思うのだが。

まず、高橋氏と全く違う論理が展開されている開沼博氏の『「フクシマ」論』(2011年)において、原発災害のリスクがどのように扱われているのかをみておこう。本ブログで紹介したこともあるが、開沼氏は原発からのリターンがないと原発立地地域社会は存立できなかったし、これからもそのことは変わらないと本書で主張している。高橋氏とは対局の論理ということができる。

それでは、開沼氏にとって、原発のリスクはどのようにとらえられているか。開沼氏は、原発労働者の問題を例にして、次のような問題を提起している。

 

流動労働者の存在に話を戻せば、仮に作業の安全性が確保されたとしても、それが危ないか否かという判断を住民が積極的に行なおうという動きが起こりにくい状況がある。そこには、原子力ムラの住民が自らを原子力に関する情報から切り離さざるをえない、そうすることなしには、少なくとも認識の上で、自らの生活の基盤を守っていくことができない状況がある。それは、そのムラの個人にとっては些かの抑圧感は伴っていたとしても、全体としてみれば、もはや危険性に対する感覚が表面化しないほどにまでなってしまう現実があると言えるだろう。(本書p104)

いうなれば、原発のリスクを「認識の上で」切り離し、表面化しないことによって、自らの生活の基盤を守るという論理があるというのである。

では、原発のリスクを表面化しないことは、なぜ、自らの生活の基盤を守ることになるのか。開沼氏は、清水修二氏の『差別としての原子力』(1994年)で表現された言葉をかりて、「信じるしかない、潤っているから」(p109)と述べる。つまり、リターンがある以上、原発災害リスクはないものとする国や電力会社を「信じるしかない」というのである。

そのことを卓抜に表現しているのが、開沼氏が引用している、地域住民の次のような発言である。

 

そりゃ、ちょっとは水だか空気がもれているでしょう。事故も隠しているでしょう。でもだからなに、って。だから原発いるとかいんないとかになるかって。みんな感謝してますよ。飛行機落ちたらって? そんなの車乗ってて死ぬのとおなじ(ぐらいの確率)だっぺって。(富岡町、五〇代、女性)

 まあ、内心はないならないほうがいいっていうのはみんな思ってはいるんです。でも「言うのはやすし」で、だれも口にはださない。出稼ぎ行って、家族ともはなれて危ないとこ行かされるのなんかよりよっぽどいいんじゃないかっていうのが今の考えですよ。(大熊町、五〇代、女性)(pp111-112)

いわば、原発が存立し、そこからのリターンがあるがゆえに、リスク認識は無効化されているということができる。開沼氏は、次のようにまとめている。

全体に危機感が表面化しない一方で、個別的な危険の情報や、個人的な危機感には「仕方ない」という合理化をする。そして、それが彼らの生きることに安心しながら家族も仲間もいる好きな地元に生きるという安全欲求や所属欲求が満たされた生活を成り立たせる。
そうである以上、もし仮に、「信じなくてもいい。本当は危ないんだ」と原子力ムラの外から言われたとしても、原子力ムラは自らそれを無害なものへと自発的に処理する力さえ持っていると言える。つまり、それは決して、強引な中央の官庁・企業による絶え間ない抑圧によって生まれているわけではなく、むしろ、原子力ムラの側が自らで自らの秩序を持続的に再生産していく作用としてある。(p112)

繰り返しになるが、原発立地によるリターンが地域社会存立の基盤になっているがゆえに、原発のリスク認識は無効化されているというのである。国や電力会社側の「安全神話」は無条件に信じられているのではなく、原発からのリターンを継続するということを条件として「信心」されているといえよう。

開沼氏の主張については、私としても、いくつかの異論がある。このような原発地域社会のあり方について、反対派や原発からの受益をあまり受けていない階層も含めて一般化できるのか、原発災害リスクによって生活の基盤が失われた3.11以後においても、このような論理が有効なのかということである。特に、福島第一原発事故の影響は、電源交付金や雇用などの直接的リターンを受けられる地域を大きく凌駕し、あるいみでは国民国家の境界すらこえている。その時、このような論理が有効なのかと思う。まさしく、3.11は、原発災害リスクに等価交換できるリターンが存在しないことを示したといえる。その意味で、高橋哲哉氏の認識は、3.11以後の論理として、より適切だといえる。

しかし、まさに3.11以前の福島原発周辺の地域社会では、このような論理は通用していたし、他の立地地域においては、今でも往々みられる論理であるといえる。その意味で、歴史的には、原発のリスクを部分的に認識した上での「リスクとリターンの交換」は存在していたといえよう。そして、高橋氏のいうように、現実には破綻した論理なのだが、それが今でも影響力を有しているのが、2012年の日本社会の現実なのである。

Read Full Post »

Older Posts »