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Posts Tagged ‘大気汚染’

新型コロナウィルス肺炎感染拡大に対して、世界の多くの国々がとっているのが、市民の外出を必需品買い出し以外は制限する都市封鎖ーロックダウンである。爆発的感染がみられた中国、イタリア、スペイン、フランス、アメリカや、予防的にインドなどで行われた。日本の緊急事態宣言による外出自粛の要請も、法的強制力の有無の違いはあるものの、同様の意図があるといえる、この措置は、経済活動を含む社会的活動全般を抑制するもので、そのことによって、政府・企業・市民が多大な経済的困窮に直面することになった。その意味で、この都市封鎖ーロックダウンは、それぞれの社会にとって、社会的危機につながっていくことになった。

他方で、皮肉なことに、この都市封鎖ーロックダウンによる経済活動の抑制は、地球環境を一時的に改善することにつながった。そのことについては、前回の投稿で自分の生活圏である東京の状況をみてみた。ここでは、まず、世界で最初に爆発的な感染を抑制するため武漢市ー湖北省の都市封鎖ーロックダウンを2020年1月23日に実施した中国の状況をみてみよう。CNNは、2020年3月18日、スタンフォード大学のマーシャル・バーク准教授の推計をもとに、次のような記事を配信した。

 

新型ウイルス対策で中国の大気汚染が改善、数万人が救われた可能性
2020.03.18 Wed posted at 11:55 JST

(CNN) 中国が新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐために打ち出した厳重な対策のおかげで、大気汚染が改善されて5万~7万5000人が早死にリスクから救われた可能性があるという推計を、米スタンフォード大学の研究者がまとめた。

この推計は同大学のマーシャル・バーク准教授が、社会と環境の関係をテーマとする学術サイトの「G―Feed」に発表した。「大気汚染の減少によって中国で救われた命は、同国で今回のウイルス感染のために失われた命の20倍に上る可能性が大きい」と指摘している。

中国は大気汚染対策に力を入れているが、依然として世界の中で最悪級にランクされていた。世界保健機関(WHO)の推計では、汚染された大気に含まれる微小粒子状物質のために死亡する人は年間およそ700万人に上る。中国経済環境省によると、新型コロナウイルスの発生源となった湖北省では今年2月、大気の状態が「良好」だった平均日数が、前年同月に比べて21.5%増えた。

米航空宇宙局(NASA)や欧州宇宙機関(ESA)の衛星画像を見ても、中国の主要都市で1月~2月にかけ、車や工場、工業施設などから排出される二酸化窒素の量は激減していた。

バーク准教授は微小粒子状物質「PM2.5」に着目し、2016~19年にかけて中国の4都市で測定された大気汚染に関するデータをもとに、汚染物質は立方メートル当たり15~18マイクログラム減ったと算定した。

過剰推計を防ぐため、この減少値を10マイクログラムに抑え、都市部の住民のみが大気汚染改善の恩恵を受けると推定。2008年の北京オリンピックで中国政府が厳重な排出規制を導入した際に健康状態が改善されたことを示す過去のデータも取り入れて、影響を算出した。その結果、新型コロナウイルス対策による2カ月間の大気汚染改善のおかげで中国で救われた命は、5歳未満の子どもが1400~4000人、70歳以上の大人は5万1700~7万3000人と推定した。

ただ、新型コロナウイルス感染拡大の影響は、直接的な死者のみにとどまらず、経済状態の悪化や医療機関を受診しにくくなるなどの影響もあるとバーク准教授は言い、「パンデミックのない経済運営の中で覆い隠されていた健康面の代償が、パンデミックのせいで目に見えるようになった」と指摘している。

https://www.cnn.co.jp/world/35150996.html(2020年5月12日閲覧)

 

この記事においては、中国において都市封鎖後に工場や自動車から排出される二酸化窒素やPM2.5などの大気汚染物質が激減したことを報じている。前回のブログで指摘した東京の大気汚染の改善は、中国の汚染状況の改善が大きく寄与しているといえる。この記事は、中国の大気汚染改善という事実の指摘にはとどまらない。バーク准教授は、この大気汚染状況改善によって、大気汚染を原因として失われる中国人の命が「5歳未満の子どもが1400~4000人、70歳以上の大人は5万1700~7万3000人」と推定している。5月12日現在で新型コロナウィルス肺炎感染による中国の死亡者数は4633人と発表されておりーこの数値には疑問の余地があるがー、その10倍以上の人命が皮肉なことに新型コロナウィルス肺炎によって救われたということになる。バーク准教授は「パンデミックのない経済運営の中で覆い隠されていた健康面の代償が、パンデミックのせいで目に見えるようになった」と主張している。ただ、この記事では、経済状態の悪化や医療機関受診の困難さなど、新型コロナウィルス肺炎のパンデミックによる人々の命に対する悪影響も指摘している。

 

続いて、北部地方における爆発的な感染によって、3月9日に全土がロックダウンされたイタリアの状況をみてみよう。前回のブログで引用したウェザーニューズ社配信(4月22日)の「4月22日は地球の日(アースデイ) 新型コロナで地球環境は改善か」では、中国・アメリカ・日本の状況とともにイタリアの状況を伝えている。同記事によると、

新型コロナウイルスの感染が蔓延したイタリアでも二酸化窒素排出量が激減しました。欧州宇宙機関(ESA)が二酸化窒素排出量変化(10日間における移動平均値)の動画をホームページ上で公開しています。1月の平常時(図1)と感染が拡大して移動制限と工場操業停止が行われた3月(図2)を比較すると、特にイタリア北部地域で二酸化窒素排出量が顕著に減少していることがわかります。https://weathernews.jp/s/topics/202004/210055/(2020年5月13日閲覧)

という状況である。この状況は、たぶん、ロックダウンが実施されたスペイン・フランス・イギリスでも共通しているであろう。

続いて、アメリカの状況をみておこう。アメリカの各都市も、新型コロナウィルス肺炎の爆発的な感染を封じ込めるために、3月よりロックダウンされるようになった。それが大気汚染にどのように影響したのか。CNNは2020年3月24日に次のように伝えている。

 

米大都市の大気汚染も改善、衛星画像が映し出す新型コロナ対策の効果
2020.03.24 Tue posted at 11:31 JST

(CNN) 新型コロナウイルスの感染拡大を受けて何百万人もの米国人が在宅勤務に切り替え、学校や公共の場も閉鎖される中で、大気汚染が改善された様子を衛星画像が映し出している。

(衛星画像は省略)

衛星画像は3月の最初の3週に撮影されたもので、前年同時期に比べて米国上空の二酸化窒素の量が減ったことを示していた。米環境保護局によると、大気中の二酸化窒素は主に燃料を燃やすことによって発生し、自動車やトラック、バス、発電所などから排出される。

ウイルス感染拡大防止のために外出禁止などの厳重な対策を打ち出したカリフォルニア州では特に、二酸化窒素の濃度が目に見えて低下していた。新型ウイルスの影響が大きいワシントン州西部のシアトル周辺でも、過去数週間の二酸化窒素の濃度は大幅に減少した。

二酸化窒素の変化を表す画像は、デカルト研究所が加工した衛星画像を使ってCNNが作成した。

大気汚染の改善については、米航空宇宙局(NASA)や欧州宇宙機関(ESA)の衛星画像でも、中国が打ち出した厳重な対策のおかげで二酸化窒素の排出量が激減したことが示されていた。米スタンフォード大学の研究者は、このおかげで5万~7万5000人が早死にリスクから救われた可能性があると指摘している。

NASAの研究者は「特定の出来事のためにこれほど広い範囲で激減が見られたのは初めて」と述べ、「全米で多くの都市が、ウイルスの感染拡大を最小限に抑える対策を講じているので、驚きはない」と話している。

https://www.cnn.co.jp/usa/35151251.html(2020年5月13日閲覧)

 

アメリカでも、ロックダウン以降、二酸化窒素が前年に比べて大幅に減少したのである。この記事でも、中国が大気汚染改善により多くの人命が救われた可能性があることに言及されている。

それでは、3月25日より全土がロックダウンされたインドではどうだろうか。インドは中国と同様に大気汚染が著しいとされていた。このインドの大気汚染について、CNNは、2020年4月10日に、次のように伝えている。

 

インド北部から数十年ぶりにヒマラヤ眺望、新型コロナ対策で大気汚染改善
2020.04.10 Fri posted at 11:01 JST

(画像などは省略)

(CNN) インド北部のパンジャブ州で、200キロ近く離れたヒマラヤ山脈が数十年ぶりに見晴らせるようになり、市民を感嘆させている。同国では新型コロナウイルス対策のロックダウン(都市封鎖)で全土の大気汚染が大幅に改善していた。

同州ジャランダルや周辺地域の住民は、自宅から撮影したヒマラヤ山脈の写真をインターネットに投稿している。「インドのロックダウンのおかげで大気汚染が晴れ、ほぼ30年ぶりにヒマラヤ山脈がはっきり見える。素晴らしい」という書き込みもあった。

インドでは新型コロナウイルス対策のため工場が閉鎖され、道路から車が消え、空の便も運航を停止したため、ここ数週間で大気汚染が劇的に改善していた。

デリーでは規制が始まった初日に微小粒子状物質「PM10」が最大で44%減少。全土のロックダウンの第1週目は、85都市で大気汚染が改善した。

ジャランダルの大気の状態は、全土のロックダウンが発表されてからの17日間のうち16日で「良好」と評価されている。これに対して前年の同じ期間の17日間は、大気の状態が「良好」だった日は1日もなく、今年3月1日~17日にかけても3日しかなかった。

インドは2週間以上前から都市封鎖に入り、モディ首相は国民の外出を全面的に禁止すると発表していた。

https://www.cnn.co.jp/world/35152184.html(2020年5月14日閲覧)

 

このように、デリーではPM10がロックダウン初日から44%減少するなど、各都市の大気汚染状況は改善され、インド北部の都市であるジャランダルでは、それまで見えなかったヒマラヤ山脈が見えるようになったということである。

なお、新型コロナウィルス肺炎感染による死亡率は大気汚染によって悪化すると、ナショナル・ジオクラフィックが2020年4月11日に伝えている。もし、そうだとすると、都市封鎖ーロックダウンによる大気汚染状況の改善は、新型コロナウィルス肺炎の医療的ケアの一助にもなったといえよう

 

新型コロナの死亡率、大気汚染で悪化と判明、研究

衝撃的な影響の大きさ、だが都市封鎖で汚染は改善、緩和後の環境対策に一石
2020.04.11

 世界中で猛威をふるう新型コロナウイルスは、医療崩壊から極端な貧富の格差まで、現代社会の弱点を突きながら拡散している。しかし、無視されがちなある大問題との関係は、少々複雑だ。それは、大気汚染がパンデミック(世界的な大流行)を悪化させた一方、そのおかげで、一時的でも空がきれいになっているということだ。

 米ハーバード大学T・H・チャン公衆衛生大学院の研究者が、1本の論文を公開した。査読を受けて学術誌に発表されたものではないが、それによると、PM2.5と呼ばれる微粒子状の大気汚染物質を長年吸い込んできた人は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による死亡率が大幅に高くなるという。

 大気汚染の科学に関心を持つ人々には意外ではない。とはいえ、その影響の大きさは衝撃的だった。

 研究者らは、米国の人口の98%をカバーする約3000の郡について、大気中のPM2.5の濃度と新型コロナウイルス感染症による死者数を分析した。すると、PM2.5の濃度が1立方メートルあたり平均わずか1マイクログラム高いだけで、その死亡率(人口当たりの死者数)が15%も高かった。

「汚染された大気を吸ってきた人が新型コロナウイルス感染症にかかったら、ガソリンに火をつけるようなものです」と、論文の著者であるハーバード大学の生物統計学教授フランチェスカ・ドミニチ氏は言う。

 PM2.5は体の奥深くまで侵入して高血圧、心臓病、呼吸器障害、糖尿病を悪化させる。こうした既往症は新型コロナウイルス感染症を重症化させる。また、PM2.5は免疫系を弱体化させたり、肺や気道の炎症を引き起こしたりして、感染や重症化のリスクを高める。(参考記事:「新型コロナ、重症化しやすい基礎疾患の致死率は?」)

 ドミニチ氏らは、現在のパンデミックの中心地であるニューヨーク市のマンハッタンを例に、大気汚染の影響を説明した。マンハッタンではPM2.5の平均濃度が1立方メートルあたり11マイクログラムあり、4月4日時点で1904人の死者が報告されている。

 研究チームの推算によると、過去20年間のPM2.5の平均濃度があと1マイクログラムでも少なければ、死者数は248人も少なかったはずだという。もちろん、犠牲者の数は4月4日以降も増え続けている。

https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/20/041000226/(2020年5月15日閲覧)

 

このように、新型コロナウィルス肺炎の爆発的な感染を抑え込むために世界の各地域で行われた都市封鎖ーロックダウンは、皮肉なことに、近年の世界的課題であった地球環境の改善に一時的ではあれ肯定的な結果をもたらした。中国などの例によれば、新型コロナウィルス肺炎感染による死亡者の10倍以上が、大気汚染による死亡から救われたことになる。こうなると、そもそも、新型コロナウィルス肺炎パンデミック以前の世界とは何であったかという問いが惹起せざるを得ないのである。

さて、次回は、新型コロナウィルス肺炎対策としての都市封鎖ーロックダウンが、動物の世界にどのような影響を与えたかをみておこう。

 

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2015年5月4日、日本政府が「世界文化遺産」に推薦していた「明治日本の産業革命遺産」について、ユネスコの諮問機関であるイコモスが、登録が適当と勧告した。そのことを伝える毎日新聞のネット配信記事をみておこう。

世界文化遺産:「明治日本の産業革命遺産」に登録勧告
毎日新聞 2015年05月04日 20時21分(最終更新 05月05日 01時02分)

 ◇登録なら15件目 自然遺産も含めると国内19件目に

 日本が世界文化遺産に推薦していた「明治日本の産業革命遺産 九州・山口と関連地域」(福岡、長崎、静岡など8県)について、世界遺産への登録の可否を調査する諮問機関「国際記念物遺跡会議」(イコモス、本部・パリ)は4日、「登録が適当」と国連教育科学文化機関(ユネスコ)に勧告した。

 勧告は「西洋から非西洋国家に初めて産業化の伝播(でんぱ)が成功したことを示す」「1853年から1910年までのわずか50年余りという短期間で急速な産業化が達成された段階を反映している」として普遍的価値があると評価した。6月にドイツのボンで開かれる第39回ユネスコ世界遺産委員会で正式決定する。イコモスが登録を勧告した場合、世界遺産委員会でもそのまま認められる可能性が極めて高い。

 「産業革命遺産」が登録されれば、日本の世界文化遺産は昨年の「富岡製糸場と絹産業遺産群」(群馬県)に続き15件目、世界自然遺産も含めた世界遺産は国内19件目となる。

 産業革命遺産は、通称「軍艦島」で知られる「端島(はしま)炭坑」(長崎市)▽長州藩が西洋式帆船を造るために設置した「恵美須ケ鼻造船所跡」(山口県萩市)▽薩摩藩が手がけた機械工場や反射炉の遺構で構成する「旧集成館」(鹿児島市)▽幕末に実際に稼働した反射炉で国内で唯一現存する「韮山(にらやま)反射炉」(静岡県伊豆の国市)−−など、日本の近代工業化を支えた炭鉱、製鉄、造船などの23施設で構成される。

 このうち稼働中の施設(稼働資産)は、官営八幡製鉄所(北九州市)▽三菱長崎造船所(長崎市)▽橋野鉄鉱山・高炉跡(岩手県釜石市)▽三池港(福岡県大牟田市)−−など8カ所あり、日本の世界遺産候補では初めて入った。

 勧告は遺産の名称を「明治日本の産業革命遺産 製鉄・鉄鋼、造船、石炭産業」と変更するよう求めた。さらに、端島炭坑について優先順位を明確にした保全措置の計画の策定▽各施設での来訪者の上限数の設定▽来訪施設の増設・新設の提案書の提出−−などを勧告した。イコモスは、各国から世界遺産に推薦された案件の価値を評価する専門家組織で、昨年9〜10月に産業革命遺産を現地調査した。

 今年の世界文化遺産登録を巡っては、政府内で、内閣官房が推薦する「産業革命遺産」と、文化庁推薦の「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」(長崎、熊本両県)が検討対象になった。推薦は各国で年1件のため菅義偉官房長官の「政治判断」で産業革命遺産が選ばれた。「長崎の教会群」は2016年の登録を目指している。【三木陽介】
http://mainichi.jp/feature/news/20150505k0000m040041000c.html

この「産業革命遺産」には、産業革命と関係が薄い山口県萩市の松下村塾(吉田松陰が開いた私塾で伊藤博文などを輩出した)というものも含まれているのだが、中心は、製鉄・造船・石炭産業などの分野における産業革命の「遺産」ということになっている。イコモスは「西洋から非西洋国家に初めて産業化の伝播(でんぱ)が成功したことを示す」「1853年から1910年までのわずか50年余りという短期間で急速な産業化が達成された段階を反映している」と評価している。いわば、非西洋地域における「産業化」=「近代化」を「顕彰」しようということなのであろう。

といって、これらの「遺産」についてプラスの面だけで評価すべきなのだろうか。例えば、これらの「遺産」に含まれている元官営八幡製鉄所について、宮本憲一『戦後日本公害史論』(岩波書店、2014年)に依拠してみてみよう。確かに、1896年に建設が決定され、1901年に稼働した八幡製鉄所は、当時において「東洋最大の製鉄所」であった。建設当時は1229人しかいなかった八幡村は、1907年に市制を施行し、戦時期には人口30万人になっている。戦後、高度経済成長初期までは、通産大臣が就任の際、八幡製鉄所に挨拶にいったという。宮本は「鉄は産業の米であり、鉄は国家である」という戦前からの支配力は変わらなかったと評している。

 他方で、煤煙などの大気汚染は深刻であった。1960年前後、工業地帯では1㎢あたり月50トン以上の煤塵が降下したという。健康維持のためには10トン以下でなくてはならないというから、その五倍以上なのである。煤塵の重みで住宅の瓦が落ちることもあったという。そして、八幡の雀は黒いとされていた。

しかしながら、八幡製鉄所は、そういう大気汚染にまったく責任を感じていなかった。『八幡製鉄所五十年史』は、次のように言っている。

半世紀を通じ八幡市には製鉄所を対象として煤煙問題は起こらなかった。波濤を焦がす炎も、天にみなぎる煙もそれは製鉄所の躍進であると同時に八幡市の歓喜であった。八幡市と製鉄所の50年の連鎖は、類なき完璧を示したものといことができる。(『八幡製鉄所五十年史』、1950年)

煤煙は製鉄所の躍進を示すものであり、八幡市の歓喜の対象であるというのである。

さすがに、戦後には、大気汚染などの公害を防止する動きが生まれた。1955年、八幡市などを所管する福岡県は福岡県公害防止条例を制定した。しかし、福岡県経営者協会は、現状の至上課題は鉱工業の拡大発展であり、公害防止条例の運用によってそれらが阻害される恐れがあるので、原則的態度として条例施行は時期尚早であると要望した。

1955年には九州大学が八幡市を中心として大気汚染の観測をはじめたが、何者かの手によって観測機が全機破壊されるという事件が起きた。宮本憲一は、当時の福岡県衛生部の公害担当部技師の証言をかきとめている。この事故の際、技師は
八幡製鉄所最高責任者に、条例ができた以上、こういう暴力的抵抗は困ると申し入れた。ところが、八幡側は、自分の会社がやったことではないとしながら、「八幡市に住んでいて製鉄所に文句をいう者は市から出ていってもらう、公害で困るというなら、補償金を出して文句をいう人の土地を買ってしまう」(宮本憲一『戦後日本公害史論』、2014年)と豪語したという。技師は宮本に「ここは法治国家か」と嘆いたという。結局、1958年から煤煙対策が行われ、ようやく1963年にかけて電気集塵機設置などが進められ、燃料が石炭から石油に転換することもあって、煤煙対策は進められるのだが、こんどは燃料の石油による二酸化硫黄による大気汚染が激しくなったということである。

このように、八幡製鉄所は、産業振興を目的として大気汚染などの環境破壊をすすめ、それどころか、地域内で異議申し立てする人々を追放することも辞せないという、日本の産業化の負の面を代表してもいるのである。

もちろん、イコモスのいうように産業化のプラスの面を評価することもできるだろう。どれほど、日本の産業化過程に批判的な見解をもったとしても、やはり「産業化」は現代日本社会の前提である。他方、日本の近現代の「文化財」対策については、なんらかの「お墨付き」がないと恣意的に破壊されたり、改造されたりするということもある。その意味で、今回の「産業革命遺産」は、松下村塾のごとき趣旨に無関係なものは別として、日本の産業化過程の正と負の二側面に思いをいたすものとしてとらえるべきだと私は考える。

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