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2011年7月25日、数名の友人たちと多賀城市を訪れた。

陸奥国府である多賀城は869年の貞観地震で破壊されたというところである。そのことを伝える『日本三大実録』の現代語訳をここでのせておく。

5月26日癸未の日、陸奥国で大地震が起きた。(空を)流れる光が(夜を)昼のように照らし、人々は叫び声を挙げて身を伏せ、立っていることができなかった。ある者は(倒壊)家屋の下敷きとなって圧死し、ある者は地割れに呑み込まれた。驚いた牛や馬は奔走したり互いに踏みつけ合うなどし、城や数知れないほどの倉庫・門櫓・牆壁[10]などが崩れ落ちた。雷鳴のような海鳴りが聞こえて潮が湧き上がり、川が逆流し、海嘯が長く連なって押し寄せ、たちまち城下に達した。内陸部まで果ても知れないほど水浸しとなり、野原も道も大海原となった。船で逃げたり山に避難することができずに千人ほどが溺れ死に、後には田畑も人々の財産も、ほとんど何も残らなかった。
(http://www.weblio.jp/wkpja/content/%E8%B2%9E%E8%A6%B3%E5%9C%B0%E9%9C%87_%E8%B2%9E%E8%A6%B3%E5%9C%B0%E9%9C%87%E3%81%AE%E6%A6%82%E8%A6%81より)

2011年3月11日もこの地は地震・津波で被災した。6月24日の集計では、死者187名、行方不明者3名、全壊家屋1549棟、半壊家屋2353棟、一部損壊は948棟となっている。まさに、多賀城の城下にあたる多賀城市八幡の津波被災を伝える動画を以下に示す。

(<iframe width="425" height="349" src="http://www.youtube.com/embed/OrsYTS7TUqQ&quot; frameborder="0"より)

現在、現地に行ってみると、国府多賀城跡そのものは高台にあり、貞観地震でも東日本大震災でも津波被災は受けなかったと思われる。

多賀城跡遠望

ただ、遺跡の一部で開発が規制されていると思われる場所(平時には駐車場であるように思われる)が瓦礫の集積場になっていた。

多賀城跡周辺の瓦礫集積場

多賀城跡周辺の瓦礫集積場

ただ、この地域では、さすがに復興にむけた動きが目立った。多賀城市には仮設住宅が建設されている。

多賀城市の仮設住宅

多賀城市の仮設住宅

また、激甚な津波被災を受けたと思われる多賀城市八幡も、かなり商店が復興していた。

7月25日現在の多賀城市八幡

7月25日現在の多賀城市八幡

よくここまで復興したという感がある。

しかし、より海岸部は、津波被災の爪痕をまだみることができる。さすがに仙台塩釜港は再開していたが、その周辺は、まだかなり荒涼としていた。夏なので、草が成長していたが、いまだ、自動車や木などが散乱している。ここでは、仙台市宮城野区蒲生前通の景況を示しておく。

仙台市宮城野区蒲生前通

仙台市宮城野区蒲生前通

ここも、被災直後は、こんな状態であった。

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