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本書は、大阪のコリアンタウン鶴橋における、「在日特権を許さない市民の会」(在特会)の街頭宣伝の情景から始まる。

コリアンの人びとがたくさん住み、生活している鶴橋の街角で、在特会の人びとは、「日の丸」を打ち振りながら、このように叫んでいる。

「大阪ではね、1万人を超える外国人が生活保護でエサ食うとるんですよ。生活保護でエサ食うとるチョンコ、文句あったら出てこい」

「チョンコどもは、厚かましく生活保護を申請するんです。なんで外人に生活保護支給しなくちゃならないんですか。いいですか、みなさん、日本では一年間に3万人が自殺しています。その多くが自殺しています。その多くが生活苦で自殺しているんですよ。日本人がね、生活が苦しくて死んでいる状況で、大阪では1万人の外人が生活保護もらってるんです。だったら、せめてチョンコは日本人に感謝せえよ! 強制連行で連れてこられただのなんだの、日本に対して謝罪や賠償ばかり求めているのが朝鮮人じゃないですか。オマエたちに民族としての誇りはないんか? 祖国に戻って生活保護をもらえ! 日本人からエサもらいたかったら、日本に感謝しろ!」

「何百人も北朝鮮に拉致されたんですよ、日本人が! 外人がね、いきなり日本に入ってきて拉致なんかできますか? 日本で手を引いたチョンコと反日日本人がおるんですよ。だから何百人もやられたんだ! こいつらね、ぶち殺さないとあかんのです! 怒れ、日本人! 立ち上がれ、日本人! 聞いてるか、こら、チョンコ!」

「在日朝鮮人は強制連行だなんだと、いまだにわけのわからないことを言ってます。謝罪だ、賠償だと騒いでいる! 日本人は在日にバカにされているんです! そんなに日本が嫌いならば、在日は祖国に帰ってください! ウソまでついて、そんなにお金が欲しいのですか。在日は!」
(本書p4〜5より抜粋)

このようなクライムが、日本の街頭で公言されているのである。そして、それは、鶴橋だけでなく、東京の新大久保や、市井のパチンコ屋の前などでも叫ばれているのである。ここでは、安田の著書から引用したが、同種のクライムは、在特会のサイトにアップされている動画でいくらでもみることができる。このような街頭でのクライムを動画にアップすることで、在特会はポピュラリティを獲得してきたと安田は述べている。実際、本日(2013年3月17日)、新大久保における在特会のデモを私はみたのだが、そこにおいても、「朝鮮人皆殺し」というプラカードを掲げていたり、「チョンコ」などと連呼している人を発見したりした。

安田は、このように書いている。

 

彼らは「ファシスト」「レイシスト」「ネオナチもどき」などと非難されることが多い。私もその通りだとは思う。彼らが街頭でしていることは「レイシズム」以外の何者でもない。容赦ない言葉の暴力で、どれだけの人が傷ついたことだろうか。その被害者の怒りを私は共有したい。(本書p316)

しかし、このような集団である在特会の人びとにたいして、安田は一方的につきはなしていない。安田は在特会の一人一人はどんな人間なのかと聞かれた際、「活動の場を離れれば、普通の人たちですよ。いろんなことに悩んだり、喜んだり……。要するに僕と同じです」(本書p8)と答えている。もちろん、「普通」だからいいというわけではない。安田は、「いや、ファシズムもレイシズムも、実際にはそうした『フツー』の人々によって育まれていくものなのだろうかとも考えてみる」(本書p316)

そして、在特会の個人個人に対する綿密でかつ人間的な取材を行い、それぞれの個人がなぜ在特会の活動を担うようになっていったのかを分析している。本書の優れた点は、ある意味では、在特会のような集団を内在的に分析していたということにあるといえる。

安田は、在特会の多くの人びとについて、自身は被害者であるという意識が強いと指摘する。彼らは、大手メディア、公務員(教師を含む)、労働組合、グローバル展開する大企業、その他左翼一般、外国人を加害者として措定し、それらの被害者だと自らを位置づける。そして、この「加害者」への「階級闘争」を実践していく彼ら自身は思っているとしている。彼らは、彼ら自身が生きづらい世の中をつくった「戦後体制」への反逆者として自認しているとしている。その底には、このような「闘争」を担うことによって人びとから認められたいという「承認要求」があると安田は指摘する。

その反面に、安田は「本来、『奪われた』と感じる者の受け皿として機能してきたのは左翼の側だった。ところが、いまやその左翼がまるで機能していない」(本書p345)ということがあると主張している。

そして、在日コリアンなどを攻撃する理由について、安田はこのように述べている。

 

その一方で彼らが在日コリアンや部落解放同盟を執拗に攻撃するのは、それが「タブー破り」の快感であると同時に、「朝鮮人のくせに」「被差別部落の住民のくせに」一定の発言力と影響力が担保されていると思い込んでいるいるからである。
 会員のなかには、世の中の矛盾をひもとくカギを、すべて「在日」が握っていると思い込んでいる者が少なくなかった。一部の者は、政治も経済も裏で操っているのは在日だと、本気で信じている。それを前提に、在特会こそが虐げられた人々の味方なのだと訴える。(本書p355)

もちろん、こういうことは「ありえないこと」なのだが、こういう「ありえないこと」こそ「真実」とし、「逆さまの世界」を在特会の人びとは生きているといえよう。そして、必ずしも在特会が組織したわけではない、2011年のフジテレビに対する「嫌韓流デモ」など、在特会以外にも、こういう雰囲気が流通していると安田は指摘している。

このように、安田の分析は、在特会の人びととある意味で「人間的な交流」をしながら、その意識を内在的につかもうとしているといえる。ある意味で、等身大な「在特会」像を創造したといえる。そして、それは、安田自身も、読者である私にも通底している存在として、在特会を描き出しているのである。

それでも、釈然としない思いが残る。彼らが、自分たちを虐げてきた「加害者」たちへの「闘争」を行い、そのことによって、人びとからの承認を得ようとしている内在的な動機は理解できる。しかし、なぜ、その攻撃対象の一番手に「在日」コリアンがあがるのだろうか。

それは、冒頭で引用した、在特会の街頭宣伝を読んだり、彼らの動画をみていても感じる。なぜ、ここまで、在日コリアンに対して「差別的」なんだろうかと。

さらに、「在日」コリアンが「日本」を支配しているという「思い込み」についても、不思議な思いがする。マスコミ、公務員、労働組合、左翼一般が支配しているというなら、「思い込み」でも了解はできる。しかし、その最初に、なぜ「在日」コリアンがあがるのだろうか。

このことは、それこそ、関東大震災の朝鮮人虐殺にまでさかのぼることができ、在特会が存在する以前からあった、在日コリアンへの差別意識を前提にしなくては、理解できないのではなかろうか。といっても、それが、どのように作用しているのか、ここでは、提示できないのだが。

ナチスドイツの反ユダヤ主義も、ナチスがすべて創出したというわけではないだろう。ドイツ社会にすでにあった反ユダヤ意識と、第一次世界大戦後から大恐慌にかけてのドイツ社会の苦境が結びついて確立していったものではなかろうか。

安田は、本書のプロローグに次のように書いている。

しかし、いつまでたっても消えることのない疑問が頭のなかを駆け巡る。
そもそも、いったい何を目的に闘っているのか。いったい誰と闘っているのか。
相槌の代わりに、私もまた、ため息を漏らすしかなかった。(本書p9)

安田の書は、この問いにかなり答えたといえる。しかし、読み終わっても、いまだ、もやもやした思いが消え去ることはないのである。

安田浩一『ネットと愛国 在特会の「闇」を追いかけて』(講談社 2012年 1700円)

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