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山本太郎参院議員が園遊会において福島原発事故について訴えた手紙を天皇に手渡した「事件」の決着が11月8日についた。そのことを伝える毎日新聞のネット配信記事をみておこう。

山本太郎氏処分:天皇の「政治利用」議論深まらず 
毎日新聞 2013年11月08日 23時49分(最終更新 11月08日 23時56分)

 秋の園遊会で山本太郎参院議員(無所属)が天皇陛下に原発事故の現状を訴える手紙を手渡した問題は8日、山崎正昭参院議長が山本氏を厳重注意し、皇室行事の出席を禁止する処分を伝え、ひとまず決着した。与野党は前例のない山本氏の行動を「非常識な行為」と位置付けたものの、調整は「懲罰」に傾き、政治的に中立な天皇の「政治利用」に関する論議は深まらなかった。

 「参院議員として自覚を持ち、院の体面を汚すことがないよう肝に銘じて行動してほしい」

 山崎氏は8日昼、国会内に山本氏を呼び、こう諭した。山本氏は「猛省している」と陳謝した。これまでに山本氏は手紙を手渡した理由として、福島第1原発事故に関して「子供たちの健康被害、原発作業員の労働環境の実情を伝えたかった」と述べ、「政治利用ではない」と釈明していた。

 憲法は国民主権を原則としており、4条で「天皇は国事行為のみを行い、国政に関する権能を有しない」と定めている。しかし、山本氏の行動は原発事故対応という政治課題に天皇陛下を巻き込んだともいえ、「文書を手交すること自体が政治利用ではないか」(石破茂自民党幹事長)との批判が浮上。自民党からは自発的辞職を求める強硬論も出ていた。

 ただ、前例のない事態のため、政治利用に該当するかどうかまで踏み込んだ議論に至らないまま、結論までに1週間を要した。参院議院運営委員会の理事会では「憲法などに照らして懲罰には値しない」(共産党)として、厳罰処分には慎重な意見もあった。

 皇室の政治利用を巡っては、これまでも議論が続いてきた。高円宮妃久子さまの9月の国際オリンピック委員会(IOC)総会への出席や、天皇陛下が出席する形で4月に安倍政権が開いた「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」は、いずれも政権の意向や要望に沿ったもので、野党側は「政治利用に当たる」と批判している。

 昭和史や皇室の歴史に詳しいノンフィクション作家の保阪正康さんは「山本氏の行動は国会議員の資質に欠けるが、政治利用というのは一定勢力による行為を言い、今回は違う」と指摘。その上で「一部で処分を議論するより、皇室と政治のあり方について山本氏に所信を述べさせるなど、国会全体で議論すべきだった」と話した。【影山哲也、飼手勇介】http://mainichi.jp/select/news/20131109k0000m010130000c.html

結局のところ、「皇室行事への参加禁止」ということになった。そもそも、国政の権能を有さない天皇に対して国政上のことを記した手紙を国会議員が手渡すこと自体が不適当であるが、「園遊会」自体が憲法上の公的儀式ではないともいえる。私自身は、山本太郎の行為は明白な違法性はなく、そのことについて特別のペナルティーを課すべきではなかったと思う。すでに、このブログで述べたように、2004年の園遊会において「政治利用」的発言をした東京都教育委員の米長邦雄は、与野党とも責任を問う声は全くなく、朝日新聞が「政治利用」にあたるのではないかと社説で批判したが、ペナルティーが必要とまでは論じていない。1901年の田中正造の「直訴」も、すでに議員は辞職しており、不敬罪にあたるのでないかという声もあったが、意志においても行為においても不敬にはあたらないとして、結局無罪であった。

結局、山本太郎の「皇室行事への参加禁止」ということになったが、そのことの「不当性」はともかくとして、自民党を中心とした山本太郎を批判した政治家たちの「気分」をうまく現したものだと考える。

彼らの主張である、憲法の規定にしたがって天皇の政治利用をすべきではないということは、元々は彼らが言ってきたことではない。たとえば、2004年の米長邦雄発言に対する朝日新聞の批判のような、彼らが「対峙」していると思っている側の論理をかりたものでしかないのである。主権回復の日式典への天皇出席やIOC総会における高円宮妃出席など、政権与党は合法的に「政治利用」してきた。そして、また、2004年の米長発言に対しては、内閣とは無関係であったにもかかわらず、与野党とも批判すらしていなかった。「天皇の政治利用」について、自分たちの側が行う限り、批判することはなかったのである。

結局のところ、山本太郎という、反原発派であり自分たちの対極にあると考えられる議員が、「天皇の政治利用」と目される行為をしたということに憤激したといえるのではなかろうか。そして、彼らとしては、山本の「自発的辞職」を期待したが、そうはならなかった。しかし、正式に懲罰動議にかけるとなると、「天皇の政治利用」自体が懲罰理由になりうるという先例を残してしまう。それゆえ、正式な懲罰ではなく、ほとんど法的根拠が希薄な「皇室行事への参加禁止」という措置になったのだと思う。

そして、また、山本太郎個人への「皇室行事への参加禁止」ということは、山本太郎に批判的な議員の本音をよく現しているといえる。つまり、天皇に近付いて、「政治利用」をするなと、山本太郎個人に命じたのであって、「政治利用」自体は禁止されてはいないのである。そういう意味をもった「皇室行事への参加禁止」なのである。

そして、「皇室行事への参加禁止」ということは、たぶん直接には山本太郎の参院議員としての職務遂行には影響しないことであるといえる。園遊会などは、もちろん国政ではないが、さりとて憲法上の国事行為でもない。そういうことは、本来の「政治」ではないのである。このことが、帝国憲法とは違った日本国憲法体制の特質を語っているといえる。

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山本太郎が園遊会にて天皇に手紙を渡した件については、参院が何らかの処分をするだろうということが伝えられている。例えば、日本経済新聞は、次の記事をネット配信している。

山本太郎氏「議員辞職しない」 参院が処分検討
2013/11/5 19:16

 参院議院運営委員会の岩城光英委員長は5日、天皇陛下に手紙を渡した山本太郎参院議員と会い、出処進退に関する意見を聞いた。山本氏は「自分自身で職を辞することはない」と述べた。議運委は6日の理事会で、山本氏の処分を検討する。
http://www.nikkei.com/article/DGXNASFS0502G_V01C13A1PP8000/

さて、今回の園遊会において山本太郎が天皇に原発関連の手紙を手渡したことが「天皇の政治利用」にあたるとされた件の前例の一つとして、このブログでは、2004年10月園遊会における東京都教育委員を勤めていた米長邦雄の発言をあげた。もう一度、朝日新聞の記事(2004年10月28日配信)をみておこう。

国旗・国歌「強制でないのが望ましい」天皇陛下が園遊会で

 天皇陛下は28日の園遊会の席上、東京都教育委員を務める棋士の米長邦雄さん(61)から「日本中の学校で国旗を掲げ、国歌を斉唱させることが私の仕事でございます」と話しかけられた際、「やはり、強制になるということではないことが望ましい」と述べた。

 米長さんは「もうもちろんそう、本当に素晴らしいお言葉をいただき、ありがとうございました」と答えた。

 天皇が国旗・国歌問題に言及するのは異例だ。

 陛下の発言について、宮内庁の羽毛田信吾次長は園遊会後、発言の趣旨を確認したとしたうえで「陛下の趣旨は、自発的に掲げる、あるいは歌うということが好ましいと言われたのだと思います」と説明。さらに「国旗・国歌法制定時の『強制しようとするものではない』との首相答弁に沿っており、政策や政治に踏み込んだものではない」と述べた。

 「日の丸・君が代」をめぐっては、長年教育現場で対立が続いてきた。東京都教委は昨秋、都立校の式典での「日の丸・君が代」の取り扱いを細かに規定し、職務命令に従わない教職員を大量に処分。99年に教育委員に就任した米長さんは、こうした方針を推進する発言を繰り返してきた。

(10/28)
http://www.asahi.com/edu/news/TKY200410280332.html

この件につき「ネット記事などを参照できないので、もはや記憶でしかいえないのであるが、この米長について、教育委員などの公職を辞任せよという声はなかったように思う」と、前々回のブログでは述べた。その後、当時の三大紙(朝日新聞・毎日新聞・読売新聞)をあたってみた。この三大紙のうち、読売新聞は、10月29日付朝刊でほとんど論評ぬきに小さく園遊会でのやり取りを伝えている。

毎日新聞は10月29日付朝刊の1面でこのやり取りを伝えているとともに、同日夕刊において当時の閣僚の反応も報道しているが、朝日新聞ほどではない。

朝日新聞は、最も詳しくこの件を報道している。10月28日付で発信された前述の記事は10月29日付朝刊に掲載された。その後、閣僚などの反応も比較的詳しく伝えるとともに、この件を社説にとりあげて論評している。そこで、ここでは、朝日新聞を中心にみていくことにしたい。

前述のように、10月29日付朝刊で第一報を伝えた朝日新聞は、同日付夕刊で、当時の小泉自民党内閣の閣僚らの発言を伝えている。まず、それをみておこう。

憲法の趣旨「反しない」 陛下発言で閣僚ら

 天皇陛下が園遊会で、国旗・国歌について「強制になるということではないことが望ましい」と発言したことについて、29日午前の閣議後の記者会見で、閣僚の発言が相次いだ。細田官房長官は「宮内庁からは、これまでの政府見解とも一致しており、特定の施策について見解を述べたものではない、との報告を受けている。特に問題ないと考えている。天皇陛下は象徴としてのお立場を十分ご理解になったうえでご発言になっており、天皇は国政に関する権能を有しないという憲法の趣旨に反することはない」と述べた。
 細田長官は、教育現場で国旗・国歌が強制されている現状が発言につながったのではないかという見方について、「あまり憶測することは適当ではない気がする」と述べるにとどめた。
 中山文部科学相は「国旗・国歌については、喜んで自発的に掲揚したり斉唱したりすることが望ましいと言うことを述べられたのだと思う」と語った。東京都教委が「日の丸・君が代」の扱いに絡んで、昨秋、職務命令に従わない教職員を大量に処分したことについては「校長が学習指導要領に基づいて、法令の定めるところに従って、所属する教員に対して職務を命ずることは、当該教職員の思想信条の自由を侵すことにはならない」との見解を繰り返した。
 南野法相も「陛下は国旗・国歌(の掲揚・斉唱)は自ら進んで行うのが望ましい、という気持ちをおっしゃったのだと思う」と語った。東京都教委の処分については「おひとりおひとりの価値観。自主性にお任せしてもいいのではないか」と述べた。

この記事では、まず、基本的に、「国旗・国歌は強制でないのが望ましい」という天皇の発言が国政上の問題にふれたもので、憲法に抵触するかいなかということが問われていて、閣僚らは「憲法に抵触しない」と答えているといえよう。そして、米長の発言が「天皇の政治利用」にあたるのではないかとだれ一人指摘していないのである。そして、中山成彬文科相(当時)は、米長ら東京都教委が推進していた国旗・国歌政策を支持してもいるのである。

そして、10月30日付朝日新聞朝刊では、小泉純一郎首相(当時)と岡田克也民主党代表(当時)の対応が報道されている。

天皇の国旗・国歌発言 「ごく自然に受け止めを」 首相

 天皇陛下が秋の園遊会で学校での国旗・国歌について「強制になるということではないことが望ましい」と述べたことについて、小泉首相は29日、「ごく自然に受け止められたいいんじゃないですか。私もそう思いますね。あまり政治的に取り上げない方がいいんじゃないですか」と語った。首相官邸での記者団の質問に答えた。

「陛下のお考え伝わる方向に」 民主・岡田代表

 民主党の岡田代表は29日、天皇陛下が園遊会の席上、国旗・国歌問題で「やはり強制になるということが望ましい」と発言したことについて「陛下も人間ですし、当然いろんなお考えをお持ちですから、何も言えないということはおかしいと思う。一般論として申し上げるが、自由に自分の考えが伝えられるような方向に持っていくべきじゃないか」と語った。視察先の横浜市青葉区で記者団が「天皇の政治的発言という声もあるが、どう思うか」と質問したのに答えた。

このように、立場は違うが、両者とも天皇の発言を擁護するということでは一貫している。そして、両者とも、米長の園遊会での発言自体を問題にしたとは報道されていないのである。

閣僚も野党党首も、米長の発言を「天皇の政治利用」という意味で批判しない中、朝日新聞は社説「国旗・国歌 園遊会での発言に思う」(2004年10月30日付朝刊)で、米長の発言を批判した。この社説では、園遊会でのやりとりを伝え、天皇の発言は政府見解にそったもので憲法の趣旨に反しないと主張した後、次のように述べている。

 

今回の場合、波紋の原因はむしろ、米長さんが国旗・国歌のことを持ち出したところにあるのではないか。
 米長さんが委員を務める東京都教育委員会は、今春の都立校の卒業式で国旗を飾る場所や国歌の歌わせ方など、12項目にもわたって事細かく指示し、監視役まで派遣した。そして、起立しなかった250人の教職員を処分した。処分を振りかざして国旗の掲揚や国歌の斉唱を強制するやり方には、批判も多かった。
 国旗・国歌のように鋭い対立をはらんでいる問題は、天皇の主催行事である園遊会の場にふさわしくない。
 米長さんの発言に対して天皇陛下があいまいな応答をすれば、そのこと自体が政治的に利用されかねない。陛下が政府見解を述べたことは、結果としてそれを防いだとも言えよう。
 米長さんの発言は「教育委員のお仕事、ご苦労さまです」という陛下の言葉に答えて飛び出した。国旗・国歌問題を意図的に持ち出したどうかはわからない。もし意図的でなかったとしても、軽率だった言わざるを得ない。
 東京都の石原知事は「天皇陛下に靖国神社を参拝していただきたい」と述べている。靖国参拝は外交にも絡む大きな政治問題だ。とても賛成できない。宮内庁が慎重な姿勢を示したのは当然だ。
 天皇が政治に巻き込まれば象徴天皇制の根幹が揺らぐ。園遊会発言を機に、このことをあらためて確認したい。

このように、朝日新聞は、米長の発言を「政治利用」につながりかねないと批判したのである。

さて、ここでまとめてみよう。米長邦雄が園遊会で発言した際、そのこと自体が「天皇の政治利用」にあたるとは、小泉自民党内閣の首相、閣僚たちも、野党民主党の党首も、指摘していなかった。ゆえに、当時の与野党のだれからも、米長邦雄に東京都教育委員などの公職の辞任をせまる声は出ていないのである。

といっても、朝日新聞の社説にみるように、米長の発言が「天皇の政治利用」にあたるのではないかという意見は出ていた。しかし、それでも、その発言ゆえに公職を辞任せよとまではいっていないのである。

今回の山本太郎の場合、今度は与党の閣僚や議員を中心に「天皇の政治利用」を意図したと批判され、参議院議員の辞職要求まで出ている。その論理は、まるで2004年の米長発言を批判した朝日新聞の社説を読んでいるようだ。

結局、園遊会で天皇に伝えようとした内容にしたがって評価が違っているというしかないだろう。学校現場で国旗掲揚、国歌斉唱を進めるという米長の発言にはペナルティーが課せられることはなく、原発問題の深刻さを伝えようとして手紙を渡そうとした山本の行動については議員辞職も含めたペナルティーが要求されている。

内閣を通じて表明されていないことは同じだが、国旗・国歌ならば「政治利用」ではなく、原発問題ならば「政治利用」とされる。まさに、ここで、「天皇の政治利用」についてのダブルスタンダードが明白に現れているのである。

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さて、山本太郎の行動に対する閣僚や議員たちの反応は前回のブログでみてきた。しかし、いわゆる「識者」という人びとの対応では、二様の評価に分かれている。まずは、朝日新聞がネット配信した記事をみてみよう。

山本太郎議員の行動、識者の見方は 園遊会で陛下に手紙
2013年11月2日08時01分

 10月31日の園遊会で、天皇陛下に手紙を渡した山本太郎議員の行動について、明治時代に天皇に直訴した田中正造になぞらえる向きもある。元衆院議員の田中は1901年、足尾銅山(栃木県)の鉱毒に苦しむ農民を救おうと明治天皇の馬車に走り寄り、その場でとらえられた。

陛下に手紙「政治利用」か?
 「田中正造における憲法と天皇」の論文がある熊本大の小松裕教授(日本近代思想史)は、(1)田中は直前に辞職し個人で直訴したが、山本氏は議員の立場を利用した(2)明治天皇には政治権力があったが、今の天皇は象徴で何かできる立場ではない、という点で「同一視できない」とみる。

 山本氏には「公人の立場を考えるべきだった」と指摘しつつ、政府内の批判にも違和感があるという。天皇陛下が出席した4月の主権回復式典を踏まえ、「政府の方こそ利用しようとしており、あれこれ言う資格はない」。

 一方、栃木県の市民大学「田中正造大学」の坂原辰男代表(61)には、環境や住民を顧みず開発を続けた当時の政府と、福島で大きな被害を出しながら原発再稼働を進める現政権が重なる。「善悪の判断は難しいが、正造が生きていたら同じ行動をしたと思う」

     ◇

■批判、公平でない

 山口二郎・北海道大教授(政治学)の話 今の天皇、皇后のお二人は戦後民主主義、平和憲法の守り手と言っていい。しかし主張したいことは市民社会の中で言い合うべきで、天皇の権威に依拠して思いを託そうと政治的な場面に引っ張り出すのは大変危うく、山本議員の行動は軽率だ。一方で、主権回復式典の天皇出席や五輪招致への皇族派遣など、安倍政権自体が皇室を大規模に政治利用してきた中、山本氏だけをたたくのは公平ではない。山本氏も国民が選んだ国会議員であり、「不敬」だから辞めろと言うのは、民主主義の否定だ。

■政治利用と言うには違和感

 明治学院大の原武史教授(政治思想史)は、「今回の行為を政治利用と言ってしまうことには違和感がある。警備の見直しについても議論されるなど大げさになっており、戦前の感覚がまだ残っていると感じる。政治利用というならば、主権回復の日の式典に天皇陛下を出席させたり、IOC総会で皇族に話をさせたりした方がよほど大きな問題だと感じる」と話した。

 原教授は自身のツイッターで、「山本太郎議員の『直訴』に対する反発の大きさを見ていると、江戸時代以来一貫する、直訴という行為そのものを極端に忌避してきたこの国の政治風土について改めて考えさせられる」ともつぶやいた。
http://www.asahi.com/articles/TKY201311010580.html

この朝日新聞の記事は、①先行者とされる田中正造との関連における評価、②現代の社会状況における評価を二組の識者に聞いたものである。①については、小松裕が田中正造と同一視できないと答えているが、坂原辰男は現政権と足尾鉱毒事件時の明治政府の対応は重なっており、田中正造が生きていたら同じ行動しただろうとしている。

②については、どちらも現政権の政治利用のほうが問題は大きいとしながらも、山口二郎が天皇の権威を利用して主張すべきではなく山本の行動は軽率だと批判しているのに対し、原武史は政治利用というには違和感がある、前近代以来直訴というものを忌避してきた日本の政治風土の問題であるとした。

この朝日新聞の記事では、歴史的にも、現状との関連においても、山本の行動への評価は大きく二つに分かれている。これは、私が個人的に使っているフェイスブックを通じて表明される「友達」の反応もそうなのだ。ある人たちは反原発運動を進めるためや、政府による「天皇の政治利用」の問題性をあぶり出す効果があるなどとして山本の行動を評価する。しかし別の人たちは、現行憲法では天皇は国政に関与できないのであり、あえて反原発運動に同意を求めることは、戦前の体制への回帰につながるなどとして、山本の行動を批判的にみているのである。

実は、1901年12月10日の田中正造の直訴においても、このように二つに分かれた評価が同時代の社会主義者たちでみられた。現在、田中正造の直訴は、彼の単独行動ではなく、毎日新聞記者(現在の毎日新聞とは無関係)で同紙において鉱毒反対のキャンペーンをはっていた石川半山(安次郎)、社会主義者で万朝報(新聞)記者であった幸徳秋水(伝次郎)と、田中正造が共同で計画したことであったことが判明している。幸徳は、直訴状の原案を書くなど、この直訴に多大な協力をした。田中正造の直訴後の12月12日、幸徳秋水は田中正造に手紙を書き送っているが、その中で直訴について次のように述べている。

兎に角今回の事件は仮令天聴ニ達せずとも大ニ国民の志気を鼓舞致候て、将来鉱毒問題解決の為に十分の功力有之事と相信じ候。(『田中正造全集』別巻p42)

幸徳は、直訴が天皇に達しなくても、国民の世論を大いに刺激することで、鉱毒問題の解決に効果があるとここでは述べている。社会主義者の幸徳が「天聴」という言葉を使っていることは興味深い。とりあえず、幸徳は直訴を評価しているといえる。

一方、キリスト教系社会主義者で、毎日新聞記者でもあった木下尚江は、鉱毒反対運動にも関わっていたが、直訴には批判的であった。次の資料をみてほしい。

(田中正造の直訴は)立憲政治の為めに恐るべき一大非事なることを明書せざるべからず、何となれば帝王に向て直訴するは、是れ一面に於て帝王の直接干渉を誘導する所以にして、是れ立憲国共通の原則に違反し、又た最も危険の事態とする所なればなり(木下尚江「社会悔悟の色」、『六合雑誌』第253号、1902年1月15日)

木下尚江の直訴批判は、まるで山口二郎の山本批判のようである。明治期においても、天皇の政治への直接干渉をさけることを目的として天皇への直訴を批判するという論理が存在していたのである。

このように、天皇に対する「直訴」は、1901年の田中正造の場合でも評価がわかれていたのである。運動のために有利なことを評価するか、天皇の政治への直接介入をさけることを目的として批判するか。このような二分する評価は、100年以上たった山本太郎の行動をめぐっても現れているのである。

なお、田中正造と山本太郎の「直訴」行動自体の比較は、後に行いたいと考えている。

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さて、2013年10月31日、天皇・皇后が主催する秋の園遊会で、そこに招かれた参議院議員である山本太郎が天皇に福島原発問題についての「手紙」を手渡すという「出来事」があった。まず、そのことを伝える毎日新聞の記事をあげておこう。

秋の園遊会:山本太郎議員が突然 陛下に手紙手渡す
毎日新聞 2013年10月31日 19時51分(最終更新 10月31日 20時08分)

 天皇、皇后両陛下が主催する秋の園遊会が31日、東京・元赤坂の赤坂御苑であり、山本太郎参院議員(無所属)が天皇陛下に突然手紙を手渡す場面があった。手紙はすぐに側近の侍従長が預かった。山本議員の行為は、皇室の政治利用に抵触する可能性があり、宮内庁幹部は「天皇に国政の権能がないことは憲法に明記されており、ねぎらいの場である園遊会にふさわしくない」と語った。

 山本議員は31日夕、国会内で取材に応じ、手紙の内容は福島の原発被害に関するものだと明らかにした。その上で「一人の人間として思いをお伝えした。政治利用は全くない」と話した。

 一方、菅義偉官房長官は記者会見で「その場にふさわしいかどうか常識的に判断することだ」と述べ、不快感を示した。

 園遊会に招かれる国会議員は、宮内庁が人数を指定したうえで、衆参の事務局に推薦を依頼している。【長谷川豊、青島顕】
http://mainichi.jp/feature/koushitsu/news/20131101k0000m040039000c.html

この山本太郎の行為に対し、閣僚や与野党議員から、批判の声が出ている。朝日新聞がネット配信した記事をここでみておこう。

山本太郎議員に辞職求める声 園遊会で陛下に手紙渡す
2013年11月1日12時30分

 10月31日の秋の園遊会で天皇陛下に手紙を渡した山本太郎参院議員(無所属)に対し、1日、議員辞職を求める声が相次いだ。自民党の脇雅史参院幹事長は党役員連絡会で「憲法違反は明確だ。二度とこういう事が起こらないように本人が責任をとるべきだ」と要求した。

山本太郎氏が陛下に手紙、参院議運理事会が対応協議
 下村博文文部科学相も「議員辞職ものだ。これを認めれば、いろんな行事で天皇陛下に手紙を渡すことを認めることになる。政治利用そのもので、(足尾銅山鉱毒事件で明治天皇に直訴を試みた)田中正造に匹敵する」と批判した。

 公明党の井上義久幹事長は「極めて配慮にかけた行為ではないかと思う」と述べた。同党の太田昭宏国土交通相も「国会議員が踏まえるべき良識、常識がある。不適切な行動だ」と批判。古屋圭司国家公安委員長は「国会議員として常軌を逸した行動だ。国民の多くが怒りを込めて思っているのではないか」と資質を問題視した。田村憲久厚生労働相は「適切かどうかは常識に照らせばわかる」、稲田朋美行政改革相は「陛下に対しては、常識的な態度で臨むべきだ」と不快感を示した。

 民主党の松原仁・国会対策委員長も「政治利用を意図したもので、許されない」と批判。日本維新の会共同代表の橋下徹大阪市長も大阪市役所で記者団に「日本国民であれば、法律に書いていなくても、やってはいけないことは分かる。陛下に対してそういう態度振る舞いはあってはならない。しかも政治家なんだから。信じられない」と批判した。
http://www.asahi.com/articles/TKY201311010050.html

他方で、今まで、どんな形で、「天皇の政治利用」が問題になったのであろうか。もっとも比較対象となるのが、2004年10月園遊会における東京都教育委員を勤めていた米長邦雄の発言だろう。朝日新聞は、次のように2004年10月28日に伝えている。

国旗・国歌「強制でないのが望ましい」天皇陛下が園遊会で

 天皇陛下は28日の園遊会の席上、東京都教育委員を務める棋士の米長邦雄さん(61)から「日本中の学校で国旗を掲げ、国歌を斉唱させることが私の仕事でございます」と話しかけられた際、「やはり、強制になるということではないことが望ましい」と述べた。

 米長さんは「もうもちろんそう、本当に素晴らしいお言葉をいただき、ありがとうございました」と答えた。

 天皇が国旗・国歌問題に言及するのは異例だ。

 陛下の発言について、宮内庁の羽毛田信吾次長は園遊会後、発言の趣旨を確認したとしたうえで「陛下の趣旨は、自発的に掲げる、あるいは歌うということが好ましいと言われたのだと思います」と説明。さらに「国旗・国歌法制定時の『強制しようとするものではない』との首相答弁に沿っており、政策や政治に踏み込んだものではない」と述べた。

 「日の丸・君が代」をめぐっては、長年教育現場で対立が続いてきた。東京都教委は昨秋、都立校の式典での「日の丸・君が代」の取り扱いを細かに規定し、職務命令に従わない教職員を大量に処分。99年に教育委員に就任した米長さんは、こうした方針を推進する発言を繰り返してきた。

(10/28)
http://www.asahi.com/edu/news/TKY200410280332.html

これは、東京都教育委員会が押し進めている公立学校に対する国旗・国歌の強制という「政策」を説明するもので、暗に天皇に同意を求めていたといえる。国旗・国歌法の成立時の議会において政府側は「強制はしない」と述べており、この発言に対して、天皇は政府答弁にそった形で応対している。ネット記事などを参照できないので、もはや記憶でしかいえないのであるが、この米長について、教育委員などの公職を辞任せよという声はなかったように思う。

そして、最近では、主権回復の日記念式典への天皇・皇后の出席や高円宮妃のIOC総会出席などが「政治利用」にあたるのではないかと指摘されている。山本太郎もそのことを主張しているようである。次の11月1日の朝日新聞のネット配信記事(一部)をみてほしい。

ただ、皇室の政治利用をめぐる議論は絶えない。時の政権が天皇の公的行為を使って問題の打開を図るような事例が起きた。そのたびに、なし崩し的に皇室の活動を広げ、政治利用に道を開くことを懸念する声があがってきた。

 今年9月の国際オリンピック委員会(IOC)総会への高円宮妃久子さまの出席を、下村文科相らが宮内庁に強く働きかけた。今年4月に安倍政権が主催した「主権回復の日」式典では、閉会後に天皇・皇后両陛下が退出する際、会場から「天皇陛下万歳」のかけ声が起き、壇上の安倍晋三首相も万歳をした。

 民主党政権時代の2009年には、鳩山内閣が天皇陛下と来日した習近平(シーチンピン)・中国国家副主席(当時)との会見を慣例に反する形で実現させた。

 こうした際には国会は、天皇陛下や皇室に働きかけた政治家たちの「処分」は検討していない。山本氏は1日の参院議運委の出席後、記者団に語った。「僕が政治利用で裁かれるなら、他のことも協議される必要がある」
http://www.asahi.com/articles/TKY201311010583.html

このような批判に対し、「主権回復の日」式典については、自民党の石破茂幹事長が次のように反論している。

自民党の石破茂幹事長は2日、山本太郎参院議員(無所属)が園遊会で天皇陛下に手紙を渡したことが政治利用と指摘されていることに関連し、「(天皇陛下が出席した)『主権回復の日』式典は政府主催だ。山本議員は特定の主張を陛下に手渡した。全く性質が違う」と強調した。札幌市での講演で語った。政権が4月に開催した主権回復の式典では、天皇陛下が退席する際に安倍晋三首相を含む出席者が万歳をし、山本氏が政治利用だと指摘していた。
(『朝日新聞』朝刊2013年11月3日号)

IOC総会における高円宮妃の出席については、当時から皇室の政治利用にあたるのではないかという声が宮内庁などからもあり、菅官房長官が反論している。興味深いことに、このことについては、下村文科相の主導性が際立っている。

高円宮妃久子さまIOC総会出席へ/宮内庁長官、政治と距離「苦渋の決断」/菅官房長官は長官発言を批判

 宮内庁は2日、アルゼンチン・ブエノスアイレスで現地時間7日に開かれ、東京も立候補している2020年夏季五輪の開催都市を決める国際オリンピック委員会(IOC)総会に、高円宮妃久子さまが出席し、スピーチをされると発表した。
 スピーチは東日本大震災の被災地支援への謝意を伝える内容としている。政治的な活動と距離を置く皇室の立場として、宮内庁は招致活動への関与を否定してきたが、招致活動の最高潮となる場面に登壇するだけに、風岡典之(かざおか・のりゆき)長官は「苦渋の決断」とし、「天皇、皇后両陛下も案じられていると推察した」と話した。
 一方、ブエノスアイレス入りした東京都の猪瀬直樹知事は久子さまの総会出席を「本番での登場という良い形ができた」と歓迎。「われわれの希望をつくるためにも思いの丈を述べていただきたい」と期待した。
 宮内庁によると、久子さまは3日から9日までの日程でアルゼンチンを訪問。当初は総会には出席せずに、滞在期間中にIOC委員に会ったり、総会前日のレセプションに出席したりして、震災支援への謝意を伝える予定だった。
 しかし、8月26日に下村博文文部科学相が宮内庁を訪れ風岡長官に「招致活動とは切り離してIOC委員にお礼を述べてほしい」と久子さまの総会出席を要請。さらに杉田和博官房副長官からも同様の要望があったという。
 総会でのスピーチは東京のプレゼンテーションの持ち時間に行い、猪瀬直樹東京都知事らがプレゼンをする前に、久子さまが登壇するという。
 風岡長官が下村文科相から要請を受けた際は、両陛下は長野県軽井沢町で静養中。風岡長官は両陛下が31日に帰京するのを待って報告したが、「過去の皇室の対応に鑑みると、両陛下も案じられているのではと推察した」と話した。
 ▼宮内庁長官発言を批判 菅氏「非常に違和感」
 菅義偉官房長官は3日の記者会見で、2020年夏季五輪の開催都市を決める国際オリンピック委員会(IOC)総会への高円宮妃久子さまの出席をめぐる風岡典之宮内庁長官の発言を「天皇、皇后両陛下の思いを推測して言及したことに非常に違和感を感じる」と批判した。
 風岡氏は2日、東京への招致活動を政治的な活動とする立場から、出席を「苦渋の決断」とし「天皇、皇后両陛下も案じられていると推察した」と述べた。
 菅氏の批判は「出席要請は国民の理解を得られる」(官邸筋)と判断しているためだ。風岡氏の発言により日本政府が分裂していると各国に受け取られることを懸念した。
 会見で菅氏は、官邸から文部科学省を通じて宮内庁側に久子さまのIOC総会出席を要請したことを認めた上で「皇室の政治利用、官邸からの圧力であるという批判は当たらない」と反論。下村博文文部科学相も会見で「五輪は平和の祭典で、政治利用には当たらない」と強調した。
 久子さまにIOC総会への出席を要請した理由について菅氏は「日本サッカー協会名誉総裁をはじめ非常にスポーツ全般に多くの努力をされており、世界のスポーツ界にも極めて信頼の厚い方だ」と説明。「IOC総会を通じて震災復興への支援に謝意を表していただく」と述べた。
 安倍政権は「五輪のプレゼンテーションの直前に震災復興支援への謝意を示していただくのであれば、ぎりぎりで『政治利用』には当たらない」(政府筋)との理屈だ。五輪招致に国民の支持が高まっていることもあり、批判は受けないとの計算もあった。
 (共同通信)
2013/09/04 11:3
http://www.47news.jp/47topics/e/245305.php

確かに憲法上は、「天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ。」(第三条)であり、違憲にはならないだろう。しかし、内閣の助言・承認があれば天皇に何でもさせるというのは、究極の「政治利用」になるとはいえないだろうか。他方で、園遊会の席上で、自らの政治的信念を伝えようとした山本太郎に「政治利用」という名目で辞職をせまるということは、甚だしく公平を欠くのではなかろうか。

山本太郎の行動が適切であったかどうかは、田中正造の直訴を含めて、後で論じてみたいと思う。ここでは、「天皇の政治利用」で山本太郎に議員辞職を迫る人びと自体においても「天皇の政治利用」という問題があるのだということを確認しておくことにする。

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