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さてはて、9月末、安倍首相は、第68回国連総会に出席するため、ニューヨークを訪問した。ニューヨークでは、ニューヨーク証券取引所他でさまざまなスピーチを行った。それぞれのスピーチではさまざまな問題を惹起しているが、まずは、27日に行われたメインの国連総会演説をみておこう。

国連総会演説については、首相官邸が、下記のサイトで動画・テクストともに配信している。このブログにおける安倍演説の引用は、このサイトから行った。

http://www.kantei.go.jp/jp/96_abe/statement/2013/26generaldebate.html

この国連総会演説で、まず安倍首相は、シリアの化学兵器廃棄にむけた国際社会の努力を支持するとともに、シリア内戦で生じた国境内外の難民を支援するとし、6000万ドル相当の追加人道支援を行うとした。

次に、安倍首相は、2020年にオリンピック・パラリンピックを開催する栄誉に恵まれたとして、次のように述べた。

手にした僥倖に報いる私の責務とは、まずもって、日本経済を、強く建て直すこと、そのうえで、日本を、世界に対して善をなす・頼れる「力」とすることです。
 私はここに、日本を今まで同様、いえ、世界はいよいよ悲劇に満ちているのですから、むしろこれまで以上に、平和と、安定の力としていくことを、お約束します。
 それは国際社会との協調を柱としつつ、世界に繁栄と、平和をもたらすべく努めてきた我が国の、紛うかたなき実績、揺るぎのない評価を土台とし、新たに「積極的平和主義」の旗を掲げようとするものです。
(中略)
日本として、積極的平和主義の立場から、PKOを始め、国連の集団安全保障措置に対し、より一層積極的な参加ができるよう、私は図ってまいります。国連の活動にふさわしい人材を、我が国は、弛まず育てなくてはならないと考えます。

一体全体、なぜ、オリンピックを開催することと、「日本経済を、強く建て直すこと、そのうえで、日本を、世界に対して善をなす・頼れる『力』とすること」が関連するのかわからない。ただ、ここで重要なことは、これからの日本は「積極的平和主義」の立場にたつとして、国連の集団安全保障措置により積極的に参加するとしていることである。安倍政権は「解釈改憲」その他、いろいろな形で戦争が可能な国家に日本をかえようとしているが、今後、そのような試みは日本を「平和と、安定の力としていく」営為としてプロパガンダされていく可能性があるだろう。

その後、安倍首相は、「宇宙、サイバースペースから、空、海に至る公共空間」を「公共財」として保全したことを提起した。ここでは、安倍首相の演説をみてみよう。

 

開かれた、海の安定に、国益を託す我が国なれば、海洋秩序の力による変更は、到底これを許すことができません。
 宇宙、サイバースペースから、空、海に至る公共空間を、法と、規則の統(す)べる公共財として、よく保つこと。我が国に、多大の期待がかかる課題です。

この部分は、尖閣諸島その他で海洋進出をはかっているとする中国を暗黙に批判したものといえよう。しかし、福島第一原発事故で汚染水を海洋に流出している日本の責任は顧みられていないのである。

そして、被ばく国日本として核軍縮、不拡散、核廃絶に努力するとし、北朝鮮の核・ミサイル開発と日本国民の拉致を非難した後、イランの核問題の解決にむけての進展に期待を示した。さらに、アフリカ諸国の投資意欲にこたえる姿勢を示した後、次のように主張した。

日本外交の進路は、自らの力を強くしつつ、これら、世界史的課題に、骨惜しみせず取り組むところに開かれると、私は信じて疑いません。
 まったく、「骨惜しみをしない」こととは、日本の振る舞い――外交であれ何であれ――を基調づける、通奏低音に違いないと思います。
 かような意思と、力、実績をもつ国として、安全保障理事会の現状が、かれこれ70年前の現実を映す姿のまま凍結され、今日に及んでいる事実を、はなはだ遺憾に思います。
 安保理は、遅滞なく改革されなくてはならず、我が国は、常任理事国となる意欲にいささかも変わるところがないことを申し添えます。

国連安全保障委員会の現状が70年前の現実を映す姿で固定されていると批判し、日本が常任理事国になる意欲を示したのである。いろいろ考えてみると、安倍晋三の真意は「積極的平和主義」のかけ声のもと、国連の集団安全保障活動に積極的に参加しつつ、常任理事国入りをめざすということにあるだろう。そして、それは、70年前の「現実」ー第二次世界大戦で日本が敗戦したということを「修正」する営為なのである。

この高揚した気分は、次の部分にも受け継がれていく。この部分で、まず安倍首相はこのように述べた。

すべては、日本の地力を、その経済を、再び強くするところに始まります。日本の成長は、世界にとって利得。その衰退は、すべての人にとっての損失です。

国連総会の場ならば、「世界の成長は日本の利得」などと表現するのが適当だろう。バブル期にはよく「日本は世界経済の牽引役」という表現がなされたが、これもまた「世界」が主語となっている。この表現では日本が「主」となり、世界が「従」なのだ。

「夜郎自大」という言葉がある。Wikipediaでは、次のように表現されている。

『史記』では夜郎は当時の西南地区における最大の国家であり、武帝が時南越国討伐に唐蒙(中国語版)を派遣した際、その地で当時蜀(現在の四川省)で産出された枸醬(こうしょう)が夜郎よりもたらされたことを知り、南越国を牽制する目的で使節を派遣、現地に郡県を設置し、夜郎王族を県令に任じることとした。その漢の使者と面会した夜郎王が「漢執與我大」(漢と我といずれが大なるか)と尋ねたことより、「世間知らずで、自信過剰」を表す「夜郎自大」(夜郎自らを大なりとす)の故事成語が誕生した。

安倍首相の発言は、ほぼ「夜郎自大」に近いだろう。日本の成長は世界の利得。日本の衰退は世界の損失。日本が「主」で世界は「従」。日本中心主義としかいえない。そのように、アメリカ国民、中国国民、韓国国民などは考えるだろうか。現代の資本主義的世界体制のなかで、よくも悪くもそれぞれの国民国家は競争しあっている。その中で、日本の成長は世界全体の課題であるという安倍の発言は受け入れられるであろうか。よくても「世間知らずで自信過剰を示す」と受け取られるであろう。悪くすれば、常任理事国化をめざすことによって、日本の利害を世界全体に押し付けるのではないかという疑惑をもたれることになるのではなかろうか。

この提起の後、安倍首相の演説は、「女性問題」を主題としていく。これはこれで問題であるが、別の機会があれば論じておきたい。

このように、安倍首相は「積極的平和主義」のかけ声のもと、国連の集団安全保障活動に積極的に参加し、世界的な意味における戦後体制の転換をはかって国連常任理事国入りをめざすことを国連総会で提起した。しかし、その中で垣間見えるのは「日本の成長は世界の利得。日本の衰退は世界の損失。日本が『主』で世界は『従』」という、「夜郎自大」な日本中心主義的な志向であった。そして、また、この日本中心主義的志向が、世界各国から警戒される原因の一つになっているのである。

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昨年、本ブログでも紹介した、国連人権理事会の特別報告者アナンド・グローバー氏による福島第一原発事故被ばく問題に関する特別報告が5月24日に公表された。まず、それを伝える毎日新聞のネット配信記事をみておこう。

福島第1原発事故:国連報告書「福島県健康調査は不十分」
毎日新聞 2013年05月24日 15時00分(最終更新 05月24日 16時59分)

 東京電力福島第1原発事故による被ばく問題を調査していた国連人権理事会の特別報告者、アナンド・グローバー氏の報告書が24日明らかになった。福島県が実施する県民健康管理調査は不十分として、内部被ばく検査を拡大するよう勧告。被ばく線量が年間1ミリシーベルトを上回る地域は福島以外でも政府が主体になって健康調査をするよう求めるなど、政府や福島県に厳しい内容になっている。近く人権理事会に報告される。

 報告書は、県民健康管理調査で子供の甲状腺検査以外に内部被ばく検査をしていない点を問題視。白血病などの発症も想定して尿検査や血液検査を実施するよう求めた。甲状腺検査についても、画像データやリポートを保護者に渡さず、煩雑な情報開示請求を要求している現状を改めるよう求めている。

 また、一般住民の被ばく基準について、現在の法令が定める年間1ミリシーベルトの限度を守り、それ以上の被ばくをする可能性がある地域では住民の健康調査をするよう政府に要求。国が年間20ミリシーベルトを避難基準としている点に触れ、「人権に基づき1ミリシーベルト以下に抑えるべきだ」と指摘した。

 このほか、事故で避難した子供たちの健康や生活を支援する「子ども・被災者生活支援法」が昨年6月に成立したにもかかわらず、いまだに支援の中身や対象地域などが決まっていない現状を懸念。「年間1ミリシーベルトを超える地域について、避難に伴う住居や教育、医療などを支援すべきだ」と求めている。【日野行介】

 ◇グローバー氏の勧告の骨子

 <健康調査について>
・年間1ミリシーベルトを超える全地域を対象に
・尿や血液など内部被ばく検査の拡大
・検査データの当事者への開示
・原発労働者の調査と医療提供

<被ばく規制について>
・年間1ミリシーベルトの限度を順守
・特に子供の危険性に関する情報提供

<その他>
・「子ども・被災者生活支援法」の施策策定
・健康管理などの政策決定に関する住民参加
http://mainichi.jp/select/news/20130524k0000e040260000c.html

この報告書については、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウが暫定的に仮訳し、サイトで公開している。結論的部分の「勧告」というところをここで紹介しておこう。なお、公開されている仮訳は、報告書の原文も提示した対訳になっているが、ここでは、仮訳部分のみしめしておく。

勧告

76. 国連特別報告者は、日本政府に対し、原発事故の緊急対応システムの策定と実施について、以下の勧告を実施するよう要請する。

(a) 指揮命令系統を明確に定め、避難区域・避難所を明示し、社会的弱者を救助するガイドラインを規定した、原発事故の緊急対応計画を確立し、不断に見直すこと。
(b) 原発事故の影響を受ける危険性のある地域の住民と、事故発生時の対応や避難基準を含む災害対応計画について協議すること。
(c) 原発事故発生後、可及的速やかに、関連する情報を公開すること。
(d) 原発事故発生前、又は事故発生後可及的速やかに、ヨウ素剤を配布すること。
(e) 原発事故の影響を受ける地域に関する情報を集め、広めるために、「緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム」(SPEEDI)のような技術の、迅速かつ効果的な利用を提供すること。

77. 原発事故の影響を受けた人々に対する健康管理調査について、国連特別報告者は日本政府に対し、以下の勧告を実施するよう要請する。

(a) 長期間の、全般的・包括的な健康管理調査を通じ、原発事故の影響を受けた人々の、健康に関する放射能による影響を、継続的に監視すること。 また、必要な場合、適切な治療を行うこと。
(b) 健康管理調査は、年間被ばく線量 1mSv 以上の全ての地域に居住する人々に対し実施されるべきである。
(c) すべての健康管理調査を、より多くの人が受け、調査の回答率をより高めるようにすること。
(d)「健康基本調査」には、個人の健康状態に関する情報と、放射能による健康へ悪影響を与えるその他の要素を含めて調査がされるようにすること。
(e) 子どもの健康管理調査は、甲状腺検査に限定せず、血液・尿検査を含む、全ての健康影響に関する調査に拡大すること。
(f) 甲状腺検査の追跡調査と二次検査を、親や子が希望する全てのケースで利用できるようにすること。
(g) 個人情報を保護しつつも、検査結果に関わる情報への子どもと親のアクセスを、容易なものにすること。
(h) ホールボディカウンターによる内部被ばくの検査対象を限定することなく、地域住民、避難者、福島県外の人々等、影響を受ける全ての人々に対して実施すること。
(i) 全ての避難者、及び地域住民、とりわけ高齢者、子ども、妊婦等の社会的弱者に対して、メンタルヘルスの施設、必要品、及びサービスが利用できるようにすること。
(j) 原発労働者に対し、被ばくによる健康影響調査を実施し、必要な治療を実施すること。

78. 国連特別報告者は、日本政府に対し、放射線量に関連する政策・情報提供に関し、以下の勧告を実施するよう要請する。

(a) 避難区域、及び放射線被ばく線量の限界に関する国家の計画を、科学的な証拠に基づき、リスク対経済効果の立場ではなく人権を基礎において策定し、かつ、年間被ばく線量を1mSv 以下に低減すること。
(b) 放射線の危険性と、子どもは被ばくに対して特に脆弱であるという事実について、学校教材等で正確な情報を提供すること。
(c) 放射線量の監視においては、住民による独自の測定結果を含めた、独立した有効性の高いデータを取り入れること。

79. 除染について、国連特別報告者は、日本政府に対し、以下の勧告を採用するよう要請する。

(a) 年間被ばく線量が 1mSv 以下の放射線レベルに下げるための、時間目標を明確に定めた計画を、早急に策定すること。
(b) 放射能汚染土壌等の貯蔵場所を、標識等で明確にすること。
(c) 安全で適切な中間・最終保管場所の設置を、住民参加の議論により決定すること。

80. 国連特別報告者は、規制の枠組みの中で、透明性と説明責任の確保について、日本政府に対し、以下の勧告を実施するよう要請する。

(a) 原子力規制行政、及び原子力発電所の運営において、国際的に合意された基準や、ガイドラインを遵守するよう求めること。
(b) 原子力規制委員会の委員と、原子力産業の関連に関する情報を公開すること。原子力規制庁の委員と原子力産業の関連に関する情報を公開すること。
(c) 原子力規制委員会が集めた、国内、及び国際的な安全基準・ガイドラインに基づく規制と、原発事業者による遵守に関する情報は、独立した監視が出来るよう公開すること。
(d) 原発事故による損害について、東京電力等が責任をとることを確実にし、かつその賠償・復興関わる法的責任のつけを、納税者が支払うことがないようにすること。

81.賠償や救済措置について、国連特別報告者は、日本政府に対し、以下の勧告を実施するよう要請する。

(a)「原子力事故 子ども・被災者支援法」の基本計画を、影響を受けた住民の参加を確保して策定すること。
(b) 復興と、人々の生活再建のための費用を、救済措置に含めること。
(c) 原発事故と被ばくにより生じた可能性のある健康影響について、無料の健康診断と治療を提供すること。
(d) さらなる遅延が生ずることなく、東京電力に対する損害賠償請求が解決するようにすること。

82. 国連特別報告者は、原発の稼動、避難区域の指定、放射線量の限界、健康管理調査、賠償を含む原子力エネルギー政策と原子力規制の枠組みに関する全ての側面の意思決定プロセスに、住民が、特に社会的弱者が、効果的に参加できることを確実にするよう、日本政府に要請する。
以上
http://hrn.or.jp/activity/%E3%82%B0%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%90%E3%83%BC%E5%A0%B1%E5%91%8A%E6%9B%B8%20%E6%9A%AB%E5%AE%9A%E4%BB%AE%E8%A8%B3130614%E6%94%B9%E8%A8%82%E7%89%88.pdf

まず、確認しておきたいのは、この報告書は、「原発事故の緊急対応システムの策定と実施」(76)、「原発事故の影響を受けた人々に対する健康管理調査」(77)、「放射線量に関連する政策・情報提供」(78)、「除染」(79)、「原子力規制の枠組みの中で、透明性と説明責任の確保」(80)、「賠償や救済措置」(81)、「原子力エネルギー政策と原子力規制の枠組みに関する全ての側面の意思決定プロセスに対する住民(とりわけ社会的弱者)の効果的参加」となっており、毎日新聞報道よりもはるかに広汎なものになっているということである。特に、「原発事故の緊急対応システムの策定と実施」「原子力規制の枠組みの中で、透明性と説明責任の確保」原子力エネルギー政策と原子力規制の枠組みに関する全ての側面の意思決定プロセスに対する住民(とりわけ社会的弱者)の効果的参加」は、これまでの日本政府による原子力規制のありかた自体を批判しているといえるだろう。

その上で、まず、注目されるのは、「避難区域、及び放射線被ばく線量の限界に関する国家の計画を、科学的な証拠に基づき、リスク対経済効果の立場ではなく人権を基礎において策定し、かつ、年間被ばく線量を1mSv 以下に低減すること。」としていることである。この報告書の前の方で、まず、低線量被ばくについて、このように述べている。

9. チェルノブイリ、スリーマイル島、及び福島での原発事故の類似性から、チェルノブイリ、及びスリーマイル島の教訓が、福島において対策を考案する際にも用いられたことは理解できる。しかしながら、国連特別報告者は、チェルノブイリの原発事故に関する重要かつ完全な情報は、1990 年まで公表されなかったことを強調する。したがって、チェルノブイリに関する研究は、放射能汚染及び被ばくの影響を十分に認識していない可能性がある。こうしたことから、チェルノブイリの原発事故後の、甲状腺癌の疾病率の増加のみが、福島の原発事故に対して認められ、かつ適用されることを懸念する。チェルノブイリの原発事故後の被ばく量の健康への影響に関する報告書は、他の健康異常の証拠を不確定なものとしている。遺憾なことに、この報告書は、本来監視されるべき、子どもや成人の疾病率を増加させる染色体異常、機能障害、及び白血病のような、被ばくによる健康に対する他の影響を無視している。

10. 日本政府は、汚染地域への帰還のための基準として、年間被ばく量 1mSv から 20mSvを参照レベルとしている。これは、国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告に依拠している。しかしながら、広島及び長崎に落とされた原爆の生存者に関する疫学研究は、長期的な低線量被ばくと、発がんの危険との因果関係を示している。国連特別報告者は、これらの研究結果を無視することによって、低線量被ばくに対する理解が損なわれ、健康への悪影響が増加することを懸念する。

つまり、チェルノブイリに関する情報は1990年まで公表されておらず、そのことにより被ばく量の健康への影響が十分調査されていないとし、広島・長崎では長期的低線量被ばくと発がんの危険が因果関係があるとされているにもかかわらず、低線量被ばくの影響を無視する懸念があるとしているのである。

そして、この報告書では、このように低線量被ばくの影響について論じている。

46. 電離放射線障害防止規則(3 条)は、3 ヶ月間の被ばく線量が 1.3mSv を超える区域を管理23 区域とするよう規定している。一般に、推奨されている放射線被ばく限度は年間 1mSv である。ウクライナでは、「チェルノブイリの原発事故の結果悪影響を被った市民の地位と社会的保護に関する」1991 年法が、年間被ばく線量 1mSv 以下を、何の制限もなく生活し働くための被ばく限度とした。

47. 年間被ばく限度 20mSv 以下は、原発事故以降、日本政府によって適用されている基準である。日本政府は、この基準が、原発事故以後の居住不可能地域を決定する際の、年間被ばく線量の基準として 1mSv~20mSv を推奨している ICRP から発行された文書に依拠したものだとしている。ICRP の勧告は、日本政府の全ての行動が、損失に比べて便益が最大化するよう行われるべきであるという最適化と正当化の原則に基づいている。このようなリスク 対 経済効果の観点は、個人の権利よりも集団的利益を優先するため、健康に対する権利の枠組みに合致しない。健康に対する権利の下で、全ての個人の権利が保護され必要がある。さらに、人々の身体的及び精神的健康に長期的に影響を及ぼすこのような決定は、人々の自発的、直接的及び実効的な参加とともに行われるべきである。

48. 日本政府は、国連特別報告者に対して、年間被ばく線量 100mSv 以下では発がんに関して過度の危険がないため、年間被ばく線量 20mSv 以下の居住不可能地域は安全であると保証した。しかしながら、ICRP もまた、発がん又は遺伝的疾患の発生が、約 100mSV 以下の被ばく線量の増加に正比例するという科学的可能性を認めている。さらに、低線量放射線による長期被ばくの健康影響を調査する疫学研究は、白血病のような非固形癌に関する過度の被ばくリスクについて下限はないと結論付けている。固形癌に関する付加的な被ばくリスクは、線形用量反応関係で、一生を通し増加し続ける。

49. 日本政府によって導入される健康政策は、科学的証拠に基づいているべきである。健康政策は、健康に対する権利の享受への干渉を、最小化するように策定されるべきである。被ばく線量限度を設定するにあたって、健康に対する権利は、特に影響を受けやすい妊婦、及び子どもついて考慮し、人々の健康に対する権利に対する影響を最小にするよう要請する。健康への悪影響の可能性は、低被ばく線量でも存在しており、年間被ばく線量が 1mSv 以下で可能な限り低くなった時のみ、避難者は帰還を推奨されるべきである。その間にも、日本政府は、全ての避難者が、帰還か又避難続けるか、自発的に決定できるようするために、全ての避難者に対して金銭的な援助、及び給付金を提供し続けるべきである。

この報告書では、年間100mSv以下の低線量被ばくでもがんもしくは遺伝性疾患発生の可能性が線量に比例して増加するとして、年間1mSvを「何の制限もなく生活し働くための被ばく限度」としている。その上で、ICRPのリスクーベネフィットの原則を「このようなリスク 対 経済効果の観点は、個人の権利よりも集団的利益を優先するため、健康に対する権利の枠組みに合致しない。健康に対する権利の下で、全ての個人の権利が保護され必要がある」と批判しているのである。

その上で、具体的には、「健康への悪影響の可能性は、低被ばく線量でも存在しており、年間被ばく線量が 1mSv 以下で可能な限り低くなった時のみ、避難者は帰還を推奨されるべきである。その間にも、日本政府は、全ての避難者が、帰還か又避難続けるか、自発的に決定できるようするために、全ての避難者に対して金銭的な援助、及び給付金を提供し続けるべきである。」としており、年間1mSv以下を限度として、それ以下になった時、避難者の帰還をすすめるべきで、それまでは、避難者全てに援助を続けるべきとしているのである。

この年間1mSvという限度は、この報告書における、避難基準だけでなく、除染の基準でもあり、健康調査の基準でもある。そして、また、「原子力事故 子ども・被災者支援法」の支援基準にすることも求めているのである。

現在、日本政府は避難が義務付けられた警戒区域や計画的管理区域において「避難指示解除準備区域」として放射線量年間1〜20mSvの地域を指定し、住民の帰還を促進しようとしている。除染も現在のところは年間1mSv未満にするようにされているが、除染困難ということで、年間1mSvという原則を放棄することが検討されているようである。加えて、昨年成立した「原子力事故 子ども・被災者支援法」は、成立してからほぼ1年たつが、いまだ実施の基本方針すら定められていないという状態である。

それに対し、国連人権理事会のこの特別報告は、日本の被ばく対策が、すでに人権侵害という観点から検討されなくてはならないことを示しているのである。そして、このような状態をどのようにかえていくのかということは、日本の人びと全体の問題なのである。

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2013年4月28日、1952年のサンフランシスコ平和条約発効を記念して、政府主催で「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」が開催され、天皇・皇后も出席した。このサンフランシスコ平和条約は、そもそも前年に開かれたサンフランシスコ講和会議が、中華人民共和国・中華民国・大韓民国・朝鮮人民共和国という日本のアジア侵略の矢面にたった諸国が出席しておらず、ソ連などの社会主義陣営を無視して、アメリカなどの西側諸国のみと講和するというものであり、当時「単独講和」とよばれた。結局、この平和条約は、竹島/独島、尖閣諸島/釣魚島などの中国・韓国などとの領土紛争の発火点となり、さらに、在日朝鮮人などを切り捨てるものでもあった。また、サンフランシスコ平和条約は、沖縄・奄美・小笠原を日本から切り離し、米軍の施政権下に置くものであり、特に沖縄には、多くの米軍基地が設置されており、現在にいたるまで大きな基地負担に沖縄住民は苦しむことになった。また、平和条約と同時に調印された日米安全保障条約によって、日本のアメリカへの従属が決定的なものになった。

このような意味をもつ「平和条約」による「主権回復」を政府が記念することに対して、沖縄他さまざまなところで抗議活動が行われている。しかし、ここでは、「主権回復の日」記念式典における安倍晋三首相の式辞「日本を良い美しい国にする責任」を読むことによって、安倍晋三らが「主権回復の日」式典にこめた意義や背景となる世界観をみていきたい。

まず、簡単に、この式典自体を説明しておこう。この式典は、非常に空疎なものである。国会議事堂のそばにある憲政記念館に、国会議員・閣僚・知事ら約390人が集められ、天皇・皇后臨席のもとに、安倍晋三が式辞を読み上げ、衆参両院議長と最高裁長官があいさつし、児童合唱団が「手のひらに太陽を」「翼をください」「believe」「明日という日」を歌っただけというものであり、1時間にみたない。天皇・皇后が退席するとき万歳三唱がなされたが、これは、主催者の意図とは違ったものとされている。結局、安倍晋三の「式辞」を、天皇・皇后臨席のもと、国会議員・閣僚・知事らが聞くというだけのものである。

この式辞については、産經新聞が28日付で全文をネット配信している。産経新聞の記事をもとに、この式辞をみていこう。

まず、この式辞は、次のような形で始まっている。

首相式辞全文「日本を良い美しい国にする責任」
2013.4.28 22:11

 本日、天皇、皇后両陛下のご臨席を仰ぎ、各界多数の方々のご参列を得て、主権回復・国際社会復帰を記念する式典が挙行されるにあたり、政府を代表して式辞を申し述べます。

 

61年前の本日は、日本が自分たちの力によって再び歩みを始めた日であります。サンフランシスコ講和条約の発効によって主権を取り戻し、日本を日本人自身のものとした日でありました。その日から61年。本日を一つの大切な節目とし、これまで私たちがたどった足跡に思いを致しながら、未来へ向かって希望と決意を新たにする日にしたいと思います。

まず、サンフランシスコ平和条約が発効した1952年4月28日を「主権を取り戻し、日本を日本人自身のものとした日」ととらえている。これが、この式典のテーマといってよいだろう。その上で、次のように、昭和天皇の歌をもとに、占領期を回想している。

 

国敗れ、まさしく山河だけが残ったのが昭和20年夏、わが国の姿でありました。食うや食わずの暮らしに始まる7年の歳月は、わが国の長い歴史に訪れた初めての、そして最も深い断絶であり、試練でありました。

 そのころのことを亡き昭和天皇はこのように歌にしておられます。

 「ふりつもるみ雪にたへていろかへぬ松ぞををしき人もかくあれ」

 雪は静謐(せいひつ)の中、ただしんしんと降り積もる。松の枝は雪の重みに今しもたわまんばかりになりながら、じっと我慢をしている。我慢をしながら、しかしそこだけ目にも鮮やかに緑の色を留めている。私たちもまたそのようでありたいものだという御製(ぎょせい)です。

 昭和21年の正月、日本国民の多くが飢餓線上にあえぎつつ、最も厳しい冬を、ひたすらしのごうとしていたときに詠まれたものでした。多くの国民において心は同じだったでしょう。

 やがて迎えた昭和27年、主権が戻ってきたとき、私たちの祖父、祖母、父や母たちは何を思ったでしょうか。今日はそのことを国民一人一人深く考えてみる日なのだと思います。

ここでは、まず、昭和天皇に仮託した視点で、占領期が回想されている。「ふりつもるみ雪」として表現される連合国による占領を我慢し、「いろかえぬ松」と表現されているように耐え忍ばなくてはならないとされているのである。あるいは昭和天皇自身はそうなのかもしれない。しかし、占領期の多くの国民が天皇と同じ意識であったわけではない。もちろん、占領による苦しみはあった。しかし、また、戦争責任をとらない昭和天皇も批判されていたのである。

そして、この7年の中で、現行の日本国憲法は制定され、教育基本法などの現行の法制度の多くはつくられた。しかし、この式辞では、そのような憲法なども、主権喪失の産物であり、日本人自体がつくったものではないということを暗示しているのである。

そして、この式辞では、国際社会復帰について言及している。この式典の正式名称は、「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」であり、安倍晋三としては、国際社会に参加する契機となったことも、この式典で記念していくべきことなのである。

61年前の本日、国会は衆参両院のそれぞれ本会議で主権回復に臨み4項目の決議を可決しております。

 一、日本は一貫して世界平和の維持と人類の福祉増進に貢献せんことを期し、国連加入の一日も速やかならんことを願う。

 二、日本はアジアの諸国と善隣友好の関係を樹立し、もって世界平和の達成に貢献せんことを期す。

 三、日本は領土の公正なる解決を促進し、機会均等、平等互恵の国際経済関係の確立を図り、もって経済の自立を期す。

 四、日本国民はあくまで民主主義を守り、国民道義を昂揚(こうよう)し、自主、自衛の気風の振興を図り、名実ともに国際社会の有為にして責任ある一員たらんことを期す。

 以上、このときの決議とは、しっかりと自立した国をつくり、国際社会から敬意を集める国にしたいと、そういう決意を述べたものだといってよいでしょう。

 自分自身の力で立ち上がり、国際社会に再び参入しようとする日に、私たちの先人が自らに言い聞かせた誓いの精神が、そこにはくみ取れます。

 主権回復の翌年、わが国の賠償の一環として当時のビルマに建てた発電所は、今もミャンマーで立派に電力を賄っています。主権回復から6年後の昭和33年には、インドに対し戦後の日本にとって第1号となる対外円借款を供与しています。

私の目からみれば、主権回復に際して出されたこの国会決議を安倍晋三が述べることは皮肉に思える。しかし、安倍は大真面目でこのことを主張している。つまりは、「日本国民はあくまで民主主義を守り、国民道義を昂揚(こうよう)し、自主、自衛の気風の振興を図り、名実ともに国際社会の有為にして責任ある一員たらんことを期す」ということが主権回復にはこめられていたし、今後の日本も重視していかねばならないというのである。つまり、安倍は自覚としては「民主主義者」であり「国際協調」を旨とする人なのである。他方で、安倍晋三には、「しっかりと自立した国をつくり、国際社会から敬意を集める国にしたい」という意識もある。これは、たぶん「大国主義」ということになろう。

ただ、では、アジア諸国についてはどうか。安倍が引用した国会決議では「日本はアジアの諸国と善隣友好の関係を樹立し、もって世界平和の達成に貢献せんことを期す。」とある。しかし、安倍が出してきた事例は、経済援助ばかりである。この式辞において、アジア諸国については「恩恵」の対象であり、対等な立場ではみていないのである。日本の「大国」化の反面にはアジア蔑視があるといえよう。

次に語られるのは、日本の伝統なるものを持ち出して語られる戦後日本の「成功神話」である。しかし、戦後日本において幾許か成功なるものがあったとしても、その成果が否定される時期に語られるというのは皮肉なことである。

主権回復以来、わが国が東京でオリンピックを開催するまで費やした時間はわずかに12年です。自由世界第2の経済規模へ到達するまで20年を要しませんでした。

これら全ての達成とは、私どもの祖父、祖母、父や母たちの孜々(しし)たる努力の結晶にほかなりません。古来、私たち日本人には、田畑をともに耕し、水を分かち合い、乏しきは補いあって、五穀豊穣(ごこくほうじょう)を祈ってきた豊かな伝統があります。その麗しい発露があったからこそ、わが国は灰燼(かいじん)の中から立ち上がり、わずかな期間に長足の前進を遂げたのであります。

そして、次に、サンフランシスコ平和条約のもつ不十分さが語られることになる。

 

しかしながら、国会決議が述べていたように、わが国は主権こそ取り戻したものの、しばらく国連に入れませんでした。国連加盟まで、すなわち一人前の外交力を回復するまで、なお4年と8カ月近くを待たねばなりませんでした。

 また、日本に主権が戻ってきたその日に奄美、小笠原、沖縄の施政権は日本から切り離されてしまいました。とりわけ銘記すべきは、残酷な地上戦を経験し、おびただしい犠牲を出した沖縄の施政権が最も長く日本から離れたままだった事実であります。

 「沖縄の祖国復帰が実現しない限り、わが国の戦後は終わらない」。佐藤栄作首相の言葉です。沖縄の本土復帰は昭和47年5月15日です。日本全体の戦後が初めて本当に終わるまで、主権回復からなお20年という長い月日を要したのでありました。沖縄の人々が耐え、忍ばざるを得なかった戦中、戦後のご苦労に対し、通り一遍の言葉は意味をなしません。私は若い世代の人々に特に呼び掛けつつ、沖縄が経てきた辛苦に、ただ深く思いを寄せる努力をなすべきだということを訴えようと思います。

日本の国連参加が遅れたのはソ連の拒否権発動であったためであり、その意味で、おぼろげに「単独講和」であった平和条約の問題性がふれられている。より鮮明にあらわれているのは、沖縄・奄美・小笠原が日本から切り離されたということである。ただ、この式辞では、結局のところ、これらの諸地域が日本から切り離されたことだけが問題にされている。独立論すらあった沖縄において、日本から切り離されたことだけが、苦難だったわけではない。多くの米軍基地が設置され、アメリカに統治されたことのほうが、戦後の苦難としては大きいのである。この式辞では、米軍の「加害」にはふれず、日本の施政権下にあったかなかったかといういわばナショナリスティックなことだけが「苦労」とされているのである。

そして、ここで、かなり唐突に、東日本大震災に対する国際的支援についてふれている。

 

わが国は再び今、東日本大震災からの復興という重い課題を抱えました。しかし同時に、日本を襲った悲劇に心を痛め、世界中からたくさんの人が救いの手を差し伸べてくれたことも私たちは知っています。戦後、日本人が世界の人たちとともに歩んだ営みは、暖かい、善意の泉を育んでいたのです。私たちはそのことに深く気付かされたのではなかったでしょうか。

中でも米軍は、そのトモダチ作戦によって、被災地の人々を助け、汗と、時として涙を共に流してくれました。かつて熾烈(しれつ)に戦った者同士が心の通い合う、こうした関係になった例は、古来まれであります。

こういうことに東日本大震災をひきあいにだすのなら、より被災者によりそった形で復旧をはかってほしいと思う。ただ、それはともかく、ここで式辞が主張していることは、国際社会、とりわけ米軍が、日本に対して救いの手をだしてくれたということである。まず、国際社会=米軍という意識がそこにあるといえよう。安倍晋三らにとって、国際社会とはつまり米軍のことなのである。そして、さらに、ここで米軍の「救いの手」を強調することで、沖縄が実際に味わってきた米軍による加害が無効化されるのである。

そして、ある意味では危機感をあおりつつ、次の三点にわたって、安倍は日本の将来的課題を述べて、この式辞を終えている。

 

私たちには世界の行く末に対し、善をなし、徳を積む責務があります。なぜなら、61年前、先人たちは日本をまさしくそのような国にしたいと思い、心深く誓いを立てたに違いないからです。ならばこそ、私たちには日本を強く、たくましくし、世界の人々に頼ってもらえる国にしなくてはならない義務があるのだと思います。

 戦後の日本がそうであったように、わが国の行く手にも容易な課題などどこにもないかもしれません。しかし、今61年を振り返り、くむべきは、焼け野が原から立ち上がり、普遍的自由と民主主義と人権を重んじる国柄を育て、貧しい中で次の世代の教育に意を注ぐことを忘れなかった先人たちの決意であります。勇気であります。その粘り強い営みであろうと思います。

 私たちの世代は今、どれほど難題が待ち構えていようとも、そこから目を背けることなく、あのみ雪に耐えて色を変えない松のように、日本を、私たちの大切な国を、もっと良い美しい国にしていく責任を負っています。より良い世界をつくるため進んで貢献する、誇りある国にしていく責任が私たちにはあるのだと思います。

 本日の式典にご協力をいただいた関係者の皆さま、ご参加をくださいました皆さまに衷心より御礼を申し上げ、私からの式辞とさせていただきます。

まず、第一点は、「大国化」である。安倍は「私たちには日本を強く、たくましくし、世界の人々に頼ってもらえる国にしなくてはならない義務がある」としている。

第二点は、「民主主義」の堅持ということになろう。一応、自由民主党は党名に「自由」と「民主」をいれている。彼らは「普遍的自由と民主主義と人権を重んじる国柄を育て」ていくというのである。皮肉にしか思えないが、結局、国際社会ーアメリカー米軍の前提のもとでしか主権維持はありえないのであり、アメリカの価値観からおおいにはずれるような政体は許されないということになろう。いうなれば、「主権回復」=「国際社会復帰」というこの式典のネーミングは、意外に深い問題を指し示しているといえる。もちろん、安倍にとって、国際社会なるものは第一義的にはアメリカである。「主権回復」=「対米従属」と考えれば、より状況を明確にとらえられるといえよう。

第三点は、再び昭和天皇の「松」を出し、日本を「もっと良い美しい国にしていく」ということを課題としている。「もっと良い美しい国」というのはまったく抽象的でとらえどころがないのだが、ここで昭和天皇の「松」が出されていることによって、意味内容が暗示されている。つまり、雪にたとえられる占領期の圧力からの「解放」がここでは意味されているといえよう。そこには、戦後憲法も含まれるのである。

安倍晋三の式辞を見る限り、このような意義が「主権回復の日」式典がこめられているといえよう。しかし、ここには矛盾も内包している。主権回復と国際社会復帰が重ね合わされており、それは究極的には、主権維持=対米従属ということに結びついているといえる。もちろん、このこと自体が矛盾の塊だが、とりあえず、さしあたっては、日本国家は、アメリカの価値観から大きく外れるわけにはいかないということになるだろう。安倍も「民主主義者」を自称し、自由民主党も「自由」と「民主」を党名にするという皮肉な事態がそこには発生する。

他方で、昭和天皇の「松」と「雪」に暗示させているように、彼らのいう占領期の憲法などの「押し付け」を打破して「主権回復」にふさわしい「もっと良い美しい国」をつくるという欲望がここには表出されている。しかし、そもそも、彼らのいう憲法などを「押し付けた」のもアメリカであり、もし彼らがいうように「もっと良い美しい国」などというものを確立したとして、アメリカが認めない可能性が生じるのである。結局、この主権回復の日記念式典の安倍晋三の式辞は、安倍などの日本の歴代政権がかかえている矛盾を、ここでもまた表出させているといえよう。

典拠:http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130428/plc13042822120012-n1.htm

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福島県の健康問題は、すでに国連の人権問題になっている。朝日新聞では、2012年11月3日に次のような記事をネット配信している。

「福島住民の健康の権利守れ」 国連人権理事会が勧告

 【ジュネーブ=前川浩之】日本の人権政策について、各国が質問や勧告(提案)ができる国連人権理事会の日本審査が終わり、2日、各国による計174の勧告をまとめた報告書が採択された。福島第一原発事故について、住民の健康の権利を擁護するよう求める勧告が盛り込まれた。
 普遍的定期審査(UPR)と呼ばれ、加盟国すべてに回る。日本は2008年以来2回目で、討論には79カ国が参加。法的拘束力はないが、日本は来年3月までに勧告を受け入れるかどうかを報告するよう求められる。
 福島事故をめぐり、オーストリアだけが「福島の住民を放射能の危険から守るためのすべての方策をとる」よう求めた。日本は、11月中に健康の権利に関する国連の特別報告者の調査を受け入れると表明した。
http://www.asahi.com/international/update/1103/TKY201211030340.html

その結果、国連人権理事会の助言者グローバー氏が来日した。そして、朝日新聞は、27日付朝刊で「福島の健康調査「不十分」 国連人権理事会の助言者が指摘」という記事を掲載した。この記事の担当者は大岩ゆりである。まず、この記事をみてほしい。

福島の健康調査「不十分」
国連人権理事会の助言者が指摘

 東京電力福島第一原発事故の影響を調べるため、来日した国連人権理事会の助言者、アナンド・グローバー氏が26日、都内で記者会見した。福島県民への健康調査について「不十分」と指摘。さらに「除染のあり方などを決める場に住民が参加していないのは問題」と述べた。
 インド人弁護士のグローバー氏は、福島県民らの「健康を享受する権利」が守られているか調べるため、政府や東電関係者、県民らから事情を聞いた。この結果は来年6月の国連人権理事会(前身・人権委員会)に報告され、日本政府に勧告すべきか議論される。
 福島県などが行っている子どもの甲状腺検査や一般的な健康診断、アンケートについて「内容が不足している。チェルノブイリの教訓や、100ミリシーベルト以下でもがんなどの健康影響があるとする疫学研究を無視したものだ」と批判した。具体的な提案、改善策にはふれなかった。
 また、甲状腺検査を受けた子どもの保護者が検査記録を入手するには、県の複雑な情報公開請求手続きが必要なことについても言及。「別の専門家を聞いたり、検査を受けたりできる権利が守られていない」と懸念を示した。
 さらに、健康調査だけでなく、避難区域の解除や除染の枠組み決定のプロセスについて、グローバー氏は「住民が参加していない。健康に影響が及ぶ意思決定やモニタリングなど、すべての過程に住民が参加すべきだ」と指摘した。(大岩ゆり)
 

つまり、国連人権理事会の助言者グローバー氏は、福島県の健康診断について、チェルノブイリ事故の教訓や低線量被曝の影響などを考慮しない不十分なものであること、子どもに対する検査結果の保護者への開示が不十分で他の検査を受けたり専門家の意見を聞けないものであること、除染方法の決定過程に住民が参加できないことなどをあげて、国連人権理事会に報告する意向であると記者会見で述べたのである。

これは、福島県の健康調査や除染のあり方が、最早、国連人権理事会において勧告されるレベルの人権問題を惹起するにいたっていること示しているといえる。私自身は福島に住んでいるわけではないので詳しくは知らないが、時折伝えられる福島の状況からみても、そうだと思われる。

そして、不十分と指摘された福島県の児童を対象とした甲状腺検査でも、このブログでも伝えたように、甲状腺異常が約42.1%、二次検査の必要な児童が0.5%、がん患者1人が発見されている。最早、「低線量被ばくは人体に影響ない」という通説に依拠して放置できる状態ではないと考えられるのである。この放置もまた、人権問題にほかならない。

それにしても、この数日における福島県の健康問題に対する朝日新聞とその記者(大岩ゆり)の姿勢は大きな問題をはらんでいると思う。朝日新聞では、11月20日付朝刊で次のような記事を掲載している。ここでは、ネット配信した分のみを紹介したい。

甲状腺検査、長崎でも 環境省、福島の子どもと比較

 

【大岩ゆり】環境省は19日までに、長崎県の子どもを対象に甲状腺検査を始めた。東京電力福島第一原発事故による健康影響調査として福島県が実施する、同県内の子どもの甲状腺検査の結果と比較し、被曝(ひばく)の影響の有無をみるのが目的。同県では4割の子どもの甲状腺にしこり(結節)などが見つかっている。
 チェルノブイリ原発事故では子どもの甲状腺がんが増えたため、福島県は事故当時18歳以下の子ども36万人を対象に甲状腺検査を生涯続ける計画だ。これまでに検査結果が出た約9万6千人の40%に結節や液体の入った袋(嚢胞=のうほう)が見つかり、1人が甲状腺がんと診断された。
 保護者からは被曝の影響を心配する声が出ているが、子どもの甲状腺をこれだけ高性能の超音波検査機で網羅的に調べた例はなく、「4割」の頻度が高いかどうか判断がつかない。
http://www.asahi.com/special/10005/intro/TKY201211190881.html

この記事では、その後、長崎での調査のあり方などが記載されているが、ここでは、省略する。問題なのは、大岩ゆり自体も甲状腺異常の児童が約40%発見されたことを認めているということなのだ。しかし、大岩ゆりは「「4割」の頻度が高いかどうか判断がつかない。」としている。

そして、朝日新聞11月25日付朝刊の1面トップで大々的に「福島のがんリスク、明らかな増加見えず WHO予測報告」と報道している。この担当者も大岩ゆりなのだ。その中で、彼女は「日本人の2人に1人は一生のうちにがんが見つかっており、福島県民約200万人のほぼ半数はもともとがんになる可能性がある。このため、仮に被曝で千人にがんが発生しても増加率が小さく、統計学的に探知できないということだ。」としている。しかし、記事本文をよく読むと、「予測」においてすら小児甲状腺がんが増加することが指摘されている。こういう「明らかな増加見えず」という判断自体に問題があるのだ。

そして、今回の「福島の健康調査「不十分」 国連人権理事会の助言者が指摘」という記事が27日付朝刊に出される。その担当者も大岩ゆりなのだ。このように一貫性のない報道では、私も含めた読者が混乱することになる。

そのことについて、第一には、それぞれの場所で発表されることを、前後の一貫性もなく、ただ新聞に垂れ流しているのであろうと指摘できる。こういう記事の速報性は必要だが、その前後の脈絡も含めて提供すべきだろう。それこそ、3.11直後のマスコミ報道において問われたことであった。しかし、それが、いまになっても生かされていないのである。

第二にいえば、福島県の放射線の影響を少なく見積もった記事が大々的に取り上げられているということである。すでに、福島の健康問題が国連人権理事会で取り上げられるほどの人権問題になっていることは、報道されても小さく扱われている。そのように、当局や推進派学者の都合のよいことを大々的にとりあげるということも、3.11直後のマスコミ報道で問題となったことであった。その反省がないのである。

このような意味で、朝日新聞の姿勢が、記者も含めて問われねばならないと思う。

追記:現在、福島県における児童の甲状腺検査は、36万人を対象としているが、9万6000人しか終了していない。その意味で、甲状腺異常や二次検査の人数について確定的に述べることは適当ではない。過去の本ブログで人数についても言及しているが、9万6000人を対象とした調査結果を36万人のものとしてみた場合の推測値でしかないので、削除・訂正することにした。

 

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