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前回は、1968年に「尖閣油田」が発見され、尖閣諸島に近接している沖縄と台湾の人びとが、1970年より油田の鉱業権をめぐってイントレストの対抗をはじめたことを紹介した。そして、日本政府・琉球政府側も台湾ー中華民国側の領有権主張に対して、積極的に対応していくことになった。

まず、台湾ー中華民国政府側の尖閣諸島の領有権主張につき、1970年8月10日の参議院沖縄及び北方問題に関する特別委員会で議論になった。川村清一参議院議員(日本社会党所属)と愛知揆一外務大臣は、このような議論をしている。

○川村清一君 最後に、外務大臣に尖閣列島の問題についてお尋ねいたします。総理府をはじめ各種機関の調査によりますと、沖繩の尖閣列島を含む東シナ海の大陸だなには、世界でも有数の石油資源が埋蔵されていると推定され、この開発が実現すれば、復帰後の沖繩経済自立にとってはかり知れない寄与をするであろうといわれております。この尖閣列島は明治時代に現在の石垣市に編入されており、戦前は日本人も住んでいたことは御案内のとおりだと思うわけであります。しかし、油田開発の可能性が強いと見られるだけに、台湾の国民政府は、尖閣列島は日本領土でないとして自国による領有権を主張し、舞台裏で日本と争っていると伝えられております。今後尖閣列島の領有問題をめぐって国民政府との間に紛争が顕在化した場合、わが国としてはどのような根拠に基づいて領有権の主張をし、どのような解決をはかるおつもりであるか、この点についてお尋ねをいたします。
○国務大臣(愛知揆一君) 尖閣列島については、これがわがほうの南西諸島の一部であるというわがほうのかねがねの主張あるいは姿勢というものは、過去の経緯からいいまして、国民政府が承知をしておる。そして、わが国のそうした姿勢、立場に対して国民政府から公式に抗議とか異議とかを申してきた事実はないんであります、これは今日までの経過からいいまして。しかし、ただいま御指摘がございましたように、尖閣列島周辺の海底の油田に対して国民政府側としてこれに関心を持ち、あるいはすでにある種の計画を持ってその実行に移ろうとしているということは、政府としても重大な関心を持っておるわけでございまして、中華民国側に対しまして、この石油開発、尖閣列島周辺の大陸だなに対して先方が一方的にさようなことを言ったり、また地図、海図等の上でこういうことを設定したとしても、国際法上これは全然有効なものとはならないのだということを、こうした風評を耳にいたしましたときに政府として公式に申し込れをいたしております。かような状況でございますので、今後におきましても十分この問題につきましては関心を持って対処してまいりたいと思っています。
http://kokkai.ndl.go.jp/cgi-bin/KENSAKU/swk_dispdoc.cgi?SESSION=18874&SAVED_RID=3&PAGE=0&POS=0&TOTAL=0&SRV_ID=4&DOC_ID=1945&DPAGE=1&DTOTAL=23&DPOS=18&SORT_DIR=1&SORT_TYPE=0&MODE=1&DMY=20750

1970年からの尖閣諸島の領有権問題について、公の場での最初の日本政府の見解は、この時の愛知外相の答弁のようである。この時、愛知は、尖閣諸島の日本への帰属について、台湾の政府は異議申立をしたことがなく、承知しているはずであり、地図上などで中華民国領として設定したとしても、国際法上有効にはならないと述べている。しかし、この時点で、「1895年の尖閣諸島編入」など尖閣諸島の領有権が日本側にあるのかということについての根拠を示していないことに注目しなくてはならない。

そして、9月12日の衆議院外務委員会でも、尖閣の帰属は議論になった。戸叶里子衆議院議員(日本社会党所属)の「あの尖閣列島は日本の領土である。沖繩に付属するものであるということを政府も考えていらっしゃるようでございますが、これに対してどういう態度を持っていられるかを念のためにまず伺いたいと思います。」という質問に対して、愛知外相は、次のように答えている。

○愛知国務大臣 尖閣列島につきましては、この尖閣諸島の領有権問題と東シナ海の大陸だな問題と二つあるわけでございますが、政府といたしましては、これは本来全く異なる性質の問題であると考えております。すなわち尖閣諸島の領有権問題につきましては、いかなる政府とも交渉とか何とかを持つべき筋合いのものではない、領土権としては、これは明確に領土権を日本側が持っている、こういう立場をとっておる次第でございます。これは沖繩問題にも関連いたしますけれども、現在米国政府が沖繩に施政権を持っておりますが、その施政権の根拠となっておりまする布告、布令等におきましても尖閣諸島は明確に施政権の範囲内にある。こういうことから見ましても一点の疑う余地もない。日本国の領有権のあるものである。したがって、この領有権問題についてどこの国とも交渉するというべき筋合いのものではない、こういうように考えております。
 それから東シナ海の大陸だな問題につきましては、七月十八日に国民政府に対しまして公式に、国民政府によるいかなる一方的な権利の主張も国際法上わが国との間の大陸だなの境界を確定するものとして有効なものではないという旨を申し入れております。さらに九月三日、国民政府に対しまして、この大陸だな問題について話し合いが必要ならば話し合いをしてもよいということは申し入れてございます。
http://kokkai.ndl.go.jp/cgi-bin/KENSAKU/swk_dispdoc.cgi?SESSION=9654&SAVED_RID=1&PAGE=0&POS=0&TOTAL=0&SRV_ID=4&DOC_ID=17538&DPAGE=1&DTOTAL=23&DPOS=14&SORT_DIR=1&SORT_TYPE=0&MODE=1&DMY=9862

当時は、アメリカと沖縄返還交渉の最中であった。そのことをふまえつつ、愛知は、基本的にはアメリカの施政権下にあるということを日本側が尖閣諸島の領有権の根拠としているのである。重要なことは、愛知は、「1895年の尖閣諸島編入」やその後の尖閣諸島の開発などを帰属の根拠としていないということなのである。その後、少なくとも1970年中は同様の主張を繰り返した。1970年9月12日の衆議院の沖縄及び北方領土に関する特別委員会で、自由民主党の山田久就衆議院議員の質問に対して、愛知外相はこのように答弁した。

現在アメリカが施政権を行使しております琉球列島あるいは南西諸島の範囲内においてきわめて明白に尖閣諸島が入っておるわけでございますから、これは一九七二年には当然に日本に返還される対象である。こういうわけでございますから、尖閣列島の主権の存在については、政府としては一点の疑いも入れない問題であり、したがって、またいかなる国との間にもこの件について折衝をするとか話し合いをするとかいう筋合いの問題ではない、こういうふうに考えておるわけであります。
http://kokkai.ndl.go.jp/cgi-bin/KENSAKU/swk_dispdoc.cgi?SESSION=9654&SAVED_RID=1&PAGE=0&POS=0&TOTAL=0&SRV_ID=4&DOC_ID=2136&DPAGE=1&DTOTAL=23&DPOS=13&SORT_DIR=1&SORT_TYPE=0&MODE=1&DMY=9862

アメリカの施政権下におかれており、1972年に予定されている沖縄返還において帰ってくるはずの領土であるというのである。つまり、これは、全くアメリカ頼みということになるだろう。

他方で、沖縄側も、独自の対応を行った。琉球政府の議会である琉球政府立法院は、1970年8月31日、「尖閣列島の領土防衛に関する要請決議」を議決した。この決議を次に掲げておく。

決議第十二号
 尖閣列島の領土防衛に関する要請決議
 尖閣列島の石油資源が最近とみに世界の注目をあび、県民がその開発に大きな期待をよせているやさき、中華民国政府がアメリカ合衆国のガルフ社に対し、鉄業権(原文ママ)を与え、さらに、尖閣列島の領有権までも主張しているとの報道に県民はおどろいている。元来、尖閣列島は、八重山石垣市字登野城の行政区域に属しており、戦前、同市在住の古賀商店が伐木事業及び漁業を経営していた島であって、同島の領土権について疑問の余地はない。
 よって、琉球政府立法院は、中華民国の誤った主張を止めさせる措置を早急にとってもらうよう院議をもって要請する。
 右決議する。
  1970年8月31日
                                     琉球政府立法院
(『季刊沖縄』第56号、1971年3月、p178)

愛知外相答弁とはことなり、アメリカの施政権が根拠とされていないのである。アメリカの沖縄支配からの脱却をめざして、沖縄の本土復帰を目標としてかかげていた琉球政府らしい対応といえる。そこであげられているのが、八重山石垣市に所属しているということと、戦前、石垣在住の古賀商店が開拓をすすめていたということである。しかし、ここでも「1895年の尖閣諸島編入」は根拠とされていないのである。

そして、この決議に続いて、琉球政府立法院は決議第13号「尖閣列島の領土防衛に関する決議」を採択した。これは、「本土政府は、右決議(前述の決議)に表明された沖縄県民の要請が実現されるよう、アメリカ合衆国及び中華民国に対し強力に折衝を行なうよう強く要請する」(『季刊沖縄』第56号、1971年3月、p178)ものだった。つまり、日本政府に、「尖閣列島の領土防衛」につき、アメリカおよび中華民国(台湾)と折衝することを求めたのである。これもまた、アメリカ支配からの脱却をめざして本土復帰を志向した琉球政府らしい対応であるといえる(ただ、ひと言いえば、沖縄復帰後、日本政府は、そのような沖縄側の思いにこたえようとはしなかった。大量の米軍基地は沖縄に設置されたまま、2012年時点では、さらに危険なオスプレイの沖縄配備が強行されたのである)。

それでは、アメリカの対応はどのようなものだっただろうか。アメリカ国務省のマクロスキー報道官は、1970年9月10日、尖閣諸島に中華民国の国旗が立てられたことを前提にして、尖閣諸島の将来に関し、アメリカ政府はいかなる立場をとるのかということについて、まず、このように答えた。

対日平和条約第三条によれば、米国は「南西諸島」に対し施政権を有している…当該条約によって、米国政府は琉球列島の一部として尖閣諸島に対し施政権を有しているが、琉球列島に対する潜在主権は日本にあるものとみなしている。1969年11月の佐藤総理大臣とニクソン大統領の間の合意により、琉球列島の施政権は1972年中に日本に返還されることとされている。
(『季刊沖縄』第56号、1971年3月、p157)

このように、一応は、愛知外相答弁のいっているように、サンフランシスコ講和条約によりアメリカが沖縄に施政権を有し、尖閣諸島も含まれているとしている。しかし、尖閣諸島の帰属自体については、このように述べている。

問 もし、尖閣諸島に対する主権の所在をめぐり紛争が生じた場合、米国はいかなる立場をとるのであるか。
答 主張の対立がある場合には、右は関係当事者間で解決さるべき事柄であると考える。
(『季刊沖縄』第56号、1971年3月、p157)

つまり、尖閣諸島の帰属について、アメリカは判断せず、関係当事者間の問題であるとしたのである。この見解は、尖閣諸島は日米安保条約による防衛範囲であるとしつつ、尖閣諸島の帰属については判断しないという、現在、アメリカが尖閣諸島問題に対してとっている対応に酷似しているといえるだろう。

となると、結局、愛知外相のアメリカの施政権が及んでいる地域であるから日本に帰属している根拠は、予定される1972年の沖縄返還までは有効であったとしても、沖縄返還後には効力を有さないことになるといえるのである。

この問題に対処するため、アメリカの施政権以前から尖閣諸島が日本ー沖縄に帰属している根拠として琉球政府によって「再発見」されたのが「1895年の尖閣諸島編入」の閣議決定であったのである。このことは、次回以降みてみたい。

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これまで、このブログでは、原発災害のリスクについては、一般的には「安全神話」という形で糊塗しつつ、立地地域において雇用や電源交付金というリターンとバーターすることがはかられてきたと述べてきた。

福島第一原発事故は、結局、原発災害のリスクに見合う、リターンなど存在しないことを示した。そして、原発災害の被災地はリターンが得られた立地地域をこえ、さらに、電力供給がされた電力会社管内すらこえて、近隣諸国にまで及んでいる。

その意味で、これまでのような原発立地を正当化する論理は通用しなくなっているといえる。滋賀県の嘉田知事が、立地自治体・立地県のみが原発稼働に対する発言権を有する現状の枠組みを批判し、「被害地元」という考えを示したことは一つの現れであるといえる。

どのように正当化の論理を再構築するか、そのことが、政府・電力会社・学界・立地自治体などの、いわゆる「原子力ムラ」において課題となっていた。2012年6月8日の大飯原発再稼働問題に対する野田首相の記者会見は、論理的には自己矛盾をきたしているものの、「原子力ムラ」がどのように原発を正当化する方向性を示したものといえる。前回・前々回のブログでみてきたが、もう一度、原発の正当化する方向性はどのようなものなのかをみておこう。

まず、記者会見の中で、野田は「国民生活を守る。それがこの国論を二分している問題に対して、私がよって立つ、唯一絶対の判断の基軸であります。それは国として果たさなければならない最大の責務であると信じています。」と述べる。「国民生活を守る」ということを基準にしていることに注目してみよう。つまりは、国民生活を脅かすリスクから守るということが、彼の判断基準なのだと主張しているのである。つまり、ここでは、リターンなど問題ではない。「リスク」だけが問題なのである。

その上で、国民生活の安全を守る上での第一の問題として、原発の安全性を提起している。そして、野田は、福島第一原発事故による知見はいかされており、同等の地震・津波が襲来しても、炉心損傷は起きないことが確認されているという。つまり、現状において原発は安全であるとしているのである。これは、ある意味で「安全神話」を引き継ぐものということができる。過去の「安全神話」とは、別に安全対策が完備したから安全というではなく、設置側が「安全」を宣言したというにすぎなかった。それを継承することがまずなされている。

しかし、それならば、新たに原子力規制庁を立ち上げ、安全基準を作り直す必要はない。そこで、野田は、「こうした意味では、実質的に安全は確保されているものの、政府の安全判断の基準は暫定的なものであり、新たな体制が発足した時点で安全規制を見直していくこととなります。」としている。現状の「安全」は暫定的なものでしかないのである。いくら野田でも、「原発の安全性」を絶対的に保障はできないのである。

それを、より明確に主張しているのが、西川福井県知事である。6月5日、次の記事を読売新聞がネット配信している

「福井に安全神話ない」…西川知事、原発相らに

 関西電力大飯原子力発電所の再稼働を巡り、細野原発相が4日、福井県に地元同意を要請したが、西川一誠知事は首を縦に振らなかった。夏の電力不足が迫る中、地元同意に向けた手続きはいつ動き出すのか。カギは西川知事が握る。

 「福井に安全神話はないんです」。西川知事は4日、会談で細野原発相らに語りかけた。全国最多の14基を抱える原発立地県としてリスクを負ってきたとの思いがにじむ。

 旧自治省官僚から副知事に就任した1995年、同県敦賀市の高速増殖炉「もんじゅ」のナトリウム漏れ事故が発生。知事当選翌年の2004年には同県美浜町の美浜原発事故で5人が死亡した。今回、再稼働への手続きに位置付けられた県原子力安全専門委員会は、西川知事が設置したものだ。

 会談では、消費電力の半分を福井に頼る関西への不満も口にした。関西広域連合が5月30日に出した「再稼働容認」声明に対し、「そもそも、消費地である関西は『容認』とおっしゃる立場にはない」と、厳しい口調で言い切った。

 電源三法に基づき、国が同県や県内の原発立地自治体などに投じた交付金は1974~2010年度までに計約3461億円。地域の経済、雇用は原発に依存する。県内の企業経営者は「福井と原発は切り離して考えられない」と話す。

 会談で西川知事は、「日本経済のために原発が重要で、再稼働が必要だということを、首相が直接、国民に訴える対応がなされれば、(再稼働同意に向けた)解決を進めたい」と述べ、再稼働に向けた条件を示した。「40年後の原発依存度ゼロに向けて動いている」(枝野経済産業相)との脱原発論がくすぶる政権に覚悟を迫った格好だ。

 会談後の記者会見で、西川知事は語調を強めた。

 「(ボールは)国にあります」

(2012年6月5日 読売新聞)
http://osaka.yomiuri.co.jp/e-news/20120605-OYO1T00222.htm

これは、重要な発言である。西川知事は「安全神話」を否定する形で、原発のリスクを指摘したことになる。その意味で、原発は、西川にとっても「安全」なものではない。野田首相が「暫定的な安全」というあいまいな言い方をしたのと比べると、より明解である。

それでは、どのように原発の正当性を主張するのか。また、野田首相の記者会見にもどってみよう。野田は、こういうのだ。

国民生活を守ることの第2の意味、それは計画停電や電力料金の大幅な高騰といった日常生活への悪影響をできるだけ避けるということであります。豊かで人間らしい暮らしを送るために、安価で安定した電気の存在は欠かせません。これまで、全体の約3割の電力供給を担ってきた原子力発電を今、止めてしまっては、あるいは止めたままであっては、日本の社会は立ち行きません。

確かに、日本社会は原発からの電力供給というリターンに依存してきたといえる。このことを逆手にとって、このリターンが絶たれることが、「国民生活を守る」上でのリスクだと野田はいうのである。原発供給電力というリターンを、リスクとして、この場所では表現しているのだ。このリスクは、夏期の計画停電に始まる人命・雇用・需要の喪失にはじまり、長期的にいえば、電力価格高騰における家計・企業経営への悪影響、さらに石油資源を中東に依存することへのエネルギー安全保障上の問題にまで及ぶ。これらを「国民生活を守る」上でのリスクとしてとらえているのである。

原発災害へのリスクに電力供給危機へのリスクを対置する、そのことによって、原発災害リスクへの懸念の増大を電力供給危機への危機に置き換える、そのような戦略が目指されているといえる。

そして、原発災害のリスクを甘受しつつ、電力危機のリスクに立ち向かう立地地域の人びとは、野田においては賞賛されるのである。

そして、私たちは大都市における豊かで人間らしい暮らしを電力供給地に頼って実現をしてまいりました。関西を支えてきたのが福井県であり、おおい町であります。これら立地自治体はこれまで40年以上にわたり原子力発電と向き合い、電力消費地に電力の供給を続けてこられました。私たちは立地自治体への敬意と感謝の念を新たにしなければなりません。

「大都市における豊かで人間らしい暮らし」とは、大都市住民でもない人びと、大都市でも豊かな生活をしていない人びとにとっては、絵空ごとであるが、しかし、野田の国民とは、そのような人びとを排除している。いわば、既得権を得ている人びとでしかなかろう。この既得権ーつまりはリターンーを得ている人びとを守るために、原発リスクを甘受している人びとこそが「敬意と感謝」の対象となるのである。

このような意識は、より立地地域の首長によって強く語られる。おおい町長は、4日に「住民の間からも、今までにない不満が出ている。立地自治体として40年間、大きなリスクを抱えながら今日に至っているのに、何の理解もない」(産經新聞5日ネット配信)と述べている。

最終的に野田は、このように述べる。

再起動させないことによって、生活の安心が脅かされることがあってはならないと思います。国民の生活を守るための今回の判断に、何とぞ御理解をいただきますようにお願いを申し上げます。

再稼働させないことは、国民の生活の安心を脅かすということなのである。つまりは、再稼働反対派は、国民の生活の安心を脅かす存在なのである。

そのことを露骨に語っているのが、原発をかかえている美浜町議会である。やや前のことになるが、美浜町議会の動向について、産經新聞は次の記事を5月22日にネット配信している。

計画停電の検討、関電に要望 美浜町議会原特委 福井
2012.5.22 02:08
 
■電気のありがたさ知らせる

 関西電力美浜原子力発電所(美浜町)の再稼働について、美浜町議会原子力特別委員会は21日、経済産業省原子力安全・保安院と関西電力から、安全基準と緊急安全対策について説明を受けた。

 関電は昨年12月、美浜原発3号機のストレステスト(耐性検査)1次評価を提出し、保安院の審査待ち。同2号機は昨年7月、高経年化技術評価を提出し、今年7月には運転40年を迎える。同1、2号機は改正規制法案の制定待ちとなっている。

 この日の原特委では、山口治太郎町長や議員10人が出席。関電の説明後、議員が「今年の夏を乗り越えれば、原子力発電所がなくてもやっていけると思われがちだ」と指摘。「大阪など関西は電気があって当たり前だと思っている。関西に電気のありがたさを知らせるため、計画停電を最重要課題にすべきだ」と要請。

 関電美浜発電所の片岡秀郎所長は「供給の努力を怠ってはいけないが、化石燃料の増強が電気料金の値上げに繋がることなどを理解してもらわなければならない」と応えた。
http://sankei.jp.msn.com/region/news/120522/fki12052202080002-n1.htm

再稼働に反対する関西の人びとに電気のありがたさを知らせるため、計画停電を率先して行えと関西電力に要請したというのだ。野田の発言は、計画停電をさけるために再稼働せよというものだが、ここでは、反対派がいるような地域には電力供給しないことによって反省を促せと主張されているのだ。

野田の記者会見は、福井県側が求めたものである。それゆえ、たぶん従来から主張された安全神話の提起と、福井県などが主張する電力供給危機の問題が整合性がとれていない部分があり、野田の発言全体の自己矛盾の一因となっているといえる。しかし、福井県側においても、再稼働への同意の条件として、このようなことを国側が表明することになっていた。結局、原発のリスクを認めると、これまでのようにリターンを与えることによって同意を調達することは主軸にならないのである。国が「国民生活を守る」上でのリスクとして、原発よりの電力供給危機に対応することをあげ、それこそが「国策」だと措定することによって、「原発の安全性」というリスクを第二義的なものとし、無効化する。もちろん、電力供給上の危機といっても、一般的にも電力供給というリターンを失うということにすぎないし、現実には、電力会社・立地自治体などのリターンが失われることでしかない。しかし、それを、それこそ、「国民国家」的な「国民の生活」を守るための利益だと拡大し、現実的なリターンなしに、原発のリスクを甘受することが国家から訓示される。原発のリスクを甘受しつつ、国民の生活を守るために電力供給に協力した福井県の人びとは賞賛され、再稼働をさせないように主張した人びとは、国民の生活の安心を脅かすものとされるのだ。その意味で、原発災害のリスクが、電力供給上のリスク(実質は原発からのリターンが失われるということにほかならないが)によってバーターされることによって、原発が正当化されるといえるのである。

このことは、例えば、1974年の電源交付金制度設置においては、原発の安全性を主張しつつ、とりあえずリターンを与えることによって、原発の正当性を担保させるというやり方とは大きく異なるといえる。原発からの電力供給というリターンが絶たれるというリスクを強調される。原発は、電力会社や立地自治体に限らず、現存秩序の中で既得権を得ている人びとにとって、特別なリターンなしに喪失からのリスクから守らなくてはならないものの象徴となり、さらに「国民生活の安全」全体にとっても守るべきものなっていく。そして、それは、国家がー現実には野田首相がー、それこそが、原発の安全性をこえて守るべき国策として措定し、その国策に従うものを賞賛し、反対する者を国民生活を脅かす者とレッテル張りをすることになる。

このような形で、原発が正当化されていくことがめざされていると考えられる。このことによって、現実には、美浜二号機のような、老朽でよりリスクのある原発が再稼働されることになるだろう。つまり、安全性は二の次であり、電力供給を守ることが国策なのだから。他方で、国民生活上の危機なるものを原発に限らずあおり立て、何らのリターンもなしに、「国策」に従うことが強制されていくということが横行していくだろう。消費増税正当化の論理も、その一つであろう。そして、この状況こそが民主主義の危機である。

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本日(2012年6月8日)、福井県知事から「国民に原発の必要性を主張してほしい」という要請に答えて、野田首相が大飯原発再稼働の正当性を訴える記者会見を行った。

この内容については、すでにマスコミ各社が伝えているが、その要約では、野田首相の論理を正確に伝えているとは言い難い。前から、どのような論理で、野田首相は原発再稼働の正当性を主張するのだろうと考えていた。首相官邸のサイトにアップされた、野田首相の記者会見のテクストにおける論理展開をみながら、どのように野田首相が原発再稼働を正当化づけるのかをみていきたい。

まず、冒頭で、野田首相は、次のように提起する。

 

本日は大飯発電所3、4号機の再起動の問題につきまして、国民の皆様に私自身の考えを直接お話をさせていただきたいと思います。

 4月から私を含む4大臣で議論を続け、関係自治体の御理解を得るべく取り組んでまいりました。夏場の電力需要のピークが近づき、結論を出さなければならない時期が迫りつつあります。国民生活を守る。それがこの国論を二分している問題に対して、私がよって立つ、唯一絶対の判断の基軸であります。それは国として果たさなければならない最大の責務であると信じています。
http://www.kantei.go.jp/jp/noda/statement/2012/0608.html

野田は、この問題が「国論を二分する問題」であることを認めた上で、彼自身は「国民生活を守る」ということが、自分の絶対的判断基準であり、国の最大の責務であるとしている。

では、「国民生活を守る」ということはどういうことなのか。野田は、このことを二つにわけている。第一は「原発の安全性」ということである。

 

その具体的に意味するところは2つあります。国民生活を守ることの第1の意味は、次代を担う子どもたちのためにも、福島のような事故は決して起こさないということであります。福島を襲ったような地震・津波が起こっても、事故を防止できる対策と体制は整っています。これまでに得られた知見を最大限に生かし、もし万が一すべての電源が失われるような事態においても、炉心損傷に至らないことが確認をされています。

 これまで1年以上の時間をかけ、IAEAや原子力安全委員会を含め、専門家による40回以上にわたる公開の議論を通じて得られた知見を慎重には慎重を重ねて積み上げ、安全性を確認した結果であります。勿論、安全基準にこれで絶対というものはございません。最新の知見に照らして、常に見直していかなければならないというのが東京電力福島原発事故の大きな教訓の一つでございました。そのため、最新の知見に基づく30項目の対策を新たな規制機関の下での法制化を先取りして、期限を区切って実施するよう、電力会社に求めています。

福島のような事故を起こさないことがまず第一であるというのである。つまり原発の安全性が第一の問題である。そのことについて、野田は、全電源喪失しても炉心損傷は起きないことは確認した、新たな知見については、今後の法制化を先取りして、実施することを電力会社に求めたとしている。

この安全であるかいなかということが、基本的に大きな問題であり、例えば大飯原発のストレステストについては、班目原子力安全委員長すら、再度の検討が必要であると発言している。また、免震重要棟建設の必要性など、福島第一原発事故で得られた「知見」についても、多くの実施は「先送り」となっている。野田のいう、国論が二分しているという所は、再稼働される原発の安全性なのである。それについて、彼は「安全である」と断言しているといってよいだろう。しかし、野田は、このようにいう。

 

その上で、原子力安全への国民の信頼回復のためには、新たな体制を一刻も早く発足させ、規制を刷新しなければなりません。速やかに関連法案の成案を得て、実施に移せるよう、国会での議論が進展することを強く期待をしています。

 こうした意味では、実質的に安全は確保されているものの、政府の安全判断の基準は暫定的なものであり、新たな体制が発足した時点で安全規制を見直していくこととなります。その間、専門職員を要する福井県にも御協力を仰ぎ、国の一元的な責任の下で、特別な監視体制を構築いたします。これにより、さきの事故で問題となった指揮命令系統を明確化し、万が一の際にも私自身の指揮の下、政府と関西電力双方が現場で的確な判断ができる責任者を配置いたします。

 なお、大飯発電所3、4号機以外の再起動については、大飯同様に引き続き丁寧に個別に安全性を判断してまいります。

 実は、これは、大飯原発が安全であるとする野田の断言を自ら裏切っているといえる。新たな規制機関はまだ作られておらず、その上での新たな安全基準もない。もし、新たな安全基準に照らして、大飯原発の安全性に疑問をもたれたら、どうするのだろうか。その場合、運転停止にできるのだろうか。とりあえず、疑問だらけなのだが、それは後述する。ただ、確認できるのは、野田は、とりあえず大飯原発は安全であるという点に立脚しているということである。

そして、次に、野田は国民生活を守る第二の意味として、電力供給面からの日常生活への悪影響を避けるということをあげている。まずは、いわゆる夏場の電力不足問題をあげている。
 

国民生活を守ることの第2の意味、それは計画停電や電力料金の大幅な高騰といった日常生活への悪影響をできるだけ避けるということであります。豊かで人間らしい暮らしを送るために、安価で安定した電気の存在は欠かせません。これまで、全体の約3割の電力供給を担ってきた原子力発電を今、止めてしまっては、あるいは止めたままであっては、日本の社会は立ち行きません。

 数%程度の節電であれば、みんなの努力で何とかできるかもしれません。しかし、関西での15%もの需給ギャップは、昨年の東日本でも体験しなかった水準であり、現実的には極めて厳しいハードルだと思います。

 仮に計画停電を余儀なくされ、突発的な停電が起これば、命の危険にさらされる人も出ます。仕事が成り立たなくなってしまう人もいます。働く場がなくなってしまう人もいます。東日本の方々は震災直後の日々を鮮明に覚えておられると思います。計画停電がなされ得るという事態になれば、それが実際に行われるか否かにかかわらず、日常生活や経済活動は大きく混乱をしてしまいます。

確かに、関東や東北などでは、昨年は計画停電や夏場の節電などで、苦労をしたことは否めない。しかし、「命の危険にさらされる」というほどのものではない。さらにいえば、そのことで「仕事が成り立たなくなってしまう人もいます。働く場がなくなってしまう人もいます。」というならば、それは現在の就職難の主要因ではないと答えることができる。2008年のリーマンショックの時、もちろん、電力供給に支障などなかったが、多くの人が失業した。今でもそうだ。しかし、そんなことは、野田の念頭にはない。

さらに、野田は、このように主張する。

 

そうした事態を回避するために最善を尽くさなければなりません。夏場の短期的な電力需給の問題だけではありません。化石燃料への依存を増やして、電力価格が高騰すれば、ぎりぎりの経営を行っている小売店や中小企業、そして、家庭にも影響が及びます。空洞化を加速して雇用の場が失われてしまいます。そのため、夏場限定の再稼働では、国民の生活は守れません。更に我が国は石油資源の7割を中東に頼っています。仮に中東からの輸入に支障が生じる事態が起これば、かつての石油ショックのような痛みも覚悟しなければなりません。国の重要課題であるエネルギー安全保障という視点からも、原発は重要な電源であります。

単に夏場だけでなく、電力価格の高騰をさけ、雇用を確保するために、原発からの電力供給は恒常的に必要であり、そうでなければ「国民の生活」を守れないと主張するのである。この論理でいけば、原発は半永久的に維持しなくてはならなくなるだろう。しかし、そうなると、新たな安全基準で大飯原発の安全性に疑問がもたれた場合、どうするのだろうか。暫定的な安全基準によって、原発再稼働するということは、実は「電力の安定供給」という野田の命題そのものを裏切ることになるのである。つまり、「安全」が確保されないと「電力の安定供給」→「国民生活を守る」という論理が危うくなっていくのである。

さらに、野田は、このように述べる。

 

そして、私たちは大都市における豊かで人間らしい暮らしを電力供給地に頼って実現をしてまいりました。関西を支えてきたのが福井県であり、おおい町であります。これら立地自治体はこれまで40年以上にわたり原子力発電と向き合い、電力消費地に電力の供給を続けてこられました。私たちは立地自治体への敬意と感謝の念を新たにしなければなりません。

まず、「大都市における豊かで人間らしい暮らしを電力供給地に頼って実現をしてまいりました」というところをみておこう。これは、二重の意味で問題をはらんでいる。「大都市」でなければ「豊かで人間らしい暮らし」ができないのか。つまり、地域格差がここでは前提となっているのである。また、「大都市」であっても全ての人が「豊かで人間らしい暮らし」をしているのか。階級格差もここでは前提となっているのである。電力供給がなされても「豊かで人間らしい暮らし」など保障されない。しいていえば、その一部にすぎない。そして、電力供給難のみが「大都市における豊かで人間らしい暮らし」をおくることの支障になるというならば、地域格差も階級格差も関係ない人を対象にしているといえる。その意味で、野田の「国民」とは「大都市における豊かで人間らしい暮らし」を享受している人をさすことになるだろう。その点、電力供給とは関係なく「豊かで人間らしい生活をおくれない人」のことなど眼中にはない。電力価格高騰で、家庭や中小企業が困窮するといっているが、最近の報道では、東電の利益の9割が家庭向けから得ていると聞く。そんなものなのである。

後段の「関西を支えてきたのが福井県であり、おおい町であります。これら立地自治体はこれまで40年以上にわたり原子力発電と向き合い、電力消費地に電力の供給を続けてこられました。私たちは立地自治体への敬意と感謝の念を新たにしなければなりません。」という発言は、全く理解できない。野田は原発の安全性を最初のところで主張している。立地自治体は別に電力生産者でもなく、原発が安全ならば、原発によって苦労を強いられることはないだろう。原発のリスクがあるから苦労するのだ。強いて言えば、電力供給によって「国民の生活を守る」という国策に従ってきたことへの敬意と感謝なのだが、その言外には、原発のリスクを甘受せざるをえないという犠牲をねぎらうということが含意されている。その意味で、野田は、自分の最初にいった発言を裏切っているのだ。

そして、野田は、大飯原発の再稼働を宣言するのである。

 

以上を申し上げた上で、私の考えを総括的に申し上げたいと思います。国民の生活を守るために、大飯発電所3、4号機を再起動すべきというのが私の判断であります。その上で、特に立地自治体の御理解を改めてお願いを申し上げたいと思います。御理解をいただいたところで再起動のプロセスを進めてまいりたいと思います。

 福島で避難を余儀なくされている皆さん、福島に生きる子どもたち。そして、不安を感じる母親の皆さん。東電福島原発の事故の記憶が残る中で、多くの皆さんが原発の再起動に複雑な気持ちを持たれていることは、よく、よく理解できます。しかし、私は国政を預かるものとして、人々の日常の暮らしを守るという責務を放棄することはできません。

「国民の日常生活」を守ることが、野田の至上命題になっている。ある意味で、彼にとっては、福島のことは「非日常」なのであり(それ自身はそうだが)、「日常」を守る上では考慮されない。もし、敬意と感謝を述べるならば、それはいまだ原発リスクを完全には体験していない福井県の人びとではなく、そのリスクを身をもって体験した福島県の人びとであると思うが、もはや「原発再稼働」というカードをもたない福島県の人びとは対象外なのである。

しかし、彼は、長期的には原発への依存度を下げるのだという。

 

一方、直面している現実の再起動の問題とは別に、3月11日の原発事故を受け、政権として、中長期のエネルギー政策について、原発への依存度を可能な限り減らす方向で検討を行ってまいりました。この間、再生可能エネルギーの拡大や省エネの普及にも全力を挙げてまいりました。

 これは国の行く末を左右する大きな課題であります。社会の安全・安心の確保、エネルギー安全保障、産業や雇用への影響、地球温暖化問題への対応、経済成長の促進といった視点を持って、政府として選択肢を示し、国民の皆様との議論の中で、8月をめどに決めていきたいと考えております。国論を二分している状況で1つの結論を出す。これはまさに私の責任であります。

これは、「国民生活を守る」ために原発は必要だとする彼自身の前述した論理を裏切っている。もし、そういうのならば、原発への依存度を下げてはいけないはずである。このような自己矛盾している野田に「国論を二分している状況で1つの結論を出す。これはまさに私の責任であります」ことが可能なのだろうか。

最後に彼は、このようにいう。

再起動させないことによって、生活の安心が脅かされることがあってはならないと思います。国民の生活を守るための今回の判断に、何とぞ御理解をいただきますようにお願いを申し上げます。

 また、原子力に関する安全性を確保し、それを更に高めていく努力をどこまでも不断に追及していくことは、重ねてお約束を申し上げたいと思います。

 私からは以上でございます。(記者との応答は省略)

再稼働させないことは「生活の安心を脅かす」というのである。つまり、再稼働反対派は、「国民の生活」を脅かすということになる。ある意味では「非国民」ということになろう。

しかし、これは、再稼働反対派・慎重派からいわせれば、全く逆であろう。原発の安全性が担保されないまま、再稼働されることこそ、「生活の安心を脅かす」ことになる。

さて、全体でいえば、この野田の主張は、自己矛盾の塊といってよい。いくら野田でも「安全性」が最優先されることはふまえて「安全」といっているが、しかし、原発のリスクが立地自治体におよぶことを言外に認めざるをえない。今後、規制庁ができたら新たな安全基準で審査する必要性があるとするのだが、もし、そうなれば、原発を停止する可能性があり、電力の安定供給ということに反するであろう。さらに、原発に依存しなくては日本社会が成り立たないといいながら、長期的には脱原発依存を主張する。ある意味で、再稼働反対派・慎重派の原発から「国民の生活を守る」という論理を小器用に転換して、電力供給の危機から「国民の生活を守る」という論理で当面は糊塗しているといえるが、内容は矛盾だらけである。

しかし、この中で、ある種、「国民の生活を守る」という国民国家的名目で、国家主義を押し付ける論理が顕在化してきていることに注意しなくてはならない。その中で、電力供給という、「大都市で豊かで人間らしい生活」をおくる人びとの利益が国民全体のものとされてくる。そして、その仕組みに犠牲を払って従う人びとは、賞賛される。他方、反対派の意見は「国民生活を守る」点から排除される。もはや、原発の安全神話が崩壊し、原発のリスクに見合うリターンなど存在しなくなった時、浮上してきたのは、一面的に「国民生活を守る」ことの内容を国家の首脳が定義し、犠牲を払いつつ従う人たちを組織し、別種の「国民の生活を守る」という論理を排除する、ある種の国家主義なのであるといえる。しかも、それが、おおい町長や福井県知事の要請に答えてー形式的には下からの要請に答えて、出現したということにも着目しておかねばならない。

単に、原発再稼働ということをこえて、私たちは歴史的な試練を迎えているという感が否めないのである。

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東日本大震災によって顕著なことの一つとして、さまざまな地域、レベルにおいて、いろいろな形での「棄民」が顕在化してきたことがあげられる。

すでに、21世紀に入る頃から開始された、新自由主義的「改革」は、さまざまなレベルでの「棄民」の出現を促進してきたといえる。農業自由化や財政改革における補助金削減は、地方経済ーすでに大阪などの大都市圏にも及んでいるがーの弱体化を促進させてきた。私が福島県浜通り地域に通っていたのは2000年頃であったが、すでに当時の原町市(現在の南相馬市)では常時シャッターが閉鎖された店舗が目立つ商店街ーいわゆる「シャッター」街を頻繁に目撃するようになった。そして、それは、いわゆる「地方都市」で頻繁にみかけるようになった。

他方、東京などの大都市では、一見大規模な都市再開発やベンチャー企業の叢生によって、経済活動が活性化したようにみえた。しかし、それは、それこそ「1%」の繁栄に過ぎなかった。他方で、同じく新自由主義改革が推し進めた相次ぐ労働者派遣法の改正など、正規雇用から非正規雇用への切り替えが進んだ。非正規雇用といえば、まだ聞こえがよい。そのほとんどが「生活保護」水準ーそれ以下の場合も多いーの賃金しか得られていないのである。そして、それは、正規雇用自体の労働条件悪化にも及んでいる。「非正規雇用」との潜在的な競争により、賃金は引き下げられ、サービス残業や休日出勤が今まで以上に強いられるようになった。

しかし、これらの「棄民」の拡大は、東日本大震災以前においては、「局所化」されていた。まずは、一般的に「自由」「小さな政府」「自己責任」などの新自由主義のイデオロギーが、それぞれの場面における「自由競争」の極大を正当化していたことが大きな要因としてあげられるであろう。特に「自己責任」は、まさしく、近代初頭の小経営者=「個人」の自立志向に起因するもので、日本では「通俗道徳」にあたるといえよう。もはや、経営どころか「家族」ですら、より公共的に支えられないと存立不可能であるのだが、新自由主義は、そのような「公共性拡大の必要性」を逆手にとって、それを恐怖の対象とする。その上で、公共性の介在しない、市場中心で維持する「社会」を夢想する。このような社会は「自己責任」をもつ個人によってささえられるのであり、社会保障の必要な弱者ー今や99%なのだーは事実上排除する。弊害が目に見えているのに労働者派遣法は「改悪」され、生活保護は「窓口規制」され、年金支給年齢は引き上げられた。一方、地方では、自主性尊重の掛け声のもとに、補助金は引き下げられ、能率性重視を目的として、大規模な自治体合併が強制された。

東日本大震災の被害は、まず、地方における「棄民」のあり方を顕在化させたといえるであろう。もちろん、地震による津波被災は「新自由主義」に起因するものではない。しかし、現状においても、本質的には公的な意味では放置されているといえる津波被災地のあり方は「棄民」そのものといえるであろう。都市部を中心として被災した関東大震災や阪神淡路大震災と、東北太平洋側の沿岸部を襲った津波被災が中心とする東日本大震災は、様相をことにしている。地方空洞化のただ中でおきた東日本大震災においては、そもそも、区画整理などを実施することで「再開発」し、その利益によって地域社会を再建するというそれまでの「復興」のパターンを十分機能させることができない。新自由主義のもとに地方の経済活動が弱体されてきたという「棄民」状況が、ここで明るみに出たといえるのである。

そして、このような「棄民」状況にたいして、新自由主義を体現してきた政府は、十分対処する能力をもたない。結局は、財政出動の「圧縮」と財政負担の将来へのつけまわしを議論するしか能がないのである。さらに、村井宮城県知事などは、阪神淡路大震災的な都市再開発をもくろんで市街地建築制限を導入し、被災地の「復旧」のさまたげとなっている。さらに、彼は、沿岸漁業への一般企業の参入を促す水産特区構想を持ち出し、津波被災地に混乱をまきおこした。村井の発想は、まさに新自由主義的復興構想といえるのであるが、逆に、被災地の自主的な復旧を阻害しているのである。

一方、福島の状況であるが……。この状況を「棄民」という範囲すらこえているといえる。そもそも、福島県浜通りという人口の少ない地域に原発が建設されたということ自体、「棄民」状況が潜在していたといえる。そして、福島第一原発事故後、周辺の町村からは、地域社会全体が根扱ぎにされた。民だけではなく、地全体が、現状では「棄てられている」のである。それぞれの町村という、生活の場すべてが奪われた「民」がそこにはいるのだ。

他方で、とりあえず、避難指示はされていないその他の地域でも、「棄民」状況は続いている。比較的高い放射線量ーチェルノブイリ事故では自主避難が認められた線量をこえる地域もあるーにおいても、「日常生活」を続けられている。部分的な除染と、あまりにも高い土壌放射線量での農産物の作付の制限はなされているが、それ以外は十分進んでいるとはいいがたい。そして、自主的に避難する人々がいる一方、避難をしない人々との間の意識の断絶がうまれている。特に、乳幼児をかかえる女性たちの避難が目立っている。これもまた「棄民」なのである。このことは、すでに、福島県だけの問題ではない。福島県なみの汚染状況を示している地域は、北関東の地域さらに、千葉県の柏市地域や東京の奥多摩地域にも及んでいるのだ。

汚染地域などでの「日常生活」の維持のため、そこから産出される「農水産物」も「正常化」されなくてはならない。そして、それは、農地除染や、農水産物の検査体制の強化という形ではなく、放射性物質の許容限界を平常時の5倍に引き上げるという「暫定基準」の設定で行われた。そして、問題を表面化しないように穴だらけの検査体制がそのまま維持される。政府の「直ちに健康に影響がない」というのは、短期的にはその通りかもしれない。しかし、長期間に維持すべきものではなく、その意味で「暫定」なのだ。しかし、その暫定基準は、そのまま「安全」という言説が福島県知事などより言明される。これは、いわゆる、象徴的な意味での「棄民」といえるであろう。そして、そのことの意味をもっとも強く考えるのが、現状では女性たちであるということも指摘しておかねばならない。

そして、他方、都市内外に存在する「非正規雇用」の労働者ー「非正規労働者の予備軍」としての大学生たちも含めてーもまた、「棄民」といえる。すべてを、還元してはいけないと思うが、労働組合などと離れた形で「脱原発」デモが行われてきた背景としては、彼らの存在があるといえる。全体的な「棄民」状況からの「解放」が、そこには希求されているのではなかろうか。このことついては、もっと深めて考えていかなくてはならない。

東日本大震災以前では、「棄民」の存在は「局所化」されていた。東日本大震災により、このような多様な「棄民」が顕在化した。その一方で、「棄民」を作り出し、隠蔽してきた、新自由主義的資本主義システムへの「無意識的な信頼感」は大きく揺らいだのである。

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とりあえず、まず、初めて震災を伝えた『朝日新聞』3月12日朝刊をみておこう。この新聞は特別紙面となっていて20面と通常より少ない紙面となっている。
第一面は、「東日本大震災 M8.8 世界最大級津波 震度7 死者・不明850人超」という記事が大きな活字の見出しで掲載され、ヘリコプターで撮影された津波で被災した福島県いわき市の写真と、東日本全体の地図で表示された「各地の主な震度」が掲載された。これは、震災の「全体」を、まさに外部から見下ろした形で把握しようとしたものといえる。外部からみた視点による「全体」を把握しようという動きは、第二面が「津波にのまれ町炎上」(炎上する気仙沼市内の写真添付)・「政府、補正予算を検討」、第三面が「断層600キロ破壊か」・「津波速度 ジェット機並み」という記事にも受け継がれている。そして、第三面の常設社説欄では「東日本大震災 国をあげて救命・救援を」という社説が出され、「政府は今こそ国民を守れ」というスローガンのもとに、「まずは、首相や閣僚が国会対応に手をとられずに、対策に専念できる環境をつくることだ。経済や社会の動揺を抑えなければならない。今後必要になるだろう補正予算への対応も含めて、各党が協力することが、大災害を乗り切る力になる」と主張した。そして、次の第四面の政治・政策面で「地震対応 与野党急ぐ」という記事が掲載され、「自・公『全面的に協力』」とされた。同面には「統一選一部延期を検討」や阪神大震災時の官房副長官石原信雄の談話である「人命最優先 挙国一致で」という記事も掲載された。見事に外部からの視点で震災の「全体」を描き、それに対処するために「われわれ」の団結を計ろうとすることが、紙面から演出されているといえる。この外部からの視点は、第六面の国際面の「ツナミ 世界が速報」にも受け継がれている。この時期(現在でもだが)リビア情勢が深刻な局面を迎えていたが、それよりも世界各国での震災報道の方に力点が置かれていた。次の第七面の経済面でも「産業・物流大打撃」・「東証急落 179円安」という、震災が日本経済全体に与えた影響が報道されている。ここまで、外部からの視点で全体を報道し、いわば国難に対処するという形で、政治休戦も含めた「われわれ」-国民の団結をはかるという志向が、『朝日新聞』の紙面構成に表出していたといえる。
 一方、原発報道についてはどうであろうか。第一面には、あまり大きくない形で「福島原発、放射能放出も」という記事が掲載された。この記事は、福島原発1・2号機が、炉心の緊急停止はしたものの、停電で緊急冷却装置が作動せず、原子炉格納容器の圧力を下げるために内部の放射能を含む蒸気を外部に放出することを検討せざるをえなくなったとして、「原子力緊急事態宣言」を発令したというものである。このことについては、第五面で詳しく伝えている。「原発 想定外の事態 空だき防ぐECCS動かず」という記事が掲載されている。この記事は、全体を提示したともいえず、とにかく起こっている事態のみの説明に終始している印象がある。後の経過でいえば、3・4号機も事故に向かっていくのだが、そのことに特に言及していない。一方、後に述べるように、当事者たちの経験など細部を叙述するという語りの手法があるが、そのようなことも行われない。そして、編集委員竹内敬二の論説「地震国と原発 どう共存するのか」が掲載されている。これは「地震国日本でどこまで原発を増やすのか、原発の安全は確保できるのかという『振り出しに戻る議論』が必要だろう」と主張したもので、原発政策に対する批判的見方といえる。社説とかなり位相が異なっているといえよう。
さて、後半の紙面をみていこう。第一一面のスポーツ面にも、プロ野球オープン戦やJリーグが中止になったことや、リンク・射撃場が被害にあったことが出されている。第一四面の東京面では、「都内で死者三人 震度5強、帰宅の足大混乱 鉄道運休、駅に人波」という記事が出されている。ここで、ようやく、全体を見通す外部からの視点に基づいた記事ではなく、当事者の経験を含む事件の内部からの視点で細部を描く記事をみることができる。掲載されている写真も、高みからみた鳥瞰的なものではなく、倒壊したスーパーマーケット駐車場、渋谷駅のハチ公口で高層ビルを見上げる人々、さらにJR運転見合わせになり駅前にあふれる人々が、当事者の目線ー成田さんは虫瞰とよんでいるーで撮影されている。その意味で、当事者の視点がまず示されているといえる。しかし、確かに、東京の人々も「被災経験」を蒙ったといえるが、今になって考えると、それは外部からみた全体的認識と見合ったものだろうかと思えるのだ。
そして、第一五面・第一六面は、ほぼ東日本大震災の写真が掲載されている。それぞれ4枚ずつ、8枚の写真が掲載されている。高みからみた鳥瞰的写真、当事者の目線で撮影した虫瞰的写真がそれぞれ配置されている。しかし、このうち5枚が関東地域の写真で、3枚のみが東北の写真である。もちろん、関東地域もかなりの被害を蒙ってはいるが、東北地域とは被害の規模が違うといえる。
次の第一七面の社会面では、「帰宅難民 不安な夜 駅前・道路・あふれる人」とあり、写真も含めて、東京地域で鉄道の停止により帰宅できなかった人々のことが虫瞰的に描かれている。まさに、それぞれの当事者体験がここでは出されているが、第一四面などと同様に、「全体」で描き出された規模と、それぞれの当事者体験が見合っていないという感じを受けるのである。
第一八面の社会面では、「激震 インフラ寸断」では、再び、東北・関東を通した震災被害の全体を展望しようとする記事が掲載されているが、ここでも掲載写真3枚のうち2枚は関東地域のものである。さすがに次の第一九面の社会面は、全体として東北地域の津波被害を扱う「大波 人・家さらう」という記事が掲載され、仙台市若林区・相馬市・いわき市などにおける被災した当事者たちの体験が語られている。
しかし、最後の第二〇面、スポーツ新聞ならば裏一面として重視される面では、またもや関東地域重視の報道となっている。この第二〇面は、全体が「家族は 仲間は」と題され、右側に「避難時は防寒対策を 余震に注意」という記事が、左側に「自治体などの連絡先」が掲載されている。この「自治体などの連絡先」は、ほぼ関東地方しか掲載されていないのである。もちろん、東北地方の『朝日新聞』は別の掲載をしているのかもしれない。
今になってみると、あまりにも関東地方を重視した報道の仕方に思える。もちろん、この新聞の作成時に東北地方固有の情報が入手しえなかったことに一因があるだろう。しかし、もう一つに、東北地方の情報が入らないにもかかわらず、「震度7」の巨大地震という全体の細部を叙述するにあたり、多くは関東地方ー首都圏の住民であろう朝日新聞記者の当事者体験に基づいて記述するしかなかったということに起因していると思える。成田さんは、関東大震災では、東京自体の新聞社が壊滅的な被害を蒙ったため、阪神地域を中心とする東京外部の新聞により、外部の視点から全体を描くことがなされ、復活した東京の新聞は、その外部で出来上がった全体認識を前提として「内部」から描きだそうと試み、両者が相互に補完していると述べている。しかし、今回の場合、東京は「外部」なのか「内部」なのか。実は、かなり微妙である。全く被害を受けていないとはいえない。多くの人が「帰宅難民」「停電」などを経験した。しかし、それは、東北の被災地のように苛烈な経験とはいえまい。にもかかわらず、記者たちは、震災全体の埋めらるべき細部として、確かに印象深くはあるが、苛烈とはいえない自身の体験に基づいて取材し、記事を書かざるを得なかったといえないだろうか。
「外部」の視点からみて今回の震災全体は「大事件」である。しかし、首都圏の多くの人々の体験は、実際のところ個人で対処可能な程度のものであった。しかし、ここで、そのような体験が国民全体の危機として認識されていったのではないか。首都圏の場合、個々のささやかな困難に対する、危機感の過剰、被災意識のインフレというものが起きたといえないだろうか。
まあ、このようなことは、東北地方の被害の実情が理解されれば、本来薄まり、東北地方を中心として、関東大震災と同じような「われわれ」の共同性を打ち出すような語りになっていったのかもしれない。その時、東京は、全体としては非当事者として「外部」に位置付けられていったのかもしれない。すでに3月12日の夕刊では、そのような兆候がみられる。この夕刊は、12面で構成されているが、第一面は「東北沿岸 壊滅的 陸前高田や相馬、街全体が水没」という記事がトップ記事である。第二面・第三面は東北地方の被害状況写真であり、第四面・第五面は東北地方全体の被害状況を展望している。そして第一〇面・第一一面は、津波におそわれた東北地方の状況を「内部」の当事者の視点もまじえながら描いている。首都圏のことは第九面で「徹夜難民 重い足 区役所で一夜、駅は大混雑」という記事が掲載されている程度であり、それも長野の震度6の地震報道と抱き合わせである。この程度が妥当かと思える。
しかし、事態は、そのような形での推移を許さなかった。すでに、夕刊の最終面である第二〇面では「放射能放出 5万人避難 福島第一原発 1号機、燃料棒露出 第二原発も緊急事態宣言」という記事が掲載され、原発事故の悪化が伝えられていた。そして、避難指示が出され、「10キロ圏外へ避難急ぐ 『とにかく西へ』焦り」と報道されていた。そして、この面の最後の部分には「発電機の作動ができなくなったのは、津波による海水が原因だった場合、津波被害を防ぐ想定が妥当だったのかどうか問われることになる」と書かれており、東京電力・政府に対する批判的見方が打ち出されていた。原発報道が、これまでのような震災報道のあり方を今後揺さぶっていくことになる。

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さて、もう少し丁寧に、過去の大震災報道を扱った研究も視野に入れながら、東日本大震災(将来的には東北関東大震災となるかもしれないが)に対する『朝日新聞』報道について検討してみよう。近代史研究者の成田龍一さんには「関東大震災のメタヒストリーー報道・哀話・美談―」(『思想』866号初出、1996年。『近代都市空間の文化経験』再録、2003年)という研究がある。この中で、成田さんは、関東大震災が「われわれ」の体験として語られていくという見込みの中で、まず、報道が鳥瞰的視点・虫瞰的視点を駆使しつつ「全体」を創出し、そして哀話と美談という語りによって「全体」が当事者をまきこんで共有していくと述べている。

成田さんの見方は、今の『朝日新聞』報道をみるにも参考になる。ベネディクト・アンダーソンは、出版資本主義が、読者共同体ともいうべき「想像の共同体」(これが成田さんのいう「われわれ」である)を創出し、ナショナリズムの一つの源流になったと論じている。大規模な出版(新聞のような)は、確かに意識を共有する読者共同体を創出するだろう。しかし、今の『朝日新聞』報道は、単一の「われわれ」を創出しているのだろうか。

すでに、『朝日新聞』の表裏一面のトップ記事について、被災地報道と原発事故報道との間に不協和音を示しているのではないかと指摘しておいた。確かに『朝日新聞』の読者は、両方の記事を見ることになるだろう。しかし、それは単一の「われわれ」意識を創出しているのであろうか。

あまり、新聞などに出てこないが、テレビなどをみていると、被災者側から福島原発報道について冷やかな声が聞こえてくる。また、被災地でもあり福島原発事故で大きな被害を蒙った地域の人々からは、原発報道についての不満が出てきている。地域の危機的な状況は伝えるが、好転した状況はあまり報道せず、風評被害が拡大しているというのである。

被災地報道と原発事故報道、それはまったく創出すべき「われわれ」のターゲットが異なっており、そして、紙面の状況では両者は融合せず、むしろ食い合いを演じているのではなかろうか。

まあ、そのような方法的考察を前提として、『朝日新聞』報道を丁寧にみていくことにしたい。

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さて、近代のお会式について、国家権力はどのように対応したのであろうか。当時の新聞である『二六新報』1902年10月11日号は、池上本門寺のお会式について、次のように伝えている。当時の池上本門寺のお会式は、東京全市から講社が参詣する場であり、そのために、大森駅までの臨時列車が出ていた。そのことについて、『二六新報』は、「当日は例の如く各講中隊を為し列を作り人波打て景気よく押しかくべければとて、品川芝の両署にては非番巡査を召集し新橋品川の両停車場を警戒し、本山上長栄堂前の掛茶屋は其の休息所に当て、又警視庁第三部よりも医員出張し病者負傷者の応急手当に備へ、又▲本山下 の池上小学校も同じく巡査休息所に当て、大森停車場脇病院は根年々休息場に当てられしも、同病院は今年癩病患者多き為同所を駐在所に変更し遺失物迷子等を茲処にて取扱ふ」と報じている。国家権力の末端としての警察は、まずは人混みを規制し、急病人を介護し、遺失物を預かり、迷子を保護するものとして立ち現れてくるといえる。いわば、お会式に集まる民衆を保護するものとして、国家は行動しているといえる。
他方で、『二六新報』は、「又例の肩にして狂ひ廻はる万燈は、先頃の府令に基き市内の祭礼等には此の挙を許さざりしも、同所は郡部の事とて大目に見のがすとの事、但し万燈を振り廻し或は通行人の妨害と認めらるる時は差止めらるること勿論なり」と伝えている。この一文は、なかなか微妙である。府令において、市内祭礼で万燈を振りかざすことは禁止されていたが、「郡部」ということで、特別に許可されているのである。しかし、それも、警察のまなざしで、目に余るという行為は規制するとしているのである。ここでの、警察の振る舞いは、「府令」を根拠にした民衆の行為を規制する権利を保有しつつ、ケースバイケース(ここでは「郡部」という理由で)で許容するというものであった。ここでは、国家は、民衆の行為を規制するものとして立ち現れているといえるのである。
もちろん、このような国家の二面性は、現代のお会式でもみることができる。現在でも、警備を理由に、警察は大動員をかける。実際、車道を行列する際、警官が保護している。一方で、行列の経路は、警察側が認可してはじめて可能となっている。民衆を保護することと、民衆を規制することの二面性―国民国家としての近代国家権力の特徴ということができる。

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